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2015年12月15日 (火)

車中でスマホ列に挟まれて文庫本を読む

 通勤で私が電車に乗っている時間は、だいたい1時間半ほどです。
 その間は、カバンから取り出しやすい文庫本を読むことにしています。

 ほとんど座れる経路なので、私はシートで本を読みます。
 立ったままの時は、吊革を持ちながら読みます。

 最近は、本を取り出す前に周りを見渡すようにしています。
 スマートフォンや携帯電話を操作する方が多いので、そのスマホ列の間に挟まって本を手にするのが、場違いな雰囲気の時があるからです。
 自分だけが孤立したくないのと、スマホ集団と化した若者たちの中で、目立ちたくないという思いもあります。
 この、車中で本を読むことが目立つようになった、ということ自体が、社会の変化に違いありません。

 今日も、目の前の横長のシートには、スマホを弄る人々が居並んでおられました。中に一人だけ、ノートパソコンを操作しておられる方も。
 たまたま、シートの真ん中に座っていました。偶然なのでしょうか、私の両側はみごとにスマホ列となっていました。

 そんな中で、印刷物としての本を取り出すのは、なんとなく気遅れします。
 しかし、読みかけの本を帰りまでに読み終えたいので、勇気を出してカバンから取り出しました。
 自然に本を取り出して読み出せないのは、周りの方々と違う行動をするからなのでしょう。悪いことをするわけでもないのに、変な心理が働きます。

 電車の中で印刷された本を読むことが珍風景となったのは、東京では3年前あたりからではないでしょうか。

 みなさんが電子本を読んでおられるのではありません。
 ほとんどの方がゲームのようです。
 インターネットで調べ物や、メールの遣り取りをしている方も多そうです。

 公園や喫茶店を通りかかった時、本を読んでいる人を見かけることがよくあります。
 街中の読書スペースが、近年は移り変わったのでしょうか。

 車中でしばらく読んでいて、本のページをめくる時に顔をあげました。すると、いつからか私の前に立っておられた5人の方が、選りによって、みなさんスマホの操作をしておられました。
 思わず、どきっとしました。私に呪いでも掛けようとしておられるのでは、と思ったからです。

 こうした光景は、心臓によくありません。

 もくもくと操作をしておられる方々を眺めるのは遠慮して、自分も本を読むことに集中することにしました。
 隣がガチャガチャと音楽を聴く人でないかぎり、車中でスマホに熱中している方の隙間で本を読むのは、意外と集中できることを実感しました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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