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2016年11月 5日 (土)

読書雑記(183)澤田瞳子『若冲』

 『若冲』(澤田瞳子、文藝春秋、2915年4月)を読みました。


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 人の心と京の情景が、言葉巧みに描かれています。
 ただし、最終章が失速していると思いました。
 また、史実との関連で、参考文献も示してほしいところでした。
 
■「鳴鶴」
 絵を描く源左衛門のもとへ顔料を運ぶお志乃の姿から始まります。歯切れのいい文章です。人の情が巧みに描き出されています。そして、行間から梅の香りがただよってきます。
 ただし、使われている京ことばに丸みがありません。そして、地の文の硬さとしっくりと馴染んでいないのです。残念です。京ことばの柔らかさが出たら、さらにいい作品になることでしょう。【3】
 
※登場する若冲の作品:「紫陽花双鶏図」「雪中鴛鴦図」
 
■「芭蕉の夢」
 池大雅の登場です。そして、この章から源左衛門は伊藤若冲と呼ばれます。この若冲が、折々に思い浮かべるのが、土蔵で首を括って亡くなった妻のお三輪の姿です。
 そこへ、宝暦事件の裏松光世との出会いが、大雅の仲立ちでありました。
 憎悪が持つ力を、我が身に降りかかったことを通して語ります。そして、自分の作品の贋作が若冲を苦しめます。
 若冲は、妻を死なせた罰として、絵を描き続けるのです。
 作者の説明がくどいと思いました。【2】
 
※登場する若冲の作品:「鹿苑寺大書院障壁画」
 
■「栗ふたつ」
 孤児たちの話を前後において、若冲とお志乃の心中が描かれます。
 話にくどさが出て、だれて来ました。若冲の絵に対する心構えがはっきりしてきました。しかし、それも展開としてはあまりおもしろくありません。【2】
 
※登場する若冲の作品:「動植綵絵」「釈迦三尊図」
 
■「つくも神」
 若冲の身辺が語られます。あまりおもしろくありません。
 それよりも、登場する男たちが使う京言葉に違和感を覚えました。女言葉でもない、私が思い描く京がイメージできないのです。
 この言葉遣いに注意が削がれてしまい、話の展開を追えませんでした。【2】
 
※登場する若冲の作品:「付喪神図」
 
■「雨月」
 京言葉の音便がもっと滑らかだといいのに、と思いました。
 話は、蕪村と大雅のことが中心となります。出自や身分に対する差別を受け入れながら我が身を語る蕪村が、痛々しいほどに描かれています。親子というものを見つめ直す話です。後半が圧巻です。【5】
 
※登場する若冲の作品:「石峰寺五百羅漢石像」「果蔬涅槃図」
 
■「まだら蓮」
 天明の大火で、京はすっかり焼け野原となります。そのような状況の中で、義弟で若冲を恨む君圭と心を通わす場面が秀逸です。さらに、唯一の弟子である若演が亡くなったことも感動的に描かれています。
 若演と君圭が遠ざかっていく中で、若冲は一人虚しさを感ずるのでした。【4】
 
※登場する若冲の作品:なし
 
■「鳥獣楽土」
 義理の弟の君圭から預かった晋蔵は8歳。血筋からか絵心があります。

 若冲という名は、『老子』第四十五章の「大盈(たいえい)は沖(むな)しきが若(ごと)きも、その用は窮まらず」から来るということです(269頁)。ただし、本書を読んだ後で少し調べたところ、「冲(むな)しき」とする資料もありました。「冲」は「沖」の俗字です。人名「若冲」において「沖」と「冲」の違いはないのか、疑問に思いました。そもそも、『老子』の字句自身に異同があり、「沖」と「冲」の2種類の本文が伝わっているそうです。また、最古の『老子』によると「如沖」となるとも。(「伊藤若冲の「冲」字考  <第二話> 若冲連載4」)。話が煩雑になるからでしょうか。本書にはこうした名前の漢字については、一言も語られていません。

 物語はますます深まりを見せます。画家の心の中に潜む、愛する者との格闘が絵になる様が、丹念に描かれます。若冲にとって、妻のお三輪であり、その弟の君圭です。
 そこに、君圭の息子が置かれ、話はますます人の情が盛り込まれていくのです。【5】
 
※登場する若冲の作品:「白象群獣図」「鳥獣花木図屏風」
 
■「日暮れ」
 若冲が亡くなった後の法要は、義妹のお志乃が営みます。
 そこで、若冲と君圭の同想の絵が問題となります。さらには、見たことのない絵も登場します。若冲が胸に秘めていたお三輪を思っての絵だということです。
 これまで出てきた人物が揃います。そして、君圭の登場。
 しかし、君圭が若冲のことを語り出してから、この物語は色褪せていきます。平凡すぎて、人の心に食い込んでいた筆の力が緩んでいくのです。前話を引き継いだ最後の展開を楽しみにしていただけに、残念でした。【2】
 
※登場する若冲の作品:「石灯籠図屏風」
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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