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2015年7月15日 (水)

読書雑記(136)伊井春樹著『小林一三の知的冒険』

『小林一三の知的冒険 宝塚歌劇を生み出した男』(本阿弥書店、平成27年6月)を読みました。

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 小林一三については、ちょうど1年前に、伊井先生の講演会でお話をうかがいました。
「大和桜井で伊井春樹先生の講演を聴く」(2014年07月27日)
 また、折々に直接うかがったこともありました。
 しかし、本書はその時にはまったく出なかった、新出資料を読み解くことにより、一三の文化や文学に関する関心事を掘り下げることで語り進めるものとなっています。

 一三が小学生の頃に書き残したものが紹介されています。その書写は、南北朝や秀吉などから名所風俗まで、文学の延長としての文化趣味にあふれています。

 このことを知り、池田亀鑑が同じ頃に同じように大人びた文章を書き、編集をしていたことを想起しました。
 一三が「隅田ニ桜ヲ見ル記」を12歳頃に書いているように、池田亀鑑は14歳のとき「花見に友を誘う文」(明治43年)を書いています(『もっと知りたい 池田亀鑑と『源氏物語』 第1集』(伊藤鉄也編、新典社、126頁、2011年)に全文掲載)。
 一三が山梨県で、亀鑑は鳥取県です。地域は離れているのに、少年時代に思いのままに文章を書き、それらを編集していたという点では、まったく同じなのです。明治時代の小学生の意識と教養の高さが知られます。

 さて、本書は新資料である『記事録依小林 甲号』という日記によって、明治21年元旦から10月を明らかにしていきます。
 現存する日記は明治31年元旦からだったので、十年も遡って一三が15歳で上京する時の様子がわかります。また、『逸翁自叙伝』にも漏れている一三の空白の時代が、こうして次第に明らかになっていきます。

 既存の記録との突き合わせからも、興味深い事実を引き出しています。
 一三に迫り、その人間像のみならず内面にも食い込む鋭い洞察は、驚嘆に値します。
 馬車で旅立つ一三に青い毛布を巻くところなどは、井上靖が伊豆を出るときの様子とイメージがだぶりました。祖母に育てられた一三だったのです。

 一三が17歳の明治23年に発表した小説「練絲痕」の分析は、史実と人間を凝視する興味深い調査の結果といえます。

 その他、草稿や粗筋書きや断片的なメモから、伊井先生が得意とされる豊かな想像力で、一三が書こうとしていたと思われる小説作品の世界を再構築していかれます。これは、一緒に読んでいて楽しいくだりです。

