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2016年3月21日 (月)

読書雑記(161)三島由紀夫『奔馬 豊饒の海 第二巻』

 三島由紀夫の『奔馬 豊饒の海 第二巻』(昭和44年2月25日、新潮社)を読みました。


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 全四巻からなる『豊饒の海』の第一巻『春の雪』(2015年12月24日)を受けた第二巻『奔馬』は、昭和7年に38歳になった本多重邦が、裁判官として大阪で妻と2人で暮らしているところから語り出されます。

 本多は、18年前の出来事、親友だった松枝清顕の死と共に青春は終わった、と思っています。今も、清顕が残した「夢日記」を時折見ることがあるのです。
 清顕の書生をしていた飯沼茂之の息子である勲の黒子を見て、本多は清顕の生まれ変わりに出会った思いがしました。これがしだいに確信となり、本巻の支柱となっていくのです。

 物語が始まって早々に、『神風連史話 山尾綱紀著』が引かれます。
 59頁から103頁まで、45頁にわたっての長大な引用です。
 その内容が、最後まで勲の行動の背景をなします。
 勲はいつも死のことを思っていたのです。それも、自死自刃を(117頁、123頁、222頁)。

 親子の感情的な対立が、理性をコントロールできない状況に陥っていく場面は、その意図は理解できるものの、やや冗漫に感じました。三島らしくない、歯切れの悪さはどうしてなのか、と思いながら読み進みました。

 勲は、国を憂うる同士を集めます。


會つた學生はさまざまで、國學院大學ばかりでなく、日大もゐれば一高もをり、慶應からも一人紹介されたが、慶應の學生は辮は立つても見るから輕薄で適しなかつた。中には、『神風連史話』に感激したと主張しながら、ゆつくり話してみると、その感激が作り物で、言葉のはしばしから、探りを入れてきた左翼學生だとわかる場合もあつた。(184頁)

 勲が20人ほどの塾生と大学の神社に結集したとき、鬼頭中将の出戻り娘の槇子が父の意向を受けて軍資金などで手を貸します。本巻では、この槇子が唯一女性として勲のそばにいます。

 本多は、能楽「松風」を見ながら、19年前の清顕を思い出し、形見の「夢日記」を読むことにします。輪廻転生のことから思い至ったのです。
 勲が清顕の生まれ変わりであることは、本多にとっては確実となっていると確信するのです。

 シャム、タイのバンコクでの立憲革命の話も展開します。
 これは、『暁の寺 豊饒の海 第三巻』が「バンコックは雨期だった。」と始まることへと連接していくものです。
 用意周到に、輪廻転生の物語として『春の雪』から『奔馬』そして『暁の寺』へと語り継がれる形をとっています。

 勲の決起は12月3日となり、その計画も具体的に煮詰まっていました。
 勲が同志たちに示した決起の計画書は、次のような書き出しとなっています。


一、決行日時   月  日  時
一、計畫要綱
 本計畫の目的は、帝都の治安を攪亂し、戒嚴令を施行せしめて、以て維新政府の樹立を扶くるにあり。われらはもとより維新の捨石にして、最小限の人員を以て最大限の效果を發揮し、これに呼應して全國一せいに起つ同志あるを信じ、激文を飛行機より撒布して、洞院宮殿下への大命降下の事實ありたるを宣傳し、宣傳をしてやがて事實たらしめんとするものなり。戒嚴令施行を以てわれらの任務は終り、成否に不拘、翌拂曉にいたるまでにいさぎよく一同割腹自決するを本旨とす。
—下略—(240頁)

 その計画が、あまりにも詳細であることに驚かされます。作者の中では、このことは虚構の作品でも現実の世界においても、周到に模擬演習をしていたと思われます。

 しかも、最後の己の姿も思い描いています。これが、実際には市ヶ谷駐屯地で三島自身が決起自刃した姿とイメージが被さります。

 決起三日前の勲と槇子の抱擁は、この物語で唯一の官能的な場面となっています。
 『春の雪』で、雪の日の朝、人力車中での清顕と聡子の逢い引きシーンに匹敵するものとして、本作でも映像美を意識した描写となっています。

 その決起2日前に、右翼急進分子として、12名が警察に逮捕されます。急展開の流れです。新聞には、「昭和神風連」事件として報じられました。

 この報道を目にした本多は、法律の正義に収まりきらない、法を超える真理を思います。


 ゆくりなくも本多はかつて少年時代に、月修寺門跡の法話を聴いたときから、ヨーロッパの自然法思想にあきたりぬものを感じ、輪廻轉生をすら法の條文に引き入れてゐる古代印度の、「マヌの法典」に心を動かされたことを思ひ出した。あのときすでに自分の心には、何ものかが芽生えてゐたのだ。形としての法がただ混沌を整理するのではなく、混沌の奥底に理法を見出し、その月の映像を盥の水にとらへるやうに、法軆系を編み出してゆく上に、自然法のもとをなすヨーロッパの理性信仰よりも、さらに深い源泉がありはしないかと、直観的に感じたことは、多分正しかつたのだ。しかしそのやうな正しさと、實定法の守り手としての裁判官の正しさとは、おのづから別である。(290頁)

 そして、本多は即座に裁判官を辞め、意を決して上京するのでした。純粋な精神を守るために。清顕にしてやれなかったことを、その生まれ変わりである勲に、法律家として守ってやるために。

 勲の決起を密告したのは父でした。死に行く息子のことを思ってのことでした。
 憂国の情に勝る親の思いなのです。このあたりの父と子のやりとりは、どうもうまく語られていないように思います。作者自身、理と情が峻別できないままに書き綴っているようです。

 物語は次第に盛り上がっていきます。人間の多様な思惑が絡み合うからです。純真な思いのぶつかり合いが、読者を物語世界に引き込みます。

 勲は、市ヶ谷刑務所に収容されます。三島が決起した場所とイメージがだぶります。

 裁判に入ってからの腹の探り合いはおもしろく読みました。特に弁護士となって勲を守る本多は、検察側の動きを読み解こうとします。そこが、この小説の新しい味付けとなっています。

 また、生まれ変わりを唆す発言を被告に有利に導いたり、槇子が偽証を法廷でする展開など、巧みな法廷戦術が背景に散りばめられていて、終盤におもしろさが倍加していきます。そこには、勲の密告者探しも伏流しているので、なおさら人間関係とその発言が輻輳していく仕組みとなっています。

 最後の場面まで、特に後半は一気に読ませます。ただし、力任せかと思われる行文には、作者の思いが殴り書きされたかのように読めます。もう少し時間があれば、という思いを強く持ちました。そして、槇子が描ききれなかったようにも思われました。【4】
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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