カテゴリ「7.0-美味礼賛」の120件の記事 Feed

2017年1月 8日 (日)

大和平群での初釜と茶室披きに行く

 平成29年度の初釜に行ってきました。
 降りる駅を乗り越しはしたものの、平城宮跡に復元された大極殿を車窓から見ることができました。これも、何かの瑞祥かもしれません。


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 今年の初釜は、先生のお宅の茶室披きとも重なり、二重のおめでたい日です。

 待合いでの話で、私が正客となっていることを知りました。もっとも、みなさん気心の知れた方々なので、飾りですからとのことばに気を許し、言われるがままに、指示通りに務めることとなりました。指示待ちの正客で恐縮です。

 路地を通って真新しいお茶室に向かいました。
 平群谷越しに松尾山やその山向こうの斑鳩を望む景色が借景となっています。
 晴れていたら、春になれば、たたみごも平群の里が眼下に望められることでしょう。

 席入りの前に路地の腰掛待合で、正客がすべき仕事の一つをまず覚えました。戸外の椅子に積み重ねてあった円座を、下から1つずつ置き並べ、最後に自分の物を表にして座ることでした。
 もっとも、蹲踞で心身を清めてから立った時に、それまで自分が座っていた円座を壁に立て掛けることをすっかり忘れ、そろりそろりと席入りをしてしまいました。

 あらかじめ足の調子が思わしくないことは、先生にお伝えしていました。折しも、もう一人、3ヶ月前に私と同じ足首を剥離骨折した方がおられたので、お茶室の床の前には机と椅子が2つずつ並べてありました。ご配慮に感謝です。

 席入りからは、思い出せないほどのぎこちない作法や時機を逸した対応で、大変失礼しました。正客は、なかなか気の抜けない役割であることを痛感しました。

 八畳の広いお茶室でした。木の香りが漂う爽やかな一室で、茶事に出される懐石料理をいただきました。お酒も少々。

 正客の発声がないと、みんなが食べられないとのことなので、慌てて「みなさま、いただきましょう。」と、5人の客人に呼びかけました。
 ことほどさように、正客になると折々に声掛けをしたり亭主にお訊ねしたりと、大事な役割があることがわかりました。
 この際、何でも覚えようと、お隣の先達の囁きや先生の指示を頼りに、いろいろなことを学ぶことになりました。

 お茶や道具を取りに出るのには足に負担がかかるので、末客の方がわざわざ席まで運んでくださいました。お手数をおかけしました。もっとも、その方にもいろいろと基本的な約束事があるようで、それらを含めてもう覚え切れません。
 先生から言われている、理屈ではなくて身体で覚えるしかない、ということです。

 先生が年末にベトナムで手に入れられた、銀の箔押し風の菓子皿は、実は漆器なのだそうです。銀器かと思いました。これに水仙の干菓子が載っていたので、何でも茶道具になり、それを活かすセンスが大事であることを知りました。
 私が数年前にベトナムで手に入れた、沈没船から引き揚げたばかりの泥だらけの茶碗の話も、茶道具にはいろいろな物があるということで話の味付けになったようです。

 床に飾られた「あけぼの椿」と「うぐいすかぐら」が、すらりとした花瓶からのびていました。
 上からは「結び柳」が力強く部屋の雰囲気を引き締めています。


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 すべて庭にあった植物だそうです。
 私は、この柳の姿の雄大さが気に入りました。

 亭主の仕掛けは、もっとあったはずです。体験を重ねるたびに、少しずつ見えてくるようになることでしょう。

 私のお稽古通いは、年に数えるほどです。
 今年からは、これまでよりも近くなったことでもあり、月に一度の平群通いを心がけたいと思います。

 駅前を流れ下る竜田川の水は、来る時よりも勢いを増していました。雨の影響のようです。この巨岩と水嵩が一幅の絵になっているようで、思わずシャッターを切りました。
 そして、よい年になる予感がしました。


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2016年12月 8日 (木)

お気に入りの珈琲豆あり⧄

 今年もクリスマスに向けて、お気に入りのコーヒー豆を手に入れました。
 今回は、「コクのブレンド」ではなくて、もうひとつの「香りのブレンド」です。

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 実際にはさまざまなデザインのパッケージがあります。

 詳しくは、「珈琲焙煎工房 Hug」のホームページをご覧ください。
 これは、一般社団法人 高次脳機能障害者 サポートネットの工房で、障害のある人やその家族を支援している法人です。
 そこが運営する、就労継続支援事業B型「珈琲焙煎工房 Hug」では、珈琲豆の選別から焙煎・包装・販売を行っています。

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 姉に教えてもらってから、ここのコーヒーを飲むようになりました。
 とにかく、香りがいいのです。
 私は豆から挽くので、部屋中がふくよかな香りに包まれます。
 淹れてからは、マイルドな風味で、ゆったりとした気分になります。

 最近までは、コーヒーを午前5杯、午後5杯を飲んでいました。
 しかし、逆流性食道炎で苦しむようになってからは、半分ほどに控えるようになりました。

 血糖値の急激な上昇を抑えるために、砂糖は入れません。
 ミルクはたっぷりと入れます。それも、よつ葉牛乳にこだわっています。
 よつ葉牛乳は、大和平群で子供たちを育てた牛乳です。
 今も、京都の自宅でも、東京の宿舎でも、一番近いスーパーに置いてあるので、これを切らすことがありません。


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 恒例の年末年始の忙しさに加え、東京最後の年ということで、これから春先まではこれまで以上に飛び回る日々となります。
 そのような中で、このコーヒーが気分転換の一杯、いや5杯(?)6杯となるのです。
 
 
 

2016年11月18日 (金)

ジュース屋のおやじさんとの奇妙な国際交流

 無事に「第8回 インド国際日本文学研究集会」も終わり、関係者だけでお疲れさん会をしました。

 その店の前に、フィットネスクラブの明かりが煌々と輝いているのを見つけました。
 まさに、インドの1面を見ることができました。


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 宿に帰ってから、いつものジュース屋さんに行きました。
 時間が10時を過ぎており、すでに店じまいをしているところでした。
 この町に来た8日にも立ち寄りました。しかし、いつものおやじさんがいなかったので、ジュースはいただきませんでした。私は、おやじさんがいる時だけしか行きません。

 見つけたおやじさんに挨拶をすると、元気に迎えてくれました。しかし、すでにジューサーは解体した後でした。それにも関わらず、おやじさんはスパナをとり出し、ジューサーをまた組み立て始めたのです。お店の人も、何事が起こったのかと見守っておられました。


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 お掃除が終わったのなら、また明日来ますと言うと、というよりも村上さんにそう通訳してもらうと、それでも無言でスパナを使ってジュースを作る準備をしておられます。

 私だけのジュースが搾られることとなりました。感激です。お店の従業員の方は、何が何だかわからない顔をしておられます。テーブルの上には、またすぐに解体できるようにスパナが置かれたままです。


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 お金を払おうとすると、私に会いに来たお前から貰うわけにはいかない、と言っておられるとのことです。押し問答の末にそれでも代金を渡すと、多すぎるとのことで、少し返してもらいました。死ぬ時に余分なお金は要らないので、実費でいいとのことのようです。


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 それでは、今度何か日本からお土産を持って来るので、何がほしいかと聞いてもらうと、何もいらないとのことです。こうして顔を見せてくれるだけで、それがいいお土産だと言っておられると、通訳係となった村上さんが伝えてくれます。

 しばらく、インド人との禅問答のような哲学的な会話が飛び交いました。

 さらに、私がお寺に泊まっていることを知っておられるおやじさんは、お寺の和尚さんに果物とジュースを持って行けとのことです。(このリンゴとミカンは、翌朝のお寺での食卓に並びました。)

 他人が見たら、インド人と日本人が何を言い合っているのか、興味深い光景だったことでしょう。

 このおやじさんとは、2002年に私がデリー大学に客員として来た時、お寺で同じ釜の飯を食っていた中島岳志君に連れて来られた時以来の、説明しずらい変な仲なのです。
 このおやじさんとの不思議な関係が、こうして今でも続いているのです。
 
 
 

2016年9月23日 (金)

京洛逍遥(375)京の居酒屋のお弁当

 慌ただしく上京です。
 京都で人気の居酒屋「まんざら亭」(烏丸佛光寺製)のおばんざいを盛った「京華弁当」を、新幹線の中でいただきました。


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 見た目は地味です。しかし、さっぱりとした、上品な味付けのおばんざいを満喫できました。

 若い方なら、あまりにも華やぎに欠けるので、蓋を開けたとたんに、がっかりかもしれません。
 季節感もいまいちです。しかし、一口入れると納得です。

 出汁の利いた、いい味がでています。
 ご飯に散らした白いちりめんじゃこが、しっかりと自己主張しています。
 淡白な出汁巻き、酢味噌をまとった麩、香り立つ肉じゃがが楽しめました。

 贅沢な家庭料理が、東海道を移動するだけの何げない一時を、豊かにしてくれました。
 
 
 

2016年9月22日 (木)

興福寺が監修した駅弁を新幹線車内でいただく

 急用で大阪へ行くことになり、東京駅で珍しい駅弁を手にしました。
 興福寺が監修した駅弁なのです。


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 ご丁寧に、お品書きもあり、食材の説明も記されています。懐石料理を意識したものとなっています。

 糖質を気にし、薄味がいい私には、量も少なめということもあり、これは絶好のお弁当です。
 なかでも、「蒲焼もどき」(折の右下から2段目の少し黒く写っているもの)が気に入りました。豆腐に海苔を貼り合わせて素揚げして、蒲焼風に仕上げたものです。
 「田楽味噌」は、興福寺秘伝のレシピを再現したものだそうです。
 ご飯には、五色幕をイメージした「精進ふりかけ」がかかっています。
 まさに、精進料理のお弁当です。
 10月10日までの期間限定の駅弁です。旅のお供にぜひどうぞ。

 用事を済ませてから、お彼岸でもあるので、八尾の高安へお墓参りに行きました。
 春と夏に行けなかったので、久しぶりです。

 近鉄高安駅から、信貴生駒連山を望みました。
 我が家のお墓は、この高安山の中腹にあります。
 あの、『伊勢物語』にある「筒井筒」の段で知られる高安の里です。


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 信貴霊園から望む淡路島の方は、雲が垂れ込めていました。


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 この近在の学校が統合された話を聞きました。
 今年の4月から、中高安小学校と北高安小学校を統合し、旧大阪府立清友高等学校と大阪府立八尾支援学校東校跡地へ移転したとのことです。八尾市で初めての施設一体型小・中学校となったのです。
 眼下左にある、私が通っていた南高安小・中学校は健在です。もっとも、私がいた小学校だけは、もっと手前にありましたが。

 生まれ故郷の島根県出雲市古志町にあった小学校は廃校となりました。
 来週、池田亀鑑賞の授賞式のために行く鳥取県の日南町も、学校の統廃合がなされた町でした。
 全国の学校が、こうして減少しているのです。
 時の流れと共に、学校が整理統合されていくことを聞くのは寂しいことです。
 学校の賑わいを取り戻すことはできないのでしょうか。
 そんなことを想いながら、四国から六甲山の方角をしばらく眺めやっていました。
 
 
 

2016年9月11日 (日)

江戸漫歩(141)築地市場移転延期で話題の豊洲でお買い物

 築地市場が豊洲に移転することとなり、今秋11月7日が豊洲市場の開場日でした。このことは、「江戸漫歩(139)有明豊洲地域を見て五輪とマンションを想う」(2016年08月04日)に記した通りです。

 そこでは、「この地域の土壌汚染の問題は未解決で、移転反対の動きも解決していません。さて、新都知事の小池さんは、この問題にどう対処されるのでしょうか。」と書きました。

 その移転話に、暗雲が立ち込め出しました。さまざまな利権絡みで、強引な設計や工事などが行われていたことが、昨日のニュースによると明るみに出だしたようです。さらなる移転の見直しとなると、東京五輪のことにも関連して、ますますこの有明豊洲地域が注目されることでしょう。

 宿舎から近いこともあり、買い物がてらこの豊洲を散策しました。

 新橋駅からやって来る「ゆりかもめ」(東京臨海新交通臨海線)は、この豊洲駅が終点です。
 その駅前には、線路が地上で寸断された姿を見せています。2006年に開業したこの路線は、当初は延伸の予定だったそうです。しかし、今は対象外になっているとのことで、これからこの剥き出しの鉄路がどうなるのか、気になるところです。まさか、この無粋な景観のままで東京五輪を迎えることはないと思いますが。


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 宿舎がある西に目を転ずると、「越中島」「晴海」「銀座」という地名の表示が見えます。都心に向かう晴海通りです。この通りの下を、東京メトロ有楽町線が走っています。


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 ここから左手に、おしゃれな巨大ショッピングセンターの「ららぽーと豊洲」があります。その豊洲駅側は、広大な土地で工事が進んでいます。この次に来ると、この景観も様変わりしていることでしょう。


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 「ららぽーと立川立飛」が、昨年12月に職場の近くにできました。いつか行こうと思いながら、そこにはまだ行っていません。

 豊洲駅前の晴海通り角から豊洲運河を望むと、これからの東京五輪を見越してさらに町並みが変わりそうな気配を感じます。


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 この通りで、回転寿司屋さんを見つけました。


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 昨秋、屋号を変えてオープンしたのだそうです。築地市場の移転を意識した改名なのでしょうか。
 新しくなっていたことに気付かないままでした。自称回転寿司ウオッチャーとしては迂闊でした。血糖値のことを考えて糖質制限食を意識してからというもの、あれだけ好きだったお寿司を、確かにあまり食べなくなっていました。近所の回転寿司屋さんが閉店したことも一因です。
 最近主治医からは、もっとご飯を食べて身体を作ることを意識したらいい、と言われています。これからは、以前のように折を見てはお寿司を食べ歩こうかと思っています。

 このお店は、清潔なシステムでした。


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 レーンに流れているお寿司をいただくよりも、注文した方が楽しいのです。
 もっとも、目指すお寿司を、タッチパネルに表示されている文字列からイメージして辿り着くのは、なかなか面倒なことです。限られた画面を見て選ぶことをやってみて、写真の一覧から選ぶことの効率のよさを実感しました。

 この iPad の画面をタッチして注文すると、上のレーンにトレーが大急ぎで滑るようにして運んで来ます。その素早さが気持ちいいのです。下を流れるお寿司は、一度も手にしませんでした。


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 ただし、まだこのシステムは開発途中のようで、バラバラの感じがしました。

 上のレーンに注文したお寿司が飛んで来ます。しかし、その運ばれてきたトレイは、タッチパネルの返却というボタンを押さないと、戻ってくれないのです。押し忘れていると、店員の方が返却ボタンを押してくださいと、催促に来られます。

 また、タッチパネルなので、押したという感触がなくて、何度も同じボタンを押してしまいました。

 さらには、精算の時に、店員の方がiPhone を片手に皿の数を色別に入力して計算しておられます。せっかく iPad で注文しても、その iPad と店員さんが持つ精算用の iPhone が連動していないのです。別のお店のように、皿に仕掛けをしてもいいと思われます。

 とにかく導入してみました、というレベルであり、試行錯誤の段階のようです。

 さまざまな挑戦がなされている、世界に冠たる日本の回転寿司は、文化としてさらに発展していくことが期待できます。
 常に進化していると言われる回転寿司です。血糖値のことはそれとして、また少しずつ生活に取り入れていこうと思います。そのきっかけをもらえた、好感のもてるお店との出会いでした。
 
 
 

2016年8月10日 (水)

アレッ! と思う時〈その1〉指を見つめる

(1)新聞がめくりにくい。
 紙面の下や端を親指で抉じ開けるようにすることが多くなりました。
 加齢に伴い、指の腹に潤いが少なくなったからでしょうか。

(2)持っていた物をうっかり落とす。
 冷蔵庫から何か取り出す時、別のことに注意が向いているとよく。
 握力は変わらないようなので、集中力の問題だと思っています。

(3)棒状に巻かれたアルミホイールを落とす。
 あれは、二度と元通りきれいに巻き戻せないのです。
 取り返しのつかないことの一つだと言えるでしょう。

(4)コーヒーフレッシュのミルクが飛び散る。
 小さな突起部分からシールを剥がす時、最後にピッと飛びます。
 親指の爪が汚れるし、小さなプラカップにはミルクが残ります。

(5)レトルトパックが真っすぐに開封できない
 上の切り取り位置を確認して引っぱっても、斜めに切れて指が汚れます。
 切り取れずに残った部分が、中身を器に移す時にじゃまをします。
 
 
 

2016年3月 1日 (火)

江戸漫歩(123)新宿「思い出横丁」のうなぎ専門店「カブト」

 新宿の「思い出横丁」には、海外から帰った時や、大きな仕事が終わると行きたくなります。
 いつもは線路際の「岐阜屋」へ直行です。
 しかし、「カブト」がうなぎ専門店として話題になっていたので、かねてより気になっていたこともあり、中通りのお店に初めて行きました。
 昭和23年の創業だとのことで、私よりも先輩です。


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 コの字のカウンターには、10人ほどしか座れません。
 天井を見上げると、レトロな傘と電球が煙で真っ黒にタレ漬け状態になっています。
 よく漏電しないものだと、まず感心しました。

