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2015年11月 5日 (木)

京洛逍遥(382)岡崎公園から白川の紅葉巡り

 過日、京大病院では、正面入口のエントランスホールが改装され、ゆったり広々とした空間になりました。
 左側がドトールコーヒーの休憩コーナーです。
 右側は、手前がさらに変わって行きそうです。


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 診察後の帰り道は、聖護院から南に下って岡崎に出て、白川を歩きました。

 冷泉通り沿いの疏水端から、平安神宮を望みました。
 小雨の中だったので、紅葉の色づきに鮮やかさはないものの、しっとりとした秋の風情です。


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 みやこメッセの前にある、光源氏と紫の上の像は、緑に黄色と朱が背景に散っているので、いつもよりもきれいに映ります。


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 南禅寺から下ってくる疎水掘に、二羽の鷺を見かけました。
 ここで鷺を見るのは初めてです。


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 白川から平安神宮を見やると、鳥居もいつもよりも鮮やかに写ります。


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 よく撮影に使われる一本橋も、この季節が一番風情を感じさせます。
 いつも感じることです。この電信柱はない方がいいのですが。


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 この一本橋は、もうありきたりの風景になってしまいました。
 しかし、やはり目の前に展開する景色は、映像と違って微妙な変化を伝えてくれます。

 落ち葉を掃き清めている方がいらっしゃいます。
 ありがたいことです。ごくろうさまです。


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 葵祭の行列で上賀茂神社へ北上する加茂街道は、春の桜に負けず劣らず紅葉もいいものです。


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 そのすぐ横の北大路橋下では、砂利と土砂が堆積した中洲の撤去作業が進行しています。


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 四季折々に変化を見せる景色を見ながらの散策は、楽しいものです。
 
 
 

2015年11月 1日 (日)

京洛逍遥(381)知恩寺の第39回秋の古本まつり -2015-

 京都大学の北側の道を隔てた百萬遍知恩寺の境内で、今年も恒例の秋の古本まつりが昨日から始まっています。約20万冊の本が並びます。

 今日は、御所の一般公開からの帰りに立ち寄ったので、西門から入りました。


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 古本まつりは、初日が1番楽しめます。
 しかし、昨日は茗荷谷の放送大学で講義があったので、残念ながら2日目の今日、本たちとの出会いに出かけました。

 それでも、ずっと探し求めていた本と、境内に入ってすぐの本堂前の屋台で出会えました。


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 3冊500円の台の中に、垂涎のその3冊が埋もれているのが、真っ先に目に留まったのです。
 目を疑いながら、本の状態や手触りを確認しました。
 伊井春樹先生がよくおっしゃっていました。探し求めている本は、向こうからお出でお出でをしてくれる、と。
 まさに、その瞬間にいきなり出合えたのです。

 私は、ネットで本は絶対に買いません。本とのこうした出会いを楽しみにしたいのと、中小の小売り書店を潰す側の一員に、悪意がないにしても加わりたくないからです。
 街の新本屋さんや古本屋さんが、ネットショッピングによって絞め殺されていく現状が忍びないのです。

 今日は、出合い頭の幸運でもあり、すぐにいただくことにしました。
 また、境内の中でも数冊、掘り出し本を見つけました。
 収穫の多い古書探索の一時を楽しみました。


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 いつもと逆の南門から出ました。
 手にする袋の重みを感じながら、大満足で門を潜ります。


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 自転車に本を積み、北山からの冷たい風を受けながら、賀茂川を北上しました。
 
 
 

2015年10月31日 (土)

京洛逍遥(380)京都御所一般公開 -2015秋-

 京都御所では、昨日30日より来月3日までの5日間、秋季一般公開が実施されています。
 機会を見つけては足を運び、有職故実人形展示だけは見るようにしています。

 今日は少し肌寒いとはいえ、天気がよかったので多くの方が参観に来ておられました。
 聞こえてくる会話は、日本の文化を知りたい、という思いからのものがほとんどです。
 日本通と思われる方が、日本の文化を熱心に語っておられます。ただし、それが的外れな説明になっていることがしばしば。それでも、聞いていて微笑ましいものがあるので、この一般公開という空間の演出は大歓迎です。

 とにかく、自分の目でじっくりと見ることが、まずは1番大切だと思います。
 見られる時に見る、というのが大事なのです。理解や説明は、後からいつでもいいのです。

 紫宸殿の南庭西側の月華門から見た紫宸殿です。


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 そこから南に回って、建礼門の前の承明門から見た紫宸殿。


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 御所南東の建春門の前には、3日に行なわれる舞楽の準備がなされていました。


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 ちょうどその時、散水車が通りました。砂利道の埃を静めるためなのでしょうか。めずらしい光景なのでパチリ。


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 私が目指す有職故実人形展示が、例年は小御所のところを、今年は清涼殿で行なわれていました。
 内容が、「五節舞姫御前試」だからです。

 設置されている2つの説明文には、次のように書かれていました。


(左側)展示について

 御前試の舞台となるのは、清涼殿東廂と東弘廂です。東廂には天皇の座、皇后の座(同席される場合)があります。天皇の座には殿上の間の御椅子を使用し、皇后の座には大床子に敷物を敷いて平座として使用しました。舞姫は、東弘廂の円座に着座しました。
 儀式では、東弘廂の舞姫の座の三方(南・北・東)を屏風で取り囲み、東廂と東弘廂の間の御簾を下ろしました。
 御前試は、平安時代に年中行事として定着しましたが、南北朝時代には途絶えたとみられ、当時の装束は伝えられていません。展示している舞姫の五節舞姫装束は、今上陛下の大嘗祭で使用されたものです。
※天皇の座と皇后の座の位置のみ御簾を上げ、内部をご覧いただきやすくしています。
 
 
(右側)展示の場面について

 御前試の儀式を、2つの場面に分けて展示しています。
 向かって左から右へ、場面が展開します。

場面1(向かって左三体):対面
 清涼殿に参上した舞姫と舞師が、東弘廂に敷かれた円座に着座し、両陛下と対面している場面です。

場面2(向かって右二体):舞披露
 対面を終えた舞姫が、五節舞を披露している場面です。
〔平安宮内裏の清涼殿は、江戸時代に復元された清涼殿よりも柱間が広かったため、本来は両陛下の前で、四人の舞姫が舞いました。〕


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 中央の説明文は次のように書かれています。


五節舞姫御前試(人形展示)

 五節舞は、11月に行われた年中行事である新嘗祭と、一代一度の大嘗祭の後に豊明節会で披露される舞で、新嘗祭では4名、大嘗祭では5名の舞姫が、大歌と呼ばれる歌にあわせて、檜扇を翳して舞いました。
 御前試は、紫宸殿で行われる豊明節会の本番を前に、天皇や皇后の御前で舞姫達が予行演習をする儀式です。
 展示では、平安時代の儀式書である『江家次第』に基づき、清涼殿で行われていた儀式の様子を、五節舞装束の人形と御所に伝わる調度を用いて再現しています。


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 右端にある説明文は、次の通りです。


紫式部・清少納言と五節舞姫

 平安中期の貴族層や女房達にとって、11月に行われる五節行事(帳台試・御前試・童女御覧・豊明節会)は、最も華やかで待ち遠しい年中行事であったといわれています。
 紫式部の『紫式部日記』には、舞姫が宮中に入る様子や儀式を見た時の感想が記され、顔を隠すことが女性の礼儀とされた当時、殿上人等に囲まれ、煌々と照らされた明かりの中を参入しなければならない舞姫への同情の気持ちが率直に記されています。『源氏物語』にも舞姫に関する叙述があります。清少納言の『枕草子』には、皇后藤原定子が舞姫を遣わした際の様子や、五節行事期間の宮中の様子が生き生きと描かれています。


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 今春も、五節の展示がありました。参考までに、次の記事の中の写真をご覧ください。

 「京洛逍遥(350)京都で『源氏物語』を読んだ後に御所の一般公開へ」(2015年04月04日)

 紫宸殿の東側の宜陽殿には、威儀者・威儀物捧持者の人形展示がありました。


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 例年人形展示がある小御所では、屏風(模写)が見られるようになっています。


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 御常御殿を塀越しに見上げると、紅葉がきれいでした。


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 御内庭は、いつ見てもみごとです。


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 帰りに飛香舎(藤壺)を振り返ると、爽やかな比叡山の姿が望めました。
 この藤壺は、「京洛逍遙(108)御所の秋季特別公開」(2009/11/3)で見ることができました。普段は公開されません。


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 一時、いにしえの時空を遊び楽しんで来ました。

 帰り道、賀茂大橋から川沿いの紅葉が色付いているのを見つけました。
 これから、この賀茂川の散策が目を楽しませてくれます。


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2015年10月28日 (水)

京洛逍遥(379)苗字と屋号の仮名文字が変体仮名に見える

 京都三条通りにあるイノダコーヒー三条店の西隣り、本店の北に、こんな暖簾と看板を掲げる店があります。


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 暖簾を見かけて、店名と思われる「WI DO SU-YA」と読む店名らしき名称に目が留まりました。
 何のお店だろうか、と。

 その上に掲げられている板額の文字を見ると、その大きさが異なることから、「ゐど」と「寿屋」の2つに分かれることがわかりました。

 入口の左に掲示されている店名表示に「株式会社 居戸」とありました。
 「ゐど」が会社名であることに思い至りました。
 
 それでも何かすっきりしないので、中に入って話をうかがいました。
 社長さんが対応してくださり、すべて解明しました。

 会社名の「居戸」は、社長さんの代々の苗字だそうです。
 ここは、その「居戸」さんが経営なさる「寿屋」という会社なのです。

「ゐど 寿屋」のホームページ

 さらにうかがうと、今の人は「居」が読めないこともあり、父の代にひらがなで「ゐど」にしたそうです。
 それを聞いて、過日「国際文字コード規格」に提案された「学術情報交換用変体仮名セット」の中に、「ゐ」のグループには「井」と「遺」の2つしかないことを思い出しました。
 また、「い」のグループには、「以」「伊」「意」「移」の4つが変体仮名として提案されています。
 つまり、「居」はこれまでにも、これからも、変体仮名としては扱われていないのです。

 「戸」については、提案された変体仮名セットの中では、「土」「度」「東」「登」「砥」「等」の6種類があり、「戸」は今回の提案には入っていません。

 崩し字辞典の中には、「と」の字母として「戸」を採用しているものがあります(近藤出版社など)。

 いずれにしても、この「ゐ」と「ど」は、ひらがなではなくて読み仮名に由来するものなのです。

 私が最初に気になった「寿」と「屋」は、共に変体仮名としての「す」や「や」ではなくて、漢字として用いられた「寿」と「屋」でした。

 このところ、変体仮名についての問題を考えることが多いので、街中で仮名文字に出会うと、その読み方と来歴が気になるようになりました。

 飲食店街を歩くと、至る所に変体仮名が氾濫しているので、仮名文字を追うのに忙しくて、飲んでもいないのに右往左往の千鳥足状態です。
 場末の繁華街でも、まじめに調査研究をしています。
 もし見かけても、声をかけないで通り過ぎてください。
 
 
 

2015年10月10日 (土)

京洛逍遥(378)京都で源氏を読む会の源氏散策(第1回目)

 いつもは京町家のワックジャパンで源氏を読んでいる会も、秋らしくなったことでもあり、京都の街中にある『源氏物語』関連の地を散策することにしました。

 今日はその第1回目として、「桐壺」巻に関係する大内裏周辺を歩きました。

 京都市が源氏千年紀の2008年に、『源氏物語』のゆかりの地として40箇所に説明板を設置しました。その内の、1番から16番までを、今日1日で歩きました。
 プランニングと下見は、いつものメンバーである石田さんが担当してくださいました。
 次の地図の赤で示した矢印が、今回の行程です。


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 お昼前に、千本丸太町の交差点角にある「大極殿跡前」の児童公園に集合し、ここをスタート地点としました(市バス「千本丸太町」すぐ横)。

 以下、2008年に私がこのコースを歩いた際の記事のアドレスを、参考までに引きながら記していきます。
 そして、今回掲載する写真は、その時と違っているものや、新たに目に入ったものに限定しています。

「説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)

 ここは、何も変わっていません。ただし、歩道の縁石に設置されていた建物群の指標は、今回その6個すべてを確認しました。また、道路に埋め込まれた表示も。その写真を列挙します。

 まず、南北に走る千本通の西側から。


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 この千本丸太町の交差点を東に渡り、大極殿跡がある場所の向かい側を北に向かって進みます。
 それぞれの指標が、千本通を挟んで東西に向かい合っています。


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 少し行ってすぐの小路を右に曲がった突き当たりに「建礼門跡」があります。

「説明板13-建礼門跡」(2008/6/14)

 7年前と何もかわっていません。

 狭い道を北上すると、すぐに下立売通りに出ます。
 ここを左折すると、立て続けに3箇所に説明板があります。

「説明板8-紫宸殿跡」(2008/6/9)

「説明板 6-蔵人町屋跡」(2008/6/5)

 ただし、「6-平安宮内裏蔵人町屋跡」だけは、平日以外はシャッターが降りていて見ることができません。今日は、土曜日だったので、残念ながら見られませんでした。


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「説明板 7-内裏内郭回廊跡」(2008/5/31)

 ここの石碑の写真を、7年前には掲載するのを忘れていたので、ここで今日の写真で補っておきます。


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「説明板14-宜陽殿跡」(2008/6/10)

 この「宜陽殿」の説明文中の中ほどにある「若紫」という巻名は、今は「若菜上」に訂正去れています。古い写真や資料などを使って授業や説明をなさっている方は、お気をつけください。
 参考までに、現在の訂正された説明板の文章を掲載します。


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 お昼ご飯は、この一帯をぐるっと回ってからここに立ち戻り、「ショップ&カフェ 綾綺殿」でいただきました。

 次は、内裏の東端から少し外にある説明板です。

「説明板1-平安宮内裏跡」(2008/7/11)

 さらにコの字型に回り込んで「建春門跡」へ行きました。

「説明板12-建春門跡」(2008/5/15)

 ここを東西に走る道は、まさに説明板のメインストリートとでも言うべき場所で、目白押しに『源氏物語』の縁の地となっています。

「説明板11-温明殿跡」(2008/5/19)

「説明板10-昭陽舎跡」(2008/5/20)

 そして、この通りはかつてとは様変わりで、ゲストハウスが並ぶ一角となりました。
 「承香殿東対」「承香殿西対」「参の局」「弐の局」「壱の局」「弘徽殿の南邸」と、各ゲストハウスが並んでいます。


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「説明板5-承香殿跡」(2008/5/24)

「説明板3-弘徽殿跡」(2008/5/30)

「説明板4-清涼殿跡」(2008/5/25)

 この「清涼殿跡」から「淑景舎(桐壺)跡」まで、どれくらいの距離があるのか、歩数を数えてみました。

 「清涼殿跡」からすぐ北の「梅壺」まで70歩。

「説明板2-凝華・飛香舎跡」(2008/5/30)

 そして、「梅壺」から北進してすぐの出水通りを右折して「淑景舎(桐壺)跡」までが125歩。
 結局、清涼殿から桐壺までは〈195歩〉でした。
 私は少し歩幅を狭くして歩きました。同行の女性陣とほぼ同じでした。
 今度「桐壺」巻を読む時の参考になります。

 この周辺は、家の取り壊しと立て替えが急ピッチで進んでいました。
 数年後に来ると、この西陣の一角はまた様変わりしていることでしょう。


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 食後、予定よりも早く回ったので、少し北に上がった場所に足を運んで解散となりました。

「説明板15-平安宮大蔵省跡・大宿直跡」(2008/7/28)

 なかなか充実した半日となりました。
 内裏があった頃と較べて、今はまったく雰囲気が異なるとはいえ、その距離感は体感できます。

 今回経巡ってみて、建物の名前の呼び方に注意が向きました。

 「仁寿殿」のことを、綾綺殿の前の説明文には「にんじゅでん」と振り仮名があり、平安宮内裏跡の説明文には「じじゅうでん」と振ってありました。私は「じじゅうでん」と言ってきました。

 また、「宜陽殿」(ぎようでん)と「宣陽門」(せんようもん)も、あらためて聞かれたら迷うところです。

 こうしたことは、他にもたくさんあります。
 「紫宸殿」を私は「ししいでん」と読みます。しかし、一般的には「ししんでん」としています。有職読みとでもいうものなので、どちらかに決することもできないのでしょう。「有職」も「ゆうそく」と「ゆうしょく」と2通りの読みがあります。
 とにかく、どちらかを明記して、別の読みも示す、というのが一番いいと思います。

 ワックジャパンで源氏を読む会は、次回は11月7日(土)に京都ライトハウスで開催される「点字百人一首」に参加します。見学だけですが。
 ハーバード大学本「蜻蛉」を読むのは、12月から、ということになります。
 
 
 

2015年9月22日 (火)

京洛逍遥(377)正義感に溢れたお年寄りのお節介

 今年のシルバーウィークは、法事と賀茂川散歩と仕事に終始しました。
 私がのんびりと京洛を逍遥できるのは、秋が深まってからとなりそうです。
 そこで、今日は鷺と鴨たちのシルバーウィークの様子からです。


