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2016年4月10日 (日)

古都散策(45)【復元】初夏の散策(8)法隆寺西円堂の錐

 一昨日の「古都散策【復元】初夏の散策(1)当麻寺」に続き、大和めぐりの話題を復元しました。

(※本記事は、平成19年(2007年)3月に消失したブログの復元です。)


********************** 以下、復元掲載 **********************

2006年5月24日公開分

副題「我が家の子供たちの遊び場でした」

 久しぶりに法隆寺を散歩しました。自宅から車で15分の所なので、ご町内といった感じです。
 かつては、山門の真ん前に、今にも倒れそうな建物のお土産物屋さんがありました。聖徳太子のころからやっているのでは、と思わせるような店でした。

 中に食事をするところがあり、その座敷で、私は同僚たちと試験問題の打ち合わせなどをしました。そんなことをしても、何も言われなかったのです。

 その店も、県から強制退去を命ぜられ、その不当性を訴えるニュースが流れていました。
 今は写真のように立ち退き後の場所が整備され、ごらんのようにきれいになっています。

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 ここにあった店の裏は、自由に車を止めるスペースにもなっていました。十数年前のことながら、今となっては懐しい一角です。

 法隆寺の山門を入って正面にいらっしゃる仁王さんの前が、かつては子供たちの遊び場でした。
 私は仁王さんを背にして石段に座り、子供たちはその前の東西の参道を走り回っていました。修学旅行の学生さんが多い日には、子どもにお菓子をくれる女子学生がいました。のどが渇くと、西端にある無料休憩所でお茶をいただきました。のどかな子守でした。お茶は、今でもいただけます。

 その休憩所から北に少し歩いて石段を登ると、西円堂があります。
 この建物は国宝で、内陣には薬師如来や十一面観音、赤不動などがいらっしゃいます。私は、ここの十一面観音が好きです。
 拝観料も不要で、いつでも見られます。五重の塔や金堂に行く人は多いのに、ここまで脚を延ばす人はあまりいません。もったいないことです。

 西円堂の横の小さな建物では、お守りに混じって「きり」と書かれたものが売られていました。コックリコックリと船を漕いでいたおじいさんが、私が「きり」と書かれた包みを手にすると、その気配を感じてか、やをら眼を覚まされました。
 お互いの視線があったので、この「きり」と書かれた包みは何かを聞きました。すると、いましがたまで心地よく居眠りをしていたおじいさんは、突然饒舌になり、詳しく説明をしてくださいました。

 このお堂の薬師如来は「峰の薬師」と言われているが、それがいつしか「耳の薬師」となまり、耳の遠い人が拝むようになったそうです。そして、耳がよく聞こえるようにというので、穴を開ける錐に音が通じるところから、このお堂に錐を奉納するようになったということです。
 確かに、内陣の左側の壁には、たくさんの錐が差してあります。

 説明を終えたおじいさんは、また夢の世界に入っていかれました。
 こうしておじいさんは、一日に一人か二人を相手に由来などを語っておられるのでしょう。気持ちよさそうにお休みでした。

********************** 以上、復元掲載 **********************


 
 
 


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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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