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2015年12月25日 (金)

読書雑記(152)山本兼一『狂い咲き正宗』

 山本兼一の『狂い咲き正宗 刀剣商ちょうじ屋光三郎』(2008年8月、講談社)を読みました。


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 短編小説の連作で、七振りの刀(正宗・村正・國広・康継・虎徹・助広・清麿)が取り上げられます。

 御腰物奉行をつとめる旗本である黒沢家の嫡男である勝光が、町人になって刀剣商ちょうじ屋光三郎と名乗り、小さな刀屋になりました。

 勘当されたはずの光三郎のもとに、父からさまざまな刀剣に関する難題が持ち込まれます。それをいかに解決するか、というところが本作の読みどころです。

 ただし、各話にユーモアと捻りが足りません。筆が冴えないのです。今一つ、話が盛り上がらないのです。登場人物の設定が甘いのと、話に変化がないからです。

 京都三条を舞台とした骨董屋の話、「とびきり屋見立て帖」シリーズは、人の情と幕末の世相が見事に炙り出されていて傑作でした。その機知が、この連作ではまったく感じられません。
 妻の描かれ方を見ただけでも、その差は歴然としています。

 「読書雑記(56)山本兼一『千両花嫁 とびきり屋見立て帖』」(2012年12月18日)で記したこと等を参照して、本作が執筆された時期を確認してみました。

 「千両花嫁」(『オール讀物』2004年12月号)
 「金蒔絵の蝶」(『オール讀物』2005年4月号)
 「皿ねぶり」(『オール讀物』2005年10月号)

 本書の巻頭に収録された「狂い咲き正宗」(『小説現代』2005.8)は、『千両花嫁』に収載の「金蒔絵の蝶」と「皿ねぶり」が公表された間に位置しています。
 実際に、これらが執筆された時期は不明です。しかし、雑誌の印刷出版にあたっての校正などを考えると、「とびきり屋見立て帖」シリーズに比べて本「刀剣商ちょうじ屋光三郎」シリーズの完成度の低さが気になります。

 新しい分野を開拓する意味からも、骨董屋に続いて刀剣商へと、意欲的に取材を進めておられたことでしょう。
 『いっしん虎徹』(文藝春秋、2007年)、『黄金の太刀 刀剣商ちょうじ屋光三郎』(講談社、2011年)、『おれは清麿』(祥伝社、2012年)という刀剣に関する作品の流れを見ながら、本書がおもしろさに欠けるのは私の興味の度合いだけではないように思うのです。

 不出来な作品が並ぶ中で、本書の第6作「浪花みやげ助広」(『小説現代』2008年1月号)だけは軽妙で秀逸でした。【2】
 
 
初出誌:『小説現代』2005.8、2006.11、2007.1/7/11、2008.1/4
 
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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