カテゴリ「4.4-銀座探訪」の38件の記事 Feed

2016年12月17日 (土)

銀座探訪(36)9年ぶりにアナログのシステム手帳を新調する

 9年前に、ノックスブレイン社のシステム手帳を、銀座の伊東屋で買いました。

「銀座探訪(5)手帳を探す」(2007年11月 9日)

 それまでにも、各社のシステム手帳を使ってきました。
 最初は1980年代に、聖書サイズのファイロファックスでした。山根一眞氏の影響が大きいものでした。
 以来、ノックスブレイン、エンポリオアルマーニ、アシュフォード、バインデックス、等々、いろいろな革製品を使ってきました。6穴のバインダーに、リフィルといわれる記入用紙をセットして使います。今も、記入済みの膨大な量のリフィルが、記録物として残っています。
 自分なりの設計によるリフィルも、用途別にたくさん試作してきました。着せ替え人形のように、リフィルを取っ換え引っ換えして楽しんでいました。6穴の穴開けパンチが大活躍をしました。

 しかし、2011年8月11日を境にして、日々の記録媒体はシステム手帳から iPhone へと移行しました。

 私が iPhone を使いだしたのは、2008年8月からです。
 以来、アップルとグーグルの電子カレンダーに、日々の予定などを記録してきました。
 過去のデータを確認したところ、電子版のカレンダーは2009年11月19日からのものが残っていました。
 このカレンダーの情報と、毎日記しているブログを通覧すると、私が生きてきた日々は、ほぼ再現できます。しかし、こうした電子的な記録がいつまで正確に再現できて確認できるかは、はなはだ心もとない気がしてきました。

 折しも、このイオ・ブログも、2017年3月31日(金)15時をもって、サービスは終了となります。これでまたまた、私が利用していた4つ目のサイトも閉鎖されます。
 電子デバイスは乗り換えながら、データをなんとか引きずっています。しかし、もうこのあたりが限界では、と思うようになりました。
 息子の話では、インターネットの次の世界が用意されだしたとのことです。今のコンピュータとの関わりも、また新たな時代へと突き進みそうです。

 アップル好きの私は、アップルウォッチを一時期腕にはめていました。しかし、3ヶ月も持ちませんでした。このブログに書く暇もないうちに、玩具と化してしまったのです。アップルの大失敗の試作品だといえるでしょう。iPhone との連携に失敗したのです。これが生き返ることは、もうないでしょう。それだけ、ネット社会ともてはやされて来たインターネットが、しだいに変質しだしているのです。
 アップルウォッチの復権があるとしたら、インターネットの次のネットワークシステムの中で生まれる可能性はあるかもしれません。その時にまた、アップルウォッチを腕にしようと思います。

 生来の新しもの好きなので、このインターネットの次の世界にも首を突っ込むはずです。しかし、これまでのように、全幅の信頼のもとに使うことはないと思います。
 特に記録は、紙に文字で書いたものが一番いい、と思うようになって来ました。
 千年近く前の古写本を研究対象としている身としては、当然のことかもしれません。

 目まぐるしく変わる世界なので、電子データに十全の信を置けなくなりました。
 その点では、紙に書いた記録の持続時間は、比べ物にならないほど長寿命です。
 そこで、銀座の伊東屋で新しくシステム手帳を買ってきました。アシュフォードの製品です。


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 これは、表表紙のポケットに iPhone が入れられます。デザイナーは、そのような用途を想定して作ったとは思われません。しかし、私にはこうした活用ができるので、数ある中から慎重に較べて、これに決めました。伊東屋の専属アドバイザーの女性の助言も、大いに参考になりました。
 リフィルに手書きで記録しながら、大量のデータはiPhone で管理する、という使い方を考えています。

 来年度からは、これまでとは生活が一変します。その生活パターンを考えて、このシステム手帳とiPhone が共生した組み合わせで、日々の情報管理をしていきたいと思っています。

 とにかく、新年に向けてスタートしました。
 ペンを持つということで、新鮮な感覚を思い出しています。
 入力から筆記へと、記録方法が変わります。
 ものの見方や考え方にも、それなりの変化があることを期待しています。
 
 
 

2016年3月17日 (木)

銀座探訪(35)イェール大学のケイメンズ先生と「銀座のすずめ」を飲む

 イェール大学のエドワード・ケイメンズ先生が国文学研究資料館にお出でになりましたので、書庫などをご案内しました。

 国文学研究資料館が品川にあった頃には、何度か利用されたようです。しかし、立川に移転してからは初めてだとのことでした。

 ケイメンズ先生と最初にお目にかかったのは、2003年9月に伊井春樹先生とご一緒にアメリカへ行ったときでした。ニューヨークのコロンビア大学での仕事を終えて、手配してくださった車でイェール大学へ行きました。
 2008年11月のハーバード大学での研究集会では、私の研究発表のコメンテーターを務めてくださいました。
 そして昨年、2015年2月に英国ケンブリッジ大学において、ジョン・コーツ先生の研究室で偶然にお目にかかりました。
 いろいろとご縁があり、いつも楽しい話をうかがっています。

 今日はお昼に一旦お別れをし、夜、日比谷図書文化館で『源氏物語』の写本を読む勉強会でまたお目にかかりました。おもしろそうな勉強会だ、とのことで興味をもってくださり、ゲストとして参加してくださったのです。


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 最初に自己紹介をお願いした中で、昨年アメリカで刊行されたデニス・ウオッシュバーン氏の英訳『源氏物語』のことに触れてくださいました。


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 ケイメンズ先生は、ウォッシュバーン氏がイェール大学の大学院生だった頃に教えておられたのです。教え子が英訳『源氏物語』を刊行したということもあり、イェール大学の授業でこの新英訳を読んでいる、とのことでした。
 いつか詳しく、この新英訳のことをうかがうつもりです。

 今日はケイメンズ先生に、「変体仮名翻字版」を実際に体験していただきました。これまでの翻字方式とは違い、字母を正確に翻字していくので、その意義を納得してくださったようです。また、変体仮名の使われ方についても、今後の大きな検討課題であることをご理解いただけたようで安心しました。

 終わってから2人で有楽町へ出て、駅前の店でご一緒に食事をしました。
 先生は、若かった時に有楽町前の帝国ホテルの中の会社で仕事をなさっていたことがあるそうです。
 有楽町は懐かしいところだ、とお誘いした所を喜んでくださいました。
 もちろん、当時とは駅前の雰囲気は一新しています。しかし、青春時代の想い出は、楽しく美しく変質しているようです。

 1時間半以上もの長時間、盛りだくさんの話題で楽しく食事をしました。
 私が「銀座のすずめ」という麦焼酎のお湯割りを注文したところ、先生は同じ「銀座のすずめ」を生で召し上がっておられました。おいしいお酒でした。

 5月の葵祭の頃には、京都にお出でになるそうです。
 次は、京都でお目にかかれるかと思います。
 若い時に、表千家のお茶をお稽古なさっていたそうです。
 それでは私は裏千家のお点前でお茶を差し上げましょう、と申し上げたところ、喜んでくださいました。
 京都で私が先生にお茶を点てて、またご一緒にお話ができる日を楽しみにしています。

 地下鉄日比谷線の改札口でお別れする時に、ご丁寧なお言葉をいただきました。
 こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。
 
 
 

2016年1月11日 (月)

銀座探訪(34)並木通りの夏目漱石と「野の花 司」

 銀座といっても、有楽町駅に近いソニー通りと並木通りとの間で、夏目漱石の新聞連載小説の挿し絵を見かけました。


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 現在、銀座6丁目の並木通りでは、朝日新聞社の銀座朝日ビルが建設中です。その工事現場の囲いに、漱石の姿と新聞連載当時の「三四郎」と「明暗」の挿し絵が描かれているのです。


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 私が朝日奨学生として東京で新聞配達をすることになった昭和45年には、有楽町にあった本社で諸手続きと専売所の所長に面接をしました。
 その有楽町に本社が移転する昭和2年までは、ここに社屋があったのです。

 この囲み塀の絵は、本年6月まで見られるようです。ビルの完成は、来年の秋です。

 漱石は明治40年に東京朝日新聞社に入社しています。同じ頃に、石川啄木もここに勤務していたのです。その記念碑も、この囲いの前にあります。


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 碑には、「京橋の瀧山町の 新聞社 灯ともる頃のいそがしさかな 啄木」と短歌が記されていました。

 このあたりでは、多くの建て替え工事が行われています。ちょうど、そんな時期にあたるのでしょう。無粋なトタンやビニール塀だったり金網である現場が多い中で、これはなかなか楽しい計らいです。しばし立ち止まって壁面を眺められるのは大歓迎です。
 この他の工事現場でも、いろいろと面白い囲いの絵があります。折を見て紹介します。

 銀座3丁目にある松屋の裏の「野の花 司」に立ち寄りました。


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 ここは、「野の花」と「茶花」の専門店です。銀座のど真ん中に、こんな山野草のお店があるのですから、この一帯はおもしろいところです。
 2階でお茶と軽食を、と思って行きました。しかし、満席でした。また次の機会としましょう。
 
 
 

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2015年11月30日 (月)

銀座探訪(33)師走を控えた月末に銀座で泳ぐ

 明日から師走。
 銀座も人の動きが慌ただしくなりました。

 もっとも、大通りに堂々と列を成して違法もなんのそのと停められている、大型観光バスから吐き出される外国人が、行き交う人の大半のようにも見えます。
 バスが立ち去った瞬間に、さっと撮影しました。


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 新装なった文房具の伊東屋は、若者と女性の気を惹くことが最優先のようです。文具好きの私などが行こうと思うような、魅力的なグッズ探しのお店ではなくなってしまいました。
 「銀座探訪(29)新装なった銀座伊東屋とあずま稲荷大明神」(2015年06月15日)で書いた通りです。

 昔はよかった、と言うのではなくて、押しつけがましい商品の展示に圧迫感を覚えます。
 文房具は、見た目よりも機能性を競ってほしいものです。リニューアルした伊東屋は、そんな楽しみを味わう場ではなくなった、ということです。会社の方針と私の好みが合わなくなった、の一言です。1つ、銀座で行きつけのお店をなくしました。

 いつもきれいな花やオブジェで飾られるミキモトは、今は工事中です。
 恒例のクリスマスツリーは中止となりました。
 しかし、長嶋一茂氏が幼な馴染みである山野楽器の山野社長に何とかしろと言ったそうで、今年は山野楽器がミキモトに負けず劣らずのクリスマスツリーを飾っています。

 時間帯によって、音楽に合わせて色がクルクルと変わります。
 そんな変化を切り取った写真を並べてみます。
 実際には、銀座4丁目に足を運んでご覧ください。


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 一しきり光のファンタジーを見てから、いつものようにアップルストア裏のコナミスポーツクラブで泳ぎました。

 帰り道、コナミの前から松屋通りを見通すと、銀座3丁目の交差点の人混みから向こうに、電飾の並木がきれいに見えました。


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2015年11月 4日 (水)

銀座探訪(32)久しぶりに銀座のど真ん中で泳ぐ

 銀座にあるコナミ・スポーツクラブの会員を辞めたのは4年前です。

 「スポーツクラブを退会」(2011/9/30)

 その後は、賀茂川と隅田川を散策する程度で、特に運動はしていませんでした。
 大手術の経過も血糖値の推移も、共に安定してきたこともあり、再度コナミに入会しました。
 今回は、各地のいろいろな施設が自由に利用できるプランです。

 今日の再開初泳ぎは、やはり通い慣れた銀座3丁目にしました。
 アップルストア銀座の北隣のビルの地下に、4年前とまったく同じシステムで、施設も何も変わらずに営業していたのには驚きです。
 周りは目まぐるしく変転する地にもかかわらず、以前とまったく一緒だったので、この空間の時間がすっかり止まっていたかのようです。あえて違いを探すと、レッスン等のメニューだけでした。


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 勝手知ったる、銀座のど真ん中の地下で、久しぶりに汗を流して来ました。
 私の利用は夜になるので、また夜の銀座で泳ぐことになります。
 「銀座を泳ぐ」のではなくて「銀座で泳ぐ」のです。
 もちろん、スタジオでエアロビクスもやり、ジムでマシンを使ったりする予定です。
 無理をしないで、少しずつ身体を慣らしてから、筋力アップに取り組むつもりです。
 
 
 

2015年8月26日 (水)

銀座探訪(31)書道展で左から右への横書きを見る

 今夏も、「慶山會書道展」(会場:東京銀座画廊・美術館 銀座貿易ビル8階)に行ってきました。


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 学生時代に書道を教わっていた吉田佳石先生が代表として、長年にわたり事務局を引き受けておられる息の長い会の展覧会です。

