カテゴリ「8.0-情報化社会」の293件の記事 Feed

2017年3月10日 (金)

またもや壊れたシュレッダーを交換する

 ちょうど一週間前に、「情報をなかったことにする小道具」(2017年03月01日)という記事を書きました。
 ところがその数日後に、新しく購入したシュレッダーも動かなくなったのです。いかにも、私によくありがちなトラブルです。もう慣れています。

 製品に記されていたサポートの部署に、フリーコールで電話をしました。症状を説明すると、いくつか確認がありました。
 一度に多くの紙を入れなかったか、とか、長時間連続して使わなかったか、ということです。それには十分気をつけたはずであることを伝えると、あっけない程す早く、不調の商品を引き取って、新品と交換するということです。

 自問自答していました。どうしてこんなことになったのか、どうしたら一番よかったのか等々、いろいろと思い悩みました。それが、呆気なく本体交換となり、拍子抜けです。

 すぐに同等品を送るので、使えなくなったシュレッダーは配達業者が回収する、とのことでした。この迅速な応対には好感を持ちました。

 思い出すだけで複雑な思いがします。これまでに使っていたものが壊れ、先週購入したばかりのシュレッダーが、またもや使えなくなったのです。モーターが空回りするだけで、紙が中に入って行きません。ウゥーンウゥーンという唸るような音だけがします。
 購入した日に、数枚試しに使いました。そして先日、初めて実際に書類を裁断したのです。そして、紙屑を溜めるボックスが一杯になったので一度捨て、その後、再度使おうとしたら、もう紙が吸い込まれなくなっていたのです。自動モードはもとより、正転や反転というモードでも同じモーター音がするだけです。
 意外な幕切れでした。
 
 アップルなどがそうであるように、何か問題があると、とにかく新品と交換する風潮があります。よく言えば、その製品の故障個所をじっくり確認し、検討を重ねて改良に役立てようという姿勢の表れだということになります。ユーザーに無用で気分の良くない状況に置かないのはいいことです。

 昨日から、無事に届いた交換品のシュレッダーの投入口に、また紙を吸い込ませて、裁断を続けています。今度は大丈夫のようです。書類を裁断して処分する作業が、また始まりました。本を処分する時とは異なり、紙類の裁断は精神的な疲れはなく、かえって気持ちはすっきりします。
 10日ほどの間に、3つものシュレッダーを使うことになりました。今回は何事もなく、不要になった紙の裁断という残務処理が、何事もなく終わることを祈っています。
 
 
 

2017年3月 6日 (月)

突然ベトナムのホテルから予約完了の通知が来ました

 今日、突然のことながら、ベトナムのダナン市にあるホテルから、宿泊予約が完了した旨のメールが来ました。
 3月下旬に、大人2人、子供1人で、私が一泊の旅をするのだそうです。
 自分のことながら、寝耳に水です。

 メールを調べると、その1分前に、私の Googleのメールアドレスを騙って、ブッキングコムのアカウント登録が行なわれていました。
 そして、私がそのメールアドレスの認証をすると、この登録メールアドレスが有効化する、とあります。
 もちろん、そんな認証など、自分の手でするはずがありません。


170306_bookingcom


 しかも奇妙なことに、有効化の手続きをしてもいないのに、その【1分後】にブッキングコムから「予約確認」のメールが、件の私が登録したというメールアドレスに来たのです。
 予約番号も暗証番号も明示され、デラックス・キングルームが確保されているようです。
 おまけに、「クレジットカードによって予約が確定・保証されました。」とあるので、どうなっているのかますます不可解です。

 私は3年前にベトナムのハノイとホーチミンへ行きました。
 しかし、ダナン市は知りませんし、今のところ用事もありません。
 折も折、東京を引き払う直前のこの多忙な時期に、家族と豪遊旅行をすることになっています。

 送られてきたメールの情報は信用できないので、ネットでブッキングドットコムの連絡先を調べ、電話で直接確認をしました。
 思い当たることがないことを伝えると、予約番号と暗証番号を確認してから、私の情報をチェックしてくださいました。
 そして、連絡用電話番号が、私には身に覚えのないものであることがわかりました。
 私の住所録で調べても、ブッキングコムの方がおっしゃる電話番号を持つ人は、私の身の回りにはいません。

 とにかく、身に覚えのない、当該ホテルへの宿泊予約であることを伝えると、一応は了解してもらえたようで、調べてくださいました。
 そしてその後の連絡で、宿泊ホテルに確認中なので、わかり次第にメールで報告をしてもらえることになりました。

 とにかく、キャンセル料が発生するようなので、大至急対処してもらうことにしました。
 送られてきたメールには、次のようにキャンセル料のことが明記されているのです。


現在のキャンセル料: US$55.90
この予約のキャンセルには、キャンセル料が発生いたします。

 明日の宿泊予約ではなくて、まだ2週間以上もある予約なので、慎重に対処する時間はあります。

 私の個人情報が漏れているのでしょうか。
 早速、思い当たるIDのパスワードを片っ端から変更しました。
 これだけでも、大変な作業であり、手間がかかります。

 ということで、私への連絡がある方は、現在調査中となっている Gmail 経由は避けていただいた方がいいかと思います。
 このブログのコメント欄を利用していただくのが、今のところは一番いいかと思います。

 誰に、どのようなメリットがあるのか、私にはまったくわかりません。
 とにかく、迷惑なことに時間と手間をとられることとなり、本当に困っています。
 
 
 

2017年3月 1日 (水)

情報をなかったことにする小道具

 家庭用のシュレッダーを、重宝して使っています。A4の紙が一度に5枚ほど裁断できるものです。
 もう古くなり使わなくなったシュレッダーは、うどんのように細長い紙が出てきました。これは、裁断する方向によっては、書かれている文字が読めるのです。
 最近のものは、紙吹雪のように切り刻まれて出てきます。
 今回の引っ越しでも、このシュレッダーは大活躍しました。個人情報が記された書類や、古くなった名簿、そして住所録に取り込んだ後の名刺などは、こんな時にしか処分することがありません。いつかいつかと思いながら、知らず知らずに溜まっていたのです。
 一気に処分しようとしたせいか、愛用のシュレッダーがモーター音だけを唸らせるようになりました。どうやら、硬質プラスチックの歯車が割れているようです。長時間にわたって、連続して使ったことが壊れた原因のようです。
 すぐに別のものを買いに行きました。家庭用なので、安く購入できます。選択肢は30種類以上もあり、店員さんに相談して迷いながらも、コンパクトなものを選びました。まだまだ、裁断して処分したいものがあるので、少しでも長く連続使用に耐えられるものにしました。
 数十年前までは、個人がシュレッダーを持つなどということは、とても考えられないことでした。せいぜい職場にあるものでした。それだけ生活環境が変化し、プライベートな印刷物が増えたのです。
 そんな中で、郵便物の宛先が読めないようにするために、100円ショップで買ってきた千鳥格子柄のスタンプも重宝しています。
 この他に今気に入っているものは、消せるボールペンです。ペンの軸に取り付けられた柔らかい樹脂の塊でこすると、いつでも文字や絵が消せるのです。目まぐるしく変わる手帳のメモ書きにはもってこいです。
 いろいろと便利な小道具を手元に置いて、せっせと個人情報を隠すことに時間を割いています。
 
 
 

2017年2月28日 (火)

インターネットが使えなかった一日

 子どもたちは、インターネットにどっぷりと浸かる日々のようです。
 内閣府の調査によると、青少年は1日に何時間もインターネットを使っている、ということです。そうはいっても、さして驚きません。便利なのですから。それよりも、いつ、どこで、だれが、だれに、どのようにして聞いた調査なのか、ということが気にかかります。統計は如何様にでも操作出来るからです。

 それはさておき、求める情報をいかに的確に、しかも早く手にするかということは、生きざまを大きく変えます。そのスキルが求められるのが、今の時代だと思います。その適応能力は、若いうちに鍛えておくべきです。ネットで何を見て、何をするかは別にして。

 30年近く前に、出先や海外のホテルから、音響カプラを電話機に取り付けて通信をしていました。ピーヒョロヒョロと鳴る音に耳を澄ませながら、タイミングを見計らって回線にデータを流していた頃と、今は雲泥の差です。

「再録(3)インターネット以前の奮闘劇〈1997.2.13〉」(2009年10月25日)

 今の便利なインターネットを、日々の中で活用しない手はありません。
 とはいえ、今日の職場でのネットの環境は最悪でした。午後6時に研究室を出るまでに、結局インターネットにはつながりませんでした。仕方なく、メールなどはiPhone で確認したのですから、無駄の多い時間の一日を過ごしました。

 このところ、ネットに接続する環境に恵まれていません。データのほとんどをクラウドやエバーノートに置いているので、つながらないと仕事の能率に直撃です。

 結局、今日はインターネットにつながるのを待ちながら、引っ越しの荷造りをして終わりました。本の処分が捗ったのでよしとします。しかし、目の前には大画面のパソコンがあるのに、手元の小さなiPhone の画面とにらめっこで情報を確認しているというのは、まさにマンガです。成熟した情報社会から、突然人里離れた自然の中に身を置いた一日となりました。

 私は、ネットがなかった時代から今を見ています。それに引き替え、生まれた時からずっとネットがある生活をしている若者たちは、突然のネットレスの状態をどう思うのでしょうか。意外と、不便がもたらす新鮮さを楽しむのかもしれません。情報に振り回されない、自分を見つめるいい一日だった、と。

 そうした中で、インターネットの次の時代が待ち望まれています。次は、どのような仕掛けが登場するのか、大いに楽しみにしているところです。若い子たちから、インターネットを使っていたの? と言われる日が近いようです。
 
 
 

2017年2月27日 (月)

文字読み取りアプリ「e.Typist Mobile」で資料整理中

 さまざまな資料を整理しています。
 その中で、特に冊子やパンフレットや切り抜き記事などの処分は、その始末に困ります。
 そんな時、PDFのファイルにした後、 iPhone のアプリである「文字認識・OCRソフト e.Typist Mobile」(Media Drive Corporation、¥960)は重宝しています。これまでにも、本ブログに引用したテキストのほとんどは、このアプリで文字認識をしたものです。


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 ネットでの評価を見ると、惨憺たるものが散見します。しかし、何かと欠陥商品を摑まされる私なのに、これは快適に使えるアプリです。ほぼ毎日使っています。
 開発が2012年であり、2014年から更新が止まっているので、不安に思うことがあります。しかし、特に今は不自由を感じないので、このまま使っていくつもりです。
 かつては、パソコン用のマッキントッシュ版の「e.Typist」があり、それを便利に使っていました。しかし、販売がウインドウズ版のみとなり、どうしたものかと思っていたときに、この「e.Typist Mobile」に出会いました。
 確かに、撮影の仕方によってはとんでもない文字列になることもあります。しかし、それは大した問題ではありません。すぐにその場でさっと文字化できることが、一番重要だと思っています。
 今日もiPhone を片手に、「エバーノート」と富士通の「ScanSnap」と「e.Typist Mobile」を駆使して、身辺整理を進めています。
 
 
 

2017年2月24日 (金)

グーグルからの不可解なメッセージと確認のメール

 iPhone を使っていて、グーグルに届いているメールを読もうとした時でした。
 突然、首を傾げるメッセージが表示されました。
 「Googleアカウントが変更されました」というメッセージが表示され、ユーザーIDとパスワードの入力を求められたのです。
 システムが更新されたのかと思い、迷いながらも様子を窺いながら、ログインをし直しました。
 すると、いつものように使えるようになりました。
 何となく不審な振るまいに、何事かと用心しながら操作を続けました。

 その前後だったでしょうか、不可解なメールが届きました。


170224_google


 昨日のブログに書いたように、このところ利用しているネット環境が不安定なので、それに関連することなのかと戸惑いながら、メールを注意深く読みました。
 どうやら問題はなさそうです。

 届いたメールは


●●さん、新しい端末をお持ちですか?
iPhone からのログインをご確認ください

とか、


このアクティビティに心当たりがありますか?
最近使用した端末を今すぐ確認してください。

というものです。

 ネットで調べると、「一部のGoogleユーザーが強制ログアウトに困惑」という記事がありました。


Googleのサービスを利用しようとした際に、「Googleアカウントが変更されました。セキュリティ保護のためもう一度ログインしてください」と表示され、強制ログアウトされていることが分かった。
(中略)
 グーグルは、Google アカウントのヘルプセンターを更新。「一部のお客様におきまして、Google アカウントが変更された旨の通知が送付されていることが判明しております。調査の結果、本メッセージはフィッシングやアカウントのセキュリティに影響するものではないため、ご安心ください」と説明し、再度ログインすれば通常通り利用できるとアナウンスしている。

 現在、強制ログアウトの原因をグーグルに確認しているが、2月24日14時時点では回答を得られていない。(CNET Japan 藤井涼 (編集部))

 私の場合もこれなのでしょうか?
 2段階認証を利用しているので、再度のログインに少し手間取りました。しかし、今のところ不審な動きはなさそうです。

 とにかく、もう少し情報を集め、様子をみるこしとにします。
 私へのメールによる連絡などは、明日25日(土)以降にしていただいた方がいいかと思います。

 電子メールが大切なコミュニケーションの道具となっているので、一日も早く安心して使える状態になってほしいものです。
 ということで、今日はコンピュータの利用を控えることにします。
 
 
 

2017年2月23日 (木)

メールの連絡を取りこぼしていることへのお詫び

 今週2月21日(火)午前8時から、明日24日(金)午後10時までの間は、通信環境が安定しないため、メールなどの確認が十分にできていません。
 東京から京都への引っ越しに伴い、iPhone だけを頼りにしての通信環境だったからです。可能な限り返信などはしました。しかし、いつものように私にはさまざまな機器のトラブルがつきものなので、多くの方はまたか、と思っておられることかと思います。毎度のことですみません。
 なかでも、ワード文書・エクセルデータ・PDFファイルなどの添付物は、閲覧できないものが多々あるようです。テキストはおおむね読めています。
 明日24日(金)午後10時以降は、これまで通りに通信環境が整います。
 申し訳ない対応しかできていない方には、もう少し時間を頂戴することで対処しますので、しばらくお待ちください。
 復旧を断念する中で、取り急ぎ、お詫び方々、、、
 
 
 

2017年2月21日 (火)

毎日新聞は今日21日で創刊145年を迎えました

 毎日お世話になっている新聞のことです。
 「毎日新聞」は、明治5年(1872)の今日2月21日に、「東京日日新聞」として創刊されました。今日でちょうど145年を迎えることになったのです。
 「讀賣新聞」の創刊が明治7年(1874)11月2日、「朝日新聞」の創刊が明治12年(1879)1月25日なので、現在も発行している日刊全国紙としては一番早いものだと言えます。
 明治44年に、「大阪毎日新聞」と「東京日日新聞」が合併して全国紙となりました。

