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2017年3月 8日 (水)

京洛逍遥(385)紫式部と小野篁の墓所で見た蜜柑


当分は「鷺水より」をメインとし、このサイト「鷺水より」はサブとします。(2017年03月08日)

 
 

 昨日は、茶道資料館から歩いて堀川北大路まで行く途中で、久しぶりに紫式部と小野篁の墓所に足を留めました。島津製作所の隣です。この敷地は、いつも手入れが行き届いています。
 西向きの入口から、橙色の蜜柑らしい果物が樹上に見えました。柑橘系の果物としておきましょう。

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 お墓の手前のところで見上げると、立派な実をつけています。

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 紫式部のお墓の右隣に小野篁のお墓があります。共に、お墓というよりも墳墓という方がいいと思います。

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 小野篁と紫式部が並んでいるのは、学生時代に教わったことによると、小野氏の唱導文芸者集団と関係するからだそうです。その教えの影響からでしょうか、私は今でも、『源氏物語』の作者を紫式部という一人の女性に特定しません。紫式部が『源氏物語』と関わったことは『紫式部日記』からも確かなことです。しかし、それが今でいうところの物語の作者とは違うと思っています。
 紫式部は、『源氏物語』という一大長編物語を編集した人であって、『源氏物語』は紫式部という一個人によって書かれた物語ではない、と考えます。編集は監修としてもいいと思います。その意味からも、こうして紫式部のお墓に立ち寄るのは、あくまでも遺跡としての意味を大事に伝えていきたいからです。

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 ひっそりとした一角にあるので、見過ごす方が多いようです。堀川通を北上し、北大路通りの少し南に下った西側にあります。
 このブログで、これまでにこの紫式部の墓所をどのように紹介していたのかを調べたところ、詳しくは取り上げていないことがわかりました。
 よく通る道にあることもあり、意外といつでも記事にできると思っていたようです。というよりも、紫式部にあまり興味と関心が向いていないことの現れなのかもしれません。避けていたわけではないのです。こんなこともあるのです。紫式部と向き合わない自分を、一人でおもしろがっているところです。
 
 
 

2017年3月 5日 (日)

京洛逍遥(384)重要文化財「旧三井家下鴨別邸」でのお茶会

 何度も行こうとして果たせなかった、重要文化財に指定されている旧三井家下鴨別邸へ行きました。
 昨日と今日の2日間、京都伝統産業青年会の展覧会「伝青会」が、旧三井家下鴨別邸で開催されます。東京での仕事に一区切りをつけた後、大急ぎで帰洛して駆けつけました。お茶室に入ったのは、3時までのところを危うく1分前でした。キャリーバッグを引きずって走りました。


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 お茶室は、上の写真の右側です。

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 お茶室については、いただいた資料によると次のように書いてあります。このお茶室は、江戸時代のものだそうです。


茶室は,庭園に面して3畳次の間が付いた4畳半の開放的な広間を配置します。裏側には茶室として極小空間である1畳台目の小間を置き、煎茶と茶の湯(抹茶)のいずれにも対応できたと考えられます。
※非公開

 お茶室の南側の瓢箪型の池には、泉川から水を取り入れた滝流れを見ることができます。


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 私が入ったお茶席では、陶芸家で伝統工芸士の伊藤南山氏と同席でした。世界的に活躍されている方で、今回新たに京都伝統産業青年会の会長になられるそうです。
 ご自分の作品である茶碗・建水・香合・茶杓が、私の目の前で実際に使われています。なかなか緊張する空間に身を置くこととなりました。ただし、私は両足共に調子が良くないので、失礼ながら胡坐をかかせていただきました。

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 先月から、引っ越しのドタバタ騒ぎの中にいました。昨日までとは打って変わって、まったく異質な時間の中にいることを肌身に感じ、不思議な気持ちになりました。

 お菓子は、西陣にある和菓子屋聚洸の「なたね」でした。予約をしても、なかなか手に入らないお菓子だそうです。


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 その後、銀行・生命保険会社・女子大学を日本で初めて作った女性起業家広岡浅子の手紙(複製)を見たり、庭を散策しました。

 「忙中自ずから閑あり」とは、まさにこの今の自分のことを言うのでしょう。
 
 
 

2017年1月 3日 (火)

京洛逍遥(383)あらためて下鴨神社へ初詣

 恒例となった、新年2日と3日の箱根駅伝を見ました。母校が、来年度のシード権を得る10位以内に入るのはむづかしいにしても、残り10校の内でも上位に入ってほしいと思いながらのテレビ観戦です。

 結果は、健闘の末の16位なので、今秋立川で開催される予選会での奮闘を期待しましょう。もっとも、「立川駅構内に並ぶ各大学の旗」を私が見る機会は、東京を離れるとおそらくもうないと思われますが……

 元日の初詣に行った下鴨神社が、ものすごい人出だったので、その時は本殿にお参りできませんでした。今日ならば、ということで出かけました。

 今年の舞殿の前の大絵馬は、若冲を意識したかと思われるみごとな酉の絵でした。


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 御手洗川の光琳の梅は、まだ蕾です。
 ピンボケですみません。


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 本殿前の干支の社で、何げなくお参りしていた卯年の社が、今年の干支の酉と一緒になっていたことに、今日初めて気付きました。


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 今年の縁起物はこんな3点となりました。


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 また、今年は我が家にとって新しい旅立ちの年となることもあり、「世界遺産賀茂御祖神社境内糺の森保存会」(略称:糺の森財団)に、妻と共に会員となりました。少しは地元のお役にたてば、との思いからです。下鴨神社に町内会で崇敬参加していることとは別に、個人的なものです。糺の森を散策することが多いので、これからは我が森と思いながら歩くことにします。

 糺ノ森から四条に出て、年末に行った染殿院の四条通り側の林万昌堂に寄りました。
 お正月らしく、華やかな人が出入りしておられました。


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 すぐそばの「田古”と」で食事をして、人混みを掻き分けながら四条河原町のバス停から帰路につきました。
 
 
 

2017年1月 1日 (日)

京洛逍遥(382)下鴨神社と河合神社に初詣

 新しい年をいつものように迎えました。
 紅梅と白梅も元旦に間に合い、気持ちのいいスタートです。


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 おせち料理は妻と息子の合作です。


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 氏神様である下鴨神社まで歩いて初詣に出かけました。
 境内に入ると、いつもと違う表示に戸惑いました。西の鳥居から入れないのです。これは初めてのことです。


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 正面の楼門に出ると、参拝者の長蛇の列に驚きました。南の鳥居前の、焚き火の所まで並んでおられるのです。これでは、本殿まで1時間以上かかります。


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 そこでお参りは明日以降にし、今年の元旦の初詣は、境内南端にある河合神社にしました。
 修復も終わり、気持ちのいい場所となっています。由緒書には「すべての女性が一層美しくなりたいという願望と安産・育児・縁むすびなどをかなえてくださる神さま」だとあります。


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 出町柳に出る途中、参道でこれまで気付かなかった「鴨社資料館 秀穂舎」を見かけました。昨秋、10月1日に開館したとのことです。後日来ることにします。


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 この「秀穂舎」から下鴨神社の糺ノ森を見やると、物議をかもしたマンションの工事がフェンスに囲われた中で進んでいることがわかります。


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 マスコミなどが、世界遺産の糺ノ森を冒瀆するものだと、有識者を煽っていました。また、それに乗せられて反対を表明する方がたくさんいらっしゃいました。
 しかし、私は神事や行事を行なう寄付金が集まらなかったのですから、これも一つの解決策だと思っています。我が家は、町内会を通して些少ながらも寄付をしました。しかし、一銭も神社に寄付や寄進をしないで、自然破壊だと奇麗事だけを口と文字で並べたて、訳知り顔に騒ぎ立てるのには疑問を持っています。浄財が集まれば、このようなマンションを建てる必要はなかったのですから。

 京都は、とにかく大胆なことをします。日々、街中が変化しています。古くて新しい街が人々を惹き付けながら発展しているのは、新しもの好きの伝統が息づいているからだと思われます。伝統と文化を次世代に引き継ぐ術を心得ている街です。

 出町柳の手前の河合橋から、高野川の上流を望みました。
 京都五山の送り火の一つである「妙法」の「法」の字が見えます。


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 穏やかな一年の始まりを実感しました。
 
 
 

2016年12月31日 (土)

京洛逍遥(381)大晦日の染殿院と錦天満宮と錦市場

 穏やかな大晦日。年の瀬の慣わしとなった、錦市場への買い出しに出かけました。
 今年も、料理人の感覚を頼りに、息子と一緒です。食材選びは直感が決め手です。

 四条通りの歩道が広くなったので、ゆったりと歩けます。これは英断でした。


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 新京極通りは、いつもより人が少ないようです。
 四条通から入ってすぐ左に、赤丸で示したように「安産祈願 そめどの地蔵」という表示板が目に留まりました。


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 いつも新京極は、修学旅行生や海外からの旅行者がお土産物を探す場所となっています。あまりの人出の多さに通り過ぎていたので、これもご縁と思い初めてお参りしました。狭い路地の奥に本堂がありました。


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 ここは、平安時代からの安産守護として知られた染殿地蔵院でした。地元では「そめどのさん」として親しまれているお地蔵さんだそうです。国宝「一遍聖絵」第7巻にある四条京極の釈迦堂とはここだとも言います。弘法大師が造られた本尊の地蔵菩薩は、2メートもの裸形立像。ただし秘仏のため、ご開帳は50年に1度となっています。次はいつなのか、聞き忘れました。

 本尊を「染殿地蔵尊」と呼ぶのは、文徳天皇の皇后であった藤原明子(染殿皇后、829-900)がこの地蔵尊に祈願したことにより、皇子である惟仁親王(第56代・清和天皇)が生まれたことに因むそうです。明子は父親の良房(人臣最初の摂政)の邸宅「染殿」に住んでいたのです。

 本堂から四条通りを見ると、創業明治7年の甘栗和菓子の老舗である林万昌堂四条本店でした。店の中を抜けても、この染殿地蔵院にお参りできます。

 新京極商店街を北に歩いて、錦天満宮へお参りしました。
 ここも、思いのほか参拝客は少なめでした。


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 境内の白梅も、まだ蕾が固いようです。


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 この天満宮から西に向かって、錦小路通りが走っています。
 年末は人でごった返しすることで知られています。しかし、ここも今年は思いのほか空いていました。海外からの方ばかりのようなので、地元の方々は時間をずらして歳末のお買い物をなさった後なのでしょう。


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 錦市場では、いつも買うおせち飾りの「開花宣言」や「扇昆布」と生麩等をいただきました。


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 木屋町と先斗町をブラブラして帰りました。ここも、見かけるのは海外の方々です。
 日本の旅行客のみなさんは、混雑を避ける術を身につけられたようです。

 我が家もお正月を迎える準備ができました。
 あと数時間で平成29年、2017年です。
 どのような年になるのか今から楽しみです。

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2016年12月25日 (日)

京洛逍遥(380)高校駅伝と猿回しと終い天神と-2016

 今日は、京洛で全国高校駅伝大会がありました。
 1950年に男子の大会が開催され、女子の大会は1989年からだそうです。今年は、男子第67回、女子第28回となります。
 大阪と奈良で大会があった後、1966年から京都の都大路を走っているのです。

 今年の男子は倉敷(岡山)が、女子は大阪薫英女学院が優勝しました。
 午前中の女子の部は所用があり見られませんでした。しかし、男子の帰路は、通りかかった金閣寺の南にある平野神社の前で見ました。

 選手たちの通過を神社の境内で待ちました。ちょうど、岩手県奥州市の物産展をしていました。


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 そこに、地酒の「阿弖流為」がありました。
 ただし、その手書きの名札には「阿弓流為」と書かれていました。「弖」が「弓」になっていて正しく書けていません。
 変体仮名がすでに書けなくなっていることがわかります。


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 しばらくすると、トップグループがやってきました。
 ここでの順位が、ゴールでも変わりませんでした。
 
 1位 倉敷・岡山

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 2位 佐久長聖・長野

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 3位 九州学院・熊本

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 目の前を通過する選手たちの早いこと。ここまでは、相当間が開いていました。
 しばらくすると、馴染みの学校が続々と続きます。
 左端に停まっているバスは、この走者たちが全員走り去るまで、バス停に釘付けです。


 18位 国学院久我山・東京

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 平野神社の境内を東に突っ切ると、すぐに北野天満宮があります。天満宮では、すでにお参りの人でごったがえしていました。


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 神楽の打ち合わせをしておられるところを見かけました。年末年始の練習なのでしょうか。


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 境内にある梅林の近くでは、猿まわしの興行をしていました。
 神戸から来た方です。
 猿使いの女性が軽快にしゃべっておられるのが聞き物です。猿の芸よりも、このしゃぺくりが大切な芸だと思いました。


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 猿の「キング」君は、宙返りが得意のようです。


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 菅原道真公の誕生日は6月25日、亡くなったのが2月25日ということで、25日は「天神市」の日です。今日はちょうど、天神さまの御縁日であり、しかも師走なので「終い天神」でした。

 京都では、毎月21日の東寺の「弘法市」があり、これも師走は「終い弘法」と呼んでいます。
 「弘法市」は、骨董品や植木などで賑わいます。
 ここ「終い天神」では、骨董よりも古着や端切れのお店が目立ちます。
 実際に品物を手にして買って行かれるのは、外国の方が多いようです。
 日本人は、ほとんどの方が昔の生活に思いを廻らし、物珍しそうに見るだけです。


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 これから慌ただしい年末となります。
 今年も、こうしてどうにか歳を越せます。
 本当にありがたいことです。
 
 
 

2016年12月13日 (火)

京洛逍遥(379)フォーラム2日目は『洛中洛外図屏風』を歩く

 総研大文化フォーラム2日目(11日)の午前中は、国際日本文化研究センターで異分野、他分野の方々の発表を聞きました。
 知らないことばかりで、刺激的な時間の共有は気分転換にもなります。特に、「宇宙人存在問題」と題する国立天文台の福島登志夫先生(物理科学研究科天文科学専攻)の話は、「宇宙人はどこにいるのか、なぜ来ないのか」というテーマでした。考えても見なかったことなので、非常に興味深いものでした。

