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2015年6月24日 (水)

読書雑記(134)高田郁『蓮花の契り』

 〈みおつくし料理帖シリーズ〉全十巻が完結したのは、昨年の8月でした。
 以来、次作を楽しみに待っていました。

「読書雑記(105)高田郁『天の梯 みをつくし料理帖』」(2014年08月24日)

 そしてついに、最新作となる『蓮花の契り 出世花』(ハルキ文庫、2015年6月)が刊行されました。一気に読みました。


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 著者のデビュー作である「出世花」は、平成19年に第2回小説NON短編時代小説賞の奨励賞を受賞しています。それに3作を追加した『出世花』が、平成20年に祥伝社文庫から刊行されました。

「読書雑記(26)高田郁『出世花』」(2010/12/6)

 平成23年には、ハルキ文庫からも刊行されました。これは、祥伝社文庫版に若干の加筆・修正が施された、いわば新版としての刊行でした。どのような箇所に筆が加わったり補訂されたのか、非常に興味があります。しかし、今はそのような本文校合をする暇がないので、またいつか、ということにしておきます。
 本書は、その時に予告されていた続編であり、この三昧聖のテーマとしてはこの第2冊目で完結となります。
 
■「ふたり静」
 遊女の亡骸を丁寧に湯灌する三昧聖のお縁を、今回も丹念に描いています。そして、かっての記憶を取り戻す元女郎の香弥、いや、かつてのてまりが言う言葉が印象的です。


 何もおもいださなければ、きっとずっと今のままでいられただろうに(57頁)

 この話では、二人静の花がその背後に横たわり、感動的な物語を裏支えしています。
 最後は、

ひとりよりもふたりの方が賑やかで良い。草花も、それにひとも(78頁)

ということばが、しんみりとした話を明るくしています。【4】
 
■「青葉風」
 暫しの間とはいえ、実母の元で暮らすことになる正縁(お縁)。実の親子の情が、たっぷりと語られています。その背後に、女将のお染が今後の話をおもしろくする布石となるかのように、何か企むことがありそうにして控えています。
 お茶会で亡くなった遠州屋を巡って、それが毒殺ではないことを、お縁は旧知の同心である新藤と共に謎解きに挑みます。
 次のくだりは、お茶会が作法通りには行われていなかったことを端緒として、ここから謎がしだいに解き明かされて行くこととなります。

「では、遠州屋さんも同席の皆さんも、まだ桜花堂の桜最中しか口にされていなかった、というわけでしょうか?」
 お縁の疑問に、新藤は頭を振って茶碗を示した。
「いや、先に治兵衛の点てた薄茶を飲んでいる、その場に居た全員だ」
 新藤の回答に、お縁は首を傾げる。
 確か、茶の湯では先に菓子を食べて、それから濃茶なり薄茶なりを口にする、と聞いていた。先に甘味を口にしておく方が茶の味わいが引き立つから、と。
 お縁の疑問を察したのだろう、新藤は苦く笑ってみせた。
「茶会とは名ばかりで、作法とは無縁のものだ。治兵衛も最初のうちは師範について茶道を学んでいたそうだが、堅苦しいのを嫌って止めたそうな。要するに気心の知れた者同士が、薄茶と桜最中を楽しむ集い、というわけなのだ」
 昨日は治兵衛も含め全員で薄茶を飲んだあと桜最中に手を出した、と聞いて、お縁は畳に両の手をついて、新藤の方へ身を乗り出した。
「では、そのお茶に毒が入っていた、とは考えられませんか?」
「それはない。昨夜、同じ茶を俺も飲んだが、何ともなかった。それに同席していた者たちが一様に、茶ではなく、桜最中の味の異変を訴えているのだ」
 お縁の仮説をあっさり打ち消して、新藤は茶碗を置いた。(125頁)

 そして、やがてお縁は、今で言えば死体検視官となり、棗の葉を挽いてお茶に入れた時の効果に思い至り、事件の解決へと導きます。
 これまでの情が勝った語りではなく、理が先行する展開に拍手を送りたくなりました。
 本作4編の中では、作者の成熟した筆致と構成が確認できる、一番の仕上がりとなっています。【5】
 
■「夢の浮橋」
 自分を捨てた母のことを思い遣りながらも、思案に暮れるお縁です。親子や夫婦の関係に注視する展開となります。
 いい場面に月影が配されています。

 ひとりきりになった部屋で、お縁はただ呆然と過ごしていた。どのくらいの間、そうしていたか、気付くと月の位置がずれて、室内は暗い。草雲雀の鳴き声に誘われて、縁側へと這って出た。
 月影が射して、庭が明るい─そう思った瞬間、お縁は度し難い孤独を覚えた。(183頁)

 私が今住むお江戸の宿舎の近くには、永代橋があります。それを渡るのに橋銭がいる、とあります(188頁)。説明がないので、よくわかりません。これは、いつか調べておきます。
 これまた富岡八幡が出てきたので、地元話に嬉しくなりました。そして、巻頭に置かれた「本書舞台地図」を見ては、宿舎はここにあるな、と確認しては物語の世界に入って行きました。
 やはり、物語に自分が知っている場所などが出てくると、読み進む気持ちに弾みがつきます。それも、今実際に住んでいる場所となると、弥増しに親近感が想像力を増幅するようです。
 永代橋が崩落する場面と、千を越す亡骸一体一体に心を込めて清めていくお縁の姿の描写には、作者の筆の力に気迫と活力があります。災害が描けるだけの力を蓄えての、みごとな復活を感じました。さらにその筆の力は、母子の情愛の姿を描き尽くします。【5】
 
■「蓮花の契り」
 正真の一言、

ひととして生きる道はひとつではない(254頁)

に尽きる章です。そして、「信念」というものの意味を教えられました。
 本話には、締めくくるための様々な手順が見えていて、それがかえって煩わしさとして残りました。
 また最後の場面で、夕映えに輝く松が現出します。しかし、私はできることならば、ここは月にしてほしかったところです。ないものねだりですが……【3】
 
 本作は、時代小説文庫(ハルキ文庫)のための書き下ろしです。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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