 私は相変わらずの、自他共に認める悪筆にもかかわらず、書作品を見るのは好きです。
 特に吉田先生の文字は、その迫力にいつも圧倒されています。

 昨年のことは、「銀座探訪(28)書道展へ行ってから帰洛の途に」(2014年08月20日)に記しました。
 もろもろの背景は、その記事に譲ります。

 今回の吉田先生の作品は、「皇甫冉詩(山館長寂寂〜)」「禅語(花開無根〜)」「石川啄木歌(アカシヤの〜)」の3点でした。
 このうち、「皇甫冉詩」の作品で「寂〻」と書かれている箇所の印刷物での釈文が、「寂寂」となっていました。


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 このことについて先生に伺ったところ、原典のことや印刷の都合もあり、一般的にこのようにしている、とのことでした。そういえば、他の方の作品も、「深〻」が釈文では「深深」となっています。
 書の世界には素人の身で思うことなので、読み流してください。作品と同じように釈文の表記も「寂〻」としていただいた方が、落ち着いて見られます。
 『源氏物語』の古写本を読んで「変体仮名翻字版」を作成しているところなので、ついこのように些細なことが気になってしまうのです。

 私の目を引きつけた大作が2点ありました。

 1つは、最初の部屋にあった、横3.8m、高さ1.7mの6曲屏風仕立ての作品です。青い和紙に鶴が飛ぶ様が印刷されたその上に、堂々と「自然は 静寂~」と書いてあったのです。
 書家の関良法氏と写真家の佐和賢爾氏とのコラボレーションです。
 単彩の墨とあざやかなカラーと飛ぶ鶴が、うまくまとまっていると思いました。

 写真を取り入れた作品は、近年の流行のようです。

 また、もう一つの部屋には、写真に縁取られて表装された作品が、大きな額装として掲げられていました。横3.6m、縦1m弱なので、見る者に迫ってきます。しかも、ここには「慎之莫怠」という倭姫命の言葉が、左から右へと横書きで大書してあります。

 額などで、漢字の文字を左から右へと横書きしたものを、私は見たことがありませんでした。
 横書きは右から左へだと思い込んでいたのです。

 会場に入ってすぐの時に、吉田先生から、この大作の作者である臼井南風氏を紹介されました。
 『源氏物語』の「須磨」巻の巻頭部分の立体コピーを見てもらい、こうした写本の触読に興味を持たれる方がいらっしゃったらご紹介を、という話はしました。しかし、臼井氏の作品を見たのがその後だったので、この左から書くことについて、ついご本人に聞きそびれてしまいました。

 先生に伺うと、これも最近の傾向で、世の中が何かと横書きになったことに合わせて、書道でも横一文字に書く際に、左から右へと書いたものを時々目にするようになった、とのことでした。

 私にとってまったく知らないことだったので、いろいろな分野での社会を反映した変化を知るいい機会となりました。

 この慶山會の書道展は、男性がよく出展しておられるように思っています。
 今回も、そのように感じたので、そのことを先生に尋ねると、出品者16名の内で男性は7名だったので、確かにそうだと納得してくださいました。

 書道の世界もお茶と同じように、女性が8割から9割という状況にあるようです。
 そのような中で、この慶山會は、先師続木湖山先生の影響なのか、男性陣が元気に活躍しておられるようです。
 吉田先生の書の力強さも、そうした流れを継承しておられることと関係するかもしれません。
 
 
 

2015年7月 3日 (金)

銀座探訪(30)中央通り・すずらん通り・ガス灯通り

 かつて、銀座のアップルストアの北隣にあるコナミスポーツクラブで泳いでいたので、この銀座一帯は熟知しているつもりでした。しかし、今は至る所で立て替え工事が進行していて、以前は何のビルだったのか思い出せません。数年後には、この銀座も様変わりすることでしょう。

 今の銀座を忘れないようにと思い、妻と折を見ては探訪しています。
 お互いに何かと多忙な日々なので、仕事帰りに暑気払いのつもりで出かけました。

 学生時代に、数寄屋橋にあった著名なステーキハウスで、2人一緒にアルバイトをしていました。お客さんの前で、包丁さばきのパフォーマンスをすることで知られていたお店です。有名人や芸能人がよく来ました。妻がレジを、私がウェイターを。

 あの頃は、少しだけお店の英会話が私にもできました。その時に、世界各国のワインの名前も覚えました。よく六本木のクラブに、支配人に連れて行ってもらったのも、その頃のことです。摩訶不思議な世界を垣間見ることのできた、懐かしい学生時代です。

 過日は、次の地図の下を東西に通る三原通りにあるお店に行きました。


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 今回は、地下鉄銀座一丁目駅からスタートです。
 中央通りの西端の博品館角でUターンして、1本北の金春通りとすずらん通りを東進し、ガス灯通りを歩きました。

 アップルストアの横には、テレビドラマで一躍有名になった本の老舗「教文館」があります。店頭には、七夕の笹が見えます。


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 その西隣には、あんパンの老舗「木村屋」。この店先にも、七夕に願いを書いた短冊がぶら下がっています。


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 ここで、「ほうれん草のピタパン」と「チーズクリームパン」をいただきました。血糖値を気にしている私です。しかし、時には気分転換も必要だ、という勝手なへ理屈をつけて買いました。


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 中央通りの西端にある博品館の前では、懐かしい金魚の玩具が夏らしく店頭で泳いでいます。銀座のメインストリートには、こんなものも店先にあるのです。


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 そこからUターンして金春通りに入ると、京都の食パンを売っている屋台がありました。


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 寿司好きの私でも入る機会がまったくない「銀座久兵衛」の看板については、この「久」の崩し方に興味を持っていました。漢字の雰囲気がなく、ひらがなの「く」としか見えないからです。やっと、撮影できました。


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 その近くに、「金春湯」という銭湯があります。銀座のお風呂にも、一度は入ってみたいものです。


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 すずらん通りからガス灯通りにかけては、千円ランチを食べによく来るところです。
 今回は、お互いにいろいろとご苦労さま、ということで、これまでに何度来ても満員で入れなかった「YEBISU BAR 銀座二丁目店」で乾杯となりました。
 ここは、以前はライオンだったところです。店名と内装を一新したこともあり、おしゃれで行きやすい店に変身しました。
 鱧の料理がお勧めでした。東京ではあまり見かけないので、最初にお願いしました。一緒に盛られていた大粒の梅干しが、鱧といい相性を見せてくれます。ふっくらとした大振りの鱧です。関西では、梅肉を上品に添えます。梅干しをどんと乗せるのも、絶妙の取り合わせとなることを知りました。付け合わせのコリンキーも、しゃきしゃきしていて美味しくいただきました。
 
 
 

2015年6月15日 (月)

銀座探訪(29)新装なった銀座伊東屋とあずま稲荷大明神

 文房具が欲しくなったら足を向けている銀座の伊東屋が、まったく新しいお店としてオープンしました。創業が明治37年なので、111年前になります。
 今日はソフトオープンということで、プレスの方の姿がそこかしこに見られました。
 明日からグランドオープンだそうです。


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 これまでとはまったく異なる雰囲気に衣替えしていました。
 思いきったコンセプトで、興味深い品物が並んでいます。
 しかし、私が実際に買おうと思うものは皆無です。

 営業的には日本のみならず海外の富裕層をターゲットにしたいのでしょう。
 それにしても、あまりにも高級志向で、私としては敬遠したくなるお店になってしまったのが残念です。

 銀座へ出かけた時に立ち寄る店が、1つなくなってしまいました。
 渋谷と新宿のお店へ行って、文房具の魅力を楽しむことにします。
 2年前に、大阪駅前にもできたようです。しかし、まだ行ったことがありません。
 
 今日は記念日なので、銀座四丁目の和光から対角にある、石畳の三原小路で食事をしました。
 この銀座地域は、アップルストア裏にあるコナミスポーツクラブの会員だった頃に、運動後の散策で馴染みのところです。
 それよりも、井上靖の小説の舞台としてよく出てくるので、私の散歩エリアでもあります。

 三原小路の入口には、あずま稲荷大明神が鎮座しています。これは戦後に京都伏見稲荷大明神を遷座させたものです。


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 この小路の裏側が、銀座らしくない戦後の雰囲気を残していることは、また後日。

 「銀座八丁神社めぐり」というものがあることを知りました。
 三越や松屋の上にもあるようなので、おもしろそうです。
 観音霊場巡りが趣味の私にとって、スタンプラリーは大好きです。
 これは無視できません。
 機会を得て、折々に経巡ってみたいと思います。
 
 
 

2014年8月20日 (水)

銀座探訪(28)書道展へ行ってから帰洛の途に

 18時までに銀座へ行くことになっていました。
 午後の会議が終わると、いくつかの打ち合わせと用事を済ませてから館を飛び出しました。

 運よく立川駅から特別快速電車に乗ることができました。
 三越や松屋がある銀座中央通り沿いの、銀座貿易ビル8階が目指すところです。
 有楽町駅から歩いて6時までに、銀座二丁目にある東京銀座画廊・美術館に辿り着けました。


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 学生時代に書道の稽古でお世話になった吉田佳石先生の先師である続木湖山先生が主宰なさっていた「慶山会書道展」が、今日から5日間にわたり開催されるのです。


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 吉田先生が関わっておられる書道展には、時間が合えば行くようにしています。
 この前は、春の京都白川でありました。
 「京洛逍遥(311)祇園白川の書道展で長唄三味線を聴く」(2014年03月31日)
 秋は銀座であるのです。

 吉田先生は、いつも力強い作品を見せてくださいます。
 今回は、「真玉泥中異」と、草野心平の詩を出品なさっています。
 先生が事務局をなさっていることもあり、初日のお忙しいところなのに、声をかけてくださいました。

 この書道展は、今週末の24日(日)までです。
 二部屋を使っての大作が並んでいます。

 閉場の6時半までじっくりと拝見した後、東京駅八重洲口まで歩いて行き、新幹線で京都へ向かいました。
 明日は京大病院でCT検査があります。

 車中では、高田郁の新刊『天の梯 みをつくし料理帖』を読みふけりました。これが、「みをつくし料理帖」シリーズの第10巻にあたり完結編です。
 読み終わりましたので、近日中に紹介文を掲載します。

 その前に書き残しておくべき他のことがたくさんあるので、いま少しお待ちください。
 
 
 

2013年3月 7日 (木)

銀座探訪(27)西洋サクラソウと書道展

 久しぶりに「銀座探訪」の記事となります。1年半ぶりです。

 銀座というと、コナミスポーツクラブでスイミングやフィットネスをしていた頃は、毎日のように仕事帰りに立ち寄っていた馴染みの街でした。しかし、2011年9月5日にコナミを退会してからは、やはり足が遠ざかりました。宿舎から自転車で15分の至近の距離であっても、休日にわざわざブラブラしに行くということもなくなったのです。
 この経緯については、「スポーツクラブを退会」(2011年9月30日)に書いた通りです。

 さて、銀座のミキモト真珠店の前は、いつもきれいな花やディスプレイが目を楽しませてくれます。「銀座探訪(24)粋なミキモト真珠の店先」(2010年6月 3日)
 その店先で、今年は西洋サクラソウがみごとに咲いているのを見かけました。折しも、ミキモト真珠発明120周年の記念の年なのだそうです。
 
 
 
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 先週の雛祭りの日に京都の植物園で見た西洋サクラソウは、まっ白で清楚な感じでした(「京洛逍遥(260)植物園の草花展と半木神社」(2013年3月 3日))。

 このミキモトの花は銀座らしく、人目を惹くような鮮やかなプレゼンとなっています。120年という文字を強調したかったのでしょうか。白い花が一鉢もないのが印象的でした。
 
 
 
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 隣の木村屋でうぐいすパンとよもぎパンを1つずつ買い、銀座4丁目を西に渡った大黒屋6階ギャラリーで開催されている書道展「春光こでまり会書展」へ行きました。
 
 
 
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 仮名を中心とした作品展で、お目当ての作品は、古今集の撰者でもある凡河内躬恒の歌でした。


    みつね
道しらはたつね
もゆかむもみち
 はをぬさとた
  むけて秋は
   いにけり

 この歌は嵐山の紅葉を詠んだものと思われます。
 そして、息子の『百人一首』の持ち札でもある、菅原道真の「このたびはぬさもとりあへず手向山もみぢのにしき神のまにまに」を連想させます。

 躬恒というと、この時期には次の古今集の歌が浮かびます。


  春の夜、梅の花をよめる

春の夜の闇はあやなし梅の花いろこそ見えね香やはかくるる

 手元にある架蔵『探幽筆 三拾六哥仙』には、こんな躬恒の姿が描かれています。
 参考までに紹介します。
 
 
 
