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2016年7月28日 (木)

江戸漫歩(134)日比谷図書文化館前の人だかり

 日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」を読み続けています。
 日比谷公園に入ると、和風庭園の中に鶴が天を仰いでいる噴水があります。
 過日撮影した写真があったので、抜き出しておきます。


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 この日比谷図書文化館の前に、今日は大勢の方が集まっておられました。
 今日から梅雨明け、ということとは関係なさそうです。
 コンサートの待ち合わせをしておられるのかと思いました。しかし、手元を見ると、みなさんスマートフォンをお持ちです。「Pokémon GO」で盛り上がっているのです。


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 私も取り出してみました。確かに、モンスターがいっぱいいます。その賑やかなこと。1匹だけ記念に捕獲しました。

 帰りにも、日比谷図書文化館の前はものすごい人だかりでした。
 さらに増えているようです。仕事帰りの若者たちです。


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 このブームは、これからどうなるのか興味をもって見ています。評論家に脱しないように、自分でも体験しつつあります。

 いろいろな所へ移動して、行く先々でモンスターを捕まえるのは楽しいものです。しかし、捕まえて手元に並べて数を増やして、そしてどうするのか。
 自問しても、今の私には何も見えていません。
 何か仕掛けが用意されているのでしょう。それが何なのか、今はわかりません。

 それにしても、これは今後とも続くだけの、継続する楽しみを抱えた魅力があるのでしょうか。遊びは理屈抜きなので、しばらく付き合ってみようと思います。

 これまでに、私はゲームにはまったく興味がありませんでした。
 コンピュータが登場した初期、今から35年前に、いくつかゲームらしきものを作ったことがあります。インベーダーゲームが流行りかけていた頃です。
 しかし、自分がゲームで遊ぶことはありませんでした。

 今の「Pokémon GO」は、現実の映像を取り込んでの遊びなので、さまざまな可能性があるように思えます。
 私は、この仮想現実の境界を彷徨うゲームを通して、『源氏物語』を再生させることができないか、ということを意識して、この「Pokémon GO」を触っています。

 これまでにも、仮想空間に平安時代を構築し、王朝人が動き回るソフトウェアが開発されていました。『HybridCD-ROM ローム君の「京都博物日記」サウンドスケープリポート編』(1995.3、ローム株式会社)では、二条城の「鴬張り廊下」が歩けました。『源氏物語 上・下巻』(総監修/秋山虔・監修/小山利彦、1996.8、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ)では、六条院が探訪できました。これを体験した方やご存知の方は、もう数少ないことでしょう。
 そういえば、立命館大学のプロジェクトの一員として、このバーチャルな世界を構築するお手伝いをしたことがありました。

 この20年前の擬似体験版とでも言うべきマルチメディアについては、「転居(8)「源氏物語余情」1996年8月分」(2014年08月07日)をご覧いただければ、当時の熱気も伝わるかと思います。

 しかし、いずれもやがて忘れ去られ、消えていきました。今回の「Pokémon GO」には、そうした失敗続きの中で結実しなかった、生き抜く種子を抱え込んでいるように見えます。ただし、まだ文学関係者からの試みはないようです。

 現代は、古典文学とバーチャルリアリティを結びつける楽しみや魅力に共感できない、というよりも感じられない時代なのかもしれません。それでも、きっと興味を示す人は出てくるはずです。その出現を待ち望んでいます。私も、一人静かに実現の可能性を探っていくつもりです。

 今、これといったものはイメージできていません。しかし、「Pokémon GO」で遊んでいる内に、現実と結びついた『源氏物語』の世界を築き上げられないだろうかと、ささやかな閃きがあることを楽しみにしてスマートフォンを片手に歩いています。

 息子から、「Pokémon GO」に関するレクチャを受けました。たしかにすごいことが実現したようです。グーグルの日本人を含む10人が5年がかりで製作したのだとか。
 しかし、これはあくまでも今現在を見据えたものです。千年前を今に蘇らせる物語が、手軽に掌の中で楽しめたら、それは新しい文学の創生になります。歴史物語のフィクション版でいいのです。架空の世界に入り込み、王朝人と一緒に物語世界を共に体験できるとしたら、なんと楽しいことでしょう。
 歴史の時間軸をいじくりまわさないのであれば、物語のストーリーは自分でどのようにでも変更できる、というルールを原則としたいものです。

 私にも何かできそうです。しかし、まだうまく形にして、ことばによる設計図が描けません。しばらく、こんな愚にもつかないことを夢想する日々を楽しませてもらいます。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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