 「一通り」というコースを注文することから始まります。
 7本の串に5種類のうなぎが突き刺さって出てきます。
 うなぎのいろろいな部位を楽しめます。


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 うなぎの頭のえり焼きは、口の中で骨が気になり、いただくのが大変でした。
 肝焼きを追加で注文しました。

 飲み物は焼酎をいただきました。
 かつて「岐阜屋」がそうであったように、グラスから受け皿に溢れ出るほどに、なみなみと注がれます。しかもストレートで。

 目の前の醤油注しに、中華のお店にあるラー油のような液体が入っていました。帰り際に聞くと、焼酎に垂らす梅エキスだとのことです。
 隣にいたおじさんが、飲み終わった私に、その梅エキスを垂らした焼酎を少し分けてくださいました。ご親切に感謝。血糖値を気にしている私には、やや甘すぎるようです。

 楽しいお店が、また一つ増えました。
 
 
 

2016年2月28日 (日)

「第26回京都視覚障害者文化祭典」でお茶をいただく

 明け方7時前に、比叡山と吉田山の間から朝日が昇るのを、賀茂川散歩の途中で見ることができました。


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 出雲路橋の下では、白鷺が朝食をさがしています。


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 下鴨神社の西の鳥居では、その間からちょうど朝日が顔をのぞかせていました。


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 真っ直ぐ境内を突き抜けると、御手洗川には光琳の梅が咲き掛かっています。


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 気持ちのいい朝です。

 お昼前に、京都ライトハウスで開催中の「第26回 京都視覚障害者文化祭典」に行きました。
 いつも情報収集などでお世話になっている方や、ボランティアの方々からお話をうかがいました。
 「京都ライトハウスで体験三昧」(2015年10月25日)で知り合った方や、「京都ライトハウスでの点字百人一首体験会に参加」(2015年11月07日)で同席した方にも会えました。

 こうした催しは、いろいろな方と得難い出会いの場になります。お元気な姿を見かけると安堵します。


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 音楽は、幅広い人が楽しめるものであることを、あらためて実感しました。
 マトリョミンという楽器は手のひらで操作して音が出せるので、目が見えなくても自由に演奏ができるようです。

 女性部が和室で「お茶席」を設けておられました。
 前回この京都ライトハウスでお茶をいただいたことは、「「第25回京都視覚障害者文化祭典」で弱視の方のお点前をいただく」(2015年03月01日)に記した通りです。
 今回も一服いただきました。
 表千家のお点前です。

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 いつも思います。茶杓の扱いと柄杓でお湯を注ぐことは、目が見えないと大変です。
 先生も、そっと介助をなさっています。
 結構なお点前でした。
 
 
 

2015年12月26日 (土)

歳末に大和平群でお茶のお稽古

 秋口から土曜・日曜にさまざまなイベントが入っていたため、ほぼ2ヶ月ぶりのお稽古です。今日も、入子点(いれこだて)をお願いしました。

 昨夜は、娘夫婦が夜中に来てくれて、これまでの復習をしました。
 丸卓の地板に水差しを置き、天板に右上から棗と柄杓と蓋置きをセットしたら始まりです。

 1ヶ月以上も間が空くと、すっかり忘れています。娘と婿殿からは、温かい同情を受けながら、四苦八苦の練習です。

 夜の夜中に、ああでもない、こうだった、そうそうと、何ともおかしな会話が続きました。

 今日、先生の前でやってみると、最初から「あれっ、あれっ」となります。
 あらかじめ丸卓に置いておく柄杓の向きからして、真っ直ぐではなくて斜めだったのですから。
 最後の壮付けの形がきれいだったので、それが印象深く目に焼き付いていたのです。

 茶巾を畳み直すことも、すっ飛んでいました。

 お客人は二人の場合を想定したお手前をお願いしているので、その流れも事細かに教えていただきました。

 いつもは頭が混乱するので、一回だけのお稽古にしています。しかし、今日は珍しく、もう一回おさらいをお願いしました。わがままを言いたい放題で申し訳ないことです。

 二回目には、どうしてその動作がここに入るのか、その意味と流れがわかりかけてきました。しかし、先生からは、頭ではなくて身体で覚えるように、とびしっと言われてしまいました。

 これは、お茶室からの出入りが少ないこともあって、年配の上級者がなさるお点前だそうです。しかし、我が家にお越しになるお客人は、一緒にお話をすることが中心となる方々なのです。そのために、あまり私が座を立たなくてもよくて、それでいてお茶室には道具類が見えている方が、お互いに和やかな時を共有できると思います。

 そんな思いから、今はこの入子点を素人なりに会得しようとしているところです。
 目標をもってお稽古をしていると、できた、できないはもとより、お客人との対話の楽しさも倍増するのです。

 帰り道、葵橋から月を見やると、晴れ渡った夜空にきれいな満月が煌々と照っていました。


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 今年最後の満月を眺めながら、無事に歳を越せるありがたさを身にしみて感じることができました。
 折々に支えてくださった方々に感謝しながら、我が家へと向かいました。
 
 
 

2015年11月 1日 (日)

古都散策(41)お茶で好みのお点前に出会う

 北大路橋から北山方面を見る賀茂川沿いの紅葉も、しだいに色の変化が目立つようになりました。
 植物園の横を南北に通る半木の道は、これからますます色の競演や変化が楽しめます。


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 今日は、お茶のお稽古で大和平群に行きました。
 竜田川と平群のお山は、京洛の北山よりも遅れながらも、少しずつ秋の色になっています。


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 十数年前に、私が毎日駅まで駆け降りた山道が通る木立も、しだいに紅葉と柿に包まれていきます。


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 今日から11月です。
 風炉から炉にかわり、炉開きのおめでたい日ということで、先生がお善哉を作ってくださいました。
 ただし、私は明日ちょうど京大病院の糖尿病栄養内科で診察があるので、お餅の入らないものにしていただきました。
 小豆だけでしたが、甘さが控えめで口に合い、おいしくいただきました。

 今日もわがままを言って、いつもの丸卓を使ったお手前でも、最初からお茶碗も荘(かざ)った形をお願いしました。
 総荘り(そうかざり)と言う扱いだそうです。

 最初から、棚の下段の地板に水指と蓋置と帛紗を、上の天板には棗、柄杓、茶碗を置いておくのです。この茶碗には、茶巾、茶筅、茶杓が仕組んであります。
 入子点では、杉の曲げ物の建水に茶碗を仕組むそうです。その茶碗も、今回はあらかじめ棚に荘っておくのですから、点てる方としては建水だけを持って出るだけです。
 お客人も、目の前の道具類を見ながら話ができる楽しみがあります。

 出入りが少ないこともあって、お年寄りが好んでなさるお手前だそうです。立ったり座ったりが少ないので、身体が楽なのです。

 それはそれとして、私が家で点てるお茶は、お作法などに拘らない仲間内のことが多いので、一緒に話をすることが中心です。そのために、あまり出入りのない、会話が途切れない流れを大事にしたいのです。

 そこで、丸卓を使ったお手前を中心にしたお稽古を、これまでにして来ました。
 さらに今日は、お茶碗までに荘ってあるのです。
 お客人の前でお手前を始めるまでが、とにかく簡素化されています。

 実際にやってみて、これは私にとって、身体にも感覚としても、気持ちよく馴染むものでした。
 
 これまでと大きく違うことは、仕舞いの茶筅通しの後、茶碗の中の水を建水にあけたら、茶巾を茶碗に戻すのではなくて、その茶巾で茶碗を清めるところでした。

 これは、私にとってありがたいお手前と言えます。

 いろいろなお手前はそれとして、年末年始に向けて、このお稽古に励もうと思っています。
 
 
 

2015年9月20日 (日)

京洛逍遥(376)父母の法事と下鴨茶寮での会食

 父の三十三回忌と母の十三回忌を一緒にして、彼岸の入りの今日、自宅で法要を行いました。
 秋晴れの1日となったことも手伝って、いい法事となりました。

 いつものように、養林庵の庵主さんに来ていただきました。
 94歳というお歳が信じられないほどお元気です。


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 今日の法事には、姉と娘の家族たち11人が集まりました。
 1時間ほど読経をあげていただいた後は、いつものように和気靄々と話が弾みます。
 庵主さんは茶道を永くなさっています。今日集まった者のうち、半数以上が心得のある者だったので、庵主さんとの話も楽しいものでした。

 白川疏水通りまで庵主さんをお見送りしてから、みんなで下鴨神社へブラブラと散策がてら心地よい風を受けて向かいました。
 下鴨神社の境内から参道を抜けた高野川沿いに、みんなが楽しみにしている下鴨茶寮があります。


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 娘たちが下鴨神社で結婚を挙げた時、その披露宴の料理が非常に好評だったことから、法事の会食は下鴨茶寮で、とのリクエストがかねてよりあったのです。
 2階の部屋の眼下には、すぐ先の出町柳で賀茂川と合流する高野川の流れが望めます。


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 2人の子どもの料理も本格的です。


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 記念に、お品書きをあげます。


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 先附の雲丹は絶品でした。


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 八寸の栗白和えが気に入りました。


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 土瓶蒸しと共に出された茶巾はお茶を思い出させ、つい土瓶の縁を拭いてしまいそうです。


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 向附の鮪の上に乗っている丸い球は、遊び心たっぷりの大根です。


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 甘鯛の鱗がパリパリとしていて、その触感が最高です。


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 私が大好きなイチジクは胡麻クリームと合います。


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 本日、みんなが絶賛したのは、牛フィレの唐揚げです。しかも、オリジナルの粉醤油が味を引き立てます


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 栗ご飯もホクホクとしていました。私はご飯は糖質のことが気になるのでパスし、栗だけをいただきました。


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 果物の触感もソフトで、複雑に口の中で溶けます。


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 抹茶の前に出てきたお菓子の中でも、右端の酥が珍味でした。


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 食後は、庭を拝見しました。


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 そして休憩室では、立礼のお茶道具の後ろの屏風を見せていただきました。


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 参会者のみなさんと糺ノ森でお別れした後、今日お世話になった庵主さんの養林庵へご挨拶に伺いました。相国寺の北西にあります。


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 お疲れでしょうに、気さくに話してくださいました。
 いつまでもお元気でとお声掛けをして辞しました。

 家族親族みんなで回向をし、会食をすることで、両親に対する追善と供養ができたと思います。
 多くの方々や諸々の事に篤く感謝しながら、妻と共に出雲路橋を渡って自宅への帰途につきました。
 
 
 

2015年9月14日 (月)

源氏を読みながらいただく季節の生菓子

 一昨日のワックジャパンでの源氏を読む会では、いつものように娘から季節の和菓子の差し入れがありました。
 秋らしいお菓子です。


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 手前は、両口屋是清の「お月見 ささらがた」です。私はウサギ歳生まれなので、このデザインが気に入りました。

 奥は、福壽堂秀信の生菓子で、左から「梢の九月」「山の秋」「菊のきせ綿」です。

 「菊のきせ綿」については、昨秋の重陽の節句の記事「京都で『源氏物語「蜻蛉」』の写本を読む(第13回)」(2014年09月06日)で、甘春堂本舗のお菓子「着せ綿」を紹介しながら詳しく書きました。

 『紫式部日記』に「九日、菊の綿を、兵部のおもとの持て来て、」とあり、『枕草子』には「九月九日は、暁がたより雨すこし降りて、菊の露もこちたうそぼち、おほひたる綿など、もてはやされたる。」とあることなどを例に引いています。

 お菓子で季節を感じるのもいいものです。目、鼻、舌、喉などなど、身体のいろいろな感覚を総動員して楽しめます。

 今回の両口屋是清は名古屋、福壽堂秀信は大阪と、いつもの京菓子とは違います。あらためて包装紙に書いてある住所をみたせいか、そんな気がするだけですが……

 「蜻蛉」巻の輪読については、昨日の記事に譲ります。

 次回のワックジャパンで『源氏物語』を読む会は、写本を読むのはお休みして、季節もいいので街中を源氏散歩することになりました。
 10月10日(土)午前10時から午後2時の短い時間ですが、かつて大内裏があったあたりを散策する予定です。
 内容は、源氏千年紀だった2008年に京都市内とその周辺に設置された、『源氏物語』に関する説明板(40箇所)をめぐるものとなります。
 このすべてを探訪した記録は、本ブログでは「源氏のゆかり~」として40本の記事を掲載しています。検索してお読みいただけると幸いです。
 第1回目となる来月10日は、「源氏のゆかり(4)説明板16-大極殿跡」(2008/4/10)からスタートすることになるかと思います。

 プランがまとまりましたら、また案内を記します。

 その次のワックジャパンで源氏を読む会も、写本を読むのではなくて外での勉強会となりました。
 予定では、11月7日(土)に開催される京都ライトハウスの点字普及イベントとしての講演と、「点字百人一首」の体験会に参加しようと思っています。
 これについては、明後日(15日)に詳細を本ブログに書く予定です。
 少しお待ちください。
 
 帰りに、寺町通りの一保堂を少し下ったところにある「紙司」さんへ立ち寄りました。


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 現在、国立歴史民俗博物館所蔵の「鈴虫」巻のことを調べています。
 この鎌倉時代の中期に書写された古写本には、「丁子型押し」がみごとな料紙が使われています。今確認できる現物の感触を知りたかったので、紙を専門に扱っておられるお店に寄ったのです。

 「丁子型押し」とは、丁子を煎じた黄茶色の液体を型の上から蒔いた、高級な染料染めを施した用紙です。その美麗さを実感したいと思っています。
 お店の方とお話をしていると、丁子染めの紙は出してくださいました。しかし、それは紙全体を丁子で染めたものだったので、全体が黄色っぽい紙でした。
 丁子で型押しや染料を蒔いたものについては、週明けに出入りの紙屋さんに聞いて調べてくださることになりました。
 わかりしだいに、また報告します。
 
 
 

2015年8月17日 (月)

読書雑記(139)コーヒーを片手に『京都075』をパラパラと

 昨年来、月に何回かは、起き抜けに逆流性食道炎で苦しむことがあります。
 主治医の先生からは、消化管がないのだから腸液が食道まであがってきてもしかたがない、と言われています。対処策としては、寝る時に枕を高くするように心がけています。

 「ランブラゾール」という酸分泌抑制薬を処方していただいていて、荒れた食道や胸焼けと不快感を和らげています。1日1回、朝食後に1錠を飲んでいます。
 これに加えて、先週の診察で処方された「フオイパン(カモスタットメシル酸塩錠)」を毎食後に当座は服用することになりました。

 この逆流性食道炎については、コーヒーやアルコール等の刺激物は、胃酸の分泌が活発になるので控えめに、とされています。
 もっとも、私は胃がないので胃酸のことはあまり神経質になる必要はありません。それでも、刺激物とストレスが腸液に影響を与えるようなので、気をつけてはいます。

 コーヒー好きの私は、1日にカップ10杯は飲んでいました。今は、少し抑え気味にして、5、6杯にしています。
 お酒は、血糖値を上げないように蒸留酒を飲みます。焼酎のお湯割りを飲んでいました。最近では、ウィスキーを1杯ほど飲むことが多くなりました。それでも、晩ご飯の時に水割りのグラス一杯がせいぜいです。

 何かとストレスを溜めるタイプの私には、嗜好品は要注意です。
 しかし、それがかえって息抜きにもなるので、うまく共存するようにしています。
 手術をしてくださった岡部先生からは、私が呑めないことを承知の上で、お酒はいくら飲んでもいいとおっしゃいます。しかし、そんなに呑めるものではありません。

 コーヒーは、仕事にかかる前に必ず飲みます。
 最近は自宅で、自分で豆を適当に調合して挽いたコーヒーを、その日の気分に合わせた香りと濃さでいただいています。
 そのせいもあって、街中で喫茶店に入ることはほとんどなくなりました。
 それでも、京都の街を歩くと、喫茶店のたたずまいや店の雰囲気と共に、そのお店なりのコーヒーの香りが気になります。

 そんな折に、こんなにおっとりとした雑誌があることを知りました。
 075号室編『京都075 第二号 特集 喫茶』(2008.11、サンクチュアリ出版)です。


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 書名の「075」の意味がわかる方は少ないかと思います。
 京都の電話の市外局番です。
 大阪が「06」、東京は「03」のあれです。
 地域に密着した視線で、日常の自然な暮らしや街を炙り出そうとする本です。


目次


珈琲対談 猪田彰郎×奥野修
珈誹対談 オオヤミノル×中川ワニ勇人
喫茶観察室 燐寸 吾郷結
600-8815 宅間恵一
三つのお茶の話「一保堂茶舗 喫茶室「嘉木』」
       「李朝喫茶 李青」
       「バーバチカ」
京都の喫茶店主 いつものカップとお茶時間
私のおみやげ話 いがらしろみさん
パン調査室 「スマート珈琲店」 松尾綾
〇七五閲覧室 cafe de poche
京都小径探検 的場通りあたり ナカムラユキ
融合飯 ケルン「ケルツァー黒豆シュトーレン」大林ヨシヒコ
京都からの小旅行 近江八幡 門田えり子
room no.北9 yusuke