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 仕事が山積していることもあり、早々に新幹線に乗るためにバスで京都駅へ向かう時のことです。
 自宅前で乗ったバスが、「下鴨神社前」を過ぎて「糺ノ森」に近づいた頃でした。

 一人の総白髪の70歳過ぎと思われる男性が、優先シートから今にも降りようと腰を浮かせ気味のアベックに対して、人差し指で「後ろを見ろ」と指図されました。一瞬私は、ここが下鴨神社だと教えておられるのかと思いました。

 しかし、実はそうではなくて、「ここは優先座席だから立て」と言いたいようです。そのお年寄りの睨みつけるような顔を見て、若い2人はちょうど降りようとしておられたこともあり、さっと立たれました。怪訝そうな、不愉快な思いをおし隠した様子で、次の「糺ノ森」のバス停で降りられました。

 2人を優先座席から追い出したからといって、その方は自分が座るわけでもないのです。席はしばらく空いていました。私は、その方と並んで吊革をつかんで立っていました。

 おそらく、正義感に満ち溢れた方なのでしょう。憤慨した面持ちで、一言も喋られませんでした。
 もし私と目でも遭えば、「今どきの若い者は」と呟くか、仰ったことでしょう。

 若者たちは、おそらく大徳寺からバスに乗り、糺ノ森、下鴨神社、河合神社、へと観光で移動中だったのでしょう。楽しそうに2人旅を楽しんでおられた物静かなアベックには、本当に気の毒なことでした。
 京都の旅の印象が、このお年寄りの要らぬお節介によって、悪くならなかったらいいのですが。心配です。

 公共交通機関には、確かに優先座席が設けてあります。しかし、旅の人ならば、気付かないこともあります。旅行中には、体調が悪くなることもあります。

 四角四面にマナーを押し付けず、ケースバイケースの判断があっていいように思います。

 もう15年以上も前のことです。
 1番下の息子が小学校6年生になったとき、イギリス、ドイツ、スイスの旅に連れて行きました。ドイツとスイスはレンタカーで走り回り、楽しい旅を満喫しました。

 シティ・オブ・ロンドンのセントポール大聖堂の前のスーパーマーケットで、私が買ったお酒を息子が嬉しそうにレジに持って行った時のことです。お店の親父さんに、子供がお酒を持ち歩いてはいけないと、手厳しく注意を受けました。

 ウィンブルドンへテニスをしに行く電車の中で、息子が靴を履いたままでシートに足を上げたところ、目の前に座っておられた女性が、それはだめだと優しく言い聞かせてくださいました。

 海外で我が子の躾となり、文化の違いを実感すると共に、ありがたいことだと思いました。

 しかし、今日のお年寄りの注意の仕方は、不快感を露骨に示した意地悪さがありました。それが、正義感から発したものであることがわかるだけに、なおさら、何もこの2人に嫌味たらしくしなくても、という思いが残りました。

 他人に注意をすることは、間違ったことではないのです。しかし、時と場合があるように思いながら、その方と一緒に京都駅までバスに揺られていました。
 
 
 

2015年9月20日 (日)

京洛逍遥(376)父母の法事と下鴨茶寮での会食

 父の三十三回忌と母の十三回忌を一緒にして、彼岸の入りの今日、自宅で法要を行いました。
 秋晴れの1日となったことも手伝って、いい法事となりました。

 いつものように、養林庵の庵主さんに来ていただきました。
 94歳というお歳が信じられないほどお元気です。


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 今日の法事には、姉と娘の家族たち11人が集まりました。
 1時間ほど読経をあげていただいた後は、いつものように和気靄々と話が弾みます。
 庵主さんは茶道を永くなさっています。今日集まった者のうち、半数以上が心得のある者だったので、庵主さんとの話も楽しいものでした。

 白川疏水通りまで庵主さんをお見送りしてから、みんなで下鴨神社へブラブラと散策がてら心地よい風を受けて向かいました。
 下鴨神社の境内から参道を抜けた高野川沿いに、みんなが楽しみにしている下鴨茶寮があります。


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 娘たちが下鴨神社で結婚を挙げた時、その披露宴の料理が非常に好評だったことから、法事の会食は下鴨茶寮で、とのリクエストがかねてよりあったのです。
 2階の部屋の眼下には、すぐ先の出町柳で賀茂川と合流する高野川の流れが望めます。


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 2人の子どもの料理も本格的です。


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 記念に、お品書きをあげます。


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 先附の雲丹は絶品でした。


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 八寸の栗白和えが気に入りました。


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 土瓶蒸しと共に出された茶巾はお茶を思い出させ、つい土瓶の縁を拭いてしまいそうです。


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 向附の鮪の上に乗っている丸い球は、遊び心たっぷりの大根です。


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 甘鯛の鱗がパリパリとしていて、その触感が最高です。


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 私が大好きなイチジクは胡麻クリームと合います。


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 本日、みんなが絶賛したのは、牛フィレの唐揚げです。しかも、オリジナルの粉醤油が味を引き立てます


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 栗ご飯もホクホクとしていました。私はご飯は糖質のことが気になるのでパスし、栗だけをいただきました。


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 果物の触感もソフトで、複雑に口の中で溶けます。


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 抹茶の前に出てきたお菓子の中でも、右端の酥が珍味でした。


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 食後は、庭を拝見しました。


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 そして休憩室では、立礼のお茶道具の後ろの屏風を見せていただきました。


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 参会者のみなさんと糺ノ森でお別れした後、今日お世話になった庵主さんの養林庵へご挨拶に伺いました。相国寺の北西にあります。


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 お疲れでしょうに、気さくに話してくださいました。
 いつまでもお元気でとお声掛けをして辞しました。

 家族親族みんなで回向をし、会食をすることで、両親に対する追善と供養ができたと思います。
 多くの方々や諸々の事に篤く感謝しながら、妻と共に出雲路橋を渡って自宅への帰途につきました。
 
 
 

2015年9月16日 (水)

京洛逍遥(375)賀茂川で見かけた珍しい光景

 先週末に、賀茂川で見かけた意外な風景を。
 賀茂川の散策路を自転車で下っていたところ、川岸の草叢に2匹の鹿の姿が見えました。
 賀茂川と高野川が合流する地点で、賀茂大橋の少し下流です。


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 昨年も、京都五山の送り火の日に、3匹の鹿を見かけました。そのことは、「京洛逍遥(361)賀茂川の水鳥たちと珍獣」(2015年07月02日)の記事の最後に、鹿さんたちの写真を掲載しました。

 今年も賀茂川に鹿が出没することは、京都新聞(2015年09月10日)に「仲良シカな? 上京・鴨川河川敷」として掲載されていました。

 奈良公園ではよくみかける鹿も、京都では珍しいはずなのに、近年はよく出没するようです。
 自然環境が変わってきているからでしょうか。

 そんな中、賀茂川でボートを漕いでいる人がいました。
 外国の方です。
 ゴムボートに乗り、カヌーで使う手漕ぎのパドルを器用に操作して流れに乗っておられました。


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 賀茂川で、これは認められているのでしょうか。
 賀茂大橋の後ろには、比叡山が望めます。
 
 「京都府鴨川条例」というものがあります。
 このサイトを見たところ、ボートやカヌーのことは記されていないようです。

 初めて見た光景なので、その行動の意外さに驚きました。
 これが認められたら、賀茂川は大変なことになりますね。

 文化祭のシーズンを迎える季節だからというのではなくて、散策路や河原では、楽器やダンスの練習をしている人が多くなりました。春先と秋口は毎年そうなのです。


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 この川には、さまざまな人々が集うので、いつ通っても飽きません。
 
 
 

2015年8月29日 (土)

京洛逍遥(374)目が不自由な方々と京都駅構内を安全に移動

 福島県立盲学校の渡邊さんをはじめとする関東からの目が不自由なお客人14名を、京都駅に出迎えに行きました。
 新幹線でお出でになった視覚障害者のみなさんを、京都劇場がある場所まで案内しました。
 参考までにここでは、今日歩いた、人混みと階段を避けてゆったりと行く経路を紹介します。

 京都着の新幹線に合わせて、私は京都駅の新幹線中央口改札で待ちました。近鉄電車と向かい合わせの改札口です。


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 八条東口は、改札口までに階段があります。エスカレータは上り1機なので、外に出る時には使えません。八条東口改札を出てから、北に向かう地下自由通路には階段しかありません。
 つまり、この経路は、エレベータもエスカレータもないので、京都劇場への近道ではあっても避けました。また、時間によっては人が多く行き交います。無用な接触を避けることに越したことはありません。

 駅から京都劇場まで行くのに、段差と人混みを考えて一番安全なのは、ホテルグランビア京都へ行く廊下を使うことです。

 まず、京都駅新幹線中央口を出ると、すぐ右側に見えるエスカレータで1つ上の階(3階)に上がります。そのまま、南北連絡通路を京都タワー方向に直進します。ここは、いつも旅行客が多く、キョロキョロしながら、携帯を見つめながらの雑踏なので、人とぶつからないかと一番気を使います。
 広い通路の真ん中が、白杖を持った方は往き来しやすいと思います。旅人の動きは不規則で、予測が難しいからです。

 通路左側に京都総合観光案内所が見えたら、その向かいに京都グランビアホテルへ入るエスカレータがあります。


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 そのエスカレータで上がったら、ホテルの廊下を直進します。吉兆や浮橋という名店を横目に歩きます。
 ただし、この廊下は鍵型に2回曲がるので、その点だけは要注意です。


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 後は、その入口にある案内図の通りに行くことになります。太いピンクの矢印は、今、私が付けたものです。


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 途中のエレベータで1つ下の階(2階)に降り、ホテルのフロントを通って外に出ると京都劇場に行き着きます。その隣に、今日の昼食会場である「がんこ」(京都駅ビル店)があります。

 今回お出でになったのは7組14名です。
 1人ずつに介助の方がついておられるので、あらかじめその方におおよその道を説明しました。
 みなさん、2人ペアで整然とついて来られたので、気持ちのいいほどスムースに移動できました。

 「がんこ」の店内は、和風で感じのいい雰囲気のお店です。予約の段階から、お店の方の対応は親切で丁寧でした。
 ただし、エントランスとなっている通路の両側が溝になっているので、目が不自由だと足を踏み外す危険性があります。そのことへの配慮が必要です。私は、介助の方が木橋の左側を、目が不自由な方は橋の真ん中を歩かれるように声をかけました。


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 このお店は、まだユニバーサルデザインに対する意識はないようです。
 曲がり角も溝になっているので、目が見えていても、下をよく見ていないと足を落とします。
 今回を機に、このお店が危険な設計になっていることに気付かれたらいいと思いました。

 今回、昼食に「がんこ」をセッティングしたのは、いろいろと調べての結果です。
 京都駅では、伊勢丹の上階も含めて、ランチタイムに予約できるお店がほとんどありません。
 その中で、この「がんこ」だけは個室(20名)の予約が取れたのです。

 ここで紹介した歩くコースは、他の旅行客と行き違うことがほとんどありません。その上に、ホテルの通路ということで、絨毯や大理石のフロアを歩くので、足元も軽やかにゆったりと京都の第一歩を踏んでいただけます。天井から流れる和風の音楽で出迎えてもらえます。

 私は別の用事があるので、目的地である京都劇場と「がんこ」までご案内して、今日はこのお店でお別れです。
 お店の方には、料理を説明していただく時に、形と色を丁寧に、とお願いしました。
 淡いピンクの着物を着た中居さんが説明を始められたのを潮に、お店を後にしました。

 明日は、嵯峨野で開かれる点字の百人一首にご一緒することになっています。
 みなさん、京都の初日を存分に味わってください。
 明日は嵯峨野で爽やかな目覚めと共に、渡月橋や天龍寺の散策を楽しまれることでしょう。
 
 
 

2015年8月16日 (日)

京洛逍遥(373)雨間に6万人が見上げた大文字 -2015-

 夕方から雨が降り出しました。昨年の豪雨直後の京都五山の送り火を思い出します。

「京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字」(2014年08月16日)

 それでも今年は、午後8時の点火の時には奇跡的に雨が止み、いつものように如意ヶ岳に「大」の字が描かれる炎のショーを見ることができました。

 今年も、出雲路橋を南に下った河原の芝生にビニールシートを敷いて、のんびりと点火から消えゆくところまでを見ました。

 最初に、「大」の字の交点に点火されます。この如意ヶ岳には75基の火床があります。そこに積み上げられた護摩木に次々と火がつけられ、次第に「大」の文字が夜空に浮かび上がるのです。その大きさは、左右160m、高さ80mもあります。


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 どでかい大文字が夜空を焦がすと、徐々に火の勢いは納まります。
 私は、消えゆく大文字も好きです。


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 今日は、松ヶ崎西山の「妙」と東山の「法」もはっきりと見えました。
 「妙法」は低い山に文字を刻むので、場所によっては見えないのです。


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 帰りの出雲路橋では、西賀茂船山の船形も見えました。


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 この船形が消えゆく頃には、雨がまた強く降り出しました。
 ちょうど送り火が焚かれる時に、雨はあがってくれていたのです。
 天の心遣いに感謝します。

 ちょうど帰ろうとしていた時に、河原を走る一団を見かけました。
 送り火をめぐって走っておられるのでしょうか。
 これには、私も参加したくなりました。


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 帰ってからニュースを見ると、大雨の昨年よりも2万人多い、6万人の人々がこの送り火を見送ったそうです。海外からの観光客も、年々増えているのがわかります。市内各所から見られるので、たくさんの方々に見ていただきたいものです。
 
 
 

2015年8月15日 (土)

京洛逍遥(372)養林庵の庵主さんと墓参のこと

 鷺も鴨も思い思いのお盆を迎えています。
 明日の送り火が待ち遠しいのか、落ち着かない雰囲気で川面を飛び回り、遊んでいます。


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 今年も、養林庵の庵主さんが、お昼前に来てくださいました。


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 両親が命からがら満州から持ち帰った木魚は、今年もいい音を響かせています。

 読経の後、いつものように世間話です。私の病気のことや、子どもたちのことなど、庵主さんは何でもよく覚えておいでです。
 失礼ながらお年をうかがったところ、なんと94歳だとのことです。

 来月、父の33回忌と母の13回忌をするための打ち合わせをしました。その時も、決まった日のことなどのメモを渡そうとしました。しかし、覚えているから大丈夫だと、きっぱりとお断りになりました。

 そのお姿は、ドナルド・キーン先生に日記をつけていらっしゃるかどうかをお尋ねした時に、すべて覚えているから書いて記録しておく必要がない、とおっしゃったことを思い起こさせるものでした。

 私などは、すぐに忘れるので、いつもメモをします。もっとも、そのメモをゴソゴソ探すことも多いので、なおさらお恥ずかしい限りです。

 庵主さんをお見送りしてから、墓参のために河内高安へ向かいました。

 毎年書いているように、あの『伊勢物語』の「筒井筒」で知られる、生駒山の麓の高安の地です。

 我が家のお墓がある信貴霊園には、新しく山門や龍の手水場などが出来ていました。
 背後に、八尾市の向こうの大阪市街が見えます。霞んでいるのが大阪湾です。
 こうして、墓地の整備が進むことは、これからお世話になる身(?)としては大歓迎です。


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 今日は、出町柳から河高安までを往復しました。
 京阪の特急は、特急料金が不要にもかかわらず快適な乗り物です。

 帰りに出町柳駅前の賀茂大橋から、如意ヶ岳の「大」の字を見上げました。
 明日の送り火の準備が進んでいるようです。


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 賀茂大橋から北の松ヶ崎方面を臨むと、「法」の字が見えます。
 こちらも、明日の送り火は準備万端のようです。


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 明日の夜、今年の京都五山の送り火について報告します。
 
 
 

2015年8月14日 (金)

京洛逍遥(371)下鴨神社の御手洗池が休憩所に早変わり

 お盆ということで娘夫婦が来てくれました。
 昨夕はみんなでオガラを焚いてご先祖さまをお迎えです。


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 私の完治祝いも兼ねて、ささやかな宴会となりました。

 今朝は、娘の厳しい指導の下にお茶のお稽古です。
 なかなかお稽古に行けないので、こうした機会を見ては忘れないようにお茶を点てています。
 いつものように、丸卓を使ったお点前です。


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 先日行った五条坂の陶器まつりでは見つけられなかった夏らしい茶碗を、娘たちが持ってきてくれました。京都生まれの中村真紀さんというガラス工芸家の作品だそうです。お茶の先生もこの方の作品はお気に入りの一つだとか。


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 お抹茶は福寿園の「栄松乃昔」。
 お菓子は清閑院の「京鴨川 涼清水」で、錦玉羹の中を泳ぐ鮎が見るからに涼しそうな茶菓です。

 その後、下鴨神社に出かけました。
 これまでにも何度か紹介した御手洗池が、今日は無料休憩所となっていました。なかなか粋なはからいです。境内には案内がないので、ほとんどの方が気付いておられません。
 涼味満点の休憩所なので、お越しになった折には、ぜひ足をつけて涼んでください。


