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2016年5月27日 (金)

【復元】10年という区切り目

 今回復元した記事を書いたのが2006年です。
 東京品川の戸越にあった職場に通い出して7年目でした。
 この2年後の2008年、『源氏物語』の千年紀の年に、職場は品川から立川に移転しました。
 上京して9年目だったのです。
 そして今、立川に来て8年目となり、来年の9年目に定年退職となります。
 大学を卒業してから、2つの高校に、それぞれ9年と4年半。
 転職した短期大学に8年半いて上京しました。
 偶然とはいえ、嘘のように辻褄が合う勤務年数の積み重ねに、あらためて一人で感心しています。
 
(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年7月4日公開分
 
副題「同じ所に10年以上いてはいけない」
 
 過日記したフィットネスクラブの続きです。
 またまた、その男性インストラクターのプログラムに参加しました。相変わらず軽快なアクアビクスでした。

 最初のトークによると、インストラクターをして丁度10年目の記念日だ、とのことでした。要領よくエクササイズを組んであることや、その進め方がうまいのは、この年季のせいなのでしょう。チョッとアルバイトで、ということではなさそうです。その業界のことは知りませんが、やり続けて来られたことに最大の価値があると思われました。

 10年一区切り、という信条を持つ私は、この方の今後が楽しみです。

 私が初めて高校の教員になった時、「同じとこに10年以上おったらあかんで」、と尊敬するN先生から言われました。
 確かに同じ職場に10年もいると、後から来た同僚や、自分を取り巻く周辺の環境などに不平不満が出ます。日々変化する新しい状況に、柔軟に対応しにくくなることも要因でしょう。自分がしてきたことに自信があればあるほど、10年間に生じたギャップに違和感を持つのは当然です。それを埋めることは容易ではありません。適当に周りに合わせてきたのでないならば、それはなおさらです。もっとも、これは教育分野での特殊な事情からのことかもしれませんが。

 私は、9年で別の職場に移りました。これまでで、そこが一番長くいたところです。新設高校の初年度からだったこともあり、毎日、日暮れまでテニス部の指導をしました。大阪湾に沈む夕日を見ながら、自転車を押して、渡し舟に乗って、問題を起こした生徒の家庭訪問に明け暮れていました。1年間に100人以上もの生徒が退学する学校でした。

 以来、今は4つ目の職場にいます。この単身赴任も今年で7年目。現役で仕事ができる終盤です。定年まで、あと10年。そろそろ最後の転身をはかる時期にさしかかって来たようです。

********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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