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2014年10月13日 (月)

日本盲教育史研究会に参加して(その3/3)

 11日に筑波大学東京キャンパス文京校舎で開催された、日本盲教育史研究会についての続き(その3)です。
 書きたいことはたくさんあります。しかし、その時間的な余裕がないので、これまでに留めます。

 午後の部の広瀬さんの記念講演に続いての後半は、3組の研究報告がありました。

 まず、「日本のヘレンケラー 小杉あさ」について、静岡県立浜松視覚特別支援学校教諭の足立洋一郎氏です。これは、近刊著書『愛盲』をもとにした一女性の紹介と盲教育史の問題点を語ってくださいました。
 今回、この本を入手しましたので、その内容については後日「読書雑記」として取り上げます。

 続いて、「盲ろう教育・福祉」と題して、元筑波技術大学教授の岡本明氏と山梨県立盲学校教諭の白倉明美氏の貴重な調査報告がありました。
 教育という観点から、どのようなプロセスで言葉や文字を教えると効果的であるか、ということがよくわかりました。また、膨大な資料が残されていることも驚異でした。

 最後は、「小西信八の伝記編纂について(中間報告)」と題する、国立特別支援教育総合研究所客員研究員の大内進氏と元筑波大学附属盲学校教諭の岩崎洋二氏の、私の興味をいや増しにする興味深い報告でした。

 私は、この小西信八の明治から大正時代における盲唖教育での功績の中でも、特にかな文字論者だった小西に興味を抱きました。点字がかな文字論の影響を大きく受けていると思われるからです。ルイ・ブライユが考案した6点式点字を日本語用に翻案し日本点字の父といわれている石川倉次と、小西は「いろはくわい」で出会っています。配布された「小西信八略年表」によると、次のようにあります。


1884(明治17年)30歳
 1月27日 「かなのくわい」(於虎ノ門 工部大学校)に出席、同席した石川倉次に「コニシ ノブハチ」の名刺を差し出す。

 以下、資料に記載された次の文言に目が留まりました。


1890(明治23年)36歳
 11月1日 第4回点字選定会に出席、諸案の内 石川倉次案を決定。

1891(明治24年)37歳
 11月7日 東京盲唖学校第3回卒業式で「訓盲文字」翻案と点字の普及の話。

1894(明治27年)40歳
 3月8日 天皇大婚満25年祝賀品を献上(前年アメリカより購入した点字印刷機で制作した点字本2冊、聾生の画集2巻など)

1899(明治32年)45歳
 10月26日 帝国教育会国字改良部を発足、部長前島密、幹事小西信八など。
 12月9日 帝国教育会国字改良部が開催、仮名部会委員に選出される。

1900(明治33年)46歳
 1月27日 タイプライターを持参し、女子師範学校に話にでかける。
 5月21日 第12回卒業証書授与式、全国師範学校長を来賓に迎え、点字学級や聾学級の設置を推奨する。

1901(明治34年)47歳
 4月 卒業式の日、創立25年・点字採用10年の記念式を行う。
 4月22日 官報学芸欄に小西信八報告「日本訓盲点字」が掲載される。
 10月1日 帝国教育会国字改良部例会に出席、「言文一致の文の書き方の標準」を決議する。

1911(明治44年)57歳
 7月1日 東京盲学校において国語点字仮名遣いに関する会議。

1912(明治45年)58歳
 1月30日 東京盲学校で開催の「点字発明記念会」(ブライユ生誕百年・石川倉次誕生会)に出席し、演説。

1915(大正4年)61歳
 7月23日 日本訓盲点字翻案満25年祝賀会に出席。

1937(昭和12年)83歳
 11月1日 東京盲学校点字翻案記念研究会に招かれ、玄関で石川倉次と記念写真。

 閉会後、大内さんに上記引用箇所の内で1900(明治33年)の「タイプライターを持参」とある点に関して質問しました。これは、私がかつてひらがなタイプライターを使っており、ここではその前身となるカタカナのタイプライターでもあったのかと思ったからです。いただいたお応えは、かなタイプライターはまだなかった時代なので、英文タイプライターであり、ローマ字で打ったものではなかろうか、とのことでした。

 大内さんとは懇親会でもお話しをする機会を得、今回科研に申請を予定しているプロジェクトにも参加していただくことになりました。いい出会いとなりました。

 会場後ろでは、資料や参考文献などが並んでいました。
 今回は次の3冊を買い求めました。
 いずれ、読んだ後に紹介するつもりです。


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 懇親会は茗荷谷駅前でありました。大勢の参加者で、一室が満員となりました。

 埼玉県特別支援学校塙保己一学園の根岸先生、視覚障害者支援総合センターの星野さんを始めとして、多くの方々に古写本『源氏物語』を目の不自由な方と読む取り組みについてお話ができました。興味をもって聞いていただけたことは幸いでした。
 さらには、日本盲教育史研究会の会長である引田秋生先生からは、『源氏物語』の変体仮名を読むことについて、過分の賛辞と期待に加え、壮大な夢の実現に協力するとのありがたい言葉をいただきました。

 もう後には引けなくなっていることを、肌身で感じる懇親会となりました。
 みなさん、ありがとうございます。ご理解とご教示に感謝します。

 多くの方との出会いがあった懇親会の後、帰りの電車の中では、日本社会事業大学の青木さんと筆談で会話をしました。聾唖者の方との会話は初めての経験でした。国文学研究資料館の同僚とも知り合いだとわかり、親しく地下鉄のシートに並んで座りながら、ノートとボールペンを代わる代わる交換して筆談を交わしました。つい私が口で話をすると、大丈夫、唇の動きで言っていることがわかるから、とのことでした。
 それにしても、日ごろは人前で文字を書くことがないので、こうして自分が書く字の下手さ加減には辟易します。ワープロに馴染んでいる日々に反省をする始末です。

 これまでまったく知らなかった方々との出会いに恵まれ、充実した研究会の参加となりました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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