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2016年6月 8日 (水)

読書雑記(167)三島由紀夫『天人五衰 豊饒の海 第四巻』

 妻梨枝を亡くし、一人旅を楽しむ76歳になった本多繁邦。
 自分は人間ではない、と思っている16歳の安永透。

 豊饒の海の最終巻は、清水港を舞台にして始まります。


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 書名である『天人五衰』は、謡曲の「羽衣」で、「かざしの花もしをしをと、天人の五衰も目の前に見えてあさましや」から来ていることがわかりました(55頁)。
 その意味もあって、三保の松原が舞台となることが頷けます。慶子と共に訪れたそこの信号所で、本多は働いている少年の左脇腹に三つの黒子があるのを発見したのです。この時に一緒にいた慶子が、本書の後半で大事な役割を果たします。

 清顯、勳、ジン・ジャン(月光姫)に連なる生まれ変わりとして透は登場します。
 この透が本当に生まれ変わりであるならば、二十歳までしか生きられません。

 本多はこの透を養子にしたいと言い出すのでした。生まれ変わりであるかどうかを確かめるためです。

 養子縁組みをしてから東京に出た透は、高校入試のために勉強します。その日々が昭和46年ということもあり、私と同じ時空を動き回る透を、我がことのように追うことになりました。

 透は、養父の本多に対して心の中で企みを持っていました。養父も、透に密やかな期待を抱いていました。このせめぎ合いがおもしろいのです。
 養父本多と養子透の、互いに相手を見越しての演技は見ものです。特に、お見合いに関しては。

 人間の心の中が丹念に描かれています。心の中の表と裏が、みごとに炙り出されているのです。

 また、「元裁判官の八十歳の覗き屋」という一事も、人間の尊厳を描き出すことに成功しています。

 清顯の夢日記を透が本多から借りて読んだところから、話は急展開します。

 服毒 失明
 透の行動に、私は今も無理があると感じています。
 その後、透は点字を学び、点訳本を読み、レコードの音楽を聴くようになります。

 狂女 結婚
 ここで、開巻以来脇役だった絹江の存在が重みを増します。目が見えなくなったこととの連関が、もっと語られてもよかったのではないでしょうか。また、絹江への透の気持ちも、詳細に語るべきです。それが、筆を急いだとしか思えないほどに、物足りなさをもたらしています。
 
 全体的に、語られるパーツがうまく関係づけられていません。この前の3巻に支えられているにしても、もっと語るべきです。本多の次の感慨を盛り立てるためにも。


 透が自殺未遂のあげくに失明し、二十一歳に達してなほ生きつづけてゐるのを見ながら、本多はもはや自分の知らぬところで、二十歳で死んだ本當の轉身の若者の證跡を、探し當てようとする氣力をも失くしてゐた。さういふ者がゐたならばそれでもよい。今更自分がその生に立ち會ふ暇もなければ、又今更立ち會ふにも及ぶまい。星辰の運行は自分を離れ、或るきはめてわづかな誤差が生じて、ジン・ジャンの轉身のゆくへと本多とを、廣大な宇宙の別々な方角へ導いたのかもしれない。本多の生涯を費して、三つの世代にわたる轉身が、本多の生の運行に添うてきらめいたのち、(それさへありえやうもなかつた筈の偶然だつたが)、今は忽ち光芒を曳いて、本多の知らぬ天空の一角へ飛び去つた。あるひは又、その何百番目、何萬番目、何億番目かの轉身に、本多はどこかで再會するかもしれない。(243頁)

 明らかに、作者は物語を語り終えることを急いでいます。輪廻転生というテーマが、読者の中で結実しないままに終わります。
 三島の編集を担当していた方が、三島が決起する日の朝、渡された原稿を見て、その末尾に「完」とあったことを意外に思ったとされていることは、こうした事情を推察する上で参考になります。

 さて、癌の宣告を受けた後の本多は、奈良の帯解から月修寺の山門を目指します。あの、清顯を振りきって出家した聡子がいる寺です。
 その参道の描写が長々と続くところで、私はこの場面を描きながら三島の心に躊躇いがあると感じました。書きたいのに書き続けられない極限の状態の中で、自分のこれからの行動が思索と執筆を思うに任せられないことに思いあぐねつつ、時間稼ぎとでも言える語り延ばしをしているのではないかと。

 面会を謝絶されるかと思ったのに、聡子は会ってくれました。清顯と聡子のこと以来、一足飛びに60年の隔たりがあったことが一気に縮まります。
 しかし、予想外の聡子の返答に本多は狼狽えます。聡子は、清顯のことを知らないと言うのです。さらに、本多のことも。
 すべてが無となり、物語は夏の盛りに「庭は夏の日ざかりの日を浴びてしんしんとしてゐる。……」(271頁)と閉じられます。

 この原稿を書き終えた日、昭和四十五年十一月二十五日に、三島は市ケ谷駐屯地でクーデターによる決起を口説した後、割腹自殺を遂げます。
 本書の巻末には次のように記されています。


「豊饒の海」完
昭和四十五年十一月二十五日

 三島が決起したことを匂わせる、思想の片鱗が本作中で吐露されていないか気になりました。
 それは、作中で次のような言葉があったからです。


大軆僕は自殺する人間の衰へや弱さがきらひだ。でも一つだけ許せる種類の自殺がある。それは自己正當化の自殺だよ(130頁)

 しかし、直接的な表現や描写は、まだ見つけ出せていません。

 私が朝日新聞に投書をしたのは、この三島事件の直後でした。
 このことは、すでに「読書雑記(151)三島由紀夫『春の雪 豊饒の海 第一巻』」(2015年12月24日)の冒頭に記したので繰り返しません。【3】
 
 
初出誌:『新潮』昭和45年7月号〜昭和46年1月号に連載
今回は、単行本『天人五衰 豊饒の海 第四巻』(昭和46年2月25日、新潮社)で読みました。

[参照]
(1)「読書雑記(151)三島由紀夫『春の雪 豊饒の海 第一巻』」(2015年12月24日)

(2)「読書雑記(161)三島由紀夫『奔馬 豊饒の海 第二巻』」(2016年03月21日)

(3)「読書雑記(165)三島由紀夫『暁の寺 豊饒の海 第三巻』」(2016年05月31日)


 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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