« 江戸漫歩(120)葛飾柴又の帝釈天題経寺 | メイン | 銀座探訪(34)並木通りの夏目漱石と「野の花 司」 »

2016年1月10日 (日)

江戸漫歩(121)谷中の夕やけだんだん

 日暮里駅からぶらぶらと谷中銀座へと足を向けました。
 ここは、夕焼けが絶景のスポットとして知られています。
 しかし、時間帯が早かったので、噂の夕焼けは見られませんでした。

 途中で、「谷中せん遍”以」と書かれた暖簾の変体仮名に気づきました。
 最近、街中の仮名文字を収集するようになったので、これからはこうした文字も取り上げていくつもりです。


160110_senbei


 道から見下ろすと、狭くて短い商店街に、多くの人が集まっています。


160110_yanakaginza


 階段の手前で、ベーゴマの遊びを実演してる方がいらっしゃいました。


160110_begoma


 ベーゴマは、昭和レトロの象徴でもあります。西岸良平の『3丁目の夕日』を思い出します。
 平安時代に京洛で遊ばれたそうなので、起源は古いようです。ただし、私はこのベーゴマでは遊びませんでした。もう少し大きなコマ回しはしました。戦後は、関西ではなくて東京の下町で子どもたちが遊んだのがベーゴマだと思っています。

 階段を下りてすぐのところに「夕やけだんだん」の標識がありました。


160110_dandan


 その標識の手前にあるお寿司屋さんの看板に「魚て津」とあります。変体仮名を見かけると反応する私は、それよりも、その真上に掲げられた看板の方に注目しました。「て」が字母である「天」のイメージを留めていたからです。


160110_uotetu


 階段下では餅搗きをやっていて、子どもたちがたくさん集まり、興味深そうに見入っていました。


160110_motituki


 谷中の墓地からは、スカイツリーが見えます。


160110_skytree


 中村正直の墓を見つけました。


160110_masanaobosi


 この説明文の中の「訓盲院の開設など女子教育、障害者教育」という言葉に目が留まったのです。


明治五年(一八七二)新政府に出仕し、大蔵省翻訳御用を務めるかたわら、翌年、家塾同人社を開いた。女子高等師範学校(現・お茶の水女子大学)校長就任、訓盲院の開設など女子教育、障害者教育にも力を注ぎ、東京帝国大学教授・元老院議官・貴族院議員も歴任した。

 今年もいろいろなものを見たり聞いたりして、点を線につなげられるように努めたいと思います。
 
 
 

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

Powered by Six Apart
Member since 07/2008