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2016年8月 3日 (水)

国冬本「鈴虫」の長文異同(その5-仮名文字表記)

 日録として本ブログに書くことがいろいろとあったために、古写本に書写された文字を見つめての私見が途絶えてしまいました。

 これまでの「その1」から「その4」までは、国冬本「鈴虫」に見られる長文異同の内、漢字の表記に注目して、その出現する様相を見てきました。
 私が注目しているのは、長文異同があった箇所で、物語があらためて書き継がれた痕跡が見いだせないか、ということです。

「『源氏物語』国冬本「鈴虫」の長文異同(その1-問題点)」(2016年07月19日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その2-【御】と【心】)」(2016年07月20日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その3-【給】と【侍】)」(2016年07月21日)

「国冬本「鈴虫」の長文異同(その4-【人】と【見】)」(2016年07月26日)

 最後にここでは、仮名で表記された例について、気になっているものを見ます。


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 長文異同となっている箇所に、「あはれ」という語が集中しています。
 「をかし」は、その後に見られます。
 「たてまつる」ということばが、長文異同がある箇所の前後で、その用いられる頻度が異なっています。
 「のたまふ」という語が、長文異同の後に見られます。

 以上、5回にわけて、長文異同がある国冬本を例にして、それが現在の物語にはまったく痕跡すら残っていない箇所の前後における、文字や語句の使われ方に何か変化がないかを見てきました。

 今回は、国冬本における特定の範囲に限定しての私見を記しました。
 限られた場面ではあっても、本文異同の様子から、539文字もの長文の異文が破棄された背景には、物語の生成発展という舞台裏が想定できそうだ、ということをあれこれと記しました。

 そう断定するためには、さらに厳密な調査と分析が必要であることは承知しています。

 もし、この不可思議な『源氏物語』の本文異同に興味を持たれたら、頭の体操をしてみてください。考える資料は『源氏物語の異本を読む—「鈴虫」の場合—』(臨川書店、240頁、2001年)にすべて掲載しています。私の仮説はともかく、これまでの研究成果に囚われない、若手の方からの意見を聞きたいと思っています。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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