 京都を歩いて、または自転車で散策された方はお気付きでしょう。
 なんと喫茶店が多いことか、と。
 大通りを外れた小路にも、ひょいと喫茶店があります。
 三条周辺では、イノダコーヒーやスマート珈琲店、そして前田珈琲店はよく知られています。
 我が家の近くにも、北大路駅の伊藤珈琲店や下鴨本通りのベルディなど、いいお店がたくさんあります。

 気に入った喫茶店に出会うと、うれしいものです。
 よそよそしいお店に入ると、次はもう来ないだろうな、ということがすぐにわかります。
 京都には、とにかく至るところに喫茶店があります。
 自分で淹れたコーヒーだけでなく、外のコーヒーも楽しむ余裕が持てると、さらに日常がリラックスするかもしれません。
 この夏の課題としてみます。
 
 
 

2015年3月29日 (日)

神戸凮月堂で源氏物語の京ことばでの朗読を聴く

 神戸元町にある神戸凮月堂本店で開催された、「朗読サロン「京ことば 源氏物語」に行ってきました。


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 副題に「もののあはれ源流への旅」ともあり、女房語りという設定で山下智子さんが独りで語り手を努めておられます。今回は、第八帖花宴の巻です。
 この朗読サロンは、いろいな方が語り継いでおられ、山下さんはここでは8回目となるそうです。「花宴」の巻は、ワルシャワ大学でも朗読した想い出深い巻だとのことでした。
 今、私の所でアルバイトをしている学生さんで、ポーランドのワルシャワ大学を出た方がおられます。私もポーランドへ行った時に、メラノビッチ先生のお世話になりました。ポーランドと『源氏物語』ということで、参考までに関連するブログの記事を引いておきます。

「ポーランド語訳『源氏物語』の新情報」(2010/11/20)


 今日はまず、「花宴」巻の概要を、山下さんが優しい京都弁で語られます。分かり易い説明です。
 凮月堂の地下ホールに集まった40人ほどの参会者は、はんなりとした語り口に包まれ、次第に物語の世界に誘われます。


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 30分ほど話を聴いた後は、しばし休憩時間です。
 ここで、凮月堂特製の『源氏物語』をテーマにした和菓子とほうじ茶をいただきました。


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 『源氏の由可里』(吉川冬季子、昭和52年11月、凮月堂)という本が手元にあります。これは、神戸凮月堂が創業80周年を記念して、村山リウさんの源氏講義に因んで作製した和菓子を収録したものです。書名は、この和菓子の原点となった村山リウさんによるものです。


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 そこでは、「花宴」として次のお菓子が掲載されています。弘徽殿にいる女性たちの出衣を想起させる意匠です。


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 ただし今日の和菓子は、これとは異なり、扇と桜の花びらを配したものでした。
 花宴の後、光源氏と朧月夜が扇を取り交わした場面をイメージしたものです。
 甘さを抑えた、上品な味と舌触りでした。

 店頭には、「若紫 若紫の姫君」「横笛 笛」「夕顔 枕上の女」「花の宴 扇」(写真左から)の4つが並んでいたので、お茶菓子として一箱いただきました。


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 この内、「若紫」以外は『源氏の由可里』に掲載されているものと違います。
 凮月堂では、今も『源氏物語』をテーマにした和菓子を作りつづけておられるのでしょうか。
 後ろに立てかけてある本のことを聞き忘れて帰りました。また、確認しておきます。

 後半は、中井和子さんの『現代京ことば訳 源氏物語』(大修館書店)の朗読です。
 情感たっぷりというよりも、思ったよりもやや抑制気味に、そして短い巻ということもあり、一気に読み進めて行かれました。
 関西人としてまったく違和感のない、流れるような京ことばでした。近世の言葉遣いであり発音だとしても、平安時代らしい雰囲気を彷彿とさせる朗読です。

 続いて、短い巻ということで、原文を「京都音調語り」とおっしゃる語り口で読まれました。
 古文なので、会場のみなさんは、戸惑いながらも真剣に耳を傾けておられました。少し眠くなった方もいらっしゃったようです。しかし、京ことば訳と同じ部分の原文すべてが読まれたことは、「花宴」ならではのことです。

 この巻は、さくらの季節にふさわしい内容です。時宜を得た得難い朗読を聴く機会となりました。

 
 
 

2015年3月18日 (水)

糖質ゼロのお酒が増えています

 これまでに、糖質ゼロのお酒やドリンクのことを何度か取り上げました。
 あくまでも、私の生活圏で入手したお酒に限っての情報です。
 私はネットショッピングを極端なまでに排斥しているので、以下の情報は自分で手に取って選んだものであることを、まずはお断りしておきます。

「糖質ゼロのお酒3種」(2012年05月08日)

「慰労と予祝のファミリーパーティ」(2012年06月17日)

「糖質ゼロのビール類のすすめ」(2012年06月18日)

「甥の葬儀のこと」(2013年12月08日)

 このゼロ指向は、年々加速しているようです。
 先日も、今年になって発売されたという日本酒「松竹梅」の糖質ゼロ版を飲んでみました。
 あまり特徴のない味だったように思います。


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 違いがよくわからないなりにも、今のところは「白鶴」が気に入っています。


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 長い間、この分野での先発隊であった「月桂冠」を飲んで来たので、ようやく各社の違いを比べられるようになったことは大歓迎です。


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 「大関」は、「月桂冠」しかなかった時に、ようやく出てきたものだったので、しばらくは飲んでいました。しかし、「白鶴」が出てからは、飲まなくなりました。


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 地方へ行くと、糖類無添加としていろいろとあるようです。
 「由利正宗」は、妻の実家である秋田で、地酒として家にあったものです。
 これはおいしくいただきました。ただし、東京や京都では手に入りません。


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 日本酒以外にも、梅酒やワインもあります。


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 もちろん、糖質のない蒸留酒のなかでは、焼酎が私の一番安心して、どこでも飲めるお酒です。あとは、今人気のウィスキーやブランデーも、蒸留酒なので糖質はありません。

 もっとも、私はそんなにお酒飲みではない上に、手術後は身体がお酒を受け付けないことがままあるので、気分転換という意味で、少量をできるだけ毎日飲むようにしています。
 主治医の岡部先生からも、私はストレスを溜め込むタイプなので、発散の意味からもお酒を奨めていただいています。

 こうした健康指向と言われるお酒がいろいろと手に入るようになることを、今後とも楽しみにしています。

2015年3月15日 (日)

京洛逍遥(347)お茶のお稽古の後に話題の下鴨神社へ

 昨夜は、自宅に来てくれた娘夫婦と一緒に、豆乳鍋をいただきました。
 賑やかに食事をするのは、何かと難のある我が身体にもいいことです。

 今朝は、多忙でお茶のお稽古ができない日々なので、娘が特訓をしてくれました。
 菓子器は、白山焼という焼き物で知られる藤川白鳳さんの作になる、宇治橋と柴舟が描かれたものを使いました。茶木さんのお店でいただいた、『源氏物語』に関する絵柄の器で、80年ほど前の作品のようです。


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 宇治橋と柴舟をテーマにしたものは、出光美術館所蔵の「宇治橋柴舟図屏風」(江戸時代、六曲一双)でよく知られるように、宇治十帖にイメージを通わすものです。
 気持ちだけでも『源氏物語』につながる演出になればと思っています。

 久し振りのお点前なので、横から娘に突っ込まれながらのお稽古です。


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 なかなか思うようにはできません。
 一通りお点前のおさらいをしてから、娘達が結婚式を挙げたことから親近感を一層深めた下鴨神社へお参りに行きました。

 御手洗川の辺に咲く光琳の梅は、今が満開です。


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 楼門を出て南に真っすぐ歩いて御蔭通りを渡ると、出町柳に向かう表参道の左右は、最近話題の区域です。


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 今月2日に、この境内の南側の一部を高級分譲マンションにする、という発表がありました。
 写真の左が老朽化のために取り壊しとなる研修道場で、右が今は駐車場となっている場所です。
 この世界遺産である「糺の森」の隣接地9600平米を、50年間の期限付きで貸し出すというのです。
 高さ10メートルの鉄筋コンクリート造り3階建てを8棟(計107戸)建設し、式年遷宮の費用を捻出するのだそうです。本年11月に着工し、2017年2月に完成する予定だとか。

 厳しい現実の中で、思いきった下鴨神社の決断には驚きました。
 しかし、いかにも京都らしくて違和感はありません。
 さて、どのようなマンションができ、この糺の森の景観がどう変化するのか、今から楽しみです。
 
 
 

2015年3月 1日 (日)

「京都視覚障害者文化祭典」で弱視の方のお点前をいただく

 あいにくの大降りの雨の中、バス停「千本北大路」を下るとすぐの京都ライトハウスで、「京都視覚障害者文化祭典」が開催されました。
 京都府視覚障害者協会の文化部が主催し、今回が25回目です。


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 障害を持つ児童や生徒のための近代的な視聴覚障害教育の機関として、1878年に「京都盲唖院」が日本で最初に設立されました。これが、現在は京都府立盲学校となっています。
 京都はいろいろな分野で、日本初とか発祥の地なのです。

 その学校のそばの千本通り沿いに、京都ライトハウスがあります。
 ここを以前に訪問した時のことは、「京洛逍遥(322)京都ライトハウスにて」(2014年06月12日)に詳しく書きました。

 今回のプログラムは、次のようになっており、私は午後の部に参加しました。

日時:3月1日(日)
会場:ライトハウス 4階 あけぼのホール

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 この演目の中で、「フィオリの会 群読、朗読」に興味を持ちました。
 東京弁の群読「最初の質問」ではシーンとしていた会場が、朗読劇「夫婦喧嘩の仕方」になると、来場の皆さんの笑いが絶えません。田辺聖子の作品なので、内容が軽妙であることに加えて、大阪弁への親しみが皆さんの共感を呼んだのでしょう。

 私の横におられた4人の男性で全盲の年輩者も、俯きながらも口元や目元は緩みっぱなしでした。含み笑いが、やがては声を出しての笑いに変わります。照れ屋なのでしょう。しかし、次第に顔が上がってきました。居心地のいい時間の中に身をおいておられることが、隣にいた私にも伝わってきました。
 司会の方も、「身につまされる話で」と、余韻をさらに盛り上げておられました。
 みなさん、思い当たることもあったせいでしょうか、大爆笑でした。

 また、バリトン独唱で「上を向いて歩こう」になると、自然と場内から手拍子が起こり、一緒に歌う方がたくさんいらっしゃいました。
 オカリナの演奏で「ドレミの歌」の時もそうでした。

 今日は、視覚障害者の方々やそれを支援なさっている方々が、日頃の文化活動としての成果をみなさんに披露なさる日です。
 出演者と来場者のみなさんが心温まる交流をなさる、いい文化祭典でした。
 私も、これまでに味わったことのない空気と時間の中で、ジンと来る所がありました。

 京都府視覚障害者協会の女性部の方が、「お茶席」(お茶券400円、季節の和菓子付き)を和室で設けておられました。早速、私もお茶をいただくことにしました。

 お手前は、弱視の方でした。先生が後ろに控えておられ、折々に言葉で指示を出しておられます。
 客は私だけだったので、いろいろと話をすることができました。


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 お手前は表千家で、2ヶ月に1回のペースでお稽古があるそうです。現在は、4人の方が習っておられ、全盲の方も多いようです。
 今日のお手前をなさった方は、3年ほどやっているとのことでした。少し陰にあるお茶道具を扱う時は、距離感がない上に見えにくいので大変です、とおっしゃっていました。
 確かに、棚に置かれていた棗や水差しの蓋を取るときは、身体ごと前に出して手をいっぱいに伸ばしておられました。

 一番大変だったのは、茶碗に抹茶を入れた後、茶杓を棗の上に置く時でした。なかなか棗の上の真ん中で茶杓が安定しないので、これが最難関のようでした。
 あやふやな所は後ろの先生に確認しながら、一生懸命に点ててくださったお茶を美味しくいただきました。結構なお点前でした。

 別の部屋では、編み物や手芸品の展示もありました。
 私が生まれてから大人になっても、母は毛糸でセーターやチョッキを編んでくれていました。
 亡くなった時に、あまりにも多くて、姉や妻と一緒にほとんどを処分しました。しかし、それでも今もいくつか残っており、冬には着ることがあります。

 手編みのセーターに没頭していた母を覚えているので、今回展示されていた編み物を見て、その編み目の細やかさや凝りように目を見張りました。
 楽しみながら仕上げられた作品のオンパレードでした。
 いいものを見せていただきました。
 
 
 

2015年2月24日 (火)

様変わりしたハリーポッターのキングス・クロス駅

 ケンブリッジからロンドンに出て来た朝、大英博物館へ行くのに不要となるキャリーバッグを、キングス・クロス駅構内にある手荷物預かり所に預けて出かけていました。3時間で6ポンド(1200円)です。
 これまでに、この駅に手荷物を何度も預けています。しかし、今回ほど利用料金が高いと思ったことはありません。円の力が弱っているからでしょうか。

 帰国の時間が近づいたので、大英博物館から歩いてキングス・クロス駅へと、預けておいた荷物を受け取りに戻りました。

 手荷物預かり所のそばは、黒山の人だかりです。何と、構内のホーム横にあったハリーポッターのカートが、現在は外のコンコースにあり、みんながそれを手で押して記念写真を撮っておられたのです。

 これまでに、私が知っているだけでも、2度もその設置場所が変わっています。
 以下の記事で報告した通りです。
 
「壁に取り付けられたハリポタのカート」(2009/2/17)
 
「ハリーポッターのカートが移動」(2009/9/20)
 
 そういえば、キングス・クロス駅に着いた時、たしかハリポタのカートが、と思いながらホームを歩いても、9番線がみあたりませんでした。


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 新しくなったキングス・クロス駅のコンコースには、ハリーポッターのショップが出来ていました。冷やかしに入ったところ、あまりにも値段が高いのですぐに出てきました。


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 そのすぐ横で、たくさんの人が壁に取り付けられたカートを押して記念撮影をしておられます。
 係員がマフラーを持ち上げて、映画の場面を彷彿とさせる演出をしておられます。


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 壁には、しっかりと「PLATFORM 9 3/4」というパネルが貼ってあります。


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 駅の構内の構造が、自由にホームに出入りできる形態から、新装後は自動改札が導入されました。そのために、9 3/4番線には切符がないと行けなくなったので、こうした移設がなされたようです。目まぐるしく変わるカートの場所も、ここが最終のポジションとなるようです。

 コンコース2階のテラスには、「わさび」というお寿司屋さんがありました。


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 このコンコースは、明るい近代的なセンスの雰囲気に様変わりしていました。
 私が今も糖質制限食を心がけていることと、回転寿司ではなかったのでパスをしました。
 情報を収集し続けている「世界の回転寿司屋マップ」も、今回は収穫はありませんでした。もっとも、3日の旅では、回転寿司屋さんどころではありません。

 帰りのヒースロー発の飛行機はJALの機体でした。これは快適です。往きとは大違いです。
 そのこともあって、帰りの便では糖尿病食をリクエストしていました。
 やはり、カロリーは控えめながらも糖質は高そうな、身体に悪いメニューでした。糖尿病にはよくない食事だと思います。糖尿病学会ご推奨の高糖質の食事を出し続けている航空機業界は、いつになったら糖質控えめの食事に改善されるのでしょうか。早く、気付いてほしいものです。

 離陸1時間後に出た食事では、マッシュポテトとパンと砂糖漬けフルーツ以外をいただきました。


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 何のことはない、白身魚、野菜のバター炒め、生野菜、ブドウを食べただけです。
 当然、すぐにお腹が空いたので、持参の「ソイジョイ(チョコレート味)」と「QBBチーズ」で餓えを凌ぎました。

 着陸1時間前の軽食は、パン以外をいただきました。
 これも、持参の食料でお腹を補いました。


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 往きと違い、日本人が中心となった客室クルーだったので、きめ細やかなおもてなしの心が感じられます。日本人の気遣いはすごいな、としみじみと感じました。教育の成果というよりも、日本の風土が本来持っているものが、こうした何気ないところに滲み出てくるのでしょう。

 帰りの機中では、持参していた仕事をこなすのに追われていました。それでも、映画は『舞妓はレディ』『紙の月』『ベイマックス』の3本を観ました。

 『舞妓はレディ』は大いに楽しめた音楽バラエティだったので、久し振りに印象深い映画との出会いとなりました。オードリーヘップバーンの『マイ・フェア・レディ』を彷彿とさせる、言語学者の位置づけがうまいと思います。周防正行監督は、『Shall we ダンス?』などでそのエンターティンメント性を発揮した方です。いい映画が出来上がりました。

 『紙の月』は、直木賞作家である角田光代の長編小説を映画化したものです。ただし、年下の大学生との不倫の設定に無理が露呈しています。金銭感覚の描写と、後半のまとめ方にも不満が残ります。出演者では、大島優子は論外として、主役の宮沢りえよりも小林聡美が印象的ないい演技をしていました。

 『ベイマックス』は中身のない押しつけがましい物語だったので、観るだけ時間の無駄でした。ディズニーは日本人を腑抜けにする装置としての遊園地運営と共に、映画も私にとっては観る価値のないものに成り下がっているようです。これも「アメリカ抜きで考える」という点では、1つの教材となりそうです。
 
 
 

2015年2月19日 (木)

