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2015年9月25日 (金)

古写本『源氏物語』の翻字に関する凡例の追加(その1)

 ハーバード大学本「須磨」と「蜻蛉」、そして歴博本「鈴虫」の「変体仮名翻字版」を作成しています。その中で導入した、これまでの翻字の方針をさらに改善した事例を紹介します。

 これまでに、「変体仮名翻字版」を作成するための凡例は、暫定版ではあるものの、次の記事で一応の形を提示しました。

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その1)」(2015年01月18日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その2)」(2015年01月19日)

「『源氏物語』の翻字本文に関する凡例の改訂(その3)」(2015年01月21日)

 今は、新しい凡例を公開する用意を進めています。
 その前に、これまでと異なる場合の対処を提示して、ご教示をいただきたいと思います。

 「変体仮名翻字版」は、より原本の文字表記を忠実に再現できるように翻字し、精緻な古写本の書誌と本文の研究に資する情報を提供するところに特色があります。

 これまで個人的に思案していた中に、写本の書写状態をどのようにデータベースに記述するか、という問題があります。

 文字で記述するテキストデータベースでは、画像がなくても原本が再現できるものを目指します。そのために、これまでに、次のような付加情報を仕分けして明示する記号を用いてきました


〈/(備考)〉〈ナシ(欠脱)〉〈=(傍書)〉〈+(補入)〉〈±(補入記号なしの補入)〉〈$(ミセケチ)〉〈&(ナゾリ)〉〈△(不明)〉〈「 」(和歌)〉〈合点〉〈濁点〉〈改頁〉〈改行〉〈判読〉〈ママ〉〈朱〉〈墨〉〈墨ヨゴレ〉〈削除〉〈抹消〉〈落丁〉〈破損〉〈付箋〉〈上空白部〉〈割注〉

 今回、「変体仮名翻字版」に全面移行するにあたり、書写状態を再現する上で基本となる〈行末〉や〈丁末〉の様態を、次の識別記号を用いて記述することにしました。
 従来これは、傍記情報として「/=○○」としたり、補入記号である「○」のない補入としていたものを、さらに詳細に識別できるようにしたものです。
 以下にあげる例の末尾の6桁の数字は、『源氏物語別本集成』の文節番号です。
 
* 本行の本文の左側に、本行本文とすべき傍書がある場合は、〈左傍記〉として明示する。
   例 きこしめしける尓こそ八/尓=こ〈左傍記〉(522940)


150925_nikoso


 これは、「こそ」が一続きの文字で書写されているため、「こ」は傍記ながらも本行本文として扱ったものです。ただし、「尓」と「そ」の間が空いているのは、どのような理由なのかはわかりません。親本がどのような状態だったのか、他の例を集めて参照しながら、機会をあらためて考えます。
 
* 一行に書ききれなくて行末の左右にはみ出しているものは、〈行末右〉〈行末左〉〈丁末右〉〈丁末左〉という付加情報を付した。ただし、これは一行に納めようとする気持ちが強いため、本行本文として扱う。補入記号なしの補入とはしない。
   例 【申】させ多る二/る=二〈行末右〉(520233)


150926_taruni


 ここで、「る」の右横に書き添えられた「二」は、補入記号のない補入とせず、一行に書ききれなかった行末の文字「二」を右横に書いてから次の行に移ったものとしました。
 
* 丁末に、書ききれなかった文字を左端に書き添えた例。
   例 【侍】ら八/ら=八〈丁末左〉(520281)


150925_haberaha


 この丁末の「八」は、この丁に親本通りには最終行内に書ききれなかったものです。ただし、次の丁に「八」だけを持ち越すことを避けるために、あえて丁末の左横に書き添えたものです。
 
 非常に複雑な例もあげておきます。
   例 ふく尓て/く$く、傍く&く、そ&尓、尓=て〈行末左〉(521486)


150925_fukunite


 これは、まず、「ふく」の「く」をミセケチにした後、「く」をその右に傍記しています。ただし、その傍記の「く」も念を入れてなぞっているのです。どうやら「く」が「て」に見える文字だったために、その上からご丁寧に「く」をなぞったようです。
 次に、「そ」の上から「尓」となぞり、その行に書ききれなかった「て」を「尓」の左横に書き添えたのです。
 
 こうして、〈行末右〉〈行末左〉〈丁末右〉〈丁末左〉を用いて、書写状態を再現できるように明示することにしました。これにより、書写者が行末で次の行へ移行するために注意力が緩む場合や、丁末で次の用紙に移る動作が伴うことから誘発される書写ミスの原因や傾向が、さまざまに推測できるようになりました。ここは、異文が発生しやすい箇所でもあります。

 付加情報を記述するための記号をあまり増やすと、今後の翻字の進捗とデータ作成の手間が妨げられます。それでなくても、『源氏物語』の古写本の翻字が遅れに遅れているのです。データ作成に手間がかかりすぎると、いつまでたってもデータベースの構築が捗りません。
 このあたりは、妥協しながらデータ構築に専念すべきところでしょうか。

 この『源氏物語』の「変体仮名翻字版」によるデータベースは、現在確認できている古写本を翻字して入力するだけでも90年はかかると、私は見ています。
 私がこのデータベースに関われるのは後十年あればいい方なので、さらなる再現性の高い『源氏物語』の本文データベースは、バトンタッチする次の世代にお願いするしかありません。
 現在、この『源氏物語』の本文データベースとしての〈源氏物語翻字文庫〉は、私の手元で管理して追加や更新を重ねています。

 幸いなことに、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に関わる方々によって、こうしたデータの編集方針の継承が期待できるので、私はそのインフラ整備にさらなる精力を注ぎ込もうと思います。
 今回の凡例の追加も、その一環です。
 そして、少しずつであっても成長しつづける『源氏物語』の本文データベースに育てていく基盤を構築し、次世代に渡すことに専念したいと思っています。

 まずは、翻字という基礎的な部分を手伝ってくださる方の参加を求めています。
 「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉」のこうした活動へのご理解とご協力を、どうかよろしくお願いいたします。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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