 なお、「点字毎日」は、大正11年5月11日に週刊の点字新聞として創刊されました。日本で唯一のものです。「毎日新聞」も、日常的に障害者の問題を意識的に取り扱っています。この点は、他紙が何か社会的に問題が起きない限りは記事にしていない実情を思うと、これはすばらしいことだと思います。

 私は、「毎日新聞」の記者である姫野聡さんが、拙著『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)を新聞で取り上げてくださったのが契機となり、幸運に恵まれるようになりました。姫野氏のおかげで、今の私があると思っています。
 大谷晋也氏、谷口敏夫氏との出会いは、姫野氏が取り上げてくださった「毎日新聞」がなかったらありえないことでした。このことは、「27年来の仲間を思い出しながらの追善供養」(2013年08月04日)に書いた通りです。
 以来、折々に他の記者の方からの取材を受けるようになって、「毎日新聞」を親しく読むようにもなりました。

 それまでは、「朝日新聞」だけでした。
 親が購読していたことと、私が学生時代に「朝日新聞」を配達していたことから、これが一番馴染みのものでした。しかし、慰安婦問題を通して「朝日新聞」の実態を知るようになり、すぐに「朝日新聞の講読を解約する決断」(2014年09月11日)をしました。青春と共に歩んできた「朝日新聞」と縁を切り2年半。それ以降も見るに堪えない記事を何度か目にすることがあり、「朝日新聞」の解約は適切な判断だったと思っています。

 「朝日新聞」は、インテリと呼ばれる一群の読者層を意識した、知的刺激に満ちた口調で記事が書かれています。それとは対照的に、「毎日新聞」はあまりにも客観的に記事が書かれているために、インパクトに欠けます。しかし、無理に読者の知性を刺激することに腐心することのない姿勢に、今では好感を持っています。「朝日新聞」一辺倒だった頃には、このような大人の論調の味わいに気づきませんでした。

 もっとも、「朝日新聞」の白石明彦氏には2007年に取材を受けて以来、何度か記事にしていただきました。その新聞記者としての感性だけに留まらず、日本語へのまなざしにも敬意を抱いています。
 なお、「毎日新聞」の佐々木泰造氏の記事も、楽しみにして読んでいます。

 「毎日新聞」と「朝日新聞」以上に好きなのは、「京都新聞」です。
 これは、とにかく楽しい記事が満載の、日本文化を見直し、新たな文化が進展していることを気づかせてくれる新聞です。「朝日新聞」の無理やり批判的に語る口調とは対照的な、日常レベルでの知的刺激に満ちた新聞です。
 春からは、この「京都新聞」と共に日常の生活を楽しむことになります。
 
 
 

2017年2月20日 (月)

『源氏物語別本集成』の前に進行していた『源氏物語別本大成』

 明日の引っ越しのため、東京の宿舎の荷物を整理しています。
 これまでずっと忘れていた資料が、突然ながら出てきました。

 平成元年(実際の初版は昭和63年)に刊行が始まった『源氏物語別本集成』は、その前には『源氏物語別本大成』として作業が進んでいたのです。

 そのことは、すでに拙著『新・文学資料整理術パソコン奮戦記』(桜楓社、昭和61年)で「『源氏物語別本大成』の発想」(102頁)として、その構想について記した通りです。

 その基本データには、次の写真の右端に写っているように、「品詞」や「異同」という欄があります。特に「異同」の欄には、「部変漢6,7」とか「部欠」などと、本文異同の識別が明記されています。これらは、刊行された『源氏物語別本集成』では採用しなかった付加情報です。


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 次の写真では、昭和60年頃の具体的な版面や作業手順、そして必要な機器などが列記されています。「μCOSMOS」というデータベース用のソフトウェアや、懐かしい金属活字プリンタの名前が確認できます。


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 また、次のメモにも懐かしいハードウェアの名前があります。


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 こんな時代に、こんなことを考えていたということで、当時を回顧する資料として記し留めておきます。
 
 
 

2017年2月14日 (火)

【復元】痛恨のパソコン文書の消失

 今回も、コンピュータを操作している時に、不注意による誤ったキー操作でデータが消えてしまった時の話です。
 最近は、こうしたトラブルは減りました。コンピュータの機能が向上したせいもあります。
 悔しい思いをしながら、今に至っている過去の失態の記録です。
 
(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年6月16日公開分
 
副題「一瞬のキー操作のミスから」
 
 また、今日も文書を消してしまいました。パソコンのキー操作を誤り、一瞬にして3時間かけて書いていた文章がなくなりました。こんな悔しい思いを、これまでに数え切れないほどしています。懲りない自分を叱咤しているところです。負けるな、と。
 特に最近は、コンピュータと距離を置こうとする自分に気づくことが多くなったので、これも、そろそろスローダウンの生活に入れ、という啓示なのかもしれません。心して事態を客観的に見つめたいと思います。老化が加速したため、という事実を追認しないためにも。

 今回は、思いつくままに調子よく文章を入力している最中に、何を思ったのかショートカットキーで何かをしようとしたようです。何をしようとしたのかは、もう思い出せません。とにかく、その瞬間に、目の前の文章がパッと消えました。いろいろと回復処置を試みました。しかし、もうお手上げです。

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 昔から、考えながらパソコンのモニタに向って文章を書いていて、ついつい熱中して文書の保存を忘れる癖がありました。そんな時に限って、パソコンがハード的にフリーズしたり、ソフトが暴走したりするのです。夜空に向って「オーィ」と叫びたくなります。保存しておけばいいのに、調子にのってドンドン書き進めていると、何でもない保存という行為をツイツイ怠るのです。もう少し書いてから保存しよう、などと思っているときに、天罰のように災難が襲いかかります。

 もう20年以上もの間、懲りもせずに繰り返す失態です。テキストエディタに入力してから加工することにしています。そして、よく使うエディタは、1分置きに自動的に保存するように設定しています。それなのに、今日はいつものエディタを使っていなかったのです。ネットのフォームに、直接書いていたのです。

 こんな痛恨のエラーを繰り返しながら、今に至っています。消えたのだから、しょせんその程度の文章だったのだ、と自分を慰めています。パーソナル・コンピュータの草分けと言われながら、それにふさわしく足をとられて転び続けているのも、草分けならではの試行錯誤の証だということにしておきます。失敗に学ぶことの少ない私です。しかし、コンピュータ業界の方々には、「人間はミスをする」ということを前提にした上で、ハードやソフトを開発してもらいたいと願っています。
 

********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 

2017年2月11日 (土)

【復元】デジタル時代におけるデータ管理の危うさ

 私のブログは、サーバーのクラッシュなどにより、何度か消滅しました。平成16年12月から平成18年9月までに書いたものの多くが、まだ再建できていません。
 欠けたままの記事を手を尽くして探し出し、見つけ出したものから、折々に復元しています。

 以下の記事は、こんなことをしていました、という活動報告の一例です。『陽明文庫本源氏物語を読む ―桐壺― 』という本の編集を考えていた時のものです。これはまだ実現していません。今の状況から見れば、これに加えて『池田本源氏物語を読む ―桐壺― 』というものも並行して対処すべき課題といえるでしょう。

 また、ここで話題にしている『源氏物語別本集成 正 続』は、その翻字方針を変更したこともあり、今はそのすべてをリセットした上で、「変体仮名翻字版」で作り直しているところです。
 いずれにしても、膨大な翻字データを扱っていることには変わりがないので、次世代に引き継ぎながらも、慎重に補訂して更新しているところです。
 
(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2006年2月6日 公開分
 
副題「管理していた情報の一部が知らぬ間に移動」
 
 昨春より、『源氏物語』の陽明文庫本を、10人ほどの人たちと輪読しています。昨年末に「桐壺」を終えました。今秋には、これまでの輪読の成果を書籍として刊行する準備を進めています。書名は『陽明文庫本源氏物語を読む ―桐壺― 』とする予定です。『源氏物語別本集成』が本文資料集なので、その解釈・鑑賞・研究とでも言うべき活動を開始したしだいです。毎月最終月曜日の午後6時から国文学研究資料館で、毎回レポーターを決めて読み進めています。今年は第5巻の「若紫」を読みます。

 今月末の輪読会から「若紫」に入ります。輪読会でみなさんにお配りする基礎資料(17種類の古写本の翻刻本文の校合資料)を作成しようとしていて、心臓が止まるほど驚きました。知らないうちに、これまでエクセルの表形式で管理していた『源氏物語』の本文群の一部が、同じ表の別の所(セル)に移動していたのです。

 異変が見つかったのは、『源氏物語別本集成』の第2巻に収録した古写本の本文データです。思いもよらぬ事態に、イスから弾き出されるように飛び上がり、すぐに書棚に直行し、まず陽明文庫本の影印本を確認しました。そして、『源氏物語別本集成』の翻刻本文と本文校異を確認しました。刊行した本文に、問題はありませんでした。ということは、『源氏物語別本集成』の第2巻が刊行された平成元年6月以降に、パソコンで管理していた本文データの一部が、何らかのトラブルで別の位置に動いたことになります。

 『源氏物語別本集成』の第2巻を刊行後の17年の間に、本文データの手直しに気づいたら、その都度、細かい修正補訂を繰り返し加えてきました。その過程で、私が操作ミスをしたのかもしれません。データの複写や貼り付けを繰り返しているので、マウス操作を間違ってデータを移動させたのかもしれません。いとも簡単にデータを修正や移動できるコンピュータ管理の利点が、容易にデータを別の場所に複写や移動をさせる、ということにもなり得るのです。便利さと簡便さの二面性だといえましょう。

 原因は不明です。しかし、長期間データの更新を繰り返していると、こうした不注意によるデータの変質が起こるのですね。すでにずっと昔のことですが、コンピュータの有用性に気づき、『源氏物語』のデータベース化に取り組んでから、もう20年が過ぎ去っています。ひたすら良質の本文データを作成することを心がけてきましたが、その維持・更新・継承にも、細心の配慮をすべき段階に至ったようです。とにかく、いい本文データを、次世代の研究者に引き渡したいと思っています。

 昨春より、『源氏物語別本集成 続 全15巻』がスタートしました。『源氏物語別本集成 全15巻』は、約10億字の古写本の文字を確認しました。今回の『源氏物語別本集成 続』では、約30億字の古写本の文字を確認点検することになります。そのため、15、6年前に作成した『源氏物語』の本文データに追加修正する作業を繰り返しています。今回冷や汗をかいたことをいい薬として、これまで以上にデータの更新作業とその管理を慎重にしたいと思います。

 デジタル時代におけるデータ管理の危うさを、今日、図らずも実感することとなりました。一見冷静さを装ってこうして報告を書いていますが、実は内心では、手元のデータのありように不安が覆い被さっています。膨大な情報を、それも長期間に亘って維持管理することの難しさを知りました。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 

2017年2月 8日 (水)

知財セミナー「データ公開時のライセンスと著作権」

 人間文化研究機構が主催する知的財産セミナーに、知的財産管理室員の一人として参加しました。
 今回の関東地区での会場は、国立国語研究所でした。お隣にある建物ということもあり、会議の合間を縫ってのセミナー参加です。しかし、今どきのホットなテーマであり、多くの問題提起がなされたものだったこともあり、最後まで興味深く伺いました。


「データ公開時のライセンスと著作権」
福井健策(弁護士・日本大学芸術学部客員教授)

 今回のテーマは、個人的にもホームページやブログで日々直面する問題です。その意味から、少しでも多くの最新情報と対処策を教えてもらう機会となりました。

 専門的な立場からのお話はものの見方が多角的に広がり、また落ち着く先が見えてくるので萎縮しなくなるので安心します。

 まず、著作権に関する基本的なことの確認がありました。


どんな情報が著作権で守られるか

著作物︰思想・感情を創作的に表現したものであって、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するもの

著作物の例︰
①小説・脚本・講演など ②音楽 ③舞踊・無言劇 ④美術 ⑤建築 ⑥図形 ⑦映画 ⑧写真 ⑨プログラム

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著作物から除かれる情報

①定石・ありふれた表現

②事実・データ
⇔編集物・データベースは素材の配列や構成が独自の著作物
※個別のデータに保護及ばず

③アイディア
・基本的な着想・企画案︰猫の一人称で●
・ルール・法則・方法︰料理のレシピ、空気遠近法

④題号・名称・単純なマーク(原則として)
・俳句・標語・短いフレーズは著作物か

⑤実用品のデザイン(原則として)

 以下、お話を伺いながら、自分なりの理解が及んだところをメモとして列記しておきます。


・心配し過ぎると何も出来ない
 しかし、知財の法定刑は重い
・引用は10%未満が無難
・試験問題は無許可で使える
 ただし、過去問題集の権利の確保が必要
・やむを得ない改変は理解されつつある
・明瞭に白黒が付けられる例は少ない
・大きいリスクと小さいリスクの付けることが大切
・情報過多時代、大量コンテンツ時代になり、アメリカはフェアユースの例外を設定
・オープン・ライセンスへの期待(クリエイト・コモンズ・ライセンス)
・ウィキペディアは利用の権利処理の手間が軽減される
・国内外の50%は権利者が見つからないため(孤児化)、忘却や散佚化を防ぐためにもCCマークは有効
・引用の中に要約は問題なし。グーグルは3行位としているようだ

 本日のお話を通して、池田本の校訂本文を試作版として配布することは、「フリーミアム」ととらえたらいいように思いました。
 「フリーミアム」という聞きなれないことばについて、ご教示いただいた「ウィキペディア」を早速引用すると、次のように記載されているものです。


フリーミアム(Freemium)とは、基本的なサービスや製品は無料で提供し、さらに高度な機能や特別な機能については料金を課金する仕組みのビジネスモデルである。英語圏ではビデオゲームの場合、フリー・トゥ・プレイ(英: Free-to-play、F2P)という。
無料サービスや無料製品の提供コストが非常に小さい、あるいは無視できるため、Webサービスや、ソフトウェア、コンテンツのような無形のデジタル提供物との親和性が非常に高い。

 つまり、無償でも有償でもなく、当座は無償で配布しても、後で実費による配布とするもの、ということです。 

 講演の中でも、終了後も、多くの質問が出ました。参加なさっていたみなさまも、データに関する権利について、日々困っておられるようです。曖昧な点が多く、さまざまな場合が想定される問題だけに、割り切れなさが残るのは仕方のないことです。少しずつ意識を高めるということで、こうした機会を利用して権利意識に磨きをかけたいと思います。

 なお、2年前の知財セミナーについては、「知的財産セミナーで権利について学ぶ」(2014年11月20日)に記しました。

 
 
 

2017年1月16日 (月)

点字百人一首の様子をラジオ日本「小鳩の愛〜eye〜」で放送すること

 一昨日の記事「【追記】高田馬場で「百星の会」の新年会と点字百人一首のカルタ会」(2017年01月14日)で、ラジオ放送の取材があったことを次のように記しました。


ラジオ日本の「小鳩の愛」のスタッフの方が取材に入っておられました。今日の様子やインタビューが、2月に放送されるそうです。

 そのディレクターである宮島佑果さん(アール・エフ・ラジオ日本)から、先日の「百星の会」の様子が以下の日程で放送されることを教えていただきました。
 私は「百星の会」の活動を広報する立場でもあるので、ここで宣伝しておきます。
 何年もラジオを聴いていません。これを機会に、楽しみに放送を待ちたいと思っています。


