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2014年10月30日 (木)

日比谷図書文化館でハーバード本を読む(2)

 日比谷図書文化館で開催中の「古文書塾てらこや」での講座に向かう途中、霞ヶ関の交差点から国会議事堂がライトアップされているのがきれいに見えました。東京ならではの夜景です。


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 今日は、ハーバード本「蜻蛉」巻の字母を中心とした勉強会となりました。

 仮名文字の勉強のはずが、配布した10枚の資料はすべて漢字だけという、まことに奇妙なことになりました。しかし、仮名文字の元は漢字であり、仮名の元の姿である漢字を思い描きながら見ていかないと、さまざまに変形している変体仮名を自在に読むことはできません。目の前に書かれている仮名の背景に字母である漢字が揺らめいていたら、それでもう変体仮名はすらすらと読めるのです。

 ハーバード大学本「蜻蛉」の第1丁表の字母が一覧できる資料を使い、前回確認した2行目までをあらためて見直すことで、復習に代えました。
 本日印刷して配布したのは、第2丁裏までです。

 また、ハーバード大学本「蜻蛉」の全丁の字母は、次のように使い分けがなされています。
 配布した「字母集計一覧」は次のものでした。
 ここで注目したのは、赤字で示した「可=813—加=444」「多=734—太=60」「八=693—者=272—波=55」「尓=650—仁=189」の4文字の出現数です。
 これらは、現在日本語として使用している平仮名の「か」「た」「は」「に」が鎌倉時代には少数派に属する仮名文字だったことを明確に示しています。いったい、現在の平仮名はどのような根拠で今の字形に統一されたのでしょうか。平仮名を一つの字母のものに統一する、という意図はわかります。しかし、どうして今の字母の文字にしたのか、さらに調べてみたいと思います。


ハーバード大学本「蜻蛉」の全文字出現数=26,114字
-----------------------------
・止=1,330
・之=1,281
・奈=1,058
・乃=837 可=813
・幾=792 毛=791 天=789 利=757 以=747 多=734
八=693 己=664 留=653 尓=650
・良=546 久=502
・於=494 左=492 川=482 宇=461 加=444 部=435 礼=433
・比=373 万=370 三=356 給=345 无=341 也=330
・安=296 者=272 世=259 末=255 遠=252 曽=242 寸=238 人=234 計=230 知=226 与=224 女=219 不=219 个=212
・御=196 越=191 仁=189 心=181 保=169 衣=129 奴=127 由=124 呂=120 本=117 春=113 阿=103
・武=90 思=81 里=81 美=75 侍=71 能=69 祢=66 和=66 太=60 波=55 二=54 王=50 事=47 須=44 免=43 宮=42 身=33 所=31 江=29 大=29 日=28 殿=28 志=28 母=27 中=26 満=26 古=26 登=25 恵=24 将=21 我=21 累=21 物=18 又=18 為=17 堂=15 飛=15 右=14 井=13 地=13 文=13 君=12 遣=12

 もう少し詳しく文字遣いに注目してみましょう。
 開巻早々、第一文字目は「加」を字母とする「か」で始まります。「か」の字母の傾向からもわかるように、鎌倉時代は「か(可)」の方が圧倒的に用いられることの多かった仮名文字です。しかし、冒頭から「可」というのでは線が弱いと思ったのでしょうか。親本にそう書いてあったから、ということだとしても、その後の用字意識を見ても、本写本の筆写は字母にこだわりのある、インパクトのある文字選びをする人だったと思われます。


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 最初の2行だけでも、「ひ登/\」「をは勢ぬ」「もと免」「ものかたり野」「飛免きみ」と、変体仮名といっても漢字の楷書体と行書体の間の変形型に留まるスタイルで書いてあり、草書体までには遠い字形となっています。
 また、2行目には「の」「野」「乃」と三文字ともに変化をつけています。「野」のところで「能」を使わなかったのはなぜでしょうか。「の」1文字を書き飛ばしたためになぞり書きをするにあたり、文字を小刀で削るのではなくて、紙面を傷つけずに書き続ける意味からも、あえてどうだと言わんばかりに「野」と「飛」というインパクトのある文字を書いています。開巻早々でもあり、動ずることなく自信たっぷりの姿勢をみせています。この後も、「葉」や「志」などが出てきます。

 こうしたことを確認しながら、この本を書写した人のこだわりを、具体的に指摘しました。
 この写本の筆写者は自信家なのです。プライドが高く、しかも男性だと言えます。

 字母に関しては、この「蜻蛉」巻が6折で作製されており、各折で使用文字の字母の傾向が異なるのではないか、ということで、各折ごとの字母出現の集計結果も配布しました。
 例えば、第3折では、「多」が110例もあるのに、現代の平仮名の字母となっている「太」は皆無です。
 この各折における字母の出現数が異なることについては、機会をあらためて報告します。これは、この「蜻蛉」巻の筆写者が、あるいは一人ではないことから用字に揺れが見られるのではないか、という仮説を立てるとおもしろそうです。

 この講座は翻字者を養成することを目指すものなので、写本に書かれている文字をコンピュータに入力してデータベース化するための校正記号や付加情報についても説明しました。ナゾリや補入などの記述方法と扱いです。これは、次回以降に、さらに詳しく取り扱います。

 講座終了後に、いくつかの質問をいただきました。特に、上下がオーバーラップするように文字が書かれているところや、補入記号については、もっと説明すべきでした。疑問点を聞いていただくことは、自分の説明不足だったところがわかってありがたいことです。

 また、さらにありがたいことに、実際に『源氏物語別本集成』のための翻字をしてみたい、とおっしゃる方がいらっしゃいました。体験講座にも参加なさっていた方なので、三回目にして私の意図を理解していただけたのです。うれしいことです。

 次回は、こうした実作業を意識した翻字の勉強となるように、また適切な材料を用意しようと思います。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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