 午後は、日文研から貸切バスで京都市内に入りました。
 私は、国立歴史民俗博物館の小島道裕先生が案内してくださる、C コース「洛中洛外図屏風「歴博甲本」左隻の世界を訪ねる」(上京) に参加しました。

 荒木浩先生がご担当の、宇治源氏物語コースに行きたかったのですが、小島先生のコースが私の行動範囲内だったので、さらに深く知ろうと思いこちらにしました。荒木先生、すみません。

 まずは、歴博本「洛中洛外図屏風」の左隻左上に少し見えている桂川です。ただし、車窓からの写真です。


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 散策のスタートは、相国寺の向かいにある「花の御所」(同志社大学・寒梅館)からでした。


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 小島先生の楽しい説明を伺いながら、「洛中洛外図屏風」に描かれた室町時代の京洛を経巡りました。
 道々語られた、床屋さんの位置に気をつけろ、という視点は、確かに区画の角にあったのでおもしろいと思いました。

 狩野元信邸址は、「洛中洛外図屏風」の製作者を考える上で、描かれた絵とともに重要な地点のようです。


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 途中で、探し求めていた変体仮名の看板を見かけました。
 「う登ん」「楚者」「多古辨」は収穫です。

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 一条通りまで下り、引き返して小川(こかわ)通りを北上します。

 茶道の不審菴と今日庵への入口では、無電柱化の工事が進んでいました。ここは百々橋跡の地で、応仁乱の激戦の地です。


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 このすぐそばの茶道資料館で、お抹茶を一服いただきました。
 開催中の特別展は「私の一碗」で、この日が最終日。65碗が展示されていました。
 逸翁美術館からは「五彩蓮華文呼継茶碗 銘家光公」(磁州窯系、元時代、13世紀)が出品されており、筒井紘一先生は「絵唐津茶碗」(桃山時代)を出品しておられました。
 私には、まだ茶碗の良さはわかりません。しかし、選りすぐりの逸品でしょうから、じっくりと拝見しました。

 茶道資料館からさらに東に向かって上御霊神社まで、希望者10人ほどで歩きます。
 今日は、日文研の稲賀繁美先生とお話をしながらの散策でした。お父さんが稲賀敬二先生です。繁美先生の幅広い問題意識とユニークな視点は、ご一緒しながらたっぷりとうかがうことができました。親子2代にわたってご教示をいただけるとは、ありがたいことです。

 終着地点は上御霊神社です。


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 ここから我が家はすぐ近くです。しかし、荷物を宿泊したホテルに置いてきたので、それを取りに京都駅まで戻りました。

 今日1日の歩数は、14,668歩でした。『洛中洛外図屏風』の左隻をほとんど歩き回ったにしては、意外と狭い範囲であることを身体で実感しました。
 右隻の東側は、そうはいかないようです。

 歩くと、ものを見たり知ったり考えるときの、基本となる情報が得られます。いい機会をいただきました。小島先生ありがとうございました。小島先生のご著書を、今回伺った話を思い出しながら、あらためて再読したいと思います。

 小島道裕 2016『洛中洛外図屏風―つくられた<京都>を読み解く―』 (歴史文化ライブラリー)吉川弘文館

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2016年11月28日 (月)

京洛逍遥(378)京大病院で検査と診察

 朝10時から、京大病院で糖尿病内分泌栄養内科の診察がありました。
 その前に、血液と尿の検査をします。
 血糖値などの検査結果を基にした診察なので、血液検査の結果が出ていないと、先生は診断も指導もできないのです。

 血液検査の結果が出るまでに、約1時間はかかります。
 そのため、9時には採血を終えておく必要があります。

 ただし、名だたる京大病院なので、受診者が多くて順番を待ちます。
 最初の関門は、予約者であってもしなければならない受付です。
 これをしないと、午後遅くまでかかります。
 そのために、長年の経験から、私は効率のよいタイムスケジュールを立てています。

 まず、必ず予約をしておくことです。これは、毎回の診察の時に先生がしてくださいます。
 予約なしで行った日には、お尻が硬直するほどに待たされます。

 私の主治医の先生は、外来の診察は原則として月曜日か金曜日に受けておられるので、週末は京都にいる私には好都合です。

 朝7時10分に自宅を出て、府立大学前のバス停から百万遍経由の京都駅行きバスに乗ります。高野川を渡り、バス停の近衛通りで降りて、目の前の病院に入ります。
 だいたい、7時45分頃になります。

 自動受付機は、8時15分から動きます。その順番待ちのために、あらかじめ来た順に整理番号を取ります。
 7台ある自動受付機の前のカードケースに、素早く目を走らせます。そして、もっとも番号の小さなカードの受付機の前の番号カードを取るのです。
 今日は、7号機の11番目でした。私のタイムスケジュールで病院に来ると、だいたい10番台前半のカードを手にできます。

 ロビーに設置されている大画面のテレビは、NHKの朝の連続ドラマ(小説?)を映し出しています。それが終わるとちょうど8時15分。自動受付機が動き出します。

 待合スペースで眠たそうにテレビを見ていた人は、一斉に立ち上がって自動受付機を目指して並びます。

 あっという間に、7列がみごとにできあがります。そして、みんなが手にした札を見せ合いながら、これまた瞬時にカード番号通りに整列するのです。
 日本人が得意な、両手を差し出して「まえになれー」まではしません。それでも、前から十数人は等間隔に並びます。ここで「まわれーみぎー」と言おうものなら、一歩足を引いてクルリと回りかねません。

 ここでみんなは、自然と手に持っているカードを周りの人に見えるように、数字をちらつかせるようにしています。一々「何番ですか?」と聞かれるのが煩わしいからです。この心理と動作には、微妙な気持ちが入り交じっています。

 ここで受付を済ませると、小さなリモコンが出てきます。その液晶画面に表示される案内が、今日一日の病院内での道案内と呼び出しサインとなります。

 早速、採血のために2階に移動しました。
 ところが、今日はここの自動受付機が故障とのことで、5人ほどの看護士さんたちが数字を印字した整理券を走り回りながら配っておられました。
 いつもはスムーズに進む手続きが、なんと大混乱です。窓口の方3人が、手作業でてんてこ舞いでした。器械は突然壊れるものです。機械に頼る日々となり、もう忘れかけていた仕事をこなすのに、お3方は大変そうでした。

 上京の新幹線で眠気覚まし代わりに書いていたら、つい余計なことを綴っていました。

 肝心の診察の結果を記しておきます。

 今日のヘモグロビン A1cの数値は「7.2」でした。先月は「6.9」だったので、大幅にアップです。ただし、致命的なものではありません。

 先生からは、夜には血糖値が下がらないので、食事を早めにすることと、お酒は糖質のないもので割るように、というアドバイスをいただきました。
 懸案の鉄分不足は、もう完全に解消となりました。貧血状態もまったく気にすることはありません。

 とにかく、もろもろがおおむね良好です。さらに血糖値の上昇に気をつけながら、マイペースで食生活を続けることにします。というよりも、朝晩の食事とお弁当で苦労をかけている妻の負担を軽くするように、もっと自分の意識を高めたいと思っています。

 帰りは、荒神橋のそばの亀の飛び石伝いに賀茂川を渡りました。


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 河原では、丸まると太った鴨が食事中です。


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 鷺と鴨が仲良く遊んでいます。


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 京都地方法務局と京都市役所で用事を済ませ、烏丸御池の歯医者まで歩いて散策しました。

 在原業平邸址の横の自動販売機の業平歌は、秋のままでした。


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 角の町家のレンタルスペースでは、シャネルが若い女性を大勢集めていました。


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 夕方の京都駅前では、好評の水芸と京都タワーのシルエットと電飾が一緒に見られました。


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 私が見つけた、人を掻き分けずに新幹線に行ける通路は、今日もゆったりと行けました。その通路から、JRの改札口と電飾のバス停付近を撮ってみました。


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 今日、スバコで買ったお弁当は非常にヘルシーなものでした。
 こうした京都ならではのお弁当は、改札を入る前に買うといいのです。


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 毎回、このスバコで買うお弁当が、上京の折の楽しみです。
 
 
 

2016年10月24日 (月)

京洛逍遥(377)スバコのお弁当と源氏絵のお茶

 慌ただしくUターンして上京です。
 JR京都駅の西改札口前に、「スバコ・ジェイアール京都伊勢丹」があります。ここのフードコーナーには、京都で行ってみたいお店が作る、工夫を凝らしたお弁当が並んでいます。しかも、私が選ぶ基準である、少量で安くて上品という、ありがたいお弁当も並んでいるのです。京都駅の中のコンコースにあるお弁当コーナーよりも、スバコにあるお弁当たちの方をお薦めします。
 新幹線に乗る前に、ぜひここのお弁当を手にして、さらにもう一つの京の味わいを楽しんでください。

 今日は、「季節限定 35品目 秋のごほうびロール弁当」(KAWAKATSU(CAMER))をいただきました。茶そばの巻き寿司が気に入っています。


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 手前のお茶は、京都府茶共同組合のペットボトルです。2008年の源氏千年紀から、今も人気のお茶です。この源氏絵に惹かれて、海外の方も手が伸びるようです。

 ペットボトルの胴回りに配されているのは、宇治市源氏物語ミュージアム所蔵の『源氏絵鑑帖』から第45巻「橋姫」の一場面です。国宝の源氏絵にも、この場面が描かれています。

 右側の、撥で月を招いているのは、大君でしょうか。それとも、中君なのでしょうか。
 左側には、琴を弾く女性がいます。どちらが誰なのかは、決めがたいものであることでよく知られている図様です。
 この場面は、源氏物語ミュージアムの展示室でも、人形を使って再現されています。

 源氏絵を掌に包んで転がしながら、お茶とお弁当をいただけるのです。なんとも贅沢なことです。

 後ろの席で、子供が騒ぎ出しました。
 これから私の読書タイムなので、隣りの車輌に移動します。
 いつも新幹線は、自由席で行き来しています。指定席は当たり外れがあるので、道中なにもできないことがあります。指定席も自由席も、料金は同じです。しかし、自由席には、一緒にいたくない方がいらっしゃった時には、別の場所に自由に移動できるという、ありがたい権利が与えられています。

 もうすぐ名古屋。ここで降りるふりをして、周りの喧騒から逃げ出すことにします。
 
 
 

2016年10月 4日 (火)

京洛逍遥(376)京都府立盲学校で木刻文字の調査

 京都府立盲学校の入り口には、「日本最初盲唖院」と刻まれた石碑と古河先生の胸像が建っています。


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 学校の中にある資料室は、盲史研究の宝庫です。
 その貴重な品々の保存と管理、そして研究をなさっている岸博実先生の説明を伺いながら、楽しく有意義な調査をすることができました。

 岸先生とお話をしていると、次から次へと疑問が生まれます。その理由と解決策を考えている内に、自分の中に新たな課題がどんどんふくらむのです。整理しきなれない程の課題を抱えて、帰りの道々、先生のおっしゃったことを思い返します。すると、消えては生まれ、生まれた疑問が課題と結びついたり離れたりします。頭の中は大忙しです。

 今日も、そんな楽しい時間を、先生からいただきました。
 資料の整理でお忙しい中を、時間を割いていただきました。ありがたいことです。

 今回じっくりと見せていただいたのは、仮名文字を木片に刻んだもので学習するための、触読用の教材です。私は、盲教育史はわからないことだらけなので、岸先生に対して質問攻めの状態となるなど、中身の濃い時間を共有させていただきました。

 この日のテーマは、木刻凸字が作られた明治という時代と、その凸字の実態の解明です。それを、岸先生にストレートにぶつけることとなりました。
 いつも慎重にことばを選びながら、わかりやすく話してくださいます。わからないことは、そのままわからない、とおっしゃいます。それだけに、わかることとわからないことの間が見えてくると、その先が課題として投げかけられます。
 禅問答のようなやりとりもありました。それが、次のステップへのヒントとなります。

 以下、私が抱いた疑問と課題を整理しておきます。

 今回拝見した木刻凸字の平仮名群は、明治12年に京都盲唖院が発注したものでした。
 いろいろに分類されて、紙に包まれた状態で出てきました。この夏に整理されたものです。
 先生が探し出して見せてくださった明治12年の記録文書綴りの中に、「盲人教授用品」という項目があり、そこには「指頭触感木刻」という文字が記されていました。

 明治13年の『著書草稿 盲唖院』には、「盲生」という節に「捫字感覚」という項目があり、詳細な説明もありました。
 また別の綴りの「京都府盲唖院(学業)器械一覧表」の中に、「凸字木刻」と「七十二例法木刻」という文字が、「器械名」の段にありました。これらは、明治11年から14年までは所有され使用されていたことがわかります。

 さらに、「蝋盤」も文字を学ぶ時に使用されたことがわかります。これについては、機会をあらためて考えます。

 現在、『変体仮名触読字典』の編集を進めています。
 現在試作してもらっている最新版の版下を、木刻凸字の5cm タイプと比較してみしょう。


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 立体コピー版と較べてみても、文字の大きさも、浮き上がり具合も、明治12年の木製と遜色のないものになっていると思います。

 また、持参した立体文字も並べてみました。


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 下段の文字は、紙製で筆順がわかるようになっているものです。

 いろいろと試行錯誤をする中で、明治初期の平仮名に関する触読用の教材を実際に拝見し、また新たな閃きと課題解決のための手掛かりをいただきました。

 現代の視覚障害者が平仮名を触読によって自由に読み、そしてさらには書けるような学習システムを構築したいと考えています。

 前が見えない道を、手探り状態で進んでいるところです。
 さまざまな立場の方からの、この取り組みへのご教示をいただけると幸いです。

 明日から関西には、台風18号の影響が出るようです。
 交通網が混乱しない内にと、急いで新幹線で上京することにしました。
 自転車で京都府立盲学校へ行ったので、帰りには賀茂川を少しサイクリングしました。
 北大路橋の下で休む鴨や鷺は、いつものように少し暑い秋を楽しんでいます。


