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2016年11月21日 (月)

清張全集復読(8)「火の記憶」「贋札つくり」

■「火の記憶」
 清張が得意な、戸籍に関する話です。しかも、清張自身が抱える、実の父の存在が背景にあると思われるものです。

 頼子が結婚する相手である泰雄の戸籍から、兄貞一はその父が失踪宣告されていて除籍となっていることに疑問を持ちます。

 泰雄の父が失踪したのは4歳の時でした。母は、泰雄が11歳の時に亡くなりました。後日、事実と対比するために、このくだりを抜き出しておきます。


 僕の父は三十三歳で行方不明となり、母は三十七歳で亡くなった。父の失踪は僕が四つの時で、母の死は十一のときだった。母の死後二十年ほど経つ。
 僕は父母の素姓をはっきり知らないが、父は四国の山村が故郷で、母の方は中国地方の田舎が実家だ。が、両親とも他国に出てからは一度も生れ在所に帰ったことはないということだ。今日まで、僕も両親の郷里に行ったこともなければ、郷里の人たちの訪問をうけたこともない。要するに、典型的な流れ者なのだ。
 従って父母の身の上については他人の口から聞くよしもなかった。三十七歳まで生きた母も、僕にはあまりそんなことを話さなかった。
 父と母が一緒になったのは大阪だということだけは聞いた。しかし四国の山奥の青年と中国地方の片田舎の娘とがどのような縁で大阪で結ばれたかは分らない。しかしこの結婚は、どちらも故郷を出ていわゆる旅の空で出来合ったのであろうことは想像がつく。事実、母は死ぬまで戸籍面では内縁関係であった。当時、父は何をしていたであろうか。父のことになると母は不思議に話を回避した。
 僕は本州の西の涯B市で生れた。大阪からB市に両親が移った事情もはっきりしない。
 父は僕が四つのとき失踪したから、僕の父に対する記憶は殆どない。印象も残っていない。写真すらみたことがない。あるとき、僕がそれを母に云ったことがあるが、
「お前のお父さんという人は写真にうつることが嫌いでのう、とうとう撮らず終いだったよ」
 と母はいった。
 その頃の父の職業は何だったか。母にきくと、
「石炭の仲買での、始終、商売で方々をとび廻って忙しがっていなさったよ」
 ということだった。それが欧州大戦後に襲った不況で山のような借財が重なり、遂に朝鮮に渡ったきり、行方不明になったという訳だ。「大正×年—日、届出ニヨリ失踪ヲ宣告」と戸籍面で父の存在が抹消されたのは、それから十年もたって後である。
 実際、父の足跡はそれきりかき消えてしまった。生きているのか死んでいるのか、もとよりさだかでない。生きていれば、今年六十歳の筈だ。
「ちょっと神戸まで行ってくる」
 といって、トランク一つ提げて家を出て行ったそうだ。商用で旅は常だったから、母は怪しみもせずに出した。それが父の最後の姿だった。最初からその計画で家出したのか、途中でその気になったのか分らない。遺書一つない。朝鮮行きの連絡船で見たという人もあった。(158頁下~159頁下)

 その母の横には、ある男がいたことが思い出されます。それが、河田忠一です。警察官を辞めて、行商をしていました。九州の筑豊炭田でのことです。
 本作品を読んで、最後の第六節の推理はピンボケだと思います。女の心理が読み解けていないとしか言いようがありません。物語を閉じるために、無理なこじつけとなっています。推理作家清張の片鱗だけが感じられました。

 後年、清張は火に拘った作品を書きます。本作では、ボタ山の火です。これは、幼い日に山陰の山中で清張の父が見たと思われる、たたらの火の記憶が蘇っているのではないでしょうか。本作品を読んで、そう確信しました。また、飛鳥の石像遺物とゾロアスター教に興味を持つのも、この延長上のことかもしれません。

 そのよくわからない、不遇の中に生きた父に対する清張の思いは、終生頭から離れなかったと、私は思っています。これは、私のまったくの思いつきです。何も文献は調べていません。研究の足跡も確認していません。
 この一連のメモは、勝手気ままに書いている、読書雑記であることをご了解ください。【4】
 
 
原題:「記憶」
初出誌:『三田文学』(昭和27年3月)
   改題改稿したものを『小説公園』(昭和28年10月)に掲載。
 
 
■「贋札つくり」
 明治2年、福岡藩での話です。
 財政困窮の中、窮余の一策が贋札作りでした。絵師・印刷屋・大工などの職人20人が城内の家老屋敷に集められました。しかし、職人の中で病気になった者が家に帰されたことから、その秘密を妻に語ったために露見します。
 人間の思考回路がよくわかります。そして、その結果にどう対処するかも、興味が尽きないところです。【3】
 
 
初出誌:『別冊文藝春秋』(昭和28年12月)
 
 
参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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