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2016年9月 6日 (火)

仕事帰りの電車で3回も熟睡する

 立川から帰りの中央線の電車で、座るやいなや睡魔に襲われました。
 読んでいた本を持つ手首が安定しません。
 同じ所を何度も、必死に読もうとしている自分に気づきました。
 しかし、目が先の文字を追っていません。

 眠くて意識のないままにしばらくして、突然、見覚えのある駅のホームが飛び込んで来ました。
 乗り換える中野駅かと思い、立ち上がろうかと思った時でした。
 社内放送が三鷹駅であることを告げています。
 相当時間が経っていると思ったのに、まだ中野までの半分も来ていません。

 安堵して、手から落ちそうになっていた本に目を落としました。
 それでも目に力が入らず、またすぐに深い眠りに落ちました。

 高円寺駅は覚えています。
 中野駅はもうすぐだな、と思っていたら新宿というアナウンスが聞こえました。

 中野に引き返すのも面倒なので、そのまま東京駅まで乗ることにしました。
 また、すぐに熟睡となり、東京駅の喧騒で目が覚めました。

 慌てて降りると、また骨折をしかねなません。
 みんなが降りてから乗るというルールが、終点の駅にはあります。
 それを守る方々には申し訳ないと思いながらも、慎重に電車から離れました。

 3回も熟睡したせいでしょうか、頭はすっきりしました。
 テーピングをした左足を庇い、人混みを掻き分けながら京葉線に向かいました。
 長い3本もの動く歩道と、5本のエスカレータを渡り歩きます。
 すると、やっとのことで京葉線のホームに着きます。

 その間、ディズニーランド帰りの、魂を抜かれた若者たちと擦れ違います。
 夢遊病者かと見紛うような、浮かれ者の群を尻目に、ひたすら歩きます。
 そして、自分は夢から抜け出ていることを確信しました。

 電車の中でだったとはいえ、いい骨休めになりました。
 片道2時間弱の通勤で、足の鬱血を気にしながら、そしてまだ残暑ということもあり、気の抜けない時の流れの中に身を置いています。
 そんな中で3回も車中で仮眠をとったのは、身体が求めていたからでしょう。

 無防備な我が身を人前に晒していたことは、日本が平和だという証明でもあります。
 外国では、車中でもあたりに細心の注意を払うので、けっしてこのようなことはありません。
 とはいうものの、どんな姿で寝ていたかを想像すると、とたんに気恥ずかしくなります。
 たまに、大きく左右に船を漕いでいる人を見かけます。
 たいがい女性の場合が多いようなので、目のやり場に困ることがあります。
 それでも、あの状態になる気持ちが、今日は痛いほどわかりました。

 まあ、車中での仮寝はほどほどに、ということにしておきましょう。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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