おもてなしの心がほしい英国航空

 今回乗ったのは、JAL便といってもブリティッシュエアウェーズとの共同運行便でした。客室乗務員は、私がいたエコノミーエリアでは、日本人が1人だけでした。後の4人は英国の方のようです。

 食事の時も、当然のように英語で聞かれ、片言の英語で答えました。定型文しか喋ることができない私の英語力でも、場数というのでしょうか何とかなっています。

 昼食は日本食を選びました。


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 今回は、糖尿病食はお願いしていません。機内食としての糖尿病食は、日本糖尿病学会の指針に基づいたものなので、カロリーが少し低いだけで、炭水化物はふんだんに盛られています。
 血糖値の急激な上昇に気をつけている私には、飛行機で出る糖尿病食はまったく無意味なものです。そのことがわかったので、もうスペシャルミールとしての糖尿病食を頼むのはやめました。

 海産物のおかずは、すべていただきました。野菜がもっとほしいところです。

 ご飯は、ベチャベチャしていて、芯もありました。食事のことで苦情は言わないようにしています。しかし、これは酷くて、とても食べられたものではありません。

 日本発の便なので、いくら英国航空だとはいえ、お米の炊き方くらいは日本式にできたはずです。こんなご飯を平気で出すようでは、おもてなしの心とは無縁の、餌の給付です。

 ロンドンに到着する前の軽食は、豚肉にあんかけでした。これも、ほとんどいただけませんでした。というよりも、気分が悪くなり、食べるのを中止しました。

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 今回は、体調が優れないままに来たので、こうした食事には身体が敏感に反応します。

 帰りは、イギリス発とはいえJALの便なので、こんなお米の炊き方をしたご飯は出ないことでしょう。
 
 
 

2014年12月30日 (火)

歳末に河内高安の里へ墓参

 今日は風が少し温く感じられる歳末となりました。
 鷺と鴨も、ゆったりと賀茂川で年の瀬を迎えています。


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 今年の夏も如意ヶ岳の送り火で賑わった大文字は、人に気付かれまいとするかのように、静かに新年を迎えようとしています。


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 京阪の出町柳駅から大阪京橋駅と鶴橋駅、そして河内山本駅と乗り継いで、我が家のお墓がある終点の信貴山口駅に着きました。2時間の小旅行です。


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 お墓をきれいにし、お花とお菓子をお供えしました。
 少し曇っていたこともあり、眼下には淡路島や四国を望むことはできませんでした。
 手前に、私が通った南高安小学校と南高安中学校の跡地が見えます。


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 帰りの鶴橋駅前で、いつものように回転寿司をいただきました。ここは、ボリューム満点の海鮮サラダがあるので気に入っています。


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 ほとんどのお寿司屋さんでは、サラダを置いていません。しかし、お寿司の健全な発展の観点からも、ぜひサラダを置いてほしいものです。お店でサラダのことを聞くと、小馬鹿にした対応をされる寿司屋さんが大半です。しかし、いずれその勘違いに気付かれると思います。
 お寿司屋さん、一日も早く気付いてください。もし意地でも置かないというのであれば、野菜を取り入れたお寿司を何か一つは考えて用意しておくべきです。

 日本のお寿司は、日本固有の文化を体現するものということに拘った頑固さと、食通を自認する人が回転寿司を極端に軽蔑した結果、世界的に寿司文化から取り残されてしまいました。日本でのお寿司は、ガラパゴス化し、世界的には孤立しています。微かに、プライドだけで和食という看板にしがみついています。痩せ我慢はもういいと、私は思っています。

 サラダについては、日本でお寿司が生き残りるためにも、ぜひとも意識して置くようにしてほしいものです。いつもの持論ですみません。

 帰りの京橋駅の広告で、「あびこ観音」への初詣の看板をみかけました。
 ここに「あびこ」という平仮名が書かれています。この「び」の字母は何でしょうか。


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 私は、変体仮名の翻字の説明をする時に、「ひ」の字母について、1つの点で始まったら「比」、2つの点で始まったら「飛」が字母である可能性が高い、と言います。
 そう思って見ると、この「あびこ」の「ひ」は、2点ではじまると見られるので、この「ひ」の字母は「飛」かと思われます。しかし、中盤からこの字母は「比」となっています。

 もちろん、平仮名の字母を特定できない字体は多いので、これも芸術的に字母の混在を意識したものだとか、無意識にこうなったとも言えるのかもしれません。しかし、この「あびこ」の「ひ」を、私は悩ましく見てしまいました。それだけ、平仮名の字母など関係ない、「ひ」という音さえ伝わればいいということなのでしょう。

 明治33年に、平仮名は1文字に限定して国民に強制し統制されてきました。その日本語の歴史の中を生きる現代人にとって、今の1字1音で不便は感じていないと思われます。しかし、まだこの平仮名は、たかだか100年ほどの歴史しかないものです。
 将来、子孫に矛盾の多い平仮名を使って何とも思わなかったことを笑われないように、それなりの理論武装をしておく必要を痛感するようになりました。
 これは、明治33年に平仮名から外された変体仮名のありように関する問題です。この1字に統制された背景については、今後とも調べていきたいと思っています。

 帰りに、賀茂川と高野川の合流地点である出町柳で、北山を遠望しました。正面の三角州の向こうには糺ノ森が広がり、その奥に下鴨神社があります。
 今年も、元日の初詣は下鴨神社にお参りする予定です。


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 お節料理の買い物は、鯖街道の終点である出町の桝形商店街でしました。
 花屋さんの軒先に、今日行った高安から信貴山を越えた大和平群の菊が積まれていました。
 北の若狭ではなくて、南の大和から運ばれてきた菊なのです。
 高安も平群も、私が長く住んだところなので、これも縁だと思い写真に収めました。


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 今年もあと1日となりました。
 息子がお節料理を作る手伝いに来てくれました。
 慌ただしく今年も暮れていきます。
 
 
 

2014年12月23日 (火)

お茶のお稽古の後に視覚障害者のことを想う

 9月以来のお茶のお稽古です。
 毎年、炉の季節になると学会シーズンと重なり、なかなかお稽古に行けません。
 久しぶりに来ると、平群町に名所旧跡の案内標識が増えていました。


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 コミュニティバスが、相変わらずえっちらおっちら坂道を登っています。


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 今日は、花月のお稽古です。
 数人で折末に入った木札を取って役割を分担する、ゲーム性を取り入れたお茶が楽しめます。
 もっとも、まだ見よう見まねの私は、言われるがままにお茶をいただき、席を替わっていました。
 それでも、しだいに参加者の役割がわかってくると、多くの要素が盛り込まれていて、いい勉強になります。状況に応じた自分の役割というものを学ぶ、修練の要素が強いものだと思われます。

 花月が終わってから、丸卓を使った薄茶のお稽古もしました。
 久しぶりながらも、流れがわかってきたので、次は何をするのかはほぼわかってきました。ただし、それがスムーズにいかないのです。考え考えなので、まだまだです。
 お稽古の回数を重ねて、身体で覚えるしかないようです。と言うよりも、なかなか時間が取れないのが課題です。

 お稽古の後にいろいろな話をする中で、目の見えない方はお茶はできるだろうか、ということになりました。火傷をしたら大変だから、ということに落ち着きます。
 ところで、茶人で目が見えない方は、過去にいらっしゃったのでしょうか。
 また、現在お稽古をしておられる方は、どうでしょうか。

 早速いろいろな情報を集めてみたところ、全国各地で視覚に頼らない茶道を楽しむイベントがあることを知りました。ただし、いずれも体験してもらう、という趣旨での企画のようです。

 かしかに、お茶を点てるのは、視覚に頼る動作が多いので困難を伴うことが多いと思います。しかし、お手前をいただくことにおいては、目が見えなくても何も問題はありません。

 それよりも、本当にお茶を点てることはできないのだろうかと考えると、お点前を工夫するとできそうです。というよりも、すでになされていることでしょう。

 お茶道具が置かれたり置く位置は、畳の何目空けた場所などなど、決まっていることが多いのです。自分が座っている場所や向きも、一応の了解事項の中で進行していきます。
 物と自分の間合いがわかっていれば、見えなくてもお茶の作法は特別なことではなくなります。約束事の中に、物があるのです。空間の中の自分の立ち位置がわかれば、それでお茶を点てたりいただいたりできるはずです。

 こんな疑問を持ち出したのを機に、少し調べてみようと思います。

 帰りの京都駅前では、ちようどアクアファンタジーが始まっていました。


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 冬の夜空に飛び跳ねるレインボーカラーの水芸。
 前景にはLEDの電飾をまとった冬枯れの枝々。
 背景には蝋燭をイメージした京都タワーが一本。
 この街は新旧の文化が混在して息づいています。
 摩訶不可思議な光景が駅前の広場に展開します。
 
 
 

2014年11月 8日 (土)

源氏を読む会の中止と区切り目の年へ突入したこと

 今日はいつものように、京都御所の南にあるワックジャパンで、『ハーバード大学本『源氏物語』「蜻蛉」』と『十帖源氏』を読む会がある日でした。
 しかし、みなさん多忙なのと体調不良の方が多かったので、残念ながら急遽中止としました。少人数での談話会形式なので、こうしたこともあるのです。

 午後の勉強会に先立ち、お昼は食事会がセッティングされていました。
 ちょうど私の誕生日と結婚記念日が同じ日なので、そのお祝いの会です。

 昨年は、梅田でお祝いをしてもらいました。「懐石料理を堪能」に記した通り、身体に優しいおいしい食事でした。

 その昨年の記事だけでなく、これまでに何度も、18歳の時に十二指腸潰瘍穿孔性腹膜炎(胃穿孔)のために胃の3分の2を切除したことを書いてきました。
 毎度の繰り返しとなりますが、今から45年前に手術後にお医者さんから、「無責任」「臓器の耐用年数」「45年」という言葉をいただき、以来、その言葉が私の生活を無意識に縛っていました。
 上掲「懐石料理を堪能」でも書いたように、今日からは、設定されたタイマーが365のカウントダウンを始めます。

 お祝いの食事会は、娘が用意してくれました。すぐにワックジャパンへ行けるようにと、御所のすぐ南にある京都地方裁判所東向かいの「京料理 夢懐石 谷ぐち」でした。


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 写真の左側に丸太町通りがあり、その奥が京都御苑の木々です。

 イタリア風の一角で、斬新な京料理「御所車」をいただきました。
 勉強会は中止となったこともあり、午後のことを気にせずにゆったりといただけたので、私にもすべて食べられました。


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 最後に娘がとり出したのは、いつものように『源氏物語』に関する和菓子ではなくて、数字が載ったものでした。


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 今年も妻は仕事の都合で来られませんでした。来年は、何とか実現させましょう。
 後でわかったことですが、このお店の御主人は下鴨茶寮にいらっしゃった方で、奥様はワックジャパンでもお仕事をなさっているとか。それを知っていたら、またお話のしようがあったものを。また行くことにします。

 食後は、東京からのお客人をワックジャパンへ案内し、今後のイベントなどで活用するための下見をしてもらいました。

 自宅へは、京都御苑を通り抜けて帰りました。


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 上の写真は、北山を望んでいます。車はパトロール中の皇宮警察です。

 南東角にある仙洞・大宮御所の北壁沿いに如意ヶ岳の冬の大文字は、今日はこんな感じに見えました。


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 賀茂川に架かる葵橋からみた如意ヶ岳も写しました。

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 ここから北山は、こんな感じに見えます。


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 この橋の袂で、手にしていた食べ物を大きなトンビに、あっという間に攫われてしまいました。目にも止まらぬ早業で、初めての経験です。頬を羽が掠めた程度で、危害は受けませんでした。しばし、何が起こったのか呆然です。油断も隙もありません。
 記念すべき日にふさわしい、注意を怠るなというメッセージだと思うことにします。

 ワックジャパンでの『源氏物語』を読む会は中止となりました。しかし、私にとってはいい記念すべき日であり、区切り目となる日となりました。

 姉と娘夫婦、そして東京からのお客人に、それにも増して同席できなかった妻に感謝します。
 これからも折々に助けてください。
 
 
 

2014年10月19日 (日)

京洛逍遥(340)樂吉左衞門さんのお茶会に行って樂茶碗を堪能

 今朝は、肌寒い川風の中での賀茂川散歩となりました。
 紅葉はまだまだです。


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 いつもより多くの鴨たちが遊んでいました。


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 川鵜がたくさんいたのは、季節の変わり目だからでしょうか。


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 一羽の鷺が樹上にいるのを見かけました。左側に比叡山が見えています。


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 しばらくすると、さっと飛び立ちました。いつもこんな高いところにいるのか、初めて見たのでその習性はよくわかりません。


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 午後からは、樂美術館の茶室で催された特別鑑賞茶会に出席しました。


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 樂美術館がご所蔵の品々を使ってのお茶会です。
 当代(15代)樂吉左衞門さんが亭主をつとめられ、薄茶をいただきながら、樂茶碗を中心とした作品の詳しい解説などをうかがいました。
 私は「伊羅保写茶碗(十代旦入作)」というお茶碗で薄茶をいただきました。

 轆轤を使わず、手びねりで茶碗を作られる話を、興味深く聞くことができました。

 また、樂美術館で開催中の「樂家五代宗入生誕350年記念 秋期特別展 元禄を駆け抜けた雁金屋の従兄弟ども 「樂家五代宗入と尾形乾山」展」(2014年9月12日(金)〜12月7日(日))に関連して、尾形乾山と樂宗入の作品の解説も、実物を見た後だったのでよくわかりました。

 吉左衞門さんのお話を聞きながら、鳥越碧の小説『雁金屋草紙』を読んだことがあるのを思い出しました。尾形光琳と乾山兄弟の話だったことは覚えています。しかし、茶碗師樂家の五代目である宗入が、光琳・乾山と従兄弟だったことなどは、読んだ当時は興味と感心が薄かったせいか、まったく記憶にないのです。これは、あらためて再読しなくてはいけません。

 そう思って自宅の書棚を探しました。しかし、奈良から京都の北区へ、そしてこの左京区へと何度か引っ越しをしたので、大量に処分した本の中にあったのでしょう。特に読み物はほとんど廃棄したので、残念なことをしました。機会があれば、もう一度読んでみます。

 お茶会が終わってから、素人でも吉左衞門さんに直接お尋ねしてもいいようだったので、お話の中にあった、茶碗を焼く炭が均一化している風潮の功罪についてうかがいました。突然の質問にもかかわらず、懇切丁寧に教えてくださいました。

 私は、炭が均一化しているのは、火力をコントロールしやすいので、思いのままの茶碗が焼けるのでは、という素朴な問いかけをしたのです。それに対して吉左衞門さんは、人間がわかる範囲での仕上がりはしれたものであり、自然が生み出す偶然の方が遥かにすばらしいものになりうることの意義を語ってくださいました。人知を超越した次元で生まれる作品のおもしろさをおっしゃっていたように思います。
 人間がわかってやることの限界を教えてくださった、と思っています。
 ありがとうございました。

 今日は、朝から体調がすぐれず、美術館を出た直後にお腹が急激に痛くなりました。
 心配してくれた娘夫婦が、タクシーで我が家まで送ってくれました。そして、小一時間ほど身体を休めると、少しお腹が落ち着いて来ました。近所のスーパーへ一緒に買い物に行き、お腹を暖めるといいからということで、鍋料理を作ってくれました。
 わいわい話ながら食事をすると、体調もやがてよくなりました。
 こんなことがたまにあるので、仕事帰りなどに、みなさまと外食がしにくいのです。

 明日は京大病院で検査と診察があるので、今夜は早めに休むことにします。
 
 
 

2014年10月18日 (土)

京洛逍遥(339)賀茂川での呈茶と長生堂の和菓子

 昨夜自宅の玄関を入ると、家の中がひんやりとしていました。
 夜中に寒さで目が覚めたため、ごそごそとガスストーブを引きずり出しました。
 紅葉にはまだ早いのに、暖房に気が向く季節となったのです。

 夕刻、賀茂川散歩に出かけました。北大路橋のたもとで、何度か紹介している方がお茶を点てておられました。


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 風か冷たくなってきたのにもかかわらず、通り掛かりのお客人を呼んで、話をしながらの呈茶です。
 私もいただこうと思いながら、なかなか声をかけて座る勇気がでません。
 いつか頂戴するつもりです。

 明日は樂美術館で、特別鑑賞茶会があります。吉左衞門氏が亭主をつとめられるとのことで、娘の婿殿が楽茶碗に凝り出したこともあり、お付き合いで同道することになっています。
 明日の朝、我が家で予習をしてから行きたいとのことです。
 お菓子の用意を、とのことなので、散歩の帰りに近所の長生堂さんで、いつもの和菓子をいただきました。

 このお店は、天保二年創業の「長久堂」で修業された菊次郎さんが四条大宮に「長生堂」を開かれ、今この北大路植物園前に移転後も続くお店です。
 ご主人も奥様も話しやすい方なので、急なお客さんの時などにいただきに行きます。
 閉店直前だったので、適当に季節の主菓子と「松茸松露」を見つくろって来ました。


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 もう寒くなったので、一晩ならタッパーウェアに入れて冷蔵庫の野菜室でも大丈夫ですよ、とのことでした。

