3.9-源氏文論尚友

2009年11月15日 (日曜日)

源氏文論尚友(3)「『潤一郞新訳 源氏物語』草稿」

 最近、『谷崎潤一郎全集』(全30巻、新書版、昭和32〜34年)を娘にオークションで落札してもらい、無事に入手しました。

 谷崎潤一郎は、私が『源氏物語』に興味を持つきっかけとなった作家です。
 高校生から大学生にかけて、そのすべてを読みました。しかし、今は、そのほとんどを忘れています。
 もう一度読み直そうと思って、電車の中でも読めるようにと、新書版の全集を探していました。

 そんな時、井上靖の「中国行軍日記」が公開され、その中で、昭和13年の二月六日(日)に「蘆刈」を、二月七日(月)に「吉野葛」を読んでいることが記されていました。
 本ブログ「井上靖卒読(100)新発見「中国行軍日記」に見る夫婦愛」で紹介した通りです。

 すぐに娘にメールを出し、オークションでの落札を頼み、間もなく数千円で落札となり、昨日入手しました。
 『谷崎潤一郎全集』の第19巻の付録3(月報)に、井上靖の「「盲目物語」と「蘆刈」」というエッセイが掲載されていました。ただし、この件についての詳細は後日としましょう。
 昨日、國學院大學であった『源氏物語』に関する研究会で一緒だった田坂憲二さんも、この件については一家言あることでしょうから、機会を改めます。

 今は、谷崎潤一郎の旧訳源氏から新訳源氏におけることでした。

 大津直子さんが、『國學院雑誌』(平成21年8月)にすばらしい報告をしています。
 タイトルが長いので、紹介に手間取ります。

 「國學院大學蔵『潤一郞新訳 源氏物語』草稿 山田孝雄書き入れ旧訳本 本文加筆箇所対照表」

 これは、昭和14年に刊行が開始された谷崎の旧訳源氏の実態と舞台裏を知るための、貴重な調査報告となっています。49頁にもわたる、精力的な調査の成果です。
 谷崎の旧訳は、『源氏物語』の原文からは、たくさんの削除がなされています。これは、戦時中という時局の影響が大きいものです。

 この問題に、大津さんは國學院大學に新たに収蔵された『潤一郞新訳 源氏物語』の草稿を精査することにより、新訳で新たに訳された表現や文脈がわかりやすいように、『源氏物語』の原文と対照させて一覧表を作成して公表してくれたのです。

 ここには、新たに加わった玉上琢彌の手が入っています。新訳での加筆箇所は、460箇所だそうです。とくに、玉上琢彌の細やかな書き入れ注は注目されます。しかし、これは錯綜していることを理由に、今回は割愛されています。今後の調査研究が待たれるところです。

 ちょうど、今月11月7日に開催された国文学研究資料館における「平安文学における場面生成研究」プロジェクトでの研究会で、「物語音読論再考」というテーマのもとで討論がなされました。
 その時の基調報告者の一人であった静岡大学の松岡智之さんが、「物語音読論生成の周辺」と題する発表の中で、玉上琢彌の物語音読論は谷崎潤一郎からの影響があったのでは、との内容の報告をされました。
 質疑応答の場で、私は大津直子さんの上記の報告があることを紹介しました。

 私は、読書感想文のような論文形式の研究発表は、敬して遠ざけています。
 この大津さんのような、文献をしっかりと見据えた研究は、それが報告に留まるものであっても、今後とも有益な研究に直結するものなので、これを高く評価しています。
 個人の発想による新鮮な発言も刺激的ですが、こうした地道な調査の報告には、より一層の意義深いものがあります。

 若者は奇を衒わずに、コツコツと調査した成果を、どんどん公表してほしいものです。
 大津さんにも、今後の調査を期待したいと思います。特に、山田孝雄と共に、玉上琢彌の役割の解明も、大切なことですから。

 実は、大津さんは、私の仕事の一部を手伝ってくれたことがあります。
 また、室伏信助先生の國學院大學での授業に私が参加していた時にも、大学院生として講義を受けていた大津さんの手帳には、ビッシリとメモが記されていたことを覚えています。非常に勉強熱心なので、感心しました。

