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2016年10月 9日 (日)

清張全集復読(5)「或る「小倉日記」伝」

 昭和15年のこと。詩人K・Mの元に小倉在住の田上耕作から手紙が来ました。小倉時代の森鴎外の事蹟を調べている、というのでした。
 第二節の後半に、「耕作には、六つぐらいの頃、こういう一つの思い出がある。」(全集35頁上段)とあります。この後の話は、清張自身に関わる記憶の一部ではないか、と思っています。特に、鈴の音は記憶に刻まれていた音ではないでしょうか。耕作の身体に障害があることは、これも清張が身辺で見聞きした経験に基づくものではないでしょうか。
 身体が不自由な耕作を、母ふじが献身的に助けます。後年、父親の存在に拘る清張が、母をこのように描いていることに、私は注目しています。
 この作品は、調べるということに何の意味があるのか、ということへの問いかけを背景に持っています。耕作は、調べれば調べるほど、そのことが我が身に返ってきます。
 書かれたものを読み、人を探し当てて話を聞くのです。柳田国男や民俗学のことに触れているのは、この問題意識があるからです。そして、これが後の推理物へと展開していきます。
 昭和25年末に耕作は亡くなります。そして、その2ヶ月後の26年初めに森鷗外の『小倉日記』が見つかります。
 一人の男とその母の、苦楽を共にした旅の意味が、この鷗外自筆の日記の出現によって、読者にあらためて問われているのです。
 昭和28年1月に、本作品が第28回芥川賞を受賞します。最初は直木賞候補だったものが、芥川賞の選考対象となり受賞した、という経緯があります。【5】
 
初出誌:『三田文学9』(昭和27年9月)
改稿再掲載:『文藝春秋』(昭和28年3月)

参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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