【番組名】 「小鳩の愛〜eye〜」(こばとのあい)
 http://www.jorf.co.jp/?program=kobato
視覚障害者の方がより暮らしやすい社会を目指して、視覚障害者、晴眼者にとって役立つ情報をお届けする番組です。
 
【放送局】 ラジオ日本 1422kHz  毎週日曜朝 7時5分〜7時20分
      北日本放送 738kHz   毎週日曜朝 7時30分〜7時45分
※スマートフォンアプリ「radiko」でもお聴きいただけます。
 
【放送日】 2017年2月5日(日)、12日(日)、19日(日)
 3週に渡って特集予定です。

 
 
 

2017年1月 6日 (金)

情報発信サイトを2017年春に整備する予定

 現在、さまざまな情報を、ホームページやブログを通して発信しています。
 2017年4月から生活が京洛に移る関係で、ウェブサイトに関しても発信の母体となる通信の環境を整備する予定です。
 詳細はまた後日お知らせすることにして、現在の見通しを取り急ぎまとめておきます。
 それぞれのサイトは、いずれも多くの方々に見ていただいているので、途切れることのないように新しいサイトにつなげていくつもりです。
 これまでと変わらぬご支援のほどを、よろしくお願いいたします。
 
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【A】サイトのアドレスが変わるもの

■ブログ■
「鷺水亭より」
(平成29年3月31日まで)

〔少しずつ移行〕

「鷺水庵より」
(平成29年3月31日より完全移行)
(すでに入れ物は出来ています)


※このブログは、運営者側の都合により、サービスが閉鎖されるために移行するものです。
 私は情報発信サーバー関しては不運続きで、1995年以降、現在のサイトは6社目です。利用していたサーバーがクラッシュしたり、運営が廃止されたりと、いろいろなことがありました。それでも、何とかつないで来ています。公開したデータが復元できないものは2割ほどなので、8割方は再建できます。いずれ、1995年から発信し続けている情報を、きれいにつなげたいと思っています。いつになるかわかりませんが……

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【B】新サイトへの移行を検討中のもの

■ホームページ(1)■
「NPO法人〈源氏物語電子資料館〉」


※このまま運用する予定です。
 ただし、ネット環境の整備を含めて、新しいサイトに移行することも検討中です。

 
■ホームページ(2)■
「大和まほろば発〈へぐり通信〉」

※現在、クラッシュしたデータを再構築中です。
 新しいサイトで再出発する予定です。

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【C】これまで通りのアドレスで公開

■ホームページ(3)■
「海外源氏情報」(科研・基盤研究A)
 
■ホームページ(4)■
「古写本『源氏物語』の触読研究」(科研・挑戦的萌芽研究)
 
■ホームページ(5)■
〈旧・源氏物語電子資料館〉

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2016年11月29日 (火)

新幹線で乗り継ぎできない「モバイルSuica」と「エクスプレスカード」

 今回初めて、新幹線の乗り降りに、iPhone 7 Plus の「モバイルスイカ」と、いつも使っている「エクスプレスカード」を使用しました。いや、使おうとしました。
 しかし、改札を出入りするたびに、自動改札機でエラーとなり赤ランプが点灯しました。あれは、スムーズに移動しようとする気持ちが挫かれると共に、繁忙を極める駅員さんのお世話になり、申し訳ない気持ちになります。
 気持ちよく新幹線での旅ができなくなりました。

 駅員さんからは、なぜエラーになるのかという説明を受けました。
 しかし、いまだに私はよく理解できていません。モバイルSuica が導入されてから1ヶ月足らずだとはいえ、自動改札機に挟まれて、迷惑な足留めとなっていたことに違いはありません。後ろから続く人は、怪訝な眼を向けておられました。

 今回のエラーについて不思議に思い、ネットで調べてみました。
 駅員さんの話は、確かにネットに書いてある通り、間違っていません。しかし、売りとなっている「チケットレスでスピーディ乗車」とは大きく異なります。
 「エクスプレスカード」を併用する場合は、一枚の紙に印字された別のチケットを入手してからでないと、モバイルSuica が使えないシステムなのでした。JRが新しい時代に追いつくための過渡期の問題だとはいえ、どうもすっきりしません。まさに、時代に後押しされる中での見切り発車だったのです。

 今回いつものように使用した「エクスプレスカード」というのは、次のような謳い文句で普及しているものです。


エクスプレス予約は、東海道・山陽新幹線をスムーズ&スピーディに一年中おトクなおねだんで利用できる、会員制のネット予約サービスです。(https://expy.jp/top.php?)

 次の説明もあります。


東海道・山陽新幹線をスムーズ&スピーディに一年中おトクなおねだんで利用できる、会員制のネット予約サービスです。
スマートフォンやパソコン、携帯電話を使い、オフィスや自宅、出張中や旅行中でも、東海道・山陽新幹線指定席の予約・変更ができます。また、乗車の際にEX-ICカードを改札機にタッチするだけで乗車ができます。(https://expy.jp/beginner/#sec1)

 この「EX-ICカード」が、最新技術の成果である「モバイルSuica」とうまく連動させられなかった、というのが実情のようです。アップルのブランド力に押し切られたのか、時代に遅れまいとしたJRの焦りの結果なのか。

 次のお知らせが、そのことを語っています。


「【重要なお知らせ】 iPhone 7、iPhone 7 Plus、Apple Watch Series 2に関するご案内(2016.10.12)
 
◆都市圏用のICカードとして「iPhone 7等のSuicaがご利用できる対象端末」を利用する場合の在来線と新幹線の乗り継ぎについて

在来線と新幹線を乗り継いでご利用になる場合、iPhone 7等のSuicaがご利用できる対象端末と「EX-ICカード」を重ねて新幹線乗換改札機を通過することはできません。次のいずれかによりご利用ください。 
① 新幹線ご乗車の際は、カード型の都市圏用ICカードをご利用いただく。
② 新幹線乗換口の指定席券売機または窓口で、「IC乗車票」をお受取りになり、新幹線乗換改札機では、「IC乗車票」を投入後、iPhone 7等の端末をタッチする。

 モバイルSuica の存在が、この説明文では完全に死んでいます。
 この説明を今読んでみて、いつも自動改札機で受け取る「IC ご利用票」とここに出てきた「IC乗車票」なるものとの違いすら、いまだによくわかりません。知ったからといって、どうということもありませんが……

 エクスプレス予約のホームページには、「よくあるご質問」のコーナーに「モバイル Suica」という項目があり、そこには次のような記載がありました。


Q. モバイルSuicaは、EX-ICカードやTOICA等の他のICカードと組み合わせて利用できますか?
 
モバイルSuicaは、Suica機能を持ったスマートフォンや携帯電話をEX-ICカードの代わりとしてエクスプレス予約でご登録いただくことで、スマートフォン・携帯電話1台で東海道・山陽新幹線と在来線の乗り継ぎができます。

そのため、モバイルSuicaと他のICカード(EX-ICカードやTOICA等の都市圏用のICカード )を重ねて新幹線自動改札機を通過することはできません(https://expy.jp/faq/category/detail/?id=24)(赤字は私が施したものです)

 前段の「乗り継ぎができます。」という文章が「そのため」ということばを挟んで、後段で「通過することはできません」と記されていることとが、私の中ではうまくつながらないのです。前段の文意が正確に読み取れると、後段につながるのかもしれません。
 「そのため」ということばは、日本語としてどのような働きをしているのでしょうか。日本語に精通した方には問題がない使い方なのでしょうか。
 自分の日本語の運用能力をさらけ出すようで躊躇います。しかし、私には今は説明できない日本語文なので、恥を忍んであえてここに記しておきます。

 そもそもJRは、電車を走らせる技術力はあっても、お客さまに関することには驚くほどに無頓着です。
 今回も、モバイルSuica で往復共にエラーが発生しました。これに関しては、ITの進歩にご自慢の技術力が追いついていないことを露呈しています。

 私の伯父は、特攻隊の生き残りでした。その伯父が、国鉄が最初にコンピュータを導入した時に、島根県の出雲から大阪に招集された1人でした。私が大阪にいた頃に、伯父はよく我が家にやってきて、コンピュータの勉強をしている話を、熱っぽく語ってくれました。

 私が大阪の高校を卒業する時に、伯父からいろいろな話を聞きました。私の家ではお前を大学へ行かせる余裕がないので、まずは国鉄に入り、そこから大学に行かせてもらう制度を使えと。自分が大学へ行きたいという希望は、そうすれば叶うのだ、と。

 両親からは言いにくいことを、父の弟という立場で、親身になって私に直接アドバイスをしてくださったのです。結局は、自分の判断で、朝日新聞社の奨学生となって大学へ行くことになりましたが。

 もし、あの時に国鉄で仕事をしながら大学へ行っていたら、その6年前に開業した新幹線の仕事をしていたかもしれません。新幹線には、私の人生と接点があったかもしれない鉄道だと思っているので、ついトラブルなどを聴くと気になるのです。

 さて、新幹線はこのモバイルSuica との融和を、近い内には対応させることでしょう。しかし、その頃にはまた新しいITのシステムが登場しているはずです。

 ハードウェアにはめっぽう強くても、ソフトウェアには弱い体質を持つJRは、今後はどうするのでしょうか。
 新しい人材の確保が必須なのでしょう。しかし、JRに優秀な人材が集まるかどうかは、若者のチャレンジ精神に頼るしかないようです。
 JRが魅力とやりがいのある企業なのかどうかは、若者の厳しい眼にさらされる中で選別されていくことでしょう。
 伯父がコンピュータへの熱意を語ってくれたことを思い出して、他事ながらJRに期待したいと思っています。

 こんなことを書きながら、今日「ジパング倶楽部」への入会手続きをしました。
 「エクスプレスカード」とはお別れします。
 「ジパング倶楽部」とは、次のような説明がなされているものです。


日本全国のJRきっぷが年間20回まで最大30%割引。
男性満65歳以上、女性満60歳以上ならどなたでもご入会できます。
ご夫婦のどちらかが満65歳以上ならご一緒にご入会できます。
年会費は、個人会員(お一人):3,770円(税込)、夫婦会員(お二人):6,290円(税込)

 妻は早くから、この「ジパング倶楽部」の会員でした。私も一緒に夫婦会員となってもよかったのです。しかし、この年齢設定に露骨な男女差別が見え隠れしているので、無視していました。
 また、その切符を入手するまでの、嫌がらせとしか思えない手帳の管理と手続きの面倒くささに、自ずと毛嫌いしていました。しかし、そんなことは大したことではないと思うようになりました。

 私は今月で65歳となりました。
 しかも、昨日は新幹線でいやな思いをしました。
 意地をはらずに、すなおに利を取ることにします。
 便利さだけを追究した生き様を見直す時期なのでしょう。
 これまでは、妻に合わせて新幹線の「ひかり」に乗っていました。
 妻と一緒でない自分一人だけの時に、「のぞみ」に乗っていたのです。
 来週からは、「のぞみ」に乗れる権利を放棄したという気持ちを持つこともなく、妻と一緒に「ひかり」で京都と東京の間を移動します。
 
 
 

2016年11月22日 (火)

忘れていた「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」のこと

 いつしか読めなくなっていた、国文学研究資料館のサイトから公開していた私のホームページ旧〈源氏物語電子資料館〉を、本年4月に再構築してもらい、再スタートしました。
 そのことは、「読めなくなっていたホームページを再建」(2016年04月26日)という記事にまとめ、復活させたことを報告しました。

 しかし、そのことをすっかり忘れてしまい、ブログのサイドバーなどからもリンクが途切れたままになっていました。

 問い合わせを受けても、再建していたにも関わらず、「科研の報告書」や「源氏絵」の公開情報は壊れたままです、と答えていました。

 今日、この「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」が復活していることを指摘され、慌てて確認しました。
 私の科研で補佐員として支援していただいている加々良さんの尽力で、『源氏物語』の貴重なデータが多いこのホームページを、現在のメインサイトとしている「さくらネット」の中に生き返らせていただいていたのです。
 それを忘れていたとは、まったくお恥ずかしい限りです。ずっと、何とか蘇らせなくては、と思っていたのですから。

 本日、本ブログの右側にあるサイドバーの後半にある「↓関連ホームページ↓」に、この「★国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」を追記しました。ご確認ください。
 スマホ用の表示画面の末尾は、まだ未調整のままです。

 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉のホームページと名前が紛らわしいので、「国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉」は今後は整理する方向で考えています。

 なお、もう一つの私のメイン・ホームページだった「大和まほろば発〈へぐり通信〉」は、まだ壊れたままで放置しています。これも、年内に再建したいと思っています。

 いずれも、1995年9月からスタートした、いろいろな意味での記念碑的なホームページだという、身に余る評価をいただいているものです。

 バタバタするばかりの日々の中で、すっぽりと抜け落ちた部分が自分の中にあったことを、あらためて知ることとなりました。

 前ばかり見て進んでいる私の生活の中で、こうした過去のものも大切に維持管理して、守り続けることにも心がけるように、との思いを、この件を契機に強くしているところです。
 
 
 

2016年10月30日 (日)

不可解なiPhone7Plusを契機に生活スタイルを見つめ直す時期か?

 iPhone6Plus から iPhone7Plus に機種変更したことに伴い、転送したアプリでよくわからないことに直面しています。
 昨日の窮状とはまた別のトラブルです。

 一例をあげます。
 私がよく使う文字読み取りアプリの「e-Typist」が、iPhone6Plus から iPhone7Plus にバックアップデータを復元したのに、転送されていませんでした。
 そこで、アップルのサイトからダウンロードしたところ、¥1,400円の請求をされたのです。iPhone6Plus 以前から利用しているアプリなので、機種変更したからといって再度購入させられるのは変なことだと思い、アップルのサポートに問い合わせをしました。

 料金担当者だと名乗られる方に調べてもらったところ、これは課金されていない、とのことでした。あの画面に出た請求はなんだったのでしょうか。

 その代わり、「ATOK Pad」の¥1,300円が請求され、カードから引き落とされているとのことでした。これも、以前からずっと活用しているアプリです。エバーノートと連動させて、電車の中でブログの記事を書く時によく使っているものです。

 不可解なことなので、さらに調べてもらうと、この「ATOK Pad」を私が購入したのは2012年のことで、今はそれが提供中止となり、現在は別のアプリとして販売されているそうです。そして、私が今回 iPhone7Plus にダウンロードしたのは、この新しいものであり、そのために新規購入となったのだという説明でした。
 そんな裏事情があるとはつゆ知らず、同じ名前のソフトで見た目も機能も一緒なので、当たり前のようにダウンロードして使い出したところでした。