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 この絵は、まだ復元し終えていないものです。
 これに関する詳細は、「架蔵『探幽筆 三拾六哥仙』の復元」をご参照ください。
 
 
 

2011年8月23日 (火)

銀座探訪(26)狩野画塾跡の説明板

 2週間ほど前に、「コーツ先生ご所蔵の源氏画帖は江戸狩野派の粉本」(2011年8月12日)と題する拙文を書きました。

 江戸狩野派に関係する場所として、現在工事中の歌舞伎座の近くに「狩野画塾跡」があったことを思い出したので、自転車を飛ばして行ってきました。

 みゆき通りと昭和通りの角のビルの側壁に、ひっそりと説明版があります。写真の矢印の場所です。気をつけないと見つけられません。
 
 
 

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 この説明版には、次のような文章が記されています。
 
 
 
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  狩野画塾跡
       所在地 中央区銀座五-十三-九〜四付近
 江戸幕府の奥絵師であった狩野四家は、いずれも狩野探
幽(守信)、尚信、安信の三兄弟を祖とし、鍛冶橋・木挽町・
中橋の三家と木挽町の分家浜町と、四家全て区内に拝領屋
敷がありました。
 木挽町狩野家の祖、狩野尚信は寛永七年(一六三〇)に江
戸に召し出され、竹川町(銀座七丁目)に屋敷を拝領して奥
絵師になりました。のち、安永六年(一七七七)六代典信(栄
川)の時に、老中田沼意次の知遇を得て、木挽町の田沼邸の
西南角に当たるこの地に移って、画塾を開きました。
 奥絵師四家のなかでもっとも繁栄した木挽町狩野家は、
諸大名などからの制作画の依頼も多く、門人もまた集まり
ました。門人のほとんどは諸候のお抱え絵師の子弟で、十
四、五歳で入門し、十年以上の修行を要しました。修行を
了えた者は師の名前から一字を与えられて、絵師として一
家を成す資格を持つといわれました。
 この狩野画塾からは、多くの絵師が輩出しましたが、明
治の近代日本画壇に大きな貢献をした狩野芳崖や橋本雅邦
はともに、木挽町狩野最後の雅信(勝川)の門下生です。
   平成九年三月
                  中央区教育委員会

 狩野家には、鍛冶橋、木挽町、中橋、浜町の4家がありました。狩野探幽は鍛冶橋狩野家を興しました。
 この銀座にある「狩野画塾跡」は、4家の中でも一番栄えていた木挽町狩野家の跡地です。
 明治の近代日本画家として大きな足跡を残した狩野芳崖と橋本雅邦は、この木挽町狩野家最後の門下生でした。

 ケンブリッジ大学のコーツ先生がお持ちの『源氏物語画帖』の粉本は、この狩野家の系列に属する下絵である可能性が高いと思われます。とすると、この木挽町狩野家に関係する者が所持しており、この地で源氏絵を制作するときに模本として利用されていことがあったのではないか、と考えても、あながち妄想とも言い切れません。
 俄然、具体的なイメージが浮かぶようになり、楽しくなりました。

 コーツ先生は、今年の3月に慶応大学の招きで来日される予定でした。私も、お目にかかれるのを楽しみにしていました。しかし、東日本大震災が発生したことにより、残念ながら中止となりました。
 この次にコーツ先生が日本にお出でになった折には、ぜひともこの銀座五丁目の「狩野画塾跡」にご案内するつもりです。
 
 
 

2010年8月 4日 (水)

銀座探訪(25)地下鉄銀座駅のマーキュリー像

 久しぶりの東京です。京都よりも暑いように思います。風が熱っぽいようです。
 宿舎の横を隅田川が流れています。しかし、京都の自宅の横を流れる賀茂川のような、心地よい風ではありません。
 隅田川の風を一言で表現すると、電気掃除機の吹き出し口から出てくる風に近いですね。

 職場へ行く途中、九段坂病院へ京都大学病院から預かった書類を持っていきました。紹介して下さった先生への報告書です。
 外科の受付の方も、京大病院へプレパラートを送っておきましたよ、とのことでした。
 皆さんの連係プレーに感謝します。

 皇居北の丸のお堀の蓮は、ちょうど咲き誇っているところでした。
 
 
 
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 職場では、先生方、事務の方、そしてアルバイトの方々と、たくさんの打ち合わせと今後の確認をしました。ギッシリと詰まった1日でした。
 メールという文明の利器があることは、とにかく便利この上ないことです。
 ただし、ゆっくりと静養できないというデメリットもありますが。
 とにかく、みなさまに迷惑や負担を最小限にするために、こうした道具を活用したいと思います。

 しばらく行けない銀座のスポーツクラブへも行きました。
 手術で体力を使うので、このところ体力作りを意識して運動をしています。
 今日は、ジムとプールで汗をかきました。

 帰りに、地下鉄に設置されているブロンズ像の写真を集めていたことを思い出しました。
 ブログで紹介しようと思いつつ、次から次へと身辺に出来事が起きるために、書く機会のないままに保存していた写真があるので、以下に紹介します。

 地下鉄銀座線の銀座駅の銀座四丁目交差点の真下にあたるところに、「マーキュリー像」というブロンズ像があります。
 
 
 

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 そこには、こんな説明文が添えてあります。


      マーキュリー像

昭和26年、銀座駅などの出入口に設置され、
地下鉄のシンボルとなりました。
昭和39年に移設し、今日に至っております。
”マーキュリー”とはローマ神話の商業の神を
意味します。
               笠置季男 作


 いつも通りかかるときに目に入っていたので、気になっていました。
 そして、このようなブロンズ像が、他にも地下鉄沿線にあるのかを駅員さんに聞いたところ、3つある銀座駅のいずれにもあるとのことでした。
 これは自分の目で確認しなくては、と思って経巡って撮影したのが、以下の写真です。

 銀座線の銀座駅から北へ少し歩くと、日比谷線の銀座駅があります。
 ここにも、同じ像がありました。
 
 
 

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 さらに皇居側に北上すると、丸ノ内線の改札口の中に、同じブロンズ像がありました。
 ただし、この像を探すのには、非常に手こずりました。
 事前に教えてもらった情報では、丸ノ内線のホームの階段を下りた裏と言うことだったからです。実際は、改札口の横でした。
 
 
 
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 この像が造られたのは、ちょうど私が生まれた年です。
 そのことも、親しみを覚えた一つです。

 ほとんどの乗降客は、この像の存在を知らないと思います。
 こうしたものが、全国の至る所にあることでしょう。
 記念碑的なものに拘っていると、全国に不要品が満ち溢れることになります。
 しかし、残しておいて邪魔にならないのならば、一つでも多く語り伝えたいものです。
 文化と歴史を語り伝えるのは、次の世代の方たちに伝え、そして受け継いでほしいと思います。
 捨てるのは簡単です。しかし、存在の意味がわからないからと言って、それを処分するのはやめましょう。
 物には、それぞれが一つずつに、歴史と文化と思い入れという背景を持っているのですから。
 
 
 

2010年6月 3日 (木)

銀座探訪(24)粋なミキモト真珠の店先

 銀座四丁目にある真珠のミキモト本店前は、四季折々に楽しい演出がなされています。

 今年の正月に、「銀座探訪(20)京都御所・仙洞御所・修学院離宮の写真展」を書きました。

 その記事の最後に、ショーウィンドーケースに展開する『万葉集』の大伴家持の歌のことを紹介しました。

 6月に入った今は、入口に紫陽花が配されています。
 
 
 
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 ここを通りかかるたびに、脚を停めてしまいます。
 ゆとりの空間がある街は、散策していても気分が休まります。

 急に小腹が空いたこともあり、路地裏の立ち食い蕎麦屋に入りました。
 カウンターの目の前に、こんな表示がありました。
 
 
 
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 英語表記の最後にある「 tha 」に眼が止まりました。
 「 the 」と書いたつもりなのでしょうが、日本式の発音の「ザ」につられてのミスタイプのようです。よくある間違いですが、こんなものも、ふと見かけると楽しくなります。
 この下の中国語は、大丈夫なのでしょうか。

 かつて、これに類する張り紙のことを書いたので、クラッシュした書類の中から復元しておきます。

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【復元】日本語のおもしろさ

(※本記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)

********************** 以下、復元掲載 **********************
2005年8月3日公開分

副題「誰が店から出て行くのでしょうか?」

 近所の牛丼屋さんで、こんな掲示を見かけました。
 
 
 
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未成年のお客様へ
当店では、未成年の
お客様への喫煙を固く
お断りしています。
場合によっては、身分証の提示
を求め、退店させていただきます。
               店長

さて、ここで問題です。
「退店」するのは誰でしょうか。

(1) 未成年のお客様
(2) 牛丼屋さんの店長
(3) 読んでいる私


********************** 以上、復元掲載 **********************

 
 
 

2010年5月19日 (水)

銀座探訪(23)銀座の居酒屋(1)

 今日は、終日会議漬けでした。
 やっと解放され、チョッとした飲み会の後、仕事帰りの息子と有楽町で待ち合わせをして、銀座の居酒屋巡りをしました。

 今読んでいる井上靖の小説に、いつものように銀座や有楽町が出て来ます。そこで、今年から始めたこの界隈の食べ歩き、飲み歩きをしました。
 有楽町駅から新橋駅の間のカード下のお店は、今日で3軒目になります。

 この前に行った「八起」は、メニューも豊富で活気のある店でした。カロリーコントロール中の私にも、食べるものはたくさんありました。
 先日行った「八百八丁」は、味が塩辛かったことと、メニューが貧弱、そして、何よりも注文してから来るのに時間がかかりすぎです。サービスもおざなりでした。

 今日は、狭い路地の奥にある「とうてつ」に入りました。
 魚料理が少なかったので、私には向きません。味は、濃すぎるように感じました。それでも、雰囲気は昭和の匂いがプンプンする、居心地のいい店でした。

 北大路魯山人が書いた随筆をiPhoneを覗き込みながら一緒に読み、食談義で盛り上がりました。
 魯山人の生誕の地の碑が、杜若の群生で天然記念物になっている太田神社の前にあり、この前にこの近くにある和風イタリアンの「愛染倉」へ行ったときに教えたのに、覚えていないとのこと。また連れて行きます。

 息子はいつものように洋酒を、私は、これまたいつものように麦焼酎のお湯割りに梅干しを入れたものを飲みました。

 息子を相手に、好き勝手なことを言いながら飲むのは楽しい一時です。フラフラと生きながら、言うことだけは一人前で、ついついお説教口調になるのは致し方のないところ。我慢しながらも、付き合ってくれます。それだけで、良しとしましょう。

 ということで、これまでの3店の5段階評価は、こんな感じでしょうか。

(1)八起【4】
(2)とうてつ【3】
(3)八百八丁【1】
 
 
 

2010年4月 3日 (土)

銀座探訪(22)桜通りは咲き初め

 東京駅南口の八重洲から有楽町方面に歩いて行くと、銀座の入口にあたる銀座1丁目に至ります。首都高速沿いを東西に走る銀座桜通りには、約50本の八重桜の並木道があります。

 過去3年間の銀座の桜は、以下のブログの写真をご覧下さい。

2008年
「銀座探訪(11)柳ではなくて桜満開」


2009年
「銀座探訪(16)桜の咲き初め」

「銀座探訪(17)メタボな銀座桜通り」


 そして今年2010年は、こんな桜です。
 もっとも、この3箇所しか咲いていませんでした。
 銀座の桜は、これからです。

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2010年3月25日 (木)

銀座探訪(21)壹眞珈琲店のシフォンケーキ

 新年度に向けて、職場内で部屋の移動がありました。
 私が担当している業務関連で仕事をしてもらっているアルバイトの方々の作業室が、私の研究室の1つ上の階にありました。そこが来年度は客員教員の部屋になるとのことで、私がいる3階の、すぐ近くの部屋に変更になりました。それに伴い、今日はお引っ越しの1日となりました。

 ありがたいことに、2人の方がボランティアで手伝いに来てくれたので、大助かりでした。
 床の四角いカーペットを剥がして、床下の空間に電源のテーブルタップや、LANケーブルを四方に張り巡らす作業は、私が担当しました。床に四つん這いになっての作業です。
 配線作業は、私の得意とするところです。大阪の府立高校の2校でコンピュータの導入に関わった時には、私が情報処理室の配線を含めてのレイアウトをしました。電源とネットワークを張り巡らす図面の作成です。また、短期大学でのパソコンの導入にあたっても、LAN設備に始まるネットワークシステムの構築も担当しました。最初はマッキントッシュの、2回目はウインドウズの配置に関するものでした。とにかく、情報処理機器をネットで組み上げるのは、得意なのです。