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 その4時間後。
 夜の東京は、京都よりも涼しい風を感じました。
 宿舎の前の清澄通りから月島方面のマンション群を望みました。


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 この左側の豊洲の市場一帯は、これからさらに揉め事が報じられることでしょう。
 東西の違いを、こうして肌身に感じる日々の中にいます。
 
 
 

2016年9月23日 (金)

京洛逍遥(375)京の居酒屋のお弁当

 慌ただしく上京です。
 京都で人気の居酒屋「まんざら亭」(烏丸佛光寺製)のおばんざいを盛った「京華弁当」を、新幹線の中でいただきました。


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 見た目は地味です。しかし、さっぱりとした、上品な味付けのおばんざいを満喫できました。

 若い方なら、あまりにも華やぎに欠けるので、蓋を開けたとたんに、がっかりかもしれません。
 季節感もいまいちです。しかし、一口入れると納得です。

 出汁の利いた、いい味がでています。
 ご飯に散らした白いちりめんじゃこが、しっかりと自己主張しています。
 淡白な出汁巻き、酢味噌をまとった麩、香り立つ肉じゃがが楽しめました。

 贅沢な家庭料理が、東海道を移動するだけの何げない一時を、豊かにしてくれました。
 
 
 

2016年8月27日 (土)

京洛逍遥(374)秋の気配の賀茂川散策と「Heian GO Genji」私案

 ギプスでぎこちなくしか歩けない足を庇いながら、夕方の賀茂川を散策しました。
 南を望むと、出雲路橋の向こうに京都大学あたりが見えます。
 堆積した土と草が中洲となり、川幅を狭めています。


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 鷺たちも夏の終わりを感じているのでしょうか。
 思い思いに夕食を探しています。


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 夕風に吹かれながら、気持ちよさそうな鷺と鴨がいます。


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 トントンと呼んでいる飛び石があるところから北を見やると、北山大橋から北山あたりが靄っています。


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 「ポケモンGo」で遊んでいた子どもが、賀茂川右岸の賀茂街道へとトントンを渡っています。鷺が「またおいで」と言って見送ってるところです。


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 川風がもう秋かと思われるほどに、涼しく感じられます。
 気温は26度です。
 今年は、早々とトンボが飛び交っています。

 河原では「ポケモンGo」をする人がたくさんいます。
 この「ポケモンGo」の影響か、賀茂川も少し雰囲気が違うようになってきました。ウォーキングやジョギングではなくて、半木の道や散策路に佇んでスマートフォンを操作する人がいたるところで見受けられるのです。

 私は「ポケモンGo」を、まだ京都では使っていません。何となく違和感があり、自分が「ポケモン」を探しているところを人に見られたくない、という心理が働いているのです。東京のような都会ならともかく、自然の中では無粋だと思っているからでしょうか。

 誰か、京都限定の「Heian GO Genji」を作ってくださいませんか。
 洛中洛外で、光源氏たちから和歌を書いた文や懐紙をもらい歩くのです。上級者になると、和歌懐紙を集めるだけでなく、相手と和歌をやりとりしてもいいですね。巧い下手は関係なく、それらしい単語をちりばめるのです。歴史地理と文学体験が、洛中散策と共に楽しめます。

 実在の人物よりも、物語に登場する人物がいいのです。そして、和歌の意味がわかったらポイントが上がります。唱和を楽しむ方も出てきてもいいでしょう。
 あまり古文の受験勉強にならないようにして、平安のトリビアをふんだんに盛り込むのです。

 さしあたっては、この記事の末尾にあげた「源氏のゆかり一覧」(45ヶ所)を歩くアプリはどうでしょうか。
 また、昨年NPO法人〈源氏物語電子資料館〉で実施した文学散歩も、大いに参考になることでしょう。

「京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)」(2015年10月10日)

 この「Heian GO Genji」が実現したら、京洛がさらにおもしろい仮想空間になるはずです。観光客のために、スペイン語や英語のバージョンも必要です。
 まさに、物語を持ち歩いて京洛逍遥ができるのです。京都は行くところには事欠かないのですから。平安編ができたら、中世編、幕末編とシリーズ化できます。

 2020年の東京オリンピックの折には、海外から来たお客さんを京洛に引き寄せられます。文化庁も京都に来るので、これはおもしろい文化観光のアイテムにもなります。
 どなたか、このアイデアを形にしてくださいませんか。
 
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参考情報:ブログ「鷺水亭より」で公開した「説明版」のリスト
 
「源氏のゆかり(45)説明板40-大原野神社」(2010/5/8)

「源氏のゆかり(44)五条の夕顔町」(2009/8/25)

「源氏のゆかり(43)河原院跡」(2009/8/16)

「源氏のゆかり(42)説明板39-鳥辺野」(2009/8/13)

「源氏のゆかり(41)比叡山へのハイキング」(2009/5/10)

「源氏のゆかり(40)説明板35-大堰の邸候補地」(2009/4/25)

「源氏のゆかり(39)説明板34-野宮神社」(2009/4/23)

「源氏のゆかり(38)説明板33-棲霞観跡」(2009/4/19)

「源氏のゆかり(37)説明板 32-遍照寺境内」(2009/4/18)

「源氏のゆかり(36)説明板29-大雲寺旧境内」(2009/4/12)

「源氏のゆかり(35)説明板25-朱雀院」(2009/2/22)

「源氏のゆかり(34)説明板30-雲母坂」(2009/1/11)

「源氏のゆかり(33)説明板27-羅城門跡」(2008/12/23)

「源氏のゆかり(32)説明板26-西鴻臚館跡」(2008/12/22)

「源氏のゆかり(31)説明板24-斎宮邸跡」(2008/12/18)

「源氏のゆかり(30)説明板23-大学寮跡」(2008/12/17)

「源氏のゆかり(29)説明板22-二条院候補地」(2008/12/16)

「源氏のゆかり(28)説明板36-法成寺跡」(2008/10/7)

「源氏のゆかり(28)説明板38-梨木神社」(2008/8/23)

「源氏のゆかり(27)説明板37-廬山寺」(2008/8/22)

「源氏のゆかり(26)説明板21-一条院跡」(2008/8/15)

「源氏のゆかり(25)説明板20-平安京一条大路跡」(2008/8/14)

「源氏のゆかり(24)説明板15-平安宮大蔵省跡・大宿直跡」(2008/7/28)

「源氏のゆかり(23)説明板19-朝堂院昌福堂跡」(2008/7/27)

「源氏のゆかり(22)説明板18-豊楽殿跡」(2008/7/23)

「源氏のゆかり(21)説明板17-藻壁門跡左馬寮跡」(2008/7/22)

「源氏のゆかり(20)説明板1-平安宮内裏跡」(2008/7/11)

「源氏のゆかり(19)説明板13-建礼門跡」(2008/6/14)

「源氏のゆかり(18)説明板14-宜陽殿跡」(2008/6/10)

「源氏のゆかり(17)説明板8-紫宸殿跡」(2008/6/9)

「源氏のゆかり(16)説明板 6-蔵人町屋跡」(2008/6/5)

「源氏のゆかり(15)説明板 7-内裏内郭回廊跡」(2008/5/31)

「源氏のゆかり(14)説明板2-凝華・飛香舎跡」(2008/5/30)

「源氏のゆかり(13)説明板3-弘徽殿跡」(2008/5/30)

「源氏のゆかり(12)説明板4-清涼殿跡」(2008/5/25)

「源氏のゆかり(11)説明板5-承香殿跡」(2008/5/24)

「源氏のゆかり(10)説明板10-昭陽舎跡」(2008/5/20)

「源氏のゆかり(9)説明板11-温明殿跡」(2008/5/19)

「源氏のゆかり(8)説明板12-建春門跡」(2008/5/15)

「源氏のゆかり(7)説明板9-淑景舎(桐壺)跡」(2008/5/10)

「源氏のゆかり(6)説明板31-雲林院」(2008/5/6)

「源氏のゆかり(5)説明板28-鞍馬寺(2011/04/03補訂)」(2008/5/3)

「源氏のゆかり(4)説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)

「源氏のゆかり(3)浮舟の石碑」(2008/1/26)

「源氏のゆかり(2)若紫がいた北山」(2008/1/5)

「源氏のゆかり(1)上賀茂神社の片岡社」(2008/1/1)
 
 
 

2016年8月16日 (火)

京洛逍遥(420)大雨洪水警報の中での送り火 -2016-

 昨年の大文字は、ちょうど雨が止んだ8時からの点灯でした。

「京洛逍遥(373)雨間に6万人が見上げた大文字 -2015-」(2015年08月16日)

 一昨年は大雨の中での送り火でした。

「京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字」(2014年08月16日)

 今年は、京都市周辺に大雨洪水警報から出る中、午後8時点火の30分前に突然窓を叩く大粒の雨が襲来しました。
 昨日の夕刻にも大雨が降り、すぐに上がったことから、8時前には止むだろうと思って近くの出雲路橋に出かけることにしました。
 しかし、橋に行くまで一向に止む気配がないどころか、ますます酷い豪雨となってきました。骨折で不自由になっている足を運ぶ足元は、大水が道路を川のように流れて行きます。
 近所の方も、五山の送り火に出かけようとする人はほとんどいらっしゃいません。
 途中で数人の方に出会っただけです。

 痛めた足には、ギプスの上からビニール袋で防水をしています。しかし、あまりの水嵩のためにしだいに染み込んで来ます。河原も、泥水となっています。

 午後8時になっても、如意ヶ岳に火の手は上がりません。


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 出雲路橋では大勢の方が傘をさして、如意ヶ岳の大文字点火を待っておられます。
 雨足はもうあたりを水浸しにし、見物人もしだいに減っていきます。


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 20分ほど待って、帰ろうとした時でした。
 出雲路橋の上から上流の北大路橋を望むと、上賀茂のあたりに「船形」が見えました。昨年も、このあたりから見た船形です。


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 昨年は、ここから北東方向に、松ヶ崎の「妙」と「法」も見えました。
 しかし、今年はまったく見えません。点火できなかったのでしょうか。

 帰ろうとしていた時に、突然太いマイクが突き出され、「NHKの者ですが……」とインタビューの女性の顔が透明のビニール傘越しに現われました。横には、ビニールで覆ったビデオカメラが私に向けられようとしています。
 すぐに手を左右に振って、結構ですと言ってそそくさと立ち去りました。
 カメラが構える右側の袖は、もう雨でずぶ濡れです。びしょびしょに濡らしたギプスを映されたのでは、それこそ堪りません。

 船形一つだけでも見られたので、ご先祖様も無事にお帰りになったことにして家に入りました。するとすぐに娘から電話があり、テレビでは京都五山のすべてに点火したと言っている、とのことです。

 それなら如意ヶ岳の大文字は、今からなら北大路橋へ行けばまだ残り火が見られるかもしれないと期待して、すぐに傘をさして出かけました。

 北大路橋に着いても、如意ヶ岳に火は見えません。
 西詰めの広場で、お二人の年配の夫婦の方に出会いました。
 どちらからともなく、テレビで点火したとのことなので大急ぎで出直してきたことを話しながら、いつもはあのあたりに出るのにと言葉を交わしました。
 そのお二人も、この近くの方のようです。

 交通規制と警備を終えようとなさっている警察官の方に聞くと、先ほど如意ヶ岳も遅れて点火したようだが、すぐに消えてしまったようです、とのことでした。

 ということで、今年は一番の見ものの如意ヶ岳の大文字は見られませんでした。
 しかし、船形が見えたので、これで今年も無事に後半を過ごせることでしょう。

 浴衣姿の観光客の方が多かったように思います。
 これに懲りずに、また来年もお越しください、と声をかけたくなりました。

 さあ、今年の後半戦がスタートします。
 これまでと変わらず、常に前を向いて、さまざまなことにチャレンジしたいと思います。
 
 
 

2016年8月12日 (金)

京洛逍遥(419)河原を飛ぶ鳥たちとインドのカンナダ語のこと

 早朝の散歩では、涼風の心地よさに身を任せるトンボと鷺を見かけました。
 昨日の活動編とでも言うべき瞬間を、写真として切り取りました。


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 鴨は相変わらず、のんびりと朝食のようです。


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 午後から、京都大学の人文科学研究所研究員としてインドから来日中のRさんに、インドの情報をいろいろと伺いました。
 京町家で会ったので、いい雰囲気の中で自由に意見交換ができました。

 初めてお目にかかった方なのに、よく喋りました。特に、インドで使われているカンナダ語については、まったく知らなかった言語なので新たな発見がたくさんありました。

 日本の古典文学を通して、日本とインドとの交流はまだまだ拡がりそうです。それも若い方々とは、積極的に研究集会などで情報交換をしていく必要があることを、あらためて痛感しました。

 今日も、日本とインドはお互いが文化的に近いものを持っているので、対話と交流を継続すれば、その中から次世代の研究者が育ってくるはずであることを、しっかりと確認できました。若者たちに期待するだけではなくて、育っていくのを支援することも大事です。とにかく、直接相手の顔を見ながら語り合う、ということが学術交流の最初の一歩だといえるでしょう。

 その意味からも、今秋11月にニューデリーで開催する「第8回 インド国際日本文学研究集会」は、さまざまな役割を担った国際集会として位置づけることになりそうです。
 
 
 

2016年8月11日 (木)

京洛逍遥(418)賀茂川で見かけたトンボと鷺と鴨たち

 賀茂川でトンボを見かけました。
 ネットで画像検索をすると、ハグロトンボと一致します。
 長いお腹が、緑色に光っているのが特徴のようです。
 昆虫嫌いの私なので、よくわからないながらも掲載しておきます。


