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2016年4月28日 (木)

古都散策(52)【復元】初夏の散策(11)山背大兄王の墓所

 10年前、大和平群に住んでいた頃に書いた、初夏の旅の記を再現しました。
 この法隆寺の裏手に、しばらく行っていません。
 今はどのようになっているのでしょうか。

(※本記事は、平成19年(2007年)3月に消失したブログの復元です。)

********************** 以下、復元掲載 **********************

2006年7月8日公開分

副題「法輪寺の開放的な雰囲気は取り戻せないのか」

 もう夏。初夏ではなくなりました。
 法起寺から法輪寺を散策した、前回の続きです。

 法起寺から法輪寺へは、ガードレール沿いに一直線です。狭い道を歩き出してしばらくすると、ちょっとした空き地があります。休憩所かなと思いきや、これが「山背大兄王の墓所」を眺めやる場所だったのです。

 法輪寺の一角が見え出す所なので、前ばかり見て歩いていると、つい通り過ぎてしまいます。草が生い茂っていたためでもあります。実は、私も行き過ぎてから、何か変な空き地だなと思って引き返して気付きました。

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 写真でもわかるように、奥にあるガイド図のプレートは草に覆われていて、通りがかりの者には何だかわかりません。また、道沿いにある説明文を記した案内は、歩いている位置からは、それが道の左側にある陵墓の説明を記したものだとは気付きません。
 説明文は、目の前の陵墓を眺めながら読むようになっています。

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 ここには、以下のような文章が記されています。

(伝)山背大兄王の墓所
   (富郷陵墓参考地)

 地元で岡の原と呼ばれているこの丘陵は、聖徳太子の皇子・山背大兄王の墓所と伝えられ、現在、宮内庁の富郷陵墓参考地となっています。
 山背大兄王は、法輪寺・法起寺を建てられたとされ、太子の後継者として皇位継承をめぐって田村皇子(のちの舒明天皇)と争われたといいます。
 皇極2年(643)11月に斑鳩宮が蘇我入鹿の軍勢に攻められ、太子一族は滅びました。大化の改新の2年前の出来事でした。

 陵墓の手前では、畑仕事をする2人がのんびりと草取りをしておられました。花もたくさん育てておられます。少し場違いな配色でしたが、きれいにしようという気持ちが感じられました。
 この場所は、もっと行政が手を差し伸べる必要があるように思われました。

 山背大兄王に想いを馳せながら、実際には歴史的にどんな位置にいた人だったのか、必死に思い出そうとしては思い出せないままに歩き始めると、すぐに法輪寺の塔が見え出します。

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 この法輪寺には、かつて何度も子供を連れて来ては、中の三重塔の周りで遊ばせたものでした。
 しかし、この日は、入口に拝観料を徴収するところが出来ていました。以前は、本堂を拝観する時にだけ受付をするようになっていたのですが……。

 門前払いをされたような、少し縁遠いお寺に変わってしまったように感じました。浄瑠璃寺は、今でも自由に境内を巡ることができるのですが……。

 山門で入山料や拝観料を払ってお参りし、拝見するのが当たり前のご時世でであることは、重々承知しています。私の知っている法輪寺のこれまでがそうではなかったので、何となく冷たくなったような、世俗的な人間臭さを感じさせるお寺になったように思われたのです。
 理屈ではなくて、変化が違和感を生んだのです。

 これまでの解放感からは閉め出された後の、説明に窮する無念さを引き摺りながら、スッキリしないままに帰路につきました。

【付記】
 「山背大兄王」について、『岩波日本史辞典』を見たところ、以下のように記されていました。
 末尾に「墓は平群郡北岡墓」とあるのは、ここのことを言っているのでしょう。
 かつての平群は、広大な地域だったようですから。

山背大兄王【やましろのおおえのおう】
?‐643(皇極2.11) 聖徳太子(厩戸皇子)の子。母は蘇我馬子の女刀自古郎女(とじこのいらつめ)。山代大兄王・山尻王・上宮王などともつくる。異母妹の舂米(つきしね)女王(上宮大娘姫王)を妻とした。岡本宮(後の法起寺)で成長し,父の死後は斑鳩宮に移った。628(推古36)推古天皇の死後,田村皇子と次期大王位を争ったが敗れ,田村皇子が即位(舒明天皇)。643(皇極2)蘇我入鹿は舒明の子古人大兄を立てようと謀り,山背大兄王らを斑鳩に襲い,自殺させた。墓は平群郡北岡墓。

********************** 以上、復元掲載 ********************** 
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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