 若い人が勉強している姿は、本当に頼もしい限りです。

  
 
 


 

2009年8月 6日 (木曜日)

源氏文論尚友(2)大澤本『源氏物語』の書誌報告

 昨年7月21日に、大阪府立大学であった伊井春樹先生の「幻の大沢家本源氏物語」と題する講演について、本ブログで詳細な記事を書きました。

 「大沢本『源氏物語』の切り抜き帖・追補」

 マスコミ各紙の記事も紹介しました。

 その時の講演が、このたび活字になって公開されましたので、改めてここに紹介します。

 「幻の大澤本源氏物語」(伊井春樹、『百舌鳥国文』第二十号、p15〜31、2009.3)

 本論文は、大澤本の書誌的な内容が中心です。

 一 大澤本源氏物語の伝来
 二 大澤本の出現
 三 前田香雪の鑑定覚え
 四 正木尚彦、池辺義象の鑑定

 池田亀鑑は、昭和15・6年に、この大澤本を調査しています。しかし、詳細には確認できず未調査のままに終わりました。また添付書類などの確認もしなかったようです。できなかった、というのが実情でしょうか。

 その、大澤本に付された添付文書としての鑑定書類などが、本論文では詳細に翻字して提示されています。
 明治期の古典研究家であった小杉※邨(すぎむら、※は「木」へんに「囚」+「皿」)などの附属書類は、さらなる解読が待たれます。
 今回翻刻された資料は、大澤本『源氏物語』のことを知る上で、基本的な資料となるものです。このような形で公開されたことに、感謝したいと思います。

 小杉の覚書である「鑑定筆記」について、伊井先生は、「大学院の演習で一部用いて院生と一緒に読み解いていった。」と記されています。
 実は、この授業を私も受けていました。ちょうど、私が博士後期課程に入学した年から国文学研究資料館に就職するまでの2年間、伊井先生の授業ではこの資料に悪戦苦闘しました。私もレポーターとなり、図書館に籠もって解読したものです。
 あの資料が、今このような意味を持ってこようとは、先生におかれても思いもしない出来事になったといえるでしょう。

 本論文の第1節は、その意味では、伊井先生と大澤本の縁の深さを語るものとなっています。

2009年1月25日 (日曜日)

英訳源氏の新たな切り口が見える本

 「源氏千年紀」ということで、2008年は『源氏物語』の話題で大いに盛り上がりました。
 2008年11月1日には、国立京都国際会館で天皇・皇后両陛下をお迎えしての記念式典が行われました。そこでは、「古典の日宣言」もなされました。
 11月2日から3日間は、「源氏物語国際フォーラム」として、世界各国の文学研究者・翻訳家・作家などが集合して意見が交換されました。私はその時に初めて平川祐弘氏の話を聞きました。平川氏は比較文学・比較文化が専門で、マンゾーニ著『いいなづけ』の翻訳で読売文学賞研究翻訳賞をとっておられます。
 当日の講演は、「ウェイリー源氏の衝撃」と題するものでした。チェンバレンによって退屈だとされた『源氏物語』ですが、アーサー・ウェイリーの翻訳は、「英語芸術作品」としてもすばらしいものだ、という趣旨でした。なかなかウィットに富んだ話しぶりで、大変刺激的でした。
 その折、近日中に『源氏物語』とアーサー・ウェイリーに関する著書を刊行する、とのことだったので、楽しみにしていました。

 『ア-サ-・ウェイリ- ― 『源氏物語』の翻訳者』(平川祐弘、白水社、488頁、2008年11月、4,200円)は、手にズッシリときます。しかし、その語り口は平易です。『源氏物語』のすばらしさを、芸術作品とも言える英文で世界に広めたアーサー・ウェイリーの、その生涯と業績について丁寧に実証的に語っている本です。
 原文(古文)、現代語訳、英文、日本語訳と、日頃は馴染みのない英語などの引用文がたくさん引かれています。ただし、引用された英文のほとんどが平川氏の翻訳なので、借り物ではない温もりが伝わってきます。
 通読しながら、引用が恣意的なように感じました。都合のいい場面が列挙されているようで、他の場面などがどのように訳されているのか知りたくなりました。もっとも、そうすると論点も複雑になり膨大な分量になるので、後は今後に期する、ということでしょう。これはこれで、若い人にはいい刺激となることでしょう。『源氏物語』の新しい切り口が示されたのです。そのように仕向けながら、独断と偏見というと悪く聞こえそうですが、小気味よく展開していきます。