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 ひんやり、ほかほかの足で、糺ノ森の納涼古本まつりに向かいました。


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 約80万冊といわれる古書のほとんどを見終えました。
 今年の収穫は1冊だけ。3冊千円となっていたものを、1冊だけを500円にしていただきました。定価が8000円の本なので、大満足です。

 連日の猛暑を忘れさせる、いにしえの森での別世界を堪能してきました。
 
 
 

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2015年8月11日 (火)

京洛逍遥(370)下鴨納涼古本まつり -2015-

 京都五山の送り火が近づいて来ました。
 如意ヶ岳の大文字では、「大」の字が輪郭を見せています。
 草刈りなどの整備が進んでいる頃でしょうか。


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 京都古書研究会が主催する、恒例となった下鴨納涼古本まつりが、今日から16日までの6日間、下鴨神社を包み込む太古の森である糺ノ森を会場として開催されました。


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 本部の方にお聞きしたところでは、会期中に80万冊もの古書が出品されるのは、屋外での古書市としては国内最大級だとのことでした。そして、常時50万冊は手に取って見られるそうです。

 今日は初日にもかかわらず、すでにお昼には、本棚に隙間が目立ちました。多くの方が早めに本を買い求めておられるようです。

 私は、ネットショッピングは意識的にしないことにしています。ネットでの買い物は、街中の小売り店の廃業を促進させる行為に直結していると認識しているからです。そして、いずれは利用者が困る事態に追い込まれるのでは、と危惧しています。

 もちろん、世の中の流れが小売り業を切り捨ててネットでの売り買いに移行していることは承知しています。社会の仕組みが弱者排斥の論理で動いていることは、もう止めようがないのでしょう。しかし、実際に物を見ないで、人との会話もなくて物を手に入れることには、どうしても馴染めません。

 若者にとっては、というよりも高齢者も含めて、人との関わりという煩わしさがない方がいいのでしょう。また、加齢を重ねてくると、面倒なことを避けたいがために、相手に頼りがちになります。不本意なままに、騙されていてもしょうがないと諦めて、不承不承ものを手にする立場に身を置く人も多いようです。

 老若男女、煩わしくない人生を送るために、人との関係性を捨象したネット社会は快適でしょう。しかし、私はそれを快適とは思わなくなりました。不便でも、面倒でも、自分で触り、言葉を交わして、自分で確認しながら手に入れる楽しみを、これからはさらに大事にしていきたいと思っています。

 書籍も、決してネットでは買いません。全国の善良な小売り書店を潰す破壊行為に加担したくないのと、本との直接の出会いを楽しみにしているからです。


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 自分が求めている本は、本の方からおいでおいでをしてくれる、と信じています。
 今日は、1時間半ほどで会場の約4分の1を見て回りました。数冊の本が、私に囁きかけて来ました。しかし、もう家の中に本を置けない状況なので、家を傾けかねない本を、しかも他の本を処分して置き換えるだけの価値を天秤にかけて、結局は等価交換に値しないと判断して見送りました。

 一生の内に読める本の数は知れたものだと思います。そのような中で、今後私が読む順番の中に入るかどうかも、今回購入を断念した理由でもあります。

 もちろん、これは自分で所有することを見送ったということであり、国文学研究資料館はもとより国会図書館や京都府立図書館にもなさそうな本は積極的に買うようにしています。それも、今日のところは出会いがありませんでした。

 下鴨神社の参道と馬場に沿って流れるのが瀬見の小川です。その瀬見の小川の左側の馬場一帯で、今回の古書市が開催されています。


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 言い伝えによると、玉依媛命が瀬見の小川で遊んでいると川上から丹塗りの矢が流れてきたという、その小川のせせらぎを耳にしながら古書を探すのですから、この上もなく贅沢な時間を持つことになります。
 今年は、まだまだ見切れていないので、もう一度行くことになるでしょう。

 なお、京都古書研究会は毎年「京の三大古本まつり」を開催しています。
 いただいた団扇の裏面を掲示して、宣伝とします。


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2015年8月10日 (月)

京洛逍遥(369)半木の道沿いの川中に石積みアートが出現

 植物園に併行する半木の道では、今朝も木陰の小道に涼しい風が吹き抜けています。


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 いつもの飛び石トントンを渡って北大路橋に向かおうとしたところ、右岸のあまりの暑さに足が萎え、トントンを引き返すことにしました。朝早いので、左岸にはまだ木陰が続くのです。
 今日も、猛暑の1日となりそうです。
 近年とみに暑さが厳しくなっています。

 賀茂川の中洲は、先般の大洪水の後に広さを拡大し、川幅が狭くなってきました。
 その狭くなった中洲の間に、水鳥たちが流れに沿って一列に仲良く並んでいます。


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 そんな中、河原に目をやると、石がいつもと違う姿を見せています。
 縦に積まれた石は、どう見ても自然の力や水鳥たちの仕業ではありません。


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 先週末には気付かなかったので、昨日、中洲に降りられる場所で誰かが遊んだ名残りのようです。

 もう少し上ると、浅瀬に組まれた石積みがアートとして見えます。


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 流木の小枝には、2足の赤い運動靴が掛けられています。
 その左には、大きな石が載っています。
 誰かの創意と作為によるものであることは、もう明らかです。

 さらに上流では、水上の石組みが禅寺の石庭を思い起こさせます。


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 作者の気分の高まりが伝わってきます。
 お盆を迎える中で、賀茂川を賽の河原に見立てた遊び心を、存分に楽しめました。
 
 
 

2015年8月 9日 (日)

京洛逍遥(368)五条坂陶器まつりと六道珍皇寺と東山フェスタ

 五条坂の陶器まつりは、猛暑にもかかわらず賑わっていました。


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 この陶器まつりについては、この前に行った時のことを、「五条坂の陶器市とおけそくさん」(2012年08月10日)に詳しく書いていますのでご笑覧を。

 また、五条坂の陶器まつりで見かけた源氏絵については、上の記事でもリンクを貼っているように、次の2つの記事で紹介しています。

(1)「京洛逍遥(98)五条坂陶器まつりの源氏絵-2009」(2009/8/10)

(2)「五条坂陶器まつりと源氏絵陶器」(2008/8/10)

 今日見かけた源氏絵の陶器の中に、(1)の2009年の記事で紹介した箸置きと角皿がありました。
 値段もほぼ同じです。


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 次の角皿も、以前に見かけたように思います。値段が70万以上なので、このセットは写真撮影をお願いするのを躊躇った記憶があります。今回はショーウィンドーに飾られていたので、参考までに揚げておきます。


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 五条坂の中ほどにある若宮八幡宮社(陶器神社)では、京都造形芸術大学の学生さんが中心となって取り組まれた、陶器人形が展示されていました。
 今年のテーマは「戦後70年×琳派400年×風神雷神」です。
 入口には、こんな説明がありました。


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琳派400年に想いを込めた作品です

地元の窯元及び陶栄会が提供した
陶器を使い、製作は京都造形芸術大学の
学生が中心になり地元人々と共に
陶器入形を50年ぶりに復活させました

(陶磁器提供音)
京都府陶磁器協同協会
京都日吉製陶協同組合
京青窯会
宇治炭山の陶芸家
陶栄会陶器祭運営協議会


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 その右には、オリジナルのハレ神、自転車妖怪が並んでいます。

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 このイベントは、昨年半世紀ぶりに復活したものなので、今年は現代版第2回目です。
 今後ともますます人々が楽しみにする作品展に育ってほしいと思いました。

 その裏手にある六道珍皇寺にもお参りしました。
 ここも、上記「五条坂の陶器市とおけそくさん」で紹介した通りなので、詳細は略します。

 東門から入ると、迎鐘の横から長蛇の列で、外の小道まで延々と続いていました。


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 みなさん、鐘楼から出ている縄を引いて鐘を鳴らしておられました。


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 この六道珍皇寺は、『源氏物語』の「桐壺」巻や「夕顔」巻などで、参考地として紹介されます。
 桐壺更衣を葬った「おたぎ」は、このあたりにあった愛宕寺だと。その愛宕寺は、珍皇寺や建仁寺と関連して説明されたりもしています。
 『源氏物語』において、この鳥辺野のあたりを葬送の地とするのは、桐壺更衣、夕顔、葵の上、紫の上、柏木などが思い当たります。
 小野篁に縁の深い珍皇寺に関連して、堀川通りと北大路交差点を下ったところにある、篁と紫式部が並ぶお墓のことなどなど、また機会をあらためて書きます。

 お昼になると熱風が身体を包むようになりました。
 ひと休みを兼ねて、珍皇寺のすぐ南にある東山図書館で調べ物をしました。
 『京ひがしやま 文学散歩』(京都市東山区関連文学マップ 2015年、2015年7月7日)ができていたので、一部いただいて帰りました。


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 2013年版については、「京洛逍遥(285)東山図書館が配布する文学散歩マップ」(2013年08月17日)に書きました。東山区の寺社、地名、通りが登場する74点の文学作品が紹介されていました。今回は、40頁にわたって137点の図書に増補されています。着実に成果が見える資料集となっています。今後が楽しみです。

 その帰りに、同じ敷地内にある東山区総合庁舎の中で、「東山フェスタ2015」をやっていたので立ち寄りました。
 これは、「食×器 アートギャラリー ~えらぶ・たべる・えがお~」という企画展です。
 若手のアーティストが作った食器に、京都女子大学の学生さんによるお手製のスイーツをのせていただく、という、視覚と味覚のコラボレーション企画です。


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 まず、「食×器 アートギャラリー」に展示されている器を自由に1つ選びます。そして500円を支払い、選んだ器を持って2階の工作室のような部屋に行くと、持ち込んだ器にケーキをのせて運ばれて来ます。
 ケーキは「抹茶チーズケーキ」と「かぼちゃチーズケーキ」があり、私は「抹茶~」の方をいただきました。


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 飲み物は、コーヒーが100円だったので、600円でケーキとコーヒーがいただけ、しかもお皿を持ち帰ることができるのです。お得な息抜きの一時となりました。

 京都の大学生のみなさんは、こうしたイベントを通して、地元の方や企業と一緒にコラボレーション企画を展開しておられます。京都にお越しの節には、このような若者たちの遊び心も楽しんでください。
 京都新聞の「まちかど」欄や「情報ワイド」欄などに、日々さまざまなイベントが掲載されています。
 
 
 

2015年8月 8日 (土)

京洛逍遥(367)猛暑の中の鴨と鷺たち

 出雲路橋越しに、夏の北山が山並みをきれいに見せています。


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 身体も大きくなり、みんなで仲良く遊ぶ鴨たち。


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 暑さを凌いでポーズを決める鷺たちも見られます。


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 うまく魚を捕る鷺が撮れました。


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 大雨の後で土石が川に堆積し、広い中洲が点在するようになりました。
 そして、猛暑のために水量が少なくなり、鷺たちにとっては獲物が捕りやすくなったようです。
 
 
 

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2015年8月 7日 (金)

京洛逍遥(366)一瞬を楽しむ下鴨神社の矢取神事

 京都では、6月30日に「夏越祓神事」が行われます。
 これは前半年の穢れを祓い、後半年の健康を祈願する行事です。
 先月あった、下鴨神社の夏越神事「足つけ神事」のことは、「京洛逍遥(364)下鴨神社のみたらし祭 -2015-」(2015年07月19日)で詳しく書いた通りです。

 下鴨神社の夏越神事のもう一つのイベントである「矢取神事」は、裸になった氏子の男たちが御手洗池で水しぶきを上げて斎串(斎竹)を奪い合う、勇壮な行事です。

 日没になると、三々五々この境内に人が集まってきます。


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 お祭りの起源は、丹塗りの矢伝説にあります。下鴨神社のご祭神である玉依媛命が、川を流れてきた矢を持ち帰ったところ懐妊し、上賀茂神社の祭神となる賀茂別雷神を産んだという故事にちなむ、立秋前夜の無病息災を祈願する伝統行事です。
 大和三輪山の丹塗りの矢伝説と同じ類型の神婚譚なので、ご存知の方も多いことでしょう。

 午後6時半より、神事が催行されます。
 神職をはじめとして祭りの中心となられるみなさまが、楼門の茅の輪を潜って本殿に向かわれます。


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 その茅の輪の横には、茅萱があり自由にいただけるというので、私も数本頂戴しました。


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 本殿では、ちょうど神事が行われています。


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 御手洗池の中央には、50本の矢である斎串が立てられており、それを持ち帰ると厄除けや長寿などの御利益がいただけます。


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 次の写真の正面が井上社・御手洗社です。この祭神は、祓戸大神の内の神様で、禍事・罪・穢れを川から海へ流すと言われる瀬織津比売命です。


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 午後7時過ぎに、本殿から御手洗池へと、神職の方や上半身裸で白装束になった氏子さんたちが、雅楽の音に導かれて池のほとりに進まれます。この裸男たちは、2002年まではフンドシ姿だったそうです。


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 権禰宜さんの、平安時代から変わらない長い大祓の祝詞が始まります。
 今年は、見学場所を輪橋の横に確保していたので、その奏上の声を耳にするだけで、じっと御手洗池の50本の斎串を見つめていました。

 御手洗池付近で神事が行われ、井上社の前で神職さんが御手洗池と斎串のお祓いをなさいます。
 神事が終わると、7時半頃に神職さんが厄払いを終えた紙人形を持ち、御手洗池のまわりに立たれました。白装束の氏子さんたちは、御手洗池の左右で人形が撒かれるのを今か今かと待ちます。

 合図と共に人形が神職さんの手によって御手洗池に撒かれると、男たちは一斉に御手洗池に飛び込み、体をぶつけ合いながら斎串を取り合うのです。
 あまりにも激しいぶつかり合いのため、うまく写真に収まりませんでした。


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 参考までに、昨年の写真を掲載します。


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 これがこのお祭りの一番の見せ場です。
 ただし、この人形の取り合いはほんの数十秒で終了します。斎串が全て男たちに抜かれると終了です。

 この瞬間を見るためだけに、多くの方が集まっておられるのでした。

 今年のこの人形の中には、我が家が奉納したものが5枚含まれています。
 先月中旬に、町内会の世話方が人形を届けてくださいました。


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 この1枚1枚に名前と年齢を書き、身体を撫でて息を吹きかけてから、町内会の世話役さんにお渡ししました。今年は、我が家の向かいのお宅がお世話をなさっていました。

 今日撒かれた人形は、参拝者のものも一緒になっています。全国各地から、約2万枚の人形が集まったそうです。

 その後、松明を先頭に神職さんたちと祭りに奉仕なさったみなさんが、楼門の前の茅の輪をくぐって退場されます。


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 一瞬の驚喜乱舞を楽しむ、爽やかな夏越神事でした。
 
 
 

2015年7月20日 (月)

京洛逍遥(365)颱風一過いつもの賀茂川に

 連休の最終日、夕方の散策に出かけました。
 先週は濁流に任せるままだった賀茂川も、週が明けるとしだいに旧に復して来ました。

 北大路橋の橋脚の下は、ようやく通れるようになりました。
 水没していた中洲が姿を現しました。
 ただし、まだ漂流物が残っています。
 鴨や鳩は、まだ様子見の気配があります。


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 しかし、鷺はいつもの姿を見せています。


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 我が家でトントンと言っている飛び石は、まだ水が多いので対岸に渡ることができません。
 北山は相当の水を抱え込んでいるようです。


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 上空には、夕陽を映した浮雲と飛行機雲が少しずつ移動しています。


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 月を掠めるように通り過ぎる飛行機雲も見えます。


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 これで一気に夏に突入となればいいのですが。
 また颱風がやってくようなので、自然と人間の駆け引きはまだまだ続きそうです。
 
 
 

2015年7月19日 (日)

京洛逍遥(364)下鴨神社のみたらし祭 -2015-

 下鴨神社のみたらし祭に行ってきました。今年は、婿殿と娘も一緒です。

 昨年の様子は、以下の記事をご笑覧ください。それ以前の記事にも、中のリンクからたどれます。

「京洛逍遥(333)下鴨神社の御手洗祭 -2014」(2014年07月26日)

 今年は今日が初日で、しかも午前中だったので、比較的楽に入れました。


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 みたらし池に入る前に、靴をビニール袋に入れて、裸足になります。

 この下鴨神社のみたらし祭(御手洗祭)は、京の夏の風物詩となっています。
 1年の折り返し地点であるこの時期に、平安時代から貴族たちは禊をすることによって、罪やけがれを祓って来ました。裸足でみたらし池に入り、膝まで水に浸かってノソノソと歩く「足つけ神事」は、無病息災を祈るものです。


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 最初は、池の水の冷たさに足を引きます。しかし、そこを我慢して歩みを進めると、次第に冷たさに足が麻痺し、みたらしの水の感触が爽快感を呼ぶようになります。

 こうして、自分の身体を祭礼の中に実感を伴って置くことで、古代の禊ぎの風習が今に蘇ります。非常にわかりやすい、実感実証の伝統文化の継承です。
 こうしたことが、千年以上を経た今も伝わっていることに、日本文化の永続性をあらためて見直しました。参加型のこの民俗行事は、誰でも容易に体験でき、しかも爽快感が残るイベントなのです。これが、永く続く秘訣なのでしょう。

