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2016年5月 9日 (月)

鎌倉期写本の改頁箇所では語句の泣き別れが少ないこと

 今年の連休は、古写本の「変体仮名混合版」を作ることに明け暮れていました。
 そんな日々の中で、書写されている丁(頁)が変わる箇所の文字について、これまで思い描いていた傾向が鮮明に再確認できました。

 3年前に「ハーバード大学本『源氏物語』の改行意識」(豊島秀範編『源氏物語本文のデータ化と新提言Ⅱ』所収、平成25年(2013年)3月)という考察を、研究成果の一部として掲載していただきました。
 そこでは、ハーバード大学所蔵の『源氏物語』(須磨・蜻蛉)の2帖を中心として、鎌倉時代中期の書写にかかる貴重な古写本の改行意識を調査した結果を報告しました。
 確認したのは、ハーバード本2帖に加えて、歴博本「鈴虫」、国冬本「鈴虫」、源氏物語絵巻詞書」の「鈴虫」、室町時代の大島本「鈴虫」でした。

 その紙面に記されている物語本文の各行末の文字列を見ていくと、どのような状態で書写されているか非常に興味深い傾向が見て取れます。
  (1)文節で切れているか
  (2)単語で切れているか
  (3)語中で切れているか
 この3つの視点で各写本を見ると、鎌倉期の写本では、語彙レベルで改行される傾向にあることがわかります。語彙が泣き別れで書写されることは少ないのです。
 これは、書写ミスを避けるために、自己防衛的な心理が働いての結果ではないか、と思われます。

 具体的に言うと、書写者の文節意識は5割の例に見られ、単語意識は2割で、合わせて7割の箇所に、語彙レベルでの改行意識が確認できました。語中で改行や改頁がなされるのは3割以下である、ということがわかったのです。
 古写本における書写者の心理を反映するものとして、貴重な調査結果となっていると言えるでしょう。

 さて、今回ハーバード本「須磨」「蜻蛉」に加えて歴博本「鈴虫」(落丁あり)における改丁(頁)箇所に限定して詳しく追跡しました。この3本は、かつては一揃いのセットとして組まれていたと思われる、「ツレ」と言われる写本です。
 鎌倉時代中期に、同じ文化圏にいた書写者によって書き写されたものだと思われます。したがって、書写傾向も似たものがあると思っています。

 改頁(丁)箇所の切れ続きがわかりやすいように、その傾向をグラフ化しておきます。


160509_graf


 それぞれの写本の墨付き丁数は、次の通りです。


「須磨」(63丁・126頁)
「鈴虫」(18丁・36頁)
「蜻蛉」(67丁・134頁)

 数値をあげた表の左側で「35 13 43〜」とある行は、丁末が文節で切れる回数です。右側の表に「47 15 52〜」とある行は、単語で切れる回数です。
 最下段の「55.56 72.22 64.18〜」とある行は、その写本で改頁箇所が文節で切れる比率(%)であり、「74.6 83.33 77.61〜」とある行は単語で切れる比率(%)です。
 上のグラフは、この変化(%)を折れ線で示したものです。

 書写にあたって、親本の影響が強いことは当然として、明らかに文節意識と単語に対する切れ続きの意識が見て取れます。

 さらに今回、表丁と裏丁での違いが確認できました。
 その前に、「列帖装」という写本のことを確認しておきます。
 『源氏物語 千年のかがやき』(104頁、国文学研究資料館編、思文閣出版、平成20年10月)に掲載されている「『源氏物語』列帖装未完成本」(陽明文庫蔵、江戸時代前期写)の写真は、「列帖装」という写本の形態を知るのに最適です。


160509_retujyo_2


 参考までに、その解説文(伊藤執筆)も引きます。


 これは、本として完成しなかった『源氏物語』の写本である。冊子本がどのようにしてできているかを知る好例である。近衛家一九代尚嗣(一六二二〜一六五三)が書写したもの。(中略)

 列帖装(綴葉装と同義)の本を作る過程は、次のようになる。

 (1)数枚の料紙を束ねて真ん中から折り、括を作る。

 (2)二つ折りの括をいくつか重ねる。

 (3)表と裏に表紙を当てる。
 
 (4)各折り目に四つの綴じ穴をあける。

 (5)両端に針を付けた二本の糸を通して綴じる。

一括を開くと、見開きの綴じ目に綴糸が見える。

 例えば、池田本(天理大学付属天理図書館蔵)の桐壺巻は三折(三二丁)だが、若菜下巻は六折(一二三丁)である。巻によって、一括の枚数や折の数が異なる。

 表丁の丁末に文節や単語の切れ続きに関する意識が高いのは、頁をめくって書写していく行為の中で、単語が泣き別れした状態で書写を中断したくない、という気持ちが生まれるからだと思います。
 親本と書写本を共にめくるという動作が入る時には、筆を一先ず机に置くこともあるでしょう。書写の流れが乱されるので、書き間違いを防ぐ意味からも、必要最小限の動作で書き続けるためにも、語彙の切れのいいところで中断することになるかと思われます。
 このことは、すでに親本の段階で発生していた傾向でもあるはずです。

 列帖装の写本では、親本と同じ折数で書写します。
 あらかじめ数枚の紙を半分に折って、それを糸で仮綴じした数折に書写していくことが多いようです。すると、裏丁(見開き右側)の丁末での改頁については、次の表丁(見開き左側)の紙面が目の前に開かれているので、書き始める位置がすでに視野に入っています。書写するための用紙をめくる必要がないので、表丁よりも書写文字の切れ続きに乱されることは少ないと言えるでしょう。
 この裏丁から表丁への書写であるなら、改丁箇所で単語が語中で泣き別れしても、写し間違いは最小限に留められていると言えます。

 私は上のグラフを見ながら、そんなことを考えています。
 
 
 


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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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