 本書は刊行以来、たくさんの書評に取り上げられています。朝日新聞、京都新聞、読売新聞、東京新聞、中日新聞などなど。雑誌をあげると、さらに多くのものが見いだせるでしょう。それだけ、注目度の高いものだといえましょう。
 著者の目論見が一般読書人にあるようなので、これは社会的に受け入れられた証拠でもあります。もちろん、語られる内容については、今後とも検証が必要であることはもちろんですが…。

 本書の構成は、次のようになっています。

目次

はじめに

第一章 中国詩の新世界

第二章 西洋人の謡曲発見

第三章 日本の女たち

第四章 世界文学の中の『源氏物語』

第五章 翻訳の諸問題

第六章 大英帝国の衰退

第七章 晩年の諸業績

第八章 平安朝の恋とブルームズベリーの恋

むすびに


 私は、「はじめに」の後に、「第三章 日本の女たち」から読み始めました。
 この章の節を書き出しておきましょう。

・光源氏の「御心浅さ」

・空蝉の小袿か、スカーフか

・末松謙澄の英訳

・きぬぎぬの別れ

・夕顔のたわむれ

・夕顔の死

・文学の源泉としてのghostly Japan

・不可知論者ウェイリー

・物の怪とウェイリーの『源氏物語』発見

・フロイト的なるもの

・英語芸術作品としての首尾一貫性

・六条御息所の生き霊

・葵上の出産


 私にとっては、この章で8割方は興味が満たされました。そして、さらに多くの疑問に始まる問題意識を新たにしました。

 本書全体の内容紹介と寸評は、また別の機会に記します。

 ここでは、巻尾に付された「註」を通覧することで、本書のおもしろさを実感していただきたいと思います。

 平川氏の註は、単なる補足的なものではありません。
 多分に、平川氏の本音が出ていて、楽しみながら読み進んでいけます。

(1)「Arthur Waley」という名前を、日本語でどう表記するか、ということです。
 「近年は英語の一部二重母音を片仮名にも写そうとする新傾向というか流行のためにウェイリーと書く日本人が多数を占め、それに固定化しつつあるかに見える。」(434頁)として、自分も今後は「アーサー・ウェイリー」とすることを宣言しています。

(2)「蝉」がいないイギリスでは、空蝉の意味をどう伝えるか、ということについて。
 「「蝉」は英訳ではしばしば「蟋蟀(こおろぎ)」criketや「きりぎりす」grasshopperに置き換えられて登場する。それは、南フランスやイタリアと違って、イギリスには蝉がいないからである。(中略)ちなみに北京の蝉「知了」の聲は細くて、日本の蝉の声とずいぶん違う。」(441頁)
 文化や風土の違いを、翻訳はどのようなことばに置き換えるのか、ということは、翻訳論の大事なところです。こうした例を、今後ともたくさん例示し、訳者の工夫と文化の移植に注目する意義を感じました。

(3)日本の国文学界の『源氏物語』研究は微に入り細を穿っているが、学際的な研究は必ずしも発達しておらず、精神病理学的な方面からのアプローチにはいまだに見るべきものは多くない由である。(中略)ウェイリーは浮舟を「精神分裂症」と考えていたのかもしれない(第六分冊 The Brisge of Dreams 初版のイントロダクション、一八頁)。」(444頁)
 いわば、学際的な研究というものの必要性が強調されています。

(4)「いぬきは犬君(いぬき)とも書き、召使いの童女の名だが、ウェイリーは誤って男の子と取った。」(449頁)
 誤訳についての指摘はおおいのですが、それはウェイリーの評価に直結しないことは著者も何度も言うところです。ただし、この例はおもしろいので、ここに引いておきます。

