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2015年3月16日 (月)

読書雑記(119)ジェラルド・グローマー『瞽女うた』を読んで

 『瞽女うた』(ジェラルド・グローマー、岩波新書、2014.5)を読みました。


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 門付けをする瞽女の立場からの視点と聞き手側の視点が、バランスよく取り扱われているのが、本書の特質となっています。
 近世の文献もよく調べてあり、考察にも行き届いた配慮を感じる一書となっています。
 まず、その実態の確認から引きます。


 近世の瞽女人口は関東上信越、甲斐、駿河に集中した。出雲国、隠岐国、石見国など中国、四国、中部地方にも芸人として活躍していた「盲女」は各地におり、九州にも門付け芸を演じる瞽女が二十世紀まで見られた。にもかかわらず、戦後に「瞽女」といえば「越後」と受け取られるようになった。それはなぜであろう。
 越後の瞽女は、明治以降も県政府に弾圧されることはなく、村人も瞽女の活躍を長らく支援し続けた。新潟県では大正、昭和にも瞽女は珍しくなかった。しかし近代化にともない、越後瞽女の多くも按摩業に転業し、結婚し、しだいに現役を退いた。戦後は高田(現・上越市)と長岡の瞽女稼業に不可欠な仲間組織、すなわち年功序列を基本とする職能集団が維持できなくなり、瞽女文化の終焉は時間の問題となった。(6〜7頁)

 瞽女の本質は、その唄の節回しにあると言います。
 しかし、それも商売なので、疲労を避けるためにも楽に歌ったりしていたそうです。なかなか、手の抜きどころを弁えた門付けなどをしていた話は、人間味溢れる逸話で楽しく読み進められます。

 瞽女唄の復元についても、歴史的な文脈の中で、現代の聞き方で聞く必要性を強調します。


 地方在住の農民が明治まで培ってきた「特有の聴き方」は、それぞれの時代にふさわしい聴き方ではあったろう。それらの歴史的文脈を顧慮せずに無理矢理復元しようとすれば、かならずや時代錯誤に陥る。我々は復古ではなく現代の聴き方を探らなければならない。古き時代へのノスタルジーの虚妄に浸ることなく、過剰評価することなく、いまや一種の異文化として生き続ける瞽女唄を、絶えず変わる歴史的現象として聴くこと。そうしてはじめて瞽女唄の真の意味が我々の耳にも聞こえてくるであろう。(30頁と)

 加茂大明神のことに触れる個所があったので、記録として残しておきます。


「瞽女縁起」は光孝天皇を嵯峨天皇に置き換え、「雨夜の尊」を「天世の姫君」に変えるなど、当道の伝説を大幅に改訂している。当道の「古式目」にある「加茂大明神を当道衆中の鎮守とあふ[仰]ぎて、古中今ともにをこたり[怠]なく信じて」と「十宮崇敬信すべし、かり[仮]にもかろ[軽]しむべからず」という要請を、「瞽女縁起」では「如意輪観世音は妙音菩薩なり、信心之凝らすべきなり、妙音弁才天加茂明神を常々怠りなく祈るべき事なり、世渡りの道守護の本尊なれば疎に心得べからず」と書き直している。(62頁)

 瞽女の実体については、次のように語ります。


 第一章で見てきたように、瞽女が長旅をしながら食い扶持を稼いだ歴史は中世に遡るが、往古の瞽女の正確な人数、旅路、収入などを伝える史料は皆無に等しい。しかし江戸期に入ると女性視障者の活躍の輪郭は次第に鮮明となってくる。
 江戸初期の瞽女・座頭の重要な収入源のひとつは、幕府、諸藩、武家などから婚礼、初産、元服、家督相続、法事などの吉凶に際して支給された米銭であった。瞽女・座頭は不定期に配られる施行を集めるために東奔西走した。(94頁)
 
 時代が明治に変わると、関東とその周辺地域のほとんどの村の「予算」から瞥女・座頭の賄いに充てられた財源は影も形もなく消えてしまった。為政者はそれを進歩と合理化と考えたであろうが、瞽女と座頭にとってこのような「文明開化」は迷惑千万に他ならなかったのである。(115頁)

 既得権が奪われた大勢の視障者にとって明治維新は「文明開化」どころか、さらなる苦難の幕開けであった。(200頁)

 瞽女が演奏する詞章について、その言葉の異同について、次のような傾向を指摘しています。これは、芸道における言葉の変移を考える上で参考になる事例です。


 杉本キクエが二十年間あけて二回録音した「祭文松坂」の「葛の葉子別れ」を聴くと、ほぼ全ての語句が再現され、しかもほぼ同じ順番で出現している。一方、伊平タケの二種の演奏では、多くの語句が入れ換わっており、語句のストックからその場で選んでいるようである。
 結論を先取りすると、「祭文松坂」の演奏における詞章の構成は一様でなく、師匠の口伝に忠実な杉本キクエと自由を求める伊平タケをその両極端として、山本ゴイと小林ハルはおそらくその中間に位置しているようである。「祭文松坂」には旋律の正調が無いことはすでにのべたが、「歌詞の正調」も無かったといえる。(178頁)

 著者は、視障者と晴眼者に分けています。男性視障者、瞽女、座頭、当道などの語も出てきます。
 そして、近世の芸能史を背景にして、瞽女が権利を確保する様子を、資料をもとにして手堅くまとめています。障害者を社会との関係で見ていく点に、実態が浮き彫りになっています。

 著者の専門が音楽学ということもあり、後半の瞽女唄の演奏については詳細です。楽譜を見ても素人にはわからないので、容易に音が聞けたらいいのにと思っていたら、ネット上にしっかりと用意されていました。読者への気遣いを感じました。

 最後に著者は、次のような問題提起をしています。これは、携帯音楽プレーヤーで日常的に音楽を聴く若者たちへの問いかけでもあります。物語唄の消滅の意味と、音楽とは何かを考えさせてくれるものとなっています。


 瞽女は意識しなかったかもしれないが、彼女たちの唄は、我々に問いかけている。なぜ、音楽市場から、あのように長い物語を展開する唄は消えてしまったのかと。肉体的には江戸時代の人々と変わらぬ集中力を持っていても不思議ではない現代人にとってなぜヒット曲の大半は、三分程度で終わるのであろうか。なぜ、ポップスは機械的なビートに終始しているのであろうか。柔軟なリズム感は、いったいどこに行ってしまったのであろうか。細かい装飾音の多い旋律を、なぜ聴衆(消費者)は要求しなくなったのであろうか。それを要求しなくなったのだとすれば、瞽女唄を好まない聴衆の嗜好は一体どのように発生し、どのように操作され、どれほど制限されてきたのであろうか。聴衆が無言のままに甘受している、こうした音楽の諸限界は、誰のいかなる利益となっているのであろうか。かくして瞽女唄は、枚挙に暇がないほどに多様でかつ痛烈な批判の矛先を、現代社会の我々に向けているのである。(226~227頁)

 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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