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2014年9月15日 (月)

視覚障害者と写本文化を共有する接点を求めて

 目が不自由な方と一緒に古写本を読む環境作りについて、あれこれと思いをめぐらす日々です。

【この課題に関して、情報を公開すると共に、併せて知的財産に関する対処も進めています。関係各位のご教示に感謝します。】

【「障害」は差別的な表現だとして、「障碍」や「障がい」と表記されたりしています。ここでは、問題点のすり替えとならないように注意して「障害」を使います。】

 さて、当面の課題実現のためには、できる限り具体的な事例で考えた方がいいと思い、無謀を承知で、ハーバード大学本『源氏物語』を俎上にあげて検討を進めています。
 そして、この課題に関して少し前が見え出したので、これまでの状況をこの時点で整理しておきます。
 
 昨日交わした、国立民族学博物館の広瀬浩二郎先生とのメールの遣り取りを通して、これまでの懸案である課題と、現在の状況、そして目の前に横たわる問題点を確認しておきます。
 
 2人の意見交換で明らかなことは、ただ1つに絞られます。
 
 私は、視覚障害者である触常者が「ひらがな」を、しかも縦書きを認識できるようになれば、触読の範囲が拡がり、ひいては古写本も読めるようになる、と考えるに至りました。
 あくまでも、見常者の立場からの私見です。

 これに対して触常者の広瀬さんは、私見の困難さを示しながらも、実現する可能性への予感と期待を寄せていただいています。
 先天性の視覚障害者が「ひらがな」を触読することは可能でも、それが実用的なレベルなのかどうかは、はなはだ疑問だと広瀬さんは言われます。線文字から点字へと発展してきた、盲教育の実情があるようです。文字を浮き出しにした初期の教材は、読み取るのに時間がかかりました。試行錯誤が繰り返された結果、点字が発明されたことを踏まえての教示です。
 浮き出し文字は読むのが大変で、触ってわかるためには、膨大なスペースが必要です。それを指先で読み取るには、これまた膨大な時間が必要だ、ということなのです。

 それでも、広瀬さんが次のように言ってくださるのは、この問題を何とかしたいと思っている私には、心強い言葉の力をいただいたことになります。


 視覚障害者の触読環境を考えてくれるのはありがたいことですし、何か新しい取り組みも生まれる予感があります。
 まずは写本の体験会など、できそうな所から始めてみるのがいいと思います。

 この理解は、私の「点字だけに頼っていては、お互いの文字体系が違うので、滑らかなコミュニケーションが取れません。また、古典文学関連の文化も共有できません。」という問いかけを真正面から受け止めておられることを示しています。

 大上段に設定した今回の私の課題は、挑戦してみる価値が十分にあるようです。
 
 
■9月14日 私から広瀬さんへのメール(部分)


 ひらがなを媒介として、見常者と触常者がコミュニケーションを図るべきだと思っています。点字だけに頼っていては、お互いの文字体系が違うので、滑らかなコミュニケーションが取れません。また、古典文学関連の文化も共有できません。

 そこで、すべての文章にひらがなでルビを振ればどうなるか、ということを、みなさんに問いかけました。
 視覚に障害のある触常者の方が、立体コピーや木を削って作成した凹凸の「ひらがな」文を、しかも縦書きも読めるようになれば、見常者と共通の文化を共有できるようになるはずです。
 点字による点訳ボランティアに頼って触常者の読書体験を支えることには、どうしても無理がある、と思っているからです。

 図書館も総ルビの本を揃え、そこに透明シートにひらがなを立体コピーしたものを貼れば、図書館の役割も変わってきます。目の不自由な方々も、図書館で本が読めるようになるのではないでしょうか。
 読み聞かせに留まっていた図書館の機能が、新たな使命を帯びることになります。

 もっとも、この考え方には、触常者の方の縦書きのひらがなが認識できる、という前提があります。
 このことには、私はなんとか可能になる方策があるのでは、と自分では思っています。いかがでしょうか。

 今回行った日南町には、豊富な森林資源があります。今回、日南町のみなさまにお願いしたことは、ハーバード大学本『源氏物語』の巻頭だけでもいいので、1ページ分を木に彫ってもらえないか、ということです。
 1枚の木の板に、800年前の変体仮名で書かれた物語の冒頭を彫って、それを教材にして、ひらがなだけでも手の感触で識別、認識できるようになれば、目の見える人と目の見えない人の距離は相当縮まります。