(5)「日本文学を世界文学の中で鑑賞するためには、影響関係を探り出して比較するにせよ、無関係な二作品を比照するにせよ、適切な尺度の選び方が大事となるのではあるまいか。」(453頁)
 まさに、この「適切な尺度」なるものがなかなか見つからないのです。何かを固定しておかなければ、比較ができません。今後の検討課題です。

(6)「筆者が先に第三章で話題とした「小袿(こうちぎ)」を「スカーフ」に置き換えたような決定的に重大な問題点が吟味されていない。」(454頁)
 このことは、ぜひ本論で確認していただきたい、非常に興味深い話です。

(7)ウェイリーが用いた『源氏物語』について。
 「小西(甚一)は古田拡ほかの『源氏物語の英訳の研究』の誤った記述を踏まえてウェイリーは『湖月抄』本によっているなどと述べている。」(455頁)
 これについては、ウェイリー自身が翻訳初版の第二分冊の「翻訳底本についての註」で「博文館本を用いた」と書いていることから、本書の『源氏物語』の引用本文は、この博文館本(池邊義象校註、国文叢書本、1914年版)をあげています。

(8)正宗白鳥の「英訳を新たに日本文に翻訳したら、世界的名小説として、多くの読者を得るかもしれない」という推測に対して。
 「その日本文翻訳の出来映えがよければそうなるかもしれないが、英文直訳調の翻訳ならば結果は惨憺たるものになるだろう。」(455頁)
 平凡社から昨秋より『ウェイリー版 源氏物語 全4巻(平凡社ライブラリー) 』(佐復秀樹訳)が刊行されています。さて、この日本語への訳し戻しは、今後どのような評価を受けるのでしょうか。

(9)「谷崎訳や晶子新新訳がウェイリー英訳によって触発されたという可能性はないとはいわないが、河添(房江)のように断定するだけの根拠もない。」(456頁)
 これは、今のところは軸が揺れている段階です。しかし、おもしろいテーマではあります。

(10)「「葵」の巻の英訳は原文からの乖離がとくに著しい章だが、(中略)六条御息所の人格を英文でウェイリー流に造形してしまったのであろうか。」(456頁)
 平川氏らしい指摘です。

(11)「ウェイリーは富山房名著文庫、一九一四年刊の『源氏物語忍草』をたいへんよく使い込んでいる、と井原眞理子は報告しいてる。」(458頁)
 この井原氏の仕事は、今後とも注目されることでしょう。なお後出。

(12)「ウェイリーは一九三三年に出した最終の第六分冊 The Brisge of Dreams のイントロダクションの末尾(二四頁)で、第五分冊 The Lady of the Boat と第六分冊の英訳に関しては金子元臣に依拠した、と書いて、金子の本文校合だけでなく註釈も、仏教関係の言及を除いては、高く評価している。明治書院から出た三冊本の『定本源氏物語新解』をさすのであろう。」(459頁)
 この金子本をはじめとして、昭和10年前後は河内本という本文が注目されていた時代です。ウェイリーの英訳に、この河内本の本文による影響はないのでしょうか。英語力のある方は、ぜひこの問題にも注目していただきたいものです。

(13)「古文に対する自信のなさもあって日英対訳で『源氏物語』を読み出したような気もしいてる。」(462頁)
 本論でも、平川氏ご自身ことが語られています。

(14)「第二次大戦前には岡倉由三郎のような英語の大家でありながら、ナショナリズムのせいだろうか、ウェイリー訳源氏より末松訳源氏の方がいい、などと口走った日本人もいた。」(465頁)
 本論部分でも、末松謙澄にたいしては批判的な指摘がなされています。

(15)「宮本昭三郎『源氏物語に魅せられた男』(新潮選書、一九九三年)という伝がある。著者の宮本はロンドン大学東洋アフリカ学院に司書として長く勤めた。周辺部はよく調べてあるが、ウェイリーの作品内部に立ち入っていない点が物足りない。」(471頁)
 これは、立場の違いというものではないでしょうか。宮本氏は、人物に視点を当てての語り口でした。

