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2016年6月20日 (月)

古都散策(57)【復元】古都散策(15)興福寺と猿沢池

 古都奈良の夜の様子と写真です。
 当時よりも私の写真編集技術はあがっているはずなので、元の写真を探し出したら、さらに鮮明に浮き上がらせることが可能かと思います。
 しかし、今は10年前に公開したそのままで復元しておきます。
 
(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年7月17日公開分
 
副題「ライトアップされた塔と池のシルエット」
 
 古都奈良も京都に負けじと、夏になると市の中心部の社寺がライトアップされます。
 日ごろは見られない姿が、新鮮な気分にさせてくれます。
 まずは、玄関口となる近鉄奈良駅前の行基の銅像から。
 噴水の中に立つ行基さまは、自らが大勧進に尽くした東大寺をシッカリと見つめておられます。

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 このすぐ前を南北に走る東向商店街は、観光客のお土産屋さんで賑わっています。
 夜の8時頃にもかかわらず、多くの人が散策していました。
 お店も、最近は遅くまで開けています。

 和食屋さんの前で、ウインドー越しにメニューを睨んでいた外国人の若者が、しばらく思案したあげくに意を決したかのようにして、そばにいた私に、ジェスチャーで尋ねて来ました。
 このうどん屋は、このビルの上にあるのか、というのです。「アップ」とか言っていたので、英語も覚束ないようです。
 私もしゃべれませんので、とにかく「このまま真っ直ぐ歩いて奥へ行けばいいですよ」と、これもジェスチャーで伝えました。手紙や電話ではなくて、直接目の前にいる人とは、何とかコミュニケーションが図れるものです。

 私は、海外でも日本でも、よく道を聞かれます。
 インドのデリーでは、軍服を着た兵士に道を聞かれたことがあります。
 過日も京都の国立近代美術館へ行く途中、東南アジアから来たと思われる女性に、平安神宮へ行く道を聞かれました。この時は、簡単な英語だったので対応できました。
 「ターン ツー ザ レフト。アバウト ファイブ ミニッツ」と。
 「サンキュー」というお礼のことばも、しっかりと聞けました。

 相手が言っている英語の意味は何とかわかるのに、どうしてもしゃべることができません。私は、日本の英語教育の失敗例を、身をもって体現している生き証人と化しています。
 とにかく、道を聞いたり買い物をしたりする時の英会話はいくつか暗記しているので、いつもそれで何とかなっています。

 商店街を南下して抜けて左折すると、猿沢池に出ます。
 池の周りの柳だけがライトアップされているのです。池全体が明るくなっているのかと思っていたので、少し肩透かしです。それも、池の興福寺側(北側)だけが明るいのです。
 この池の回りは、子どもたちをつれて来た時に、よく車を止めたところでした。しかし、駐車違反の取り締まりが厳しくなったせいでしょうか。この日は1台いただけです。それも、運転手付きで。

 南円堂への石段を上ると、右に西国三十三ヶ所の第九番札所の南円堂が明かりの中にありました。すでに西国巡りを3周以上している私は、ここは馴染のお寺です。
 右を見ると、その視線の向こうに、興福寺の五重塔が光を浴びて立っていました。これは、京都の東寺に次ぐ高さの国宝です。

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 頂上部分の相輪にまで光が当てられており、幻想的な塔になっていました。贅沢な鑑賞です。
 浴衣姿の人がたくさんいました。旅館やホテルから散歩に来た方々のようです。
 さらに、塔の横の車道から見ると、複雑な木組みのおもしろさが間近に見られます。

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 周りの風景が遮断されているために、かえって塔が浮き上がって迫ってきます。

 石段を下りて猿沢池に戻ると、柳のそばで、モデルさんとおぼしき浴衣姿の女性が撮影中でした。カメラマンが道の中央から照らすライトのやや左側に、白っぽい浴衣の立ち姿が見えるかと思います。

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 柳の横に佇む美女という構図はいいものです。しかし、サーチライトは池の下からなので、カメラマンのスポットよりも強く下から照らしています。私は、昔物語の一シーンを思い出しました。

 猿沢池は、『大和物語』(150段)にある采女伝説の池として有名です。ここは、帝の愛を失った采女が身を投げた池なのです。
 原文の一部を引いておきます。


なほ世に経まじき心地しければ、夜、みそかに出でて、猿沢の池に身を投げてけり。

帝からのお召しがなくなった采女は、情けなくもあり、これ以上生きていけそうもなくて、夜こっそりと家を抜け出して、猿沢池に入水したというのです。そしてすぐ後に、柿本人麿が詠んだ歌が紹介されています。


わぎもこが ねくたれ髮を 猿沢の池の玉藻と 見るぞかなしき

『枕草子』の「池は」の段や、謡曲の「采女」、さらには芥川竜之介の「竜」も、ここと関係があります。

 愛されなくなった女性の情念が封印された猿沢池です。あの浴衣姿の女性の写真は、どんな雑誌(まさかホラー?)に、どのような形で載るのでしょうか。写す男も写される女も、そんなことが語られてきた場所だとは与り知らないことでしょうが。

 対岸のベンチに人が何組かいたので、そちらへ行ってみました。タクシーも、対岸に一時止まってから、走り去ります。そこへ行って納得しました。ライトを浴びた柳の列の上方に、五重塔の上の三層が視界に入るのです。

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 対岸から見た時の塔を引き立てるために、この柳はライトアップされていたのです。柳のそばを通っただけでは、その光の演出がまったく意味をなさないのです。大発見です。

 古代の人々が、こうした光による演出を楽しんだとは思われません。電気がなかったのですから。しかし、篝火や松明などで照らし出される社寺のシルエットは、当時の人々も美しく感じていたことでしょう。

 いかにも夏らしい、古都の再発見となりました。

********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 


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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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