 池の中では、入口で渡された蝋燭に火を灯し、火が消えないようにそっと運んでお供えします。


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 その後、みたらし池から上がって足を拭き、靴下と靴を履くと、浄めのお水をいただきます。


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 これで、身も心も生き返り、今年の後半へ向かう鋭気が養われるのです。
 裸足で冷たい水の中を歩き、清らかな水で喉を潤すことで、その清新の感触を味わえるのです。

 下鴨神社から出町柳の桝形商店街に足を向け、おばんざい屋の「出町ろろろ」で4人揃って昼食をいただきました。ここは、なかなか予約がとれないお店です。お薦めのお店ですので、機会があるたびに予約にチャレンジしてみてください。


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2015年7月18日 (土)

京洛逍遥(363)濁流の賀茂川と新町通りの珍品

 昨夜は、突然の避難勧告が発令されて驚きました。
 しかし、明け方には雨も上がり、自宅周辺は大事には至りませんでした。

 昨日までの大雨で、賀茂川は濁流が遊歩道ぎりぎりまで流れ下っています。
 出雲路橋から北大路橋越しに北山を望むと、いつもの穏やかな川が不機嫌に流れています。


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 振り返って、葵橋や京大病院がある方を見やると、拡がった川面をもくもくと濁流が下って行くところです。
 平穏な京洛を、不愛想な表情の茶色い水が駆け抜けて行くという、めずらしい雰囲気の賀茂川です。


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 送り火で知られる如意ヶ岳を見ると、一ヶ月後に大文字の火が灯る姿が想像できないほどに、川面の水は怒っているように水を巻き上げていました。


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 そんな中を、賀茂大橋の下では、鷺が小魚をうまく掬い上げて食べていました。
 こんなに濁った水の中から、長い嘴で巧みに小魚を探し出しているすばしこい様子は、日頃のおっとりと佇む姿からは想像できないものです。


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 三条大橋も、その橋の下はまだ水を被っていて通れません。
 橋桁に絡まる木屑を見ると、水嵩が増していたことがわかります。


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 昨日の山鉾巡行は見られなかったので、解体する様子でも見ようかと思い、御池から新町通りを下った一帯に自転車で移動しました。しかし、すでに前祭りの山鉾は片づけられていました。

 通りかかった京都ホテルオークラ新町1888(レストラン&バー)の前には、懐かしい郵便ポストがありました。


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 この前には、説明文があります。


 郵便差出箱一号丸型
昭和二十四年に全国に普及した「郵便差出箱一号丸型」と言う名称の郵便ポストです。
高さ一三五 cm、直径四〇cm、重さ八〇㎏の鋳鉄製で、昭和六〇年には約十五万個設置されていましたが、現在では保存用に残すのみとなりました。
これはその内の一つで京都で最初に設置されたこの地を記念して、永く文化的に保存するものです。
 郵便差出箱一号丸型保存協会

 この近くで、二宮金次郎を見かけました。こんな所で尊徳さんに、と思わずシャッターを切りました。


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 京洛には、まだまだ楽しい物が街のいたるところにあります。
 折々に取り上げます。
 
 
 

2015年7月17日 (金)

京洛逍遥(362)颱風下の山鉾巡行と突然の避難勧告

 今日は、祇園祭のうちでも前祭りの山鉾巡行の日です。
 しかし、西日本は生憎の颱風直撃で大変な状況にあります。

 ニュースによると、山鉾巡行が中止されたのは、最近では阪急電鉄の工事があった昭和37年だそうです。これまでに、悪天候で巡行が中止されたことはないとか。
 それ以前では、第二次大戦や応仁の乱などで山鉾巡行を中止したことはあったようです。
 何とも、例に出される出来事と、その時代感覚のズレが絶妙です。

 今年も、風雨をものともせずに大雨警報の中でも祇園祭は強行されました。
 準備万端、その意義の理解と信念が、このお祭りを後押ししているようです。
 とにかく、積年の高い経験値があるので、その決断は鮮やかです。

 夕刻の新幹線は、東京駅に人が満ち溢れ、当日券の入手は大変です。
 私がいつも乗る自由席では、静岡までは通路にもたくさん並んでおられました。

 京都は、蒸し暑い街です。特に、祇園祭の頃は余計にそう感じます。
 しかし、颱風が過ぎ去った後の雨風がまだ市中に残っていたせいか、京都駅前では少し涼しい風が心地よさを運んでいました。

 雨に打たれながらも屹立する京都タワーが、向かいの京都駅の壁面にその姿をくっきりと映していました。


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 祇園祭といえば鱧です。
 私がガンの告知を受けた2010年7月16日に、妻と錦市場で鱧寿司を食べました。忘れもしないこのことは、本ブログで何度も記したことです。

 今年も、東京では食べられない鱧を、コンチキチンを聞きながら食べることにします。

 と、ここまで書いた時に、突然携帯電話がいつもと違う音を鳴らして、「緊急速報」の画面を表示しました。そこには、「避難勧告」とあり、目を凝らして内容に見入りました。

 京都市左京区の鞍馬・静原・大原・花背地域に対して、23時に避難勧告が出されたのです。


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 我が家は左京区にあるといっても、山手ではなくて賀茂川沿いの下鴨地域にあります。左京区は縦長なので、今回の避難勧告の対象地域ではありません。

 そうこうするうちに、2回目の避難勧告が出ました。
 今度は、左京区の岩倉・上高野・修学院地域です。


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 続いて、左京区の松ヶ崎・市原野・北白川・浄楽・錦林東山地域に避難勧告がでました。

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 それにしても、北山と比叡山側の山手から下の地域には、危険が迫っているようです。
 住民のみなさまの環境に大事が至らないことを祈りながら、とりあえずブログをアップします。
 今夜は、しばらくは避難の準備をして情報の確認に当たることにします。
 
 
 

2015年7月 2日 (木)

京洛逍遥(361)賀茂川の水鳥たちと珍獣

 賀茂川にはいろいろな動物が生息しています。
 動物のことは疎いので、見かけた姿を素人写真で取り上げるだけです。

 まずは黒鵜(?)です。最近増えています。


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 鴨たちの姿は何度も紹介しました。


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 日頃はあまり見かけないゴイサギ(?)がいました。


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 侵略的な外来生物であるヌートリアは、まだ出町柳周辺にいます。
 2年前に「京洛逍遥(255)鴨川に生息するヌートリア」(2013年02月12日)という記事を書きました。
 そのヌートリアを、先日見かけました。
 次の写真の左上に茶色の姿が見えます。


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 近くの河畔には、上記ブログで紹介したときとは別の説明文が掲示されています。
 餌を与える人が、今も絶えないからでしょう。大至急、抜本的な対策が必要だと思われます。


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 なお、昨年8月の送り火の日に、賀茂川に鹿が出現していました。
 その後の情報を取り混ぜて、と思いながらそのままになっているので、ここにその姿を紹介します。餌がなくなり、北山から川沿いに下ってきたのでしょう。
 祇園祭の賑わいにつられて、また出没するかもしれません。
 この後、この鹿さんたちがどうしたのかは、特にニュースにはならなかったようなので不明です。


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2015年7月 1日 (水)

京洛逍遥(360)最近の賀茂川の鷺たち

 賀茂川散策の折々に、水鳥たちを写真に収めています。
 何枚も溜まってきたので、今日は鷺たちを並べてみました。

 まず、独立独歩の鷺。


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 沈思黙考の鷺。


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 黒鵜と戯れる鷺たち。

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 仲良く遊ぶ鷺。


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 水しぶきの中に跳び出す鷺。


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 仲良くねぐらに帰る鷺たち。

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2015年6月30日 (火)

京洛逍遥(359)京都ライトハウスと市役所

 賀茂川に架かる出雲路橋から如意ヶ岳を望むと、大文字の送り火を迎える雰囲気が感じられるようになりました。
 今年はどこからこの大文字を見るか、まだ決めていません。


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 振り返って北山方面を見ると、日曜日の雨の影響でしょうか、どんよりと曇っています。


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 千本北大路にある京都ライトハウスを訪問しました。「古写本『源氏物語』の触読研究会」で秋に開催する研究会場の手配や下見と共に、視覚障害をお持ちの方々の触読環境に関する情報収集などの用務のためです。


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 Nさんは出張でいらっしゃいませんでした。しかし、職員の方が懇切丁寧に対応してくださいました。いつも、ありがとうございます。

 必要な手続きを済ませると、そこから京都市役所に回りました。


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 この庁舎の1階東奥(写真右端)にある文化市民局地域自治推進室の市民活動支援担当の方が、NPOに関して、これまた丁寧に対応してくださいます。NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の平成26年度事業報告書は、月末の明日が〆切りです。しかし、ほんの少し早めに、無事に受け取っていただきました。

 肩の荷が下りたところで、この部局に配備されているさまざまなNPO法人の資料の中から、気になっている視覚障害に関わりのある団体の情報を確認しました。科研「挑戦的萌芽研究」と一緒に連携できないか、という視点で閲覧させていただいたのです。

 帰り道、高瀬川沿いを通って賀茂川に出ようとしたところ、橋の名前に目が留まりました。


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 写真左に「たかせ可は」と刻まれています。なぜ「可」だけが変体仮名なのでしょうか。
 右には、「ゑひ須はし」とあります。この「ゑ」は「盈」のようにも見える、紛らわしい崩し字です。「須」はなぜこの変体仮名なのでしょうか。この5文字は、すべてがひらがなの字母と思われる漢字に近い段階の崩し方で書かれています。

 これは、平成2年3月に刻まれた文字です。こうしたひらがなの崩しや変体仮名を、多くの日本人はもうすでに読めなくなっています。その実体を考えると、無闇にこうした古さを強調した文字を市井に氾濫させることに、最近とみに疑問を抱くようになりました。これからの若者たちに対して、無責任なように思えるからです。

 もしこうした文字を公衆の面前で使うのであれば、責任をもってこの文字がれっきとした日本語の文字であったことを、標識なり案内板に記して添えるべきです。こうした変体仮名を提示する場合は、日本の伝統文化の所産であることを、若者たちにわかりやすく伝える義務があると思います。それを怠って、書家がいい気になって見せびらかしてはいけない、と思います。自己満足の押し付けはやめてほしいものです。

 帰りに賀茂川の右岸(西側)の散策路を北上していると、北山がきれいな姿で山並みを見せていました。


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 北大路橋から如意ヶ岳を見ると、沈みゆく日の光を浴びて輝いているところでした。


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 明日6月30日は、夏越祓をするみそぎの日です。今年前半の身体を祓い浄め、後半の清浄を祈念する意味から、京都では和菓子「水無月」を食べます。

 今年の後半も無病息災で暮らせますように、そして研究を始めとするさまざまな挑戦が無事に実を結びますように、と自分に言い聞かせながら、自転車のペダルを踏みしめて家路につきました。
 
 
 

2015年6月29日 (月)

京洛逍遥(358)賀茂川で見かけた絵になる光景

 日南町からの帰りは、いろいろな調査等を予定していたので、京都で途中下車をして中宿りです。
 生山駅を発って岡山駅経由で降り立った京都駅は、日曜日ということもあってか、旅行者で大混雑していました。

 飛び交うことばが中国語だったので、東京と同じような現象が京都でも起きているようです。
 ただし、こちらでは手にする荷物が京土産のようなので、東京のような買い物ツアーとは違うようです。

 東京では時代の最先端を行く街の文化を、京都では千年の時が育んだ伝統的な文化を、共に存分に堪能していただきたいと思います。
 そして、中国にお帰りになったら、ぜひとも日本のすばらしい所を、土産話として語り伝えていただきたいと思います。

 家で少し身体を休めてから、夕方の賀茂川散歩に出かけたところ、北大路橋周辺でめずらしい撮影風景を見かけました。ちょうど、植物園の横でした。


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 北大路橋を1つ上がった北山大橋から上賀茂橋にかけては、川沿いに結婚式関連施設があるので、新婚さんの記念撮影はよくあります。
 また、北大路橋から2つ下ったところの葵橋周辺でも、橋の両側の袂にブライダルサロンがあり、下鴨神社があるため、結婚式を控えた記念撮影によく出くわします。

 上賀茂でも下鴨でも撮影場所に事欠かない賀茂川沿いなので、その中間にある北大路橋周辺では、これまでこうした新婚さんの姿はあまり見かけなかったのです。

 上掲の写真は、賀茂川畔の散策路から見えた、仲むつまじい姿でした。
 せっかくだからと、2人が立っている植物園と併行して通る半木の道の方に、斜面を上がって行きました。


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 これでは、絵にならない構図です。写真はアングルによってさまざまなイメージが伝わるので、その変化もおもしろいものです。

 北大路橋の真下では、これまでに何度か見た、河畔でお茶を点てている方がいらっしゃいました。
 今まで見たのは、学生さんを相手にお茶を点て、篤く語っておられました。
 それが、昨日は着物姿の若い女性だったので、これまでのパターンとは違います。


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 橋の上から見ていたので、どのような成り行きからか、想像するしかありません。
 いつか機会を得て、このご亭主にお話を伺おうと思っています。
 おそらく、楽しいお話が聞けることでしょう。

 賀茂川では、さまざまな方々が、思い思いの目的で、いろいろな事をなさっています。
 一番多いのが音楽の練習です。管楽器、弦楽器、打楽器などなど、いろいろな楽器を手にしておられます。私が知らない、見たこともない楽器の妙なる音色に、しばし足を留めることもあります。
 いずれ、これらも写真に収めて、紹介したいと思っています。
 
 
 

2015年6月20日 (土)

京洛逍遥(357)桝形商店街の七夕飾り

 蒸し暑くなってきた賀茂川では、今年は食べ物が豊富だったせいか、少しふっくらとした鷺が目立つようになりました。


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 若狭から来る鯖街道の終点である出町周辺は、今も賑わいがあります。
 今出川通りから1本北の桝形商店街は、季節季節に楽しい飾りやイベントがあるので、よく買い物がてら行く所です。ただし、シャッターを閉めたお店を見かけるようになったので、少し寂しい気持ちがします。
 観光客の来ない、地元の人々がお買い物をする商店街なので、これ以上の活気は望めないのかも知れません。それでも、これ以上にシャッター通りとなる気配はないので、今後は楽しい仕掛けを見せていただきたいと思っています。

 今日は七夕夜店といって、きらびやかに着飾ったアーケード街が迎えてくれました。


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 この西側の出口には、いつも元気な果物屋さんがあります。


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 このお店の店頭には、背中の曲がった名物おじいちゃんがおられました。しかし、最近は姿を見かけません。お元気でしょうか。
 新鮮で、安くて、おまけをしてもらえるので、時々季節のものをいただきます。
 もっとも、血糖値を気にしている私は、果糖が要注意なので、かつてのようには買えないのです。

 この桝形商店街を出た寺町通りには、何軒か食事ができるお店があります。
 東西に走る今出川通りから寺町通りを北進すると、最初に蕎麦屋さんがあります。店内の雰囲気がよかったので、今日も入ろうかと思いました。しかし、少し歩くと2軒目となる「割烹 里空木」があったので、今日はまだ入ったことのないこのお店にしました。


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 話好きなご主人でした。
 自分で鉋を使って削ったテーブル等でこのお店を開店し、もう16年だとか。私よりも少し年配の方でした。
 観光客が通る場所ではないので、地元や常連の方々がお出でになるようです。1人なので、たくさん来られてもお相手できないし、と割り切っておられます。

 お冷やが美味しかったので尋ねると、お店の下を掘って地下から汲んでいる水だそうです。滑らかな水でした。これで淹れたコーヒーも、まろやかで美味しくいただきました。
 しばし、京都の水談義となりました。

 後で来られた若い女性客に注文を聞かれた時、食後にコーヒーはどうですか、という問いに、そのお客さんは「大丈夫です」と答えられたのです。
 その後ご主人が、この「いりません」ではなくて「大丈夫」と言う若者ことばについて、この表現は何歳くらいを境にして使うようになったのだろうか、などなど、そのお客さんも交えて楽しく盛り上がりました。

 今日は、ご主人が削られたという立派な木のカウンター席で、これまたご主人が考案された蒸し鶏と野菜の料理をいただきました。今度は、奥にあったずっしりと重い木を横たわらせた席でいただくことにしましょう。
 
 
 

2015年5月19日 (火)

京洛逍遥(356)一条通りの「とねりこ落語会」

 京都御所に面した和菓子のとらやさんの南筋、一条通りを西進した新町通り西入ル北側で、ささやかな落語会がありました。

 この一条通りは、平安時代には葵祭の行列が賀茂川に向かって進んだところです。『源氏物語』の「葵」巻では、斎院御禊に参加する光源氏を一目見ようとする人々の中に、六条御息所と葵の上がいました。桟敷や物見車が立ち並び、有名な車争いの場面となったのがこの一条通りとされています。道幅は30メートルほどあったそうです。しかし、今は車一台が通れる程度の狭い道です。
 次の写真は東向きに見たもので、正面の木々が今の京都御所です。