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 日中は35度を超える京都も、夕方の賀茂川を渡る川風は穏やかです。
 さらりとした風を、好きな向きに気ままに受けて寛ぐ鷺たちがいます。


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 餌を見つけて巧みに捕る鷺もいました。


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 毛繕い中の二羽の鴨が、浅瀬でのんびりしています。


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 お盆を迎える中で、秋の気配が感じられる賀茂川散策となりました。
 
 
 

2016年7月13日 (水)

京洛逍遥(417)丸太町橋の「鴨川ギャラリー・時代祭」と鷺の連写

 一昨日の「京洛逍遥(414)6番目となる「鴨川ギャラリー・鞍馬口」」(2016年7月10日)で取り上げた「鴨川ギャラリー」に関する続きです。

 祇園祭の帰り道で、「鴨川ギャラリー」の2つ目に出会えました。しかも2枚も。
 京大病院から賀茂川縁に出て少し下ったところに、丸太町橋があります。この橋の下に、「丸太町橋左岸(時代祭)」とされる説明版が建っていました。

 右側が「丸太町橋の歴史」、左側が「時代祭」です。


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 丸太町橋の北には、荒神橋が架かっています。荒神橋については、次の記事をご笑覧ください。

「京洛逍遥(410)京大病院で運動不足を指摘される」(2016年05月30日)

 この荒神橋の京大病院よりの岸に、こんなプレートが設置されていました。
 これは、今後何かにつながっていく説明版なのでしょうか。


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 いろいろと賀茂川に架かる橋の名前が出てきているので、荒神橋の下に掲示されている石碑の写真をあげます。


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 賀茂大橋の北側に、亀の飛び石があります。これは、上の「京洛逍遥(410)京大病院で運動不足を指摘される」で紹介しました。
 さらに川を上ると、出町のデルタ地帯にも亀の飛び石があります。


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 上の写真の左側が賀茂大橋、右側が出町橋です。

 次の写真は、出町から北山を望んだものです。
 正面に出町橋、右端に河合橋が架かっています。
 正面の川が賀茂川、右から入ってくるのが高野川です。
 出町で、この2つの川が出会うのです。


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 このあたりで、鷺が舞い降りて来て仲間と親交を深めた後、きれいに飛び立つ姿を連写することができました。
 2羽がどういう関係なのか、鳥の生態に詳しくないのでわかりません。
 なかなかこんなにうまく撮れないので、記念に掲載しておきます。


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 高野川を遡って帰る途中で、来月お盆の送り火で賑わう、松ヶ崎の「妙」と「法」の内の「法」が見えてきました。


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 「妙」は民家の中にあるので、通りがかりにしか見られません。

「京洛逍遥(99)大文字の送り火2009」(2009/8/17)

「京洛逍遥(196)京都五山の送り火を考える-2011」(2011/8/16)

 さて、今年はどこでどのようにして見るのか、今から楽しみです。
 
 
 

2016年7月12日 (火)

京洛逍遥(416)祇園祭の山鉾建てを見る

 7月10日から祇園祭の山鉾を組み立てる「山鉾建て」が始まるということなので、上京前に四条通りから新町・室町通りをのぞいてみました。

 祇園祭は、平安時代初期(869年)に始まります。神泉苑に、当時の国の数である66本の鉾を建て、八坂神社から神輿を引き出して怨霊退散を祈願したことに始まると言われています。応仁の乱の頃には、58基の山鉾が記されています。現在は、33基の山鉾が出ます。現在の鉾が文献上で確認できるのは、南北朝時代(14世紀後半)だそうです。

 2014年から、17日の前祭(神幸祭)と24日の後祭(還幸祭)の2つとなって定着しました。まずは、今年も前祭の準備が始まったのです。

 今年もお祭りを盛り上げようと、みなさん鉾の建ち上げに汗を流しておられました。長年の蓄積があるだけに、手際よく分業で作業は進んでいきます。これには釘を一切使わず、「縄がらみ」と言って縄だけで木材を固定する伝統技法で組み上げられます。3日かけて完成するものもあるそうです。

 まず、新町通り南端の「放下鉾」から。
 図面を見ながら確認をしておられました。千年以上の歴史があるお祭りとはいえ、現場は手違いや事故のないように真剣です。


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 次は、四条通りの南北に面して建つ「月鉾」と「函谷鉾」です。

 南側の「月鉾」は、重量と高さが共に山鉾の中では一番です。
 ちょうど世話役さんが鉾の確認と祭の無事を願っておられるところでした。


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 「函谷鉾」は、函谷関の故事で有名です。


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 新町通りの一本東側、室町通りに建つ菊慈童の故事で有名な「菊水鉾」は、力仕事が進んでいました。


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 炎天下、35度を越したということだったので、早々に引き上げました。

 上京するとびっしりと予定が詰まっているので、月末までは帰ってこられません。今年の祇園祭は、この「山鉾建て」を見て終わりとなりそうです。

 一昨年に150年ぶりに復興した「大船鉾」に次いで、「鷹山」が200年ぶりの復興を目指して2012年に活動を始めたそうです。2026年の復興を目指しています。
 そもそもが、66もの山鉾が建っていたということなので、今の33基をさらに増やし、かっての賑わいを取り戻すべくさらに盛り上げてほしいものです。

 復興予算や維持費の問題は、若者たちが英知を振り絞って妙案を捻り出すことでしょう。今の若者たちは信頼できるし、頼りがいがあるということを、いろいろな活動を通して最近とみに実感するようになりました。
 伝統や文化を声高に叫ばなくても、一緒に先人の思いを守り伝える気持ちで取り組めば、思いは叶うはずです。大船鉾の時の話を思い出しました。みんなで願えば、必ず叶うことを信じたいと思います。
 
 
 

2016年7月11日 (月)

京洛逍遥(415)新装なった京大病院の南病棟

 京大病院で、今日もひたすら待つという修行をしてきました。
 受付時間の10分前に行っても、150人以上の方が待っておられます。
 やっと、受付をしても、採血室でまた順番を待ちます。
 多くの方が待たされているので、自分の都合ばかりは言えません。

 まさに、置き場のない気持ちを持て余しながら、最先端の検査や診察が受けられることを幸運と思うことにして待っていました。

 病院では待つのも診察の一部だと思っています。それでも、さすがに一カ所で20分以上もじっとしていると、気持ちはソワソワしてきます。そして、また次の場所で待ちます。苦痛ではないものの、気分のいいものではありません。

 これから先も元気に生き続けるために、じっと耐えることと、待ち時間に頭の中を空っぽにすることを自分に言い聞かせながら、イスに腰掛けて本を読んでいました。
 パソコンと iPhone さえあると、仕事も読書も自在にこなせるので、没頭するだけのまとまった時間をこれ幸いと有効活用しています。

 血糖値は高目安定です。今月末と来月末に、大きな検査を受けます。夏は身体の総点検をする季節となっています。

 病院の西にあるガン病棟である積貞棟の南側に、新しく同じ高さで南病棟が完成しています。


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 この南病棟の西側に、iPS細胞でノーベル賞を受賞なさった山中伸弥先生の研究室があります。この一帯では、最先端医療の活気が感じられます。

 積貞棟ができた夏に、私は胃ガンの手術でこの棟に入院しました。
 その南側の駐車場だった所が、こんな姿に変わったのです。
 次の写真の東側(右端)には、山の中腹に如意ヶ岳の大文字がかすかに見えます。


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 帰りは、病院がある聖護院のすぐ近く、荒神橋にある京都法務局に立ち寄り、いくつかの申請書類を提出してきました。これも、手続きが完了するまで、何度も忍耐強く通っている所です。
 今日は一応、受理はしてもらえました。しかし、また呼び出しがあり、修正を強いられることでしょう。ここでも、待たされています。それでも、一歩ずつ手続きは進んでいます。

 この荒神橋の下でみつけた案内板のことは、後日祇園祭のことを書いた後に記します。

 上京前に、祇園祭の山鉾建ての様子ものぞいてきました。
 写真が多いので、このことは明日にします。
 
 
 

2016年7月10日 (日)

京洛逍遥(414)6番目となる「鴨川ギャラリー・鞍馬口」

 参議院選挙の投票で下鴨小学校へ行った帰りに、すぐそばの出雲路橋から賀茂川沿いに歩いて帰りました。

 出雲路橋の下をくぐると、いつもは見かけない案内板に気付きました。この橋を東に直進すると下鴨神社に行き当たります。


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 この図は、吉田初三郎の『洛北交通名所図会』(1928、京都府立総合資料館蔵)を拡大したもので、キャプションには次のように記されていました。


大正から昭和にかけて活躍した京都出身の鳥瞰図絵師 吉田初三郎による交通名所図会

中央を流れる鴨川、洛北を囲う山々のほか、鞍馬口を出発点とする鞍馬街道の姿も見ることができます。

 画面中央よりやや右寄りに、白い縦長の枠があります。そこに「鞍馬口」と書かれています。そのすぐ左が「植物園」、右が「下鴨神社」です。

 絵図の下には、「出雲路橋と鞍馬口」と「鞍馬街道」の2種類の説明文が、英文を併記して記されています。

 この説明板には、設置した組織名や日時が記されていません。
 帰ってからネットで調べると、市民の憩いの場として府が整備している中で、この「鞍馬口」は6カ所目の「鴨川ギャラリー」なのだそうです。それならそうと、説明版の裏にでも書いてあれば、この活動の理解を広く得られるのに、と思いました。

 この枠のデザインは、源氏物語千年紀の説明版を思い出します。

「源氏のゆかり(7)説明板9-淑景舎(桐壺)跡」(2008/5/10)


 目立たないながらも、こうして着々と、京洛の理解を深める仕掛けがなされているのです。

 毎日新聞電子版(2016.6.7、地方版)には、この除幕式が2ヶ月前の5月27日にあったことと、次の説明がありました。本当に最近のものだったのです。


「京都と諸国とを結ぶ主要な街道の出入り口である『京の七口』の一つとして知られ、鞍馬口には室町時代に関所が設けられ、通行人から関銭を徴収していた」などと出雲路橋や鞍馬口の歴史を日本語と英語で説明している。

 この他の「鴨川ギャラリー」は、次の場所にあるそうです。あったような、なかったような。「出町橋右岸(葵祭)」は見たことがあるように思います。しかし、それがこの一連のものだったのかどうか。
 どうもあやふやなので、また確認に行ってきます。


二条大橋右岸(洛中洛外図)/出町橋右岸(葵祭)/四条大橋右岸(祇園祭)/丸太町橋左岸(時代祭)/御池大橋右岸(鴨川遊楽図)

 ついでに、北大路橋の説明プレートも撮影しました。
 写真中央奥は、来月の送り火で主役となる、如意ヶ岳の大文字です。


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 この北大路橋にも、いずれは出雲路橋のような立派な「鴨川ギャラリー」の説明版が設置されるのでしょうか。今から楽しみにしておきます。
 ただし、出町以北は「賀茂川ギャラリー」にしてほしいものです。

 振り返って北山の西には、これまた来月の送り火で観光客を呼ぶ、京都五山の船形が見えました。


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 祇園祭の後に続く送り火などなど、これから京洛はさまざまな夏のイベントが目白押しです。
 
 
 

2016年7月 9日 (土)

京洛逍遥(413)鯉に打たれた鴨と出会う

 今日は曇り空ながらも、少し肌寒い風を受けて賀茂川を散策しました。
 先週よりも鴨が増えていました。

 家族3羽の姿から。


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 列をなす鴨たちは、琵琶湖から遠出してきた大家族の小旅行でしょうか。


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 大きな鯉と鴨とのニアミスがあり、鯉が尾ビレで鴨を打ち倒す場面に出くわしました。


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 気持ちがいいのか、多くの鷺が賀茂川の水面を飛び回っていました。

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 出町柳の枡形商店街に立ち寄ったところ、ものすごい人出で歩けません。


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 アーケードの上には、七夕夜市と書いてあります。
 子供たちはほとんどが浴衣姿です。男の子の浴衣もいいものです。この地域には、こんなに子供がいたのかと驚きました。
 周辺の河原町通りまで出店がびっしりです。
 夏祭りの季節となりました。
 近所のスーパーマーケットの店内では、コンチキチンの祇園囃子が流れています。

 昨夜、京都駅に降り立った時、駅のコンコースには祇園祭のコーナーがありました。


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 私が好きな祇園祭が始まりました。
 今年は、どこの粽を買おうか、今から思案しています。
 たくましい鯉と出会ったので、鯉山を第一候補としましょう。
 
 
 

2016年7月 4日 (月)

京洛逍遥(412)7月の賀茂川で - 2016

 先週末の賀茂川は、厳しい暑さを迎える前の一休み、とでもいうべき生温い風が吹いていました。

 お盆の送り火まであと1カ月半となった如意ヶ岳の大文字は、草木を刈るなどの準備が始まっているようです。


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 今年は、鴨たちの姿が減ったように思います。
 たまたま見かけなかったのか、何か自然の変化を感じ取ってどこかへ出かけているのか。
 生態をよく知らないので、よくわかりません。


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 先週は中ごろから大雨が降ったようで、トントンの飛び石まで水嵩が上がっていました。


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 夕闇近い頃の鷺たちは、みんな北山の方をながめています。


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 昼間も、なぜか川上を見つめている鷺が多いのはなぜでしょうか。

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 水や風の流れに立ち向かおうとする習性があるのか。
 山の端の稜線が見せる光の明暗が好きなのか。
 それとも、あの嘴は磁石のように北を指す機能を持っているのか。
 いつか鳥と一心同体になれたら聴いてみたいものです。
 
 
 

2016年7月 1日 (金)

京洛逍遥(411)工作道具を見てから京都府立図書館で調べ物

 京大病院へ向かう賀茂川沿いの木洩れ日の道は、私が大好きな自転車道の一つです。


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 京大病院にはお昼までいました。
 夜のニュースによると、夕方、京大病院で火事があったとのことでした。
 火事は、自分が若い時に体験したことなので、火の手を見ると身が竦みます。やはり、あの時を思い出してしまうのです。その場にいなくてよかったと思っています。

