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2017年1月26日 (木)

清張全集復読(10)「情死傍観」「断碑」

■「情死傍観」
 阿蘇山で投身自殺をする人を救う老人の話を『傍観』という小説に書いた後日談で始まります。読者と名乗る当事者から手紙が来た、という想定です。
 作中で紹介された小説といい、それを読んだ女からの手紙の引用といい、ふたつの入れ物をおいての物語です。大きな衝撃のないままに終わったので、拍子抜けでした。【2】
 
 
初出誌:『小説公園』(昭和29年9月)
 
 
■「断碑」
 考古学において、人文科学的な論理や文化史的な考究を文学的な表現で発表した木村卓治は、学会から無視されていました。清張が得意な、在野の研究者の物語です。
 恵まれない立場の者が、嫉妬から憎悪へと心情が変わる様を、清張は巧みに描きます。
 小学校の代用教員だった木村は、恩師高崎の計らいで博物館に就職できるということで上京します。しかし、その話はダメになります。
 


 高崎を恨む心は憎しみに変った。
 それほど卓治は博物館に入りたかったといえる。当時の官学は東京大学は振わず、専ら博物館派と京都大学派が主流であった。博物館入りを望んでいる卓治の心は、いわずとも官学への憧憬につながっていた。
 大部分の在野の学者が官学に白い眼を向けて嫉妬する。嫉妬は憧憬するからである。
 その憧憬に絶望した時が、憎悪となるのだ。爾後の卓治は官学に向って牙を鳴らすのである。(238頁下段)

 中卒でしかない自分を莫迦にしている人間を見返したい、という思いがますます強くなります。
 その存在を疎ましく思う者たちの反応も、さもありなんと思わせるものです。
 その後の卓治は、壮絶な研究生活を送ります。妻との二人三脚も胸を打ちます。妻が亡くなる前後は、人間が支え合う情感が感動的に伝わってきました。
 妻が亡くなった2ヶ月後の、昭和11年1月に、卓治は34歳で亡くなりました。
 その性癖故とはいえ、学会や主流派から見捨てられた一考古学者の姿が、生々しい筆で語られています。人間が反発する気持ちと、寄り添う夫婦の描写が活写された作品です。考古学会で鬼才といわれた森本六爾の生涯をモデルとする作品のようです。【5】
 
 
初出誌:『別冊 文藝春秋 43号』(昭和29年12月)
※原題は「風雪断碑」
 
 
参考資料:『松本清張事典 決定版』(郷原宏、角川学芸出版、平成17年4月)
 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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