 ほぼメドがついたので、年度末の慰労会を兼ねてどこかへ行こうということになり、それでは銀座へ、ということになりました。
 これは、私が提案したものです。井上靖の小説に、銀座から有楽町で食べたり飲んだりするシーンがよくあるので、実際にいろいろな店に行ってみたいと思っていたからです。

 とにかく、電車のガード下に行ってから入るお店を探そうということで、有楽町に降り立ちました。
 狭い路地を散策しながら、きりがないので手近なところで、ということで「八起」という店に入りました。スーツ姿のビジネスマンでごった返ししていました。活気のある店です。私はヘルシー料理を食べました。天井からは、JRの電車が行き交う音が聞こえていました。
 なかなか心地よい賑わいの店でした。

 その後、珈琲を飲みに行こうと誘い、一度行ってみたかった壹眞珈琲店へ行きました。
 銀座には数店あるうちの、並木通店へ行きました。ただし、今日は私の好きな一本北のソニー通りから入りました。
 
 
 
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 5人でいったのですが、みんなそれぞれに個性的な器と皿で出てきました。高級珈琲店だけあって、香り高い珈琲でした。私が注文したのは、壹眞ブレンドの珈琲です。私好みの、個性を強制しない味でした。味よりも、微妙な香りが特徴の珈琲でした。

 神保町が本店で、晴海通店と中央通店もあります。いつも行く銀座三丁目のスポーツクラブの帰りに、これらの店は気になっていました。1人で入るには気後れする雰囲気があったので、一度もいったことがなかったのです。

 確かに、アンティークな調度品やカップなどは、なかなか楽しいものでした。
 ただし、料金は高めです。珈琲一杯が1500円前後なのですから。

 一緒に行ったTさんが、紅茶とシフォンケーキを注文しました。それに、私はすぐに反応してしまいました。それというのも、ちょうど今日は、『小説新潮 4月号』に掲載されていた重松清氏の「てるテール娘」を電車の中で読んでいて、その中に出てくるお母さんが作る「シフォンケーキ」なるものがわからず、そのケーキがどんなものなのかが気になっていたからです。
 数年前に、銀婚旅行ということで妻と一緒に、イギリスのコッツウォールズへレンタカーで行きました。その時に食べた、紅茶に合わせて出てきたスコーンのようなものなのでは、と思っていたのです。

 そこで、すぐにカバンの中に入っていた読みさしの『小説新潮』を取り出して、こんなケーキなの?、とTさんに聞いてみました。その小説には、こう書かれています。

「シフォンケーキ、おいしかったでしょ」
 話題を変えると、二人もすぐに「うん、サイコーだった」「しっとりしてるのに、ふわふわしてるんだよね」と乗ってきてくれた。(21頁)

 確かに、ふわふわしたケーキだとのことです。
 運ばれてきたケーキを見て、ナットクしました。これは、マーブル・シフォン・ケーキだそうです。
 
 
 
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 この店は、ゆったりと寛げる穴蔵的なお店です。VIPルームもあったので、これはおもしろい店のようです。

 せっかくなので、この次は後2つのお店にも行ってみたいと思います。

 銀座は、とにかくお店の多いところなので、少しずつ開拓していきたいものです。
 井上靖も徘徊していたようなので。
 
 
 

2010年1月24日 (日)

銀座探訪(20)京都御所・仙洞御所・修学院離宮の写真展

 2週間前に、銀座・和光並木館で開催されていた、三好和義写真展「京都の御所と離宮 帝の楽園」を見に行ったことは、すでに「銀座探訪(19)桂離宮の写真展」として書いた通りです。


 この展覧会は、次のような日程で、2箇所で並行して開催されているものです。

 *「桂離宮」和光並木館5階/2010年1月7日~23日
 *「京都御所・仙洞御所・修学院離宮」和光本館6階/2010年1月14日~30日
 
 「桂離宮」は終わったばかりですが、まだ「京都御所・仙洞御所・修学院離宮」は月末まで見られます。

 モンゴルから帰り、体調を確認するためにスポーツクラブへ行き、そのついでに、銀座四丁目角の和光本館へ入りました。
 
 
 
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 和光本館は、セーコーの時計で有名な服部時計店のシンボル的なお店です。銀座の写真には欠かせない建物です。この和光の前は、しょっちゅう通っています。地下鉄から上がると、そこがこの本館ですから。しかし、その中に入るのは、今回が初めてです。高級品に縁がなかったものですから。
 
 
 
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 最上階の和光ホールが会場でした。
 50点の写真が会場の壁面を埋めています。
 以下、素人の印象と感想を記します。作者の意図は別として、自分がどう感じたかです。
 その意味では、前回の「桂離宮」の写真を見て、あまり自分の好みではないことを感じました。しかし、どうしてそんな印象が残ったのか。そのことが気になって、この「京都御所・仙洞御所・修学院離宮」を見に来たのです。もっと見たいと思ったのですから、三好さんの写真は魅力があるのでしょう。

 私がこの一連の写真に違和感を持つのはどうしてなのか。そんなことを考えながら、今回の写真をみた感想を記します。あまり好意的な文ではないと思います。好みの問題、ということにしておきます。

 「迎春の北の間」という写真は、二間の小さな部屋のフスマを見てもらいたい、という意図がわかります。しかし、部屋が歪んでいます。私には、デジタル写真を画像編集ソフトのフォトショップを使い、右側を引っ張り、さらに上下に広げたもののように見えました。

 修学院離宮の写真は、紅葉の赤がどぎつく強調された発色の印刷となっていたため、私には不自然な色に見えました。京都の色ではないように感じられるのです。

 ここの写真も、エプソンのインクジェットプリンターを使ってプリントされています。この違和感は、プリンターに起因するものなのでしょうか。

 上御茶屋も、遠近が歪んだものとなっていました。上部を手前に引いた加工がなされているように感じました。

 今回の写真では、天井の空間が歪んでいることが特徴です。天井を、一点から四方に広げようとしている傾向が見えます。

 京都御所の御常御殿上段の間の写真で、御帳台横の原寸大写真は、描線が少しボケ、デジタル特有のドットが見えて、汚い写真になっていました。引き延ばし過ぎたせいでしょうか。

 小御所・上段の間の御茵は、トリミングミスなのでしょうか。左肩上がりにズレていました。きちっと線が決まった写真が多かったので、気になりました。額に入れる際の、マット加工の問題なのでしょうか。意図的なのか、気づかないままなのか、よくわかりません。

 紫宸殿の高御座と御帳台の写真は、左側を引っ張りすぎた構図です。かえって貧相に見えます。これは酷い、と思いました。御所で遊びすぎ、という印象が残ります。

 南庭を「だんてい」と仮名が振ってありました。知りませんでした。

 今回も、偶然ですが、三好さんのギャラリートークの時間となりました。この前と同じように、にこやかに解説してくださいました。

 今回の展覧会は、2万枚の写真から、50点ずつを選んで展示しているものだそうです。
 宮内庁からの許可を取るのが大変で、スケジュール調整が難しかったようです。前回と同じことを、今回も強調なさっていました。

 この撮影には、20人のスタッフで現地に行き、2人だけで建物の中に入ったそうです。作品や調度の保存管理の上からの時間制限があり、5分だけしかなかったものもあるそうです。置かれた環境の温度などが変わらないためです。
 学芸員の勉強をしたおかげで、こうしたことの理由と背景がわかり、楽しい現場での話が聞けました。

 ポスターにも使われている紫宸殿は、冬至の日の夕刻に撮影したものです。空の色が不自然なピンクなので、早朝かと思っていました。

 三好さんご本人の解説で、おもしろいことを知りました。それは、私が撮影の対象が歪んでいることが気になっていたことです。
 今回の撮影では、3メートル50センチの距離からワイドレンズを使って撮ったそうです。そのために、写真全体が歪んでみえたのでしょう。画像編集によるものではなかったようです。

 しかし、私はなぜこの歪みを取り入れた写真になさったのか、三好さんのその意図がよくわかりません。実際に人の目に見える形ではなくて、不自然な角度から御所の中を見ることの意味は何でしょうか。
 そこには、撮影者の芸術観があるのでしょう。しかし、私には、不自然な発色と歪みによって伝わるものが、素直に受け付けられなかったことを、この二つの写真展で感じました。

 帰りに、8枚組みのポストカードを買いました。これを今ここで見ると、実際に写真展の会場で感じたこととつながりません。きれいなポストカードなのです。一体、この感じ方の違いは何なのでしょうか。おもしろいことです。

 今回の撮影は、写真集『京都の御所と離宮』(28,000円、朝日新聞社、2009・12)にまとめてあります。会場にも置いてあり、サインをしてもらっている方もおられました。
 また後日、この写真集を改めて見て、今回の印象を振り返りたいと思います。


 会場を出て、隣の御木本真珠店の壁のショーウィンドーケースに、粋な展示がされていました。
 いかにも日本的で、それでいて目を惹き付けられる手法が凝らされています。
 
 
 
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 しばらく、眺めていました。

  新しき
 としの
  はしめ
    の
  初春の
 けふ
 ふる雪の
   いや
  重け
   吉
    事
 (『万葉集』卷20ー4516)

 『万葉集』の最後を飾る、大伴家持の歌です。
 天平宝字3年(759)の新年、家持42歳でした。

 銀座のど真ん中に、1250年も前の和歌が、変体仮名を凝らしてこんなに新しい感覚の意匠が、街ゆく人の目に飛び込んで来るのです。
 三次元の空間に浮遊する仮名の揺らぎを眺めながら、伝統や文化がそこここに満ちている日本のよさをかみしめる一時となりました。


 妄言多謝
 
 

2010年1月 7日 (木)

銀座探訪(19)桂離宮の写真展

 銀座のスポーツクラブで今年の初泳ぎをした帰りに、斜向かいにある和光で、興味深い写真展があったので立ち寄りました。
 
 
 
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 三好和義写真展「京都の御所と離宮 帝の楽園」という展覧会でした。
 
 
 
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 私が写真展に行くのは、本当に珍しいことです。今回は、桂離宮をテーマにしたものだったので、見てみようと思いました。無料だということが決め手ですが……。

 場所は、銀座四丁目の本店(旧服部時計店)ではなくて、2筋北の並木通りと松屋通りの角にある並木館の5階です。
 会場の入口の説明を見て驚きました。なんと、写真はエプソンのインクジェットプリンタで印刷したとのことなのです。そういわれれば、確かにデジタルらしい色合いと、エッジのボケ工合が認められます。

 展示されていたのは50点ほどでしょうか、30分ほどで見終わった頃に、これからギャラリートークをします、とのアナウンスがありました。後で知ったことですが、原則としては土曜日なのですが、平日でも作家在廊日はギャラリートークを開催するとのことでした。
 今日が初日だったこともあるのでしょう。ラッキーでした。

 写真を撮ったご本人の説明を聞きながら見ると、確かにその写真の意図が理解できます。
 語り口が柔らかで、聞きやすい説明でした。苦労話も間近でたくさん聞きました。

 庭石の写真の説明では、苔を覆っていたテグスを消したとのことでした。

 コンピュータのソフトウェアの力を借りて写真を一枚の芸術にするのは、写真の絵画化ではないかと思いました。
 もちろん、フイルム現像でも、いろいろな技巧が可能です。しかし、デジタル写真ではさらに作品にする過程での人工の手が巧みに入ります。その技術は、ファッション誌のモデルの写真を見ればわかります。最近も、ラルフ・ローレンのポスターで、ウエストが頭より細い写真を、それも日本でだけ公開されたことで話題となっています。過剰なデジタル修正です。
 ゴミダメでも、一瞬のうちに宮殿と化します。
 私も、このブログの写真にはフォトショップを使っているのでよくわかるのですが、ソフトウェアでできないことはありません。ただし、私はほとんどありえない加工はしない方針で写真を掲載しています。

 高校時代に写真部にもいたことのある私は、子どもたちの写真は、自分でフイルムを現像し引き伸ばして焼き付けたりしていました。あのたくさんの器具は、奈良から京都への転居の折に、そのすべてを処分しました。
 光と戯れて写真を焼く楽しさは、格別のものがありました。デジカメのない時代に、撮影したその晩に、家族に写真を見せたものです。薬品の調合や、時間を計ったりと、薄暗い中でさまざまな陰影を楽しみました。

 今日の三好さんの話では、今回の写真はすべてのパネルを、ご自分の家のプリンタで印刷したそうです。垂れ幕の写真は、出力できる店に持って行って、それも自分で印刷したものだということでした。