 手続きをすれば解約して返金できるとのことでした。しかし、その手続きにまた延々と時間が吸い取られるのがわかっているので、購入したものとして使用することにしました。率直な気持ちを言えば、詐欺にあったようなものです。

 さらに不思議なことがわかりました。
 「大辞泉」という辞書アプリがあります。言葉の意味を iPhone で調べるときによく使います。これが、私がアップルで購入した履歴にない、ということなのです。しかし、iPhone6Plus 以前からよく使っていたものだし、現に私のパソコンの中のバックアップデータの中に、この「大辞泉」がちゃんとあります。この「大辞泉」も、iPhone6Plus から iPhone7Plus に転送されなかったアプリです。

 購入したものではない「大辞泉」を、私は何年も iPhone で使っていたことになります。どこかから紛れ込んだのではないか、とサポート担当者はおっしゃいます。それも変な話です。そんなにアップルのシステムはいいかげんなのでしょうか。不正に取得したものではありません。それなら、これまで重宝して折々に使っているはずがありません。

 試しにこの「大辞泉」をアップストアで確認すると、ダウンロード価格は¥2,000円になっていました。下手にクリックすると、また請求させるところでした。
 こんな調子では、次から次へと知らぬ間に課金されていきます。それも、知らない内に。
 とにかく、アップルのシステムがよくわからなくなりました。

 アップルの電話サポートの担当者は、今日も次から次へと襷リレーでした。電話口に出られたのは6人で、そのうちの2人がスペシャリストだと名乗っておられました。しかし、そのサポートの実力はいまいちでした。私の疑問を、何一つ解決してくださらなかったのですから。

 今日のやりとりで、いろいろなことがわかりました。
 まず、iPhone6Plus から iPhone7Plus に iTunes を使ってバックアップデータを復元しても、そのすべてが転送されるわけではない、という衝撃的な発言です。てっきり、バックアップからすべてが完全に復元できると思い込んでいました。
 確かに、私の場合は200近いアプリの内、4分の1は復元されていません。

 転送されなかったものはどうしたらいいのかと聞くと、アップストアから再度ダウンロードするしかないとのことです。そして、再度のダウンロードなので本来は料金が発生しないはずではあっても、私の今回のようにクレジットカードから引き落とされることもあるそうです。
 では、どのアプリが料金を徴収されるのかを尋ねると、やってみないとわからないそうなのです。なんとアバウトな回答。そして、以前使っていたのに課金されたら、サポートの料金担当とその時々に相談をしてほしい、と。湯水の如く時間を吸い上げられ、ついにはユーザーが根負けするという構図を想定されているようです。
 確かに、今回の場合、「e-Typist」は請求されなかったのに、「ATOK Pad」は事情があったにしても支払うことになりました。

 もう1点、意外なことを知ることになりました。
 iTunes でiPhone のバックアップを取ったり復元したりする時に表示される、見慣れた画面についてです。


161030_itunesbackup


 ここで、「iCloud」の項目には、「iPhone内のもっとも重要なデータを iCloud にバックアップします。」とあります。
 その下の「このコンピュータ」の項目には、「iPhoneの完全なバックアップはこのコンピュータに保存されます。」と書いてあります。

 これまで私は、この「iCloud」の項目と「このコンピュータ」の項目では、バックアップされるデータが違い、「iCloud」の項目はiPhone のすべてのデータではなくてシステム上で大事なものが対象であり、「このコンピュータ」の項目のバックアップはiPhone のすべてのデータがバックアップされると思っていました。
 たまたま私は50ギガの契約をしています。しかし、特にアップグレードをしていない無料の一般ユーザーは、5ギガしか利用できません。当然、すべてのバックアップをするとなると、容量不足になります。担当者の答えでは、容量が不足した方には、アップグレードの案内が出るのだそうです。これって、アップグレードへの誘導行為ですよね。

 それはともかく、今日のスペシャリストHさんの説明では、上記の「iCloud」と「パソコン」へのバックアップの両方とも同じものであり、共に iPhone のすべてのデータがバックアップされる、とのことでした。
 そして、私の場合では、「iCloud」に取ったバックアップから iPhone7Plus に復元してみたら、パソコンからの復元で取り落としたアプリが、さらに多く転送されるのでは、と言われました。すると逆に、復元されたものが消えることも考えられます。何といいかげんなことを。
 こうしたことに詳しくない私には、もう理解不能です。いろいろと対策はあるのでしょう。しかし、今日の言葉による説明ではそういう曖昧なものでした。

 私は、まだこのHさんの説明を信じていません。
 本当はどうなのでしょうか。
 上記の、画面に表示される日本語の意味の違いは何なのでしょうか。

 それにしても、次から次へと、入れ替わり立ち替わり、いろいろな方が電話口に出て、さまざまに別々の説明をしてくださいます。その交代に要する時間も、5分から10分もかかります。電話口で待たされている間は、電話をスピーカーで聞くようにして、手元で仕事を続けます。

 そしてやっと次の方にバトンタッチされても、最初に本人確認ということで何度も同じことを聞かれ、質問には的外れな回答が目立ち、実際に言われるままに操作をしても、何一つ解決しないのですから、アップルのスペシャリストの実力の程が知れていると言わざるを得ません。

 今、折しも山積する仕事と課題に挑んでいる時なので、こんなことに時間を費やしていることがそもそも無駄な時間潰しです。今日も、電話の対応をしながら、目と手はパソコンで頭を使わない作業をしていました。

 今週手に入れた iPhone7Plus も、予想したとおりに案の定お手上げ状態です。
 めったに使わないとはいうものの電話機能は使えることと、データ入力は何とかできるので、しばらくはこのまま使いながら、また本体交換になる事態を待つことにしましょう。
 アップルには、しっかりした製品の供給と、納得のできるサポートをしてほしいと願っています。

 予想通り、またもやとんでもない iPhone を手にしてしまいました。
 大好きだったソニーが沈没し、期待していたアップルが怪しくなりかけています。
 これも、時代の変わり目にさしかかっている、ということなのでしょうか。

 デジタルデバイスの利活用に費やす手間と時間に、大いなる疑問を持つようになりました。

 私が初めてコンピュータの体験をしたのは、今から36年前の昭和55年(1980)、NECの「TK80」でした。その2年前に和文タイプライターをマスターし、すぐに電動式ひらがなタイプライタを活用し出しました。
 この40年弱の電子機器との関わりに、あらためて意識の改革が求められているのかも知れません。まさに、時代の転換点に身を置いているように思われます。

 未来を見つめて、夢を描いて電子機器と積極的に格闘してきました。
 私の生活スタイルの中に定着した電子機器は、いまや見直しの対象となりつつあります。
 今回のiPhoneのことから、こんな思いを強くしました。
 日々の記録と整理と発信の方策を考えるべき時期に直面していることを、あらためて痛感しているところです。
 
 
 

2016年10月29日 (土)

やはり iPhone7Plus が変な動きをしています

 今週ようやく手に入れた私の iPhone7Plus が、どうも変なのです。
 4日前の「iPhone7Plus をまずは1台入手」という記事に書いた通り、やはり予感的中です。妻が入手した翌日に手した私の iPhone が、とにかく30分おきに変なことになるのです。
 ただし、妻の iPhone7Plus は正常に使えています。

 これまで使っていた iPhone6Plus は、秋に手に入れたものが本体交換を2度も繰り返して、3台目でやっとまともな物が手渡されました。その5ヶ月間は、とにかく無駄な時間を iPhone6Plus に費やしました。

 今回の iPhone7Plus も、来春まで同じように不愉快な日々を送ることになるのでしょうか。無意味な時間が、この iPhone7Plus に食われるのです。

 機種を新しくすると、いつもこうしたやっかいなことに直面します。正常に使えない iPhone に、お金は払い続けるのですから、気持ちはすっきりしません。アップルは手に負えなくなると本体をそっくり交換して素知らぬ顔をするのですから、まったくいい気なものです。

 今回の不具合は、とにかく複雑なことのようなので、ここに書くことはしません。
 今、非常に忙しい中にいます。今日の1日がアップルとの電話によるサポートで潰れました。何とか使えるようにならないか、との思いで、こんなことに時間をかけていては大変なことになる、と思いながらも、電話で無責任なサポートを受けることとなりました。

 最初に、アップルのサポート担当窓口である[0120-277-535]に電話をしました。いろいろとあってやっと出てきた担当者は、長々とやりとりをした末に、原因を「iCloud Drive」に起因するトラブルだと判断され、その対処を受けました。しかし、それでは何も解決しません。見立ての間違いだったのです。救命救急医が最初の診断を間違ったのと同じです。もっとも、私の命に別状はありませんが。

 解決しないことを再度電話で問い合わせると、今度は別の方が出てきて、先程の対処はその「アドバイザーの不備」によるものであり、「iTunes」のサインインとアウトで対処しようとされました。同僚の不始末を、なんとも軽くいなした発言でした。
 しかし、それも間抜けなことがいくつかあり、結局はダメでした。

 そこで、やっと出てきてほしかったスペシャリストなる方にバトンタッチとなりました。
 しかし、そのスペシャリストとおっしゃる方の指示でも、やはりダメでした。提案されることも、素人の私でも[?]と思われるものでしたが、ジッと我慢しました。

 コンピュータに30年近く関わっていると、電話口での対応で相手の方の力量がおおよそわかります。アップルのサポート窓口では、最初に対応してくださる方はほとんどが外れです。そして、その上のクラスのスペシャリストの方を、いかに引き出すかがユーザーの力量を問われるところです。そして、スペシャリストの方が出てきてくださると、解決することがあります。しかし、それでもダメなことが多いのが実情です。

 日本のサポート窓口は、その程度のランクの人材で構成されています。残念です。優秀な人材が、なかなか確保できないのでしょう。

 これが、アップルの地元であるアメリカのスタッフのレベルは、もっと高いのでしょうか。もっとも、英語がまったく喋れない私は、もし日本のスタッフよりもレベルが高くても、こちらの症状を相手に英語で伝えることができないので、どうしようもありません。

 ということで、また本体交換を繰り返す中で、半年後の来春には、まともに使える iPhone7Plus に出会えることを楽しみにしましょう。またまた、iPhone7Plus についても、ジッと半年の我慢を強いられます。その間、アップルにはこの欠陥商品にお金を払い続けるのですから、またまた不条理を感じます。

 予想通りの、欠陥商品というよりも、欠陥システムの中に置かれています。
 またか、との思いで、iPhone に頼らない生活を組みたて直すこことにします。
 この iPhone7Plus を使わない、という生活もいいものかもしれません。
 そうした機会を与えられた、と思うと、不愉快な思いが幸運にも思えるから不思議です。
 いささか、自虐的な物言いになってしまいました。
 アップルさん、安定した完動品の商品の供給をしてください。
 
 
 

2016年10月25日 (火)

iPhone7Plus をまずは1台入手

 iPhone7Plusを、いつものことながらドタバタ騒ぎの中で、なんとか手に入れることができました。

 2台を同時に入手できなかったので、まずはタッチパネルがヒビ割れた方から機種変更をしました。営業時間内に2台の手続きができない、とのことだったからです。1台いただくのに、手続きや設定などで、1時間はかかります。結構、手間と時間がかかるものです。

 本来ならば、好きではない au ではなく、しかも SIM Free にしたかったことは、以前書いた通りです。しかし、心ならずも思い通りにはいきませんでした。この次の機会を狙います。

 私は、人との出会いは恵まれているのに、機械運からは見放されています。
 これまで使っていたiPhone 6Plus は、渡された本体の欠陥から2度も本体交換となり、3台目にしてやっとまともに動くものが手渡され、今に至っています。

 さて、今回のiPhone7Plusには、どのような物語が生まれるのでしょうか。手にした今から、何が起こるのか楽しみです。

 まず祈るのは、某社のスマートフォンのように、突然ポケットの中などで火を噴かないことです。

 これまでに、ディスプレイが火を噴いたり、ケーブルが焦げたり、ドライヤーのコードが焼け焦げて飛んできたりと、このての話には枚挙に暇がありません。

 さて、この新機種に交換してから、今後ともどう展開するのでしょうか。
 これまでのパターンでいくと、近日中に「突然……」と始まる記事をアップすることになるのですが……
 
 
 

2016年10月14日 (金)

iPhone 6 Plus から 7 Plus へSIMフリーで移行する際の問題

 先週、「iPhone Plus を 6 から 7 へ移行することを検討中」(2016年10月08日)と書いてから一週間が経ちました。

 そして、最後に「今後はもう少しお役に立つ情報の発信を意識したいと思っています。」と書きました。その、お役立ち情報を以下に書いておきます。

 ただし、これは当初の予定を変更するものとなっていますが。


161014_iphone6plus


 駅前の auショップへ行き、先日確認したように手元に転がっていた「iPhone5」に画面がひび割れた「iPhone 6 Plus」の SIM を入れ替えることで、「iPhone 6 Plus」の引っ越しをしたのに、データがどうしても最近の2年分が移行できないことを尋ねました。担当の方は、この前よりも詳しい方でした。しかし、そんなことはないはずだ、とのことです。
 何度かやっても移行できなかったので、それ以上の話はしませんでした。

 そんな中で、SIM フリーへの移行を話題にしたところ、先日の方とは違うことをおっしゃいます。
 まず、私の更新月は今年の12月から来年の1月なので、その期間にこれまでの機種を解約しないと、一台につき約1万円が違約金として発生するとのことでした。私の場合は、2台同時に移行するので2万円です。

 さらに、私が使っている「iPhone 6 Plus」から新しい「iPhone 7 Plus」への移行では、SIM フリーで使うことが保障されていない、ということでした。これは、au のサイトに書いてあることで、「iPhone 6 Plus」と「iPhone 6s Plus」は別物であり、私が持っている「iPhone 6 Plus」はSIMフリーには対応していない機種だそうです。「iPhone 6s Plus」からが対応するものだとか。
 あれっ、と言うしかありません。この前は……、と言ってもどうにもなりません。

 ただし、iPhone のタッチパネルが割れていても、その「iPhone 6 Plus」から「iPhone 7 Plus」に機種変更をすれば、下取り価格の27,000円が新機種の購入代金にまわせるとのことでした。割れたタッチパネルを修理しても2万円以上はかかるので、「iPhone 7 Plus」への移行は、これで大きく変更を余儀なくされることとなりました。

 追い討ちをかけるように、現在私が求める「iPhone 7 Plus」は在庫がないので、3週間ほどの予約待ちとなるのです。

 それでは、12月まで待って、違約金が発生しない時期に買い替えにしましょう、と言うと、SIMフリーではなくて au の SIMで使い続けるのであれば、機種交換なので違約金は発生せず、手数料の2,000円でいいとのことです。

 相手の言いなりながらも、このまま機種交換しようかと思うようになりました。
 そして、担当者はさらにおっしゃいます。
 どうしてもSIMフリーにしたければ、180日経過してからなら可能だとのことです。

 となると、この店で「iPhone 7 Plus」をいつ予約するか、ということになります。
 担当者は、待ってましたとばかりに、週末は予約者が増加するので、早い方がいいですよ、と親切(?)におっしゃいます。

