« 井上靖卒読(205)小説全357作品で評価【1】としたもの | メイン | 江戸漫歩(125)隅田川・佃島・月島・越中島を望む »

2016年4月 8日 (金)

古都散策(44)【復元】初夏の散策(1)当麻寺

 大和平群で3人の子育てをしていた、昭和57年(1982)12月から平成19年(2007)5月までの25年間、子どもたちを連れて近畿一円を走り回っていました。
 利用していたプロバイダのウェブサーバーが、平成19年3月にクラッシュしたために、ブログとして書いていた多くの文章が読めなくなりました。そんな日々の記録の中から、可能な限り復元したものを再掲載しておきます。

(※本記事は、平成19年(2007年)3月に消失したブログの復元です。)

********************** 以下、復元掲載 **********************

2006年5月2日公開分

副題「中将姫ゆかりの地で新旧文化を見る」

 平群の里の我が書斎から、晴れた日には大津皇子が眠る二上山が望めます。倭建命が「たたみごも平群の山の……」と詠んだ我が町から眺める二上山は、信貴生駒連山の山々と葛城金剛山系の合流点に、ラクダのコブのように盛り上がっています。少し靄った春先には、大和絵の一幅のように見霽かすことができます。

 この連休には、我が家から車で1時間ほどで行ける所を散策することにしました。ここ数年は、海外へ行くことが多かったので、地元を再認識するためでもあります。

 まずは、この二上山に行きました。かつては「ふたかみやま」と言われていました。それが、今は「にじょうさん」として親しまれています。私が大学院の学生になった45歳の時に、大学の研究室主催の最初のハイキングが二上山でした。駅前で恩師と「よもぎ餅」を食べたことを、よく覚えています。

 當麻蹶速(たいまのけはや)塚のすぐ横の相撲館で周辺のイラストマップをもらい、それを片手に当麻寺へ脚を向けました。
 當麻蹶速は、『日本書紀』の垂仁天皇の代に、私の生まれ故郷である島根県出雲の野見宿禰と力比べをして亡くなりました。そして、自分の領地である當麻に、墓が築かれました。蹶速は、相撲の始祖として知られています。

 韓国では、相撲は韓国が発祥の地であって、日本はそれをマネしたものだというキャンペーンを、インターネット上で大々的に宣伝をしています。そう感情的にならず、もっと冷静に歴史と史料に基づく客観的な判断をしたいものです。剣道も柔道もお寿司も、みんな韓国が起源だと言い張るのもいいです。しかし、お茶でも飲みながら仲良く伝統と文化について語り合う中で、お隣同士の仲間意識を育てていきたいものです。

 さて、まずは仁王門を潜って、中将姫を手引きした「導き観音」のある中之坊へ行きました。
 素晴らしい庭園と、ボタンやシャクナゲの花々を堪能しました。
 霊宝館では「中将姫展」をやっていました。壁に架かっていた2幅の江戸時代の中将姫の絵図には、それがあまりにも俗っぽかったのでガッカリしました。
 片隅では、今年の2月に東京の岩波ホールで上映された、釈迢空(折口信夫)の小説『死者の書』を人形アニメとしたもののポスターなどが展示されていました。迢空が着想を得た山越阿弥陀図も、今回は見ることができました。学生時代には、折口信夫全集を熟読することを課せられた日々だったので、30年前の読書体験を想起しました。

 出口では、陀羅尼助を売っていました。これは、子どもがお腹を壊した時に、よく飲ませたものです。たしか、娘が英国へ勉強をしに行くにあたって、この陀羅尼助も持って行ったはずです。真っ黒な、何ということもない炭の塊です。しかし、これが不思議と効き目があるように思われます。

 本堂では、見上げるばかりの曼荼羅に圧倒されました。
 カナダのブリティッシュコロンビア大学の院生であるモニカさんが、昨春までの2年間、博士論文を仕上げるために日本に来ていました。私のところにも何度か顔を出し、いろいろな話を聞かせてくれました。
 中将姫の説話が彼女のテーマだったので、和歌山県にある中将姫ゆかりの地へ、車で案内したことがあります。当麻をはじめとする有名なところはみんな行ったということだったので、一人では行きにくいところにしたのです。確か得生寺で、中将姫の曼荼羅をじっくりと見せてもらったように思います。謡曲で有名な「雲雀山」へも行きました。中将姫は、継母に虐められてさまよった末に、当麻で尼になったのです。

 当麻寺本堂裏にある浄土庭園の中のボタン園は整備されたばかりのようで、今後の充実が期待されます。

1146506795_1


 庭園では、俳句吟行の年配方や高価そうなカメラを構える老若男女が、ボタンやシャクナゲ等を対象にして、心を研ぎ澄ましておられました。
 亡母と同い年くらいのおばあさんが、ものすごく立派なレンズを嵌め込んだカメラを手にしてボタンと向き合っておられる姿には、人間の素晴らしさを感じました。
 その最高度の精密機器と、それに立ち向かう意気込みと、そしておばあさんの姿が醸し出す雰囲気に、はた目から見てあまりにもギャップが感じられるからです。おばあさんは無心にレンズを回してシャッターを切り、軽々とカメラを片手に別の撮影場所を狙うその目つきの真剣なこと……。いい趣味を持っておられることが、我が事のようにうれしく思われました。

 ちょうどお昼になったので、境内にある宗胤院で、奈良ではお馴染の茶粥を食しました。2700円の一品しかありません。和食の粋を堪能しました。手技を凝らした配膳です。原則は予約が必要でしょうが、飛び込みでも食べられました。とにかく、ここはお勧めです。お腹には、ちょうど八分目の満腹感を与えてくれます。

 帰りに当麻寺駅に寄り、駅前で、かつて恩師と入ったお店で「よもぎ餅」をおみやげに買って帰りました。

 今回、何度目かの当麻を訪れてみて、お寺の雰囲気が少し猥雑になったように思いました。
 境内では、各所で拝観料を取られます。シルバー派遣センターの方々の境内での働きぶりは、歴史の厚みを興ざめにさせるものでした。
 また、参拝客の呼び込みは、ぜひともやめてほしいものです。入るやいなや「いらっしゃいませ」はないでしょう。庶民の寺らしく、観光客を意識しない対応が大切だと痛感しました。
 時流に乗らずに、歴史の当麻らしく、密やかな魅力を演出してほしいものです。

 京都とは違う、いにしえの奈良のよさを考えさせられました。
 連休の初日を、新旧さまざまな文化について考えることとなりました。

 自宅に帰ると、玄関脇のボタンが大きな花を咲かせていました。

1146506795_2


********************** 以上、復元掲載 **********************

 
 

コメント

コメントを投稿

コメントは記事の投稿者が承認するまで表示されません。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

Powered by Six Apart
Member since 07/2008