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2015年8月28日 (金)

再録(21)お粗末なコナミ・集英社のイベント〈1999.08.29〉

 今から16年前の、ちょうど今の時期の記事を、再録データとして残しておきます。
 「遊戯王」というカードにはまっていた、現在20歳代後半の方々は、非常になつかしい話かと思います。

 この元データは、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報の内、1999年8月29日に公開した記事です。
 この一連の「再録」は、過去に発信した情報を本ブログに取り込み、アーカイブズの一環とするものです。
 昨日の記事は、書籍や資料という、物の都移りについての話題でした。
 本日の内容は、ウェブに公開したコンテンツのお引っ越しです。
 
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 
〔再録(21)お粗末なコナミ・集英社のイベント〈1999.08.29〉〕
 
 東京ドームでの「遊戯王」公開イベントの顛末
 
 1999.8.26に東京ドームで開催された「遊戯王デュエルモンスターズ決闘者伝説 in TOKYO DOME」では、マスコミで報道された以上に大変な出来事がありました。

 何ヶ月も前から楽しみにしていた小学五年生の息子は、限定版のプレミアムカードを求めて、遠路奈良から、わざわざ一人で上京して来ました。そして、四万人以上もの親子の大混乱に巻き込まれ、いろいろな被害に遭遇しました。
 私は、早朝に東京ドームへ息子を連れていき、夕方迎えに行く役目を負っていました。
 以下に、息子の夏休みの作文の一部をまとめながら、ことの顛末を記しておきます。

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・入場するのに、炎天下、三時間半もかかった。

・ジュースを二本も飲んだ。トイレにも行けなかった。

・『少年ジャンプ』を持っていないと、入場が後回しになるというので、たくさんの子と親が本屋さんへ走っていった。会場に連れていってくれた父は、すぐに本を買いに猛スピードで走ってくれた。入場するために『少年ジャンプ』がいるとは知らなかった。こんなことなら、持ってきたらよかった、と思った。

・水道橋周辺の本屋はすべて売り切れとかで、父はなんと神保町まで買いに行ってくれた。

・会場に入って最初に、「遊戯王」に関するお店などの配置を書いた東京ドームの案内の紙を渡された。

・午後一時に販売予定だったカードが、二時からになるとの放送があった。

・二時になると、一斉にたくさんの親子が詰めかけて、販売が始まると押し合いで並んだ。後ろからドンドン詰めてきて、みんなに押されて息苦しくなった。パイレーツのダッチューノの状態が三十分以上も続いた。

・僕の足は、ずっと宙に浮いていた。

・メガネは外れ、前にいたどこかの知らないお兄ちゃんがメガネを持っていてくれた。自分の手では、メガネをどうしようもない状態だった。

・財布が落ちそうになり、必死でポケットを守った。

・怪我をした子がたくさんいた。コナミの人が、倒れた子のそばにいた子は手をあげてくれ、と言っていた。でも、息苦しくて、とても手を上げられる状態ではなかった。

・救急車が何台か来た。けが人を運びにやってきたようだった。

・僕が抱えていた『少年ジャンプ』は、押されて将棋倒しになる時に、どこかへ飛んでいった。もらった案内の紙や、持っていた紙袋も、どこかへ飛んでいってしまっていた。

・将棋倒しになって横に倒れた後は、メガネをしていた人たちのメガネが散乱していた。たくさんの『少年ジャンプ』も踏みつぶされていた。床に血も見かけた。

・将棋倒しの中を這うようにして進んで行ったら、財布も落ちていた。必死に逃げようとしていたので、何をどうしようもなかった。

・大人の人が僕を助け起こしてくれた。

・人の隙間を見つけて、その場から逃げ出した。

・身体がふるえていた。恐怖の体験だった。

・カードの販売は、三時ごろに一旦中止になった。

・しばらくして、また販売された。

・しばらくして、また中止になった。

・カードを買えた子がカードを見せびらかして目の前を通り過ぎた。みんな、むかついていた。

・知らない子のお母さんの一人が、目の前でコナミの人を殴っていた。左足をテーブルにかけて乗り越え、右手を前に出してジャンプをして、コナミの人を捕まえて顔を殴っていた。

