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2016年6月 1日 (水)

読書雑記(166)『ある書誌学者の犯罪 トマス・J・ワイズの生涯』

 学芸員の資格を取得するために勉強した科目の中に、博物館実習がありました。今から40年以上も前のことです。
 展示用のレプリカを作成する実習があり、仏頭の模造品を石膏や塗料などを駆使して作成しました。そのために、歯医者さんの所へ行って歯形を取る素材を入手し、大学にあった実習用の仏像に塗りたくって鋳型を作ったのです。

 この実習作品は、今も京都の仏間にそっと置いてあります。見た人はみなさん、本物の仏像の金箔が剥げ落ちたものだと思っておられます。裏を見てもらい、それが石膏で作ったものであることがやっと理解される、という、私が手を染めたささやかな偽造品です。
 また、和歌を書いた紙を古く見せるための技術も教わりました。ただし、古写本の偽物作りはしていません。
 松本清張の作品に、贋作を扱ったものがいくつかあります。この話題は、どのようにして偽物であることが暴かれるのか、わくわくして読んでしまいます。
 そんなことを思いながら、本書を読み進めました。

 本書『ある書誌学者の犯罪 トマス・J・ワイズの生涯』(高橋俊哉著、河出書房新社、1983年)は、書誌学者ワイズの生涯をたどるものです。


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 この本の帯には、次のように書かれています。


ある愛書狂の驚くべき全貌
トマス・ジェームズ・ワイズ(1859─1937)
今世紀初頭の35年間、英米の学界に君臨し、二期にわたり英国書誌学会々長を務めた書誌学者。しかし、ワイズは偽造本製作者でもあった。ブラウニング、スウィンバーン等を捲き込み、最晩年に暴れたその驚くべき絶妙な手口は……

 さらにこの帯の後ろに「各氏絶賛!?」とあり、本書に登場する人物のおもしろおかしいコメントの最後に、本書の主人公となっているワイズが次のように言っている、という洒落た仕掛けがなされています。


トマス・ワイズ氏─なかなかよく書けていますね。ところで、あなたがお求めの『ある書誌学者の犯罪』は、本物ですか? 初版ですか?

 思わず、手にしていた本の奥付けを確認しました。
  一九八三年五月一五日 初版印刷
  一九八三年五月二五日 初版発行
 そして、思わずにやりとしてしまいました。
 本書の著者と編集者の遊び心に、盛大な拍手を贈りましょう。

 手にした本の行間には、何ヶ所も棒線が引いてあったのです。ずっと前に、新本で買ったはずです。すでに一度読み終わったもののようです。しかし、その内容をまったく覚えていないので、この帯の当意即妙の機智に気づいたこともあり、あらためて読み直すことにしました。
 問題意識の違いからか、特に後半はおもしろく読みました。

 膨大な量の人名や書名が飛び交います。読者は、右へ左へと、その引用に振り回されます。「書誌学者の犯罪」という文字に惹かれて読み始めた私にとって、なかなか「犯罪」が見えてこないので痺れが切れるほどでした。著者にとっては、ワイズの「生涯」を資料を駆使して語ることが中心であり、「犯罪」は呼び込みの言葉のようでした。

 この話の主人公であるワイズは、コナンドイルと同年にイギリスで生まれました。16歳の時、古本屋でシェリーの詩集『アドネイス』の初版を見つけたのです。それから、古書に深くのめり込むことになります。

 ワイズは、18世紀以降のすべての作品の異版と異文を集めました。22歳の時から、たゆまず続けたのです。ワイズの蒐書の特徴は、初版本への愛着だったのです。


 一冊の本の出生が問題になるとき、それが初版であるか、再版であるかを問うことはごく当り前のことである。しかしそれがある版の第何刷であるかというところまで追究することはワイズが書誌学を志した頃には─シェクスピアの版本研究の場合などは別にして─めったになかった。ワイズは多くの場合ここまで仔細に解明しなけれぽ気が済まなかった。このような書誌的記述にたいする飽くなき厳密さへの要求からいって、第一に槍玉に挙げられたのが儲け本位の古書販売店の販売目録であったことは当然であった。ワイズにいわせれば、その不正確さと販売価格についての臆面のなさは殆ど論外というべきであった。蒐書 Collection と書誌学Bibliography とは彼の場合いつも大文字で書かれなければならない、ある絶対的なものを意味するのであった。それが古書販売店の貪欲さと無知によって絶え間なく侵し尽くされているとワイズは常々断言して憚らなかった。
 ワイズはアメリカでの彼の崇拝者であったシカゴの銀行家J・H・レーン氏に二十年ほどの間に一千二百通の手紙を書き送っているが、その書簡の殆どすべてにそういう憤りの感情が繰り返し述べられている。そしてこうした販売目録の不正確さを論難した後のワイズの決まり文句はいつもこうだ。
〈書誌学はこうして偽られる!〉(15頁)
 
 
 その時代の著名な詩人、作家のすべての作品、単にすべての作品というだけでなく、可能な限りのすべての異版と異文とを包括したものとしてのすべての作品を飽くことなく蒐集しつづけること。そしてもちろん関連文献も可能な限りすべてを。
 それには単行本だけを追っていたのでは不可能であろう。雑誌の端本であろうと新聞の断片であろうと、関連のありそうなものはすべて拾い蒐めなければならぬ。今後は紙と印刷インクのあるところ必ず潜む紙魚のように本に棲みついて生きる覚悟がなければならない。一度こう決めた以上、この方針は彼の生涯を律するものになる。以後はただ一貫してその方針のもとに進むのみである。未来のアシュリー文庫の蒐書方針はこうして早くから定められ、以後彼は迷うことなくこの方針を貫いていった。(29頁)