 その垂れ幕の写真の説明の時でした。「御輿寄前庭 真の飛石」と「御腰掛前延段」の前で庭石の話しながら、アレッと仰り、前に置いてある解説パネルが、隣のものと逆に置かれているとのことでした。係の人が、大慌てでパネルを置き換える、という一幕もありました。展覧会初日ならではのハプニングです。

 聞き終わっての印象は、宮内庁京都事務所の許可を得て撮影することの苦労と根気の一語に尽きます。
 しかし、それが実現するところに、この三好さんの力があるのでしょう。

 ただし、写真自体については、その発色が私の好みとは違いました。
 京都の自然はこんな色ではありません。
 特に、今日の写真の赤は、貧相で下品な色に見えました。
 余所者が覗き込んだ京都の文化遺産、という印象が最後までつきまとう写真展でした。
 色がどぎつすぎます。そして、画面がシャープ過ぎます。
 別室の暗室の中で見た数枚の写真が、私には安心して見られました。

 三好さんは、世界の楽園を撮影しておられるようです。
 紫禁城や故宮博物院での撮影の苦労話も聞きました。しかし、何やら勉強不足で、歴史的建造物への浅薄な興味本位の視点での取り組みのように思われました。
 実際には、真摯に写真と取り組んでおられると思います。しかし、今日の話しぶりでは、そんな印象が私には残りました。ただ一度の機会からの印象批評なので、失礼の段はご寛恕の程を。

 この展覧会は、次のような日程で見ることができます。
 *「桂離宮」和光並木館5階/2010年1月7日~23日
 *「京都御所・仙洞御所・修学院離宮」和光本館6階/2010年1月14日~30日
 
 

2009年10月 6日 (火)

銀座探訪(18)時差ボケ解消に

 これから年末にかけて、繁忙を極める職場の業務以外に、研究発表がまだ3つあり、研究集会などの司会も3回あります。
 中川昭一氏がお亡くなりになったニュースを気にしながら、こうして単身赴任先から家族へのメッセージを送り続けています。

 英国ケンブリッジから帰国した先週来、朝4時に目が覚めます。しかも、ジャストに……。
 英国時間でいうと、午後8時です。

 睡眠不足が続いているので、何とか体を休めようとしますが、もう眠れません。
 いつもの血糖値を測ると、110前後が続いているので、糖尿病に関しては快調です。130以上なら真剣に対策を考えますが、これならしばらく様子を見るか、ということに落ち着きます。
 それでも、そんなに早く朝ご飯を食べるわけにもいかず、出勤時間までボーッとしています。

 2時間弱の通勤電車の中でも、本を読むとすぐに夢の中にいる自分を見つけます。

 一日中、眠たさの中にいます。
 目の奥が重たい感じで、眼球が脳の中に引きずり込まれるような感覚があります。
 自分がすることが、自分でもよくわからないこともあります。困ったことです。

 先ほど、ブログ用に、井上靖の短編小説2編に関する感想を記しました。しかし、アップロードをしないままに、オフラインにし、電源を落としてしまいました。ブラウザの投稿画面に直接入力していたので、保存するかという確認が出なかったのです。
 今度またもう一度、同じような内容の記事を書くことにしましょう。アーア……。

 日々、無駄で無為な時間を意識することが、しばしばあります。自覚しているので、まだよしとしています。

 どこかの時点で、生活のパターンを切り替えなければいけません。

 体を覚醒させるために、昨夜は銀座で泳いでいました。しかし、体が重く、すぐに息が上がります。ほどほどにして、ジェットバスとスチームサウナで体を刺激しました。

 小雨の中、少し夜の銀座をブラブラしました。しかし、傘をさして足下を気にしながらの銀座散歩は、呼び込みのお兄さんやお姉さんの姿と、ビルの片隅で雨に打たれるゴミ箱が目につくだけで、閉じられた世界しか見えません。

 銀座は、少し上体を反らし気味にして歩く街のようです。


2009年4月13日 (月)

銀座探訪(17)メタボな銀座桜通り

 まだ、桜の余香を求めてフラフラと出歩いています。

 早朝一番の新幹線で上京し、先週来の歯医者通いをし、そして大学院のオリエンテーションと歓迎会に出席した後、夜はスポーツクラブへ行くために銀座へ出かけました。

 東京駅から西銀座へ向かって歩いていると、銀座桜通りの桜がまだ咲いていました。

 ちょうど24時間前には、京都の賀茂川畔の中木の道の夜桜を観ていました。
 あの華麗な桜を観た後なので、この銀座の桜は、種類が違うせいもあるのでしょうが、こちらはボテッとした重たい感じの桜でした。 メタボ桜、と言えばピッタリだと思います。


090413ginza西銀座の桜

 観るに耐えない、という桜だったので、早々に銀座で泳ぎました。

 今日は500メートル泳ぎ、ジャグジーとサウナで汗を流しました。

 最近、ここの会員も激減したようで、レンタルロッカーも空きが増えました。

 こうした所にも、不況が直撃しているようです。

 今年度も、マイペースで体力づくりに励みたいと思います。

2009年3月29日 (日)

銀座探訪(16)桜の咲き初め

 今日は、学生時代に、國學院大學でずっとお世話になっていた小林茂美先生を囲む「王朝の会」があります。
 3年ごとに開いているものです。
 先生は、もう83歳です。お目にかかれるのを楽しみにして、少し早めに出かけました。

 週末に東京にいるというのは、昨年の10月に源氏展のため、立川の会場に連日詰めていたとき以来です。
 早めというのは、銀座のスポーツクラブに午前中に行ってみたかったからです。

 首都高速都心環状線の西銀座入口の前を、銀座桜通りと言います。
 銀座といっても、東京駅に近い、西銀座の外れです。
 ここの桜は見事です。

 昨年の4月22日に、「銀座探訪(11)柳ではなくて桜満開」を、本ブログに書きました。

 その時の桜の見事さを思い出し、あれは4月下旬だったので、一と月前の様子を見てみました。


090328ginza1桜通りの桜


 わずか数本の木に、ほんの少しだけ花開いていました。
 満開までには、まだまだかかりそうです。

 一泳ぎして、地下鉄銀座駅から渋谷に行こうとしたところ、地下への降り口の横にある和光の右隣のパンの木村屋の店先に、造花ですが桜が満開でした。

090328ginza2これも桜


 銀座にも、着物姿の方が、ほんの少しですがいらっしゃいました。
 京都の百分の一にもならない数ですが。


 渋谷の丘を目指して渋谷駅から歩いていたところ、金王神社の境内から雅楽が聞こえてきました。
 金王桜の祭りをしていたのです。
 笛の音につられて、境内に足を踏み入れました。
 ここの桜は、もう八分咲きのようです。


090328konnou金王桜


 いい桜と、心休まる雅楽の音に、しばし立ち尽くしていました。

 小林先生は、非常にお元気でした。
 私を呼びつけて、いつものように話しかけられます。
 数十年前が、一気に押し寄せてきました。
 ご一緒におられた奥様も私の妻のことをよくご存じなので、「ピンクちゃん」と呼んで可愛がってくださっていた頃の話で弾みました。

 ご一緒に写真に収まるのも、本当に久しぶりです。


090328kobayashi

 足が不自由ですが、それ以外は、多少耳が遠くなられたかな、という程度でした。

 一昨日は、伊井春樹先生の近影を掲載しました。
 そして、今日は小林茂美先生と私の姿です。
 期せずして、『源氏物語別本集成』の編者3人が揃ったことになります。
 これも、何かの縁なのでしょう。

 充実した、久しぶりの東京での一日となりました。

2009年3月 9日 (月)

銀座探訪(15)突然渡された高級時計

 銀座三丁目の路上で、突然高級外車から顔をだした紳士から、腕時計入りの箱を差し出されました。
 もらってくれ、と。
 中を見ると、金色の、いかにも高そうな時計が、男女2つ入っていました。

 不審がっている私を見て、いろいろと話をしてくれました。
 金融機関から相手にされない。来週から銀座でジュエリーショップを開店する。ロータリークラブの会員だと、胸のバッヂをみせながら。
 よく意味がわかりません。
 すると、今度は、高級財布を、そしてさらには、高級ビジネスバッグを、袋に入れて車の窓越しに手渡してくれるのです。

 身なりのいい人で、ことばも丁寧で、運転手は若いハンサムボーイです。
 その青年の方は、何も言わずに、前を見ているだけでした。

 時計だけでも、数百万円なのだそうです。鞄も数百万円だとか。
 いろいろと、身の上話も聞きました。こちらは路上だけに、置かれている状況がよく理解できません。

 インド帰りだったので、みすぼらしい姿に見えたのでしょうか。
 それとも、意外とお金持ちにみえたのでしょうか。

 とにかく、話の展開が知りたくて、しばらくお話を伺っていました。

 5分以上は聞いた頃だったでしょうか、この運転手に小遣いをやりたいので、いくらでもいいのでお金をくれないか、と言い出されました。
 財布を出して、自分は一銭もないから、と。
 この青年には、少しでもやりたいので、この高級ブランド品をあげる代わりに、小遣いを、ということのようです。

 私は、こちらも無一文であることを財布を広げて示し、一旦手渡された品々をお返ししました。

 その紳士は、何が目的だったのか分かりません。
 いろいろなことが想定されます。

 とにかく、不思議な体験をしました。

2008年12月25日 (木)

銀座探訪(14)聖夜の銀座

 今年のクリスマスの夜は、一人で銀座へ出かけました。
 有楽町駅前のツリーのネオンがきれいです。


081225ginza1クリスマスツリー

 銀座四丁目周辺をブラブラして、街の賑わいを楽しみました。

081225ginza2銀座四丁目


 井上靖の小説に、銀座がよく出てきます。しかし、あの昭和30年代の雰囲気は、今はまったくありません。とにかく今の銀座は、若い女性で溢れかえっています。

 今年最後となるスポーツクラブに行き、汗を流して来ました。

 レンタルロッカーの扉に、使用期限が10月末で切れているので12月29日で中の物を別の所に保管し、その後廃棄する、という貼り紙がありました。初耳です。利用料金はクレジット払いだと思っていたので、すぐにカウンターに行きました。
 お知らせを送っていたはずですが、とのことでしたが、私のところには何も来ていません。送り先に間違いがないかを確認してもらおうとしたら、時間がかかるので帰りに調べた結果を伝える、とのことでした。会員管理は大丈夫なのでしょうか。
 今日行かなかったら、私の荷物はすべて移動されていたのです。

 今日の体力テストは、36歳だと出ました。いつもは18歳か20歳なので、そうとうダウンです。それでも「非常にすぐれている」です。
 今年は、8月から10月にかけて、源氏展のために、とにかく寝ている暇がありませんでした。今、こうして生活しているのが、あのころの状況では信じられないほどです。人間、生きていないと、何にもなりません。どんなことがあっても、とにかく生き続けることだ、ということを今になって痛感しているところです。

 今年の疲れが、この年末になって出てきたのでしょうか。
 来年は、もう少し余裕のある生活をしたいものです。

 ジムで汗を流し、帰りにカウンターに立ち寄ると、登録した住所が間違っていたので訂正した、とのことでした。一年半もの間、それがわからなかったのですから、会員管理が杜撰なのでしょう。一等地で営業してるクラブにしては、何ともお寒いことです。

 帰り道で、何となくスタウトを飲みたくなりました。黒ビールを気軽に飲める店は知りません。しかし、イギリス風のパブが東京駅と有楽町駅の間の高架下にあったことを思い出したので、ドアを開けてみました。

081225ginza3高架下のパブ


 中は、非常に気さくな感じです。若者で一杯です。隅の方に、おじさんが数人固まっています。肩身が狭そうです。
 そんなことは気にせずに、黒ビールとオリーブを注文しました。すべてが500円ということなので、フレンドリーな店だと言えましょう。前払いなのが面倒でした。

 こうしてブログを書きながら、ビールを2杯飲んでいます。
 なかなかいい店です。
 ここは、今後とも来ることになるように思います。
 ただし、頭上を走る新幹線の音は、少し気になりました。


2008年12月12日 (金)

銀座探訪(13+)銀座で映画「おくりびと」を観る

 
《承前》
 しばらく、銀座でクリスマスツリーやイルミネーションを見ているうちに、急に「おくりびと」という映画を観たくなりました。

 先月、アメリカへ行く時に機内の映画で観られると思っていました。しかし、今回はあまりいいものがなくてがっかりしたところだったのです。
 機会があれば観たいと思っていたものなので、目の前に映画館街があることもあり、すぐにチケットを買って観ました。