 『曾根崎艶話』の大正五年初版本と検閲による削除の話も、興味深いものでした。こうした話は、さらに展開していきそうです。その一部を引いておきます。


もう一点解せないのは、これは記憶によるとしながらも、乳房の表現に「まるで紅梅の蕾だとつぶやいた」とする表現が検閲にひっかかったとする点で、大正五年の初版にはどこにもそのような表現は見いだされないし、まして後に増補した「紅梅の蕾」にも該当する文言は見当たらない。あらためて再版本の「序文」を確かめると、「風俗壊乱として告発され、即席裁判で罰金に付せられて、問題が起りそうになつた」とあり、具体的にどの表現が風俗紊乱とされ、実際に発禁処分があったのか、誰かの告発によって問題が大きくなりそうになったため、罰金の支払いですまされたのか、あいまいなままというほかはない。出版された本を読んだ者が風俗壊乱とどこに告発したのか、各新聞記者はその事件をいち早く聞きつけ、大阪の実業界の方からも「直ちに絶版し玉へ」と忠告されたというので、世間にも広く知られたようだが、具体的な推移は不明である。小林は罰金の支払いをし、後は自主回収ということで、その後の事件は沙汰やみになって一件落着となったのであろうか。もっとも、これは再版するための、小林の虚構による口実かもしれない。
 さらに問題を取り上げると、日記において「再読して見るとその風俗壊乱と目せられた部分は落欠になつてゐるから現在記憶はないが」としており、確かに現存する初版には不穏当な表現は存在しない。ただ、読み直してみると問題の個所は「落欠になつてゐる」というのは、内務省の命による逓信省の発売前の検閲によって告発され、小林は該当部分を削除し、申請し直して出版したのが大正五年の初版というのであろうか。真相は後者あたりだろうが、小林はこれについてあまり多く語ることをしない。記憶によると、問題となったのは二、三行くらいで、乳房を「紅梅の蕾」のようだと表現していたところだったという。ただこれ以上複雑になるため簡略に述べるが、実は「上方是非録」第六十五話「自然主義」で、主人公の「僕」が小田の家を訪れると、古簾を通して目に入るのは座敷の裸の老婦人が腰巻をして肩には濡れ手拭いをした姿、「隣に座ってうつ向いて新聞の小説を読んで居る廿歳余の婦人は、流石に裸体ではない、只だ両肩をぬいで肉付のいゝ桃色の肌と、プクツと高い紅梅の乳房に、恋物語の未来記を召して、束髪の後毛を乱して余念なき横顔が、一寸美しい」とする表現を見いだす。まさに同工異曲といってよく、これなどが後の『曾根崎艶話』に再利用されたのであろう。このような関連から見ても、「上方是非録」は『曾根崎艶話』の習作的な作品で、これを契機にしてより芸妓の姿に焦点を当てた作品に成長したのだろうと思う。(194~196頁)

 小林一三を、事業家ではなくて創作の面から文化人として浮き彫りにしたところが、本書の特色といえます。

 なお、一三の『源氏物語』受容に関することが一例だけ、次のように語られているので引いておきます。


「繙くや源氏にはさむ薄紅葉」などは、舞子から須磨、明石を訪れ、そのゆかりで読みかけの『源氏物語』の本に薄赤く染まった紅葉を挟んだとすると、小林の古典に親しむ優雅な姿が彷彿としてくる。(129頁)

 宝塚歌劇に関連することは、ほとんど言及がありません。これに関しても、貴重な資料で新たな視点から切り込んでくださることを期待しています。すべて次作でまとめてくださるようです。

 参考までに、本書の目次をあげます。


目次

一 韮崎小学校から成器舎へ
 1 祖母の形見の青い毛布
 2 士族のブリキヤ校長
 3 韮崎学校時代の初恋
 4 成器舎時代の生活費
 5 成器舎からの退塾
 6 成器舎の英語教育

二 東京での新生活
 1 韮崎から東京へ
 2 士族校長の高柳
 3 慶応義塾への入学
 4 塾での生活
 5 鶴鳴会の発足
 6 文士としての登場

三 小説家への夢
 1 十七歳の小説「練絲痕」
 2 文学青年としての活動
 3 銀行で想を練った小説の下書き
 4 さまざまな小説作品へ

四 俳句への傾倒
 1 俳人の家系
 2 コウとの結婚秘話
 3 戯れの俳句
 4 句集『未定稿』と『鶏鳴集』の編纂
 5 心情表現の句作

五 「上方是非録」による大阪文化
 1 三美人の乗客
 2 大阪北浜の「夏亭」
 3 大阪の歴史叙述
 4 大阪風俗の描写
 5 大阪改造計画の夢

六 『曾根崎艶話』の執筆
 1 豆千代の襟替
 2 イ菱大尽と伊予治
 3 梅奴の生き方
 4 芸妓論

七 文化人との交流
 1 現代画鼎会の人々
 2 尾崎紅葉と田山花袋の原稿『笛吹川』
 3 俳人伊藤松宇と三好風人の俳画帖

八 果てなき文化への希求
 1 翻訳小説の試み「五十年の昔を顧みて」
 2 鶏鳴への思い
 3 最後の茶会の夢
 4 演劇映画、そして宝塚歌劇への果てなき夢

あとがき


 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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