 「みやこめっせ」の地下にある京都伝統産業ふれあい館では、開館20周年記念特別展として「手しごとを支える道具たち」という展覧会をしていました。


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 いつもは、完成したものを見ています。しかし、その物ができるにあたっては、職人さんが道具を使って作られたものなのです。その製作道具を見ると、完成品の背景が見えてきます。マニアックと言われる道具が並んでいるだけです。しかし、なかなか見られない道具を拝見し、いいイメージトレーニングをさせていただきました。象嵌の実演も見ることができました。

 岡崎公園の朱塗りの大鳥居は、いつ見ても元気をもらえます。


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 その横には、府立図書館があります。


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 壁に嵌め込まれた文字のスタイルが気に入っています。


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 図書館では、大型本を出していただいて資料調査をしました。

 1階で開催中の小展示「外国人から見た日本」は、60冊ほどの本を直接手に取って見られます。やはり、本は自分の手でページをめくり、自分で目次や図版を見た上で「はじめに」と「あとがき」を読まないと、確認した手応えがありません。
 その意味でも、なかなか接することのない本との出会いは、貴重なものとなりました。


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2016年5月30日 (月)

京洛逍遥(410)京大病院で運動不足を指摘される

 定期検診で京大病院に通っています。今日は、糖尿病栄養内科です。

 まず、診察の1時間前に採血をします。
 採血室で、左腕から採血。この時の血糖値は、この1時間後に診察時に教えてもらい、「115」でした。
 その採血時の血液を、持参したテルモの測定器に吸引し、機器の性能をチェックしました。その場での数値は「118」。その直後に、いつものように自分でテルモの針で、採血室の時とは反対の右手中指を使ってパチンと打って測ると、「138」でした。

 いつも使っているテルモの血糖値測定器は、京大病院の正式な測定値と20ポイント程の誤差がありました。

 このことを主治医の長嶋先生に伺うと、家庭用などの簡易測定器はそれくらいの誤差はあって普通でしょう、とのことでした。
 あまり一喜一憂しないことです、とのアドバイスをいただきました。

 診察時に上がって来ていた測定値によると、ヘモグロビン A1cは前回の「7.0」から「7.4」に上昇していました。しかし、まだ許容範囲内なので薬は変えないけれど、これ以上は上げないように、との注意をいただきました。

 血糖値が上がったのは、運動不足ではないか、とおっしゃいます。私の生活ぶりをよくご存知の先生なので、まさにズバリです。
 忙しさにかまけて、確かに今は日常的には運動をしていません。先日の「【復元】フィットネスクラブに通う日々」(2016年5月26日)の冒頭に書いた通りです。座っての事務作業ばかりの生活です。これは何とか改善しなければなりません。

 いつも不足していた鉄分は、足りないながらも、少しはよくなっているようです。常に貧血気味の状態は、改善の兆しが認められるようです。
 妻が日々の食事を通して気遣ってくれていることが、次第に実を結んで来ているようです。このままの食事でいいようなので、ほっと一安心です。

 体重も、50キロをどうにか維持出来ています。
 とにかく運動を意識した生活を、今まで以上に心掛けることによって、ヘモグロビン A1cの値を下げるようにします。
 
 帰りは、近衛通りから荒神橋を渡って、京都法務局に立ち寄ってから上京することにしました。


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 荒神橋の袂には、「くわう志ん者し」と刻まれていました。


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 橋の中程から賀茂大橋を望むと、出町柳の彼方に北山が霞んでいます。


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 これから、日々緑色を微妙に変えながら、夏山の姿になっていきます。
 山と川が織りなす千年の見晴らしが、今もこうして楽しめる豊かな広がりの中に身を置けることに感謝しています。先人の叡智と、守り伝えようとする人々の不断の努力によって、この風景を今も共有できているのですから。
 
 
 

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2016年5月29日 (日)

京洛逍遥(409)京都のバスの運転手さん(2016年-その2)

 新年早々、京都市内を走るバスの運転手さんについて書きました。
 「京洛逍遥(391)京都のバスの運転手さんもいろいろです」(2016年01月27日)

 あれから半年ほど経ったので、その後の様子をまとめておきます。

 ここで取り上げているのは、京都駅前から出ている北大路バスターミナル行きに乗った時と、府立大学前から京都駅行きに乗った時の、バスの運転手さんの様子です。

 この205系統の路線バスは、紛らわしいことに同じ番号ながら、河原町通り回りと西大路通り回りの2系統があります。山手線や環状線の内回りと外回りをイメージしてください。
 私が乗るのは、京都駅前を出ると河原町通り沿いを走り、七条・五条・四条・三条や、京都市役所前・府立医大病院前・糺ノ森・下鴨神社前に停車するバスです。幹線を走っているということもあり、乗降客の多いバス路線だといえます。

 地下鉄烏丸線が京都市内のど真ん中を南から北へ走っているのにくらべて、この河原町を通るバスは賀茂川沿いを走る、2大路線の一つとなっています。

 手元にバスのいい写真がなかったので、「快速きらら205号のブログ」から「205系統 九条車庫前〜京都駅前〜河原町通〜北大路バスターミナル〜西大路通〜京都駅前〜九条車庫前」を走るバスの写真を一枚転載させていただきます。これには、「2818号車…現在の205系統にハイブリッド車が充当されるのは非常に珍しいケースです。撮影場所は東寺道〜下京区総合庁舎前です。」というコメントが付いています。


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 さて、初夏を迎えたこの半年間の印象は、以前のように乗客への対応が酷い運転手さんは激減した、と言っていいかと思います。悪名高かった京都市バスの運転手さんは、205系統のバスに限っていえば、今では少数派です。運転手さんの世代交代がうまくいったのでしょう。これはいい傾向です。

 中でも、博多直矢さんは気持ちのいい方でした。乗客には観光客と地元住民がいます。そのどちらにも配慮した、きめ細かなアナウンスがいいのです。何か客室の様子がおかしいと、乗客に声をかけて確認するところなどは、安心して乗っていられます。
 市川善生さんは、とにかく丁寧です。新幹線などでよくある、「運転手は市川です。安全運転に努めます。」と最初におっしゃるのはいいことだと思います。これまでに、乗客を小ばかにした運転手さんが多くて辟易していたこともあり、こうした若々しい流れは大歓迎です。
 櫻本暁士さんは、車椅子で乗る方を丁寧に介助して、乗り降りの手伝いをしておられました。気持ちのいい対応です。以前も、櫻本さんのバスに乗りました。前回のブログでも取り上げたように、好印象の運転手さんです。
 上殿慶人さん、中村豪志さん、瓜生真崇さん、野口学さん、小谷剛幸さん、隅田健太さんは、みなさん節度のある思いやりを感じさせる対応です。優しさや細やかな気配りがマイクから伝わってきます。
 車内アナウンスは、しつこいのも煩わしくて嫌味ともなりがちです。節度のあるアナウンスで優しい思いやりを感じる運転手さんが一番です。

 ちょうどゴールデンウィークの時でした。
 京都駅前からバスに乗ろうとしているのに、運転手さんが勝手にドアを閉めて発車されました。乗ろうとしていた3人で唖然とするばかりです。
 停留所には、何種類かの行き先が異なるバスが留まります。前に並んでいる方が別のバスを待っているために乗らない、ということはよくあります。すると、その後ろにいた人は慌ててバスに乗るので、乗るタイミングがズレます。運転手さんは、そうした事情をよくご存知のはずです。それなのに、乗車口の横のインターホンで「乗ります!!」と女性が叫んでおられるのに、です。しかも、バックミラーにも乗ろうとする我々3人の姿は映っているはずです。しかし、痺れを切らしたのか、見切り発車です。困ったことです。

 それ以外では、SOさんは車内放送の言葉がぞんざいでした。「入口に留まらずに後ろに行って!」という言い方は、馴れ馴れしさは感じられるものの、一見優しい人のようです。しかし、みんなが入口に立ち止まるので腹立ち紛れのやけっぱちのようにも聞こえます。降りた客をクラクションで呼び戻すのも、あるまじき酷い行為でした。

 AIさんは、声が不明朗で気だるそうにしゃべっておられます。乗っていて早く降りたくなります。何が嫌でその仕事をしているのですか、と聞きたくなります。

 KNさんは、面倒くさそうにやる気のない車内放送です。乗客を見下した言い方で、乗っていて厭になるYSさん、KKさんにつぐ、ベスト3というべき運転手さんです。

 HNさんは、年配者にありがちな、無愛想で投げやりな対応でした。これならば、いっそのことマイクでの車内アナウンスはしない方がいいと思います。乗っていて不愉快になり、気持ちが落ち込みますので。

 若いTHさんは、丁寧な運転で言葉遣いも好感が持てました。スペイン人に親切な対応をしておられました。ただし、あわただしく一方的に話す中国人の不明瞭な日本語には「わからない」で一蹴されました。おっと、と思うと共に、これまでに余程こうした人の対応に困らされたのでしょうか。切って捨てられた態度に、なぜか共感を覚えました。意味不明なことを言う態度の悪い乗客の対応は、難しいものだと思いました。この方も、一つの対処法だと思います。酷い乗客もいるのですから。
 
 
 

2016年5月28日 (土)

京洛逍遥(408)初夏の賀茂川散策

 お昼に、雨がポツリポツリと落ちてきました。
 しかし、すぐにやみました。
 曇り空の賀茂川を散歩です。

 飛び石のトントンの中程から、北山大橋越しに北山を見やると、雲に覆われてどんよりとしています。


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 川下の北大路橋越しに東山方面を望むと、少し明かりが差しています。


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 トントンの岸には、黄菖蒲(?)が咲いていました。ただし、もう時期的には終わりです。


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 この菖蒲については、「京洛逍遥(319)「いずれがあやめかきつばた」」(2014年05月18日)で詳しく紹介していますので、ご笑覧を。

 次の写真の右端には、今月中旬の葵祭の巡行で賑わった、賀茂街道が川に平行して通っています。この散策路は緑に包まれていて、これからは欅や桜などの木々が夏の日差しを遮ってくれます。気持ちよく朝夕の散歩ができる遊歩道です。


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 川岸では、管楽器の練習をしている学生さんがいました。
 鷺にも、この音色が届いているのでしょうか。


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 別の所では、カラスが鷺に近寄って行きます。


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 そして、鷺を驚かせるようにして飛び立ちました。
 ブスッとした鷺の表情が印象的でした。


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2016年5月15日 (日)

京洛逍遥(407)5年ぶりに日曜日の葵祭

 今年の葵祭は5年ぶりに日曜日となりました。
 娘夫婦が葵祭の見物に来ていたので、早速お茶菓子を近所で買って来ました。周りに小さいながらも和菓子屋さんが数軒あるので、気が向いた時においしいお菓子で一服いただけます。
 そんなこんなで、午前中はお点前の特訓となりました。

 炉を閉じたので風炉の準備からです。しばらく使わなかった釜にしたところ、久しぶりに出したということもあり、赤い錆が釜の底に出ていました。この釜の手入れに小一時間ほどかかりました。仕舞い方がよくなかったようです。

 いつもよりも大きめの釜は、どっしりと座っているので、ゆったりとした気持ちになります。
 娘のダメ出しを耳にしながら、涼しそうなガラスの茶碗に薄茶を点て、婿殿に出しました。

 葵祭が自宅付近を通過するのは、午後2時40分頃です。それまで、昨年と同じように、ご近所の法乗院で琵琶の演奏を聴きながら、先頭通過までの時間待ちをすることにしました。ちょうど、この法乗院の前の北大路通りを巡行するのです。


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 昨年、次の記事に詳しく書いたので、琵琶のことはそれに譲ります。

「京洛逍遥(354)葵祭の直前に法乗院で琵琶の演奏会」(2015年05月15日)

 今日は昨年と違い、住職である岡田旭洋院主さんのお弟子さんの中でも、比較的稽古年数の若い4名の方の演奏からでした。「文覚発心」は語りと共に熱演でした。

 先生である岡田院主の「粟津ケ原」は、端切れのいい音と伸びやかな声で、じっと聴き入る演奏でした。

 終わってから娘が琵琶に興味を示すと、にこやかに撥を持って弾く手ほどきをしてくださいました。


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 琵琶を買って欲しいと言い出しかねないので、早々にお礼を言って、一階で緑茶をいただきました。お心遣い、ありがとうございました。

 2時過ぎに法乗院を辞し、北大路橋を右折して賀茂川を上り、植物園横にある飛び石のトントン(我が家の言い方です)の近くに見物場所を確保しました。賀茂街道を上って上賀茂神社へ向かう行列は、この桜並木の木陰で見るのが一番いいのです。

 先頭を行くのは、平成6年に創設された京都府警察平安騎馬隊です。
 その帽子(冠)に取り付けられた徽章がお洒落だと思っています。


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 行列の写真は例年とあまり変わらないので、今年らしいものを抜き出しておきます。


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 報道によると、500人の行列で、京都御所から下鴨神社を中宿りにして上賀茂神社までの8キロを歩いたそうです。
 葵祭は『源氏物語』に出てくるお祭りでもあり、平安時代の雰囲気を感じるようにしています。
 
 
 

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2016年5月 5日 (木)

京洛逍遥(406)今年の競馬は途中で帰りました -2016-

 晴天の下で開催された上賀茂神社の競馬会は、あまりの人の多さで観られなかったため、途中で家に引き返しました。

 ゴール地点である社務所の近くでは、馬たちが出走の準備をしています。
 前方正面の鳥居の右からこちらに向かって、2頭の馬が疾駆します。その迫力は、実際にそばで見て、地響きを感じると、もう忘れられません。


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 予定の午後2時を大分過ぎた頃に、ようやく騎手(乗尻)の姿が見えました。


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 日差しのきついこともあり、残念ながら今年はここで帰ることにしました。

 これではあまりにも味気ないので、過去一番の記事を引きます。

「京洛逍遥(229)上賀茂神社の競馬会-2012-」(2012年05月05日)