 「おくりびと」は、予想を裏切らない映画でした。

 始まりが、男に生まれたにもかかわらず、女の姿で旅立ちさせる場面です。
 最初から、話に惹きつけられました。
 最後まで、画面に釘付けです。
 バックに流れるチェロの響きが、これまたいいのです。
 こみ上げてくるものを適度に宥めてくれます。

一体自分は何を試されているんだろう。

と、納棺師になりきれない男が呟くのが、非常に印象的です。

 生きることと死ぬことの意味を、自然と考えさせられました。
 人間にとっての、根源的な問題を突いてくるテーマです。

 映画が終わってから、薄暗がりの中で、登場人物の名前がロールアップするのを観ながら、入館前に見たイルミネーションが目の前に大きく広がりました。

 これまた、幻想的な世界でした。
 
 
 

2008年12月11日 (木)

銀座探訪(13)クリスマスのイルミネーション

 クリスマスを前にした銀座は、イルミネーションに包まれた街となっています。
 銀座4丁目あたりはいつも通るので、今日は有楽町側を散策しました。

 駅前の交通会館・三省堂書店の前は、光の道になっています。


081210ginza1光の道

 西武デパートの横に、こんなツリーがありました。


081210ginza2ツリー
 
 
 
 クリスマスの時期には、イルミネーションがよく似合います。
 さらに銀座中が光に包まれるような仕掛けがなされることでしょう。
 
 
 

2008年10月19日 (日)

銀座探訪(12)銀座で突然、板前さんと出会う

 今日は、日曜日にもかかわらず、源氏展はあまり人が入っていませんでした。
 図録も、あまり売れませんでした。
 いろいろと心を配った者としては、落胆の日でした。

 気分転換に銀座へ行きました。
 相変わらず、たくさんの人が行き来しています。
 それも、若者が多いのが目に付きます。

 銀座二丁目にあるブルガリの裏手に、回転寿司屋があります。
 そこで、夕食のお寿司を食べて帰ろうとした時、私を呼び止める声が聞こえました。
 振り返ると、品川にいた頃に、仕事帰りに立ち寄っていた大井町のゴミゴミした飲食店街の中にある、「まりも」という飲み屋の板前さんでした。
 久しぶりに、なんと銀座の庶民的な寿司屋でばったりと会ったのです。
 少し、立ち話をしました。

 人間関係は、本当におもしろいものです。
 戦前の雰囲気を残す飲み屋の板前さんから、こうして声をかけてもらえるのも、嬉しいものです。

 人間は、いろんな形でつながっているのですね。


2008年8月19日 (火)

久しぶりに銀座で泳ぐ

 超過密スケジュールをこなす日々のためもあって、銀座に足を向けるのは1ヶ月ぶりです。
 毎週土曜日は、京都の自宅の傍のクラブで、テラピーを取り入れたマットニュートラルというコースに参加しています。
 背筋を伸ばし、腹筋を鍛えるクラスです。もう、1年くらい続けています。

 そのせいもあってか、東京では無理をしないフィットネス生活です。
 怒濤のごとき仕事を終えると、帰路の2時間弱の電車での移動で、これまたグッタリです。その途中で、銀座に寄って身体を動かす気力が、すっかり萎えてしまいました。

 これではいけないと思い直し、気分転換を目的にすることにして、どうにかして銀座へ足が向かったのです。
 久しぶりの銀座は、いつものようにネオンが赤々と灯っています。しかし、人の出足は鈍いようです。

 路上に出て客引きをするお兄さんの姿が、やたらと目立っています。
 そして、女性の姿がさらに増えたように思えます。

 時間は、夜の8時を過ぎています。
 そんな街中を、女性たちは元気に道幅いっぱいに歩いています。怖いもの知らず、という感じです。こんな銀座に、近々悲劇が起きなければいいが、と思うのは私だけではないはずです。
 
 かつての銀座はしりません。しかし、写真や話などで聞く銀座は、男がお金をばらまく空間だ、と思っていました。吉行淳之介の小説にも、そのような銀座が描かれています。

 私が大学生の頃に、銀座の一角にある数寄屋橋でアルバイトをしていました。あの頃は、華やかな街でした。しかし、今は明るくて安全な街になってきたようです。

 庶民的な銀座よりも、敷居の高い銀座をよしとする人は、今でも多いはずです。しかし、それはそういつまでも続きません。今は、急激に変化をしているところのようです。

 一つの文化の変わり目に立ち会えたことを、幸運と思っています。
 これから消え去るものを、今のうちに目に留めておきたいと思っています。


2008年4月22日 (火)

銀座探訪(11)柳ではなくて桜満開

 銀座は柳だけでなくて、桜もきれいです。



080421sakura銀座の桜

 東京駅から歩いて銀座のスポーツクラブへ通う途中で、桜並木に出くわしました。銀座柳通りの一本東側の、銀座桜通りです。
 4月の下旬というのに、銀座に八重桜が咲き誇っているのです。仕事帰りの夜、一時のお花見となりました。

 お腹が空いていたこともあり、カルチェの裏にある煉瓦亭へ行きました。

Dtzuulcz_s煉瓦亭


 このお店はよく知られているので、「Yahoo!グルメ」の記事から引用します。


フライものは東京でも一、二を競う味

明治28年創業。ここのフライものは東京でも一、二を争うおいしさと絶賛されている。ポークカツレツは、2代目が考え出した人気料理。豚肉を日本式にたっぷりの油で揚げたコートレット、いわば、とんかつの元祖だ。柔らかい肉と香ばしい衣は油切れもよく、肉のうまみが存分に楽しめる。


 お目当てのハンバーグを食べたかったのですが、今日も売り切れでした。これで3回目の空振りです。しかたがないので、ポークカツレツを食べました。

Gzwwig6f_sカツレツ


 カロリー制限の生活をする私にとっては、このカツレツは禁断の食です。しかし、たまにはいいでしょう。一番心配な衣は薄く、肉は柔らかくて最高でした。

 店の雰囲気も、かつての大衆食堂のイメージが残っていて、歴史を感じます。今日は、地下で食べました。かつてのハイカラな様子が偲ばれる造りでした。

 お会計の時に、以前から気になっていたレアもののレジスターについて、旦那さんに尋ねました。東京オリンピックの時以来、ずっと現役で使っているとのことです。ちゃんと動くそうですが、こうした機械のメンテナンスは大変ではないでしょうか。
 このお店は、今年で113年目になるそうです。

 帰りに、骨董的価値をそのままに鎮座しているレジスターを、許可を得て写真に収めました。1階は3卓と調理場があるだけなので、旦那さんとは和やかに話ができました。


2lcw7o4c_sレジ



 このレジに表示されているのが、本日の私の夕食代です。
 いつもは千円を目安にしているのですが、今日は特別です。

2008年3月 5日 (水)

銀座探訪(10)信号機が少ない

 銀座を夜ごと散策していて思うこと。
 何と信号機が少ないことか … 。
 いかに信号機というものが邪魔者か … 。
 この解放感が、気持ちよく銀座をブラブラできる要因になっていると思います。

 私は、マロニエ通り、ガス灯通り、松屋通り、並木通りを歩きます。
 銀座通りや晴海通りや西銀座通り等の大通りへ出ない限りは、信号機に出くわすことはありません。信号待ちをさせられることなく、好き勝手に、思うがままに、快適に、キョロキョロしながら歩けるのです。
 通りに入ってくる車も、心なしか遠慮がちです。
 大通りに出て初めて、信号で立ち止まることの煩わしさに気付かされます。

 何も考えずに歩けるのは、今の日本では地方の田舎道とこの銀座ではないでしょうか。

 人が思いのままに歩き回りたいという習性を、信号機が無理やり押し留めているのです。知らず知らずのうちに、外を歩くとストレスを感じているようです。そのことに、銀座を歩くと、思いがけず気付かされます。

 ことばにすると大げさですが、信号機は人の自由を束縛しています。信号で待つことの不自然さを、銀座を通り過ぎてから痛感することになります。

 これからの街造りに、この信号機という人間に楯突くものをどう扱うかは、大きな問題となることでしょう。

 赤信号で立ち止まる、青(緑)信号で渡る、という常識を、時として不思議に思わせる銀座は、これはこれとして興味深い街です。

 海外の街では、まず信号は守られていません。
 その最たるものはインドですが、エジプトでも、トルコでも、またロシアでも、もちろん中国でも、信号を守るということは何なのかを考えさせられる瞬間があります。
 イギリスやフランスやイタリアも、程度の差こそあれ、それは同じです。

 道路の横断は自己責任でするもの、という思想は、日本が一番希薄ではないでしょうか。つまり、皆で決めたルールは守る、という精神が、日本は最も遵守される国だと思います。これは、ものすごいことです。すばらしいのですが、時には再考してもいい時があるようです。

 海外をいろいろと歩き回り、日本人と日本文化のすばらしさを痛感し、自分がこの国に生きていられることを誇りに思っています。しかし、そのハイレベルな社会での疑問点を、これからは見つめ直す段階にあると思います。幸せすぎる社会を作ったがための、自己点検の時代に突入していると考えるからです。
 日本が格差社会になりつつあることもそうですが、そのさらに基底にある、みんなで守っているものへの再検討が必要だと思います。

 電車で並ぶというモラルも、日本では確立されています。諸外国の人が、一番に驚くことです。その点では、関西はもっと人間的です。これは、関東よりも関西の方が文化レベルが格段に高いので、臨機応変というか、自分たちの物差しで生きているからだと思います。関東は、自分に自信がない人が多いし、地方からの移民で構成されている都会なので、集まった人たち相互に、いわゆる遠慮が働くのです。

 東京にいる人たちを見ていて、私はそう思っています。だからこそ、この銀座のありようが、不思議でしかたがないのです。そして、そこに快適さがあるから、なおさらです。

 古き良き日本の姿が、この銀座という都心に残っていた、ということでしょうか。




2008年2月 6日 (水)

銀座探訪(9)ハートラベルのワイン

 息子と、銀座のイタリア料理店で食事をした後、かねてより銀座で気になっていたワインショップへ行ってみました。


Yxactutj_sワインショップ



 場所は、銀座4丁目の交差点角で、三越と鳩居堂の向かいです。いつも通っているスポーツクラブは銀座3丁目なので、本当にすぐそばです。
 店頭のガラスケースには、ズラリと高級そうなワインが並んでいます。

 その中に、深川の宿舎にあるワインが、何と3万円近い値段で飾られていました。名前は「カロンセギュール」。息子いわく、これと同じワインが、今宿舎にある、とのこと。
 確認すべく、早速いささか敷居の高そうなお店に、勇気を出して入りました。
 お店の方は、いろいろと教えてくれました。しかし、説明にイマイチの感があり、百万円以上のワインが並ぶ店を早々に出て、宿舎に帰りました。
 ワインとチーズが大好きな息子は、名前しか知らないワインがたくさんあるので、もっと見てから帰ると言うので、一人で店を後にしました。

 宿舎に帰ってすぐにワイン入れを見ると、確かに店頭に飾られていたものと同じラベルのワインがありました。ハートラベルが特徴的です。

 印象が新鮮なうちにと思い、早速これを飲んでみることにしました。
 ボトルの口の覆いを剥がすと、「1999」という年号が刻印されていました。


Zi4ggoc4_sコルクの刻印



 ボトルを横から見ると、なかなか気品が感じられます。


S5xacvtw_sボトルとグラス



 横にあるワイングラスは、バカラのグラスだと言いたいところですが、ショップ99で買った100円のものです。この落差が、我ながら気に入りました。

 コルクを抜いてみて、またビックリ。
 その側面に、またまたハートマークと製造された「1999」という数字が刻まれていました。なかなか丁寧に作られたワインのようです。


E_ooebow_sコルク側面に注目



 私は、いろいろな機会にワインを飲みます。それも、赤ワインばかりです。血糖値を下げてくれる、という先入観をもっているせいでもあります。
 カロリーフリーのアサヒのスタイルフリーというビールも愛飲しています。しかし、やはり、赤ワインが一番です。

 このハートラベルのワインについて、ワインとチーズマニアの息子に講釈をしてもらいました。その要点は以下の通りです。


・ハートラベルが印象的なこのワインは、バレンタインデーやパートナーとの大切な日を彩ってくれる。

・ラフィット・ロートシルトとラトゥールは、言わずと知れたポイヤックの第1級シャトー。5大シャトーに数えられる中でも第1級シャトー。その2大第1級シャトーをかつて所有していたのが、かのセギュール公爵。

・そんな超一流のシャトーを所有していた彼だが、その中でもカロンセギュールは彼が最も愛したシャトーとして著名。

・ラベルにハートの絵が描かれるきっかけとなったのは、
 『われラフィットを造りしが、わが心にカロンあり。』
 というのが起こりとされている。

・彼のカロンセギュールに対する『愛』が、そのままラベルのハートマークとなった。

・味も薫り高く繊細なワイン。

・私が飲んでいるこの1999年産のワインは、普通の収穫の年のものなので、銀座の店頭のように2万円はしない、とのこと。(少し残念)