(16)「ウェイリーは携帯用の大阪積善館の『源氏物語湖月抄』、一九一四年刊の有朋堂文庫本なども所持していた。与謝野晶子の一九一三年刊の『新訳源氏ものがたり』も持っていたが、これは抄訳だからこれをもとにウェイリーが英訳したという風評はもともと滑稽だある。『源氏物語』関係の書物は後年刊行された研究書を含めて三十一点が井原のリストに挙げられている。井原のウェイリー研究の公刊が待たれる。」(471頁)
 ウェイリーの生活実態が明らかになれば、その翻訳の背景や過程が少しずつ解明されてくることでしょう。この分野の研究は、今後ともますます目が離せない、という状況にあるようです。

 英訳源氏の研究において、あくまでもテキストに拘って検討していくという平川氏の姿勢は、本来あるべき手法だと思います。
 比較文学や比較文化は、えてして物差しが揺れて、恣意的な結論を導いたり、どちらでも言えるようなことになりかねないのです。その点では、本書は書かれた文をどう読むか、ということに徹しているので、その姿勢が明確です。

 ただし、私は論拠としてあげられた例が、はたして『源氏物語』の翻訳本文を論じるのに適切なものであったのか、ということと、それを裏切る例も多いのではないか、という危惧の念を抱きました。これは、私には英訳が読めないので、反論できないので引き下がらざるをえません。平川氏はシャープな視点で論破されているので、これはぜひとも今後の検討を待つしかないでしょう。

 いささか無責任な物言いとなりますが、若い人への期待ということに留めることにして、平川氏の業績を高く評価したいと思います。


2008年3月 2日 (日曜日)

源氏文論尚友(1)2008室伏「本文研究を再検討する意義」

 「読書尚友」ということばがあります。
 これは、書物を読むことによって古の賢人を友とする、という意味です。
 「尚友」の気持ちをもって、『源氏物語』の本文に関する研究成果をたどったいきたいと思います。
 これまでに私は、さまざまな研究論文を読み漁り、読み飛ばしてきました。
 これではもったいないとの気持ちから、何か形として残しておこうと思い立ち、このブログの1項目として「源氏文論尚友」を立てました。専門家に向けた研究論文が対象なので、一般的な内容ではありません。しかし、あくまでも私が読んだ痕跡を残すことも必要ではないかとの思いから、読後感などを思いつくままに記すものです。

 先日刊行したばかりの、私が編集者となっている本から始めるのが順当でしょう。
 その内容については、
http://blog.kansai.com/genjiito/191
を参照願います。

 いつも、さまざまな形で教えを受けている室伏信肋先生の巻頭論文、「本文研究を再検討する意義」(『講座 源氏物語研究 第七巻 源氏物語の本文』、おうふう、2008.2) からです。

 氏は、非常に禁欲的に『源氏物語』の本文と立ち向かわれます。
 それは、本論文末尾の次の言葉に集約されます。

源氏物語を正しく読む唯一の手段は、いま目の前にある一本、それのみである。しかも一本は無数にあるが、相互に比校して訂正すべきではなく解釈にすべてを注いで、伝本を伝えた古人の篤い心を理会してほしい。古典を読む道は、まずそこに始まる。(18頁)


 写本をあるがままに読んで解釈すべきで、新しい異本は決して作ってはいけない、という姿勢が鮮明に示されています。
 本論で例にあげられたのは、第5巻「若紫」における、「日もいと長きにつれづれなれば」と「人なくてつれづれなれば」です。教科書にもよく出てくる箇所なので、日本の高校で古典を教わった方は、ほとんどの方が見たことのある文であるはずです。しかし、学校で異文を教わることはありません。流布本の解釈で留まっているのです。これは、仕方のないこととはいえ、古典はことばが流動しているものだ、というおもしろさを、若い時に摘んでしまうことになっています。
 私は、かつて清水書院の教科書で『源氏物語』の教師用指導書を執筆したことがあります。その時には、異文の存在から古典のおもしろさを教えることを提唱しました。しかし、これは省みられることもなく、今も一つの流布本が全国の学校の教室で読まれています。残念です。

 さて、氏は、この「つれづれ」は「女性を求めて苛立つ光源氏の心理を見事に表現したすがた」だとされます。そして、次のように言われるのです。

「つれづれ」という古語に対する無理解が、本文校訂を誤らせる結果となったとすれば、本文研究の再検討は、諸本探求より以前に古語に対する十全な理会が前提であると思考されるのである。(12頁)


