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2016年6月13日 (月)

今週末の触読研究会での尾崎さんの報告内容を公開

 今週18日(土)に開催される第3回「古写本『源氏物語』の触読研究会」(2016年06月10日)に関連するお知らせです。

 発表者の一人である尾崎栞さんの発表原稿である「視覚障碍者による絵巻研究の方法」を、当該科研のホームページ「古写本『源氏物語』の触読研究」の「研究報告」からPDFで公開しました。

 尾崎さんが報告する内容は、目が見えない方や関係する方々に、一日も早くお知らせする価値があると思ったことからの対処です。障害をお持ちの方々と一緒に、元気や希望や夢を共有する上で、意義深いものだと思います。
 さらには、私が推進する【古写本の触読研究】に広く興味を持っていただきたい、との思いを後押しするものとなっています。

 尾崎さんは共立女子大学の学生さんなので、発表することから報告内容の公開までは、指導に当たっておられる先生のご理解をいただいています。多くの視覚障害者に刺激を与えることができる報告だとの思いを共有する中で、この内容を公開することに至りました。

 なお、インターネットに接続する環境はさまざまです。
 上記科研のホームページからはPDFで公開しました。
 しかし、それはA4版2段組みなので、スマートフォンはもとより携帯電話では読み難いかと思われます。そのことを考慮して、以下、ここではテキストで引用しています。
 PDFでご覧いただける方は、まったく同じ内容なので、以下はパスしていただいて結構です。
 



視覚障碍者による絵巻の学習方法

  共立女子大学文芸学部 文芸学科       
  日本語・日本文学コース(四年生) 尾崎 栞


    はじめに

 現在、視覚障碍者が日本美術史や古典文学を研究しようとした時、その方法は確立されているとは言い難い。視覚的な情報を一切得る事ができない中で、美術史や古典文学をどのように学び、研究していくべきなのか。私は大学入学直後から常に考えてきた。視覚的な部分を補う方法を模索し続けた結果、触察が有効であるという事が徐々に分かってきた。というのも、ふだん点字を使っている私は指先で何かを触る行為に非常に慣れており、何より点字は指で読んでいるから、それを応用する形で文字や絵を触察する事も可能だと考えたのである。

 触察と言う方法を用い、大学の先生や助手さんのご協力の元、一年次から目標としていた絵巻研究に、四年生になった今本格的に取り組んでいる。その方法を確立してきた過程を、当事者の視点から記録として記しておきたい。

 なお、絵巻の詞書や絵を立体化するまでの記録は、『平成26年度総合文化研究所助成「変体仮名教材作成の研究︱文学作品を中心に︱」に関する報告』(共立女子大学・共立女子短期大学 総合文化研究所紀要 第22号2016年、代表者 岡田ひろみ)を参考とした。

    一 絵巻研究をしようと思った経緯

 まず、私がなぜ絵巻に興味を持ったのか、そのきっかけを簡単に記しておきたい。

 私は大学に入学して初めて、日本美術史と言う学問領域がある事を知った。仏像や寺院、絵巻や曼荼羅など、制作された時代背景、作者、作品の特徴に至るまで、まだ分かっていないものはあるとはいえ詳細に研究されており、初めて知る事ばかりだった。そのような中で、どうしたら作品の形を覚える事ができるのか、という問題が生じた。美術史を勉強しようとするとき、作品の名前を覚える事は必須であり、作品を見て作品名と一致しなければ話にならない。もちろん作品名だけでなく制作年代も覚える。しかし私の場合、作品名や制作年代を覚える事はできても、肝心の作品の姿形が把握できないので、なかなか学習方法を?めずにいた。

 そんな時、授業中に先生がパワーポイントに映し出した作品を、スクリーンを引き出す棒でなぞってくださった。私はその音を聞いて、持っていた紙に作品の形を書き写した。授業後に先生に見ていただくと、ほぼ正確に作品の形を書き取れている事が分かり、この方法で作品の形を把握していく事にした。自分なりの勉強方法が分かった事で、日本美術史に対する興味は徐々に高まって行った。

 そして絵巻と出会ったのである。元々私は、日本の古典文学が好きだった。そこに絵が付属する絵巻物を初めて見た時の衝撃は、すさまじいものがあった。その時は「源氏物語絵巻」の画像とレプリカを見たのだけれども、文字だけでは表せないような世界観が絵によって一気に広がったように感じたのである。実際は見えていないにもかかわらず、絵巻の持つ強大な世界観に魅了されたのである。卒業論文では絵巻を取り上げたいと考えるきっかけとなった出来事だった。今となって思えば、自分が実際に目で見る事ができないからこそ、中身が気になり、いったい何がどのように描かれているのか明らかにしたいと考えたのであろう。

