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2015年10月10日 (土)

京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)

 いつもは京町家のワックジャパンで源氏を読んでいる会も、秋らしくなったことでもあり、京都の街中にある『源氏物語』関連の地を散策することにしました。

 今日はその第1回目として、「桐壺」巻に関係する大内裏周辺を歩きました。

 京都市が源氏千年紀の2008年に、『源氏物語』のゆかりの地として40箇所に説明板を設置しました。その内の、1番から16番までを、今日1日で歩きました。
 プランニングと下見は、いつものメンバーである石田さんが担当してくださいました。
 次の地図の赤で示した矢印が、今回の行程です。


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 お昼前に、千本丸太町の交差点角にある「大極殿跡前」の児童公園に集合し、ここをスタート地点としました(市バス「千本丸太町」すぐ横)。

 以下、2008年に私がこのコースを歩いた際の記事のアドレスを、参考までに引きながら記していきます。
 そして、今回掲載する写真は、その時と違っているものや、新たに目に入ったものに限定しています。

「説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)

 ここは、何も変わっていません。ただし、歩道の縁石に設置されていた建物群の指標は、今回その6個すべてを確認しました。また、道路に埋め込まれた表示も。その写真を列挙します。

 まず、南北に走る千本通の西側から。


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 この千本丸太町の交差点を東に渡り、大極殿跡がある場所の向かい側を北に向かって進みます。
 それぞれの指標が、千本通を挟んで東西に向かい合っています。


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 少し行ってすぐの小路を右に曲がった突き当たりに「建礼門跡」があります。

「説明板13-建礼門跡」(2008/6/14)

 7年前と何もかわっていません。

 狭い道を北上すると、すぐに下立売通りに出ます。
 ここを左折すると、立て続けに3箇所に説明板があります。

「説明板8-紫宸殿跡」(2008/6/9)

「説明板 6-蔵人町屋跡」(2008/6/5)

 ただし、「6-平安宮内裏蔵人町屋跡」だけは、平日以外はシャッターが降りていて見ることができません。今日は、土曜日だったので、残念ながら見られませんでした。


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「説明板 7-内裏内郭回廊跡」(2008/5/31)

 ここの石碑の写真を、7年前には掲載するのを忘れていたので、ここで今日の写真で補っておきます。


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「説明板14-宜陽殿跡」(2008/6/10)

 この「宜陽殿」の説明文中の中ほどにある「若紫」という巻名は、今は「若菜上」に訂正去れています。古い写真や資料などを使って授業や説明をなさっている方は、お気をつけください。
 参考までに、現在の訂正された説明板の文章を掲載します。


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 お昼ご飯は、この一帯をぐるっと回ってからここに立ち戻り、「ショップ&カフェ 綾綺殿」でいただきました。

 次は、内裏の東端から少し外にある説明板です。

「説明板1-平安宮内裏跡」(2008/7/11)

 さらにコの字型に回り込んで「建春門跡」へ行きました。

「説明板12-建春門跡」(2008/5/15)

 ここを東西に走る道は、まさに説明板のメインストリートとでも言うべき場所で、目白押しに『源氏物語』の縁の地となっています。

「説明板11-温明殿跡」(2008/5/19)

「説明板10-昭陽舎跡」(2008/5/20)

 そして、この通りはかつてとは様変わりで、ゲストハウスが並ぶ一角となりました。
 「承香殿東対」「承香殿西対」「参の局」「弐の局」「壱の局」「弘徽殿の南邸」と、各ゲストハウスが並んでいます。


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「説明板5-承香殿跡」(2008/5/24)

「説明板3-弘徽殿跡」(2008/5/30)

「説明板4-清涼殿跡」(2008/5/25)

 この「清涼殿跡」から「淑景舎(桐壺)跡」まで、どれくらいの距離があるのか、歩数を数えてみました。

 「清涼殿跡」からすぐ北の「梅壺」まで70歩。

「説明板2-凝華・飛香舎跡」(2008/5/30)

 そして、「梅壺」から北進してすぐの出水通りを右折して「淑景舎(桐壺)跡」までが125歩。
 結局、清涼殿から桐壺までは〈195歩〉でした。
 私は少し歩幅を狭くして歩きました。同行の女性陣とほぼ同じでした。
 今度「桐壺」巻を読む時の参考になります。

 この周辺は、家の取り壊しと立て替えが急ピッチで進んでいました。
 数年後に来ると、この西陣の一角はまた様変わりしていることでしょう。


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 食後、予定よりも早く回ったので、少し北に上がった場所に足を運んで解散となりました。

「説明板15-平安宮大蔵省跡・大宿直跡」(2008/7/28)

 なかなか充実した半日となりました。
 内裏があった頃と較べて、今はまったく雰囲気が異なるとはいえ、その距離感は体感できます。

 今回経巡ってみて、建物の名前の呼び方に注意が向きました。

 「仁寿殿」のことを、綾綺殿の前の説明文には「にんじゅでん」と振り仮名があり、平安宮内裏跡の説明文には「じじゅうでん」と振ってありました。私は「じじゅうでん」と言ってきました。

 また、「宜陽殿」(ぎようでん)と「宣陽門」(せんようもん)も、あらためて聞かれたら迷うところです。

 こうしたことは、他にもたくさんあります。
 「紫宸殿」を私は「ししいでん」と読みます。しかし、一般的には「ししんでん」としています。有職読みとでもいうものなので、どちらかに決することもできないのでしょう。「有職」も「ゆうそく」と「ゆうしょく」と2通りの読みがあります。
 とにかく、どちらかを明記して、別の読みも示す、というのが一番いいと思います。

 ワックジャパンで源氏を読む会は、次回は11月7日(土)に京都ライトハウスで開催される「点字百人一首」に参加します。見学だけですが。
 ハーバード大学本「蜻蛉」を読むのは、12月から、ということになります。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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