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2015年2月12日 (木)

電子書籍は検索と参照に特化したものになってほしい

 ネット上で、電子書籍取り扱い店における Macintosh への対応状況を見ました。
 これは昨日書いたように、「honto」で本を購入して失敗した後に、慌てて調べたものです。
 今の時期の実態が知りたくて、ざっと確認したものです。他にもあることでしょう。以下に上げる情報が不正確で間違っていることもあるかもしれません。他意はありませんので、その点はご寛恕のほどを。

 急速に進化している市場でしょうから、当然のことながら日々変化していると思われます。
 先週は、まだ電子書籍販売の完成度が非常に幼稚な段階で購入手続きをしてしまった、ということのようです。

《Macintoshに対応(ブラウザによる閲覧を含む)》
・「Yahoo!ブックストア」「BookLive!」「eBookJapan」「紀伊国屋書店 Kinoppy」

《Macintoshに非対応》
・「honto」「電子文庫パブリ」「Neowing」「漫画全巻ドットコム」「セブンebookリーダー」「GALAPAGOS STORE」

 「アマゾン」には、私が探し求めている『源氏物語』に関する資料的価値の高い電子書籍(Kindle 版)は、まだないようでした。

 「honto」で苦い思いをした後、いろいろとネットをさまよい、結局は紀伊国屋書店で購入することにしました。

「紀伊国屋書店 Kinoppy for Mac」には、すでに利用者から、多くの不具合が報告されていました。致命的な情報もありました。システムとして未熟で、問題点は解消されていないようです。
 ただし、今後のことを考えて、もろもろのことを承知で購入することにしました。大手書店の電子書籍であり、ここの動きを追うのもいいか、と思ったからです。

 とにかく、Macintosh に対応している電子書籍がわずかなので、海外にも販売力を持つこの会社は、様子見をするのには最適でしょう。

 もっとも現実の話、「紀伊国屋書店 Kinoppy for Mac」はネットでの動作が遅すぎて、ジッと画面を見つめながら待つのが大変でした。さらには、注文しようとしてもなかなか正確に発注できないのです。これは、ハード的な問題は何もなくて、ソフトウェアの問題だといえます。

 全集など、冊数が多い場合にはまさに1日がかりでの注文となります。
 書店に行ったほうが遥かに早く注文が終わりそうです。

 また、ウェブ上の本棚に置いてからカートに移動しても、注文リストに取りこぼしがあるので、また最初からカートに入れ直すことになります。大変レトロな購入システムでした。

 紀伊国屋書店のシステムがいつ構築されたサイトかはわかりません。しかし、あまりにも処理速度が遅すぎます。20年前の8ビット時代の産物に近いものです。若手のプログラマーにシステムを組み直してもらったほうがいいと思います。いいプログラマーが確保できなかったままに、見切り発車をしたもののようです。

 また、支払いでは何度も画面を行ったり来たりします。これは、クリックをしながら、非常に不安になります。精神衛生上よくない購入方法です。紀伊国屋書店が信用できない方には、とても前には進めません。非常に危ういサイトだと思いました。

 さらには、購入後に膨大な時間が吸い取られます。それは、購入した書籍のダウンロードとライセンスの認証において、気の遠くなる時間がかかったからです。

 私は、小学館の古典セレクション『源氏物語』16冊を、一晩で読めるような状態にできませんでした。まさに徹夜してもだめで、だいたい30時間以上かかります。
 しかも、16冊の内、どうしたわけか第6巻は5回もダウンロードとライセンス認証をさせられました。第14巻に関しては8回、第16巻は11回もダウンロードとラインセンス認証をしました。


150208_downroad


 2日たってからも、まだこの3冊はその中身を読めなかったのです。それは、そうこうしているうちに、すでに手続きが終わったはずの巻が、またグレーになって読むことができなくなるからです。仕方がないので、またダウンロードとライセンス認証をします。

 そんなことをしている内に、ライセンス処理が終了したはずのものが、目を離すといつしか「ダウンロード待機中」と表示されます。まさに、モグラ叩きの世界です。

 これでは寝ることもできず、一晩中クリックを繰り返します。それでもしばらくして、5巻分がグレーに変化してしまい、どうしても読めません。
 次のような「ファイルが破損しています」というエラー表示が何度も出て、またダウンロードとライセンス認証をさせられます。


150208_error


 うまくいったと思っていても、翌日になると、また本の表紙がグレーになっているものもあります。


150208_downroad2


 いつ読めなくなるのかわからないので、購入した本の姿が目の前の画面に表示されていても、運不運に左右されます。
 印刷物として販売されている本ならば、手元にある本のページが開けないことはありません。開いたら白紙だった、ということもありません。電子書籍には、この怖さがつきまといます。