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 ちょうどこの日は、寺町通り六角下ルの誓願寺で、楽笑会の新緑落語会が同じ時間帯にありました。どちらに行くかを思案した末に、行ったことのない小さな落語会の方にしました。

 そこは、「第9回 とねりこ落語会」(とねりこの家)と言って、地元の方々がお笑いを楽しんでおられる場所でした。


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 小さな会場にもかかわらず、40人ほどでぎっしりと埋まりました。九割方が高齢者です。みなさん、お仲間のようです。


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 落語二席の内の最初は、笑福亭飛梅さんでした。
 名前にちなんだ枕で、菅原道真の歌を「あるじなきとて」とおっしゃっていました。ここは、「あるじなしとて」のほうが一般的でしょう。
 なお、この歌の最後は「春な忘れそ」「春を忘るな」「春ぞ忘るな」という異伝もあるようです。
 この日の飛梅さんが、この最後の句をどう言われたのか、今は思い出せません。
 細かなことで、どうでもいいことですが……

 第4回池田亀鑑賞の受賞作品が滝川幸司氏の『菅原道真論』で、来月27日に日南町で開催される授賞式でお目にかかります。この有名な「東風吹かば」の歌について、いろいろと教えてもらうことにします。

 飛梅さんは、若いのによく稽古をしておられるようです。滑らかで、聞きやすい噺でした。
 この日のお題は、告知されていませんでした。飛梅さんの話は、その内容から「道具屋」です。桂枝雀の落語で何度も聴いた噺です。

 続いて、笑福亭晃瓶さんです。
 客席の方々を巻き込んだ、地元に関係する長い枕の後、この日のお題は「桃太郎」でした。
 子供の理屈っぽい物言いが、ことば巧みに語られました。会場は爆笑続きです。楽しく聞きました。
 晃瓶さんは、この落語会の初回から参加しておられるとのことで、これで9回目になるそうです。継続することによって、この地域や人々の信頼を勝ち得ておられます。

 師弟関係はよくわかりません。お二人とも、鶴瓶さんの流れのお弟子さん筋のようです。
 現在、噺家といわれる人は、大阪に250人、東京では500人ほどおられるそうです。テレビなどで見かけるのは、ほんの一部なのです。

 落語の後は、晃瓶さんからの差し入れの和菓子が配られました。私は、きなこ餅を選びました。お茶と一緒に、入口で手渡されたクッキーの詰め合わせも口にして、おいしくいただきました。

 この寄席は、地域に密着したコミュニケーションの場となっています。
 通り掛かりでは入り難いし、馴染めない居心地の悪さがあるかもしれません。
 関西特有の馴れ馴れしさに、違和感を抱かれる方もいらっしゃることでしょう。
 しかし、そこがおもしろいし、主客一体となった自由気儘な掛け合いは必見です。

 関西のおばちゃんのノリの良さは絶品です。それはよく知られているとしても、今日わかったことは、おじさんたちも気心知れた雰囲気の中では、おもしろおかしく反応しておられたのは意外でした。
 即興即応の妙が、まさに目の前で展開するのですから、こんなおもしろい場に身を置く楽しみを逃す手はありません。

 盆踊りの例でいえば、私は音頭取りの歌に合わせる踊り子ではなくて、その盆踊りをまわりから観て楽しむ気持ちで参加しました。
 地域参加型のイベントの場合は、こうした車間距離の保ち方が必要です。
 当分は、こうした場所にも、気ままに脚を向けたいと思います。

 主催なさっているみなさんと落語家さんの、ますますの活躍が楽しみです。
 機会があれば、また行きたいと思っています。
 
 
 

2015年5月16日 (土)

京洛逍遥(355)葵祭-2015_加茂街道から北大路橋

 京都市は、日中は30度を超えていました。
 汗ばむ陽気の中を、今年も葵祭が催行されました。

 このお祭りは、下鴨神社(左京区)と上賀茂神社(北区)の例祭で、約1400年前の欽明天皇の頃に五穀豊穣を願って始まったとさています。
 今は左京区に住んでいます。しかし、ここに来るまでは、北区にいました。両神社共に、氏神様なので、この葵祭は親近感を持って毎年見ています。


 今日の巡行図を、京都新聞から引きます。

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 法乗院で琵琶の演奏会に参加してから、行列の通過まで少し時間があったので、横断歩道のそばにある八百屋さんで奈良産のいちごを一パック買って、一旦自宅に帰り一休みしました。
 この八百屋さんは、産地直送の果物や野菜が安く置いてあります。春先には、私が一番好きないちごの「アスカルビー」が並んでいて、驚喜します。今日は、もう「アスカルビー」はなくて、「ゆめのか」でした。おいしくいただきました。

 頃合いを見計らって、白川疏水通りと接する北大路通りに出たところ、ちょうど行列の先頭隊が通っているところでした。
 北大路通りから東に向かって比叡山を望む方角から、まず写真を撮りました。
 琵琶を聴いた法乗院は、写真の左端にあります。
 八百屋さんは、右手の信号下にあります。


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 少し小走りで、行列の先頭に追いつきました。
 私が葵祭をみる定位置は、トントンと呼んでいる府立植物園の横の飛び石のそばを南北に走る加茂街道沿いです。


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 すぐに先導車輌であるパトカーに追いつきました。
 後ろから平安騎馬隊が続いています。
 平安装束に二葉葵を飾った行列は、約500人の方々によって奉仕されています。行列は長さ約1キロです。


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 毎年、牛車の写真は外せません。
 今年は、牛童や車方が信号機にぶつかりそうになったために、予定外の大わらわとなりました。


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 事無きを得て、やっとスタートです。

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 今回目を引いたのは、僧侶のみなさんの見物でした。
 かつて下鴨神社は神仏習合だったので、葵祭と仏教との縁はもともとあったのです。
 しかし、やはりこの光景には、お坊さんたちはどのような視点でこのお祭りをご覧になっていたのか、個人的に興味を持ってシャッターを切りました。


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 行列に逆行するようにして、北大路橋に戻ることにしました。
 今年は、例年よりも見物のみなさんが少ないようです。数年前までは、この脇道を歩くのは大変でした。海外からの観光客は増えているとのことだったので、日本の方々が減ったのでしょうか。


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 この写真の後ろから、この行列で一番注目を浴びる斎王代の腰輿(およよ)がやってきました。


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 今年のヒロイン役の第60代斎王代は白井優佐さんです。航空会社スカイマークの客室乗務員で、現在は国内線に乗務中。高校までは京都市で過ごしたとか。
 昨年の斎王代は、京菓子の老舗「老松」のお嬢さんでした。
 和菓子からキャビンアテンダントへと、斎王代もさまざまな分野から選定されているようです。

 北大路橋では、最後の牛車が交差点を曲がる所でした。
 後ろには、大文字の送り火で知られる如意ヶ岳が左端に見えています。


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 うまく交差点を曲がることができました。
 正面向こうが烏丸北大路で、その先が金閣寺へと続きます。
 写真右端角のストライプの日除けがある所が、私が好きなハンバーグが美味しい「はせがわ」です。


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 祭りの後の北大路通りを写しました。
 西向きに、北大路橋周辺での片づけの様子です。


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 東向きに、比叡山を望んだ行列の後の光景です。


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 今年も好天に恵まれ、いい葵祭となりました。
 来年も、また元気にこのお祭りを観たいと思います。
 
 
 

2015年5月15日 (金)

京洛逍遥(354)葵祭の直前に法乗院で琵琶の演奏会

 葵祭の行列が我が家の近くを通るのは、だいたい14時40分頃です。
 ちょうど、13時から1時間ほど、近所にある「法乗院で琵琶の演奏会」があるというので、足を運んでみました。

 お寺は北大路通りに面したビルの中なので、すぐ前を行列が通ることになります。また、2階から真下を通る行列を見ることもできますよ、とのことでした。


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 琵琶の演奏は、「文覚発心」「関ヶ原」「間垣平九郎」の三曲でした。
 一番前で聴いたので、熱演の息遣いが直に伝わってきます。
 迫力がありました。
 ただし、琵琶の音色と語りを聴きながら、葵祭の日にどうしてこの演目を、との疑念が浮かびました。
 いや、そのような雑念は俗世に身を置くからです。
 演者の都合によるものなのでしょう。
 参加者は10名ほどでした。

 あらかじめ写真の許可をとっていたので、会場の様子をお伝えします。


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 真ん中の男性が堀本さんといって、まだ修業中とのことでした。しかし、いい声を出しておられました。この世界のことはよくわかりません。しかし、並々ならぬパワーを感じたので、これからますます活躍なさることでしょう。

 次の写真は、関ヶ原を熱演中の様子です。


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 住職の岡田旭洋さんの演奏が、「法乗院のホームページから視聴」できます。これもお薦めです。

 雰囲気のいい集まりでした。
 また機会があれば、聴きに行きたいと思います。
 
 
 

2015年5月 5日 (火)

京洛逍遥(353)上賀茂・下鴨の神事と賀茂川の鷺たち

 今日は、上賀茂神社で賀茂競馬が、下鴨神社では歩射神事が行われました。

 賀茂競馬は、まだ「3年前の勇壮な姿」(2012年5月 5日)が記憶に新しいので、パスしました。

 歩射神事は8年前に見てからご無沙汰なので、下鴨神社に出かけました。
 しかし、始まる時間を間違えたため、駆けつけた時にはすでに終わった後でした。


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 過去の記事で思い出すことにします。

「京洛逍遥(67)下鴨神社の歩射神事」(2009/5/5)

 境内にある光琳の梅を、輪橋の内側から見ました。
 このアングルで写真を撮るのは初めてです。


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 この花が満開の頃は、「京洛逍遥(219)下鴨神社の光琳の梅」(2012年03月19日)をご覧ください。

 今日は祭儀のためか、八咫烏と遷宮の馬車は、馬場の北にありました。


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 5月3日に下鴨神社では、葵祭の前儀として流鏑馬神事が馬場でありました。
 この時も見られなかったので、馬が走った後の馬場を記録しておきます。


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 この流鏑馬神事については、3年前の「京洛逍遥(227)下鴨神社の流鏑馬神事」(2012年05月03日)をご笑覧を。

 この次のこの馬場に来るのは、8月11日から16日に開催される「下鴨納涼古本まつり」の時になるはずです。

 光琳の梅と言えば、同じく光琳の「燕子花図屏風」が思い起こされます。
 昨年の今ごろ、賀茂川で見たカキツバタのことを書きました。
 
「京洛逍遥(319)「いずれがあやめかきつばた」」(2014年05月18日)

 そのことを思い出したので、今年の川べりの様子を見に行きました。
 同じように、黄色い花を咲かせていました。


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 植物園の横の半木の道は、桜の後は新緑のトンネルです。


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 その道端に、こんな記念碑がありました。
 「奈からぎ能道」とあるのに目が留まったのです。
 「奈」は今のひらがなの「な」の字母に近い漢字体です。そして、「の」に当たるひらがなに「能」という変体仮名が用いられています。


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 その背面には、「半木能道」と「能」だけが変体仮名として使われています。


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 また、そのすぐ手前の北大路橋の銘板は、「きたおほぢ者し」と名前が刻まれていました。
 変体仮名の使用例として、興味を持ったので記録しておきます。


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 この連休中に見かけた、賀茂川の鳥たちも、ここでまとめて紹介します。
 みんな元気です。


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 鷺が飛ぶ姿も、なかなかいいものです。


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 鷺の遊び仲間である、鴨と鳩も一緒に見てやってください。


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 この2羽の鳩は、ずっとこうしてくっついていました。
 どんな仲なのでしょうか。
 
 
 

2015年5月 3日 (日)

京洛逍遥(352)新緑の鞍馬温泉でお山の霊気を浴びる

 鞍馬寺の仁王門から少し東にある、まさに京の奥座敷くらま温泉の露天風呂「峰麓湯」に、ゆったりと浸かって来ました。久し振りです。


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 この前はいつだったのか、過去の本ブログの記事を検索したところ、4年前に以下のように記していました。

「京洛逍遥(186)鞍馬温泉でリラックス」(2011/4/3)

 この記事からたどると、さらに鞍馬については5件も書いていることがわかります。

 それ以外では、次の記事にあるように、鞍馬寺から与謝野晶子の『新新訳源氏物語』の自筆原稿をお借りし、東京の国文学研究資料館まで運んだ時のことが、今となっては想い出深いできごととなっています。

「瀑布に打たれ続ける日々」(2008/9/28)

 それはさておき、今日は出町柳駅で「鞍馬・貴船散策チケット」(¥1,800)を買い、叡山電車で30分。
 途中、市原駅から二ノ瀬駅の間では、アオモミジが車窓を撫でるというよりも叩くように迫って来ます。


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 鞍馬駅前から無料送迎バスで5分ほどで温泉です。
 たくさんの方が駅を降りられたのに、早朝からバスに乗って温泉に行くのは私1人だけでした。


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 泉質は天然硫黄温泉で、無色透明無臭、少し温めでさらっとしたお風呂でした。

 鞍馬の霊気を全身に浴びて、30分以上は入っていたでしょうか。
 最初は1人、次第に宿泊客が大勢入ってこられ、また1人になりました。

 帰りの送迎バスも私だけ。

 鞍馬寺への入山は無料になるチケットを持っていました。
 しかし、今日は温泉だけにします。

 駅前で、与謝野晶子の自筆原稿の調査でお供をした、K先生のことを思い出しました。あの時、仁王門直下のお店で、ここに来るといつも買って送っていると仰っていた「木の芽煮」を、つい思わず買っていました。気遣いなさらないように、後でそっと送ります。

 貴船口駅の次の二ノ瀬駅でのことだったと思います。
 下から上がってくる電車とすれ違いました。


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 そのとき「下り電車と待ち合わせます」というアナウンスが車内に流れました。
 今自分が鞍馬山を降りているのに、上がって来る電車が「下り電車」だというのです。
 上り下りが逆転していたので、しばし思考停止です。

 のんびりした一人旅となりました。
 
 
 

2015年5月 1日 (金)

京洛逍遥(351)みやこめっせの古書大即売会

 世はゴールデン・ウィークと言って、さまざまな新緑のイベントが報じられています。
 しかし、私は多くの書類を持って京都市役所等々、お堅い内容でお役所を飛び回る日々となっています。
 ただし、そこは京洛の地なので、自転車で移動するその道々で立ち寄るところには事欠きません。

 今日から、平安神宮のある岡崎公園内の「みやこめっせ(京都市勧業館)」で、第33回となる「春の古書大即売会」がスタートしました。


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 古書市の初日はいい本と出会う確率が高いので、移動時間の合間に足を運びました。
 いつも楽しみにしているのは、京都関連の本です。
 今回も、1万冊もの京都本が、会場奥の一角を占めています。
 こんな本が、格安で見つかりました。


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 右端の『京都名勝誌』(京都市役所刊、昭和3年)は、写真がふんだんに掲載されています。今と比べると、楽しいものです。

 会場は570坪あり、そこに50万冊以上の古書が並んでいます。
 9列ある通路の内、3列を見ただけで帰ってきました。
 会期の5月5日までに機会があれば、ぜひもう1回は行きたいと思っています。

 この主催者である京都古書研究会は、8月中旬に下鴨神社で恒例の「下鴨納涼古本まつり」が開催されます。
 これも、お盆の時期の楽しみとなっています。


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 私は、ネットでは物を買いません。ネットショッピングは、お店と物流を破壊するものだと思っているからです。本の場合も、お店での出会いを楽しみにしています。
 古書市は、その意味では極上の出会いの場だと思います。

 会場を後にしてすぐに、このみやこめっせをぐるりと取り巻く疏水路で、遊覧船が初夏の風を切りながら進んで行くのと出会いました。
 これから、京洛にはさらに人出が増えることでしょう。


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2015年4月 4日 (土)

京洛逍遥(350)京都で『源氏物語』を読んだ後に御所の一般公開へ

 今日の京都は、午後から雨だという天気予報でした。
 それでも、賀茂川べりでは多くのお花見の人で賑わっていました。

 比叡山をバックに、ソメイヨシノが満開です。


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 大文字の送り火で知られる如意ヶ岳も、賀茂の河原の桜を見下ろしています。


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 今日の『源氏物語』を読む会は、いつものワックジャパンが行楽シーズンのために予約で一杯だったために、その裏手の堺町通りにある「キンシ正宗 堀野記念館」の2階で行いました。


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 階段は、ワックジャパンと同じ造りです。


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 お借りした和室には、投扇興の道具が置いてありました。


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 今日は、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉の今後の活動の説明をした後、部屋が2時間しかお借りできなかったこともあり、『十帖源氏』の「明石」巻の現代語訳の確認だけをしました。
 ハーバード大学美術館蔵『源氏物語』「蜻蛉」巻の「変体仮名混合版」の確認は、次回まで延期です。