 この翌日、家族の姿が新聞写真の片隅に写り込んでいました。
 これも引いておきます。

「新聞に写真が載ったこと」(2012年05月06日)

 一年中、洛中洛外のどこかで、いろいろな行事があります。
 その中でも、自分が一緒になって興奮するのは、一昨日の下鴨神社の流鏑馬と、この上賀茂神社の競馬会でしょう。

 来年はどこで誰とどのようにして観るのか、またのお楽しみに、ということにしておきます。
 
 
 

2016年5月 4日 (水)

京洛逍遥(405)さがの温泉「天山の湯」

 気分転換に温泉を探し、まだ行ったことのないお湯を見つけました。
 さがの温泉「天山の湯」といい、嵐電の嵐山本線にある有栖川駅から徒歩3分です。

 賀茂川の飛び石近くで、よく行く植物園沿いのお休み処に弁当を持参してお昼としました。晴天の下、少し風を肌に感じるくらいでちょうどいい気候です。

 食後はぶらぶらとビブレの地下にある北大路バスターミナルまで行き、金閣寺経由のバスで北野白梅町まで出ます。
 嵐電北野線の始発駅である北野白梅町駅の改札口には、こんな自動改札機がありました。キャスター付きの手押し車にセットされているのが目を惹いたので、思わずシャッターを切ってしまいました。


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 北野白梅町駅から終点の帷子ノ辻駅まで行き、そこで嵐電嵐山本線の嵐山行きに乗り換えて一駅目が有栖川駅です。
 電車から降りる時に、ドアの手前にある改札機で「ピタパ」(関東で言うと「パスモ」)をタッチします。「パスモ」も持っています。しかし、私は関西では「ピタパ」を使っています。


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 有栖川駅の出口に改札ゲートはありませんでした。


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 駅から歩いて本当に3分で「天山の湯」に着きます。
 この温泉の前の道は、あの三条通の西の端に当たります。


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 入口はおしゃれです。この男女は誰を想定したものなのか、楽しく想像を逞しくしてみました。

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 トイレの男女の絵も、同じ図様です。
 その横には、子どもたちが大好きな当て物やお菓子などがずらりと並んでいます。楽しいロビーです。


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 「ホームページ 天山の湯」に、この温泉の効能などが詳しく紹介されています。
 私は、有馬の金泉・銀泉よろしく京都らしく命名された「金閣の湯」という赤茶けた金泉が気に入りました。鉄分が貧血に効能があるそうです。これは、今後とも通う価値がありそうです。
 全体的に肌がつるつるとして、湯上がり感は最上の温泉です。

 帰りは、帷子ノ辻駅が近いことがわかったので、三条通りを歩いてみました。道々、楽しい家が多かったので、次回にでも紹介しましょう。

 帷子ノ辻駅では、右手に四条大宮から来た電車が、左手に北野白梅町から来た電車が同時に入線してきました。


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 北野白梅町に向かう帰り道では、運転手さんの横から単線の進行方向の新緑を写真に収めました。


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 宇多野駅の上り線ホームの屋根はおしゃれです。


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 予想外の景色と温泉を堪能できた連休の半日となりました。
 
 
 

2016年5月 3日 (火)

京洛逍遥(404)流鏑馬神事とお白石持神事

 下鴨神社の流鏑馬神事に久しぶりに行きました。
 糺ノ森の馬場は、万全の準備が整っています。


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 ブログを見返したところ、前回観たのは4年前のようです。

「京洛逍遥(227)下鴨神社の流鏑馬神事」(2012/5/3)

 娘夫婦共々、ざわめきの中で古式を楽しんで来ました。
 今回は、21年に一度のお白石持神事にも参加しました。


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 始まる前の緊張感には格別のものがあります。


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 射手が目の前を疾駆する姿は一瞬です。
 今回は、デジカメの連写機能を使ったせいか、馬の速さにシャッターが追いついていません。

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 的に矢が当たった後は、的の取り換えも大変です。


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 スタート地点に戻る姿は、3本共に当たった射手がことのほか得意そうです。


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 当たって割れた的を回収した後は、記念の墨書きがなされます。


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 私がこれまでに手にした中でも、2010年のものが一番です。今も床の間に飾ってあります。

「京洛逍遥(137)糺の森の流鏑馬神事」(2010/5/3)

 終わってから休憩所の「さるや」で、復元されたお餅とお茶をいただきました。


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 境内では、お白石持神事が行われていました。


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 下鴨神社のホームページには、以下の説明があります。


【第34回式年遷宮奉祝事業 お白石持神事 】
 お白石持神事は、21年に一度の正遷宮の時に合わせて御本殿御垣内に御祓いをすませた白石を元に戻す神事です。これは古代の磐座の再現で、かつては、鴨川のお石の場から崇敬者が寄ってお運びになりました。
今回は、このお白石を実際に本殿御垣内にお進みいただきまして、お納めいただきます。
皆さまに御垣内にお入りいただける機会は、この時しかございませんので、是非ご参加下さいますようお願い申し上げます。

 下鴨神社の本殿の裏に回ったのは初めてです。
 21年に一度の神事なので、貴重な体験となりました。


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 心を込めて2個の石を置きました。
 20年後にも、また石を置きに来られますようにと祈りながら。
 
 
 

2016年5月 2日 (月)

京洛逍遥(403)北山通りに移転した古田織部美術館

 府立植物園の北を東西に走る北山通りで、古田織部美術館を見つけました。
 以前は鷹峯にあったものが、この北山に移転したのです。
 今年の2月20日に、ここ北山にリニューアルオープンしたのだそうです。
 植物園にはよく行きます。しかし、その北側の北山通りはあまり通らないので、これまでここに移ってきていることを知りませんでした。


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 今回は、移転記念とでもいうべく第1回目として、「平成28年 春季展 茶の湯三宗匠—利休・織部・遠州—」が企画されました。
 「古田織部美術館のホームページ」には、つぎの案内文と共に、展示品目録などが掲載されています。


このたび、古田織部美術館は鷹峯から北山に移転し、リニューアルオープンいたします。その最初の展覧会を飾るのは「茶の湯三宗匠」と呼ばれた、天下一の茶人たちです。それぞれ師弟関係にあった三者ですが、その好みは三様です。普遍的な美を現出した千利休、「へうげもの」といわれた歪んだ茶碗や細長い花入など、強烈な個性を放った古田織部、瀟洒な「綺麗さび」を好んだ小堀遠州?。今回はそれぞれの好みの茶道具や、自筆書状など約50点を展示、なかでも利休や織部は自筆の書状が少ないため、三者の書が一堂に会するのは貴重な機会です。道具や書に表れた個性の違いを楽しみながら、ご覧になってはいかがでしょうか。


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 展示室は地下にあって、手狭に感じます。
 しかし、並んでいる50点を拝見し、その充実した内容に満足しました。
 物の性質上、説明文がくどくなるのは仕方のないことでしょう。
 もう少し文字が大きくてもいいかな、と思いました。

 展示室の奥の一角では、織部に関する20分ほどのビデオが映写されていました。
 テレビで放映されたものです。私は見なかった番組だったので、一人静かに薄暗いコーナーでじっくりと拝見しました。

 なお、古田織部美術館の館長さんのお茶席にうかがった時のことは、【4.1-京洛逍遥】「京洛逍遥(321)古田織部400年遠忌追善茶会で大徳寺へ」(2014年06月11日)に記した通りです。
 筒井先生が濃茶を、宮下さんが薄茶の席を設けられた時、お点前を拝見し、お話もうかがいました。

 この美術館の経営は茶道具屋さんなので、1階には茶器が並んでいます。
 私などが買えるものではないものの、自由に見て触っていいとのことなので、勉強のつもりでしばらく拝見しました。
 いつか、こんないい道具で、お茶をいただき、点てたいものです。
 
 
 

2016年5月 1日 (日)

京洛逍遥(402)今秋開館予定の新総合資料館の外観

 建設工事が進んでいる「新総合資料館(仮称)」の姿を確認しました。

 北山通りに面した現総合資料館の南側にある、京都コンサートホールの南から見た、今日の姿です。


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 建設現場の南にある京都府立大学側から見ると、こんな姿です。


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 この新総合資料館は、今年の秋にオープンする予定です。
 建設と共に、資料の搬入や整理が終わる今秋の開館が楽しみです。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の書庫(ふみくら)ともなる新総合資料館です。
 来訪とその活用を、大いに宣伝していきたいと思います。
 
 
 

2016年4月30日 (土)

京洛逍遥(401)ゴールデンウィークは鷺や鴨に加えて鯉たちも

 連休中の賀茂川沿いの賑わいは、四条から出町までです。
 それよりも上流の下鴨から上賀茂の一帯は、いつもの散歩やジョギングを楽しむ人たちの遊歩道となっています。
 ゴールデンウィークを感じさせない、のどかな雰囲気は変わりません。


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 そのポカポカ陽気の賀茂川では、鷺や鴨に加えて鯉ものんびりしています。


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 京洛を逍遥するのに絶好の初夏の訪れです。
 
 
 

2016年4月24日 (日)

京洛逍遥(400)初夏の下鴨神社と上賀茂神社

 初夏に向かい、賀茂川の水も温んできました。
 川沿いの散策路は、桜の若葉が清々しさを感じさせてくれます。


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 鷺たちの顔も穏やかです。


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 朝の散歩で、今年度も仕事が無事で順調に、そして平安に進んでいきますようにと、賀茂の両神様にお祈りして来ました。

 まずは、氏神様である下鴨神社へ。
 最近、洛中のみならず洛外でも、着物姿の観光客をよく見かけます。


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 この時期は、結婚式のシーズンでもあります。


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 光琳の梅も、今は新緑一色です。


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 家で一休みしてから、上賀茂神社へも脚を運びました。

 葵祭を控えて、恒例の賀茂競馬の準備が進んでいます。
 今日は競馬の練習日なのだそうです。


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 競馬の会場となる馬場の準備もできています。

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 細殿では、結婚式が執り行なわれていました。


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 ならの小川では、手作り市が開催されています。


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 午後は、科研を含めての研究活動に関する大事な打ち合わせがあったために、京都駅前まで出かけました。


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 駅前は、観光客でごった返しています。
 京都の観光客の数は、当分は安泰のようです。
 日本全体で見ても、海外からの観光客は増え続けています。
 今後は、この観光資源をいかに生かしていくかが、日本の将来設計の重要なポイントになることでしょう。
 その意味からも、文化庁が京都に移転してくることは、関西にとっては活気を取り戻す好機だと言えるでしょう。
 みんなで叡知を出し合う時が到来したのです。
 
 
 

2016年4月 4日 (月)

京洛逍遥(399)京都劇場で海老蔵の『源氏物語』第二章

 京都駅のコンコースで、海老蔵のパンフレットを見かけたのでいただきました。
 「市川海老蔵特別公演『源氏物語』第二章 〜朧月夜より須磨・明石〜」とあります。
 明後日、4月6日(水)から16日(土)まで、京都駅ビル東端にある京都劇場での開催です。


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 歌舞伎×オペラ×能楽のコラボレーションの続編で、前回の第一章については、「海老蔵が〈人間浄瑠璃〉と言う『源氏物語』のこと」(2014年04月06日)に記した通りです。
 また、「京洛逍遥(324)宇治市源氏物語ミュージアムの「市川海老蔵特別企画」」(2014年06月25日)でも、海老蔵の源氏物語劇について少しだけ書きました。

 残念ながら、今回も私は行けません。
 いつか行けるだろうと、その機会をねらっています。

 ウェブサイトで公開されている情報は、以下の通りです。

「市川海老蔵特別公演 源氏物語」
 
「海老蔵が語る、『源氏物語 第二章』」
 
 
 

2016年4月 3日 (日)

京洛逍遥(398)京都府立植物園で桜のライトアップ

 今年の京都府立植物園の桜は、「京洛逍遥(396)植物園のチューリップ桜杏桃梅」(2016年3月30日)で紹介しました。

 この桜林が、3月25日(金曜)〜4月10日(日曜)の約2週間、ライトアップされていたので行ってきました。


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 光に照らし出された夜の桜林は圧巻でした。


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 闇夜の中の桃も幻想的です。


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2016年4月 2日 (土)

京洛逍遥(397)下鴨神社で迎えた日の出

 新年度早々の日の出を下鴨神社で迎えました。
 楼門に着いたのが6時少し前だったこともあり、門は閉まっていました。
 すでに一人、門越しに黙々と拝礼をしておられます。


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 しばらくすると開門。


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 早速、気になっていた光琳の梅の後ろの桜を確認しました。
 満開です。


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 やがて、輪橋の上にお日さまが上がります。


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 西の鳥居から出ると、色鮮やかだった八咫烏も、塀に苔生す自然の褪色を帯びるようになっていました。


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 時の流れを意識する新年度のスタートです。
 
 
 

2016年3月30日 (水)

京洛逍遥(396)植物園のチューリップ桜杏桃梅

 先週3月下旬の京都府立植物園では、さまざまな花たちが春に向けて色を競っていました。

 この植物園は、大正13年(1924)に開園した、公立の植物園としては日本最古だと言われています。広さは甲子園球場が6個も入り、春先の桜だけでも450本が咲きます。
 それよりも何よりも、技術職員の方やガイドボランティアの方々の説明が聞けるので、学びの場ともなっています。

 さて、春を迎える園内の花たちです。


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 欅並木を通って正門(上掲地図の中央左下部)を入ると、すぐ目の前の花壇でチューリップが出迎えてくれます。


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 真っ直ぐに北へ進むと桜林です。奥には半木神社が見えます。


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 ただし、ちらほらと杏の花が咲いているのを見かけると、桜との違いが見分けられなくて戸惑います。


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 桃もこれからです。


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 半木神社の裏手のなからぎの森では、水車がカラカラと回っています。


