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2017年1月11日 (水)

源氏物語本文の2分別私案に関する初めての賛同者

 渋谷栄一氏の「楽生庵日誌(1月9日)」で、以下の報告がありました。
 私が提唱する2分別私案(〈甲類・乙類〉)について、初めて支持を表明する方が正式に確認できたのです。


「午前中、源氏物語の本文分類について、伊藤鉄也氏が指摘するとおり、河内本群(甲類)と別本・青表紙本群(乙類)に2分類されることを、さる12月24日の豊島秀範科研研究集会における発表者(豊島秀範・太田美知子氏)の「紅葉賀」と「蓬生」の各諸本本文対照資料で確認する。
(http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/rakuseian.html#551277658d71862cec8cf1cf6089e4876085858e)

 『源氏物語』の本文は、池田亀鑑が提唱した〈青表紙本・河内本・別本〉という3分類ではないことは、これまでに私は自編著や本ブログなど各所で言及してきました。このことが、今回初めて研究者によって確認されたのです。『源氏物語』の本文研究史において、重要な確認事項だと言えるでしょう。

 昭和13年までに池田亀鑑氏が確認した本文資料をもとにしての〈青表紙本・河内本・別本〉という物語本文の3分類は、あくまでも昭和13年までの資料に限定しての仮説でした(本記事末尾の引用文を参照)。それ以降、多くの『源氏物語』の写本が紹介され、確認されているのですから、『源氏物語』の本文の分別については昭和13年以降の資料も交えて考えるべき問題です。しかし、以来80年もの長きにわたり、この池田亀鑑の3分類を重宝で便利なモノサシとして、解説などに言及されてきました。
 私の手元には、昭和13年以降の本文を翻字した資料やデータが数多くあります。それらを通覧しても、〈青表紙本・河内本・別本〉の3分別ではなくて、〈甲類〉〈乙類〉の2分別にしかなりません。

 『源氏物語』の本文は2つにしか分別できないということに関して、さらに多くの方からの私見に対する確認の報告を楽しみにしています。また、反論も大いにお寄せください。これも楽しみにしています。

 少なくとも『源氏物語』の本文のことを、活字による校訂本文をもとにして発言するのは控えてほしいと思います。さらには、不正確な『源氏物語大成』による本文考察は、問題の性質がまったく異なる方向に展開することになるのですから。
 そして、若手研究者は自身が読む『源氏物語』の本文がどのような経緯で提示されたものであるのかを、充分に確認した上で本文を読み解く心構えが求められる時代になっていくことを知っていただきたいと思います。

 以下、取り急ぎ参考までに、そして確認の意味で、『源氏物語』の本文が2つに分別できることを書いた最近の文章を引用しておきます。
 これは、昨年12月24日(土)に豊島秀範先生が主宰される「第3回 源氏物語の本文資料に関する共同研究会」で発表した資料からの抜粋です。


■本文の二分別と傍記混入■

 池田亀鑑は『源氏物語』の本文に関して、その形態上の特徴から〈青表紙本・河内本・別本〉の三種類に分類した(『校異源氏物語』昭和一七年)。その物指しが、約八〇年経った今も通行している。朝日古典全書(昭和二一年)が『校異源氏物語』の底本となった大島本をもとにして成ったことは、今も流布本に受けつがれている。このことへの疑問を三〇年以上も抱き続け、『源氏物語別本集成 全一五巻』と『源氏物語別本集成 続 全一五巻』(七巻で中断)を経て、今ようやく新しく池田本で読むためのテキストを提供できるようになった。スローガンとして来た「江戸期の源氏から鎌倉期の源氏へ」が、現実にスタートしたところである。本日配布した『池田本『源氏物語』校訂本文「桐壺」』(第1.0版 平成二八年一二月二一日)が、まさにできたばかりの具体的な成果である。
 池田亀鑑は『源氏物語大成』の「校異源氏物語凡例」で、「原稿作成ノ都合上、昭和十三年以後ノ発見ニ係ル諸本ハ割愛シタ。」(五頁)と言っている。このことから、『源氏物語』の本文を〈青表紙本・河内本・別本〉の三つに分類できるのは、昭和一三年までに確認された『源氏物語』の本文資料を整理する場合にのみ適用できることだといえる。昭和一三年以降になると、さらに多くの写本が見つかり、さまざまな本文が紹介されている。昭和一三年以前に池田亀鑑が確認した写本だけで『源氏物語』の本文のことを考えるのは、もうやめた方がいい。しかも、池田亀鑑の諸本整理と『校異源氏物語』の作成の背景には、さまざまな恣意がしだいに明らかになってきている。今年は平成二八年なので、八〇年前のモノサシで今の『源氏物語』の本文を考えるのは、とにかく生産的ではない。〈青表紙本・河内本・別本〉という分別が、解説などでいまだに便利に使われている。しかし、これは見当違いなモノサシであり、その視点で『源氏物語』の本文を見ることには大いに問題があると思っている。
 私は、『源氏物語』の本文は諸本間で八割が一致し、異文というべき本文異同は二割の範囲で生じていることを検証してきた。また、物語本文はその内容から〈河内本群〉を中心とした〈甲類〉と、〈いわゆる青表紙本〉を中心とした〈乙類〉の二分別することができる、という私案を提唱してきた(拙著『源氏物語本文の研究』平成一四年、おうふう)。
 『源氏物語』の本文を二分別する試案としての〈甲類・乙類〉を提示したのは、口頭発表では「ハーバード大学所蔵『源氏物語』の本文」(INTERNATIONAL SYMPOSIUM THE ARTIFACT OF LITERATURE(ハーバード大学)、平成二〇年一一月二一日)であり、活字論文では「「源氏物語本文の伝流と受容に関する試論 —「須磨」における〈甲類〉と〈乙類〉の本文異同—」(横井孝・久下裕利編『源氏物語の新研究』新典社、平成二〇年一一月)が最初であった。それまでは、〈河内本群〉と〈別本群〉という名称をつけていた。


 
 
 

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NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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