 今日の「明石」巻では、明石入道の娘が光源氏からの立派な手紙を受け取り、「はずかしげなるさまに心ちあしとてふしぬ」とあるところをどう訳すか、ということに時間をかけました。
 担当者は「あまりにも立派なので、気分が悪いと言って横になってしまいます。」と訳しました。しかし、「気分が悪い」では「心地悪し」をそのまま訳したものであり、この場の意味としては相応しくないのではないか、ということで、さまざまな訳語を考えました。
 いろいろな訳語を検討した後、「気分が落ち込む」ということにしました。
 また、この場面には桐壺院が出てきます。この『十帖源氏』の現代語訳では、天皇以外に敬語は使わないとしていました。しかし、今日の場面では敬語を使うことになるため、細かな補正をしました。

 今日、娘が差し入れしてくれた和菓子は、京菓子處「鼓月」の「桜花爛漫 花すだれ」と「桜餅」でした。
 共に桜の葉と道明寺粉を使った御菓子で、美味しくいただきました。関西風の桜餅の競演を堪能することができました。


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 次回の集まりは、5月16日(土)の午後1時半から5時までです。いつもの通りワックジャパンで行います。興味のある方は、ご連絡をいただければ、お誘いの連絡を差し上げます。遠慮なくお問い合わせください。

 いつもより早く終わったので、京都御所の一般公開に行ってきました。

 承明門から望んだ左近の桜です。


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 紫宸殿の前の桜は少し散り染めでした。


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 今年の小御所の人形展示は、「萬歳楽」と「五節舞」でした。


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 この展示は、古典文学における有職故実の勉強になるので、毎年楽しみにしています。
 今年の一般公開は、海外からの方々が多かったように思います。
 日本の伝統的な文化を直接目に留めていただくことは、日本とその文化の理解に大いに益のあることだと思います。
 こうした折に、日本の文化の奥深さを実見して帰っていただくと、日本の理解が深まるので国際的な文化理解と共有にいい催しだと思います。
 
 
 

2015年3月31日 (火)

京洛逍遥(349)京大病院の帰りに賀茂川でお花見

 今日も半日を京大病院で過ごしました。
 何かと問題を抱える身としては、心配事をすべて忘れて我が身を病院に預けて時を過ごせるので、ここはいわば自分にとっての安全圏内です。診察も検査も、すべてが自分のためのものなので、明日を元気に生きるための、いわば車検場でもあります。重病の患者さんの隙間に入れていただき、主治医の先生の指示に従って通院しています。こうして身体を点検する場所があることに、おおいに感謝しています。

 最先端を行くiPS細胞の研究などで注目されているエリアがあるかと思えば、その敷地の一隅には全快地蔵さんが祀られています。ここで手を合わせるたびに、人間の不可思議さを感じます。


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 横の柵には、こんな掲示があります。
 病人や家族の想いに理解を示しつつも、病院としての措置はしっかりと明記されているところに、関係者の気遣いを感じます。


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 すぐ南の熊野神社の桜がみごとです。いつものように、お隣で八つ橋を買いました。


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 京大病院がある聖護院から少し下った冷泉通りの桜も、今を盛りと咲き誇っています。


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 賀茂川の鷺は、水も温んできたので心地よさそうです。


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 荒神橋と稲盛財団記念館の手前は、竹や木々の緑がきれいです。この川端通りは、私がよく写真を撮る場所です。


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 賀茂大橋から望む賀茂川と高野川とが合流する出町柳は、数日後にはピンクに染まります。週末には、この三角州に大勢の方がお花見弁当を広げて、初夏の到来を満喫されることでしょう。


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 北大路橋周辺の桜はこれからです。今は、雪柳がみごとです。


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2015年3月30日 (月)

京洛逍遥(348)京大病院の帰路に御所でお花見

 京大病院の糖尿病栄養内科で、2ヶ月毎の定期的な診察を受けました。
 この1年間の私のヘモグロビン A1cの値は、次のように推移しています。


2014年01月 7.1%
2014年04月 7.3%(ちょうど1年前)
2014年07月 7.2%
2014年09月 6.9%
2014年10月 7.0%
2015年01月 7.1%
2015年03月 7.3%(今日)

 年間を通して、7.0%前後となっています。そして、3月・4月が高くなり、9月・10月が低いようです。寒い時期には、糖質を摂ることが多くなるのでしょうか。

 とはいえ、数値が高いことに変わりはありません。日本糖尿病学会の推奨目標値は6.2%なので、危険ではないとしてもよくないことは確かです。
 もっとも、私は消化管をすべて切除しているので、血糖値が高く出るのはしかたのないところです。それを考慮して、主治医の長嶋先生は適切なアドバイスをしてくださいます。

 今日も、数値が大きく変動していないことと、体重が50キロ前後で変わらないので、このまま様子を見ましょう、ということになりました。
 また、私は食事を1日に6回食べています。それについても、1度に食べられないのであれば、小分けして栄養を摂ることを優先した方がいい、とおっしゃいました。ヘモグロビン A1cに一喜一憂するよりも、しっかりと身体を作りなさい、と。1日に食事を摂る回数が多いせいもあって、血糖値が高止まりするようです。

 今後の注意点は、貧血ぎみの状態がずっと続いているので、仕事で無理をしすぎないことと、鉄分を十分に摂取するように、と言われました。
 これは、自分でも気をつけていることです。しかし、それでも大幅に足りないようなので、これまで以上に鉄分を特に意識した食事にしたいと思います。
 それにしても、名前に「鉄」が付いているというのに、何とも両親に申し訳ないことです。

 京大病院の改修工事が進んでいます。駐車場がどのように変わるのか楽しみです。


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 2010年の8月から9月にかけて、私はこの写真のブルーシートの背後に少し顔を覗かせている、ガン病棟「積貞棟」の6階にいました。ブログを見るまでもなく、記憶に新しい日々です。
 その6階から見えた京都市街の景色が、この工事でどのように変わるのでしょうか。病室から見下ろす京都の街は、いろいろなことを想像させてくれました。王朝人が歩いた街を眺めるのも楽しいものでした。

 烏丸御池の交差点そばに、在原業平邸址の石柱があります。その横に設置された自動販売機のパネルが、春らしい歌に変わっていました。

  世の中に 絶えて桜の なかりせば
   春の心は のどけからまし


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 市内は自転車で移動する私にとって、その途次の折々にここに立ち寄っています。
 昨年の夏以降は、次の歌でした。

  大原や 小塩の山も けふこそは
    神世のことも 思出づらめ

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 この間に、もし別の歌が掲示されている期間があったとしたら、写真とともにご教示いただけると幸いです。
 この自販機メーカーに問い合わせるといいのでしょう。しかし、自分の楽しみとして、この移り変わりをこの目で確認したくて、こうして立ち寄っているのです。

 烏丸四条の大垣書店内にあるクイックガレージで、私の iPhone が使い物にならなくなっていることの相談に行きました。その際、すぐに本体交換という対処ではない対応をお願いしました。
 iPhone 6の発売以来、半年でこれが3台目なので、本体交換で逃げる対処では4台目になるだけです。またしばらくしたら使い物にならなくなって、5台目となるのがわかっているからです。

 アップルがこの不具合についての説明をしてくれないので、アップルの言いなりになるアップルストアのジーニアスバーの店員さんではなくて、それ以外の対面相談ができる場所で、対応に当たった方の力量に頼るしかありません。アップルは、この原因を知っているはずです。しかし、それには蓋をして、本体交換でごまかしているのが実情です。

 今日の対応に当たられた方は、なかなか優秀でした。その方から提案されたことはすべてやったことでした。それでも、アップルがしてくれなかった、教えてくれなかった、これまでにない提案が2つあったのは収穫でした。その1つである「DFUモード」に関する情報は、初めて知りました。

 今それを自宅でやっているところです。バックアップしてあったデータの復元に、すでに3時間が経過しています。まだまだステップが残っています。明日の朝には終わるでしょうか。どうせ日本語入力がモタモタして使えなかった iPhone なので、家にいる限りは使えなくても実害はありません。外出した時に、iPhone は重宝していたのです。過去形で語らなければならないのが、アップルユーザーを自認する私にとって哀しいところです。
 この復元の結果、不出来な iPhone 6がどう変身してくれるのか、明日を楽しみにしたいと思います。

 さて、四条からの帰り道、京都御苑の中にある御所周辺をブラリとサイクリングしました。

 建春門前の桜は、まだ蕾です。


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 ここから北に進んで東北隅の鬼門に当たる猿ヶ辻に至ると、開花した桜で様子が明るくなります。
 御所の一番北側の塀沿いにある、今出川御門近くの飛香舎(藤壺)を望む桜が、今日は一番華やかに咲いていました。


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 さらに帰り道、葵橋の上から北山を望みました。


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 川沿いの桜はまだ咲き初めというところでした。
 満開のこの散策路は、薄紅を刷いたようなみごとな風景に変わります。その日が待ち遠しく思われます。

 一昨日の記事の最後に、自宅横を流れる白川疏水通りの夜桜を掲載しました。その桜は、今日の明るい陽の下では、多くの蕾を従えて花の宴とでも言うべき花の競演の真っ最中でした。
 心浮き立つ春の幕開けです。

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2015年3月15日 (日)

京洛逍遥(347)お茶のお稽古の後に話題の下鴨神社へ

 昨夜は、自宅に来てくれた娘夫婦と一緒に、豆乳鍋をいただきました。
 賑やかに食事をするのは、何かと難のある我が身体にもいいことです。

 今朝は、多忙でお茶のお稽古ができない日々なので、娘が特訓をしてくれました。
 菓子器は、白山焼という焼き物で知られる藤川白鳳さんの作になる、宇治橋と柴舟が描かれたものを使いました。茶木さんのお店でいただいた、『源氏物語』に関する絵柄の器で、80年ほど前の作品のようです。


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 宇治橋と柴舟をテーマにしたものは、出光美術館所蔵の「宇治橋柴舟図屏風」(江戸時代、六曲一双)でよく知られるように、宇治十帖にイメージを通わすものです。
 気持ちだけでも『源氏物語』につながる演出になればと思っています。

 久し振りのお点前なので、横から娘に突っ込まれながらのお稽古です。


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 なかなか思うようにはできません。
 一通りお点前のおさらいをしてから、娘達が結婚式を挙げたことから親近感を一層深めた下鴨神社へお参りに行きました。

 御手洗川の辺に咲く光琳の梅は、今が満開です。


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 楼門を出て南に真っすぐ歩いて御蔭通りを渡ると、出町柳に向かう表参道の左右は、最近話題の区域です。


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 今月2日に、この境内の南側の一部を高級分譲マンションにする、という発表がありました。
 写真の左が老朽化のために取り壊しとなる研修道場で、右が今は駐車場となっている場所です。
 この世界遺産である「糺の森」の隣接地9600平米を、50年間の期限付きで貸し出すというのです。
 高さ10メートルの鉄筋コンクリート造り3階建てを8棟(計107戸)建設し、式年遷宮の費用を捻出するのだそうです。本年11月に着工し、2017年2月に完成する予定だとか。

 厳しい現実の中で、思いきった下鴨神社の決断には驚きました。
 しかし、いかにも京都らしくて違和感はありません。
 さて、どのようなマンションができ、この糺の森の景観がどう変化するのか、今から楽しみです。
 
 
 

2015年3月14日 (土)

京洛逍遥(346)京都のワックジャパンで『源氏物語』を読む

 朝の雨が昼前には上がり、賀茂川では鷺や鴨が土手に上がってのびのびしていました。


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 鷺が、何を見つけたのか、急に飛び立ちました。
 鴨たちは、目の前の餌を探すのに必死です。
 それぞれに、自分たちの視野で生きています。


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 明日の午前中は家でお茶の練習をするので、ワックジャパンへ行く途中にある寺町通りの一保堂で、お抹茶を少しいただきました。
 お店の壁には、時代を感じさせる茶壺が並んでいます。


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 今日のワックジャパンでの『源氏物語』の勉強会は、ことばの意味に始まり、日本文化と国際交流に及び、果ては京都について、フリートーキングの日となりました。
 そのため、ハーバード大学本「蜻蛉」も、『十帖源氏』の「明石」も、進みませんでした。

 雨上がりの京町家の庭は、落ち着いた雰囲気のたたずまいです。


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 この2階に、今日もみんなで集まっての学習会です。

 懇談会となったことの発端は、「こどもたち(子供達)」からでした。
 本来は「子(こ)」に複数を示す接尾語「ども」がつき、それにさらに複数を表す接尾語がついて「こ・ども・たち」となった、ということからでした。

 その話が発展し、「おみおつけ」を漢字で書くとどうなるか、となりました。
 辞書には、「おみ‐おつけ 【御味御汁・御味御付】」とあります。しかし、【御御御付】もあるようです。これが、女御詞から来た味噌汁のことであることを、若い方々には連想できないようです。
 「御」という接頭語がいくつ積み上がるのか等々、興味は果てしなく拡がります。

 そんな楽しい展開の中で、「茶ぁしばきにいこか」という言葉が出てきました。「喫茶店に行こうよ」という意味で、関西で使われる言葉です。
 私は使ったことがありません。テレビで流行った言葉かもしれません。
 さすがに、関西以外の方にはわからないことでしょう。大阪や神戸あたりはともかく、京都ではこの言葉を使うことはない、というか、なかったと思います。

 その他には、文学や文化に関することや、中国と韓国との文化交流のことなど、休憩時間もなしに4時間も、ああでもない、こうでもないと語り合いました。
 なかなかこのような話に熱中することもないので、今日は『源氏物語』の古写本を読むことを忘れ、この話題に終始しました。

 部屋の隅には、ニュージーランドからお出での方が体験学習で活けたというお華が、じっと話を聞いてくれていました。


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 次回は、4月4日(土)の午後1時から5時までです。
 こんな、自由気儘な源氏読みをしています。
 興味と関心をお持ちの方の参加をお待ちしています。

2015年1月 6日 (火)

京洛逍遥(345)2016年に開館予定の新総合資料館(仮称)

 2016年のオープンを目指して、京都府立大学と京都コンサートホールの間の広大な敷地に、博物館機能・図書館機能・文書館機能を統合したMLA複合館としての新総合資料館(仮称)の建設工事が進んでいます(次の写真右側、黄色のエリア)。
 工事が進んでいる新総合資料館(仮称)の向こう側に、京都コンサートホールが見えています。


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 写真左側の新しい施設は、「京都府立大学下鴨キャンパス(教養教育共同化施設「稲盛記念会館」)」です。
 この「稲盛記念会館」は、京都府立大学、京都府立医科大学、京都工芸繊維大学の3大学が教養教育共同化を展開する拠点施設として、昨秋、平成26年9月に竣工したものです。

 この敷地からは平安時代前期の建物跡が発見されているので、1000年以上前から都人が住んでいた地域です。ここから我が家まで歩いて10分もかからないので、新総合資料館(仮称)が完成した後は、ここに毎日通うことになるはずです。私の資料庫とでも言える施設となるのです。

 新総合資料館(仮称)の完成までの様子は、「新総合資料館(仮称)整備に向けて」で、定点観測の写真と共に見ることができます。

 平成19年度に策定された「総合資料館基本構想(PDF:73KB)」を見ると、当初は「京都府立京都歴史文化資料館」という名称も一案として上がっているようです。
 現在はどのようになっているのでしょうか。

 工事現場の下鴨中通り沿いの外壁には、6枚の新館パース図が掲示されています。待ち遠しい施設のイメージを勝手に想像して楽しむためにも、そのパース図を参考までに掲載しておきます。

(1)エントランスのイメージ

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(2)北西角からの眺望のイメージ

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(3)下鴨中通り沿いのイメージ

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(4)閲覧室のイメージ

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(5)文学部吹抜部のイメージ

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(6)講堂のイメージ

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 定年まで、あと2年数ヶ月となりました。東京での仕事もやり残しがないように気を配り、京都に帰るための身辺整理も意識するようになっています。
 そして、定年後に京都に帰った暁には、この新総合資料館(仮称)が利用できるようになっているのです。
 奈良から京都に居を移してからは、手持ちの本を次々と処分しています。家の中は身軽にした生活を送りながら、こうした公共施設を有効に活用して、書籍に囲まれる豊かな環境の中で、さらなる研究に邁進したいものです。
 そのためにも、一日も長く元気に生きていくことが必要最低限の条件です。
 健康管理と体力作りには、これまでに増して気をつけることにします。
 
 
 

2015年1月 5日 (月)

京洛逍遥(344)京大病院での検査はギリギリセーフ

 年明け早々の診療初めの日ということもあり、京都大学病院は多くの患者さんで大混雑です。
 採血の結果が出るまでに1時間半ほどかかるので、院内にあるいつものワークスペースで一仕事です。
 窓からは、如意ヶ岳の「大」の文字が、雪解けの中に浮かんでいました。


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 今日のヘモグロビン A1cの値は「7.1」でした。昨年のお正月と同じです。この1年間、7前後を彷徨っています。
 年末年始のせいもあるのか、やや高めながらも今の私の体調からは「まあまあ」というところです。宣言した炭水化物の制限も、このところ勝手に少し緩めています。
 体重は、ここ2ヶ月ほどは50キロをキープしています。