 とにかく、この出来事がきっかけとなり、絵巻研究がしたいという思いが生まれ、実現に向けて研究方法を模索する事になったのである。

    二 変体仮名の触読

 二年次の授業で、私は変体仮名の触読に取り組むこととなった。『首書源氏物語 夕顔巻』(和泉書院)をテキストとし、変体仮名を読めるようになるべく晴眼者の学生と共に、触読に挑戦したのである。この授業は私が所属する日本語・日本文学コースの必修科目であり、当時は絵巻研究をやりたい気持ちはあったものの、具体的なイメージが?めなかった。そのため、絵巻研究がしたいから変体仮名の触読に挑戦したというより、所属コースの必修科目に変体仮名を読む授業があったから挑戦したという方が正しい。私は変体仮名について知らなかった。つまりまったくの初心者だったのである。

 そのことを考慮した上での変体仮名の触読教材が、日本語・日本文学研究室で制作されていた。以下に教材制作に関して詳細に記した咲本英恵先生の「視覚障碍者向け変体仮名学習テキストの作成について」を引用する。

 テキスト作りの第一の問題は、文字の大きさであった。授業では、和泉書院が出版しているA5版の『首書源氏物語』を用いたが、この作品は、前述のように上下を半分に分け、上半分に古注釈本文、下半分に『源氏物語』本文が載る。本文部分には12行×18文字、およそ216文字の変体仮名が詰め込まれていて、頭注はさらに文字が細かい。そのまま立体印刷しても、文字が小さすぎて指が文字を判断できないから、拡大コピーをする必要がある。どれだけ拡大すればよいのかも見当がつかなかったから、ともかくまずは本文の半分の分量にあたる6行を、A3版に収まるくらいに拡大した。また、テキストの膨大化を避けて、授業で最低限必要な本文部分のみを立体化することにした。

 作業は試行錯誤である。本文の半分の分量にあたる6行をきりとり、倍率を変えて何パターンか拡大コピーする。採用したのは、6行を倍率400%、A4サイズに拡大コピーし、そのA4サイズの本文を、さらにA3サイズに拡大したものである。また、本文の翻刻は10.5ポイントで作り、同じく6行を倍率200%でB4サイズにし、それをさらに倍率150%に拡大、さらにA3版に拡大した。

 次の問題は、文字の触読のしやすさにあった。小さい文字を拡大すれば、文字の輪郭はがたがたになり、直線はぼやけてしまう。それが「あ」や「ま」「め」など、交差する箇所の多い文字の触読を特に困難にさせた。また、コピー台が汚れていたために紙に無駄な点や線や影がカプセルペーパーに印刷され、立体印刷機によって浮かび上がったそれらが触読の邪魔をした。そこでカプセルペーパーに印刷する以前の拡大版テキストの文字を、輪郭を太ペンでなぞりあるいは修正液でけずることでなめらかな直線や曲線を持つ字に変え、文字のほかに余計な黒点や線がついていれば、それも修正液で消した。コピー機の印刷台の汚れもふき取った。(90〜91頁)

 このような手順で制作された教材を用い触読をした。授業中はTAの方がつきサポートをしていただいた。例えば、書き順は指を持って文字をなぞり教えていただいた。仮名字典を引く際もサポートをしていただいた。だが、そう簡単には読めるようにはならなかった。私は一五歳の時に失明したいわゆる中途失明者なので、もともと平仮名や漢字を読み書きしていた素養がある。そのため、平仮名に形が似ている「ひ」や「し」「の」などはなんとか読むことができた。しかし、その他の文字についてはなかなか触読することができなかった。また、仮名字典から該当する文字を探す事も困難であった。その問題は字母である漢字の下に「阿部のア」などと書いた点字シールを貼り、瞬時にその漢字が何であるかを分かるようにした。また、文字ごとにテープを貼り簡易的な枠組みを作り、文字を探しやすいようにする工夫をした。この工夫はとても効果的で、仮名字典から該当する文字が探しやすくなったので、触読の効率が飛躍的に上がった。

 しかし、やはり授業を一人で受ける事は最後までできなかった。他の受講生は読みながら、その場で翻刻をしていく。しかし私の場合、触読する事に精一杯でその場で翻刻して書き取ることはできなかったため、授業後にTAの方にメールで送ってもらっていた。その際は漢字の部分は「 」で囲い、点字で書いた時に分かりやすいようにしてもらっていた。このような工夫をしながら、私は半年間講義を受講した。

 授業の回を重ねる毎に触読に慣れ、読める文字が増えてきた。私の場合、一つの文字を空書きできるようになるまで繰り返し触る事で、文字の形を覚えていった。もちろん多くの時間を費やすことにはなった。しかし、読めたときの喜びは大きかった。その喜びは単に変体仮名が読めたことだけではなく、目の見える晴眼者の学生と同じ文字が読めたことに対するものだった。

