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2016年6月25日 (土)

第13回出版法制史研究会で貴重な情報をいただく

 浅岡邦雄先生のお誘いをいただき、「出版法制史研究会 第13回例会」に参加しました。
 私は、一般に流布するテキストを読んで、そこからの思いつきを読書感想文のように話す、自己陶酔の域を出ない研究会が嫌いです。その点ではこの会は、広汎な手堅い資料で発表が展開する、気持ちのいい集まりです。

 会場は國學院大學です。キャンパスには、「浴衣で授業を受けよう」というスローガンが掲げられていました。おもしろい企画です。


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 まず、本日のプログラムから。


日時:2016年6月25日(土)
   午後1時30分〜6時
会場:國學院大學 渋谷キャンパス
発表題目
○真辺美佐(宮内庁書稜部)
「帝国議会における新聞紙条例改正論議の意義 ―議会開設後から明治30年まで―」
○安野一之(早稲田大学現代政治経済研究所研究協力者)
「内閲再び―「内閲綴」に見る戦時下の出版検閲―」

 専門外の私にも問題意識を共有できるテーマの発表なので、興味深く聞きました。

 真辺さんには初めてお目にかかりました。
 A4版で24枚の資料には圧倒されます。
 第一議会期(明治23〜24年)から第十議会期(明治29〜30年)の間に、発行停止権の廃止が何度も議会に提出されたとのことです。明治から昭和初期が好きな私には、資料を追うだけで、興味津々です。

 提示された膨大な資料の中で、第四議会期(明治25〜26年)の『帝国議会貴族院議事速記録』以降、政府委員として末松謙澄が発言していることが記録されていました。

 第四議会期には、次のような発言があります。(1月10日、新聞紙条例改正(衆議院提出)、「第四回帝国議会貴族院議事速記録第十四号」明治26年1月10日)


○政府委員(末松謙澄)出版の自由で知られる英国でも仏国でも発行停止処分はある。またヨーロッパでは事前に検閲することもあり、ベルギーで行われている。

 これは、司法処分のことであり、行政処分のことではないそうです。私の理解が正しくないのであれば、お許しください。

 第九議会期には、次の発言もあります。(1月17日、「第九回帝国議会貴族院議事速記録第十号」明治29年1月17日)


政府委員(末松謙澄)発行停止を全廃出来ないのは、「今日我文学ノ状況、其他人心ノ有様ガ未ダ其程度ニ達シテ居ナイノデアル」

 ここで言う「文学」が意味することを、しばし考えてしまいました。

 発表後の質問の中に、末松謙澄の肩書きがほしいということがありました。確かに、どのような立場での発言なのかで、その意図が変わります、政治の世界では発言が変わるなど、いろいろとある人のようです。
 この末松謙澄の発言に関する資料については、後の懇親会で詳しく教えていただきました。

 出版条例や版権条例が同時進行で議論され、法となったようです。新聞紙条例が通らなかった中で、明治30年の時に新聞紙法とならなかったのはなぜか。さまざまなことが問題となる、興味深い内容の発表でした。
 
 
 続く安野さんは、これまでにも何度か本ブログで紹介しました。池田亀鑑が昭和7年に編集した『源氏物語展観書目録』の奥付と検閲の問題では、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』に寄稿してもらいました。

 今日は、「内閲再び―「内閲綴」に見る戦時下の出版検閲―」と題する発表です。

 「内閲」とは事前検閲のことで、大正6、7年頃からのことだそうです。後で、池田亀鑑が書いた小説「美しく悲しい安養尼のお話」が大正8年(1919) の「少女の友 12巻」に掲載されたことに関連して、内閲があったかどうか尋ねました。雑誌社が見てもらっていた可能性はある、とのことでした。

 池田亀鑑は、大正6年まで鳥取県日野郡溝口尋常高等小学校で訓導をした後、22歳の大正7年に東京高等師範学校に入学しています。そして大正8年に小説を書いているのですから、出版検閲が何であるかはよくわからないままに執筆をすすめていたことでしょう。

 内閲や検閲で、原稿が変更されたり削除されている実態が多数報告されました。印刷されて公刊される前に、原稿、ゲラ、刊行物の流れの中で、筆者と出版社と検閲者の闘いが垣間見えました。

 例示された山本有三の『路傍の石』に関する断筆の話は、非常に興味深いものでした。
 山本は、次のように言っています。


ここを切れ、あすこをけずれと、内務省の検閲官は事前検閲にあたって、むずかしいことを言いだしたのである。(中略)…涙をのんで、命ぜられた点をけずり、そのために意味の通じなくなった点は、一応通じるようにして、校正ずりを雑誌社に返したのであった。

 この山本の原稿が残っていないのが惜しまれます。

 他には、「涙」が出てくる場面は削除や書き換えの対象となっている、との指摘がなされました。戦線将兵の士気が下がらないように、という配慮からではないか、とのことでした。

 レジメの最後に、本日の発表内容が要領よくまとめてあったので、その文章を引きます。


 今回新たに見つけた「内務省官制改正参考資料(出版検閲機構整備関係)」により、昭和16年以降、事前検閲が図書課の通常業務に組み込まれていたことが明らかになった。「内閲綴」はその先駆と言うことが出来るだろう。
 戦時期に様々な角度からの「事実上の事前検閲」があったことは知られていたが、「内閲綴」とそれに続く内務省による事前検閲が具体的にどのように行われていたかが見えてきた。今後は「内閲綴」の精査を進めると共に、この時期の出版検閲制度全体を整理しなおす必要があるだろう。

 貴重な資料と示唆に富む発言が交わされ、収穫の多い研究会でした。

 終了後は、渋谷の並木橋近くで懇親会がありました。
 ここでも、多くの情報をいただきました。特に、大家重夫先生からは、末松謙澄について貴重なお話を伺いました。森洋介さんからは、『井上靖全集』の書誌的解題などですばらしい仕事をなさった、曾根博義氏の話を聞きました。曾根氏は、今週6月19日に76歳でお亡くなりになったばかりです。本ブログで井上靖卒読を連載していた時には、曾根氏の書誌情報のお世話になりました。伊藤整の実証的伝記研究がご専門だったことを教えてもらいました。

 出版法制史研究会のテーマとは守備範囲を異にする門外漢にもかかわらず、懇切丁寧にご教示いただいたみなさまに、あらためて篤くお礼申し上げます。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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