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2016年4月23日 (土)

読書雑記(164)船戸与一『砂のクロニクル』

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 冒頭に暦に関する解説があります。
 中東で繰り広げられる闘いと直接は関わらないとしても、世界の人々が生きる様を見る上で、暦を通して興味深い人間の歴史とその背景を教えられました。

 序の奏では、イラン・イラク戦争に関する1981年1月から1988年8月までの年譜が、6頁にもわたって列記されています。
 終の奏には、1989年6月から1991年7月までのイラン・イラクに関する年譜が、4頁にわたって掲示されています。
 まさに、史実と虚実が混在した物語展開となっているのです。

 ハジと呼ばれる日本人の武器商人である駒井克人は、アラブ語とペルシャ語ができます。ペルセポリスに魅せられて、アケメネス朝ペルシャの研究をテヘラン大学で学んだ、39歳の男です。

 このハジと、隻脚の東洋人であるハジが、物語の中で屹立しています。このハジと呼ばれる人物の読み分けに、最後まで焦点が合いませんでした。もう一度読む機会があれば、この点に注意したいと思っています。

 イランの革命防衛隊小隊主任であるサミル・セイフは23歳。イスラム革命への忠誠心から、上官を殺します。しかし、その罪は許され、クルド民族運動鎮圧の先兵としてクルド人の聖地であるマハバートへ異動となるのでした。
 革命の中での人間が生き生きと描かれています。

 ロシアでの駒井克人は、ペレストロイカの中でグルジア・マフィアとの折衝を重ねます。銃器2万丁をモスクワからカスピ海経由でイランに運ぶ交渉です。
 作中、こんな発言がありました。


「近々、わたしたちはイラン国内で大幅な軍事行動を起こす。知ってのとおり、わたしたち二千万のクルド人はイラン、イラク、トルコ、シリア、ソ連と五つの国家に分断されてる。イラン・イラク戦争が終わったんで、中東の国内緊張を創りだすために、またあちこちでクルド人が殺されるのは眼に見えてるんだ。急がなきゃならない。わたしたちがイランで軍事行動を起こせば、かならずイラクのクルド人組織が動く」(上124頁)

 駒井は、中東の少数民族クルドが軍事行動で必要とする武器調達のために動くのです。ホメイニ体制のイランに、この武器が無事に運び込めるのかどうかが、物語を背景で支えています。

 クルド人にとって聖なる地マハバードが舞台の中心となっています。
 さまざまな民族紛争の背後で、クルド語とペルシャ語が入り混じる会話が展開する物語に、中東の複雑な背景が読み取れました。

 クルド人ゲリラのハッサン・ヘルムートは、クルド独立のために戦う男です。
 この男も、物語展開を左右する人物なので、注意して読み進めました。

 とにかく、文庫本にして1000頁以上の長大な作品です。
 しかも、そのスケールの大きなことと相俟って、多くの登場人物が果たす役割と、中東における歴史的な背景の理解が求められます。
 読み終えると、自分が一回り大きくなったような感じがします。

 作中で、月光が時折夜空に浮かび上がります。船戸の作品の特徴でもあります。
 船戸の描写の中での月光の設定は、非常に興味があります。
 井上靖の静けさの中の月とは違います。動の中の静としての月なのです。雰囲気作りの小道具として、この月が巧みに活用されているのです。

 本作は、雄大な構想の下、人種を問わず人間の行動規範と情念と情愛が、実に巧みに描かれています。特に、「第五の奏 聖地に雨が降る」は出色の出来です。

 イスラム革命体制を擁護する革命防衛隊員である弟のサミル・セイフに対して、姉は「生き抜いてどうしてもやらなきゃならないことがある」と言います。この言葉の意味するところは、この物語の最後に明かされます。さらなる展開は、巧みに持ち越されていくのです。

 イラクからも、イランとも敵対しているクルドの立場が、子供のスパイを通して読者に投げつけられる場面もあります。これにはショックを受けました。今、自分が生ぬるい平和らしき中にいることを、あらためて実感させられます。生きる世界の違いを、さまざまなエピソードから思い知らされました。

 上巻は、圧倒的な迫力と深刻な問題を抱えたままで下巻へと引き継がれます。

 後半は、イランのテヘランを舞台にして、武器商人である駒井克人の隠密行動から語られます。

 ゾロアスター教のことが話題になった時、私は松本清張の『火の路』を読んで以来の、異国の異教についての興味を思い出すこととなりました。

 後半でも、アゼルバイジャン、アルメニア、グルジアなどなど、私がほとんど情報を持っていない国々がでてきます。
 そして、アゼリ人やアルメニア人などなど、さまざまな民族・人種の人々が登場します。

 次のような文言に出くわして、政治がらみで使える文字にも違いがあることを知らされます。


アルメニア人たちは独特な民族文字の使用を許可されているが、アゼリア人はアラビア文字を使うことを禁止されてロシア文字の使用を強制されてるのだ。(64頁)

 ペルシャ語がわかっていても、わからないふりをする場面もあります。民族と言語が入り混じる世界が、巧みに描き出されていくのです。
 そして、舞台が中東各地へと拡散していきます。

 月光の下でのヘルムートとハリーダの営みは、美しい中にも毒ガスで焼かれた醜い肌がリアルに描かれます。作者は、月光が好きなのです。
 やがて、2人の男の壮絶な死闘の場面へ。静と動が心憎いばかりに描き分けられています。

 この第11の奏「明日には聖地の奪還を」は、本作の中でも第五の奏と共に、一二の完成度の高さを見せています。

 革命防衛隊内部の腐敗を一掃するために、セイフたちは立ち上がります。イスラム革命精神を取り戻すために決起したのです。
 そこへ、革命委員会からのスパイが革命防衛隊を潰しにかかります。内部分裂の中を、クルド人が襲撃を仕掛けます。三つ巴の、壮絶な場面が展開するのです。

 すべては、蒼い月影の中で。
 月光の下で展開しています。

 長大で壮大な物語は、やがて静かに幕を閉じます。
 語り手の懐の深さと、人間としての器の大きさが記憶に刻まれました。【5】
 
 
※本作は、平成3年11月に毎日新聞社より刊行されました。
 今回は、新潮文庫(上下2冊本、平成6年12月刊)で読みました。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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