 お茶とお菓子をいただくだけで、いつもと違う空間にいる気持ちになるから不思議です。
 さて、明日はどんなお茶会なのでしょうか。
 数百年前の楽茶碗でいただけるとか。
 それが楽しみです。
 
 
 

2014年9月30日 (火)

カナダからの帰りの機内は気忙しくて

 JALの帰路便も、きれいでゆったりとした機内でした。
 ただし、帰りも糖尿病食をリクエストしていたのに、これでは血糖値が上がるだけのメニューです。


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 糖質制限をしている者には禁断の食事です。これは、カロリー制限食であり、血糖値が上がり下がりする、グルコーススパイクを起こしかねない食事です。

 この食事が運ばれる前に、ドリンクのサービスがあった時でした。
 前の方にビールを渡される時に、手が滑ってビールか何かが飛び散りました。アテンダントの方は、必死になってオシボリを使ってその対処をしておられます。何度もお詫びを言っておられました。

 その時に、真後ろにいた私の膝やバッグもとばっちりを受けました。しかし、アテンダントの方は、前の方の対応ばかりで、私の方はチラッとでもご覧になったのかどうか。何もなかったと思われたようです。

 その後も、前の方にだけは丁重な対応をしておられました。しかし、同じように被害を被った私には、まったく何もありません。自分で汚れは拭き取りました。機内持ち込みのカバンから大量のティッシューを取り出すのに苦労しました。

 その後、客室の責任者の方が、前の方に丁重なお詫びにいらっしゃっていました。その後も、3人のアテンダントの方が、頻繁に入れ替わり立ち替わりご機嫌伺いをしておられます。執拗なまでのご機嫌とりが、飛行機を降りるまで続きました。
 しかし、同じようにとばっちりを受けた私には、何もありません。

 前の方にそのような対応をするなら、私にも何かあっても、という気持ちに、しだいになりました。同じ被害に会っているのに、まったく無視をされるのは、気持ちのいいものではありません。
 私も同じような被害者だ、とことさらに言うのも変だし、意思表示は難しいものです。

 どうでもいいことです。しかし、あまりにも対応に違いがあると、いい気持ちはしません。JALにも、こんなに鈍感なアテンダントの方がいらっしゃるのです。

 また、そのアテンダントの方はその後に、私の横にペーパーナブキンを落とされました。しかし気付かないようなので、拾ってその方に渡しました。しかし、「どうも」とか「ありがとう」の一言も言葉がありません。自分が落としたのではなくて、私が使い終わったものを渡したのだ、と思っておいでのようでした。

 今回のフライトでは、こうしたネタに事欠きません。こんなことも。

 ドリンクをいただいた時、おかきとピーナッツが入った小袋を渡されました。また、食後にはアイスクリームを置いて行かれました。共に、炭水化物の塊です。
 来るときのJAL便の機内では、おかきもアイスクリームも、私だけには配られませんでした。シートに糖尿病食のシールが貼ってあるので、アテンダントの方は私には不要だと気を利かせてくださったのです。

 それが、帰りの便では、シートに糖尿病食のシールが貼ってあるにも関わらず、2つとも置いて行かれました。
 おそらく、炭水化物に関する知識がない方なのでしょう。いちいち不要ですと言うのも面倒なので、置かれたおかきとアイスクリームは、私の視界に入らないように始末をしました。

 日本に近づいて軽食が配られた時、今度は周りの方々にはドリンクが配られたのに、私にだけは何を飲むかも聞かずに通り過ぎて行かれました。日本茶かコーヒーをいただきたかったのに、お願いするタイミングもありませんでした。かといって、わざわざ呼び出しボタンを押して呼びつけるのは躊躇われます。
 全粒粉のパンを使った野菜サンドです。


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 粉っぽいので喉を潤すものがほしいところでした。しかし、何か言うのも対応がトンチンカンだとかえって疲れるので、我慢をして飲み物なしで食べました。このパンは喉につかえます。

 かと思うと、着陸前に、前の席にいらっしゃった方のお子さんが大声でぐずつかれたのです。それまでにも二三度あり、ご両親が後に連れて行ってあやしておられました。
 それが、この時にはその周辺に座っていた乗客のみんなに、何と耳栓を配り出されたのです。
 私は子供をあやしておられる方への気遣いもあり、厭味のように耳栓を受け取るわけにもいかず、けっこうですよ、とお断りしました。
 機内で子供が泣き叫んだときに、このように耳栓を配られた経験ははじめてです。そんなものが用意されていたのですね。
 最近は、新幹線の中で傍若無人に走り回り、泣き叫ぶ子供が増えています。あの対策の方が急を要することだと思います。

 何とも、気持ちを安らかにして休む暇もないほどに、何かと気忙しい思いをした帰路便でした。
 そんなこともあり、映画を観ることで気を紛らわせました。

 映画は、「ゴジラ」、「超高速! 参勤交代」、「女子ーズ」の3本を観ました。

 「ゴジラ」は退屈極まりない駄作でした。この映画は、妻への愛と親子の情愛が前面に出ています。しかし、この映画に期待したのは、それだけのテーマではないように思います。
 本作品では、放射能の恐ろしさは、その背面に退避しています。日本に原爆を落とした国が、あの時の無神経な意識のままの鈍感さで作った映画です。原爆の恐ろしさには無自覚です。その愚かさに、せっかくのゴジラが果たすべき役割が死んでいました。ゴジラからのメッセージも希薄です。渡辺謙はなぜこんな映画に出演したのでしょうか。残念でした。【1】
 
 「超高速! 参勤交代」は、最初のナレーションの語り口が馴れ馴れしくて下品でした。パロディとしてスタートしたかったのでしょう。しかし、私にはそれが耳障りでした。
 作品自体はよく出来ていて、おもしろく観ました。度重なる危機を、知恵と勇気と幸運が手助けをしてくれます。
 知恵の力で難局をみごとに乗り越える、まっ正直人間の本領発揮の物語です。常に前向きで、爽やかでもあります。【5】
 
 「女子ーズ」は、脱力系ながらも楽しめる佳作です。地球の平和のために、5人の女の子のヒーローが怪獣たちと闘います。闘うまでの、怪獣たちとのやりとりは秀逸です。女の子の言い分を理解して、暇そうにダラダラと時間つぶしをする怪獣たちの様子がいいですね。登場人物や怪獣たちの掛け合いが、緩急自在に生き生きと描かれています。
 女の子たちの仕事や興味の話が、少しくどいかと思いました。しかし、傑作映画だと言えるでしょう。もう一度観たい、と思っています。【4】
 
 
 

2014年9月28日 (日)

バンクーバーで豆腐牛丼を食す

 移動中の駅で、駅員さんと盲導犬に挟まれるようにサポートされ、エレベータに向かう方を見かけました。
 足元の黄色い線は、日本でみかける凸型の突起がありません。フラットです。どのような仕組みになっているのか、写真を見ながら、今そのことに気付き興味を持っています。

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 ウォーター・フロント駅前の地域は繁華街ということもあり、お寿司をはじめとして日本食や寿司屋さんが目に付きました。


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 その中でも、おいしそうな丼物屋さんがあったので入りました。


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 中の雰囲気からして、日本人を意識したお店だったので、糖質制限食を作ってもらえないかと聞いてみました。すると、私のリクエストをすべて叶えたものが作ってもらえたのです。これで、15カナダドルです。


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 このお店にとっても、前代未聞の特製豆腐牛丼です。ようするに、もめんの冷ややっこと牛皿とシーフードサラダなのです。エクストラ料金はとられませんでした。
 帰りに少しチップを多めに渡し、というか空き缶に投入し、作ってくれたお兄さんにお礼を言ってから店を出ました。

 私は、チップは極力渡しません。チップが生活費の足しになっている、と言う方がいます。この国は、15パーセントのチップが一般的なようです。しかし、私はそれは甘えを助長することであり、依存体質に手を貸す悪しき観光客に成り下がっていると思います。インドがまさにその典型です。外から来た者がお金をばらまく行為は、その国をやがて疲弊させます。

 生活費に関することなら、経営者との労使交渉で解決すべきです。それを、店側が観光客にたかるのは筋違いです。
 実は、チップが足りないと言って、こちらが出したお金を拒否した中華料理店がありました。アホか、と思いましたが、言ってわかる人たちではないので、あげたくもないチップを軽蔑の気持ちを込めて出しました。

 そのビール会社の名前を冠したお店は、ガイドブックに紹介されている程の人気の中華料理店でした。しかし、強引にむしり取る行為は、観光客の見せかけの善意に擦り寄った、喜捨の強要にしかすぎません。これは、民族性の問題に加えて、甘えの体質にマヒした現象だと思われます。自助努力の履き違えです。

 今回入った「きたの丼」というお店は、レジの横にチップを入れるための空き缶がありました。
 私は帰りがけに、自らの意思で、感謝の気持ちを込めて、目安とされている15パーセントよりも多めのチップを投入しました。
 
 
 

2014年9月 7日 (日)

平安絵巻の岡崎から信貴山縁起絵巻の平群へ

 岡崎公園の中にある京都府立図書館で借りていた本は、過日東京からネットで延長手続きをしていました。しかし、今月から来月にかけての週末は、すべて予定が詰まっています。直接返却に行けません。自宅近くにある京都府立総合資料館に返却することも出来ないようなので、自転車を飛ばして岡崎へ行きました。

 図書館がある平安神宮周辺は、秋の観光客で大混雑しています。のんびりと旅をしたいなーっと思いながら、しばらくは館内で調べものに没頭しました。

 午後は奈良でお茶のお稽古があるので、京阪三条駅の駐輪場に自転車を置きました。12時間で200円です。

 京阪三条駅から丹波橋駅まで出て、そこから近鉄に乗り換えます。さらに、大和西大寺駅と生駒駅で乗り換ると、目的地である元山上口駅へ行けるのです。

 今日は、茶箱を使った卯の花と、前回同様に運びの薄茶のお稽古をしました。
 卯の花は、かつて一度だけやりました。袱紗を腰に着けないことや、柄杓を使わないことなど、細かなところが違います。その微妙な違いが、中途半端に知っていることと混乱するので、かえって悩ましいことになるのです。
 薄茶は4人分点てました。回数を重ねると、自然と身体に染み込むものがあります。

 お稽古が終わってから、『利休百首』(井口海仙著・綾村坦園書、淡交社、平成23年1月30版)を読みます。今日は、


棗には蓋半月に手をかけて
  茶杓を円く置くとこそしれ (44頁)

でした。

 みんなで唱和します。テキストの変体仮名を目で追いながら読み上げていたところ、最後の「れ」の仮名に目が留まりました。この「れ」の字母は何だったのだろうかと。
 その時はわかりませんでした。しかし、帰ってから調べる前に、一緒にお稽古をしている仲間からすぐに「麗」であることを教えていただけました。感謝です。

 帰ってから、早速『五體字類』(高田竹山、東西書房、昭和51年6月47版)を見ると、次のようにありました。
 写真の右が『利休百首』の「置くとこそしれ(置久止己所志麗)」の部分です。
 左は『五體字類』の「れ」の項目で、「連 俊  麗 行  麗 俊」とあります。「俊」は藤原俊頼、「行」は藤原行成の手であることを示しています。


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 鎌倉から室町にかけての変体仮名は読む機会が多いのに、平安時代の仮名にはあまり親しんでいなかったことに気付かされました。いい刺激です。またまた感謝。

 お稽古帰りには、娘夫婦と生駒駅そばの居酒屋で軽く呑みながら話に華を咲かせました。

 生駒駅の南側からケーブルカーが生駒山・宝山寺まで延びています。その線路脇に、息子2人が生まれた産婦人科があります。20年以上も前の記憶と懐かしさを頼りにして、生駒駅南のぴっくり通りを歩いてみました。しかし、日曜日ということもあってか、ほとんどがシャッターが降りていました。閉店したお店も多いようです。

 この一帯に活気がないので、駅に隣接する「グリーンヒルいこま」へ行きました。
 3階の一番奥にあった「味楽座」でも、通路を隔てた南側の別館に入りました。ここは、なかなかおいしい魚料理を出してくれました。「ウナギの白焼き」と「とんぺい」が気に入りました。

 実は帰ってから、何気なく「味楽座」を調べていてビックリ仰天しました。今日入った「味楽座」の別館は、かつて「寿がきやラーメン」があったところだったのです。あの「寿がきやラーメン」には、子供たち3人を連れてよく来ました。今は「グリーンヒルいこま」を撤退して、西大寺の「奈良ファミリ―」に入っているそうです。これは、いつか家族みんなで行く価値がありそうです。

 私は1人で食事をすると、よくお腹が痛くなるため、誰かに付き合ってもらうことが多くなりました。娘夫婦は、その犠牲者だといえます。しかし、イギリスのことや外国語の話に始まり、目の不自由な方々と写本を読む方策についてまで、いつもながら多彩な話で止まりません。
 自転車を取りに三条駅に戻り、駅前のブックオフに立ち寄ったのは23時少し前でした。11時間も自転車を預けていたことになります。フルに駐輪したことになりました。
 
 
 

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2014年8月17日 (日)

婿殿の家族と一緒に納涼茶会

 京都五山の送り火の人出は、昨年の半分の4万人だったそうです。連日の大雨の影響です。
 また、昨日が最終日だった下鴨納涼古本まつりの会場である糺ノ森では、お昼には膝下まで水につかるという事態になっていたのです。近くに住みながら、そんな局所的な豪雨になっていたとは、朝刊を見るまで知りませんでした。近年稀に見る風雨被害が市内各所で続出していたことが、大々的に報じられています。今日も、北部では夕方にも大雨警報が出ていました。

 そんな異常気象の中、昨日の如意ヶ岳の大文字は、奇跡的に幻想的な送り火が見られたことになります。ご先祖さまへの思いが伝わったのです。

 一転、今日は暑い一日でした。そんな中を、いろいろと身支度をして東大阪へ急ぎました。
 東大阪市民美術センターの中に日本庭園があります。その中にお茶室の「舞風亭」があるのです。そのお茶室で、婿殿のご家族と一緒にお昼をいただきながらの納涼茶会を、娘たちが計画してくれたのです。日ごろは、両家ともに何かと多忙で、なかなかゆっくりとお話をすることもできません。これはいい機会となりました。
 子供たちの粋な計らいです。

 花園ラグビー場は、知る人ぞ知るラグビーのメッカです。この近くの高校に、私は5年間勤務していました。家庭訪問でこの地域は飛び回っていました。しかし、このラグビー場に来るのは初めてです。


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 前方が京都方面、右手は信貴生駒連山です。右の生駒山の山向こうに、20年近くいたのです。

 お茶室へは、この入口から入ります。

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 床には「室閑茶味香」と書かれた軸が掛かっていました。
 一輪挿しと木槿の花は、京都の家から持って来たものです。


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 食事は、婿殿の幼馴染みがやっている日本料理屋さんで、過日も行った「錦」から届けていただきました。真ん中手前にある鱧の湯引きは、私からのリクエストです。


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 お茶は葉蓋のお点前です。
 梶の葉も、京都から持ってきました。
 この時には、建水の中に入っています。


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 途中で娘と代わり、私も何服か点てました。
 喋りながら、聞きながらのお点前なので、楽しい納涼茶会となりました。
 
 
 

2014年8月 3日 (日)

花園大学での精進料理の公開講座に参加

 JR嵯峨野線円町駅の近くにある花園大学で、京都学の公開講座が3日間開催されていました。今日の最終日は興味のあるテーマがあったので、聴きに行って来ました。


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 この公開講座は「京都の底力」というイベントで、8月1日から今日までの3日間、1日2つ都合6つの講座が無料で公開されました。これは、花園大学のオープンキャンパスと平行して開講されているので、大学のピーアールも兼ねての企画のようです。

 今日は、臨済宗徳寿院住職の山崎紹耕先生による、「精進料理の中に見る京都学」というタイトルの講演がありました。
 山崎先生には、『典座さんの健康料理 禅宗700年 食の知恵』(小学館101新書、2009年8月)というご著書があります。私は読んでいませんでした。帰ってから確認すると、本日のお話は、この本に書かれたことを元にした内容だったようです。

 まず、精進料理の歴史が確認されました。そして、食材を生かした調理について、禅宗で食事を担当される「典座」という方々の話を通して、食事と健康生活について話されました。

 実際にピリコンという、少し辛いコンニャク料理を参加者全員に配られ、それを食べることで食の意味を一緒に考えるようになっていました。ただし、このコンニャク料理を食べさせていただいたことと、今日のお話の接点とは、あまり明瞭ではありませんでした。

 話は、山崎先生が実際に禅宗の道場で修行した体験談が中心でした。
 わかりやすく語りかけておられたので、聴きやすいお話となっていました。

 ただし、参加者へのおもてなしの配慮が少し足りなかったように思いました。
 いくつか気になったことを、メモとして記しておきます。
 まず、ステージにスクリーンが2つ設置されていました。しかし、そこに映されていたのは、講師のご著書の紹介の一部が、他の方の著書と一緒にずっと映っているだけでした。仕掛けとしてはもったいないと思いました。