 さらには、昨日は中身が読めたのに今日はダメで、昨日は読めなかった巻が今日は読めることがありました。これには参りました。もう、ロシアンルーレットの世界です。引き金を引いてみないとわからないのです。閲覧アプリを起動してみないと、その本が読めるか読めないのかがわからないのですから。16冊の内のどれが今日は読めるのかが当て物では、何のための書籍なのかわかりません。

 こんな調子だと、数ヶ月後には「あなたはこの書籍を読む権利がありません」というアラートが出かねません。

 『源氏物語大成』もこの流れで、13冊を一括で購入しました。しかし、これなどはもっとひどくて、もう力尽きました。この調子では内容を確認できるようになるのはいつのことでしょうか。

 後でわかりました。このシステムはシングルタスクのようです。同時に2冊や3冊のマルチタスクの処理ができないのです。20年前ならいざしらず、今どきこんなレベルで商売をしているのだとは、愕然としました。
 ということは、一日に1冊ずつ購入する人ならば、私のように無駄な時間を浪費することもないということになるようです。

 とにかく、人類はとてつもなく購入者に負担を強いるシステムを、しかもお金を払わせて構築したようです。それに乗ってしまい、自分の時間を捨てる私などは、まさに過渡期というよりもごく初期の苦労話を語るための先兵役となっています。

 まだ2バイトの平仮名や漢字が使えない時代に、半角カタカナで『源氏物語』の本文データベースを構築していた頃から、さまざまな未完成のままに投げ出された、未熟な技術と付き合ってきました。これまでがそうであったように、今回のお粗末なシステムとの出会いも宿命なのでしょう。

 さらには、購読できた本について文字列の検索ができないのにも驚きました。まさに、画像が表示されているだけなのです。

 エバーノートでは、保存した写真の中の文字列までも検索できます。そんな時代にありながら、商品として販売されている書籍であっても、今回の本は検索に対応していないのです。今や、PDFは日常的に文字列が検索でき、コピー&ペーストができる時代です。紀伊国屋書店のシステムに限らず、現在の日本の電子書籍システムで購読できることになっている本に対して、時代錯誤を実感することとなりました。
 この点において、日本人は進化しなかったようです。

 書籍を裁断して自炊でPDF化したデータなら、文字列を自由に検索できます。今回のような、前時代的な電子書籍に膨大な時間と手間暇をかけて画面で見るだけのものよりも、個人的な利用であれば自炊の方が語句検索も部分コピーもできるのでずっと実用的です。
 本末転倒です。しかし、事実です。

 実際に、私も個人的には、今回購入した電子書籍のPDF版を、部分的には持っていて使っています。自炊で作成したPDFは、中の文字列が検索できます。部分的なコピーもできます。それが電子書籍では、あえて自虐的に、検索もコピーもできないようにされているのです。

 必要な情報が記述されている場所を、自分で自炊して作成したPDFで事前に確認しておきます。そしてそれを、外でお話をしたり発表をする時に、あらかじめ調べてあった電子書籍の当該箇所をモニタに表示する、という使い方になりそうです。

 人前で見ていただく時のためだけに、この電子書籍は使用することになります。個人的に自炊して作ったデータはあくまでも個人的な使用に限定されています。そのため、公的な場面で提示することはできないので、こうして購入した電子書籍の必要な部分をモニタに映すためだけに、今回は購入したことになりました。

 次の写真が Macintosh の本棚に並んだ電子書籍の姿です。


150209_book1pc


 iPhone では、次のように並んでいます。


150209_iphone2


 これは、違法なことはしていない、ということを言わんとするだけのための電子書籍の姿です。本末転倒です。しかし、これが今は現実です。こんなものが本だと言えるのかは、はなはだ疑問でもあります。

 私は、ジャパンナレッジの契約もしています。多くの本が利用できます。しかし、その検索に関しては非常に貧弱です。不正確です。
 電子書籍のあるべき姿については、さらなる検討が必要です。

 結論は、利用者から料金を徴収して販売するほどには、今の電子書籍およびそのリーダーは完成度が高くない、ということに尽きます。
 それを承知で、今それを体験する程度にしかすぎないものの利用価値を認めるかどうか、というのが、現在の購買予定者に委ねられた検討課題となっています。

 もちろん、数年後にはこんなていたらくであろうはずがありません。今が過渡期の、電子書籍が出回るごく初期だからこそ、こんな状態で市場に投げ出されているのです。
 コンピュータの初期がそうであったように、通信がそうであったように、過去は一気に新しい流れを形成し、便利なものへと変身します。
 電子書籍も、そうなることを期待しましょう。

 私は、電子書籍で本を読むことはないと思っています。
 検索したり、参照したりと、資料的な価値しか電子書籍には認めていません。
 そうした用途に特化したものとして、育ってほしいと思います。
 自分の目で読む本は、紙に印刷されたものに今後とも変わりはないと思っています。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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