 これは、現在の流布本を読む時ばかりではなくて、異本や異文を読む上でも、大切な心構えであることを、改めて思い知らされることです。

読みやすく活字化されたテキストだけを見て論を立てる前に、せめて新大系本の「補訂の例と表の見方」を熟視してほしい。(14頁)


 これも、現在の『源氏物語』の研究において、手厳しい評言となっています。

 次の文章は、遅々として進まぬ私への批評であるとともに、少しは理解を示してくださったことばではないか、といい意味で捉えています。本書の編者への、ほんの少しばかりの労いの言葉だと、私は勝手に読んでいます。

 青表紙本(定家本)でもない、河内本でもない、それ以外の諸本を一括して呼称されるいわゆる別本も、近年の研究成果や新しい時代の要請によって、別本を底本とした画期的な集成が作成され、その第二次集成まで刊行中で、早くから別本に着目してその重要性を認識していた研究者にとっては、新時代の到来かと喜んだが、まだそのテキスト化は一部にとどまり、一般化するまでには到っていない。しかし、研究の新しい方向としては従来、諸本の中心的役割を担ってきた青表紙本が、本文の性格から、平安時代に伝来した別本の一つという、これまでとはまったく異なる本文の類別化が提唱され、それに賛同する研究者が、ことに本文研究を心がける人たちによって認識されるようになり、これに伴って、諸本を類同化せず、一本を見つめる傾向をたどり始めてきたことは、早くからその意見を推奨してきた筆者にとって、まことに喜ばしいことだと思っている。(16頁)


 このご意見を重く受け止め、現在作成を進めている陽明本・池田本・天理河内本の3本の校訂本文を、1日も早く先生にお目にかけたいと思っています。

 源氏物語は作者生前から、複数存在したという事実は、当時からこれを一元化する可能性が断たれていたことを示す。原形が単数でないところに、その原形を求めて文献を操作しても、その方法論は無効であることは、当時の本が、一本も残っていないという事実よりも重いといわなければならない。(17頁)


 これに対しては、何か私なりの意見が言えそうです。
 しかし、しばらくは反芻して考えたいと思っています。

 とにかく、氏の言葉は、一語一語が重くのしかかってくるものです。
 今一度、『源氏物語』の本文のありようを見つめ、新たな展望を求めて、資料の整理を進めていきたいと思います。

2008年2月29日 (金曜日)

『源氏物語の本文』が刊行される

 今週はじめに、『講座 源氏物語研究 第七巻 源氏物語の本文』(おうふう、2008.2)という本が刊行されました。
 私が編集した本なので、少し宣伝をさせていただきます。


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 これは、『源氏物語』の本文研究の現在を踏まえて、その問題点を10人で分担執筆したものを編集して出版したものです。

 中身がわかるように、目次をあげましょう。



監修のことば(伊井春樹)
本文研究を再検討する意義(室伏信肋)
表記からみた鎌倉期における本文の書承・流通(大内英範)
鎌倉時代の古註と本文−『紫明抄』引用本文を中心に−(田坂憲二)
古註釈書に引用された本文(松原志伸)
河円本の本文について−尾州家本の本文様態と「伝為家筆本」−(大内英範)
陽明文庫本源氏物語の待遇表現−別本とはどういう本文か−(中村一夫)
中世における源氏物語の本文−了俊筆伊予切「夕顔」巻の本文系統−(新美哲彦)
近世の源氏物語本文−古活字版源氏物語を中心に−(上野英子)
〈河内本群〉を指向した下田歌子の校訂本文―『源氏物語講義(桐壷)』の検討を通して−(伊藤鉄也)
転移する不審−本文研究における系統論の再検討−(中川照将)
本文関係論文一覧(大野祐子)
あとがき(伊藤鉄也)




 知人などで、『源氏物語』に興味を持っておられる方に、紹介してください。
 相当専門的な内容なので、そのつもりでお読みください。
 これが、現在の『源氏物語』の本文に関する研究の最先端です。