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 近くの石橋は、苔の付き具合が絶妙です。


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 森のカフェのそばには、利休梅が控えめに咲いています。


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 これから初夏にかけて、さらに多くの草花が楽しめます。
 これからの展示会と花暦をあげます。


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2016年3月29日 (火)

京洛逍遥(395)賀茂川散策をして花冷えの河内へ墓参

 少し肌寒い朝。
 賀茂川散策を兼ねて、鷺たちの様子を見ながら京阪三条駅まで歩きました。


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 出町柳の河原では、大勢の方がウォーキングの順番待ちをしておられます。
 ここから北山を目指して歩かれるようです。
 こうしたグループが10組はあったので、この賀茂川縁の散策路も長蛇の列で渋滞ぎみです。


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 京阪三条から京橋、鶴橋、河内山本経由で、信貴山口駅の先の高安山の麓にあるお墓へ行きました。お彼岸に行けなかったので、今年は遅めの墓参です。

 信貴山口の駅は、50年前とあまり変わっていません。単線の終着駅で、信貴山へ上るケーブルカーの始発駅でもあります。


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 来月4日から1ヶ月半にわたり、奈良国立博物館で『信貴山縁起絵巻』の展覧会があります。今回は、3巻の全長35メートルに及ぶ絵巻の、全場面を全期間公開されるようです。


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 『信貴山縁起絵巻』は、京都に来るまで住んでいた奈良の平群町が持つ国宝です。平群町にいた20年間に、この絵巻は一度も町民に見せることのないままに、京都国立博物館に寄託されたままでした。
 平群中学の先生に9年間にわたって何度も町民に見せる機会を作るべきだと訴えてきました。しかし、まったく無視されたことを、今でも残念に思っています。町民が見ることも出来ない町の国宝とは、一体何なのでしょうか。足元の文化行政が未成熟だったことは、返す返すももったいないことでした。

 さて、河内八尾の桜も、京都と同じようにまだです。早咲きの桜が一本だけ咲いていました。


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 この「自然廟」の「廟」に目が留まりました。「朝」の崩し字を知らないと、まったく読めない漢字です。現代日本の漢字偏重の文化は、あらためて見直していいと思っています。大和ことばの復権を考えたいものです。

 先日、八尾空港で軽飛行機が墜落するという痛ましい事故がありました。この空港は、私が中学生の頃に自転車でよく遊びに行き、滑走路脇を走り回ったものです。

 墓地のある高安山から見下ろすと、空港は家々の中に紛れています。手前の、私が通っていた南高安小学校と南高安中学校のグランドは、はっきりと見定められます。その左上、直線距離にして4キロもないところに八尾空港があります。


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 この墓地は、いつもきれいにしていただいています。大阪湾から淡路島のみならず、晴れ渡った日には四国徳島まで見通せます。
 両親も、島根県の出雲からお墓をこの高安の地に移し、今は激動の時代を生き抜いたことを懐かしみながら、2人で想い出話に花を咲かせていることでしょう。饒舌だった父と、無口だった母の姿が、この墓地に来ると思い出されます。あなたたちの子供も孫達も、みんな元気にしていますよ、と伝えました。
 
 
 

2016年3月28日 (月)

京洛逍遥(394)白川での書道展と吉井勇の歌碑

 書道の吉田佳石先生は、毎年残暑の頃には東京銀座で「慶山會書道展」を、桜の頃になると京都白川で「弥生展」をなさいます。

 昨夏の「慶山會書道展」のことは、「銀座探訪(31)書道展で左から右への横書きを見る」(2015年08月26日)に書きました。

 昨年の「弥生展」には行けなかったので、京都での展覧会の様子はその前の「京洛逍遥(311)祇園白川の書道展で長唄三味線を聴く」(2014年03月31日)をご覧ください。

 今回は、スイスからお越しのお客さまにお茶を点てて差し上げてから出かけたので、会場が閉まる直前に駆け込むこととなりました。
 毎年展覧会場となる「ギャラリー 門前」は、狭い階段を上がったところにある畳の部屋です。


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 今年の先生の作品は、「那裏去」という言葉でした。禅のことばから採ったとのことで、その意味を説明してくださいました。

 その横に掛けられていた、吉田先生の師である続木湖山先生の作品の前には、2000年にここで開催された展覧会の折の写真が飾られていました。続木先生は、2006年に95歳でお亡くなりになりました。
 私は、一度だけ続木先生のご自宅にうかがい、作品を見ていただいたことがあります。たどたどしく擦れさせて書いた「蘭亭序」は、幸運にも毎日展で入選したことを思い出します。

 京都での展覧会は、帰りに白川沿いの桜が楽しめます。ただし、今年は3月26日(土)と27日(日)の2日間で、私が妻と連れ立って行ったのは27日でした。このところの寒の戻りのせいもあって、咲いている桜をさがすのが大変です。


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 祇園の花見小路に向かうと、白川南通りに歌人吉井勇の「かにかくに 碑」があります。ここは、磯田多佳の茶屋「大友」があったところです。


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 碑文や看板などに記された変体仮名を正確に翻字しているところなので、このかな文字も「変体仮名翻字版」で記しておきます。


可に可くに
  祇園は
   こひし
   寝るときも
  枕のしたを
   水のな可るゝ

 四条大橋に出る途中で、おしゃれな京都祇園郵便局を見つけました。
 これはこれで、京都らしいデザインです。
 こんな発見があるので、街歩きはいつも楽しいものとなっています。


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2016年3月27日 (日)

京洛逍遥(393)半木の道沿いの桜はまだまだです

 北大路橋から、桜が開花している木越しに、大文字の如意ヶ岳を望みました。
 雪柳が川面を明るくしています。


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 半木の道の桜はまだ蕾です。先週の暖かさで開花したものの、すぐに花冷えとなり、少しお休みをしているようです。


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 小路に咲き掛かっているのは、隣の府立植物園から枝を延ばして顔をのぞかせている早咲きの桜です。


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 桜が小休止している間に、ということでしょうか。半木の道の木々を守ってきた金閣寺垣の補修が、一つ一つ丁寧になされていました。


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 新しく付け替えられた竹の緑が鮮やかです。

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 我が家でトントンと言っている飛び石から植物園を見やった一帯の枝垂れ桜が、毎年一番みごとな咲きぶりを見せてくれます。4月に入ってから開花するのでしょうか。


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 棚の下を見ると、右側の金閣寺垣が新しく緑に縁取られた一角をなし、真ん中と左側の垣がこれから装いを新たにするのです。
 数日もすると、木々や花々の色模様の移り変わりが楽しめそうです。
 
 
 

2016年3月12日 (土)

京洛逍遥(392)京洛の三日月と東都の白鷺

 高田郁の『あきない正傳 金と銀 源流篇』を一昨日一気に読んだせいか、今朝もまだ目をしょぼつかせながら新幹線に乗り込みました。

 車中では、昭和と戦争シリーズのビデオの内、昭和17年までの記録映像を見ました。満州を中心として編集した巻なので、ちょうど両親が渡満していた頃です。
 今、昭和初期のことを、文字や映像による記録で確認しています。近代史は勉強する機会がなかったので、遅ればせながらいろいろと情報収集をしています。人間が辿ってきた道をじっくりと確認していると、さまざまな疑問が湧いてきます。

 烏丸御池の歯医者さんへ行きました。
 最近前歯がぐらつくので、それを診てもらいました。
 何と、一本の歯が歯肉の中で折れていたのです。
 いつも言われます。
 そんなにいつも歯を噛みしめて生きてどうするのだ、と。

 身体の各部分で、持病と加齢による変化が出てきています。
 すぐに命に直結するものではないものの、自分ではどうしようもないことなので、言われるがままに注意します、と答えるしかありません。

 夕方、賀茂川散歩に出かけました。
 夕陽が沈む西の空高く、一羽の鳥がゆったりと大きく旋回しています。


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 空を飛んでいるのは一羽だけです。
 寒さが少し緩んだ一日だったこともあり、気持ちがよさそうです。

 西南の空には、雲間から顔を見せた三日月が、天に貼り付けたように置かれています。


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 先日、永井和子先生から、御自宅の小池を訪れてきた白鷺の写真を送ってくださいました。上品な鷺です。


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 今週ちょうど、東京の宿舎の近くの隅田川で、飛沫に打たれる鷺を見かけました。たくましい鷺です。


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 先月、賀茂川で鴨と一緒の鷺を撮りました。仲良し同士の鷺です。


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 東都と京洛の鷺たちが期せずして揃いました。
 
 
 

2016年1月27日 (水)

京洛逍遥(391)京都のバスの運転手さんもいろいろです

 最近、長距離バスや観光バスなど、大型車の悲惨な事故を見聞きすることが多くなりました。
 東京と京都の往復に、夜行バスをよく使った者の一人として、思い出すとぞっとすることが何度かあります。
 私は、たまたま事故に巻き込まれなかっただけであり、幸運だったのでしょう。

 今は、心身の疲れを考えて、夜行バスの利用は控えています。しかし、あの便利さは捨てがたいものがあります。
 若者たちが利用するのはいいことだ、と思っていました。しかし、それも安全運転がなされてこそのことです。
 バス会社が、法令遵守で安全運行を心がけていかれることを、強く望んでいます。

 先日も、東京駅の八重洲南口には、これから発車しようと待機する長距離バスや夜行バスの列がありました。
 乗り込むのを心待ちにする人々の気持ちの高ぶりが、遠目にも見て取れます。
 その旅人の気持ちを大事にして、バス会社の方は楽しい旅の案内人となっていただけることを願っています。


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 街中で、通勤や買い物や観光と、私は乗り合いバスをよく利用します。
 いつごろからだったでしょうか。京都での運転手さんの運転ぶりと車内放送などが気になり出したのです。それ以来、バスを降りる時にその方のネームプレートを見て、その運転手さんの態度をメモするようになっていました。
 これは、非常に不愉快な思いをすることが多かったからでもあります。

 たくさんのメモの中から、この半年の間で好感をもった運転手さんのことを整理してみます。
 たまたま出会った運転手さんなので、運転ぶりはその日の気分や体調の影響もあるかと思います。しかし、それは一期一会ということにして、私が乗った区間での30分ほどの車内での印象を記し留めておきます。

 ここで取り上げるのは、京都駅前から出るバスと、府立大学前から出る、河原町通りと下鴨神社を通る205番のバスでのことです。

 まず、何度か同乗して一番感じがよくて好感がもてるのは、駒井和幸さんという若い方です。気持ちがいい運転であり、歯切れのいい車内アナウンスであり、乗降客への心配りが感じられました。今後とも、心地よい乗客サービスをなさることでしょう。この駒井さんが運転なさるバスに乗り合わせることを、いつも楽しみにしています。

 以下、私がいいと思った運転手の方々です。

 藤村和三さんは、乗り降り時に「ありがとう」とおっしゃる言葉遣いが、最低限の節度あるマイクの使用で、爽やかさがいいと思いました。
 芦澤寛繁さんと藤岡卓行さんは、停留所でのアナウンスが手短かで丁寧です。
 奥村嘉和さんと池田崇さんと櫻本暁士さんのアナウンスは、明るくハキハキしていて聞き取りやすく、キビキビしていて好印象でした。
 井本健一さん、平林良基さん、吉田則彦さん、荒木定司さんは、乗降客に対して優しく親切で、丁寧で誠意のある対応をなさっていました。
 
 以上はいずれも、年齢も若い方々なので、悪評高い京都のバスの運転手さんの中では、今後ともイメージアップに貢献されることでしょう。
 
 ついでながら、私が良くないと思う運転手さんも記録として残しておきます。
 
 YSさんは、とんでもない方でした。
 目が不自由な方と一緒に乗った時のことです。私が「京都駅前にいきますか?」と聞くと、「京都駅行きだから行かないわけはないでしょ」と、つっけんどんな対応でした。「行き先表示をよく確認しないで、慌てて乗ったので」というと、話にならんという不機嫌な態度で無視されました。非常に不愉快な思いをさせられました。おそらく、損な人柄の方なのでしょう。

 KKさんは、まだ私の足がステップを踏んでいる状況なのに、強引にドアを閉められたのです。ドアが肩にぶつかり、痛い思いをしました。車内でのマイクは親切だったので、朝から気分が優れなかったのでしょうか。降りる人がいるのに発車し、「降りられるんですか?」と、停留所の先で停めることが2回もありました。発車を急ぎすぎです。乗っていて、心休まることのない運転ぶりでした。

 KIさんは、若くて親切でした。しかし、気怠く小馬鹿にした喋り方で車内アナウンスをされます。観光客の方は一体どうしたのだろう、と思っておられることでしょう。
 この傾向は、年配の運転手さんに多いようです。若い運転手さんにはあまり見受けられない態度なので、記憶に残っています。

 MIさんとSUさんは、マイクの声が不明瞭でほとんど聞き取れません。年配の方に多いのです。

 HIさんは、ドアを開けるとき以外は一言も喋らず乗客に対して不親切です。

 KNさんは、無言で荒っぽい運転なので、乗っていて不安になります。

 SYさんは、車内アナウンスは親切な言葉遣いですが、首が痛くなるほどの荒っぽい運転をする方でした。
 
 運転手さんといっても、いろいろな方がいらっしゃいます。
 特に京都は観光地だけに、楽しくていい思い出を、バスの運転手さんがぶち壊しにしないでほしいと思っています。その意味でも、こうして、あなたが運転しておられる姿は見られていますよ、というプレッシャーをかけるのは、観光都市を守る観点からも必要な市民のチェックだと思っています。

 大多数の運転手さんは、まじめに勤務しておられます。しかし、えてして年配の方に、ふふてぶてしくて傲慢な態度が目に付きます。おそらく、ここでお名前をあげた好感の持てる運転手の方々は、そうした先輩を見て、ああはなりたくないとの思いから、誠心誠意お客さまを思いやる気持ちで運転をしておられるのでしょう。

 みなさんではないにしても、年配の運転手の方は、くれぐれも謙虚な運転を心がけていただきたいと熱望しています。
 若い方は、今のままで、京都を訪れるみなさんが気持ちよく旅を続けられるように、旺盛なサービス精神で迎え入れてあげてください。みなさんは、大切な役割を果たしておられるのですから。
 
