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2016年10月20日 (木)

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』ができました

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉中期の書写と思われる『源氏物語』「若紫」を「変体仮名翻字版」で刊行しました。

『国文学研究資料館蔵 橋本本『源氏物語』「若紫」』(伊藤鉄也・淺川槙子編、新典社、2016.10、¥1,400)


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 本書の写本としての特徴は、「解説」に書いたとおりです。
 懐中電灯で紙面をくまなくスキャンして精査し、〈墨ヨゴレ〉・〈付箋跡〉・〈剥落〉などの付加情報を丹念に記録しました。また、顕微鏡やカメラを用いて80倍に拡大し、削られた箇所で下に書かれている文字を推読したり、破損個所の判読も充分な時間をかけて読み取りました。
 こうした調査結果を、本書の本文の右横に注記として添えています。

 この次に本書を調査なさる方は、さらに精巧な機器を用いて翻字と付加情報を補訂してくださることを望みます。一応、現在可能な限りの手法で「変体仮名翻字版」を作成したことになります。

 本書を刊行した背景については、巻末の「編集後記」に記しました。
 その全文を、以下に引きます。


編集後記

 本書は、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「須磨」』(平成二五年)、『ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」』(平成二六年)、『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』(平成二七年)に続く、鎌倉期古写本の影印資料シリーズの四冊目となるものである。いずれも、写本を読む楽しさを共有できるテキストになれば、との思いから編集し続けているものである。
 本書との出会いは、国文学研究資料館に収蔵されてすぐの平成一六年に、室伏信助先生(跡見学園女子大学名誉教授)とご一緒に閲覧した時である。この「若紫」は、一時期は室伏先生のお手元にあったため、数十年ぶりのご対面の場となったのである。先生は、この本が棚にあった時には『源氏物語』の本文に興味や関心がなかったので、と当時を振り返りながら感慨深げに話してくださったことが思い出される。こうして身近にあるのだから、君もじっくりと本文を調べて、あらためて報告してください、とおっしゃったことばが忘れられずにここまで来た。あれから十数年が経過した今、遅ればせながら室伏先生に影印本としてではあっても、直接本書をお手渡しできることを嬉しく思っている。
 変体仮名を字母に忠実な翻字で表記する、自称「変体仮名翻字版」という形式で刊行するのは、前著『国立歴史民俗博物館蔵『源氏物語』「鈴虫」』に次いで二冊目となる。この翻字のよさは、今後の利活用によって認められるものだと確信している。手元の三五万レコードの翻字データベースも、この「変体仮名翻字版」に置き換えつつある。正確な『源氏物語』の本文データベースを次世代に手渡すことを一義に、臆することなく山を移す覚悟で取り組んでいるところである。
 本書の翻字資料作成と編集にあたっては、国文学研究資料館の淺川槙子プロジェクト研究員による的確な対処に負うところが多い。すでに構築したデータベースを元にした作業とはいえ、「変体仮名翻字版」への再構築は思いのほか手間と時間を要するものとなった。いつものことながら、字母に正確な翻字を行うことは、気力と体力が求められるものであることを実感している。
 引き続き、橋本本として残っている「絵合」「松風」「藤袴」の残欠三巻の編集に入っている。本書の姉妹編ともなるものであり、併せて有効な活用がなされることを楽しみにしている。
 影印画像と原本の熟覧にあたっては、国文学研究資料館の担当部署の方々のご理解とご協力をたまわった。あらためてお礼申し上げる。
    平成二八年一〇月一日
              編者を代表して 伊藤鉄也

 国文学研究資料館が所蔵する鎌倉期に書写された写本は、この橋本本の他の残欠本三冊と、「若菜上」の零本があります。近日中に、これらもこの影印本シリーズの一つとして刊行する準備をすすめています。

 現在私は、鎌倉時代に書写された『源氏物語』の写本が読める環境を、こうして構築しているところです。これまでは、江戸時代の人が書き込んだ文字を取り込んだ本文を、平安時代の物語として精緻に読み込んでいました。そうした読みの意義はそれとして、それに並行して、平安時代とは言わないまでも鎌倉時代に書写された『源氏物語』を読むことも、新しい『源氏物語』の読み方になると思っています。その意義を痛感して、鎌倉時代の写本による、こうした正確な翻字を目指した作業をしています。

 本書のよううな資料を作ることは地味ではあっても、いつかは、誰かがしなければならない、必要な研究基盤の整備だと思います。そして、『源氏物語』の研究の本文という根本のところが脆弱であったことを知り、写本に書き写された本文に向き合うことから再出発する若者の出現を心待ちにしています。

 今市販されている活字の校訂本文で『源氏物語』を読むことと共に、こうした鎌倉時代の『源氏物語』の本文を読む楽しみも、新しい〈源氏読み〉として体験していただきたいと思っています。
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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