 点字は視覚障碍者にとって大変画期的で便利な文字である。しかし、一般に普及しているとは言えず、盲学校を卒業すると読める人に出会う事は少ないのが現状であろう。もちろん私の通う大学には点字を読める人は一人もいない。そのため、私は孤独を感じていた。自分が書いた文字も誰にも読んでもらえないことはもちろん、配付される資料もその場では読む事ができない。そんな状況下で、変体仮名を立体印刷することで、晴眼者と同じ文字を読むことが可能になった。咲本先生も先のレポートで述べておられるように、立体化した変体仮名はそういった観点から見ると、ある意味で〔平等〕な教材なのではないだろうか。

    三 視覚障碍者による絵巻の学習方法

 以上のように、私は江戸時代に使われていた変体仮名をほぼ触読できるようになった。これを応用する形で、三年次には共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」を取り上げた授業を履修し、共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」の学習を始めた。

 絵巻の詞書は咲本先生が行っておられた方法で立体化し、触読できていた。しかし、絵をどうするかという問題があった。そこで、授業を担当していただいていた山本聡美先生の提案で、東京藝術大学大学院の五十嵐有紀先生を中心に協力を依頼し、絵巻の書き起こしを制作していただき、それを立体印刷する方法を用いることとなった。書き起こしの詳細については、五十嵐有紀先生の「共立女子大学大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」トレース図制作に関する報告」(『総合文化研究所紀要 第22号』二〇一六年二月)を参照していただきたい。

 絵巻の絵の触察に際しては、線が多すぎると内容を把握できないということがわかった。絵巻の絵を模写して立体印刷機にかけても、線が多すぎて建物と人物の区別がつかなかったり、絵の全体像をつかむことができなかった。そこで、絵の内容を把握するのには不要だと思われる線を削除して、絵を単純なものにしていただいた。そうして触察しやすいように改良を重ね、絵巻の絵を把握していった。

 また、かなりのレアケースとして、実物を触らせていただいたことも、絵の内容を理解する上で、大きな助けとなった。実際に絵に触れ、絵の具の感触を感じる事で、翁や嫗の位置、かぐや姫の顔や着物の色、屋敷の様子まで、詳細に知る事ができた。また、二月の初旬に参加させていただいた日本画の色彩に関するワークショップで、絵の具の色と感触について学ぶ機会があり、緑青は緑色であることを知り、色に関しても触察することで把握できるようになった。

 ただし、私には立体化された教材や実物を触る前の段階として、絵巻の内容、例えば第一段の絵は、翁と媼に挟まれてかぐや姫が入った箱が置いてあるというように、絵の内容に関する知識があったことを書き添えておきたい。なおこの知識は授業中の先生の解説によってついたものである。内容を把握していることで、絵巻の絵を触察した際瞬時にその内容を把握できた。ただやみくもに絵巻を触察して内容を把握するより、あらかじめ内容を把握した上で触察した方が効率的だと考えられる。

    おわりに

 視覚障碍者が絵巻の内容を学習する場合、触読、触察が有効であった。絵巻の内容を立体化する際には、触読、あるいは触察のしやすさを重視する必要がある。それにより、変体仮名の場合は書き順など、把握できる情報が限られる問題点もあった。しかし、詞書を読む、あるいは絵を見る際には、今回の場合大きな問題となることはなかった。ただし、変体仮名や絵を立体化したものは、大変かさばり持ち運びに不便であった。実際私は、長期休み中に自宅で勉強したいと思った時、あまりの量の多さに持ち帰る事を躊躇したことがあった。この点に関しては、現在教材の軽量化を図るための方法を検討している。

 また、私は中途失明者ということで、ひらがなや漢字の素養があった。これが点字以外の文字を全く知らない人の場合、変体仮名の触読はより困難であろう。変体仮名の触読に関しては、文字を知っているかどうかが大きな焦点になることが推測される。

 絵巻の学習を通して、私は触読、触察の可能性について考えるようになった。目で見るはずの絵巻を、その内容を立体化するという方法を用い、全盲である私でも学習できるようになった。視覚障碍者が敬遠しがちな日本文学や日本美術史の分野に、文字や絵の立体化という方法が確立しつつあることで、視覚障碍者の可能性は大いに広がるであろう。

 さらに文字の立体化によって、視力の有無に関わらず同じ文字空間にいられることは、点字という固有の文字を使用している視覚障碍者にとって、大きな喜びに繋がるだろう。変体仮名のように点字では書き表せない文字を視覚障碍者が学習しようとする時、立体プリンターを用いた教材の立体化は有効である。今後他の分野にも応用していきたい。


[参考文献]
『平成26年度総合文化研究所助成「変体仮名教材作成の研究︱文学作品を中心に︱」に関する報告』(共立女子大学・共立女子短期大学 総合文化研究所紀要 第22号2016年)に所収の左記三論文
・咲本英恵「視覚障碍者向け変体仮名学習テキストの作成について」
・五十嵐有紀「共立女子大学大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」トレース図制作に関する報告」
・山本聡美「共立女子大学図書館所蔵「竹取物語絵巻」を用いた変体仮名教材制作」


 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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