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2016年12月13日 (火)

京洛逍遥(379)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く

 総研大文化フォーラム2日目(11日)の午前中は、国際日本文化研究センターで異分野、他分野の方々の発表を聞きました。
 知らないことばかりで、刺激的な時間の共有は気分転換にもなります。特に、「宇宙人存在問題」と題する国立天文台の福島登志夫先生(物理科学研究科天文科学専攻)の話は、「宇宙人はどこにいるのか、なぜ来ないのか」というテーマでした。考えても見なかったことなので、非常に興味深いものでした。

 午後は、日文研から貸切バスで京都市内に入りました。
 私は、国立歴史民俗博物館の小島道裕先生が案内してくださる、C コース「洛中洛外図屏風「歴博甲本」左隻の世界を訪ねる」(上京) に参加しました。

 荒木浩先生がご担当の、宇治源氏物語コースに行きたかったのですが、小島先生のコースが私の行動範囲内だったので、さらに深く知ろうと思いこちらにしました。荒木先生、すみません。

 まずは、歴博本「洛中洛外図屏風」の左隻左上に少し見えている桂川です。ただし、車窓からの写真です。


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 散策のスタートは、相国寺の向かいにある「花の御所」(同志社大学・寒梅館)からでした。


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 小島先生の楽しい説明を伺いながら、「洛中洛外図屏風」に描かれた室町時代の京洛を経巡りました。
 道々語られた、床屋さんの位置に気をつけろ、という視点は、確かに区画の角にあったのでおもしろいと思いました。

 狩野元信邸址は、「洛中洛外図屏風」の製作者を考える上で、描かれた絵とともに重要な地点のようです。


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 途中で、探し求めていた変体仮名の看板を見かけました。
 「う登ん」「楚者」「多古辨」は収穫です。

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 一条通りまで下り、引き返して小川(こかわ)通りを北上します。

 茶道の不審菴と今日庵への入口では、無電柱化の工事が進んでいました。ここは百々橋跡の地で、応仁乱の激戦の地です。


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 このすぐそばの茶道資料館で、お抹茶を一服いただきました。
 開催中の特別展は「私の一碗」で、この日が最終日。65碗が展示されていました。
 逸翁美術館からは「五彩蓮華文呼継茶碗 銘家光公」(磁州窯系、元時代、13世紀)が出品されており、筒井紘一先生は「絵唐津茶碗」(桃山時代)を出品しておられました。
 私には、まだ茶碗の良さはわかりません。しかし、選りすぐりの逸品でしょうから、じっくりと拝見しました。

 茶道資料館からさらに東に向かって上御霊神社まで、希望者10人ほどで歩きます。
 今日は、日文研の稲賀繁美先生とお話をしながらの散策でした。お父さんが稲賀敬二先生です。繁美先生の幅広い問題意識とユニークな視点は、ご一緒しながらたっぷりとうかがうことができました。親子2代にわたってご教示をいただけるとは、ありがたいことです。

 終着地点は上御霊神社です。


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 ここから我が家はすぐ近くです。しかし、荷物を宿泊したホテルに置いてきたので、それを取りに京都駅まで戻りました。

 今日1日の歩数は、14,668歩でした。『洛中洛外図屏風』の左隻をほとんど歩き回ったにしては、意外と狭い範囲であることを身体で実感しました。
 右隻の東側は、そうはいかないようです。

 歩くと、ものを見たり知ったり考えるときの、基本となる情報が得られます。いい機会をいただきました。小島先生ありがとうございました。小島先生のご著書を、今回伺った話を思い出しながら、あらためて再読したいと思います。

 小島道裕 2016『洛中洛外図屏風―つくられた<京都>を読み解く―』 (歴史文化ライブラリー)吉川弘文館

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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