 私は、これまでに、ワインを口にした瞬間に、少し鼻をつくような薬品臭さと、ノドを少しヒリヒリさせる感触を、あまり好みませんでした。しかし、このワインは、そのようなことはまったくありません。それだけでも、私にとってはいいワインと言えます。

 そして、ワインを飲む時には、チーズが一番です。
 今日のこのワインに合わせて、息子が「コンテ」と「ミモレット」という、フランスのナチュラルチーズを買ってくれました。
 後で、フルボディーのワインに「コンテ」はどうだったかな、とのこと。結構、けっこう。


7ozlqe94_s2種類のチーズ



 まさに、フランス尽くしです。
 もっとも、私は海外の街の中で、パリはワースト3の中に入れています。
 食べ物が口に合わないことと、街が汚いからです。そして、娘が小学6年生の時に、進研ゼミでもらったカバンを盗まれた街でもあります。
 私は、血糖値を気にしながらカロリーコントロールの食事をしているので、バターでギトギトになったフランス料理は食べられません。あのエスカルゴは、在仏の方々との食事の時には、急いで飲み込む始末です。
 しかし、今日は、フランスのワインとチーズを堪能しました。このワインの一件で、少し減点を控えてもいいかな、と思うようになりました。ほんの少しですが … 。

 今日は、イタリア料理に続いてフランスのワインとチーズで、本当に優雅な一時となりました。

 追伸︰このボトルの裏側を見ると、何と私の娘が翻訳したラベルが貼ってあったのです。


Nwiouy3i_s裏ラベル



 こんな偶然は、そう滅多にあることではありません。
 そして、ようやく気付きました。このワインは、娘がプレゼントとして送ってくれたものの1本だったのです。そんなにいいワインとは知りませんでした。これからは、1本ずつ丁寧にラベルを見ながら飲むことにします。




2008年1月 9日 (水)

銀座探訪(8)戸越銀座の商店街

 先週土曜日、5日のことでした。
 一人の若者が戸越銀座商店街で、2丁の包丁を振り回して通行人5人を切りつけたのです。そのニュースが流れた後、いろいろな方から安否のメールをいただきました。
 私がいつも、いろんな所をうろついているので、ひょっとして、と思わせたからでしょうか。
 というよりも、私の職場が、この商店街のすぐそばにあるからです。

 国道1号をまたいで全長1.6kmのこの商店街は、関東では、よくテレビで紹介されます。


Fpynbows_s戸越銀座商店街



 大阪の商店街を、もう少しお上品にした感じ、と言えばいいでしょうか。
 ここがどんな所かは、この商店街を紹介する次のホームページの説明にお任せしましょう。


 昔から、にぎわっている場所には何かと「銀座」がついたものですが、ここ戸越銀座の「銀座」は、大正12年の舗装工事でいらなくなった、銀座のレンガ敷きのレンガを譲り受けたという経緯からの命名。
 由緒正しい庶民の「銀座」は、物価の安さにまず驚かされます。八百屋さん、魚屋さんはもとより、衣料品や靴も他所より3〜5割は安い。いったん近くに住んだら、よほどのことがないと引越できなくなるでしょうね。

 そんな超ドメスティックな商店街のまわりには、大名屋敷の庭園を受け継ぐ「国立国文学研究資料館」や、大正時代の建物が残る「星薬科大学」など、閑静な名所も点在していて、散策目的で訪ねるのもまた楽しい。でも帰り道は、やっぱり商店街で特売品を買って帰ることになると思いますが…。

[取材・文]フリーライター・菊井 朋子



 私の職場は、熊本藩主であった細川家の拝領屋敷が、明治維新後に三井家に渡った敷地に立っているのです。もっとも、庭も池も当時の風情は微かにしか残っていませんが。
 この職場も、来月中旬には、立川に移転します。このところ、書籍や書類を段ボール箱に詰める仕事に忙殺されています。勉強どころではない日々を送っています。
 昨年から、奈良から京都へ、横浜から深川へ、そして、今度は、品川から立川へ、と慌ただしいことです。

 この戸越の地もあとわずか、と感慨に浸って、年末のご用納めをして年越しをしました。
 ところが、新年早々の仕事始めのために京都から上京した翌日のことです。職場のそばが、芳しくないことでニュースになってしまいました。
 奈良の平群にいたときにも、いろいろとニュースで有名になりました。全国の人に、「へぐり」という地名を覚えてもらいました。
 今度は、東京の品川の職場がある地が、お騒がせの舞台となりました。

 私は、この戸越銀座商店街の真ん中にある地下鉄の駅を、毎日通勤に使っています。そして、この商店街で、お昼のお寿司を、これまた毎日買っています。
 4日の金曜日は仕事始めで朝5時に起きて上京したために、5日の土曜日は、久しぶりに東京の住民でした。
 この日は、溜まりに溜まった仕事をするために、出勤しようと思っていたのです。しかし、新年早々の宿舎の掃除で、行くタイミングを失してしまったのです。危ないところでした。

 それにしても、生きていると、何かといろいろとあるものです。
 1日でも多く生き延びて、いろいろな出来事を見て、その時々の感想を存在証明として、こうして記し続けていきたいものです。



2007年11月29日 (木)

銀座探訪(7)ブルガリと回転寿司

 ブルガリという店が明日オープンします。
 といっても、実は、この名前は、昨日のニュースで知りました。
 私とはエンもユカリもない店ですが、興味本位で開店前夜の店へ脚を運びました。

 まともに撮ったのではおもしろくないので、いつもよく立ち寄る吉野家の軒先からの写真です。


Pexkvonz_s(1)吉野家前から



 次の地図を見ながら、写真の番号と参照してご覧いただければと思います。
 地図の中に記入した下手な文字や記号は、手書きなのでお許しください。
 番号と矢印は、撮影した角度を示しています。


7ysj5kie 銀座二丁目地図



 地図の左端に、聖地アップルストアがあります。
 そのすぐ上に、私が通うスポーツクラブがあります。
 ファッションと無縁の私がこんな高級店の立ち並ぶ地帯をうろつくのは、汗を流してのお風呂帰りに通りかかるからです。


 それはともかく、写真(1)の中央が開店前のブルガリです。まだ、白い幕が下ろされています。
 ブルガリの右横に、ルイ・ヴィトン。左横に、私がよく行く、文房具の伊東屋。その左隣に、ティファニーがあります。

 これまで、日本の一等地という称号は、和光前の銀座四丁目でした。それが、ブルガリのオープン、カルチェの改装などにより、ブランドの四角地帯である銀座二丁目が、近日中に一等地という称号を譲り受けることは確実視されています。

 そんな一角の地下で、私は泳いだり踊ったりしているのですから、何ともおもしろいものです。


Dzqo65n9_s(2)ブルガリ



 (2)は、銀座二丁目の交差点からのブルガリです。
 夕刻なのに、女性が多いことに注目してください。昼間は、もっと多いそうです。
 銀座は、女性の街です。
 私が日々観察するところでは、銀座で見かける6割は女性です。


Pq9h66mp_s(3)回転寿司の標識



 スポーツクラブからの帰りがけに、ブルガリの横を通りかかると、お店の白い幕が上げられ、ショーウインドウの飾り付けが見えました。
 明日が開店日だからでしょうか。中では正装をした人たちが、ミーティングや打ち合わせをしていました。
 入口では、ガードマンらしき人が見張っています。内も外も緊張感が漂っていました。

 そんなことよりも、私には、ブルガリの角に立てられた回転寿司の「105円」という看板の方に注意が集中しました。
 この店は、かねてから行こうと思っていたところです。夜食にちょうどいい時間なので、ブルガリの開店を祝して(?)、1人で回転寿司を食べることにしました。


Ahq58ql6_s(4)寿司屋入口



 お店の入口は、こんな感じです。
 狭い階段を下りて入ります。

 店内は、関西を思わせる陽気さがありました。これは、お客さんであるおばちゃんたちが、大声でしゃべっていたからですが……。後から来たピンクの衣装のおばちゃんは、吉本の関係者かと思わせる方でした。
 それに加えて、テレビの音が異様に大きかったのには、閉口しました。

 雰囲気は、いかにも銀座という風ではなくていいのですが、握ってくれるおじさんには困りました。
 耳が遠いのでしょう。おばちゃんたちがウルサイせいだけではないようです。注文をしても、耳に手を当てて、何度も聞き返すのです。注文する方が疲れます。
 また、注文したものを忘れているので、また大きな声で確認することになります。
 ネタと酢飯も、ややモチモチしていました。
 今度、また寄ってみます。

 お寿司は、ありがたがって食べるよりも、気軽に、それも値段のことを心配せずに食べるのが一番です。
 寿司を回すという、まさに日本が生み出した文化との融合の所産については、また後日に。

 近くに、最近ミシュランの仲間入りをした、三つ星の和食屋さんや寿司屋さんがあるそうです。シェフを目指す息子曰く、回転寿司とは味が違うと。一度は行ってみたいとは思いますが、それとこれとは別です。
 お寿司を毎日、それも楽しく食べるためには、回転寿司か持ち帰りの寿司になるでしょう。
 銀座には、あと数件、回転寿司屋さんがあります。
 一通り回ってから、報告しようと思っています。

 それにしても、過日のアルマーニといい、このブルガリといい、この銀座に進出している外国からのお店の多いことは、文化的にはどんな意味を持つのでしょうか。

 私は、学生時代の一時期、銀座にほど近い、有楽町寄りにある、数寄屋橋のステーキハウスでアルバイトをしていたことがあります。
 当時の著名な俳優やスポーツマンが、頻繁に来る店でした。私は、ワインサービスなどをしていました。コックさんは、お客の目の前で、包丁を振り回して、肉を調理するショーをしていました。
 あの頃は、夕刻以降の数寄屋橋や銀座は、お金持ちのおじさんたちがウロウロしていた街だったと思います。おじさんたちが女性のためにお金を使い、そこに男と女はそれぞれに満足感を得ていたと思います。

 それが今は、世界の有名店での買い物をめぐって、男と女はそれぞれに満足感を得ているのでしょうか?。
 女性が自分のお金で自分のために買い物をする、というのが、かつてはなかったことのように思えます。

 学生たちが生意気にも銀座でコンパをした後に、小路でかたまって談笑している場面に、よく出くわします。
 この街は、若者が気軽に出入りできる地域になっていることは確実です。

 銀座で飲む、ということの文化的な意味は、小説における状況描写を追っていくと、その時代時代のありようが浮き彫りになるのではないでしょうか。

 銀座をさまよう人の移り変わりを、しばらく見ていきたいと思います。

2007年11月11日 (日)

銀座探訪(6)銀座共同溝

 地下鉄銀座駅から松屋デパートへ入る、地下からの入口横に、小さな覗き窓があります。
 「銀座共同溝」というもので、誰でもが、銀座通りの1丁目から8丁目までの2キロメートルにわたる歩道下にある地下設備を、いつでも自由に見ることができます。

Yobzq6bj_s銀座共同溝の覗き窓


 何ということはないのですが、こんな覗き窓があることが気になりました。

 覗いてみると、すでに映画やテレビでこうした地下の映像は見ているので、特に珍しいものではありません。

Yo8pb8am_s地下溝


 しかし、こうしたものが、デパートの入口に、それもわざわざ手すりなどを付けて、どうぞ見てください、と言っていることに、興味を持ちました。

 横のプレートの説明文は、松屋の署名があるものです。
 狭苦しい階段の横なので、見る人はいません。しかし、都市の仕組みを子どもたちに見せる時には、いい展示だといえます。自分たちが歩いている歩道の下が、このようにして見られるのですから。

 日常では見られないものが、こうして見られるようにしておくことは、自分たちが生きている背景を知ることになり、ものの見方に、少しだけではありますが刺激をもらえます。

2007年11月 9日 (金)

銀座探訪(5)手帳を探す

 文房具を探す時間は、非常にぜいたくな時の流れだと思います。
 自分の生活の中で、文房具を使う状況を考えながら、それにふさわしい物を、あったらいいな、というものを物色するのですから、これほど至福の時はありません。

 最近は、来年用の手帳を見て回っています。
 今は、手帳・財布・カード入れ、の3点をポケットに入れて持ち歩いています。これを2つにするための手帳がほしいのです。財布はどうしても必要なので、手帳とカード入れを1つにすることになります。それと、今のものが黒を基調とするものなので、少し気分転換をしたい思いもあります。
 いろいろな手帳をはじめとする文房具を、その年の気分で使い分けて来ました。次はどうしよう、今年と一緒でもいいが、違うものにしてもいいな、などなど、一人であれこれと考えながら、文房具売り場を散策するのです。
 人が見たら、間抜けな顔で、ウロウロとしていることでしょう。しかし、本人はいたって真剣なのです。