 
 

2016年1月17日 (日)

京洛逍遥(390)四季の和歌碑と光琳の梅の開花

 京都府立図書館を出てから、平安神宮を左折して鴨川に向かって西進すると、冷泉(現在は「れいせん」)通りの桜並木を歩くことになります。
 それを突き当たった川端通り沿いに、鴨川を詠んだ四季の和歌碑があることに気づきました。ちょうど琵琶湖疏水が鴨川に流れ込む場所です。木橋があるそばです。


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(右上) ちはやぶる
   かもの川べの藤波は
    かけてわするゝ
     時のなきかな
        兵衛

(中上)  桜花
   ちりかひかすむ
      春の夜の
   おぼろ月夜の
      かもの川風
         実朝

(左上)  心すむ
     ためしなりけり
    ちはやぶる
     かものかはらの
        秋の夕ぐれ
         後鳥羽院

(左下) 霜うづむ
    かものかはらに
        なく千鳥
     氷にやどる
       月やさむけき
           良経

 いつ、どのような経緯で置かれたのかは、石碑をぐるりと回っただけではわかりませんでした。また、どなたが選歌なさったのかも、今は不明です。後日調べてみます。

 それにしても、設置場所の選択といい、その説明がないことといい、まったく目立たないものとなっていることが惜しまれます。

 今日初めてこの歌碑に気づいたので、とりあえず記しておきます。

 帰りの途次、下鴨神社に立ち寄りました。
 境内を流れる御手洗川に架かる輪橋の前に、光琳の梅があります。
 いつも春先になると、梅の開花を楽しみにして様子を見に来ています。


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 今年はどうかと思って足を向けると、まだ蕾は堅そうです。
 しかし、輪橋の上にしなだれ掛かる枝に、早くも多くの梅が花開いていました。


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 枝の奥の方が成長は早いようで、よく見ないと咲いているのがわかりません。
 開花はまだだ、と見過ごさずに、後ろに回り込んで見ると、ピンクと黄色の多くの梅花が意外なほどに美しさを競っています。
 多くの蕾も、これから一斉に咲くことでしょう。
 今年は、梅の開花が長く楽しめるかもしれません。
 
 
 

2016年1月16日 (土)

京洛逍遥(389)新幹線と京都市バスでの奇妙な英語のアナウンス

 新幹線「のぞみ」の東京発新大阪行きの車内アナウンスが、どうも異様でした。
 日本語での案内の後の英語のアナウンスが、合成音声の金切り声だったのです。しかも、ボリュームが低かったせいか、聞き取るのも耳を澄まさないといけないほどでした。

 周波数が高すぎるのです。キンキン声で非常に耳障りな、癇に障る音です。これはもう言葉とは言えない、不快な雑音です。
 いつから変わったのでしょうか。年初に乗った時は、こんな不愉快な音ではなかったので、最近のことなのでしょう。

 日本語は普通に聞こえていたので、あるいはこの英語の録音ソースだけが不調だったのでしょうか。

 京都の市バスの中で流れる案内も、不可思議な英語の発音でアナウンスが流れます。カセットテープが伸び切ってワカメ状態のときのように、変なうねりがあります。
 また、そのアクセントも不自然で、イギリスやアメリカの方の発音ではありません。この案内の音声は、どこの国の方が録音されたものなのでしょうか。もちろん、日本に方言があるように、世界各国にその地域独特の訛りがあるものです。これがどこかの国の訛りであれば、どこの国なのか興味があります。

 英語等で仕事をしている娘も、我が家に来るたびに、この驚愕の英語のことを話題にするので、これはごく普通に変なのです。

 もし京都駅から、205番の河原町通りを走るバスに乗られたら、「葵橋西詰め」とか「新葵橋」というときの「葵」の発音を聴いてください。のけ反りますよ。
 海外の方に、京都人の英語の発音はこんなに奇妙なのか、と思われたくないので、一日も早くまともな車内アナウンスにしてほしいものです。笑いもの状態で、すでに何年か経っていますので。

 この妙竹林な英語を流し続けているのは、何か理由がありそうです。そうでないと、あり得ないことだからです。関西人特有の、笑いを取ろうとしたものとも思えません。吉本新喜劇でも、こんなけったいな英語の台詞は使わないはずです。
 いったい、何がこうさせているのでしょうか。

 夕方、賀茂川を散策しました。
 鷺と鴨が仲良く落日を待っています。

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 今日、こんな鳥を見かけました。初めて見る鳥です。


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 ネットで画像検索をしました。しかし、この鳥に似た画像は見つかりませんでした。
 どなたかご存知の方がいらっしゃいましたら、ご教示をお願いします。
 
 
 

2016年1月 4日 (月)

京洛逍遥(388)鷺と梅に見送られて息子の入院先へ

 今朝の賀茂川は、靄がかかっていました。


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 水鳥たちは今日が仕事初めなのか、賀茂川に飛来しみんなで遊んでいました。

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 家を出る時には、紅白梅がみごとに咲いていました。年末からの温度管理がうまくいったのです。


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 京都駅からの新幹線は、久し振りにすし詰め状態です。今日は月曜日で仕事初めなので、てっきり昨日がピークかと思っていたのです。この混雑ぶりは意外でした。

 いつも自由席をネットで取ってから出かけます。ホームに上がってしまっていたので、今回は変更できません。5本の「のぞみ」を見送った後に「ひかり」に乗り、通路に立ったままで名古屋駅まで行くことにしました。米原と岐阜羽島で降りる方があれば、との思いは空振りでした。

 名古屋駅で「のぞみ」に乗り換え、通路に立って東京に行くことも考えていたところ、たまたま横に座っていた方が名古屋で立たれたのです。ラッキーとばかりに、座らせていただきました。

 一時は、「こだま」で4時間50分の旅を覚悟しました。しかし、お昼に手術をする息子のことが気になっていたので、立ちん坊でもいいので名古屋から「のぞみ」をも考えていたのです。

 新年早々、小吉の運が舞い込んだようです。息子の手術も、うまくいく予感がしました。

 新幹線でやっと座れたころに、息子から次々と持って来てほしいものの要求が届きだしました。手術は成功のようです。

 東京に着いてからは、宿舎に戻って必要なものを取り集め、慌ただしく明治神宮に面した病院に急ぎました。
 神宮のそばに行きながらも、初詣どころではありません。

 きれいな病院でした。
 病室の窓からは明治神宮の森が見えています。

 手術後すぐだったこともあり、痛い痛いと弱音をはいていました。
 しかし、それも時間とともに癒えていきます。
 とにかく、まずは今晩一晩の辛抱です。
 がんばれ。

 
 
 

2016年1月 2日 (土)

京洛逍遥(387)下鴨神社へお詣りしてからお茶を一服

 お正月2日目は、娘夫婦が年始に来たので、一緒に下鴨神社へ初詣に行きました。
 焚き火の横の楼門前で甘酒をいただきました。

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 光琳の梅は、もう少しで蕾が一斉に開き出すところです。


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 新年のお茶会は、私と娘が入子点でお茶を点てました。
 お茶菓子は、鶴屋長生の「都福梅」と「利休心」です。

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 我が家の紅白梅は、紅梅が数輪ほころび始めています。
 明日、白梅が花開くのが楽しみです。


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2016年1月 1日 (金)

京洛逍遥(386)元旦の初詣は上賀茂神社 -2016-

 今年もおせちは、妻と息子の合作による味です。
 右の中央に「扇昆布」が、左に「葛素麺 開花宣言」が散らしてあります。


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 食後、息子を正客にして、入子点でお茶を点てました。
 回数を重ねると、少しずつ手が動くようになるのでおもしろくなります。

 例年になく暖かいお正月です。
 昨年は雪の中での初詣でした。

「京洛逍遥(341)未年の元旦は雪降る下鴨神社へ初詣」(2015年01月01日)

 今年は、上賀茂神社から先にお詣りです。


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 神馬の神山号は、今年も元気です。


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 チェーンソーアートのサルは力作です。


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 ならの小川の川岸に建つ歌碑に気が惹かれました。説明板には刻まれた元の文字表記に戻れない、現代式の翻字になっています。これは、明治33年にひらがな一文字に統一された仮名表記によるものなのです。


風そよぐならの小川の夕ぐれは
 みそぎぞ夏のしるしなりける
        (藤原家隆卿)

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 しかし、私は昨年のお正月以来、翻字は変体仮名交じりの表記にすべきであることを提唱しています。この歌碑を「変体仮名翻字版」で表記すると、次のようになります。


  藤原家隆
 風 そ よ ぐ
ならの小川
  夕暮
 三所ぎぞ夏の
  しる
    りける

 早いと来秋には約300文字の変体仮名がユニコードに登録され、コミュニケーションツールとして利用されることになります。
 全国各地の史跡の翻字を、この時代の流れを汲んで、そろそろその準備に入ってもいいのではないでしょうか。

 帰り道、京都コンサートホールと京都府立大学の間に建設中の新総合資料館の新年の姿を、通りから確認しました。この完成が楽しみにです。


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 自宅の紅白梅の蕾は、昨日よりも少し膨らんでいるようです。
 その後ろに、上賀茂神社でいただいた宝船を置いてみました。


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2015年12月31日 (木)

京洛逍遥(385)大晦日の鷺たちと錦市場

 時は何処の誰にでも平等に刻まれて行きます。
 今年も大晦日を迎えてそのことを実感します。
 
 この一年もいろいろなことにチャレンジしました。
 一日があっという間もなく過ぎた日がありました。

 そうかと思うとなかなか終わらない日もありました。
 その帳尻が合い無事に大つごもりを迎えられました。
 
 今朝は朝日を浴びて妻と共に賀茂川散歩をしました。


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 今年は例年よりも水鳥たちが少ないように思われました。
 しかし今朝はいつもに増して多くの姿が見かけられます。


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 おせち作りのお手伝いに洛中から息子が来ました。
 一緒に三条の回転寿司「むさし」へ出かけました。

 勧めてくれるがままに鯛の皮で包んだ寿司を手に。
 その食感が口にあったこともあり気に入りました。
 
 錦天神を拝んでから錦市場でおせちの買い物です。

 今年は例年よりも海外の方々がずっと多かったように思います。
 錦市場を歩きたくても真っ直ぐに進むのが非常に大変なのです。
 頼まれた「扇昆布」「葛素麺開花宣言」と赤かぶを買いました。

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 例年通り紅白梅はお正月の三ヶ日内にみごとに咲くでしょうか。


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2015年12月28日 (月)

京洛逍遥(384)歳末の賀茂川とお客人のお点前

 歳末ともなると、賀茂川の鷺をはじめとして水鳥たちも気忙しそうです。
 新年を迎えるために、人知れず鳥たちなりに心の準備をしているのでしょう。


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 北山も、新しい空気に入れ替わりつつあります。
 写真左横に、京都五山の送り火の船形の帆が見えます。


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 鞍馬山の方面はうっすらと霞んでいます。


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 高野川と賀茂川の合流地点近くの出町橋から柳越しに、糺ノ森と下鴨神社を見やりました。若狭からの鯖街道口の石碑の向こうに、比叡山が望めます。


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 この出町橋の袂に、手押しポンプがあります。時々、子供たちが水を汲み上げて遊んでいます。
 ポンプ越しに、送り火で大文字の主舞台となる如意ヶ岳が、おにぎりの姿で見えています。


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 今日は、アメリカから若いお客さまがいらっしゃいました。
 まずは私が入子点で薄茶をさしあげ、続いて実際にお茶を点ててもらいました。


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 日本に深い理解があるだけに、茶碗の扱いが初めてとは思えません。
 また、長時間の正座でも痺れをきらすこともなく、楽しくいろいろなお話ができました。

 私は着物に袴を着けてのお相手をしたので、心地よい緊張感と疲れが楽しめました。

 今日のお茶菓子は、主菓子は季節のもので、干菓子はお正月らしいものにしました。


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2015年11月13日 (金)

京洛逍遥(383)お風呂屋さんで若手落語会

 2週間ほど前の話になります。
 月亭太遊の「ちゃいちゃい寄席」という落語会が、下鴨上川原町にある小さな銭湯「鴨川湯」でありました。


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 お風呂屋さんの定休日を活用した地元の寄席です。
 京都市内の銭湯を活性化するために、いろいろな銭湯を経巡るイベントでもあります。
 今回が、15回目だとか。初めて参加しました。


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 入口でもらった入浴券(430円)は、後日使えるので、お得な寄席です。
 脱衣場が会場です。
 ぎっしり満員だったので、50名以上は入っていたと思います。


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 銭湯というと、やはりコーヒー牛乳です。
 フルーツ牛乳はありませんでした。


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 出演は、桂一門2人と月亭一門3人です。

 桂あおば、月亭天使、月亭方気、月亭太遊、桂三幸の面々は、初めて見る方々です。
 みなさんの熱演の甲斐あって、子どもたちにも大受けでした。
 
 お風呂で使うプラスチックの腰掛けが、この日は間に合わせの見台になっていたのには笑いました。見台というのは、上方落語で使う小さい文机です。江戸の落語では使われない小道具です。


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 私は、最初に出られた桂あおばさんが一番よかったと思います。
 この方が、まずは会場の子供を含めたみんなの爆笑を取ったところから、この寄席は風呂場に集まった者が一体となったのです。

 この下鴨地域は、地蔵盆をはじめとして、地元のみなさんで取り組む行事がいくつもあります。
 そうした下地がある中なので、このようなイベントも盛り上がるのでしょう。

 演者のみなさんのますますの活躍を祈ります。
 そして、これを機会に、またこの地に来てもらいたいと思います。
 初めての地での落語会とは思えない、大盛況のうちにお開きとなりました。
 心ばかりの投げ銭を、と言いながらも、みなさんからは銭湯の洗面桶が一杯になるほど投げ込まれていました。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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