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2015年3月 1日 (日)

「京都視覚障害者文化祭典」で弱視の方のお点前をいただく

 あいにくの大降りの雨の中、バス停「千本北大路」を下るとすぐの京都ライトハウスで、「京都視覚障害者文化祭典」が開催されました。
 京都府視覚障害者協会の文化部が主催し、今回が25回目です。


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 障害を持つ児童や生徒のための近代的な視聴覚障害教育の機関として、1878年に「京都盲唖院」が日本で最初に設立されました。これが、現在は京都府立盲学校となっています。
 京都はいろいろな分野で、日本初とか発祥の地なのです。

 その学校のそばの千本通り沿いに、京都ライトハウスがあります。
 ここを以前に訪問した時のことは、「京洛逍遥(322)京都ライトハウスにて」(2014年06月12日)に詳しく書きました。

 今回のプログラムは、次のようになっており、私は午後の部に参加しました。

日時:3月1日(日)
会場:ライトハウス 4階 あけぼのホール

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 この演目の中で、「フィオリの会 群読、朗読」に興味を持ちました。
 東京弁の群読「最初の質問」ではシーンとしていた会場が、朗読劇「夫婦喧嘩の仕方」になると、来場の皆さんの笑いが絶えません。田辺聖子の作品なので、内容が軽妙であることに加えて、大阪弁への親しみが皆さんの共感を呼んだのでしょう。

 私の横におられた4人の男性で全盲の年輩者も、俯きながらも口元や目元は緩みっぱなしでした。含み笑いが、やがては声を出しての笑いに変わります。照れ屋なのでしょう。しかし、次第に顔が上がってきました。居心地のいい時間の中に身をおいておられることが、隣にいた私にも伝わってきました。
 司会の方も、「身につまされる話で」と、余韻をさらに盛り上げておられました。
 みなさん、思い当たることもあったせいでしょうか、大爆笑でした。

 また、バリトン独唱で「上を向いて歩こう」になると、自然と場内から手拍子が起こり、一緒に歌う方がたくさんいらっしゃいました。
 オカリナの演奏で「ドレミの歌」の時もそうでした。

 今日は、視覚障害者の方々やそれを支援なさっている方々が、日頃の文化活動としての成果をみなさんに披露なさる日です。
 出演者と来場者のみなさんが心温まる交流をなさる、いい文化祭典でした。
 私も、これまでに味わったことのない空気と時間の中で、ジンと来る所がありました。

 京都府視覚障害者協会の女性部の方が、「お茶席」(お茶券400円、季節の和菓子付き)を和室で設けておられました。早速、私もお茶をいただくことにしました。

 お手前は、弱視の方でした。先生が後ろに控えておられ、折々に言葉で指示を出しておられます。
 客は私だけだったので、いろいろと話をすることができました。


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 お手前は表千家で、2ヶ月に1回のペースでお稽古があるそうです。現在は、4人の方が習っておられ、全盲の方も多いようです。
 今日のお手前をなさった方は、3年ほどやっているとのことでした。少し陰にあるお茶道具を扱う時は、距離感がない上に見えにくいので大変です、とおっしゃっていました。
 確かに、棚に置かれていた棗や水差しの蓋を取るときは、身体ごと前に出して手をいっぱいに伸ばしておられました。

 一番大変だったのは、茶碗に抹茶を入れた後、茶杓を棗の上に置く時でした。なかなか棗の上の真ん中で茶杓が安定しないので、これが最難関のようでした。
 あやふやな所は後ろの先生に確認しながら、一生懸命に点ててくださったお茶を美味しくいただきました。結構なお点前でした。

 別の部屋では、編み物や手芸品の展示もありました。
 私が生まれてから大人になっても、母は毛糸でセーターやチョッキを編んでくれていました。
 亡くなった時に、あまりにも多くて、姉や妻と一緒にほとんどを処分しました。しかし、それでも今もいくつか残っており、冬には着ることがあります。

 手編みのセーターに没頭していた母を覚えているので、今回展示されていた編み物を見て、その編み目の細やかさや凝りように目を見張りました。
 楽しみながら仕上げられた作品のオンパレードでした。
 いいものを見せていただきました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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