 また、参加者の手元には、講演内容に関する印刷物が何も配布されませんでした。実際にはわかりやすい話でした。しかし、書いたものがなにもないと、演壇を見続けるしかありません。といっても、講師は座ったままでマイクを握り淡々と語りかけておられます。禅宗のお坊さんのお話だとはいえ、聴衆に対しては、飽きないように視覚的な動きがあってもいいと思いました。

 講演の最後に、京都学の線引きとなる、伝統の保存と排除の問題点についてのまとめがありました。
 さまざまな例をあげてお話をなさった最後に、どちらをえらぶかという問いかけで終わりました。聴衆に二者択一を投げ掛けるだけで終わるには、もったいないお話だったように思います。

 さまざまな興味を持つ多くの聴衆を相手に語る場合、気配りやおもてなしの精神は大事だと思います。
 また、会場の整理にあたっておられた禅僧の方の言葉遣いの乱暴さと、司会者による開講のあいさつや、講演終了直後に非常に個人的な質問で終わったことなどなど、もったいない講演会だったとの印象をもちました。

 お話を伺いながら失礼な評言で申し訳ありません。しかし、広く聴衆を集めて開催するにあたっては、お話の内容以上に来場者への心遣いも大事であることを、こうした機会に学習することとなりました。

 なお、精進料理のことについては、以下の記事で佛教大学の公開講座の話をまとめています。こちらもご笑覧いただければ幸いです。
 
「精進料理の思想を学ぶ」(2010/7/31)
 
「茶事懐石料理の歴史と作法を学ぶ」(2010/8/21)
 
「日本食から見える日本文化を学ぶ」(2010/9/18)
 
 
 

2014年8月 2日 (土)

お茶のお稽古と鱧料理と近鉄特急

 小雨の中を、大和平群へお茶のお稽古に行きました。

 今年はよく台風がやってきます。これが去っても、またすぐに次が来るようです。予測のできない天候が続いています。
 ただし、私にとっては遠出となる奈良でのお稽古なので、炎天下よりも多少蒸し暑くても体温が下がる方がありがたいのです。

 今日は、洗茶巾のお稽古をしました。
 茶碗の中へ半分に畳んだ茶巾を置き、そこに水を満たします。そして、茶筅をセットして、これでスタートです。

 茶碗に水が入っているので、両手で扱います。水をたっぷりと含んだ茶巾をお客様の目の前で絞ることと、茶碗いっぱいの水を建水に捨てる時の音で、夏の涼しさを演出するのです。
 ほとんどが運びの薄茶と同じなので、前回同様にお点前の流れは摑めました。

 いつも指摘される背筋を、とにかく伸ばすように気をつけていたので、次第に背中がつりそうになりました。身体が硬くなっている証拠でもあります。

 袱紗さばきでは、大きな木を抱えるような腕の感覚と、手の甲を真っすぐに伸ばすことは、これからもっと意識することにしましょう。

 何に気をつければいいのかがわかると、一つ一つを解決する楽しさが生まれます。
 覚えることはたくさんあります。しかし、その一歩一歩を身体が覚えると、その次がまた新たな楽しみとなります。

 茶道は、よく考えられた作法の集積です。長い間にわたって、人から人へと伝えられてきたことが、世に言う伝統というものであることに気付きます。しかも、折々に創意工夫が加味されて来たことから、一見複雑そうです。しかし、それぞれの意味がわかると、未熟ながらも納得できることが少しずつ見えてきだしました。

 今日は旧暦の七夕だそうです。お菓子は、富山の月世界でした。折しも、今日8月2日から11日まで、京都では「京の七夕」というイベントが始まりました。鴨川会場と堀川会場の夜は賑やかになります。
 四季折々の風物を話題にできるお茶は、手軽に楽しめる日本文化の遊び場だと思うようになりました。

 もっとお稽古に来なくてはいけないのです。しかし、何かと忙しい中でこうして時間を作るからこそ、面白さを感じるのかもしれません。

 お稽古の帰りに、娘夫婦の自宅近くで、婿殿の同級生がやっている鮨・日本料理の「錦」へ3人で行きました。


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 店内の飾りも、爽やかさと清涼感が感じられます。


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 先ずは鱧をいただきました。
 鱧の木の芽焼き(写真上)は、上品な味と香りを楽しめました。また、真魚鰹の西京焼き(写真下)も、ふっくらとした食感と香りが、まさに和食そのものの味で気に入りました。


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 東京では鱧がなかなか食べられないので、関西の夏はこれに限ります。

 3人で話し込んでいて、つい時間を忘れていました。
 良心的な値段で、日本料理を堪能できました。
 婿殿のお友達さん、ごちそうさまでした。

 今朝は、体調が思わしくありませんでした。疲れが残らないようにと思い、帰りの近鉄大和西大寺から京都までは、久しぶりに特急に乗りました。


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 大和平群から東京へ通っていた頃は、通勤と帰宅時間を短縮するために、よくこの特急を使いました。手に持つ鞄の中は、あの頃のような仕事関係の書類ではありません。今日は、袱紗、白い靴下、熱中症予防の麦茶が入っています。

 自分の生活環境の変化に、あらためて得心するものがありました。
 日々変化する中に、今の自分があるのだと。
 そして、また新しい生活設計を思い描きながら、いつもの車中思考を楽しみつつ、こうして今日の記事を書いています。
 
 
 

2014年7月23日 (水)

京洛逍遥(331)鯖街道の終点出町の「魚熊」

 先月の食べ歩きメモをアップします。

 いつか本ブログで「魚熊」さんを紹介しよう、と思っていました。
 ネットに紹介されている情報は、1階のカウンターで召し上がった方の記事ばかりのようです。
 みなさん、食べることばかりでこのお店を評価をなさっているようなので、2階がこのお店の本領発揮だと思う者として、以下に記しておきます。
 まずは2階で食べてこそ、この店のご主人の味が堪能できます。

 出町の桝形商店街を西に抜けて寺町通りを北上すると、割烹「魚熊」があります。ここは、鯖街道の終点となる住宅地にあり、鯖寿司で知られるお店です。ただし目立たないので、知らないと入る機会がないと思います。


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 私は出町からではなく、烏丸通りから相国寺の境内を東へ突っ切って門を出て、そのまま上立売通りをまっすぐ東へ進んで突き当たった、寺町通りに面したお店、という紹介をしておきます。
 この経路で行くと、すぐにお店が視界に入り、間違うことがありません。

 このお店の前は、これまでに何度も通りかかっています。しかし、入ったことがありませんでした。

 「鯖」の文字とともに「鰻」の文字が目に入ったので、絶滅危惧種に認定されて何かと騒がれている鰻を食べることにしたのです。
 店先のお品書きを見ると、意外に安かったことも入るきっかけになりました。
 私の基準は千円です。

 1階は満員だったので、2階へあがりました。
 そこでまず目に入ったのが、次の感謝状です。


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 思わず、物部さんお手柄お見事です、と下の調理場に話しかけたくなりました。

 次に、その横に積み重ねられていた新聞の切り抜きです。
 きれいにまとめて綴じてあり、丁寧にその内容が表紙に書かれています。京都新聞夕刊に連載されていた『たどり来し道』のシリーズです。10冊以上はありました。


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 店主の京都に対するこよなき愛着が、このようなレベルの高い形でまとめられているのです。
 食事が運ばれてくる間に、これは必見です。

 料理は、大満足です。お腹いっぱいいただきました。


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 ご自慢の鯖寿司も、いくつでもいいとのことだったので、一つだけいただきました。本格的な鯖寿司は、実は初めて口にしました。美味しい鯖寿司でした。

 この魚熊さんは、目立たない所にあります。
 とにかく、元気の出るお店です。
 
 
 

2014年7月20日 (日)

京洛逍遥(329)お茶の特訓と黒樂茶碗

 朝から自宅でお茶のお稽古です。


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 これは、私のお稽古というよりも、婿殿のための特訓です。
 樂茶碗が大のお気に入りとなった婿殿が、秋に樂家ご当主のお茶席に行くことになり、そのために急遽お稽古をすることになったのです。


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 お茶菓子は、昨日娘が差し入れとして届けてくれた笹屋伊織の祇園祭。
 お抹茶は、昨日ワックジャパンで『源氏物語』の勉強会をした帰りに立ち寄った、一保堂の「幾世の昔」。
 茶花は、家の庭に咲いているツルハナナス(蔓花茄子)。


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 その横に、先日の「大徳寺「古田織部400年遠忌追善茶会」」(2014年6月11日)で筒井紘一先生からいただいた、山田松香木店の印香「花京香─紫野印香揃え」の中から「朝顔」を置いてみました。

 これらは、すべて初心者が遊び心で好き勝手に並べてやっていることなので、鋭い突っ込みはなしということで……

 秋の本番までは、何度もこうしたお稽古をすることになりそうです。
 お稽古とは言っても、何か正式な茶事があるとか、試験があるわけではありません。ああだこうだと、思い思いに関西流のボケとツッコミでやっているので、お気楽なものです。

 下鴨神社脇の糺の森にある生研会館へ、ハンバーグを食べに行くことになりました。すると、突然のにわか雨。下鴨中通から下鴨本通の糺の森へと、急ぎ足で向かいました。あらかじめ電話をしておいたので、4人席でゆったりといただきました。ここは、「美味しい洋食屋さん」(2012年8月29日)です。

 樂茶碗が気に入った婿殿のために、下鴨東本町にある古美術の「茶木」さんへ行ってみることにしました。
 生研会館を出ると、またまたすごいにわか雨です。タクシーで茶木さんのお店に横着けしてもらい、大雨の中を急いで入ろうとした時です。妻が玄関先で足を滑らせて転倒したのです。事無きを得ましたが、濡れたタイルには気をつけなければいけません。大騒ぎをしていたので、茶木さんが表まで出て来られました。

 茶木さんは、抹茶を煎茶で点てるという、おもしろいお茶を入れてくださいました。さっぱりしていました。お菓子は、「かぎ隆三」の和菓子(2014年7月 1日)です。

 婿殿は、樂茶碗をいろいろと品定めした後、長次郎の黒樂茶碗の写しで茶木さんがお薦めの一品に心を摑まれたようです。娘とも相談した結果、一大決心をしたようです。私も、色といい形といい手触りといい、大事に使い続けられそうな茶碗だと思いました。逸品との気持ちのいい出会いとなり、ご機嫌の娘たちです。


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 お店の前に留まった京都駅行きのバスに乗ったのを確認してから、我々は歩いて自宅へと急ぎました。

 慌ただしいことに、帰るとすぐに妻は私を残して一足先に上京です。
 賑やかだった我が家も、急に潮が引いたような静けさとなりました。

 夕方、一人で賀茂川を散歩しました。
 大雨の後にもかかわらず、まだ水嵩は増していません。
 鷺や鴨たちは、夕食の最中でした。


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 妻からの連絡によると、東京地方に大雨洪水警報が出ていて、新幹線は稲妻の中を新横浜駅で立ち往生している、とのことでした。このところの天候不順により、各地に被害のないことを祈るのみです。
 
 
 

2014年7月 1日 (火)

京洛逍遥(325)詩仙堂下の京菓子司「かぎ隆三」

 北大路通り沿いの下鴨東本町に、小さいながらも上品な茶道具を置いておられる「古美術 茶木」さんがあります。いいものも多い中に、私のような素人でも手の出せる小物が時々あります。ご主人の茶木さんも気さくな方なので、ふらりと入ってしまいます。

 茶木さんはお話し好きです。そして、お店に立ち寄るといつも、さっとお茶を点て、お茶菓子を出してくださいます。
 あるとき、お茶と共に出されたお菓子を妻がいたく気に入りました。

 先月、東京でお茶を嗜んでおられる方へのお土産を探しに、妻と自転車で詩仙堂周辺を散策しました。確か、茶木さんのところでいただいたお菓子が、詩仙堂に近いところのお店のものだったことを思い出したからです。そのお菓子は、あっさりとした上品なお菓子だったのです。

 その折のことを、本ブログにアップする暇のないままにバタバタしていて、つい書いたままになっていました。忘れないうちに、文書保管箱から取り出してここに紹介します。

 詩仙堂周辺といっても、うろ覚えでした。一乗寺近辺だったかもしれません。
 京都には、お菓子屋さんが至る所にあります。
 最初は違うお店に入りました。お店の方に聞くと、私たちが探しているお菓子をご存知のようでした。しかし、しりまへんな、と口を濁しておられます。

 仕方がないので、思い切って茶木さんに電話をして、あの時にいただいたお菓子屋さんの住所と電話番号をあらためて聞く、ということになりました。道順も、詳しく教えてくださいました。京福電鉄の詩仙堂と一乗寺周辺というよりも、高野川と東大路通りに挟まれた旧大原街道だったのです。

 目指すお店は、詩仙堂丈山寺御用達の京菓子司「かぎ隆三」さんです。


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 お店は落ち着いた雰囲気で、お店のご主人は、茶木さんがいつも求めておられるお菓子をよくご存知でした。
 そこで、先だってお茶請けにいただいたお菓子と同じ、焼き菓子の「花びら」と「そばつくね」をいただきました。


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 京洛を逍遥しながら手にするお菓子は、ささやかな贅沢を楽しめるものとなっています。
 
 
 

2014年6月16日 (月)

京洛逍遥(323)俵屋吉富の京菓子資料館

 同志社大学の北にある相国寺とは烏丸通を隔てた向かい側に、俵屋吉富烏丸店があります。そこには、京菓子資料館が併設されています。


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 よくその前を通っていたのに、つい素通りばかりしていました。無料ということもあり、またの機会にと思いつつ失礼していたのです。

 先日あらためて入ってみて、お菓子のいい勉強をさせていただきました。
 落ち着いた雰囲気の中で、古代からのお菓子の歴史を知ることになります。気分転換にいい場所としてお勧めします。


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 2階で京菓子の歴史などの展示を拝見してから、1階の立礼席や坪庭と水琴窟などが見られます。


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 もちろん、お菓子もいろいろとあるので、四季折々の季節感や京洛のイメージを膨らますこともできます。

 ショーウィンドウ越しに、いかにも夏らしい涼しげなお菓子を見つけました。「貴船の彩」という季節限定品です。大きめの氷砂糖のような形をしていて、青・ピンク・白の3色で、白には金箔が載っています。
 次の写真は、俵屋吉富のホームページに掲載されていたものです。


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 このお菓子が、なんと昨日行った平群でのお茶のお稽古で出てきたのです。
 いつもはお菓子の名前も店名も、先生から教えていただいて覚えるようにしています。しかし、昨日だけは、「俵屋吉富」というお店の名前はすぐに反射的に出てきました。偶然とはいえ、楽しくなります。

 ワックジャパンでハーバード大学本『源氏物語』を読む会では、娘がよく和菓子を差し入れてくれます。さまざまなお菓子は、目を楽しませてくれます。

 なお、2008年の源氏千年紀に、京菓子のいろいろを「源氏千年(20)京菓子饗宴」(2008/4/5)と題して紹介しました。
 そこでは、『源氏物語』をテーマにした和菓子を網羅しています。
 お菓子で遊ぶ楽しみも、なかなかおもしろいものです。
 
 
 

2014年5月15日 (木)

江戸漫歩(79)娘夫婦と神楽坂で食事

 娘夫婦が、研修のために上京して来ました。飯田橋で妻とも合流し、神楽坂を散策することになりました。予想外に人出が多く、活気があります。若者が多いのに驚きました。

 坂道を歩いていて、少し露地を入ったところに雰囲気のいい店がありました。神楽坂「河庄」と書いてあります。メニューに料金が書いてありません。しかし、落ち着いたたたずまいの店なので、思い切って入りました。


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 女将さんから、神楽坂のことをいろいろと聞くことができました。
 このお店は、かつては本多家の屋敷があったところで、お店の前を本多横丁と言うそうです。すぐそばに芸者新道があるので、花柳界の名残がある一角です。

 女将さんは向島の生まれで、いかにも江戸の女性です。このお店も、建築関係の仕事だった檀那さんが建てたのだそうです。
 古い建物が好きなので、内装に目がいきました。
 次の写真の左上が漆喰天井、中央下に唐傘天井、そして右上が網代天井です。


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 漆喰天井は、竹を組んだものを上から吊し、それを漆喰で塗り固めたものだそうです。
 唐傘天井は、京都祇園の料理屋や茶店の前で見かけます。
 網代天井は私の大好きな天井で、京都の家でも大事にしています。

 壁には、鳶職の仲間から贈られたという、纏いを描いた飾り板がありました。


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 纏いは、江戸時代に町の火消しが各組の印としたもので、元は竿の先に付ける飾りだったものです。江戸の香りがする店で、江戸の話を聞くことができました。

 料理は京風の薄味で、おいしくいただきました。京都の松原通りで修行された息子さんが作っておられます。
 万願寺があったので驚きました。京都ではよく食べる万願寺も、東京ではほとんど見かけません。お魚も新鮮で、天麩羅もカラリと。京の料亭でいただく料理の気分を味わいました。
 私は麦焼酎、妻はビール、婿殿は梅酒、娘はウーロン茶と、みんな思い思いの飲み物です。それでも、話は弾みました。

 女将さんの話では、今日は水曜日で「ノー残業デー」なので、人が多いのだそうです。神楽坂も銀座と同じように、若者が往き来できる街になっています。時代の移り変わりを見せています。