 その際、古写本の連綿体の文字はつながっているので、1文字ずつに切れ目を入れたものも試作できないか、ということもお願いしてきました。
 1頁に10行あり、1行に15文字ほどあります。1文字の大きさは10ミリ前後です。

 目の見えない方も写本が読める、ということと、図書館に行ってもひらがなさえ認識できれば本が読める、という環境を1日も早くつくるべきだ、と思うようになりました。

 そんなことを、日南町の方々に話したところ、町会議員さんや、林業関係の社長さんなどが早速協力したい、とのことでした。

 木材は潤沢にあるし、加工に特化した技能をお持ちの方がいらっしゃるとのことなのです。
 そこで、私からは、「須磨」巻の第1丁表を、15cm四方の板に、とにかく彫ってみることを提案しました。
 すぐに着手してみる、とのことです。
 先ずは、最初の試作版を手にしてから、次を考えたいと思います。

 とにかく、私なりに動き出しました。


 
 
■9月14日 広瀬さんから私へのメール(部分)

 さて、先生が書いてくださったご意見について。
 民博でもお話したように、視覚障害者が写本の文化に触れることは重要ですし、そこから見常者・触常者の新たなコミュニケーションが始まることにも大いに期待します。
 ある程度トレーニングすれば、先天性の視覚障害者も平仮名を触読することは可能でしょう。
 ただし、その「可能」が実用的なレベルなのかどうかは少々疑問です。
 視覚障害者の文字の歴史は(京都盲学校の岸先生からお聞きかもしれませんが)、線文字から点字へと発展してきました。
 初期の盲教育ではアルファベットや片仮名を浮き出し文字にした教材が使われていました。
 これらの教材は読み取るのに時間がかかるため、試行錯誤が繰り返され、最終的に点字が発明されました。
 浮き出し文字は読むのもたいへんだし、さわってわかるためには、それなりの大きさを確保しなければなりません。
 1冊の本を浮き出し文字で表現すると、膨大なスペースが必要です。
 そして、それを指先で読み取るには、これまた膨大な時間が必要です。
 なかなか難しいところです。

 とはいえ、先生のような研究者が視覚障害者の触読環境を考えてくれるのはありがたいことですし、何か新しい取り組みも生まれる予感があります。
 まずは写本の体験会など、できそうな所から始めてみるのがいいと思います。
 その辺のことは、高村先生(筑波大学附属視覚特別支援学校)を交えてご相談していきましょう。


 
 
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 これまでに本ブログで書いた内容の中から、目が不自由な場合の話を抜き出して見ました。
 今回の古写本を読む試みを補完する情報があるので、参考までに一覧にします。
 
 
「日南町散策と写本を木に彫る相談」(2014年09月14日)
 
「日南町でハーバード大学本「須磨」を読む」(2014年09月13日)
 
「視覚障害者が古写本『源氏物語』を書写できるか?」(2014年08月22日)
 
「京都府立盲学校の資料室(その2)」(2014年08月05日)
 
「京都府立盲学校の資料室(その1)」(2014年08月04日)
 
「京洛逍遥(332)京都芸術センターの中の前田珈琲」(2014年07月24日)
 
「読書雑記(104)中津文彦『塙保己一推理帖 観音参りの女』」(2014年07月16日)
 
「江戸漫歩(82)高田馬場の「日本点字図書館」へ」(2014年06月20日)
 
「京洛逍遥(322)京都ライトハウスにて」(2014年06月12日)
 
「目の不自由な方と写本を読むために(2)」(2014年06月05日)
 
「目の不自由な方と写本を読むために(1)」(2014年06月04日)
 
「早朝の地震の後、渋谷の温故学会へ」(2014年05月05日)
 
「西国三十三所(20)壺阪寺」(2010/10/20)
 
「【復元】縦書き & 横書き」(2010/4/21)
 
「【復元】点字本『源氏物語』(全3冊)」(2009/9/10)
 
「点字本『源氏物語』(その後)」(2009/9/9)
 
「インド人留学生の眼(2)「日本の常識の不思議」」(2008/12/3)
 
「心身(22)身体への不安」(2008/9/1)
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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