 SIMフリーのことを最優先にしていて、このまま au の契約を続ける気はまったくなかったので、そういうことなら一晩頭を冷やすことにします。

 こんな問題を、いま抱えています。
 解決なさった方がいらっしゃいましたら、よきアドバイスをよろしくお願いします。
 
 
 

2016年10月 8日 (土)

iPhone Plus を 6 から 7 へ移行することを検討中

 「iPhone 5 64GB」を「6 Plus 128GB」に機種変更したのは、ちょうど2年前の2014年10月6日でした。その時のことは、次の記事に書いています。

「iPhone 6 Plus のトラブルの対処方法」(2014年10月07日)

 それから10日後には、私が手渡されたiPhone は不良品とのことで、京都で本体交換をしてもらいました。

「iPhone 6 Plus が欠陥商品のため本体交換となる」(2014年10月17日)

 本体交換しても不調なので、また1ヶ月後にトラブル状態となりました。

「依然として続く iPhone 6 Plus128G のトラブル」(2014年11月16日)

 それ以来の不調については、Evernote がらみなので省略します。

 そして、「iPhone 6 Plus」にしてから4ヶ月目にして、3台目の iPhone を手にすることとなりました。今度は、アップルストア銀座での本体交換でした。

「4ヶ月で3台目の本体交換となったiPhone6 Plus」(2015年02月25日)

 その後も不調が続き、本ブログには折々に報告してきました。ただし、今それらはすべて省略します。

 さて、そうした道を歩んで来た私も、最近新たに投入された「iPhone 7 Plus」に移行する決意をしました。それは、我が家にある2台の「iPhone 6 Plus」の内の1台のタッチパネルのガラスが、落とした衝撃で粉々にひび割れしたためです。表面に衝撃防止シートを貼っていたので、ガラスの破片が飛び散ることはありませんでした。

 今回のガラスの修理は、ネットで調べ、お店で確認したところ、19,800円だそうです。いつか 7 Plus にしようと思っていたので、これを機会にと思いきることにしました。

 そこで、旧知の仲間が、私と同じ au の「iPhone 6 Plus」から docomo の「iPhone 7 Plus」に機種を交換したことを、最近ブログに書いていたことを思い出しました。
 そこですぐにメールで、私の用途などを伝え、経緯などを問い合わせたところ、これまたすぐに詳細な説明を受けとることができました。
 こうした情報通の仲間がいることは、突然やってくる悲劇に対処するにあたっても、本当に助かります。

 長文の懇切丁寧な説明を読んで、ますます、docomo の 7 Plus にすることで、気持ちは大きく傾きました。
 それにしても、今までまったく縁のなかった docomo です。
 詳しく、わかりやすく説明された文章を見ながら、参考にと添えられたホームページなどもすべて確認した上で、やはり SIMフリーで「mineo の docomoプラン」にターゲットを絞りました。

 そして、アドバイス通り、以下のこともチェックしました。
・基本データ容量:3GB
・デュアルタイプ

 ただし、面倒なのは、「iPhone 7 Plus」の SIMフリー版をAppleから直接購入することです。すぐに、今いる宿舎から近いアップルストア銀座に、「iPhone 7 Plus」の在庫状況を聞きました。すると、ホームページでも在庫が確認でき、あればすぐに予約すればいいそうです。ただし、今日は残念ながら在庫はないとのことです。毎日朝8時に在庫状況を公開するので、ネットで在庫を確認してから予約し、その番号を持って来店を、とのことでした。

 とにかく、SIMフリーの本体の入手は、明日以降になります。どうやら、この本体の入手が、一番の難所のようです。

 次に、ヨドバシカメラに連絡し、mineoの手続きの相談をしました。
 京都の我が家は、ネット環境は Kオプティコムの光回線を契約しています。テレビも電話もインターネットも、すべてイオネットを利用しています。いろいろと相談している中で、イオネットのユーザーであれば、さらに800円の割引があることもわかりました。

 とにかく、仲間からのありがたいアドバイスを参考にして、「iPhone 7 Plus」のSIMフリーを mineo で契約して前に進むことにします。
 といっても、私のことなので、いろいろとトラブルの中を進むのことになるでしょうが……

 たまたま、買い物で出かけることがあったので、近くの駅前にある auショップに立ちより、いろいろと情報を得てきました。最近の私の iPhone は、ほとんどこのお店で購入しているからです。
 ここでわかったことは、現在使っている iPhone が、あと1ヶ月で本体の代金を完済するということでした。つまり、完済してから次の機種への乗り換えを考えたらどうでしょうか、とのアドバイスです。それもそうだと思い、あと1ヶ月はこのままでいってもいいか、と思うようになりました。

 さらに、画面がひび割れした「iPhone 6 Plus」について、電話で不自由をしているので対処法を聞きました。手元に放置されている「iPhone5」に SIM を入れ替えると、電話等が使えるようになるのではと聞くと、そうだとのことです。
 これで、サイズは一回り小さくなっても、電話もネットもこれまで通りに使えます。1ヶ月の辛抱ならば、これで何とかなります。すぐにこれを試すと、何も問題なく一つ前のiPhoneが使えるようになりました。

 この先延ばしした1ヶ月間に、SIMフリーの「iPhone 7 Plus」の情報をもっと集めることができるので、より的確な判断ができるようになります。もしもさらによい選択肢が見つかれば、すぐにそれに移ればいいのです。

 iPhone を SIMフリーにすることで、よく使うアプリ「メッセンジャー」やテザリングなどがどうなるのかも含めて、十分に検討する時間ができました。仲間からのその後の利用体験も聞けます。

 急遽検討を始めたiPhone のバージョンアップも、こうして一段落し、次に必要となる情報やターゲットマシンについて調べる余裕もできました。

 それにしても、仲間が発信する情報と、そこからもらえたアドバイスのありがたさを痛感する、得難い貴重な1日となりました。

 よき仲間がいることの楽しさと嬉しさを、この記事を書きながら噛みしめてているところです。私も、いろいろな方のお役に立つ存在であるように、との気持ちをあらたにしています。

 私が毎日書いているこのブログは、そうしたお役には立ちそうにもありません。自由気儘に日々の日録を書いているだけだからです。しかし、ひよっとして、この自分が生きている存在証明にしかすぎない日記代わりの日録も、どなたかのお役に立っていることもないとはいえないかもしれません。いや、そのようなことはないとしても、今後はもう少しお役に立つ情報の発信を意識したいと思っています。
 
 
 

2016年9月24日 (土)

再録(27)突然黒煙をあげるディスプレイの話〈2001.10.30〉

 この一連の「再録」は、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報群の一部です。
 このサイトのデータが見られない状態が続いているので、オリジナルのデータから抜き出して再現したものです。

 私はデジタル用品をはじめとして、さまざまな製品でトラブルに遭っています。
 以下で取り上げるディスプレイのトラブルは、今から15年前の大和平群での出来事です。
 今では、ブラウン管タイプのモニタを見つめている人は、よほどの事情か環境に縛られている方でしょう。みなさん、液晶モニタなので、もうこのような体験はないと思います。
 もちろん、液晶モニタでも何台かは画面に亀裂が入り、ひび割れた箇所から液体が滲んだことがありました。壊れにくくなったといっても、私はやはりトラブルの中を生き抜いています。

 海外のメーカーが作った商品は、今でも数年経つと困った存在になります。
 形あるものは、いずれ壊れるからです。
 その時に、どこで対処してもらうか、という問題に突然直面することになるのです。
 このことは、今でも状況は同じではないでしょうか。
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 

〔突然黒煙をあげるディスプレイの話〕


 〈2001.10.30〉
 
 先日、いつも使っているパソコンのディスプレイ(モニタ)の一つが、突然黒煙をあげだしました。
 真っ黒な煙が部屋中に充満し、危険を感じてすぐにモニタの電源を抜きました。

 私は、自宅でも職場でも、一台のパソコンに三台のモニタを接続し、広い画面いっぱいにファイルを並べて仕事をしています。その内の一台が、思いもかけないトラブルを起こしたのです。
 そのモニタの前兆としては、画面がユラユラと揺れることがありました。しかし、すぐに収まるので、とくに問題とは思っていなかったのです。あれが前触れだったのでしょうか。

 このモニタは、マグビュー社の製品「MXE17S」で、1995年の製造品です。
 トリニトロンのブラウン管が好きな私は、ソニーのモニタとともにマグの製品を愛用しています。このマグのモニタを、私は四台持っています。
 実は、以前にもこのマグ社のモニタで別のもの「MX17S」が火花を散らしてダウンし、修理してもらったことがあります。その時の修理依頼書には、次のような報告書を添付しました。


・突然焦げ臭いにおいが立ち上り、パチパチというスイッチが切り替わる音が頻繁におこりました。
・においは、ゴムが焦げた時や、ハンダのヤニが焦げた時のくささでした。
・数日前から、画面が左右に1センチ位フェイントのように横ズレしました。
・これが頻繁になり、時には画面の文字が読めない程に激しくブレだしました。
・最近は、ザラついた画面で使用していました。
・同時に横に並べて使用していた御社の「MXE17S」と較べて、最近は画面がボケだしていたように思えます。
(1996.2.5)

 この時は、火を噴いたモニタを東京都大田区東海にあるマグビュー株式会社サービスセンターに指示通りに宅急便で送り、素早い対応をしてもらいました。
 25キログラムもある大きなテレビですから、発送のための梱包に苦労しました。しかし、迅速に対応してもらったので、アフタケアに満足したことを覚えています。その時に受け取った修理報告書には、以下のように書かれていました。


電源部の可変抵抗部品を交換致しました。
交換後、連続稼働テストを実施し、障害の改善を確認致しました。
今回は無償で対応させていただきます。

 こんなことがあったので、今回も同サービスセンターに電話連絡をしました。すると、思っても見ない対応を受けることになりました。おおよそ、以下のような内容を電話口の女性はおっしゃるのです。


・その症状は修理不能である。
・モニタの寿命は3年から5年である。
・すでに製造を打ち切った製品であり、部品もない。
・おたくでそのモニタは処分してほしい。
・どうしてもということなら、こちらはあくまでもマグ社から委託されているサービスセンターなので、直接台湾の会社の担当者と話し合ってほしい。
・台湾の連絡先は、886-02-3233-2988で、アフターサービス担当のDennisi Chungに言ってほしい。
・ただし、彼は日本語を理解しない。
・この商品にリコールはなかった。

 何ともはや、冷たくあしらわれました。とりつくしまもないのです。

 外国で製造された製品を購入する場合は、日本にサービスセンターがあるからといって安心してはいけないようです。機械は、道具は、いつか必ず壊れます。それが、早いか遅いかの違いはあれ、とにかく使えなくなるときがくるのです。その時どのような目に遭うかを考えて、こうした商品は購入すべきであることを痛感しました。

 それにしても、火事に至らなくて幸いでした。そして、残った三台のマグ社のモニタをどうすべきか、今は思案中です。モニタは頻繁に電源を切り、順次ソニーのモニタに変えていこうと思っています。みなさんも、知らない内に火事という災難に巻き込まれないように、十分にご注意下さい。

 折しも今日の夕刊には、新宿歌舞伎町のビルで発生した火事の原因は、電気配線のショートではないかと報じられています。私も、すんでのところで住まいと家財一式を失うところでした。コンピュータ業界の一部には、あの悪徳会社Mに代表されるように、無責任極まりない対応がなされていることを身に染みて痛感しています。怖いことです。
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

2016年9月21日 (水)

『海外平安文学研究ジャーナル 第5号』を電子版で配布しています

 オンライン版として好評の内に刊行している『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)の最新号(第5号)が出来上がりました。全108頁の分量の電子版です。
 お読みいただき、ご意見等をお寄せいただけると幸いです。

 これは、次の趣旨のもとに、2014年11月より自由にダウンロードできる形で発行しています。


■趣 旨■
 日本文学は「日本の文学」に留まらず、「世界のなかの文学」に位置づけられる時代となりました。
 海外で平安文学に興味を持ち、研究をなさっている方々は、どのような背景や環境のもとで研究や翻訳に取り組んでおられるのでしょうか。
 常々、そのような問題意識を持ちながら、翻訳を含めた多言語に対応した平安文学研究の意義や成果等を、世界各国の人々と一緒に考えていきたいと思っていました。
 英語に偏重しない、さまざまな言語を取り上げるジャーナルを意識して編集するものです。
 このオンライン版の『海外平安文学研究ジャーナル』は、そうした思いを形にすることをめざして創刊しました。。
 世界各国のみなさまから、自由に投稿していただき、自由に読んでいただけるスタイルでの公開を実現しました。

 今号はもとより、バックナンバー4冊も、以下のサイトから自由にダウンロードしていただけます。当初設定していたパスワードは廃止しています。

「『海外平安文学研究ジャーナル』(ISSN番号 2188ー8035)」

 今回発行した第5号(全108頁)の目次は次の通りです。


【第5号目次】

あいさつ 伊藤鉄也
執筆要綱
●研究論文
 中譯本《源氏物語》試論-以光源氏的風流形象為例
   朱秋而(翻訳:庄婕淳)
 「忠こそ物語」と継子いじめ譚
   趙俊槐
●研究会拾遺
 ウォッシュバーン訳『源氏物語』の問題点
   緑川眞知子
 スペイン語版・英語版・フランス語版『伊勢物語』7 種における官職名の訳語対照表
   雨野弥生
●付録
 中国語訳『源氏物語』の書誌について
   淺川槙子
 各国語訳『源氏物語』「桐壺」翻訳データ(中国語)
執筆者一覧 
編集後記 
研究組織 

 また、現在、『海外平安文学研究ジャーナル 6.0』の原稿を募集しています。
 さまざまな視点からの原稿をお待ちしています。

・詳細は、本科研のHP「海外源氏情報」に掲載している、「『海外平安文学研究ジャーナル』応募執筆要綱」をご覧ください。
 トップページにある「研究と成果・報告書」から「ジャーナル」の項目へと進んでください。
・原稿の締め切り 2017年1月16日(月)
・刊行予定    2017年2月15日(水)
・ご注意 原稿執筆者は公開から1年以内に1度だけ、原稿を《改訂版》に差し替えることができます。
・重要なお願い
 『海外平安文学研究ジャーナル 第6号』は、本科研最後の報告書となります。
 そのため、締め切り厳守でお願いいたします。
 
 
 

2016年8月30日 (火)

再録(26)郵便局のズサンな転送業務〈2002.4.27〉

 この一連の「再録」は、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報群の一部です。
 このサイトのデータが見られない状態が続いているので、オリジナルのデータから抜き出して再現しています。

 これまでに、宅配便のいいかげんな配送について、何度か書きました。
 そこで、郵便に関するトラブルも、再録記事として取り上げます。

 以下の記事は、自分の学位授与式に出席できなかったという、苦い思い出の一つともなっています。ただし、主査を務めてくださった伊井春樹先生から、後にあらためて個人的に、学位記を直接手で渡してくださいました。恐縮しました。ありがたいことです。
 郵便や宅配で品物や書類を受け取るタイミングを逸したことは、多くの方が経験されていることでしょう。こんなこともありました、ということで、記録として残しておきます。
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 

