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2015年2月 3日 (火)

谷崎全集読過(21)『盲目物語』

 4歳の時に視力を失った一人の男、盲目の坊主彌市が語る物語です。
 浅井長政をめぐる話が、思い出すままに、問はず語りされるのです。


わたくし生国は近江のくに長濱の在でござりまして、たんじやうは天文にじふ一ねん、みづのえねのとしでござりますから、當年は幾つになりまするやら。左様、左様、六十五さい、いえ六さい、に相成りませうか。(『谷崎潤一郎全集 第19巻』(新書判)昭和33年1月、53頁)

 物語の本文は、振り漢字や振り仮名が気ままに付されているように見えます。平仮名や漢字の表記が混在する理由も不明です。
 谷崎潤一郎の平仮名を中心とした語りと仮名遣いには、一定の表記上の法則性がありそうです。文体を柔らかな印象にすることは確かなようです。
 しかし、例えば「岐阜」「ぎふ(振り漢字「岐阜」)」「ぎふ」と連続して3種類の異なる表記がなされている本文(全集、100頁)にであうと、読むほうが混乱します。こうしたことの連続に出会うと、これが語り物であることの意義を作者が誇示するかのように、意識的に用いた表記だとしか思えません。
 すでにこれらについては、さまざまな研究成果があることでしょう。今、私にはその使われ方やその意味がよくわかりません。

 語り手である彌市は目が見えないので、手の感触による触覚や耳に届く音の聴覚で、周囲のようすを敏感に判断しています。その想像力の世界が手に取るように描かれています。
 お市の方をめぐっての、感覚の世界が文字として記されているのです。平仮名と漢字の混在は、その表現世界をイメージするための作者の工夫なのでしょう。

 語り手である座頭彌市は、長濱の出身ということもあってか、琵琶湖の周りの話が物語展開を牽引します。
 また、三味線の音と「いろは」の文字の対応を語るところには、非常に興味深いことが語られています。三味線の合いの手で暗号文を伝えるというくだりは秀逸です。


150202_kandokoro



(引用者注︰彌市が)ふと氣がつきましたのは、その(引用者注︰朝露軒の)三味せんのうちに二度もくりかへしてふしぎな手がまじつてゐるのでござりました。さやうでござります、これはわたくしども、座頭の三味線ひきのものはみなよくぞんじてをりますことでござりますが、すべてしやみせんには一つの絲に十六のつぼがござりまして、三つの絲にいたしますなら都合四十八ござります。されば初心のかた/\がけいこをなされますときはその四十八のつぼに「いろは」の四十八文字をあてゝしるしをつけ、こゝろおぼえに書きとめておかれますので、このみちへおはひりなされた方はどなたも御存知でござりますけれども、とりわけめくら法師どもは、文字が見えませぬかはりには、このしるしをそらでおぼえてをりまして、「い」と申せば「い」のおと、「ろ」と申せば「ろ」のおとをすぐにおもひ浮かべますので、座頭同士がめあきの前で内證ばなしをいたしますときには、しやみせんをひきながらその音をもつて互のおもひをかよはせるものでござります。ところでいまの不思議な合ひの手をきいてをりますと、
  ほおびがあるぞ
  おくがたをおすくいもおすてだてはないか
と、さういふふうにきこえるのでござります。
(中略)
(引用者注︰彌市は)わなゝくゆびさきに絲をおさへて、
  けぶりをあいづに
  てんしゆのしたえおこしなされませ
と、こちらも合ひの手にことよせまして、「いろは」の音をもつておこたへ申したのでござります。もちろんいちざのかたん/\はたゝわたくしのうたといとゝにきゝほれてばかりおいでなされ、ふたりのあひだにこんなことばがかはされたとは知るよしもござりませなんだが、(127〜129頁)

 一座の者にはわからない方法で、彌市と朝露軒はお互いだけにしかわからない暗号文で会話を成立させているのです。
 このことに関しては、本作品の末尾に記された「奥書」で、次のように注記を付しています。


○かんどころのしるしに「いろは」を用ひることはいつの頃より始まりしか不レ知今も淨瑠璃の三味線ひきは用レ之由予が友人にして斯道に明かなる九里道柳子の語る所也、本文挿繪は道柳子圖して予に贈らる

 三味線の音を利用して、「いろは」の音を合いの手に交えて、秘密の会話ができたというのです。「かんどころのしるし」を用いた巧妙なコミュニケーションが成立していることに、ただただ驚きました。

 後半で城が火炎に包まれるシーンで、お茶々を背負うことになった彌市が、その手に感じた感懐を語る場面は、谷崎らしい感性が溢れています。

 全作を通して、活字で読み進みながらも目で話を聞いたという感触が、常に実感として伝わってくる物語でした。【3】
 
 
初出誌︰『中央公論』昭和6年9月号
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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