 予定よりも大分遅くの出版となりましたが、それだけに中身は新しい情報が満載です。特に「本文関係論文一覧」は、平成19年10月までのものを集成しています。どうぞ、ご活用ください。

 帯にあたる腰巻きには、次の文章を付けました。


停滞していた本文研究の再検討
〈いわゆる青表紙本〉は揺れているか
「本文関係論文一覧」を収載




 さらに宣伝の意味を込めて、「あとがき」を転載します。


 平成一九年七月より毎月一回、古代学協会がある京都文化博物館の一室で、『源氏物語 大島本』の詳細な調査研究を行なっている。六人が一日中、じっくりと大島本に向き合っている。藤本孝一先生のご理解とご協力のもとに実現したものである。
 先月(平成二〇年一月)、柏木巻の巻末部分に重要な痕跡を確認した。
 かねてより藤本先生は、柏木巻の巻末に削除痕があるという新事実と、そこには河内本の本文六八字分の文字が書かれていたのではないか、という推測を提示されていた(「大島本源氏物語の書誌的研究」、京都文化博物館紀要『朱雀 第四集』平成三年/『大島本 源氏物語 別巻』角川書店、平成九年)。削除の後に継がれた紙の境目、食い裂きといわれる部分に残る墨痕と朱句点から、本行に書かれていた本文が取り除かれたとされたのである。一般に手にしやすい『定家本源氏物語 冊子本の姿』(藤本孝一、至文堂、平成一七年)から、問題箇所についての見解を引こう。
 「この墨が本文の文字か墨汚れかは速断できないが、本文の可能性が大である。そうなると、切除された幅から推測して三行半の文字があった。すなわち、本文半葉一〇行、一行一七字前後で書写されている大島本には、約六〇字前後の文字があったことになる。」(五二頁)
 あくまでも慎重な問題提起であった。削除の時期は、「恐らく紙質からみて、江戸時代前期以降ではなかろうか。」とも言われた。これは、『源氏物語』の研究者にとっては衝撃的な報告であった。
 そして今、その削除された箇所の本行部分に、確かに本文があったことが、先月の双眼実体顕微鏡による精査によって確認できたのである。今は失われた本行に朱点が打たれていたことが、前丁に転写された朱の残存によってわかった。巻末本文の削除という推測は、さらに一歩進められることとなる。また、削除された箇所に残存する墨痕と朱点も、新たに見つかった。このことは、藤本先生をはじめとして、一緒に調査をしている、岡嶌偉久子氏・中村一夫氏・大内英範氏にも確認してもらった。これにより、現存大島本の柏木巻の巻末部には、最低でも二行以上の本文が続いていたことは確実である。そして、その分量からして、尾州家河内本などが伝える本文に類するものと見て間違いはないと思われる。
 これについての詳細な報告は機会を改めたい。今は新たな事実を、ここに報告するに留める。この事実を、我々はどう理解すべきかも、今後の問題である。
 『源氏物語』の本文について、近年は大島本をどう位置づけるべきかについて問題点が出され、さまざまな面から注目されるようになってきた。そして、ようやく議論が始まり出したところである。
 これまでの『源氏物語』の研究は、池田亀鑑氏の本文研究に大きく寄りかかっていた。基本的な文献と言うべき『源氏物語大成』(池田亀鑑編、中央公論社、昭和二八〜三一年)の底本となった大島本を信じて、それを中心とした本文が受容されて来た。しかし、池田氏が最善本とした大島本を筆頭とする〈いわゆる青表紙本〉なるものの理解が、阿部秋生氏の『源氏物語の本文』(岩波書店、昭和六一年)あたりから大きく揺れ出した。そして、その後の再検討により、様々な問題点が浮かび上がってきた。最近では、前述の藤本氏や、佐々木孝浩氏の「大島本源氏物語に関する書誌学的考察」(『斯道文庫論集 第四一輯』平成一九年)が、この問題に鋭い問題提起をしている。
 作品を読む土台である本文が問題とされ出した背景には、池田氏の本文研究とその結論を無批判に継承し、その検証を怠ってきたことがある。大島本の本文は徹底的に調査研究されては来なかった。もっとも、『源氏物語』は全五四巻、約九〇万字もの分量を持つ、世界に誇る長編物語である。そう易々と、そのテキストの整理に着手できるものではない。しかし、このような状況であるからこそ、『源氏物語』の諸伝本の本格的で徹底的な調査と研究は、今こそやらなければならないと言えよう。
