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2014年9月20日 (土)

私にも障害を持つ方のお役にたてることがあったのです

 昨日書いた、霞が関ビルで開催された教授会の会議が始まる前と終わってから、国立民族学博物館の広瀬浩二郎さんとじっくりと話をしました。懸案の、目の不自由な方と一緒に古写本『源氏物語』を読むための方策を煮詰めるためです。

 この時、私はいろいろと広瀬さんに尋ねました。その中で、ひらがなとカタカナでは、どちらが認識しやすいかと聞いたところ、曲線よりも直線のカタカナの方が読めるとのことでした。これは、現在検討している『源氏物語』の古写本がひらがなで書かれているので、今後の大きな検討課題です。

 この日の話し合いで、このテーマで科研に申請することを前向きに検討することにしました。そのためにも、今は2人だけなので、さらに研究協力者を探すことになりました。

 折しも、10月11日(土)に筑波大学の東京キャンパス(茗荷谷)で日本盲教育史研究会が開催されるとのことです。
 ちょうどその日は、中古文学会が京都女子大学を会場として開催されます。東か西かという選択の中でいろいろと考えた結果、今回は日本盲教育史研究会に出ることにしました。
 その会には、視覚障害の関係者がたくさんお出でになるとのことなので、この機会に情報収集をしようと思います。そして、科研申請にあたっての研究協力者を、この研究会で呼びかけることにしました。

 もし、こうしたテーマに興味をお持ちの方がいらっしゃったら、ぜひとも連絡をください。
 一緒に考えていく方を、今は1人でも多く必要としています。

 また、9月27・28日は、大阪の難波で「日本ライトハウス展」が開かれます。あいにく、私はこの時には海外出張中なので参加できません。これも、興味をお持ちの方は行って見られてはいかがでしょうか。

 話し合いも十分にできたので帰ろうとした時に、広瀬さんが手を貸してほしいとのことでした。最初はその意味がよくわかりませんでした。すると、私の肘をさわらせてもらうと、それが誘導になるのでスムーズにエレベーターに乗れ、外に出られるのだということです。

 恥ずかしながら、これまでに全盲の方のサポートをしたことがありません。しかも、私は貧弱な体格で、腕に筋肉もない痩せ細った身体です。申し訳なさと緊張で、ぎこちないエスコートだったことでしょう。

 しかし、廊下を直進し、エレベータホールで左折しようとした時、広瀬さんも私に付いて自然に左に曲がられたのです。どうして左に曲がることがわかったのかと聞くと、私の肘の動きでどちらに移動するのかがわかるのだそうです。その感覚の鋭さに敬服しました。その時に、腕や肘を貸すことで、こちらはごく自然に動けばいいことを始めて知りました。

 ごく普通のことで、不自由な思いをしておられる方々の手助けができることを、この時に始めて知りました。身構えてアシストを、などと考えることはないのです。

 霞が関ビルを出た後は、タクシー乗り場まで案内しました。道々、見えない道を歩く上での心得をたくさん聞きました。わからないことがあると、私はすぐに何でも聞くのです。広瀬さんからは、丁寧に教えてもらえます。階段の上り下りなど、感心するばかりです。

 タクシーで帰るとのことだったので、霞ヶ関三丁目の交差点で車を拾い、乗り込まれるのを確認して別れました。

 生まれて始めての貴重な体験でした。そして、私も目が不自由な方のお手伝いができることを知り、嬉しくなりました。これまで、人のお役に立つことなど、何もしてきませんでした。あらためて、私にも出来ることがあることを知り、大きな自信と勇気をもらうことになりました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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