 ワイズのアシュリー文庫には、7000冊の本が集められています。

 印刷された本で欠陥や欠落本を補足したりする〈メーキャップ〉は、日本の写本に通ずる手法を思わせます。


 十九世紀までの出版物には製作過程の不注意のため、いわゆる落丁、乱丁といわれるものがかなり多かった。ワイズは本の価格に大いに拘る方だし、業者に負けないくらいの知識は持っていた。エリザベス朝戯由を買い集める過程でこうした種類の落丁・乱丁本をかなり入手したようである。こうしたものの中から相当数が主としてワイズ=レーン協商(一〇三頁)を果すべく、遠くアメリカのレーン氏のもとに送られた。落丁・乱丁のままでか? そうではなく大部分はメーキャップされて、完全な形に仕上げられてである。〈メーキャップ〉とは落丁・乱丁などの欠陥本を頁付の順を正したり、他から欠落の部分を補うなどして正常なものに作り上げることを意味する古書籍業界の特殊用語である。メーキャップを済ませた書物たちは豪華な衣装を身にまとえばいい。それでワイズが入手した時の価格より一挙に数十倍、数百倍に上昇したとしても、それはエリザベス朝の稀覯書である限り少しもおかしくはないのである。(195〜196頁)

 この手法が、ワイズの死後に解明されました。それは何と、「大英図書館の蔵本の頁を巧妙に引き抜くことによって補っていた」(268頁)というのです。

 盛りだくさんの情報でいささか食傷気味だった私は、第11章の「偽造版を追う」以降の展開は大いに楽しめました。
 「f」と「j」の活字に関して、カーンレスという特殊な活字から出版年の矛盾を解明する箇所は、興味深い事例です(223〜228頁)。


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 印刷用紙に細工をする偽造版の例があります。日本の古典籍は和紙に書写されています。紙質や墨と共に、書写された文字の字形などから、その時代性が読み取れることが多いのです。その点では、ヨーロッパでのパルプに印刷したプリント本の場合は、制作年代をごまかしやすいのでしょうか。


エリザベス・プラウニングの『レディング版・ソネット』は一八四七年を出版年としながら亜硫酸法による木質パルプを主原料とする紙を使用している。従ってこれは使用された紙に関する限り出版年を三十年から四十年近く早めた偽造版である。(232頁)

 また、次の例もあります。これは、日本の古典籍で言えば、巻子本などで和歌を切り張りすることで、いとも簡単に可能な偽造方法になると言えます。


 何度か繰り返してきたように『レディング版』は四十三篇のソネットからなっていた。一八五〇年の『詩集』に載った「ソネット」は四十四篇である。ワイズは一八五〇年版の「ソネット」から『レディング版』をでっち上げたのだが、この時一篇だけ落として四十三篇とした。落としたのはワイズが何かの機会にその原稿を入手していた例の「未来と過去」と題されたソネットであった。エリザベス自身このソネットをどこに配すべきか迷ったらしい。一八五〇年版の『詩集』(第二版)の『ポルトガル語より移されたソネット』と後の版本では、この「未来と過去」という一篇は置かれる場所が変えられていた。ワイズはこの事実をもちろん知っていた。後年この作品の『レディング版』という偽造本の最高傑作を作る際、彼はこの事実に着目し、「未来と過去」を落として、四十三篇の『レディング版』をでっち上げた。五〇年版をそっくり真似るより、一捻りすることによってかえって真実らしさが加わるという計算によってである。ワイズ演出の巧妙さをここに見ることができる。(240頁)

 次の実態を知ると、テレビでお馴染みの『開運!なんでも鑑定団』がますますおもしろく見られること請け合いです。


パーチントンによれば偽造本の製作費は一冊当り半クラウン(二・五シリング。因みにカーターとポラードの『調査』(四百頁)のイギリスでの売値は十五シリングである)ほどだというから、『フォールコン』の場合だと、ワイズは元値の二千八百倍の値段でアメリカの大金持に売りつけていたのである。これは現在の我々の価値感覚でいうと五百円原価のパンフレットを百四十万円で売ったということだ。稀覯書という幻惑的なもののつくり出すマジックであり、ワイズはこうしたからくりを美事に最大限に利用したのである。(245頁)

 古書や古美術品の価格が絡んでくるとなると、楽しい舞台裏があることでしょう。

 それにしても、ワイズは言葉巧みに、しかも巧妙に偽造した本を売っていたようです。


ワイズは生涯にわたって約二百三十点の私家版を出版している。その全てでないにしても、相当数のものがこのような不法な遣り方で世に送られたものであった。(264頁)

 その実態が死後に判明したことは、当のワイズにとってどうだったのでしょうか。
 亡くなる直前に数多くの偽造が明らかになり、その1つ1つをワイズが種明かしをして見せる、という展開があれば、読者としては推理小説を読むように一人の人間の生きざまを確認できます。初版本と格闘した物語として、ワイズの生涯はもっと注目されたことでしょう。しかし、現実には謎が残されたまま、ワイズは亡くなったのです。

 こうした偽造行為の解明は、今も進行形で世界各地で取り組まれているようです。
 次には、電子本の偽作や偽造が話題になる時代が予想されます。
 コピー&ペーストに留まらない、思いもしないことがネット社会で起きていることでしょう。
 どのような偽物作りの物語が潜行しているのか、その実態が明らかにされる日は近いと思っています。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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