 銀座をブラブラすると、いつも新しい発見があります。
 特に、最近の銀座は、新しい店のオープンが続いています。そして、その対象は、決まって女性です。
 今、銀座を歩くと、昼でも夜でも、小綺麗な若い女性の二三人連れか、無理をしていい服を着込んだおばさんたちで、とにかく溢れ返っています。最近の銀座は、男の居場所がないのです。
 社用族など、今は昔の話です。そんな人たちは、ホンの一握りでしょうし、その気で銀座に脚を向けている人たちも、意地とプライドだけだと思われます。あの人たちは、すでに時代遅れの、企業の羽振りの良かった頃の回顧族にしか過ぎません。いずれにしても、高級車グループは、今でも生息していますが、あくまでも少数派です。
 銀座を歩くと、女性の勢いを痛感させられます。男の居場所は、ほとんどありません。強いて言えば、数少ない料亭や、会員制のクラブや高級バーが、かろうじて残されている、というのが実情のようです。
 これはこれで、新しい時代に銀座が生き抜こうとしている、街が持つ生命力なのでしょう。

 書店に行くと、今どきの洗練された銀座をテーマにした雑誌や本が、至る所で目に付きます。銀座が変わりつつあるので、それだけ最新情報が求められている表れでしょう。

 さて、来年の手帳は、ここ数年使ってきた、差し込みタイプのものではなくて、小型のシステム手帳にすることにしました。ただし、夏場に持ち歩くのに不便なので、聖書サイズは最初に外します。
 すると、ミニの6穴と、ミニミニの5穴の2種類となります。3穴もやめておきます。いずれも、かつて使っていたのですが、一長一短のものでした。

 さんざん悩んだ末に、入れ替えるリフィルと呼ばれる紙の種類が豊富な、ミニ6穴のシステム手帳に決めました。
 大きさが決まると、後は手帳のデザインと革の感触です。

 気に入るものを求めて、渋谷、川崎、京都と歩き回りました。しかし、いい出会いがありません。

 それでは、やはり毎日うろつく銀座にしようと決めて、文房具では有名な伊東屋に行きましたが、これまた、いいめぐり逢いはありませんでした。
 デパートはどうだろうと思って、銀座三越に行きました。ところが、ここには文房具売り場はなくて、筆記具やグリーティングカードしかないのです。このデパートで売っているのは、女性の洋服を中心としたものでした。
 デパートも変わったものだと思い、隣の松屋に行きました。すると、ここも文房具売り場はないのです。
 そんな、と思って、三越の反対側にある松坂屋に行きました。何と、ここにも文房具売り場はなくて、簡単な事務用品しかないのは、他の店と同じです。

 松坂屋のエレベータの中に、こんな椅子が箱の奥の左右にありました。体調の悪い人などが座れるような配慮なのでしょうか。これまで気づかなかったので、ついシャッターを切りました。

Af6cyorb_s松坂屋の椅子


 他のところにもあるかもしれませんが、今日、私ははじめて出会ったので、記念に残しておきます。

 手帳探しのことです。
 どこも扱っていないとなると、百貨店と呼ばれていた時代が、むしょうに懐かしく思われます。

 銀座4丁目の交差点角にある鳩居堂に立ち寄りました。和風の手帳がないか、と思ったからですが、場違いなビジネス手帳だけでした。
 店内では、外国からきた男性が、しきりに店内に並べられている商品を、写真に撮っておられました。和風の味わいに、おのずとシャッターを切らせるのでしょう。日本の良さを自慢できる瞬間です。あなたたちは、こんな文化を持っていますか、と。

 ブラブラしていても仕方がないので、一番品揃えの良い伊東屋に舞い戻り、ここで、と決めて探しました。
 その気になってみると、いろいろと良いものが候補にあがります。4点を選び出し、最終的には、私が大好きなノックスブレイン社の6穴システム手帳にしました。
 手持ちのリフィルなどを入れて、まずは使える状態にすると、こんな外見になりました。

Rqzk9e1a_sシステム手帳


 これまでは、黒かブラウンだけでした。今回、赤の入ったものにしたのは、ケンブリッジ大学のピーター先生からいただいたアドバイスを意識したからです。

 来年に向けて、この手帳でスケジュールを管理し、思いついたことをメモしていきたいと思います。

 来る年が、今から楽しみになりました。


2007年11月 8日 (木)

銀座探訪(4)アルマーニ オープン

 銀座の中心地である4丁目のそばに、ジョルジオ・アルマーニの店が昨日オープンしました。

Edeeul4l_sアルマーニ


 上の写真は、4丁目の交差点から撮ったものです。
 写真中央 Dior の右横の、光が縦縞になっているノッポビルが、アルマーニの店です。

 昨日のテレビのニュースでは、アルマーニ自身が来日し、お客を出迎えていました。
 そして2日目の今日、ブラリと冷やかしに行ってきました。革カバーの手帳を探しに、という名目を作って。

 実は、私は、エンポリオ・アルマーニのシステム手帳と財布を使っています。革の肌触りがいいので、愛用の一品です。そこで、ジョルジオの手帳はどうかという気持ちから、銀座の地下にあるスポーツクラブで汗を流した後に、脚を運びました。

 入口には3人の白手袋をした男性が立っていました。入ってすぐ横の、どうしたわけか、いつも右横の方へ向かうのですが、店員に革カバーの手帳はどこにあるのかを、少し緊張して聞きました。すると、担当者を案内しますと言って、蝶ネクタイに白手袋の人に引き渡されました。

 手帳のことを尋ねると、手帳はまだイタリアから届いていないとのことです。もうすぐしたら店頭に並べられるので、しばらくお待ちください、と丁寧な対応です。
 そして、男性の小物はまだ揃っていないと、恐縮しておっしゃいます。このビルのターゲットが、女性であることは明らかです。
 カタログを渡すので、それを見て、何かあれば注文してほしいとのことで、ズッシリと重い冊子を数冊、立派なバッグに入れて渡されました。

Awrm7wsd_sアルマーニのカタログ


 何も買わなかったのですが、カタログを貰っただけで、何か得をしたような気分で帰りました。
 気持ちの問題ですが、堅苦しさと男は関係ない、という雰囲気はありました。入りやすい店でした。

 帰り際に、上に男性のスーツもありますよ、とおっしゃっていましたが、昨日のニュースによると、数十万円以上のものばかりのようなので、丁重に遠慮して帰りました。

 銀座は、なかなかおもしろい所です。

2007年9月16日 (日)

銀座探訪(3)庶民的

 銀座のど真ん中の地下にあるスポーツクラブで汗を流した後、最寄りの駅までブラブラするのも楽しいものです。

 ギラギラした世界とは無縁な私は、やはり吉野家レベルの興味で銀座を見てしまいます。

 宅急便の集配所が、こんな江戸情緒の看板を掲げていました。

Oll4n91f_s宅急便


 なかなかいい雰囲気を出しています。まわりに高級クラブがある地域だけに、スッと日常を通り越して古き時代を感じさせてくれます。この文化の落差は、非常におもしろい気分にさせてくれます。

 こんな中華料理屋はどうでしょう。

Ijyaxivq_s中華屋


 写真ではキレイに写っていますが、どこの町にでもある庶民的なこぢんまりとした中華屋さんです。店頭の自転車もいいですね。
 銀座らしくなくて、つい入ってしまいました。
 テーブルは3卓、そしてカウンター。きさくなオジサンたちがやっています。味がいいので、こんな銀座のど真ん中で続けられるのでしょう。ただし、9時20分には店を閉め始めるので、本当に健康的なお店です。
 この店の2階は、高級で上品な中国料理店です。このアンバランスさも、気に入りました。

2007年9月 4日 (火)

銀座探訪(2)吉野家

 今日の銀座の夜のプールは、高齢の上品な女性と私の2人だけでした。優雅なことです。
 女性はのんびりと18メートルのプールをウォーキングするだけで帰られました。私は、20往復した後、ジャグジーで体をほぐしてリフレッシュしました。
 帰りに体重計に乗ってガックリときました。何と、体重が50キロを切ったのです。数十年ぶりの大変なことです。この一線だけは死守してきたつもりだったのに、正直ショックです。
 18歳の時に十二指腸が破れて手術をした時に、それまで60キロあった体重が38キロになった時以来の一大事です。
 先週から血糖値が高い日々が続いていたので、今日は食事を少なめにしていました。それにしても、体調がいいだけに納得できない気持ちでいます。

 今日は栄養をつけて帰るかと思ってスポーツクラブを出たところ、近所のビルの前に異様な人だかりがありました。集まっている人のことばを拾うと、どうやらキムタクが入ったとかで、出てくるのを待っているようです。外車やタクシーなどで乗りつける正装をした人が入って行きます。いかにも都会の中心地らしい光景です。
 そうだ、キムタクが正装して行けない店で食事をしようと思い、東銀座をブラブラしだしました。すると、アップルストアの並びで、かのシャネルとの間に「吉野家」があるではないですか。

Xhtnq_mc_s銀座の吉野家


 おまけに、吉野家の道を隔てた向かいには、これまた有名なルイヴィトンが正対しています。これはおもしろいと、早速入って豚丼と野菜サラダとケンチン汁を注文しました。
 お店の客の半数は若い女性でした。場所柄でしょうか。ここは、最近公示された地価が日本一のあたりです。それでも料金は他の店と同じなので、何か得をした気持ちになります。単純なものです。

 一つ、気になることがありました。それは、私の対応をしてくれた吉野家の店員の3人ともが、偶然なのでしょうが、みんな中国の方でした。少し日本語が覚束ないところがありましたが、一生懸命に仕事をしておられました。
 私がこのことに反応したのは、その前にコンビニのampmでゆうパックを送ったのですが、その時の二つのレジにいた店員さんも、2人とも中国の方だったからです。その時には、もう一つ郵送したいCD-ROMの入った封筒を持っていたのですが、ここから送れるのかを聞いている内に、この2人の方では正しく扱ってもらえそうになかったので、そこから送るのは断念しました。
 決まり切った接客は外国から来た方にも、アルバイトとして出来るのでしょうが、相談しながら対応を判断するような局面では、異文化の理解が浅い方には、少し荷が重い仕事となるようです。
 それにしても、中国の方の日本進出はすごいようです。今日、私がお店で対応してもらった方は、5人とも中国の方で、日本人はゼロだったのですから。
 中国から来られた方が日本でアルバイトをされるのは構いませんが、その際には、お金だけを持っていくのではなくて、ぜひ日本の文化も中国へ持って帰ってください。中華思想で日本を軽くあしらい、日本というものを切り捨ててしまうのではなくて、ぜひ良いところは正直に持ち帰って伝えてください。
 中国が世界中から嫌われているのは、自分たち以外の相手の文化を理解しようとせずに、自己主張ばかりをしておられるからです。
 今、自分の生活のためにアルバイトをするのは構いません。しかし、自分のためだけでなくて、相手との相互理解につながる体験をして、お互いの今後の友好につながるものも持って帰ってほしいものです。

2007年8月28日 (火)

銀座探訪(1)夜の銀座 de 泳ぐ

Sfdm7o7t_sアップルストア銀座


 夜の銀座で泳いで来ました。
 場所は銀座三丁目、三越と松屋の向かい側にある、アップルストアの隣のスポーツクラブです。

 宿舎の引っ越しに伴い、これまで行っていた川崎のスポーツクラブが遠くなったので、新たな通勤途中にある銀座店の会員に移行しました。

 場所が場所だけに、思ったよりもいい施設でした。銀座のど真ん中の地下にプールがあるとは、ほとんどの人が知らないことでしょう。18メートルの長さで2本しかないプールです。子供のスイミングプールですが、人が少ないのを幸いに、ウォーキングをする人の間をすり抜けるようにして泳ぐことになります。
 スチームサウナと気泡プールもあるので、気分転換の施設として利用できます。お風呂がないので少しもの足りませんが、このプールとシャワーブースをうまく活用すれば十分です。

 今日は、移転手続と個人ロッカーの確保、そして挨拶代わりのプールでの初泳ぎをしました。

 行ったのは、夜の8時前後。会員の方の年齢が高かったように思います。8割は女性のようでした。

 これまでの川崎が大きな施設だったので、この銀座は非常に小さな店に見えます。しかし、会員は少なそうなので、これもいいものです。

 これからは、夜の銀座で健康生活を持続したいと思っています。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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