〔郵便局のズサンな転送業務〕


 〈2002.4.27〉
 
 インドから帰国したのは3月20日。これは、週明けにあるはずの、私にとって30年間の研究活動の一区切りとなる式典に出席することを考えてのものであった。しかし、信頼できるはずの日本の郵便局の不手際から、それが叶わないままに終わってしまった。

 帰国後、実家に届いた郵便物をいくら調べても、関係する書類が見あたらない。
 どうなっているのか思案していると、式典の前日に伊井春樹先生から電話があり、書類が届いているかとのこと。数日前にも、一足先にインドからお帰りになった伊井先生から、案内状が届いているかと心配してくださったのである。まだであると答えると、それでは2ヶ月後にも授与式があるので、そちらの方に廻されたのだろうかとのことであった。

 そうこうする内に、心覚えにしていた25日も過ぎ、しかたがないので上京の準備をしている時に、横浜での留守をお願いしていた同僚の奥さんから、私の部屋に様子を見に入ってみたら、速達がドアのポストに投函されていたとのこと。差出人は大阪大学とあるそうである。


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 すぐに開封してもらうと、届いていたのは私が待っていた「学位授与について(通知)」と「博士学位記授与式のご案内」であった。発信の日付は、3月18日。私がインドを発った日に横浜に届いたものであることが分かった。

 私は、インドへ出張で出かけている間の横浜への郵便物は、すべてを奈良の実家へ転送してもらう手続きをしていた。帰国後、実家で多くの転送された郵便物を確認しているので、転送業務は正しく行われているのである。
 しかし、この書類だけは、どうしたわけか横浜の部屋のドアのポストに投げ入れられてしまっていたのだ。いくら奈良で待っていても、この案内状は手にできないはずである。そして、書類を確認したのは、すでに式典が終わった2日後だったことになる。

 早速、大阪大学に電話をし、学位記をもらう手続きを問い合わせた。すると、文学部の大学院事務室で預かっているので、いつでも渡せるとのことである。
 すぐに伊井先生にメールでことの次第を報告し、そのまま大阪大学へ出かけた。無事に事務の方から受け取り、その足で伊井先生の部屋に立ち寄ると、ちょうど待っていてくださった所であった。そして、先生は私が手にしていた学位記を確認し、その場で改めて手渡しでくださったのである。

 私は、30年間ひたすら後を追い続け、45歳を過ぎてから学生の身分を得て、改めて先生の教え子になって指導を受けてきたのである。一週間前に先生とはインドのデリーでお別れし、そしてこの日は、先生の研究室でご褒美とありがたい励ましをいただくことになった。
 人生50年目に、一区切りの忘れがたい日となった。

 帰りに妻と待ち合わせをし、食事をして記念品を買った。翌日は、妻への感謝の気持ちから、かねてより欲しがっていた食器棚をプレゼントした。妻からインドへ届いたメールにあったものでもある。インドから買って帰るには大きすぎるので、日本で買うことにしたのだ。

 それにしても、問題の書類はどうして実家に届かなかったのであろうか。横浜の金沢郵便局に電話をして問い合わせた。すると、責任者であるタシロさんから、速達は通常の配達人ではなくて、アルバイトのおばさんが届けているという説明があった。「いつもと違う者がやっているので、間違って配ってしまったようだ。」とのこと。そして、速達なのでドアのポストに入れてしまった、という言い訳が返ってきた。

 私が不在なので転送をお願いしているにもかかわらず、何ともいいかげんな配達業務である。この種のクレームは、郵政事業庁のお客様サービス係(045-320-xxxx)に電話をするのだそうである。

 さらに、月末の横浜市長選挙の連絡も届いていないことを尋ねると、投票に関する郵便物は転送しないことになっているそうである。投票の通知書がなくても投票できるということなので、投票時間に間に合うように上京した。

 横浜の部屋に入ると間もなく、偶然にも郵便局の第一集配営業課課長の田代さんがお出でになり、不始末のお詫びを言って帰られた。アルバイトの人がついうっかりと、ということである。転送は一年間有効なので、転送解除はせずにそのままにしておくことにした。今年の年末までは、郵便物はすべて奈良の実家に転送となる。

 インドでは、郵便局における郵便物からの抜き取りは日常茶飯事のことだと聞いた。郵便局の窓口が信用できないので、あえてポストに入れる人もいる。少しでも郵便局員の手を経ないようにするために、ポストから地域の中央局へ行った方が幾分かは安全だという考え方によるものである。一緒に暮らしていた中島岳志君も、4通の内の2通は届かずに行方不明となっていた。奨学金に関する大切な書類が届かなかったのである。

 日本は、郵便物は一応は届くことを前提に生活できるので、その点では安心である。しかし、このように転送業務がいいかげんであることは、今後とも注意しておくべきであろう。過信は禁物である。郵政の民営化が実現すれば、もう少し緊張感をもって配達に当たることになるはずである。競争することによる業務の見直しは、ひいては我々の生活における不安をいくらかでも解消することにつながるはずだ。そうした意味からも、一日も早い郵政の民営化を望むところである。

 そうこうする内に、またもや横浜の官舎のドアのポストに、アドビ社からのフォトショップのバージョンアップの案内通知郵便物が投げ入れられた。
 階下にある集合ポストに、郵便物は入れられることになっている。しかし、私は帰国後もこのポストをガムテープで封鎖してあるのだ。通常はこの集合ポストに郵便物は入れられることになっている。ただし、私がそのポストの入口を蓋しているので、そしてそこに「ドアポストにおねがいします。」と書いているので、しかたなく、それもご丁寧に私のドアまでわざわざ運んでくださったのである。

 転送依頼を解除していないし、奈良の実家に転送が続いている最中にである。どうも、郵便局の転送サービスは、苦情を言っても是正されず、相変わらず至極いいかげんなようである。もう苦情を伝えるのはやめにした。横浜の部屋に投げ込まれる郵便物を、これからは一つの楽しみにしよう。
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

2016年8月14日 (日)

「海外源氏情報」では着実に情報を更新中です

 現在取り組んでいる科研「海外における源氏物語を中心とした平安文学及び各国語翻訳に関する総合的調査研究」は、4年目の本年が最終年度となります。

 私は本年度で定年なので、来年度の科研の申請ができません。この科研(A)と「挑戦的萌芽研究」は、さらなる成果が期待でき、膨大な情報が着実に収集整理できているので、研究環境と成果を拡大するためにも、この科研のテーマをどうしたら継続できるのかを検討しています。

 現状では継続が難しいので、NPO法人〈源氏物語電子資料館〉に維持管理を移管して、少しずつでも内容を充実させて公開を続けていこうと思っています。

 来年4月以降は大きな展開が望めないので、最終年度の今の内に可能な限りの情報の増補と再構築をハイペースで進めているところです。

 最近の更新情報の一端を確認しておきます。
 更新した最新のものは、トップページの赤矢印①の「科研サイト更新&進捗情報」(2016/08/09現在)でおりおりに告知しています。


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 そして、赤矢印②③④が「翻訳史&論文データベース」の中でも特に貴重な情報の集積場となっています。

 現在のところ、赤矢印②「『源氏物語』翻訳史」には275件の情報があります。
 赤矢印③「平安文学翻訳史」には569件、赤矢印④「海外 - 源氏物語・平安文学論文検索」からは715件の情報を公開しています。

 さまざまな形で検索できるような仕掛けも設定していますので、ご自由に気になる情報を引き出してください。

 その他、メニューバーのプルダウンメニューから、適宜知りたい情報をご覧いただけます。

 このホームページに掲載していないことで、ご存知のことがありましたら、上部左の「情報提供」からお知らせいただけると幸いです。
 
 
 

2016年7月28日 (木)

江戸漫歩(134)日比谷図書文化館前の人だかり

 日比谷図書文化館で歴博本「鈴虫」を読み続けています。
 日比谷公園に入ると、和風庭園の中に鶴が天を仰いでいる噴水があります。
 過日撮影した写真があったので、抜き出しておきます。


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 この日比谷図書文化館の前に、今日は大勢の方が集まっておられました。
 今日から梅雨明け、ということとは関係なさそうです。
 コンサートの待ち合わせをしておられるのかと思いました。しかし、手元を見ると、みなさんスマートフォンをお持ちです。「Pokémon GO」で盛り上がっているのです。


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 私も取り出してみました。確かに、モンスターがいっぱいいます。その賑やかなこと。1匹だけ記念に捕獲しました。

 帰りにも、日比谷図書文化館の前はものすごい人だかりでした。
 さらに増えているようです。仕事帰りの若者たちです。


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 このブームは、これからどうなるのか興味をもって見ています。評論家に脱しないように、自分でも体験しつつあります。

 いろいろな所へ移動して、行く先々でモンスターを捕まえるのは楽しいものです。しかし、捕まえて手元に並べて数を増やして、そしてどうするのか。
 自問しても、今の私には何も見えていません。
 何か仕掛けが用意されているのでしょう。それが何なのか、今はわかりません。

 それにしても、これは今後とも続くだけの、継続する楽しみを抱えた魅力があるのでしょうか。遊びは理屈抜きなので、しばらく付き合ってみようと思います。

 これまでに、私はゲームにはまったく興味がありませんでした。
 コンピュータが登場した初期、今から35年前に、いくつかゲームらしきものを作ったことがあります。インベーダーゲームが流行りかけていた頃です。
 しかし、自分がゲームで遊ぶことはありませんでした。

 今の「Pokémon GO」は、現実の映像を取り込んでの遊びなので、さまざまな可能性があるように思えます。
 私は、この仮想現実の境界を彷徨うゲームを通して、『源氏物語』を再生させることができないか、ということを意識して、この「Pokémon GO」を触っています。

 これまでにも、仮想空間に平安時代を構築し、王朝人が動き回るソフトウェアが開発されていました。『HybridCD-ROM ローム君の「京都博物日記」サウンドスケープリポート編』(1995.3、ローム株式会社)では、二条城の「鴬張り廊下」が歩けました。『源氏物語 上・下巻』(総監修/秋山虔・監修/小山利彦、1996.8、富士通ソーシアルサイエンスラボラトリ)では、六条院が探訪できました。これを体験した方やご存知の方は、もう数少ないことでしょう。
 そういえば、立命館大学のプロジェクトの一員として、このバーチャルな世界を構築するお手伝いをしたことがありました。

 この20年前の擬似体験版とでも言うべきマルチメディアについては、「転居(8)「源氏物語余情」1996年8月分」(2014年08月07日)をご覧いただければ、当時の熱気も伝わるかと思います。

 しかし、いずれもやがて忘れ去られ、消えていきました。今回の「Pokémon GO」には、そうした失敗続きの中で結実しなかった、生き抜く種子を抱え込んでいるように見えます。ただし、まだ文学関係者からの試みはないようです。

 現代は、古典文学とバーチャルリアリティを結びつける楽しみや魅力に共感できない、というよりも感じられない時代なのかもしれません。それでも、きっと興味を示す人は出てくるはずです。その出現を待ち望んでいます。私も、一人静かに実現の可能性を探っていくつもりです。

 今、これといったものはイメージできていません。しかし、「Pokémon GO」で遊んでいる内に、現実と結びついた『源氏物語』の世界を築き上げられないだろうかと、ささやかな閃きがあることを楽しみにしてスマートフォンを片手に歩いています。

 息子から、「Pokémon GO」に関するレクチャを受けました。たしかにすごいことが実現したようです。グーグルの日本人を含む10人が5年がかりで製作したのだとか。
 しかし、これはあくまでも今現在を見据えたものです。千年前を今に蘇らせる物語が、手軽に掌の中で楽しめたら、それは新しい文学の創生になります。歴史物語のフィクション版でいいのです。架空の世界に入り込み、王朝人と一緒に物語世界を共に体験できるとしたら、なんと楽しいことでしょう。
 歴史の時間軸をいじくりまわさないのであれば、物語のストーリーは自分でどのようにでも変更できる、というルールを原則としたいものです。

 私にも何かできそうです。しかし、まだうまく形にして、ことばによる設計図が描けません。しばらく、こんな愚にもつかないことを夢想する日々を楽しませてもらいます。
 
 
 

2016年7月22日 (金)

《仮名文字検定》2018年夏より実施のお知らせ

 一昨年より検討を重ねていた《仮名文字検定》について、検定試験の準備が整いましたのでその実施概要を公表します。

 今から2年後(2018年)の夏に第1回を実施します。
 近日中に公開するホームページを、おりおりにご確認ください。
 
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■《仮名文字検定》実施概要■

         (2016.7.22 公表)

◎主催
 仮名文字検定委員会

◎協力
 株式会社 新典社
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉

◎仮名文字検定 事務局
 〒101-0051東京都千代田区神田神保町 1-44-11 新典社ビル
 Tel 03-3233-8054(10:00〜12:00 および 13:00~17:00、土・日・祝日を除く)
 ・問い合わせ用メールアドレス:
    info@kanakentei.com
 ・公式ホームページ(近日公開):
    http://www.kanakentei.com/

◎検定趣旨
 《仮名文字検定》は、平安時代から伝わる平仮名を幅広く学び、その運用能力を高め、日本の古典文化を継承する中で、日本語の読解と表現世界を豊かにすることを目的として実施するものです。
 日本古典文学における中古・中世の時代に普及していた数多くの仮名文字が、広く一般的にその習得の意義を再評価されるようになりました。日本文化の理解を深め、文化資源としてさらに身近なものにするためにも、《仮名文字検定》の必要性が求められる時代が来たといえるでしょう。
 現在私たちが使っている平仮名「あいうえお〜」は、明治33年に1書体に制限され統制されてからのものです。それまでは、多くの仮名文字が使われていました。現行の「平仮名」以外を「変体仮名」と呼び、昭和初期までは普通に流通していたものです。
 日本の古典籍や古い印刷物には、さまざまな書体の仮名文字を用いた文章が記されています。今でも、博物館や資料館のみならず、街中の書道展や看板などでも、変体仮名をよく見かけます。
 明治時代後半から使わなくなってきた変体仮名が、日本文化の見直しと再発見の中で、新たに注目を集めるようになりました。「国際文字コード規格」(ユニコード化)に登録するために「学術情報交換用変体仮名」が提案され、国際的な場で承認に向けて審議が進んでいることは、変体仮名の再認識を促し新たな活用が期待できるものだといえます。
 多彩な文字をちりばめて表現された、見た目にも美しい仮名文を読んで理解する能力を高めませんか。変体仮名を使った楽しい遊びの空間に身を置くこともできます。時代を超えて情報と気持ちを交わす技術を習得する上で、この《仮名文字検定》を豊かな日本文化の理解と継承の鍛錬道場として活用していただくことを望んでいます。
 なお、《仮名文字検定》では、点字と立体文字が触読できる視覚障害者も受験できる体制を用意しています。

