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2016年5月31日 (火)

読書雑記(165)三島由紀夫『暁の寺 豊饒の海 第三巻』

 三島由紀夫『暁の寺 豊饒の海 第三巻』(昭和45年7月、新潮社)を読みました。
 昭和15年に国号をシャムからタイに改めた、その翌年のバンコクから始まります。


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 47歳になった弁護士の本多。前巻で勲が亡くなって8年。勲の生まれ変わりである7歳の月光姫に薔薇宮で会うのです。

 本多がインドへ行った時の行程を書き留めておきます。
 タイから海路で→カルカッタ→ベナレス→モグール・セライ→マンマード→アジャンタへと旅をします。
 それは、76頁から83頁までと、熱の入った旅の記となっています。三島にとって、非常に印象的な旅行だったようです。

 その中で、私はいくつかの詞章をチェックしました。とくに、バラナシに関しては詳細です。余程心に染み入ったのでしょう。これは、巻末の火事の場面で想い出されます。

 インド人に関して、こんな文章があります。


地球の自轉といふ事實が、決して五感ではそれと知られず、科學的理性を媒介として辛うじて認識されるやうに、輪廻轉生も亦、日常の感覺や知性だけではつかまへられず、何かたしかな、きはめて正確で軆系的でもあり直觀的でもあるやうな、さういふ超理性を以てして、はじめて認識されるのではなからうか。それを知つてゐることが、インドの人々をかくも怠惰に見せ、かくも進歩に抗はせ、かつ、その表情から、われわれがふつう人の感情を占ふ目安にする共通の符號、あの人間的な喜怒哀樂をことごとく削ぎ落してしまつてゐるのではなからうか。(72頁)

 インドへの旅を経てタイに戻った本多は、勲の生まれ変わりだと自認する一人の女性、身体はタイにあっても心は日本人だと固く信じる月光姫と別れて日本に帰国します。

 昭和15年12月に真珠湾攻撃があります。そのころ本多は、輪廻転生の研究に没頭していました。ギリシャやイタリアの輪廻説を理解して、思索の世界を彷徨します。

 しかし、作中でタイやインドの輪廻を説く件は事象の羅列ばかりで、私はしだいに飽きてしまいました。中盤から後半にかけても話題が雑多なものとなり、読み進むのに集中力を欠くようになりました。
 月光姫も中休みで、焦点がぼけてきたのです。

 そんな中で、夜の公園で恋人同士を覗く場面や、隣の部屋の月光姫を覗くところは、三島らしい場面選択であり語り口だと思いました。

 次第に、登場人物の思念が、文章としての言葉から伝わってこなくなっていることを感じるようになりました。表現が核心から外れた、空回りした言葉で語られているように思われ出したのです。実感を伴わない日本語が無為に並んでいるとしか思えません。
 哲学を語っていると思えばいいのでしょうか。思想を背景に持つ語りの書とも言えます。物語性は姿を潜めています。

 これはどうしてなのか、この『豊饒の海 全4巻』の全体像がまだ見えない私にとって、よくわかりません。特にこの第3巻では、語られる言葉が生きていないと言わざるをえません。

 それが突然、最後の最後に、緊張感が漂い盛り上がります。昭和27年のことです。
 慶子とジン・ジャンのレズビアンの行為を覗き見するうちに、ジン・ジャンの左の乳首の左に、3つの小さな黒子が浮き出ていることを、本多は見つけたのです。松枝の日記にあったように、その黒子は元々は松枝にあったものなのです。

 それまでは部品が何となくちぐはぐに並んでいたところへ、突如それらが寄り集まり、形を成し出したのです。

 覗き見をした直後に、その御殿場の自邸が炎上する場面で、本多はインドのガンジス川で見たガードでの焔の浄化を思います。

 そして、後に双子の妹だったというジン・ジャンが、コブラに噛まれて亡くなったことが性急に記されます。

 もっと丁寧な閉じ方をしてほしかった、という想いが残るほどに、そっけない終わり方でした。それまでが、さまざまな言葉を駆使して、冗長とも思える語り口だっただけに、そんな想いを強く持ったのです。インモラルやエロチックという趣向が、どうやら不完全燃焼したようです。【2】

■初出誌:『新潮』昭和43年9月号~45年5月号
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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