 飛び込みで入ったお店でした。しかし、なかなかいい場所で楽しい女将さんと巡り会えたようです。83歳だとおっしゃる女将さんに見送られ、ますますの健康とご活躍を祈って帰路につきました。
 私の母は83歳で亡くなりました。家でテレビを見ながらスーッと意識を失ったとき、すぐそばにいた娘が介抱しました。おばあちゃんが大好きだった娘は、「おばあちゃんみたいやった!」と感激していました。
 
 
 

2014年4月26日 (土)

一仕事終えた後お茶のお稽古で新緑の平群へ

 午前中は大阪市内で、神社関係の方との香道に関する情報収集と打合せをしていました。明日以降の調査の準備のためです。

 その後、お茶のお稽古のために平群へ向かいました。
 最近は、1ヶ月に一度行くのもなかなか大変になりました。やる気はあるのです。しかし、なかなかお稽古に行く時間が確保できないのです。

 平群は、新緑の季節となっています。
 竜田川は、いつも季節の移り変わりを教えてくれます。


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 今日のお稽古は、丸卓を使った薄茶の復習です。
 先日来、家で何度か妻を相手にやっていました。しかし、我流になっていたことを知りました。身体で覚えるように言われています。微調整しながら続けていきたいと思います。

 自分が思うようにできないことを続けるということは、なかなか楽しいものです。ほんの少しでも無意識の内にできるようになると、嬉しいものです。

 お点前の手順を確認しながら新しいことを覚えるのは、自分が成長していく様子がわかるので充実感が味わえます。日常生活で、そうした実感を得ることが少ないだけに、これも貴重な体験となります。

 茶道がいろいろな道を経て今に伝えられ、多くの方々が茶道と関わっておられる背景と意義が、少しずつ理解できるようになりました。これも、半歩でも前進したからこそ、そう思うのでしょう。
 
 
 

2014年3月15日 (土)

今年初めてのお茶のお稽古に平群へ

 大和平群へお茶のお稽古に行きました。
 駅前を流れる竜田川は、まだ冬から春への準備をしているところです。

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 バタバタと走り回るだけの日々を送っています。去年は思うようにお稽古に行けなくて、8月の次は12月と、ほとんど何もしていないに等しい半年でした。
 そして、今年も、あろうことか今日が初めてなのです。
 またまた、3ヶ月以上も間が空いてしまいました。

 歳とともに忘れることの多い日常の中で、これではお稽古をしても、思い出す暇もありません。身体が覚えるまでには、気の遠くなる時間が必要です。

 お茶をいただく機会は、茶道資料館やワックジャパンでの勉強会の折々にあります。忘れないようにしています。しかし、自分で点てるとなると、なかなかチャンスがありません。
 とはいえ、とにかく今は機会を見つけては続けることを心掛けています。

 今日は、平花月のお稽古に僭越ながら、少しだけ参加させていただきました。そして、折据の使われ方を知りました。もっとも、私は途中からの参加だったので、全体の流れは理解できていません。
 それでも偶然ですが、ちょうど同志社大学の矢野環先生のグループがまとめられた源氏香の実践報告書を読んだばかりです。源氏香では、遊びの要素が強いだけに、折据が使われているのです。その香道の折据が、茶道でどのように取り入れられているのか、その実際の使われ方を知り、ますます興味を持ちました。ゲーム的な要素がふんだんに盛られた花月は、おもしろいと思いました。

 折据は、見たことはありましたが、実際に手にするのは初めてです。
 折り紙の入れ物に小さな竹の札が入っています。それを参会者が順番に回して札を取ります。
 裏に花が書いてある札を取った人がお点前をします。月が書いてある札を取った人はお茶をいただけます。一巡目で、私は月でした。早速、薄茶をいただきました。
 遅れてやってきたのに、末席の私が最初にいただくことになったのです。
 もし、私が花の札を引いていたら、私がみなさんの前でお点前をすることになったのです。ロシアンルーレットのようなスリルがあります。

 香道で使う道具を、茶道でも使うのです。しかも実際に自分も参加したので、忘れられない体験となり、いい勉強になりました。茶道といっても、いろいろな仕掛けが用意されていて、飽きないような配慮があるようです。何百年も続く芸事の、奥の深さなのでしょう。

 今日の私は、丸卓を使った薄茶のお稽古をしました。
 これは、昨年末に教えていただいたものです。お客さんとお話をしながらお茶をいただくとき、亭主である私が部屋を出たり入ったりしては落ち着きません。そこで、できる限り部屋に一緒にいてお話ができるようなお点前として、教えていただいたものです。
 何もない部屋にお茶道具が置かれているだけで、お客様にはお迎えしている気持ちが伝わるように思います。

 昨年末は、すぐに丸卓を手に入れ、お正月に娘夫婦が来たときに練習を兼ねてやりました。その後も、妻を相手に何度か家でやってみました。

 今日は、さらに細かなことをいろいろと教えていただきました。
 最後に、柄杓・蓋置を飾る方法と、柄杓・茶碗・棗・蓋置・帛紗も飾る方法など、楽しい趣向を覚えました。早速、5月の連休にお客さんが来たときにやってみます。
 と私が言うと、すかさず先生から、5月は風炉になってます、とやんわりと……
 いやはや、四季折々に楽しい趣向ができるので、これは飽きません。

 そして、さまざまなバリエーションが、楽しさの演出としてあるようです。基本は大事にするとして、その時、その場に応じたお作法やお点前があるので、新しい発見がいつもあります。
 
 
 

2014年2月14日 (金)

ハノイでお洒落な回転寿司屋さん発見

 ハノイ大学の次に、オワイン先生がベトナム民俗学博物館へ連れて行ってくださいました。

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 ベトナムでは、5つの言語系統の中に54の民族が住んでいます。中でもベト族(キン族)が9割近くを占めているそうです。

 民俗学博物館で、多くの民族の伝統芸能や暮らしぶりなどを、実物やビデオや写真で見ることができました。私が小さかった頃の日本と、どこかでつながる様子であり、形であり、色遣いだと思いました。特に、女性の衣装には、興味を持ちました。

 午後の会議に向かわれるお忙しい先生とお別れしてから、夕暮れの市街を散策しました。
 思いがけなくも、軒先に「居酒屋 肴 一寸一ぱい お気軽に」と書いた提灯をぶら下げたお店を見つけました。毎日ベトナム料理だったこともあり、中を覗きに行って驚喜しました。何と、期せずして回転寿司屋さんに行き会ったのです。

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 「きもの」という名前のお店でした。
 日本人が来る地域でもなさそうなので、お客さんは欧米の方々が中心のようです。

 店内には着物姿の若い女性が何人もおられます。着物の着方がおかしいので、いかにも異国という雰囲気が漂っています。

 お皿が廻る中には、日本人形がありました。

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 お皿にはカップが被されています。しかし、鮮度はいいものでした。
 キズシもしっかりと酢締めされていて、美味しくいただきました。

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 まぐろはこんな感じです。

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 あいにく、あまりの嬉しさのせいか、私のお腹が締まってきて何も食べられなくなりました。消化管のない私には、よくあることです。しかし、何もこんなときに、と思うようにならない我が身体を恨みました。それでも、野菜サラダはゆっくりと、たっぷりといただきました。

 上の階でも食事ができるようになっていて、竹をイメージしたデザインで統一された3階では、小部屋で宴会ができます。

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 料金は少し高めです。それでも、ここは仲間と来るには最適のお寿司屋さんです。
 ハノイにいらっしゃったら、ぜひともここに足を留めてみてください。
 ベトナムの印象が日本の文化と結び付いて、思い出深くなること請け合いです。
 
 

2014年2月 2日 (日)

京洛逍遥(306)茶道資料館の後は回転寿司

 堀川通寺之内の裏千家センターの中にある茶道資料館では、「新春展 新春を寿ぐ -酒の器―」を開催していました。2階では、併設展として「新春の茶道具」も見られました。

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 まだ道具の善し悪しはわかりません。しかし、新春らしい茶器を見て何かを感じられたら、と思って出かけました。

 今年の干支である午をテーマにした展示だったので、作意が窺えてまとまりを感じました。

 わからないなりにも、小さな「織部盃」の色が気に入りました。桃山時代のものだそうです。
 また、前田青邨の「梅図」には、初春の爽やかさを感じました。

 四条に向かうバスを待つ間に、近くにあった茶道具「みやした」さんに入りました。
 多くの道具を見ては、その値段に興味を持ちました。とても手の出るものではありません。しかし、その違いがおもしろかったのです。
 2階でも展示を始められたとのことで、上がって見ました。所狭しと並ぶ道具類を見ながら、茶道資料館で見た道具を思い浮かべては、ますます違いがわからなくなりました。おもしろいものです。

 四条烏丸交差点の近くにある長刀鉾保存会の前で、賑やかな自動販売機を見かけました。
 この長刀鉾は「くじとらず」と言われ、山鉾巡行の先頭を受け持つ鉾です。

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 四条の目抜き通りでもあり、観光客の視線を釘付けにします。
 昨日の今宮神社の境内に置かれた自動販売機の控えめな佇まいとは対称的で、これもおもしろいと思いました。

 次の週末から行くベトナムの食事に親しもうと、蛸薬師通りのお店に行きました。しかし、予想外に混んでいました。
 1時間も待てないので、年末にみかけた河原町通りの新しい回転寿司屋さんにしました。「坂本龍馬・中岡慎太郎 遭難之地」という碑のある、あの「近江屋」の跡地にできたお店です。

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 清潔感のある、気軽に入れる店です。一皿130円が基本となっているのは、数百メートル北にある、私が一番気に入っている河原町三条の「むさし」の136円に対抗しての設定なのでしょう。
 海外からの方や若者は、こちらの「トンボ」が好みだと思います。しかし、注文方式がタッチパネルとなっており、しかも注文品が回ってきたことが直前にわかるため、別の人の注文品を取ったり、取り損なったりと、戸惑うこともあります。

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 ポン酢は、小さな袋詰めになっているものを何個か渡されました。目の前にポン酢がないので、これも何とかしてほしいところです。また、握っておられるところが見えません。これは、お寿司を食べる楽しみが半減です。
 いい点は、創作寿司が多いこと、サラダがあること、ゆったりとした2人がけのシート席があることです。

 「むさし」は目の前で握っておられます。特に2階席では、おじさんといろいろな話をしながら注文できるので、楽しく美味しくいただけます。
 これは、好みの問題でしょう。
 その時の気分で2つの回転寿司屋さんが選べるとは、贅沢なことです。

 河原町三条から四条にかけては、特に西側が若者向けの通りとなり、私などは無縁の地となりかけていました。しかし、こうして回転寿司屋さんが2軒もそろったことで、また出歩く楽しみが増えました。

 さらには、四条河原町オーパの8階に、大量の本が並ぶブックオフがあります。新刊書店にはない本が多いので、ここで潰す時間も楽しいものです。
 
 

2014年1月 9日 (木)

京洛逍遥(302)進々堂のパンと短編小説『毎日のパン』

 京都の老舗パン屋さんである進々堂は、昨年ちょうど創業100周年を迎えたそうです。その記念として小冊子を作り、店頭で配布しておられます。

 『毎日のパン』(いしいしんじ著、非売品、平成25年12月24日発行、進々堂刊)と題する文庫本サイズで35頁ほどの小さな冊子は、京都市内の同店12店舗に置いてあります。レジなどでお願いすると、無料で手渡してもらえます。2万部印刷されたとのことなので、まだ入手できるはずです。

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 私は、三条河原町店でいただきました。レジの下の開き戸の中に入っていたものを出してくださったので、カウンターを探しても見当たらない店が多いと思います。臆せずに、『毎日のパン』をください、と言ってみることです。

 この中身は、いしいしんじさん(織田作之助賞受賞作家)による書き下ろしの短編小説です。
 この作品が、どのように読まれていくのか、畑違いの私には皆目わかりません。
 お店の中に犬が入って来ることをはじめとして、洪水による被害の話は、谷崎潤一郎の『細雪』を連想させ、東日本大震災の時の津波を思い起こす方もいらっしゃることでしょう。


家屋のほぼ八割が、二階の高さまで水没(22頁)

とか、


水が襲いかかり、すべてを泥の下にかくしてしまう直前。(22頁)

など。さらには、


家が真っ黒い水にのみこまれつつある、その最中、おばあちゃんはからだをなげうち、まちがいなく、もろともに溺れたのだ。(23頁)

とあります。

 こういう表現に出くわすと、このような場面や表現が必要だったのか、私には疑問が湧きました。

 きれいごとで紹介すれば、ふんわり柔らかな食パンの感触が伝わってくる、心優しい話に出会えます、という紹介の仕方になります。その方が無難な紹介です。しかし、それでいいのか? 正直言って悩みます。

 この作品をどう読むか、という意味で、とにかく手にする価値はあると思います

 進々堂の続木創社長は、本冊子巻末の「ごあいさつ」で、次のように言われます。


百周年を記念していしいしんじさんにパンを題材に小説を書いていただくことを思い立ったのは、しんじさんのどの小説からも溢れ出る、人間の毎日の営みに対する温かいまなざしが大好きだったからです。毎日のパンと、人々と、白い犬の物語、お楽しみいただけたことでしょう。(34頁)

 また、この冊子を紹介した京都新聞(2013年12月26日発行)では、次のような記事になっています。


 いしいさんと家族ぐるみで交流のある続木創社長(58)が、デイリーブレッドに込められた思いも踏まえ、パンを題材にした小説の執筆を依頼した。

 「毎日のパン」は、主人公が働くパン屋に毎日来る1匹の白い犬を通して、当たり前すぎて普段見落としている大切なものに気付かせてくれる物語。1斤のパンは、家族ごとに異なる幸福の形として象徴的に描かれている。

 いしいさんは作品に関して「いろんなことがあっても、食べることは必ず毎日ついてくる」と話し、パンに限らない食の営みについて掘り下げている。

 続木社長は「それぞれのパンの楽しみ方をかみしめてほしい。パンには命をつなぐ社会的使命があることも伝えている」と喜ぶ。

 このように紹介されても、私には素直にこの作品を創業記念として祝福して紹介できないことを申し訳なく思います。
 こんな心得違いも甚だしい感想を持った者がいる、ということを記してもいいかと思い、記念のお祝いにはふさわしくないかもしれない駄文をしたためたしだいです。

 お前にはこの良さがわからないのだ、と言われれば甘受します。

 この短編小説をどう読むのか、1つの問題提起をしたいと思います。

 なお、私のブログ「読書雑記(80)続木義也『カレーの海で泳ぎたい』」(2013/9/26)で紹介した続木義也氏は、この進々堂の4男であることを付記しておきます。
 
 

2014年1月 2日 (木)

京洛逍遥(300)初春のお茶の後は下鴨神社へ初詣

 娘夫婦が来たので、新春のお茶のお稽古です。
 先月始めたばかりの丸卓を使ってのお点前です。
 娘の鋭いツッコミを受けながら3人に点てました。
 一保堂の「駒昔」という、午年らしい銘の抹茶です。
 今年も自宅での、賑やかな楽しいお茶席となりました。

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 その後、氏神さまである下鴨神社へ初詣に出かけました。

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 何げなく厄年の表を見ていたら、すでに終わったはずの昭和26年生まれの私が、また今年も厄年だというのです。

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 不思議に思って近くにおられた巫女さんにお聞きすると、これは当社でのものであり、他の所ではわかりませんが、とのことでした。
 この表を見ると、確かに大厄とは違う厄年があるようです。しかも、3年おきに厄年が来ることになっています。67歳と70歳がないのはなぜでしょうか。
 今年の最初の疑問となりました。
 
 

2014年1月 1日 (水)

平成26年(2014)のおせち料理

 おだやかなお正月です。
 やさしい姿の比叡山が窓から見えます。

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 今年も、妻と息子がおせち料理を造りました。
 味付けは本格的な京料理になっています。

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2013年12月31日 (火)

京洛逍遥(299)錦市場と新規開店の回転寿司屋

 奈良に住んでいた頃から、年末は大阪日本橋の黒門市場か京都四条の錦市場へ、お正月の買い出しに行っていました。
 母と子どもたちを連れて、車で黒門や錦へ1日がかりで行ったものです。

 今年も、自宅からバスで河原町四条へ。
 錦天満宮にお参りしてからスタートです。

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 今年の錦市場には、


      祝
    [和食]
ユネスコ無形文化遺産登録

という横断幕が揚がっています。ここの食材が、今の和食を支えているのです。

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 雑踏の中を、すれ違うのも困難な錦市場の狭い通りを、人を掻き分けながら、何か楽しいものを、おもしろいものを、と物色しながら歩きました。

 料理人の息子は、念願の「へそ大根」を今年もついに見つけられず残念がっていました。
 この大根は、息子がバイブルとする『美味しんぼ』の第75巻に出て来るそうです。
 いつも行くという乾物屋さんの話では、宮城県から届かなかった、とのことでした。

 河原町通りに戻ったところで、10日前の12月21日に新しく開店した回転寿司屋さんを見つけました。その店の隣には、「坂本龍馬 中岡慎太郎 遭難之地」という史跡の石碑が建っています。

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 この直前に、いつも行く三条の回転寿司屋「むさし」でお腹いっぱい食べた後だったので、また次の機会に入ることにします。