・すぐに警備の人が来て、押さえつけ、警察が来て肩を掴んでどこかへ連れて行った。(テレビのニュースで放映されたのは、男性がコナミの社員を殴っているシーンだったそうです。社会的な影響を配慮して、女性ではなくて男性の暴行場面にしたのでしょうか。息子いわく、興奮して汚い言葉を発し、見たくもない態度を示していたのは大人たちだったとのこと。その後、子どもたちが大人の鬱憤晴らしを見て、つられるようにして暴れ出したようです。)

・まわりの子は、あのお母さんは手錠をかけられていた、とかしゃべっていた。

・僕は左足首を捻挫し、そして胸が苦しかったので、翌日は東京見物を中止して、休養した。

・翌日の新聞に、コナミからのお詫びの記事が載っていた。入場者プレゼントと限定カードについてのお知らせがあるとのことなので、載っていた番号に電話をすると、「ただ今でかけております。またお電話ください。」というテープが何度も流れているだけだった。

・次の日に電話が繋がり、出てきた男の人に事情を話すと、入場の時に渡された紙を持っていると、カードがもらえることがわかった。しかし、将棋倒しで転倒したときにそれはなくなったと言うと、「それでは、しょうがないですね。」と言われたので、あきらめることにした(コナミの状況認識は、今もって甘いのではないでしょうか)。

・来週号の『少年ジャンプ』に詳しいことが載っています、とその人は言っていた。

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 以上が、息子のいた会場内の様子です。
 子どもの視線での物言いなので、実際とのズレもあることでしょう。

 朝日新聞の1999.8.27朝刊によると、「気分が悪くなって倒れたりする人まで出た。」とあります。しかし、この記事を書いた記者は、徹底した現場での情報収集を怠っていたのではないでしょうか。

 自分が想定する情報を取材し終えてこと足れりとし、あらかじめ予定していたシナリオの記事に仕上げた、という印象の新聞記事です。記者の姿勢は、この出来事を「レア物」を求める社会現象の一つとしてとらえ、いかにもデスク上でまとめたという作文です。息子は、実際はもっと酷かったと訴えています。朝日新聞の記事は、与えられた課題をどうにかこなしたという高校生のレポートレベルの、なんとも無責任な作文記事になっています。報道姿勢の低俗化を痛感します。

 こうした出来事については、もっと主催者側の無責任さとプランニングの杜撰さを、そしてその事後処理のお粗末さを、マスコミはもっと鋭く指摘すべきではないでしょうか。新聞記者が、一般大衆を批判的に見てしまってはいけないと思います。社会現象としての文化は、大人たちによって創られるものなのですから。

 また、コナミが前面に出ていますが、『少年ジャンプ』の発売元である集英社も、その責任の一端を負っていると思います。『少年ジャンプ』を持参していないと、優先的に入場させてもらえないのですから。そしてその集英社は、混乱と被害の当事者となった読者である親子には、一言もお詫びの姿勢を示していません。責任をコナミに擦り付けて知らぬ存ぜぬで通そうとする、出版社の特権意識と奢りを感じます。
 ほとぼりの冷めた来週号で、誠意を身にまとった通り一遍のお詫びの記事が掲載されるのでしょう。

 それにしても、将棋倒しに巻き込まれなかった子どもたちはコナミの救済処置の恩恵に浴し、被害にあった子どもにはカード入手の権利がないという処置については、どうしても理不尽さが残ります。結果的には、子どもに、不運を不幸中の幸いと思わせ、妥協と諦めということを教えることになりました。

 これも、息子にとっては一つの夏休み貴重な勉強だったとしましょう。本人は、意外と冷静に出来事を観察していました。そして、貴重なカードを入手した子と友達になり、すごいカードを何枚か安く売ってもらったそうです。カッカする大人たちをよそに、自分たちはカード交換にいそしむという姿を想像すると、なんとなく楽しくなってきます。

 大人が辻褄を合わせながら作り上げている社会とは別に、逞しく育っていく子どもたちの一端をかいま見ることができました。こうした子どもたちが作る二十一世紀は、きっと頼もしい社会となるに違いありません。楽しみが増えた思いがしています \(^_^ )( ^_^)/
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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