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2015年7月29日 (水)

読書雑記(138)西野 喬著『防鴨河使異聞』

 西野 喬著『防鴨河使異聞』(郁朋社、2013.9)を読みました。


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 長保4年(1002年)頃のことです。
 防鴨河使(ぼうがし)である蜂岡清経が、捨て子を悲田院に預けることから始まります。

 大雨で三条堤が切れた場面などは、実況中継のような迫力で氾濫の中を走り回る様が描かれます。
 悲田院が崩落する場面も真に迫っています。また、後の内裏炎上を描く筆も力強さに溢れています。

 京洛に住まう貧しい者や病人、さらには地方から出て来てさ迷う民への視線が、この物語を支えています。今で言うところの弱者への視点が顕著です。
 全編を通して、見捨てられた者たちへの温かい眼差しが印象的です。人を思いやる気持ちが丁寧に描かれています。

 賀茂の河原は、恵まれない人々の生死をかけた生活の場所だったのです。それが、防鴨河使と利害を争う交点となります。
 その成り行きが、為政者側と対立し、迫害を受けるのです。主人公である防鴨河使清経は、その間に立って苦悶し活躍します。

 悲田院の静琳尼は、かつての遵子でした。そして、遵子は左大臣藤原頼忠の娘なのです。
 この女性の設定の中途半端さが、本作の完成度を低くしたように思います。このことは、後半になって顕著に見られます。

 第7章「回想」は、本書の中では内容が宙に浮いてしまっています。防鴨河使に直結せず、唐突に周縁の話が持ち出されたからです。この章を、続く第9、10章へとつなげることで、ドラマチックな展開にしようとします。しかし、話がことさらに説明口調となり、上滑りしてしまっているのです。

 物語の構成に不自然なところがあり、読者への配慮が見られません。後出しじゃんけんとなってしまいました。

 それまでの防鴨河使の話が、京洛を舞台にして生き生きと語られていたので、もったいないと思います。物語が人間の情に流されてしまい、解説口調になりました。尻すぼみの作品に脱してしまったことが惜しまれます。【3】

 なお、賀茂川の流路に関しては、かつて「つけかえ説」というものがありました。
 これは、京都市北区雲ケ畑を源とする川が当初はまっすぐに南下し、京都の中心部を流れる堀川に合流していた、というものです。東から流れる高野川との合流地点は、今の六角堂付近だった、とするのです。
 しかし、それは1980年代までで、それ以降は今のままの流れだったことが地下鉄烏丸線の工事の折に証明されました。(横山卓雄、『平安遷都と「鴨川つけかえ」 - 歴史と自然史の接点』、法政出版、1988.6)

 私は、大学時代にこの賀茂川の流れに興味を持ち、京都の図書館などでさまざまな本を読みあさりました。そして、結論は流路は変更されていない、ということでした。

 本作品では、「賀茂川つけかえ説」によって語られています。2012年に執筆された作品なのに、なぜ学会で否定された旧説によっているのか、その理由は今はわかりません。
 「あとがき」にも、そのことは説明されてはいないのです。

 参考までに、本作で「つけかえ説」による記述となっているところを引いておきます。


・なぜ国を傾けるほどの財力と労力を費やして長大な賀茂堤を作り上げ、京の東端を北から南にほぼ真っ直ぐに流れ下るように賀茂川を押し込めたのか、(59頁)
 
・賀茂川を生まれたままの古の姿に戻してやれ、とお考えのようでした。つまり賀茂川の流路を制限する堤や土手をすべて取り払い、流れが勝手気ままに行きたいところへ行くようにし、防鴨河使などという官衙も消滅させる、(60頁)
 
・もともと賀茂川は京の街中の方まで流れ込んでいたそうでございます。(60頁)
 
・都をこの地に定めるにあたって、中国の長安に模した都造りに固執するあまり、氾濫の猛威を軽視し、流路を東端に堤防で押し込めた。降雨で増水すると賀茂川は元の流路に戻ろうとする。ために平安京では遷都直後から人と川の共生は難しいものとなった。もし防鴨河使達の地道な河川管理がなされなかったら、京の人々の生活は一層困難なものとなったであろう。今日、往時の流れを彷彿させるものは何一見当たらない。今見る堤は高度の土木技術によつて賀茂川のDNAを根こそぎ封じ込めてしまった。このことは賀茂川に限らず、現代人が川とどう関わろうとしているのかの一つの答でもある。(あとがき、309頁)

 本作は2012年度、第13回「歴史浪漫文学賞 創作部門 優秀賞」の受賞作(出版化)です。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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