 主治医の先生は最初から、無理はしないで自然に任せ、美味しいものを食べて豊かな食事をしたらいいとおっしゃっていました。今日も、糖質制限食はワンパターになりがちなので、奥さんが困らないように、とのアドバイスをいただきました。要するに、糖質制限食は勧められない、というスタンスです。

 当初は糖質制限食のことで通い出したはずが、しだいに先生の穏やかな語り口に感化されて、今は極端なことはせずに少しはご飯を食べています。
 ただし、食道が詰まって食べるのを中断することがしばしばあるのが難儀です。それと、寝起きの逆流性食道炎が、最近の厄介な課題です。

 そんなこんなの状態なので、人様と一緒に食事をすることは控えています。今朝も腸液の逆流で目が覚めました。今年も会食は、極力遠慮せざるを得ないようです。

 診察後、ウォーキングを兼ねて、京大病院から平安神宮へと足を向けました。


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 途中、みやこめっせの中にあるカフェレストラン「浮舟」で、軽く食事をしました。昨夜から検査のために絶食をしていたので、ゆっくりといただきました。

 「浮舟」の前には、「須磨」巻を題材にして2008年に造られた像と碑文があります。


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 石碑には、光源氏と紫の上の次の歌が刻まれています。


源氏物語が世に出て一千年…
源氏ゆかりの地「京都」へ

身はかくてさすらへぬとも君があたり
 去らぬ鏡の影は離れじ(源氏の君)

   別れても影だにとまるものならば
    鏡を見てもなぐさめてまし(紫の上)
          「源氏物語」須磨より

 レストラン「浮舟」の入口に、なぜ須磨へ旅立つ2人の別れの場面が展開する趣向になったのか、私にはよくわかりません。「石碑の寄贈者のホームページ」に、歌の解釈は記されています。しかし、この歌とこの場所のつながりは読み取れません。

 三条通り北の白川から神宮道の大鳥居が見えました。桜の季節はみごとな川筋です。しかし、冬枯れの木々越しに見える大鳥居もいいものです。


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 明日は上京して、今年からの仕事を始めます。
 ここ数年はペースダウンを心がけざるをえない状況にあり、いろいろな方々にご迷惑をおかけしているところです。
 自らに課された仕事を一つずつ着実にこなして、今年も前に進んで行くつもりです。
 変わらぬご理解とご協力を、よろしくお願いいたします。
 
 
 

2015年1月 3日 (土)

京洛逍遥(343)下鴨神社でご祈祷の後は我が家で新年のお茶会

 玄関の横に佇むたぬきは、今朝も雪を頭に戴いています。少し雪は緩んできたようです。


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 裏の小枝には、今日もメジロがたくさんやってきて、賑やかなことです。
 

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 娘夫婦が新年の挨拶に来たので、3年前に結婚式を挙げた下鴨神社へ行きました。
 すでに我が家は元旦にお参りをしていたので、今日はご祈祷をしていただき、神服殿でお神楽を拝見しました。


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 元旦には雪を被っていた「光琳の梅」「輪橋」「ヤタガラス大行燈」も、今日は全容を見せています。


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 楼門の前で、身体を温めるために甘酒をみんなでいただきました。


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 我が家に帰ってからは、新春のお茶会です。
 今私がお稽古をしている丸卓を使ってのお点前では、娘と交互に点てました。
 妻と婿殿は、お客様としてのお作法の特訓です。
 今年も賑やかで楽しい、新春のお茶席となりました。


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2015年1月 2日 (金)

京洛逍遥(342)上賀茂神社に初詣

 家の裏にある柿の木に、朝から多くのメジロが飛び交っていました。


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 比叡山の薄化粧も穏やかに山並みを見せています。


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 元旦の大雪が残る賀茂川を散策しながら、上賀茂神社へ初詣に行きました。
 いつものおじさん鷺が、今年もジッと思索に耽っています。


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 鷺と鴨たちが仲良く遊んでいました。
 1羽の鴨が水中の餌を必死に探しています。


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 多くの鴨やユリカモメの中に、1羽だけ鷺がいます。この鷺が、上空を飛来する鷲を大声で一喝すると、後はのどかな水面となり、水鳥たちの楽天地が生まれました。
 前方の北山に雪が白く残っている所が、五山送り火の時に船形が浮かび上がる西賀茂船山です。

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 上賀茂神社へ行くと、いつも一ノ鳥居前でヨモギの焼き餅を1個いただきます。
 この焼き餅を口に入れて参道を進むのが楽しみなのです。


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 一ノ鳥居を潜ると、雪だるまが向かえてくれました。


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 神馬舎では、今年も神山号が元気に出迎えてくれます。


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 細殿の前の立砂越しに、2頭のヒツジの絵が掲げられていました。

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 楼門は、元旦の雪中に望む下鴨神社と違い、薄曇りの下に建っています。


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 門の脚部には1対の卯杖が飾られています。


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 紫式部ゆかりの片岡社から御手洗川まで歩むと、そこから奈良の小川に架かる舞殿があります。
 その奈良の小川の川岸には、紫式部歌碑建立記念植樹の碑が建っています。
 これは、2008年の源氏物語千年紀を記念してのものです。


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 この碑の向かいに設置された紫式部歌碑の鞍馬石には、まだ少し雪が乗っていました。


ほとゝきす聲
万つ本とは
片岡の杜の
  しつくに
  立ちや
  ぬれま
     し

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 上賀茂神社の馬場の横は、子供たちの雪遊びの場です。
 雪合戦に飽きた子が、雪だるまを崩しにかかっています。


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 のんびりとした、穏やかなお正月の2日目です。
 
 
 

2015年1月 1日 (木)

京洛逍遥(341)未年の元旦は雪降る下鴨神社へ初詣

 今年も初詣は、いつものように氏神さまである下鴨神社へ行きました。
 京都では、58年ぶりに16cmという大雪の元旦です。
 雪が降りしきる中の下鴨神社は初めてです。

 昨年いただいた破魔矢をお返しし、西の鳥居を潜りました。


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 「光琳の梅」「輪橋」「御手洗川」も白一色の中に凍えています。


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 楼門もいつもよりも身を縮めているようです。


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 今年の大絵馬のヒツジが、困った表情を浮かべています。


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 京都造形芸術大学が作製した「ヤタガラス大行燈」が、今年初めて境内に置かれていました。
 白に塗りこめられた境内では、このヤタガラスが今年は一番の主役です。


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 境内を出て楼門を見上げると、善男善女の参詣客を抱え込むように屋根が羽を拡げています。


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 授与所で、昨年と同じミニ破魔矢の置き物と賀茂茄子の土鈴をいただき、床の間に置きました。


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 破魔矢に添えられていた説明文を引いておきます。


当神社の御祭神・玉依媛命が鴨川の上流より流れてきた丹塗矢を拾われ一夜床辺に置いた処 めでたく懐妊され御子神を産まれた こうした由緒にちなみ 丹塗の神矢発祥の地・下鴨神社では家内安全・除災招福・えんむすび・安産・子育・厄除の守護矢として授与するものである

 いつもお正月に花を開く我が家の紅白の梅は、今年は部屋への取り入れが遅れたのでまだ数日かかりそうです。

 平成25年は大雪の元旦となりました。
 これも、幸先の良い、真っ白からのスタートです。
 
 
 

2014年10月19日 (日)

京洛逍遥(340)樂吉左衞門さんのお茶会に行って樂茶碗を堪能

 今朝は、肌寒い川風の中での賀茂川散歩となりました。
 紅葉はまだまだです。


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 いつもより多くの鴨たちが遊んでいました。


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 川鵜がたくさんいたのは、季節の変わり目だからでしょうか。


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 一羽の鷺が樹上にいるのを見かけました。左側に比叡山が見えています。


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 しばらくすると、さっと飛び立ちました。いつもこんな高いところにいるのか、初めて見たのでその習性はよくわかりません。


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 午後からは、樂美術館の茶室で催された特別鑑賞茶会に出席しました。


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 樂美術館がご所蔵の品々を使ってのお茶会です。
 当代(15代)樂吉左衞門さんが亭主をつとめられ、薄茶をいただきながら、樂茶碗を中心とした作品の詳しい解説などをうかがいました。
 私は「伊羅保写茶碗(十代旦入作)」というお茶碗で薄茶をいただきました。

 轆轤を使わず、手びねりで茶碗を作られる話を、興味深く聞くことができました。

 また、樂美術館で開催中の「樂家五代宗入生誕350年記念 秋期特別展 元禄を駆け抜けた雁金屋の従兄弟ども 「樂家五代宗入と尾形乾山」展」(2014年9月12日(金)〜12月7日(日))に関連して、尾形乾山と樂宗入の作品の解説も、実物を見た後だったのでよくわかりました。

 吉左衞門さんのお話を聞きながら、鳥越碧の小説『雁金屋草紙』を読んだことがあるのを思い出しました。尾形光琳と乾山兄弟の話だったことは覚えています。しかし、茶碗師樂家の五代目である宗入が、光琳・乾山と従兄弟だったことなどは、読んだ当時は興味と感心が薄かったせいか、まったく記憶にないのです。これは、あらためて再読しなくてはいけません。

 そう思って自宅の書棚を探しました。しかし、奈良から京都の北区へ、そしてこの左京区へと何度か引っ越しをしたので、大量に処分した本の中にあったのでしょう。特に読み物はほとんど廃棄したので、残念なことをしました。機会があれば、もう一度読んでみます。

 お茶会が終わってから、素人でも吉左衞門さんに直接お尋ねしてもいいようだったので、お話の中にあった、茶碗を焼く炭が均一化している風潮の功罪についてうかがいました。突然の質問にもかかわらず、懇切丁寧に教えてくださいました。

 私は、炭が均一化しているのは、火力をコントロールしやすいので、思いのままの茶碗が焼けるのでは、という素朴な問いかけをしたのです。それに対して吉左衞門さんは、人間がわかる範囲での仕上がりはしれたものであり、自然が生み出す偶然の方が遥かにすばらしいものになりうることの意義を語ってくださいました。人知を超越した次元で生まれる作品のおもしろさをおっしゃっていたように思います。
 人間がわかってやることの限界を教えてくださった、と思っています。
 ありがとうございました。

 今日は、朝から体調がすぐれず、美術館を出た直後にお腹が急激に痛くなりました。
 心配してくれた娘夫婦が、タクシーで我が家まで送ってくれました。そして、小一時間ほど身体を休めると、少しお腹が落ち着いて来ました。近所のスーパーへ一緒に買い物に行き、お腹を暖めるといいからということで、鍋料理を作ってくれました。
 わいわい話ながら食事をすると、体調もやがてよくなりました。
 こんなことがたまにあるので、仕事帰りなどに、みなさまと外食がしにくいのです。

 明日は京大病院で検査と診察があるので、今夜は早めに休むことにします。
 
 
 

2014年10月18日 (土)

京洛逍遥(339)賀茂川での呈茶と長生堂の和菓子

 昨夜自宅の玄関を入ると、家の中がひんやりとしていました。
 夜中に寒さで目が覚めたため、ごそごそとガスストーブを引きずり出しました。
 紅葉にはまだ早いのに、暖房に気が向く季節となったのです。

 夕刻、賀茂川散歩に出かけました。北大路橋のたもとで、何度か紹介している方がお茶を点てておられました。


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 風か冷たくなってきたのにもかかわらず、通り掛かりのお客人を呼んで、話をしながらの呈茶です。
 私もいただこうと思いながら、なかなか声をかけて座る勇気がでません。
 いつか頂戴するつもりです。

 明日は樂美術館で、特別鑑賞茶会があります。吉左衞門氏が亭主をつとめられるとのことで、娘の婿殿が楽茶碗に凝り出したこともあり、お付き合いで同道することになっています。
 明日の朝、我が家で予習をしてから行きたいとのことです。
 お菓子の用意を、とのことなので、散歩の帰りに近所の長生堂さんで、いつもの和菓子をいただきました。

 このお店は、天保二年創業の「長久堂」で修業された菊次郎さんが四条大宮に「長生堂」を開かれ、今この北大路植物園前に移転後も続くお店です。
 ご主人も奥様も話しやすい方なので、急なお客さんの時などにいただきに行きます。
 閉店直前だったので、適当に季節の主菓子と「松茸松露」を見つくろって来ました。


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 もう寒くなったので、一晩ならタッパーウェアに入れて冷蔵庫の野菜室でも大丈夫ですよ、とのことでした。

 お茶とお菓子をいただくだけで、いつもと違う空間にいる気持ちになるから不思議です。
 さて、明日はどんなお茶会なのでしょうか。
 数百年前の楽茶碗でいただけるとか。
 それが楽しみです。
 
 
 

2014年10月 5日 (日)

京洛逍遥(338)性差別・放送禁止用語を使う青蓮院の時代錯誤

 今朝の賀茂川散歩では、たくさんの鴨たちを見かけました。
 いつもは川中を泳ぐ鴨も、護岸まであがって来て仲間たちを眺めています。
 この鴨の視線には、何となく余裕を感じます。何に対するものかはよくわかりません。


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 飛び立つ鴨を、間近で初めて撮影しました。


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 半木の道の紅葉も始まり、植物園越しに比叡山(写真右下端)も望めます。
 京洛は秋を迎える準備を進めているのです。


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 北山はまだ色付く気配はありません。
 相変わらず、朝はランニングやウォーキングの人で、賀茂川は賑わっています。

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 鷺の親子でしょうか。朝食を探しながら、仲良く一緒に時を過ごしています。


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 ヌシのような顔をした鷺も元気です。


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 冬支度に入る如意ヶ岳の大文字も、台風接近を察知してかどんよりと曇っています。


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 最近の天候は予測がつかず、日本本土を目がけて突っ込んでくる台風のことが心配なので、新幹線が止まらない内にと、大急ぎで上京です。
 ホームに滑り込んできた新幹線の自由席は満席です。一本見送り、次の列車に乗りました。これはガラガラに空いていました。

 エキスプレス予約は毎回とっています。しかし、予約した列車に乗ることは、年に1度あるかないかです。まさかの場合の席の確保をしているだけです。この制度は、ポイントも特典も無意味だし、予約変更も面倒なので、早く見直しをしてはどうでしょうか。毎週末と週明けには、私が予約した席には誰も座らないままの列車が走っているのですから。

 今日も、車内で子供が大声で泣いたり騒いだりしていました。毎週体験することからの実感なので、おそらく私の予見は外れていないはずです。子供の躾が、確実に緩んでいます。親が子供のご機嫌取りをしているせいか、子供は好き勝手に振る舞っています。

 こんな子供たちが明日の日本を造るのです。甘やかされて育った人間たちが中心となって造る国のありようを、早い段階からシュミレーションをして検討を始めてもいいかと思います。お隣の国などは、その検討には良き参考となることでしょう。

 こんなことを言うのは、歳を重ねたせいであり、若者からは無視される意見でしょう。しかし、車内での子供の様子は、同じ車輌に居合わせた若者も見聞きしているのですから、少し問題提起をすれば、今の若者はよりよい社会作りのために取り組むはずです。若者の奮起を期待したいものです。

 京都新聞の4頁目に、東山にある青蓮院門跡飛地境内に完成した、将軍塚青龍殿の落慶に関する全面広告がありました。明後日からなので、この次に帰洛した折にはぜひ行こうと思っています。


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 この記事の下段に拝観料金のことが記されています。そこに、「小学生以下は父兄同伴で無料」とあります。

 まさか、この青蓮院は女人禁制というわけではないと思われます。
 女性を差別する言葉である、ということで、私が高校の教員をしていた頃から、この「父兄」という語は使わないようになっていました。それでも、時代遅れの校長や来賓の方などが時たま「ご父兄におかれましては……」と言っておられました。もちろん、家父長制社会の再興を願って、などということではなくて、ご自身が育った環境からつい口を突いて出た言葉だったと思われます。

 今では、この「父兄」は放送禁止用語とされ、性差別用語となっているかと思います。
 男女同権、離婚急増、父親不在の現代社会で、この語は今は不適切な言葉となっているのです。

 社会から遠ざけられていた「父兄」という言葉が、今また青蓮院で復活したようです。このお寺関係者の無知と無自覚さに失望しています。人の心を問題にする宗教寺院が、こんなていたらくです。門跡寺院の傲りが露呈したのでしょうか。
 さて、この失態を、青蓮院さんはどうなさるのでしょう。
 お詫びの広告では済まない、この組織が内在させる意識が問われる問題だと、この記事を見ながら私は思いました。

 京都仏教会は、さまざまな活動を通して抵抗勢力となって頑張っています。ホームページを見て確認したところ、青蓮院は役員には入っていないようです。ただし、リンク先にあがっているので、京都仏教会には入っておられるのでしょうか。それとも、門跡寺院は別格の扱いを受けるのでしょうか。

 京都に、言葉の感覚が麻痺して無頓着な寺院があることを、新米の京都人ながらも残念に思います。
 
 
 

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2014年8月23日 (土)

京洛逍遥(337)下鴨神社の盆踊りと地域の地蔵盆

 今夜は、下鴨神社の盆踊りです。午後7時から9時まで、朱の楼門前が会場となっています。
 世界遺産の境内で、国宝や重要文化財の前での盆踊りなので、それに参加できることは贅沢の極みと言えます。
 しかし、午後から雨模様で、6時を過ぎると大粒の雨となりました。