◎検定内容
 仮名文字に関する知識と読解力を問う

◎検定開催年月日
 年1回8月末開催
 第1回は2018年8月末
 (第8回 日本文学検定と同時開催)

◎開催場所
 東京・京都

◎受験料(個人受験・団体受験・学割・再受験)
 4,900円(学割・再受験 4,600円)(税込)

◎受験資格
 学歴・年齢その他制限なく、どなたでも受験できます。
 ※ 視覚障害者は、点字と仮名文字の触読による受験ができます。

◎受験時間
 60分

◎合格基準
 新人級:60%以上の正解
 玄人級:70%以上の正解
 達人級:90%以上の正解
 ※ 試験で獲得した点数により、各級が決定される方式。

◎問題形式
 全50問筆記

◎公式テキスト
 『仮名文字の達人』
  (A5判・192頁・本体1500円・新典社発行・2017年12月末)
 〈目次〉(案)
   1 仮名の歴史と書道史(高城弘一)
   2 仮名の字母の基礎知識(伊藤鉄也)
   3 読み・書き・連綿の知識(田代圭一)
   4 未来の仮名文字活用法(高田智和)
   5 視覚障害者の触読実践(渡邊寛子)

◎申込み方法
 クレジット(公式ホ一ムページ)
 郵便振替(リーフレット付載)

◎関係者(敬称略、50音順)
・監修者:高城弘一(大東文化大学)
     高田智和(国立国語研究所)
     田代圭ー(宮内庁)
     渡邊寛子(福島県立盲学校)
・協力者:淺川槙子(国文学研究資料館)
     須藤圭(立命館大学)
     畠山大二郎(愛知文教大学)
・企画運営総括:伊藤鉄也(国文学研究資料館)
 
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2016年6月25日 (土)

第13回出版法制史研究会で貴重な情報をいただく

 浅岡邦雄先生のお誘いをいただき、「出版法制史研究会 第13回例会」に参加しました。
 私は、一般に流布するテキストを読んで、そこからの思いつきを読書感想文のように話す、自己陶酔の域を出ない研究会が嫌いです。その点ではこの会は、広汎な手堅い資料で発表が展開する、気持ちのいい集まりです。

 会場は國學院大學です。キャンパスには、「浴衣で授業を受けよう」というスローガンが掲げられていました。おもしろい企画です。


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 まず、本日のプログラムから。


日時:2016年6月25日(土)
   午後1時30分〜6時
会場:國學院大學 渋谷キャンパス
発表題目
○真辺美佐(宮内庁書稜部)
「帝国議会における新聞紙条例改正論議の意義 ―議会開設後から明治30年まで―」
○安野一之(早稲田大学現代政治経済研究所研究協力者)
「内閲再び―「内閲綴」に見る戦時下の出版検閲―」

 専門外の私にも問題意識を共有できるテーマの発表なので、興味深く聞きました。

 真辺さんには初めてお目にかかりました。
 A4版で24枚の資料には圧倒されます。
 第一議会期(明治23〜24年)から第十議会期(明治29〜30年)の間に、発行停止権の廃止が何度も議会に提出されたとのことです。明治から昭和初期が好きな私には、資料を追うだけで、興味津々です。

 提示された膨大な資料の中で、第四議会期(明治25〜26年)の『帝国議会貴族院議事速記録』以降、政府委員として末松謙澄が発言していることが記録されていました。

 第四議会期には、次のような発言があります。(1月10日、新聞紙条例改正(衆議院提出)、「第四回帝国議会貴族院議事速記録第十四号」明治26年1月10日)


○政府委員(末松謙澄)出版の自由で知られる英国でも仏国でも発行停止処分はある。またヨーロッパでは事前に検閲することもあり、ベルギーで行われている。

 これは、司法処分のことであり、行政処分のことではないそうです。私の理解が正しくないのであれば、お許しください。

 第九議会期には、次の発言もあります。(1月17日、「第九回帝国議会貴族院議事速記録第十号」明治29年1月17日)


政府委員(末松謙澄)発行停止を全廃出来ないのは、「今日我文学ノ状況、其他人心ノ有様ガ未ダ其程度ニ達シテ居ナイノデアル」

 ここで言う「文学」が意味することを、しばし考えてしまいました。

 発表後の質問の中に、末松謙澄の肩書きがほしいということがありました。確かに、どのような立場での発言なのかで、その意図が変わります、政治の世界では発言が変わるなど、いろいろとある人のようです。
 この末松謙澄の発言に関する資料については、後の懇親会で詳しく教えていただきました。

 出版条例や版権条例が同時進行で議論され、法となったようです。新聞紙条例が通らなかった中で、明治30年の時に新聞紙法とならなかったのはなぜか。さまざまなことが問題となる、興味深い内容の発表でした。
 
 
 続く安野さんは、これまでにも何度か本ブログで紹介しました。池田亀鑑が昭和7年に編集した『源氏物語展観書目録』の奥付と検閲の問題では、『もっと知りたい 池田亀鑑と「源氏物語」第2集』に寄稿してもらいました。

 今日は、「内閲再び―「内閲綴」に見る戦時下の出版検閲―」と題する発表です。

 「内閲」とは事前検閲のことで、大正6、7年頃からのことだそうです。後で、池田亀鑑が書いた小説「美しく悲しい安養尼のお話」が大正8年(1919) の「少女の友 12巻」に掲載されたことに関連して、内閲があったかどうか尋ねました。雑誌社が見てもらっていた可能性はある、とのことでした。

 池田亀鑑は、大正6年まで鳥取県日野郡溝口尋常高等小学校で訓導をした後、22歳の大正7年に東京高等師範学校に入学しています。そして大正8年に小説を書いているのですから、出版検閲が何であるかはよくわからないままに執筆をすすめていたことでしょう。

 内閲や検閲で、原稿が変更されたり削除されている実態が多数報告されました。印刷されて公刊される前に、原稿、ゲラ、刊行物の流れの中で、筆者と出版社と検閲者の闘いが垣間見えました。

 例示された山本有三の『路傍の石』に関する断筆の話は、非常に興味深いものでした。
 山本は、次のように言っています。


ここを切れ、あすこをけずれと、内務省の検閲官は事前検閲にあたって、むずかしいことを言いだしたのである。(中略)…涙をのんで、命ぜられた点をけずり、そのために意味の通じなくなった点は、一応通じるようにして、校正ずりを雑誌社に返したのであった。

 この山本の原稿が残っていないのが惜しまれます。

 他には、「涙」が出てくる場面は削除や書き換えの対象となっている、との指摘がなされました。戦線将兵の士気が下がらないように、という配慮からではないか、とのことでした。

 レジメの最後に、本日の発表内容が要領よくまとめてあったので、その文章を引きます。


 今回新たに見つけた「内務省官制改正参考資料(出版検閲機構整備関係)」により、昭和16年以降、事前検閲が図書課の通常業務に組み込まれていたことが明らかになった。「内閲綴」はその先駆と言うことが出来るだろう。
 戦時期に様々な角度からの「事実上の事前検閲」があったことは知られていたが、「内閲綴」とそれに続く内務省による事前検閲が具体的にどのように行われていたかが見えてきた。今後は「内閲綴」の精査を進めると共に、この時期の出版検閲制度全体を整理しなおす必要があるだろう。

 貴重な資料と示唆に富む発言が交わされ、収穫の多い研究会でした。

 終了後は、渋谷の並木橋近くで懇親会がありました。
 ここでも、多くの情報をいただきました。特に、大家重夫先生からは、末松謙澄について貴重なお話を伺いました。森洋介さんからは、『井上靖全集』の書誌的解題などですばらしい仕事をなさった、曾根博義氏の話を聞きました。曾根氏は、今週6月19日に76歳でお亡くなりになったばかりです。本ブログで井上靖卒読を連載していた時には、曾根氏の書誌情報のお世話になりました。伊藤整の実証的伝記研究がご専門だったことを教えてもらいました。

 出版法制史研究会のテーマとは守備範囲を異にする門外漢にもかかわらず、懇切丁寧にご教示いただいたみなさまに、あらためて篤くお礼申し上げます。
 
 
 

2016年6月21日 (火)

エレベータの開閉ボタンは今のままでいいのか?

 エレベータでのことです。

 後から急いで乗り込んで来られる方がいらっしゃった時、とっさにドアの開閉ボタン【開く】を押したつもりが、うっかり【閉まる】を押したことが何度もあります。これは、私はもとより、妻もよくやるので、少なくとも我々2人に関しては、あのボタンに付いている開閉マークは視認性が低く、混乱するだけのものだと思っています。瞬時に意味がわかるアイコンになっていないという点では、問題があるのではないでしょうか。再検討すべきです。

 ユニバーサルデザインである以前に、記号として不適当なデザイン画だと思っています。あの絵の意味するものが、すぐに共有できないのですから。
 ただし、今も全国で使われているので、それなりの役にはたっているのでしょう。
 いまさら変えられない、ということもあるのでしょう。
 そもそも、平仮名を添えないといけない状態にある、ということからして不完全なアイコンなのです。平仮名は、海外からお越しの方々への配慮なのでしょうか。日本人にもアイコンが視認され難いことが明らかになったことから、平仮名を添えることになったと思われます。
 以下に列挙する開閉ボタンの写真が、そうした実体を物語っています。

 あのボタンに付いている絵文字は、人間の感覚を錯乱させるものではないのか、との思いから、これまで折々に写真に収めてきました。
 そこで、撮り溜めて来た数百枚の写真から、ここにそのいくつかを例として揚げて、別の絵文字のアイコンに変更すべきであることを問題提起したいと思います。
 併せて、表記や表示場所の統一に関しても、判断材料を提供していきます。

 まず、手元に集まっているエレベータの開閉ボタンの写真を、いくつかに仕分けをして整理してみました。
 これは、あくまでも私が歩いた範囲で集めた開閉ボタンです。
 また、エレベータの中は狭い空間なので、写真が取り難いことが多いのです。ピンボケとなっているものが何枚もあります。点字などは、1つの点が2つに見える例がありますので、ご注意願います。

 以下の走り書きのコメントも、時間があれば丁寧に記したいと思っています。
 取り急ぎの中間報告であり、当座のメモとして記したものです。
 ご意見や情報、そして写真の提供などをいただけると幸いです。


   【現時点での、エレベータの開閉ボタンに関するまとめ】
(1)「漢字」か「平仮名」か「絵文字」かの統一が必要
(2)「漢字」の「開 閉」は共に門構えの文字なので、とっさの視認性が悪い
(3)「平仮名」の表記は、「ひらく とじる」か「ひらく しまる」のどちらかに統一を
(4)「絵文字」のデザインは、統一か刷新が必要
(5)「点字」を開閉ボタンの上下左右のどこに添えるかは、早急に統一を
(6)「点字」表記は、「ひらく とじる」「ひらく しまる」「あけ しめ」のいずれかに統一を
(7)応急処置である「アルミ印字プレート」や「ラミネート印字テープ」は剥がれやすい
(8)ボタンの背景の色分けは、「ひらく」は緑色、「とじる(しまる)」は黒色が一般的

 
 

(1)絵文字だけ(日本語も点字もない)


 

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 古いエレベータによくある押し間違えやすいタイプです。
 
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 この絵柄が圧倒的に多かった旧タイプです。
 
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 人物を加えて視認性の悪さを軽減させようとした少数派の絵柄です。
 
 
 

(2)漢字だけ


 

160621_1dsc08306



 丸型ボタン
 
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 角型ボタン
 
 
 

(3)平仮名だけ

 未確認
 
 
 

(4)絵文字と平仮名

 未確認
 
 
 

(5)絵文字と点字


 

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 点字(「あけ」「しめ」)が上にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字の左右にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字の左側にあります。
 
 
 

(6)絵文字・平仮名・点字の3種類


 

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 点字(「あけ」「しめ」)がボタンの左右にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの上にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)がボタンの左側にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの左側にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの上にあります。「開延長」(点字は「ひらき つづく」)というボタンは役立つものだと思います。
 
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 この2枚の写真は、同じエレベータ内のものです。点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの上か左にあります。点字を貼る位置は統一してほしいところでした。平仮名で「ひらく」だけが絵文字ボタンの下に貼られています。閉まるボタンにシールが貼られていないのは、前例の開くだけの使用を意識したものでしょう。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの左側にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が上に貼り付けてあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの中の下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの上にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの下にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が絵文字ボタンの左横下にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの左横上にあります。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が上に貼り付けてあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの中の下にあります。このエレベータには、さまざまな工夫が施されていました。
 ボタンを押しやすくするために手を支えるアルミの小さなプレートがあり、さらには聴覚障害者のためのボタン「耳マーク」もあります。本年4月より施行された障害者差別解消法を強く意識したものかと思われます。
 
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 点字(「あけ」「しめ」)が上にあり、平仮名(「ひらく」「とじる」)が絵文字ボタンの中の下にあり、さらに浮き出た絵文字がボタンの左上に付いています。
 
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 点字(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの上にあり、平仮名(「ひらく」「しまる」)が絵文字ボタンの中の下にあります。点字と平仮名が同一語となっているのです。これが一番自然な表現ではないでしょうか。

 
 
 

(7)漢字とひらがな

 未確認
 
 
 

(8)漢字と点字


 

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 点字(「ひらく」「とじる」)が下にあります。
 
 
 

(9)漢字とひらがなと点字

 未確認
 
 
 

(10)たまたま海外で見かけたもの


 

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・スペイン:マドリッドのホテルで見かけました。【開】の意味の絵文字ボタンだけで、【閉】のボタンはありません。これは、近年日本でもよく見かけます。下部のシンドラー社名の両側に、ネジの頭が潰れたものが写っています。プラスとマイナスのネジなので、おもしろいと思いました。同じネジがなかったのでしょうか。
 
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・インド:ニューデリーの地下鉄で見かけました。【開・閉】の絵文字が浮き出ていて点字付きです。点字がぼやけていて、二重に見えます。点字は英語で「close」「op?」。開閉ボタンが日本とは左右逆です。インドの自動車は、イギリスや日本と同じ右ハンドルです。どなたか、イギリスのエレベータの開閉ボタンの写真をお持ちではないでしょうか。)
 
 
 

2016年6月15日 (水)

【復元】私はマグロだそうです

 現在、メモ類は何でもエバーノートに記録・保存しています。
 今回、クラッシュした12年前の文章を復元しながら、当時の身の回りの小道具が変化していることを、楽しく思い返しています。

 情報の記録やメモの管理には、「ファイルメーカーPro」を使っていたのです。それが、今は「Evernote」に。
 ソニーのPDAである「クリエ」にメモを入力していたことは、今では「iPhone」に変わりました。


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 ソニーのクリエ『PEG-UX50』は、毎日肌身離さず持ち歩き、テキストを入力したり写真を撮っていました。

 ソフトウェアもハードウェアも変わりました。しかし、こまめにメモを取って整理するために情報文具を活用していることには、今もまったく変わりません。
 進歩していないのではなくて、相変わらずマイペースで続けている、ということにしておきます。
 
