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2015年6月18日 (木)

ブログにアップしていなかった数年前の記事2本

 2010年7月の祇園祭の朝、胃癌の告知を受けました。

 「心身雑記(59)ガンの告知を受けた時の気持ち」(2010/7/17)

 その2日後に、妻と一緒に西国三十三所札所巡りを始めました。

 「西国三十三所(1)5周目は石山寺から」(2010/7/19)

 8月末日に、消化管の全摘出手術を受けました。

 「心身雑記(73)6時間にわたる自分との闘いへ」(2010/8/31)

 そして退院。

 「心身雑記(86)ワイン片手に2週間ぶりの我が家で」(2010/9/13)

 その後、西国巡りを再開しました。

「西国三十三所(3)清水寺」(2010/9/25)

 そんな中で書いたメモが、偶然に見つかりました。
 本ブログにアップしようと思いながら書いた記事だと思われます。
 しかし、どうしたことか掲載しなかったのです。
 何かと多忙な日々の中で、思いつくままに書いた事を、いつしかすっかり忘れていたのかも知れません。

 記録を見ると、このメモを記した2010年10月12日は、次の記事をアップしていました。

 「西国三十三所(11)総持寺」(2010/10/12)

 総持寺へ行ったその道々に、このメモを記していたのでしょう。

 このまま放置するのももったいないので、また忘れてしまわないうちに、今アップしておきます。

 また、もう1本の記事は、昨秋のもののようです。
 心の重しが取れた安堵感から、気ままに記したものだと思われます。


「スローライフの西国札所巡り」(2010.10.12)

西国札所巡りは、これまでの4巡はすべて自分が車を運転して回りました。

かねてより、自家用車は自然破壊と無意識に人を殺す道具であることへの疑念があったので、京都へ居を移したことを潮に、車を自分では運転しない生活に入りました。

西国札所も、この5巡目は公共交通機関を使っています。
ただし、巡拝の時間は車の二、三倍はかかっています。

スローライフもいいものです。
急ぐことで失うものがあります。
それに気づかせてくれた今回の突然の癌。

まだまだ、スローは私の身には付いていません。
しかし、スローを意識して、それを受け入れながら生活しようとしている自分に、フッと気付くことがあります。
少しずつでも、新しい生活に入っていることを実感しては、よしよしと自分を誉めています。

スローライフに切り替えて気づいたことの一番は、電車に乗り遅れることがよくあることです。
これまでは、改札口から急ぎ足で電車に乗っていたようです。
ホームに降り立つ直前に、電車が無情にも出て行くのですから、おもしろいはずがありません。
しかし、これも慣れると、あまり気にならなくなります。
まだ悔しさを感ずる時がままあるので、観音様を思い描いては、我が身に修行を自覚させています。


☆体内埋め込みタイマーのリセット
これで新たなタイマーが作動することになります。
時限爆弾は爆発直前に除去されたのです。
手術後45年目の63歳という私の終着駅が、さらに先に伸びたと考えたいと思います。
その先はどれくらいなのかは、今は不明です。
しかし、伸びただけでも、幸いなことだと言えます。
どこまで伸びたのかわからないという不気味さはあります。
しかし、私の気持ちは楽になりました。
ただし、重しは取れた代わりに、前が見えないと言う、新たな不安を抱えるわけです。
もっともこれは、人間誰もが抱える宿命です。
人並の煩悩とでも言いましょうか。
これも、ありがたいことです。


 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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