 私はこれまでにこの盆踊りに行ったことがなかったので、今年はぜひ行くつもりで待機していたのです。とは言うものの、この雨では残念ながら楼門前で盆踊りはできません。
 雨天時は参集殿で、となっていたので、6時45分頃に傘をさして参集殿へと歩いて向かいました。

 楼門前に櫓が組まれているはずなので、その様子を見てから参集殿へ行こうと思って西の鳥居から楼門に回ったところ、浴衣を着た人と警察の方がいらっしゃいました。

 これから移動なのだろうか、と思って見ていると、赤い毛氈の上にビニールをかけた床几を、姉さん被りに襷姿のみなさんが丁寧に拭き掃除をなさるのです。


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 楼門越しに夜空を見上げると、雨はすっかり止んでいます。盆踊りの準備が急ピッチで進みました。
 そして、7時ちょうどには、櫓に上がってマイクを手にされた下鴨御所音頭・紅葉節保存会会長の椎村悌知さんが、元気よく開会の挨拶を始められました。
 みなさん、ほっとした表情です。

 不思議なことです。開催時刻になると、突然に雨が降り止むのですから。
 賀茂の御祖神の威徳としか言いようがありません。

 踊りが始まると、次第に輪が大きくなります。最初は、御所音頭紅葉節の「三社めぐり」です。
 海外から来られた男性が、すぐに輪の中に入って踊られたのには驚きました。


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 歌詞を印刷したプリントを配ってくださいました。どうも何箇所かに誤植があるようです。しかし、それを元にして、印刷されたままの歌詞を引用しておきます。


「三社めぐり」の歌詞

豊かなる。秋の思ひをかけまくも、三ツの社に詣でんと。志すこと目出度けれ。君に大津と志し。勢田の長橋打渡り。露にぬれつつ夜もすがら、忍ぶ草津の手枕に、堅くちかひし石部宿。水口々に浮名立つ、土山越えて坂ノ下。勇むや駒の鈴鹿山。大竹小竹しなやかに、むねの関路の別れ道。言わぬ思ひを柘植の櫛。
長野豊久を打越へて。今宵必ず松坂と、人目を包む小畑川。明星の御茶屋過ぎ行きて、よい中川原連れ立て、程なく参る宮どころ。実や天照御神を、拝めば心五十鈴川、鈴振君や八乙女の、神楽のつつみ聲ゞに、高天原や岩戸山。ありがたさにぞ振袖の、しぐるる雨やぬれぎぬの、千代とささごと間の山、お杉お玉の弾く三味に、可愛いゝと鳴く烏。きぬぎぬ頃に立ち出でて、めぐる末社のかずつもり、二見ヶ浦や朝熊山。富士の煙の見まほしと。是より心いそいそと新たまる声打越て、登や恋の大和路へ。かかる契を初瀬山。彼の貫之が人はいざ。心も知ぬ我が恋は。ちぢに思をこもりくや。誓を三輪のすぎの門、二世をかためし雁の文、ふるの社を伏拝み、互に之を水鏡。其の在原の筒井筒、結ぶえにしの竹の葉の。千代をこめたるささめごと。心床しき帯解の流れも清き猿沢の、池の畔の八重桜。うねめの宮や衣掛柳。のどかに晴る春の日の、社々を伏し拝み妻恋慕う小男鹿の、声は聞ゆる三笠山。若草山の木の間より、出づる月影まん丸に、南円堂や大佛の、十三鐘や廣福寺二月堂には若狭井戸、色に染たるもみじ葉の、龍田の川や法隆寺。此処は名所も多けれど、君に心の急がれて、昔の都立ち出て、この手かしわの奈良坂を、越ゆれば早くも木津の里。井手の玉川玉水の、岸に乱るゝ山の、花色衣主や誰。問へど答へぬ口無しの、契りの末は長池と、小倉堤を打ち渡り、心の淀み流れ行く。今は盛の男山、鳩の峯越し来て見れば、名にし八幡の御社、登る山路の七曲り。彼の頼風とおみなめし、くねると詠みしの言葉を、互に之も石清水。めぐりめぐりて今茲に、心気心どを打ち忘れ。花の都も近づけば、嬉しさ限り長月の、よいとたわむれ遊ぶゑ。

 もう、これは語りです。口伝えしかないとのことなので、正確な歌詞は後日確認します。
 滋賀から三重を経て奈良と大阪を経巡る内容です。紀貫之の和歌が織り込まれるなど、丁寧に解釈するとおもしろそうです。

 この御所音頭は、かつては京都御所で披露され、今は下鴨地域に伝わるものです。今春5月に、明治以降初めて御所で披露されたことがニュースとなりました。この他に20曲も残っているそうです。男声でゆったりと歌われ、女性が踊るのが特徴です。

 この音頭は、下鴨小学校の4年生たちに法被と共に、地域学習として引き継がれています。伝統文化の継承が、子供たちに受け継がれて行くようです。確かな手応えが伝わってきます。

 下鴨学区社会福祉協議会から用意された飲み物を飲んだ子供たちが、みんなで輪の中に入ります。すでに習い覚えた踊りです。子供たちが嬉しそうに輪に加わると、とたんに楼門前が賑やかになりました。


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 この時は音頭も変わっていました。その歌詞を、これもいただいたプリントから再現しておきます。


鴨音頭(A)

サッサエー
若葉青葉の糺の森に  誰が唄うか下鴨音頭
鳥もきれいにソレないている  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン
 
サッサエー
衿に葵の大臣のお馬  牛にきかしょか下鴨音頭
声にひかれてソレ花が散る  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン
 
サッサエー
高野河原の友禅もよう  水にきかすか下鴨音頭
流れそまつてソレ今日の色  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン

サッサエー
橋のたもとに蛍がとんで  拍子うれしや下鴨音頭
よい子揃ってソレ夜が更ける  サッサ下鵬ウチトコヨイトコ
サテヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン

サッサエー
比叡のお山にあかりがつけば  風も楽しい下鴨音頭
そろう団扇にソレ浴衣がけ  サッサ下鴨ウチトコヨイトコ
サヨイトコ  シヤシヤリコ  シヤンシヤン
 
 
 
下鴨音頭(B)

一、賀茂のなア  賀茂の社にさみどり燃えりや  ヨーイヨイ
   葵祭の葵祭の絵巻物
   サテ ホンマニ マツタク 花よりも
   下鴨よいとこ よいところ よいところ

二、夏はなア  夏はみたらし夏越の矢取  ヨーイヨイ
   身体丈夫に身体丈夫に身を護る
   サテ ホンマニ マツタク 力持ち
   下鴨よいとこ よいところ よいところ

三、山はなア  山は  比叡よ心の姿  ヨーイヨイ
   写す鏡は写す鏡は加茂の水
   サテ ホンマニ マツタク 月よりも
   下鴨よいとこ よいところ よいところ

四、冬はなア  冬は比良木お火焚きまつり  ヨーイヨイ
   上げる作品は上げる作品は  みな上手
   サテ ホンマニ マツタク 雪の色
   下鴨よいとこ よいところ よいところ


 
 帰り道でのことです。町内の地蔵堂の前で、地域の子供たちが演芸会をしていました。


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 この下鴨地域は、歴史が古いことも併せて、こうした伝統的な文化の継承が、楽しく守り伝えられています。千年の歴史の重み恐るべし、と言うしかありません。

 今、我が家には、これに参加する子供がいません。3人共に成人したからです。もしいたら、大はしゃぎで踊り、大声で歌っていることでしょう。この体験を町内会の仲間として味わわせることができなかったことが、少し心残りです。奈良の生駒で、奈良時代を思う存分味わったはずなので、それはよしとしましょう。

 こうして守り伝える日本文化があることと、それを子供たちが受け継いでいることは、本当に頼もしい限りです。生きた歴史と文化を見ることができました。
 
 
 

2014年8月21日 (木)

京洛逍遥(336)出町柳の割烹料理屋と欅並木

 朝食抜きで京大病院へ自転車を走らせます。
 賀茂の川風はからっとしていて、少しひんやりした秋が感じられました。

 胃ガンの手術後4年目となり、経過観察のためのCT検査を受けました。
 安心して自分の身体を任せられるお医者さんがいる、というのは、楽な気持ちで日々の生活が送れます。

 造影剤を点滴された時、身体が突然熱くなりました。しかし、心配はないとのことです。
 円筒形の輪の中を行ったり来たりして、胸からお腹までの断層写真を撮られました。
 何度か受けている検査です。今日の結果は、来週の診察で主治医から教えてもらえることになります。自覚症状は何もないので、心配はしていません。しかし、目に見えない場所だけに、大丈夫のはずなのだが、と幾分気掛かりではあります。
 何かあっても、早期であればどうにかしてもらえる、という気持ちで次回の診察を受けることにします。

 帰り道、通院途中の出町柳で見かけるお店で食事をしました。
 「割烹・和 点」というお店です。


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 多彩な鱧料理がメニューにありました。楽しめそうです。
 お昼なら、ふらりと入れる、家庭料理のお店です。
 今日は左側の入口から入ったので、次回は右側の入口から入ってみましょう。2度楽しめるお店のようです。

 夕方の散歩では、府立植物園から大通りに出る欅並木を歩きました。
 賀茂川沿いの半木の道と平行して続く、気持ちのいい散策路です。


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 朝夕の風が爽やかになったので、このまま秋になってほしいところです。
 
 
 

2014年8月16日 (土)

京洛逍遥(335)大雨の後の如意ヶ岳を焦がす大文字

 昨日の大雨が今日も一日降り続いていました。
 京都五山の送り火は、雨天決行とはいえ、こうした大雨では気を揉みます。

 19時を過ぎたあたりから小雨となりました。
 家を出たのが19時45分です。雨は上がっていました。
 近所のみなさんが三々五々、賀茂川縁へと歩いて行かれるところでした。
 傘はいりません。

 幸いなことに、比叡山は雲がかかっているのに、送り火のメインとなる如意ヶ岳の大文字の方角はすっきりと見えます。

 いつもの指定席である出雲路橋の南には、もう黒山の人だかりです。
 橋の方を見ると、水嵩が一段と増していて、洪水のようなものすごい水音が響いています。


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 20時ちょうどに、如意ヶ岳に火がぽつぽつと点りました。炎の点が、しだいに「大」の字を形作っていきます。


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 最後に右下に長く線が伸びると、光のショーも最高潮です。

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 周りで見物している人たちは総立ちとなり、夜空に刻まれた「大」の字を見つめておられます。ざわめきというよりも、どよめきに近い状況が背中に感じられます。


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 今年もいいお盆でした。そして、雨上がりの送り火は、いつもにも増して印象的でした。
 火勢はしだいに弱まってきます。


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 消えゆく大文字は郷愁を誘うので、火が消えてしまわない内に帰ることにしました。


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 今年からは、送り火のはしごをする人の事故や混雑緩和のために、五山は20時から点火が始まり、以降はこれまでの10分後が5分遅れに短縮されて点火されるようになりました。


大文字→妙・法→船形→左大文字→鳥居形

 また、最近の研究成果によると、江戸時代から明治初期までの大文字の点火時刻は、今よりも1時間早い、日の入り直後の19時ごろからだったそうです。この新説に関しては、本居宣長の『在京日記』の1756年(宝暦6)7月16日に三条大橋で大文字を見た記録が手掛かりになったのでした。
 京都新聞によると、『大文字古記録の研究』(青木博彦、北斗書房)にその成果が盛られているとあります。

 帰路の出雲路橋からは、幸運にも船形が見えました。


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2014年8月12日 (火)

京洛逍遥(334)第27回-2014-下鴨納涼古本まつり

 毎年8月のお盆の頃は、下鴨神社の糺の森を80万冊の古書が占拠します。
 流鏑馬神事で有名な、河合神社横の馬場一帯に、テントや本棚が所狭しと並びます。
 目が休まる暇もありません。


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 受け付けでいただいた団扇を煽ぎ煽ぎ、太古の風を身体に受けながら古書を物色するのは楽しいものです。


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 京都の三大古本まつりは、5月の「春の古書大即売会」(京都市勧業館)、この8月の「下鴨納涼古本まつり」(下鴨神社糺の森)、10月の「秋の古本まつり」(百萬遍知恩寺)です。いずれも居並ぶ本の背表紙を見ながら歩き回るのは壮観です。

 今年の「下鴨納涼古本まつり」は、昨日11日(月)から始まるはずでした。しかし、台風のために今日12日(火)が初日となりました。何かと所用で来られなかった私にとっては好都合です。

 一日ですべてのお店を巡回するのは不可能です。そこで、まずは下鴨神社の本殿に向かって左側のお店を物色することにしました。
 すると、2軒目で夏目漱石の『心』の復刻版を千円で見つけました。これは、私が最近探していた本です。
 この4月から『心』が、朝日新聞に連載されています。そのため、最初に刊行された時の本を探しています。それは復刻本でも構わないのです。作品の本文が当時のままで確認できたらいいのですから。

 しかし、糺の森に足を踏み入れてすぐだったので、同じ本が先にまたあるだろうし、いつも500円位を目処にして本をさがしているので、取り敢えずはパスして北上して行きました。
 もっとも、この判断は迂闊でした。帰りにまた立ち寄ったところ、この『心』の姿は消えていました。他の店にもあるだろうと思い、スタートし始めたばかりだったために遅れを取ってしまいました。この判断は難しところです。

 するとすぐに、松本清張全集の端本を見つけました。しかも、今一番必要としている「半生の記」や「父系の指」が収録されている巻です。一冊300円だったので短編を集めた4冊をいただきました。第38巻(短編4)は見つかりませんでした。それでも、これは大収穫です。


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 初日は、特にほしい本がたくさん出ています。しかし、古い家に住んでいると、本の重さで床が沈むことが気になるので、つい買い控えをしてしまいます。特に、ハードカバーの本は買わないことにしています。
 それでも、こうして明確な目的がある本は、読み終わってから廃棄することを自分に言い聞かせて、つい買ってしまうのです。

 いやはや。罪作りな古本市です。しかし、本を物色するというこの楽しみは格別です。
 今年は、いつもに増して若い人が目立ちました。書店の棚には置かれていない本がたくさんあるので、これはいいことです。本との出会いには喜びがあります。探している本が、本当においでおいでをしていることを実感します。

 送り火がすぐ目と鼻の先の如意ヶ岳に灯される16日(土)まで開催されているので、もう一度ぶらぶらと来るつもりです。
 
 
 

2014年7月26日 (土)

京洛逍遥(333)下鴨神社の御手洗祭 -2014

 今年も、京洛の夏の風物詩となっている、下鴨神社の御手洗祭が始まりました。今日の京都市の最高気温は37.5度でした。

 平安時代以来、王朝人は季節の変わり目になると、罪や穢れを祓ってきました。今年は、7月25日から29日までの5日間、朝の5時半から夜の10時まで行われます。

 これまでに、御手洗祭のことは2度ほど取り上げました。

「京洛逍遙(95)下鴨神社の御手洗祭」(2009/7/21)

「京洛逍遙(152)下鴨神社の御手洗祭の足つけ神事」(2010/7/23)

 いつ来ても、夏の暑さを感じさせない、爽やかなお祭です。御手洗池から湧き出ずる水の清々しさが、気分をリフレッシュさせるからでしょうか。

 御蔭通りから糺の森の中を北へ伸びる表参道を望むと、出店が目に入りました。いつもとは違う賑わいがあります。


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 この期間は、静寂な森に活気が感じられます。葵祭のときの喧騒とは違う、気持ちが引き締まる緊張感とでもいうのでしょうか。さあ、今年もあと半分を無事に過ごせますように、と糺の森を歩くことになります。

 この森は、私の散策コースの一つに入っています。不思議なことに、真夏でも涼しい風が吹き通っています。千年以上もの長きにわたり、この糺の森を吹き渡る風は、古代の空気を送って来ているのです。

 馬場の横を流れる瀬見の小川越しに表参道を見ると、ひんやりとした風を受ける心地よさと共に、お祭の賑やかさも伝わってきます。


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 光琳の梅と輪橋の後ろにある御手洗池で、膝までを水に浸す「足つけ神事」がおこなわれています。これは、無病息災を祈るものです。


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 このテントの中で、灯明をいただき、そして御手洗池の浄水に足を浸けるのです。


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 右手前が細殿、その向こうに御手洗社、中央下に朱塗りの番傘がある場所が御手洗池、左端の鳥居の下に輪橋と光琳の梅があります。

 今は、一年の折り返し地点です。今年の夏もいろいろな診察を受けて、体調に気づかいながら鋭気を養い、後半へと向かって行くことになります。

 相当ペースダウンした日々を送っています。これでいいと思います。この調子を崩さずに、これ以上の無理をしないように心がけ、抱えている課題を一つ一つ着実に成果へと結びつけて行きたいと思います。

 やはり今年も、いつもの神頼みということになりました。
 鴨の御祖に、しっかりとお願いをしてきました。
 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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