 本巻編者の伊藤は、『源氏物語別本集成』(全一五巻、伊井春樹・伊藤鉄也・小林茂美編、おうふう、平成元〜一四年)と『源氏物語別本集成 続』(同、平成一七年より刊行中)を通して、物語本文の整理を行なって来た。『源氏物語別本集成』では一〇億字、『源氏物語別本集成 続』では三〇億字の翻字とその確認作業を進めている。『源氏物語』の足元を、文学のもっとも基本となる本文の問題に再検討を迫る意味でも、本文研究は『源氏物語』の地固めともいえる基盤研究をなすものである。
 なお、平成一九年度の科学研究費補助金・基盤研究(A)として、「源氏物語の研究支援体制の組織化と本文関係資料の再検討及び新提言のための共同研究」(國學院大學・豊島秀範
課題番号:19202009)がある。これは、河内本と呼ばれる一群の本文を中心とした、諸伝本相互の関係を研究し、新たな提言に結びつけようとするものである。本巻執筆者の中では、田坂憲二・中村一夫・大内英範・中川照将、そして伊藤が、研究分担者として参加している。情報交換を通して、研究者相互の連携をより一層深めていきたいものである。
 こうした潮流の中で、『源氏物語』の研究において今すぐに何かが変わる、ということはない。しかし、自分が読んでいる『源氏物語』の本文がどのような素性のものかということは、常に意識していたいものである。現代人のために校訂された本文を読みながら、それが平安時代に直結する本文として無批判に受容することは、厳に慎みたい。
 流布本としての本文が大島本に拠ったものだけであるという現在の状況に、改めて再検討を加える必要がある。〈いわゆる青表紙本〉が揺らぎ、〈河内本群〉や〈別本群〉(拙著『源氏物語本文の研究』おうふう、平成一四年)に少しでも視線が注がれる気配が感じられるようになったことは、これまで本文資料を整理してきた者としては、ようやくお役にたてる時期が到来した、という気持ちである。
 われわれは、大島本という唯一の基準本文を頼りに『源氏物語』を受容してきた。これからどこへ向かうのであろうか。大島本以外に、それに代わる新たな流布本はあるのか。私は次善の策として、天理大学付属図書館所蔵の池田本をも参看することを提案したい。これは、その一部が『源氏物語大成』の底本として採択されていたものである。そのためにも、池田本の校訂本文を提示する用意を進めている。
 これからの『源氏物語』の受容は、これまでの流布本と併存する形で池田本を、そして〈河内本群〉を代表するものとして天理大学付属図書館所蔵の河内本を、〈別本群〉を代表するものとして陽明文庫本を提供すべく、これも校訂本文の準備を進めている。陽明文庫本については、『源氏物語別本集成 続』に校訂本文を掲示している。本巻刊行時には、第二一巻の少女までが利用できるようになっている。
 そのような見通しのもとに、本巻で編まれた諸論稿を見ると、じつにさまざまな切り口から、『源氏物語』の本文に対するアプローチがなされている。そして、それぞれが刺激的である。
 『源氏物語』の本文については、今後はさらに多彩で大きな動きが予想される研究分野である。それだけ、研究が停滞していたということでもある。一人でも多くの方々の理解を得て、よりよい流布本のありようと姿を探し求め続けていきたいと思っている。それには、若い方々の参加が必要不可欠である。本文研究は、資料の整理に追われる時間が多く、なかなか成果が出ないと言われてきた。しかし、近年はさまざまな形で正確な本文が提供されている。本巻に収録した「本文関係論文一覧」も、大いに活用されたい。
 これまでの〈いわゆる青表紙本〉だけでは読み切れなかった『源氏物語』の世界を、異本をも含めて、新たな視点と感性で読み解いて行きたいものである。




 『源氏物語』の本文研究は、今後ともさらに進展すると思います。
 これからの若手の活躍を期待しています。




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2010年3月

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