 京都は日々変化しています。至るところで、毎日のように新しいお店が開店しています。この新陳代謝の激しさに、その熾烈な開店合戦の中に、今も続く京都の活気の秘密があるのです。
 一見古そうでいて、その実、時代の最先端を追う、シビアな街なのです。
 日本で初めて、というものが多いのが、その証明でしょうか。

 今年は私自身が予想外の忙しさの中にあって、あまり洛中を散策する暇がありませんでした。
 これは、しばらく続きそうです。それでも、折々に街の魅力などを記録していきたいと思います。

 来年も、これまでと変わることなく、折々にこのブログ「鷺水亭より」をよろしくお願いいたします。
 
 

2013年12月15日 (日)

久しぶりにお茶のお稽古へ

 8月以来となる、大和平群でのお茶のお稽古です。
 しかも、すでに炉のお手前となっています。

 9月からの学会シーズンの後、さまざまなイベントに関わり、10月にスペインへ、そこで突然、科学研究費補助金の採択が決定したとの知らせで、帰国後はその対処に明け暮れています。

 今もその最中にあり、家で2度ほどおさらいをしたとはいえ、炉は半年以上も間が空いているのです。今日も頭の中は、思い出そうとすることと覚えようとすることで、まさにぎくしゃくとしながらもフル回転です。
 ここ数ヶ月とはまったく異なる箇所の脳みそを、思いっきり活性化させることになりました。

 私は、家にお客様をお呼びした時のことを想定して、その実践につながるようなお稽古を意識して実践しています。
 お茶を点てるという原点とどう結びつくのかは、今はおいておきましょう。
 お茶は、お客様をおもてなしする上での、日本における文化的な仕掛けの1つだと思っています。

 これまでお客様に、我が家で何度かお茶を差し上げました。その時のことを思い出すと、道具の持ち運びで話が中断したりして、お客様にせわしない思いをさせたように思います。

 それが今日は、たまたま目の前にあった棚の話から、その棚を使ったお稽古に挑戦することとなりました。
 炉の薄茶の棚手前で、丸卓(まるじょく)を使ったお手前です。
 先生は、気ままな私があまり横道に逸れないように気遣いながらも、望みが叶うように手助けしてくださいます。ありがたいことです。

 今日の、棚を使った薄茶のお稽古では、お客様に部屋へ入っていただく前に、水差しと棗をあらかじめ丸卓の棚に置いておくことを想定したものでした。これだけで、お客様を部屋に案内した時の雰囲気が違います。
 また、私の出入りも幾分抑制され、お客様に気を遣わせません。

 いつもと大きく違うことは、事前に茶巾を乗せた水次を用意しておくことでした。
 そして、運び込んだ茶碗を水差しの前ではなくて、勝手付に仮置きしました。次に、棚の上から棗を下ろすと、棚の右前に置き、仮置きしてあった茶碗をその左横に並べます。この動作は初めてのものです。ただし、その後はいつもの流れになっていました。

 また、「おしまい」の挨拶をしてから後、釜に柄杓で水を差すところで、柄杓を使って釜のお湯を汲み返したり、柄杓や蓋置きや棗を棚に飾り、水次を運び込んで水を追加したりと、新しいこともやりました。この、終わりの段階で水次を運んでくるのは、気分転換になっていいと思います。
 これまでとは異なる動作がいくつかあります。しかし、道具の持ち運びが少なくなった分、これでお客様とはゆっくり話せます。

 この棚を使ったお手前も、さまざまなパターンがあるそうです。あまりたくさんは一度には覚えきれないので、基本的なところに留めていただきました。

 今年の夏には、葉蓋とガラスの水差しを使った追善のお手前が好評でした。
「亡き仲間を偲んで我が家でお茶会」(2013/8/15)
 次は、この棚を使ったお茶を点てたいと思います。
 さて、誰を練習相手として呼びましょうか。
 このくだりを読んでビクッとした方が、次の犠牲者候補です。よろしく。

 まだまだ、茶道の基本すら充分には身に付いていない段階です。しかし、知人と一緒にお茶をいただく場を用意して、そこでいろいろな話をすることを実現すべく、こうしたお稽古をする事は楽しいものです。

 遊び心が大半のお茶のお稽古です。しかし、あたたかく人を迎える1つとして、お茶の心得を身につけたいと思っています。
 
 

2013年12月 8日 (日)

甥の葬儀のこと

 霙もようの寒い朝です。
 昨夜は語り明かしました。
 秋田の冬は、家中を大きなストーブで各部屋を暖めます。
 それでも、一歩部屋を出ると、廊下は冷え切っています。

 戒名は「清照院玉峰成真居士」。
 「成真」は「じょうしん」と読みます。
 きれいな名前です。
 
 宗派は、我が家と同じ曹洞宗です。
 しかし、葬儀の段取りは関西とは大きく異なります。
 出棺、火葬などはすでに終わっていました。
 
 若すぎる死に、たくさんの方々が弔問にいらっしゃいました。
 弔辞は、一番仲のよかった親友です。
 従兄弟のお別れのことばも、語りかけるように情の籠もったものでした。

 お斎きという会食は、正面に御師さんと伴僧の方2人が座られます
 その右側に、甥の新紀元の位牌と写真、そして骨壺と花が置かれています。
 大勢で賑やかに、おいしい精進料理をいただきました。

 東京への帰りも、秋田経由の新幹線こまちです。
 
 今回の秋田行きで、いいお酒との出会いがありました。
 いつも、秋田に行くと、「由利正宗」というお酒をいただきます。
 その「由利正宗」に、「糖類無添加」というお酒があったのです。

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 いつも家では、「月桂冠」の「糖質ゼロ」を飲んでいます。
 これからは、このお酒も加えたいと思います。
 家族からは勝手な解釈を、と言って笑われていますが、主治医の先生からは、お酒は大いに飲みなさい、とおっしゃってくださっています。
 普段は焼酎を中心とした蒸留酒です。それに加えて、糖質ゼロのお酒を飲んでいます。
 もちろん、そんなに量は飲めません。食前は身体が受け付けないので、食後にいただいています。
 これで、私が飲めるお酒のレパートリーが拡がりました。
 
 

2013年12月 2日 (月)

最近お気に入りの梅酢味の「都こんぶ」

 家の仕事部屋では、よく昆布を口に入れて読書や勉強をしています。
 しかも、それは決まって「中野の都こんぶ」です。
 100円ショップにも置いてあるので、手に入れやすい一品です。

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 最近は、「梅酢味」が気に入っています。
 爽やかさがいいのです。

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 切り揃えた柔らかいこんぶではなく、固くて口の中で柔らかくしていく「おしゃぶり」タイプもあります。長い時間にわたって楽しめます。ただし、私はこれはあまり好みではありません。

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 キムチ味があるのは知っています。しかし、キムチが苦手で食べられないので、これはパスしています。

 昆布は、いろいろな会社から出ているようです。
 その中でも、中野の昆布は不思議な食感と味わいがある銘品だと思っています。
 
 

2013年11月18日 (月)

スペイン拾遺—帰路の機内での腹痛—

 スペインからの帰路、飲まず食わずの冷たいあしらいを受けたイベリア航空のことは、すてに書いた通りです。

「記念すべきサマータイム終了日と時差でパニックになる」(2013/11/8)

 あの、飲食物を2時間のフライトでは一切与えない、というのは、正当な扱いだったのか、大いに疑問です。水くらいは配ってもいいのでは、と思います。
 早朝の便だったので、とにかくひもじい、喉が乾くロンドン行きでした。

 ロンドン・ヒースロー空港に着くやいなや、スターバックスに飛び込んでコーヒーをいただきました。

 乗り継ぎの成田行きの飛行機は、当初のブリティッシュ・エアウェイズです。イベリア航空ではなくてホッとしました。
 この乗り継ぎに慌てふためいたことも、上のブログに記した通りです。
 
 離陸して1時間後に食事が出ました。
 ところが、マドリッドのチェックインカウンターで確保したはずの、私がリクエストした糖尿病食ではないのです。
 アテンダントの方が日本人の方に変わられ、本機にはスペシャルミールは積んでいない、とのことです。つまり、イベリア航空の方が最後には大丈夫だ、とおっしゃった糖尿病食は、結局は用意されていなかったのです。

 がっかりです。
 特に今回出された食事は、炭水化物だらけで、食べるものがありません。それでも食べないわけにはいかないので、我慢をして少しは箸を付けました。

 食べ出してすぐに、胸がつかえて食べられなくなり、やがて腹痛と吐き気がし出しました。
 この状態はままあることです。食べ始めた頃に、身体の反応具合で予測がつきます。

 私の手術をしてくださった担当医の岡部先生からは、もう病気ではなくて、消化管の欠損であるから、そのことを意識して生活をするように、とのことでした。
 私の食後の血糖値が高くなるのは、その消化管の欠損による障害が引き起こす、もう避けられない症状だと理解するようにしています。
 そこで行き着いたのが、糖質制限食でした。ただし、緩やかな糖質制限食に切り替えていますが。

 さて機中でのことです。
 腹痛と吐き気を催し、これは危ないと思い、最後部のスペースでストレッチをして、気分を紛らわしていました。
 アテンダントの方が、何度も声をかけてくださいました。それでも、なかなか収まりません。

 日本人アテンダントの方には気を遣わせて、申し訳ないことでした。
 一人の外国人の男性アテンダントの方が、通りすがりに背中をさすってくださいました。スッとしました。また、その方は、カーテンで私を囲ってくださいました。苦しむ顔を他の方に見られることがなくなり、私としては気分が楽になりました。

 2時間以上は後ろのスペースにいて、吐き気と腹痛に耐えていました。
 いやはや、苦しい帰国便となりました。

 そんなこともあり、最近はとみに、家族以外の方との外食を控えています。
 突然の体調異変があるので、ご一緒するみなさまが気を遣われることのないように、との自制から自粛しているものです。
 また、私が食べられないものがあった時に、それを引き取っていただくのも、家族なら自由におかずのやりとりができるので安心です。

 そんな日々に置かれています。
 私が食事をご一緒しなくても、気を悪くしないでくださるよう、ご理解をお願いしているところです。
 
 

2013年11月13日 (水)

みちのく仙台の回転寿司

 東京駅から新幹線「はやて」に乗ると、1時間40分で仙台駅に着きます。
 上野の次は仙台なので、意外と近いことに驚きます。
 東京の今朝の気温が9度、仙台は3度でした。
 ただし、紅葉はまだです。

 先月の中古文学会は、この仙台にある東北大学が会場でした。
 しかし、私はその時にはスペインにいたので欠席。
 遅ればせながら、別件で人に会うために、あらためてこの地に降り立ちました。
 先月のスペインの旅が、まだこうして支倉常長がらみで続いているのです。

 今日一日のことは、また明日にでも記します。

 今夜は、慌ただしく来たこともあり、何はさておき回転寿司屋さんへ飛び込みました。

 ホテルのフロントで近くの回転寿司屋を聞くと、みんな郊外に出てしまい、街中にはなくなった、とのことでした。
 しかし、インターネットで調べると、ホテルがある中心地の広瀬通りから一番町に入ったところに、3店もありました。

 3店を梯子するわけにもいかず、一番近い「函太郎」という一年ほど前にできたお店に入りました。

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 店内は明るく、雰囲気のいい店でした。
 目の前の板前さんに、直接ほしいものを伝えます。

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 白身の魚を中心にいただきました。
 ポン酢をお願いすると、作ってくださいました。
 先月のマドリッドの回転寿司「銀座」は、本格的なお寿司屋さんでした。
 あのレベルの高さには及ばないものの、ここも丁寧にポン酢を作るなど、親しみを感じるお店です。

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 野菜が何かないのかを聞くと、野菜サラダはまったくないとのことです。
 日本のお寿司屋さんに行くと、いつも思います。野菜を出さないと、多くの人々の支持が得られなくなることに、一日も早く気付いてもらいたいものだと。
 血糖値を上げるだけの食事は、もう長続きしないと思っています。

 日本文化の一つとしてのお寿司を守るためにも、グルコーススパイクという恐ろしい状態を引き起こすことに危機感を持ち、その対処として野菜をメニューに取り入れることは必須です。
 すでに従来の意識での寿司屋ではいけないことに気付かれたお店も出てきています。
 野菜を置く寿司屋が増えることを願っています。

 お酒は、塩竃市の「浦霞」をいただきました。
 連日の忙しさの中に、一息つく刻が割り込んだ感じです。
 
 

2013年11月 8日 (金)

懐石料理を堪能

 昨夜、立川からスカイダイビングのように帰洛しました。

 ヨーロッパから帰ると、いつも一週間は時差ボケでフラフラしています。しかし、今回はそんな悠長なことは言っていられないほどに仕事が多くて、ボケていられるのも贅沢な時間だったのだ、とあらためて思うほどにボケは吹っ飛んでいます。

 メールなどで、いろいろな方々に、連絡や打ち合わせやお願いなどなど。
 事務方には、何通もの書類を作成して渡し、その打ち合わせ。
 さらに、物品の発注をし、印刷物の梱包や発送をし、相談を受け、また相談を持ちかけます。
 前例のない、手探りの仕事が多いので、とにかく前を見て進むだけです。

 久しぶりに下鴨の我が家に帰りました。
 電球色の淡い灯りが、軒下で光芒を放ちながら迎えてくれました。光センサーで点滅するので、亭主がいようがいまいが、日が沈むと自動的に玄関先を黙々と照らし続けています。

 今朝は、早くから京大病院で予約がしてあった、いつもの診察です。
 待合室でボーッとしていたら、姉からメールが。お誕生日おめでとう、と。
 そうでした。自分が忘れていたことに気づかされ、あらためて年を数えました。
 62。来年は63。

 私は18歳の時、十二指腸潰瘍穿孔性腹膜炎で命拾いをし、即座に胃の3分の2を切除しました。その時にお医者さんが言った「45年」ということばが、私の生活をずっと支配してきたことは、これまでに何度も書きました。

 まず、45歳までは何があっても不死身である、と確信し、いろいろなことにチャレンジしてきました。この年には、私の人生のギアを切り替える意味から、一念発起して大阪大学の大学院に入学し、正式に伊井春樹先生の教え子になりました。

 無事に45歳は通過したので、次は18歳+45年の63歳です。来年がその区切り目の年なのです。
 さて、私の日々にどんな結末が用意されているのか、これからの毎日が楽しみです。
 ひたすら前を見て歩み、折々にこうしてブログを書きながら後ろを振り返っているうちに、あっという間に設定されたタイマーはゼロを示すはずです。

 その後も、私の体内時計が時を刻み、カウントアップするのか、はたまた、どうなのか。その日が来るのを……、今からちょうど730日目に私がどこにいるのか、その日を今から心待ちにしています。

 梅田で、誕生日と結婚記念の日のお祝いを、姉にしてもらいました。妻は仕事の都合で、今週末は東京です。離ればなれの記念日となりました。
 記念日にはやはり和食で、ということで、回転寿司にしようと思いました。しかし、あまり行く機会のない、ホテル阪急インターナショナルの高層階にある、京懐石の美濃吉竹茂楼に行きました。

 すっかり姿を変えた梅田一帯が眼下に広がる席でした。時間をかけて、ゆっくりといただきました。
 この美濃吉は享保元年の創業で、『都名所図会』に「川魚生洲八軒」として出てきます。出てきたナプキンに、その絵が描かれていました。300年前に、京都三条の地にすでにあったお店です。

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 このお店と『都名所図会』のことは、今夏のブログ「京洛逍遥(282)『都名所図会』の河原町三条界隈」(2013年7月29日)の中程に、絵入りで書きました。その美濃吉です。

 丁寧に造られた料理でした。
 紅葉と銀杏に始まり、季節感がたっぷりと盛り込まれています。

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 これから日本が急激に四季を失うと、こうした日本料理は知識で食べるものになっていきます。先週までいたスペインのみなさんは、紅葉を知らないので『源氏物語』の中に紅葉が出てきても、想像すらできないとのことでした。そのため、翻訳が大変になるのです。
 まだ日本に四季があるうちに、こうした料理も楽しみたいと思っています。

 ゆっくりと運ばれてくるので、私にとってはありがたいことです。
 海老が出た時には、挨拶代わりに「これは」と仲居さんに尋ねました。

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 お店の方は少し微笑みながら、「車海老」でございます、と。
 4年前にこの梅田店を開店して以来、ずっと契約している所から仕入れているそうです。メニューに偽りはありません、ということを仰りたいようでした。ブラックタイガーでも、ホワイトエビでも、ガラエビでもないと。

 そんなこんなで、他のホテルの偽装メニュー遊びよりも、ずっと楽しい食事になりました。
 お店の方の接し方も、今年のキーワードである「おもてなし」そのものです。

 女将さんが、食事をする我々の席に足を留め、何度も私のお腹の様子を気にしてくださいました。
 あらかじめ、私が消化管の欠損で、炭水化物を食べないことを伝えてあったからです。

 最後の蟹ご飯は小振りの茶碗に少しだけ盛っていただきました。ただし、それを半分残した以外は、すべてをいただきました。これは我ながら意外でした。
 しゃべっていたこともあります。おいしかったこともあります。
 外食では、よく腹痛に苦しめられるので、このほぼ完食という体験は嬉しくなります。
 いい記念日となりました。

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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