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2015年12月 1日 (火)

書道家にお願いした触読用の『百人一首』

 今日、念願だった『百人一首』の立体コピーを完成させました。


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 取り札と、数首を並べたシートの2種類を試作しました。
 これを使って、目が見えない方々と一緒に『百人一首』のカルタ遊びをし、また、変体仮名の学習に役立てたいと思います。
 その先には、もちろんハーバード本『源氏物語』を触読する目標があります。

 ここに至るまでの経緯を、簡単に記しておきます。

 書家のMさんから初めて本ブログにコメントをいただいたのは、本年4月末でした。
 料紙制作20年、かな書45年、表具制作25年という経歴の方でした。
 新潮日本古典集成の活字校訂本文をもとにして、『源氏物語』の写本を作成しておられるとのことです。そこで、書写に関するアドバイスを、ということで連絡をくださったのです。

 私からは、かつて私が次のブログで批判したことと同じことをなさっているように思われます、という返事をさしあげました。

「何故かくも愚行を誇らしげに」(2010/9/26)

 この5年前の記事で私は、活字校訂本文を書写することを批判しています。それが今回は、「岩波・古典大系」が「新潮・古典集成」に変わっただけなので、直接お目にかかってお話ができないでしょうか、との申し出をしました。

 善は急げということを実践している私は、すぐに5月初旬に中央線の駅前の喫茶店でMさんとお目にかかり、長時間お話をうかがい、『源氏物語』を書写することについての私見を語り合いました。

 Mさんは「何に書くか、どのように書くか」ということに力点を置かれていました。
 それに対して私は、「何を書くか」という、物語本文に拘って話したように思います。
 この「何に、どのように」と「何を」は、まったく別の視点から生まれているものだと思われます。
 私は、「何を」の方が、古典を書写するにあたっては、まず解決すべきことだと思っていることを強調しました。

 鎌倉時代に書写された『源氏物語』を実見なさることをお薦めしていたところ、7月に国文学研究資料館所蔵の写本を閲覧に来ていただくことになりました。しかし、お互いにいろいろと雑事に追われる中で、それが9月末になり、それも延期となって、10月初旬に国文学研究資料館所蔵で鎌倉期に書写された「榊原本 源氏物語」を直接閲覧していただくことになりました。

 特別閲覧室でご一緒に、説明と共に質問に答えながら、楽しく鎌倉時代書写の『源氏物語』を見ることができました。

 その折、目の見えない方のために変体仮名を触読することにチャレンジしている話をしました。そして、『百人一首』を触読用に書いていただけないかとお願いしたところ、快く引き受けてくださいました。

 その後、試しにお書きになった写真を拝見し、手応えを感じました。
 いろいろとやりとりをしているうちに、ついに初版とでもいうべき20首の作品を送ってくださったのです。

 私からお願いした恋の歌20首は、次のような形でお弟子さんとの協力により、触読するための『百人一首』として仕上げてくださったのです。

(1)恋の歌20首の内、前半10首を変体かなを使った散し書き
(2)恋の歌20首の内、後半10首を高野切の文字を集めた倣ち書き
(3)恋の歌20首を、変体仮名を使わないで2字連綿・3字連綿

 本記事の冒頭と次の写真は、(3)にあたるもので、変体仮名を使わない作例です。


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 今回いただいた3種類の『百人一首』を実際に目が見えない方々に触っていただき、その反応や感想をもとにして、さらに書写文字に検討を加えていきたいと思っています。
 例えば、決まり字までは大きな文字で書くとか。

 掲出写真の背景をなしている数首を並べたシートは、液晶パネルを活用した音声ガイドと連動するシステムでの利用を想定しています。

 この件については、もうすこし具体的な活用事例が報告できるようになってから、あらためて詳細な報告をしますので、しばらくお待ちください。
 まずは、速報として現状をお知らせしました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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