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2016年8月30日 (火)

再録(26)郵便局のズサンな転送業務〈2002.4.27〉

 この一連の「再録」は、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報群の一部です。
 このサイトのデータが見られない状態が続いているので、オリジナルのデータから抜き出して再現しています。

 これまでに、宅配便のいいかげんな配送について、何度か書きました。
 そこで、郵便に関するトラブルも、再録記事として取り上げます。

 以下の記事は、自分の学位授与式に出席できなかったという、苦い思い出の一つともなっています。ただし、主査を務めてくださった伊井春樹先生から、後にあらためて個人的に、学位記を直接手で渡してくださいました。恐縮しました。ありがたいことです。
 郵便や宅配で品物や書類を受け取るタイミングを逸したことは、多くの方が経験されていることでしょう。こんなこともありました、ということで、記録として残しておきます。
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 

〔郵便局のズサンな転送業務〕


 〈2002.4.27〉
 
 インドから帰国したのは3月20日。これは、週明けにあるはずの、私にとって30年間の研究活動の一区切りとなる式典に出席することを考えてのものであった。しかし、信頼できるはずの日本の郵便局の不手際から、それが叶わないままに終わってしまった。

 帰国後、実家に届いた郵便物をいくら調べても、関係する書類が見あたらない。
 どうなっているのか思案していると、式典の前日に伊井春樹先生から電話があり、書類が届いているかとのこと。数日前にも、一足先にインドからお帰りになった伊井先生から、案内状が届いているかと心配してくださったのである。まだであると答えると、それでは2ヶ月後にも授与式があるので、そちらの方に廻されたのだろうかとのことであった。

 そうこうする内に、心覚えにしていた25日も過ぎ、しかたがないので上京の準備をしている時に、横浜での留守をお願いしていた同僚の奥さんから、私の部屋に様子を見に入ってみたら、速達がドアのポストに投函されていたとのこと。差出人は大阪大学とあるそうである。


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 すぐに開封してもらうと、届いていたのは私が待っていた「学位授与について(通知)」と「博士学位記授与式のご案内」であった。発信の日付は、3月18日。私がインドを発った日に横浜に届いたものであることが分かった。

 私は、インドへ出張で出かけている間の横浜への郵便物は、すべてを奈良の実家へ転送してもらう手続きをしていた。帰国後、実家で多くの転送された郵便物を確認しているので、転送業務は正しく行われているのである。
 しかし、この書類だけは、どうしたわけか横浜の部屋のドアのポストに投げ入れられてしまっていたのだ。いくら奈良で待っていても、この案内状は手にできないはずである。そして、書類を確認したのは、すでに式典が終わった2日後だったことになる。

 早速、大阪大学に電話をし、学位記をもらう手続きを問い合わせた。すると、文学部の大学院事務室で預かっているので、いつでも渡せるとのことである。
 すぐに伊井先生にメールでことの次第を報告し、そのまま大阪大学へ出かけた。無事に事務の方から受け取り、その足で伊井先生の部屋に立ち寄ると、ちょうど待っていてくださった所であった。そして、先生は私が手にしていた学位記を確認し、その場で改めて手渡しでくださったのである。

 私は、30年間ひたすら後を追い続け、45歳を過ぎてから学生の身分を得て、改めて先生の教え子になって指導を受けてきたのである。一週間前に先生とはインドのデリーでお別れし、そしてこの日は、先生の研究室でご褒美とありがたい励ましをいただくことになった。
 人生50年目に、一区切りの忘れがたい日となった。

 帰りに妻と待ち合わせをし、食事をして記念品を買った。翌日は、妻への感謝の気持ちから、かねてより欲しがっていた食器棚をプレゼントした。妻からインドへ届いたメールにあったものでもある。インドから買って帰るには大きすぎるので、日本で買うことにしたのだ。

 それにしても、問題の書類はどうして実家に届かなかったのであろうか。横浜の金沢郵便局に電話をして問い合わせた。すると、責任者であるタシロさんから、速達は通常の配達人ではなくて、アルバイトのおばさんが届けているという説明があった。「いつもと違う者がやっているので、間違って配ってしまったようだ。」とのこと。そして、速達なのでドアのポストに入れてしまった、という言い訳が返ってきた。

 私が不在なので転送をお願いしているにもかかわらず、何ともいいかげんな配達業務である。この種のクレームは、郵政事業庁のお客様サービス係(045-320-xxxx)に電話をするのだそうである。

 さらに、月末の横浜市長選挙の連絡も届いていないことを尋ねると、投票に関する郵便物は転送しないことになっているそうである。投票の通知書がなくても投票できるということなので、投票時間に間に合うように上京した。

 横浜の部屋に入ると間もなく、偶然にも郵便局の第一集配営業課課長の田代さんがお出でになり、不始末のお詫びを言って帰られた。アルバイトの人がついうっかりと、ということである。転送は一年間有効なので、転送解除はせずにそのままにしておくことにした。今年の年末までは、郵便物はすべて奈良の実家に転送となる。

 インドでは、郵便局における郵便物からの抜き取りは日常茶飯事のことだと聞いた。郵便局の窓口が信用できないので、あえてポストに入れる人もいる。少しでも郵便局員の手を経ないようにするために、ポストから地域の中央局へ行った方が幾分かは安全だという考え方によるものである。一緒に暮らしていた中島岳志君も、4通の内の2通は届かずに行方不明となっていた。奨学金に関する大切な書類が届かなかったのである。

 日本は、郵便物は一応は届くことを前提に生活できるので、その点では安心である。しかし、このように転送業務がいいかげんであることは、今後とも注意しておくべきであろう。過信は禁物である。郵政の民営化が実現すれば、もう少し緊張感をもって配達に当たることになるはずである。競争することによる業務の見直しは、ひいては我々の生活における不安をいくらかでも解消することにつながるはずだ。そうした意味からも、一日も早い郵政の民営化を望むところである。

 そうこうする内に、またもや横浜の官舎のドアのポストに、アドビ社からのフォトショップのバージョンアップの案内通知郵便物が投げ入れられた。
 階下にある集合ポストに、郵便物は入れられることになっている。しかし、私は帰国後もこのポストをガムテープで封鎖してあるのだ。通常はこの集合ポストに郵便物は入れられることになっている。ただし、私がそのポストの入口を蓋しているので、そしてそこに「ドアポストにおねがいします。」と書いているので、しかたなく、それもご丁寧に私のドアまでわざわざ運んでくださったのである。

 転送依頼を解除していないし、奈良の実家に転送が続いている最中にである。どうも、郵便局の転送サービスは、苦情を言っても是正されず、相変わらず至極いいかげんなようである。もう苦情を伝えるのはやめにした。横浜の部屋に投げ込まれる郵便物を、これからは一つの楽しみにしよう。
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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