(※以下の記事は、平成19年3月に消失したブログの復元です。)
 
 
********************** 以下、復元掲載 **********************
 
2004年12月25日公開分
 
副題「我が生き様における回遊魚の習性について」
 
 最近、私はマグロだと聞かされました。
 そして、私は回遊魚の仲間だとのこと。
 私の前世がマグロで、現世はその生まれ変わりなのでしょうか。
 かつては、カエルだと言われていましたが。
 回遊魚には、マグロを始めとして、カツオやウナギや鮎がいます。
 しかし、私はマグロだそうです。


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(この画像は手元にあったものです。出所がわかれば、その旨を明記します。)

 回遊魚は、常に泳いでいないといけません。動きを止めると、そこで死んでしまいます。何かし続けていないとすまない所が、私の生き様をあらわしているのでしょう。何となく、納得。

 私は手帳を5冊持ち、それぞれにメモを書き分けています。これからすべきことを書き、終わったら傍線で消します。必要に応じて、メモをパソコンにテキストとして入力します。
 メモの管理には、「ファイルメーカーPro」を使っています。昨年の夏までは、ソニーのPDAである「クリエ」にメモを入力していました。キーボード付きの、超小型パソコンです。そのメモを、随時マッキントッシュに転送して整理していました。しかし、クリエが昨春より製造中止となっていたので、昨秋よりアナログの代表である紙製のメモ帳を使うようになりました。
 大好きなソニーには、電話とクリエが一体となった製品を、一日も早く販売してほしいものです。すでにヨーロッパには、そうした製品が出回っています。ロンドンの地下鉄の中で使っているビジネスマンを見かけました。先月行っていたボストンでも、新製品として5万円ほどで発売されていました。

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 日本では、通信機能に制限があるのでしょう。何とか、クリアしてほしいものです。

 私は、まだまだ泳ぎ続けるつもりです。毎週2回、横浜のスポーツクラブで泳いでいるのは、まさに私の本性を体現しているものなのかもしれません。
 お寿司好きも、ここに起因するものなのでしょうか。
 回遊魚とのこと。どうやら、私の原点のようです。
 
********************** 以上、復元掲載 **********************
 
 
 

2016年6月 3日 (金)

慌ただしく羽田-福岡-博多-黒崎へ

 JALで羽田から福岡に飛んで来ました。
 飛行機の国内線を使うことは滅多にないので、エコノミークラスも機内の環境がよくなっていることに感激です。

 無線のインターネットが、15分なら無料で使えるようになっていました。私は iPhone やパソコンでメールのチェックをするのが中心なので、これだけで満足です。有料のオプションに切り替えても500円なので、ヨーロッパへ行く時などは重宝しそうです。

 座席の目の前にモニタがなかったので、国内線はそうだったのかな、と思っていました。すると、前のポケットに、機内Wi-Fiサービスとしてドラマ等が手持ちの電子機器で観られる説明書が入っているのを見かけました。ドラマやバラエティー番組などが、自分が使い慣れた電子文具で観られるようになっていたのです。

 手持ちの電子デバイス(パソコンやスマートフォン)がないと、こうしたサービスを受けられないので、まだ差別的で不便だとも言えます。しかし、持っていると、国内線に乗っている時間は短いので、15分でもこれはこれでありがたいことです。

 30年近くコンピュータや通信に関わって来た者の一人として、こうしたサービスを目の当たりにし、隔世の感を堪能しています。
 これまでは、飛行機というと富裕層だけへの差別的サービスを展開していた航空機業界でした。ファーストクラスやビジネスクラスとは無縁の者にとっては、自分のシートに居ながらにしてインターネットにつながるとは、思いの外に業界の対処が速かったことに驚いています。

 福岡空港に降り立ってからは、地下鉄空港線で博多駅に出、JR鹿児島本線に乗り換えて1時間弱の黒崎駅まで移動しました。
 改札口前に、「黒崎神社 おみくじロボット」がありました。安川電機が、去年の8月からサービスをしているものです。


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 これは、7軸垂直多関節ロボットが小さなボールをレーンに転がし、「おみくじ」を上手に運んでくれるものです。今日の運勢を占ってくれるのです。
 私は「中吉」でした。一番中途半端な運勢です。まあまあ、そこそこ、ということにしておきましょう。


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 明日のイベント会場がある施設にチェックインし、目が見えない方々にお目にかかり、科研の「挑戦的萌芽研究」の説明と実験実証に関する打ち合わせをしました。
 黒崎という町が予想外に賑やかなので、これまた驚いています。きれいで、便利な町です。

 今回の旅の主目的については、明日詳しく書きます。
 
 
 

2016年5月12日 (木)

迷惑メールだと知らずにクリックした痛恨の失態

 今年になってからのことです。いつのことだったのかは、覚えていません。
 確かインドから帰った後のはずなので、2月下旬から3月にかけての頃だったかと思います。

 ある日、一通のメールが海外から届きました。
 発信元は知らないながらも、よく知っている先生の名前が下段にあったので、何の連絡だろうと思って開きました。
 その先生は、日本語はまったくご存知ないので、いつも英語でメールが届きます。
 込み入った内容の時には、娘に間に入ってもらい、メールのやりとりをしています。
 世界的に著名な先生なので、失礼があってはいけないとの思いから、米語ではなくて英語で正式な返信を差し上げるようにしているのです。

 以前も、たくさんの画像を送ってくださった時に、外部サーバーからダウンロードしました。
 今回も、先生からの預かり物のファイルがある、ということを知らせるものだったと思います。
 そこで、英語が苦手の私なのに、いつものように適当に英語を読んでそのサイトからの連絡メールらしきものを開封したのです。

 すると、私の住所録から誰かを紹介するようにという誘導になりました。
 これはおかしいと思い、すぐにそれから先には進まずにメールの画面を閉じました。

 それ以降というもの、「Zorpia」というところから毎日2、3通のメールが届きます。
 だいたい「Hey」とか「Hi」と、馴れ馴れしく呼びかけるものです。
 以来、一度もその「Zorpia」からのメールは開かずに、すべて削除しています。

 私が何をしたためにそうなったのか、とにかくわからない状況から今に至っています。
 ネットで調べると、この「Zorpia」からの、この手の迷惑メールを撃退できる方法がありました。
 しかし、それを実行しても、いまだに毎日メールは来ています。

 自動的に迷惑メールのボックスに入る設定にしているので、間違って読むことはありません。
 しかし、自分が不用意にクリックした痛恨の失態によるものでもあり、気分がいいはずはありません。

 嵐が収まるのを待っています。
 これを排除する、何かいい方法はないものでしょうか。
 どなたか、回避策のご教示をいただけると助かります。
 
 
 

2016年5月 7日 (土)

珍しく欠陥品ではなかったiPhone 6 Plus

 よく欠陥品を手にすることで知られている私です。
 特に、電子機器は、いつも欠陥という大当たりのくじを引いています。

 ところが、珍しくというか、私が持っている物が正常な商品だったのです。
 この普通であることが、私にとっては稀有なネタになるのです。

 先日の仲間のブログに、


 私のiPhoneは、「ごく一部の iPhone 6 Plus で、iSight カメラのコンポーネントの一部が故障し、撮影した写真がぼやけて見える場合があることが判明」(apple.com)した、リコール該当機種です。

とありました。

 何事にも冷静沈着な仲間の話なので、当然私の iPhone もそうだろうと思い、アップルのサポートサイトで調べました。

 手元にある iPhone のシリアル番号を入力したところ、何とリコールの対象外である、という思いがけない(?)メッセージが表示されました。
 そういえば、この iPhone は購入してから不具合続きで、4ヶ月で2度も本体を無償で交換していました。現在使っているのは、iPhone 6 Plus の3台目なのです。
 詳しくは、「4ヶ月で3台目の本体交換となったiPhone6 Plus」(2015年02月25日)をご笑覧ください。

 iPhone 本体の交換を繰り返している内に、欠陥が解消された頃に製造された iPhone が、今私の手元にあるようです。

 複雑な思いではあるものの、まずは一安心です。

 試しに、妻の iPhone のシリアル番号を聞いて、同じようにチェックしました。すると、これは大当たり。リコール対象商品だったのです。

 私と同じ日に同じ店で、「iPhone 5」から「6 Plus 」へ一緒に買い換えたものです。妻の iPhone がリコール対象商品ということは、あの時、店頭で私に渡された iPhone 6 Plus も、日本語入力機能以外に、カメラにも欠陥があったということのようです。

 妻のカメラのピンボケは、そんなに酷くはないようなので、しばらくはこのままで使うそうです。というよりも、欠陥品を交換修理することに慣れていないので、煩わしさと面倒なことを避ける意味もあって、当分はこれで様子をみるという判断のようです。

 いずれにしても、2人共に大した被害がなくて幸いでした。
 
 

2016年4月26日 (火)

読めなくなっていたホームページを再建

 1995年9月からインターネット上に公開していたホームページ旧〈源氏物語電子資料館〉が、しばらく見られない状況にありました。

 1999年に私が国文学研究資料館に着任した際、それまで奈良インターネット「まほろば」から公開していたホームページを、〈へぐり通信〉と〈源氏物語電子資料館〉の2つに分けました。
 日々の雑録を記したのが〈へぐり通信〉で、「まほろば」のサイトから発信を続けていました。
 『源氏物語』に関連する学問的な情報を中心とした〈源氏物語電子資料館〉は、「国文学研究資料館」のサイトから公開していました。

 度重なる国文学研究資料館におけるシステム入れ替えに伴い、〈源氏物語電子資料館〉はいつしか外部から閲覧できなくなっていました。
 2005年以降は、私が情報の更新を怠っていたことも原因です。

 過去に私が取り組んだ科研の報告などをご覧くださる方々がいらっしゃったので、いつか再建をと思いつつも、延び延びになっていました。

 今回、科研などのホームページを公開している、「さくらネット」のサイトの片隅に、バックアップしていた国文研版・旧〈源氏物語電子資料館〉のデータを移設しました。


160426_oldgem



 これは、1995年から2005年までに発信していた、『源氏物語』に関する情報で成り立っています。
 あくまでもアーカイブズとして、しばらく閲覧できる状態にしておきます。

 これで、まずは国文学研究資料館から発信していた〈源氏物語電子資料館〉は再建できました。
 NPO法人〈源氏物語電子資料館〉と紛らわしい名前でもあり、大急ぎでこの中のデータをブログなどに移し、移し終わったら消去する作業をしていきます。

 また、〈へぐり通信〉も、現在は壊れたままで閲覧ができない状態にあります。これについても、近日中に再建する予定です。

 日々の忙しさにかまけて、旧〈源氏物語電子資料館〉や〈へぐり通信〉を放置していました。しかし、掲載されている情報は古いものであっても、当時の研究状況がわかり、私個人の存在証明ともなるものなので、再建することにしました。
 ブログなどへの移行作業が終わったら、このホームページは閉鎖することになります。今から1年くらいはかかると思っています。
 
 
 

2016年4月20日 (水)

国文学関連のウェブサイト「JGJ」が誕生しました

 日本語と日本文学の調査研究に関する、新しいウェブサイトが生まれました。
 「日本語学日本文学研究情報・成果公開サイト」(Japanese.gr.jp、略称 JGJ)(2016年4月17日 公開)がそれです。
 サブタイトルは「日本語日本文学研究の未来のために」となっています。

 その言挙げをお祝いいたします。

 このサイトは、近藤泰弘氏(青山学院大学文学部教授)と近藤みゆき氏(実践女子大学文学部教授)の共同運営によるものです。

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 その目的と発信される情報の内容は、「サイト概要」によると以下の通りとなっています。


1. 日本語学および日本文学研究において、文理融合型・領域横断型の研究を行い、その研究方法を公開する。

2. 研究用データ・ツール等を公開し、広く人文科学、特に日本語学・日本文学研究において同様の研究を行っている研究者との情報共有を計る。

当面は、以下に述べる科研費の補助を受けて、その研究成果を中心に公開する予定にしています。
また、過去に出版した関係論文や資料なども可能なものからオープンアクセスとして公開していきます。

サイトコンテンツは以下の通りです。
なお、本サイトは基本的にXMLの書法によりHTML5準拠で書かれています。

1. 成果・報告(特に紹介したい論考の紹介と閲覧)

2. テキストアーカイブ(研究用に作成した古典語・現代語のデータリストとダウンロード)

3. ソフト・ツール紹介(本サイト関連で作成したソフトウェア・ツールの紹介とダウンロード)

4. 業績紹介(研究業績リスト)

5. 関連リンク(この分野に役立つサイトへのリンク)

 私は1995年9月から、ささやかながらもインターネット上に国文学関連の情報を公開して、今にいたっています。
 これはあくまでも個人的な営為の延長に留まるものであり、しかも『源氏物語』に限定しての周辺情報の公開です。
 そこから、本ブログ「鷺水亭より」が派生しました。

 その後、いろいろな方がサイトを立ち上げられ、今も利用させていただくものがいくつも存在しています。
 そのような中で、今回のサイトは、これまでの研究実績とウエブコンテンツを熟知したお2人が、共同で運営されるということです。
 これは、今後の幅広い展開が期待できます。

 一人でも多くの日本語や日本文学に興味を持つ方々に告知する必要を感じ、ここに紹介するしだいです。
 充実した情報の提供と共有をめざして、当サイトがますます発展することを楽しみにしたいと思います。
 
 
 

2016年3月10日 (木)

再録(19-4)どうしようもないMV社のこと(1999.12.28)

 この一連の「再録」は、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報群の一部です。

 このテーマでの再録は、ひとまずこの第4回までとします。
 私は1999年4月より、東京の品川にある国文学研究資料館に勤務するようになりました。
 ここで取り上げている話は、その年の3月の奈良にいた時のことと、4月からの東京での出来事が錯綜していますので、適宜読み分けてください。
 2000年以降も、この件はさらにややこしいことになりました。しかし、残りのファイルは未整理のままなので、いつかまた取りまとめることにします。
 あくまでも記録の掘り起こしなので、適当に読み飛ばしてください。
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 
〔どうしようもないMV社のこと(1999.12.28)〕
 
 アップルのマッキントッシュ用のG3対応ボード「MAXpower G3 PDS 7100/8100 240/1M/160」が使えないものであったことと、それに対するMV社の対応については、すでに「不可解なMVという会社(1997.3.28)」、「またMV社のこと(1998.10.01)」、「またまたMV社のこと(1999.03.09)」で報告した通りです。

 さらに、その後の珍妙な展開をまとめておきます。

 本年3月9日に本コーナーに「またまたMV社のこと」を掲載した1週間後のことでした。MV社のYさんという方から突然自宅に電話がありました。用件は、G3ボードに関してお詫びをかねて会いたいとのことでした。わざわざ東京から奈良まで出向くとのことでした。

 先の記事の中で、以下のように書いたことが、この反応の直接の原因だと思い当たりました。


 今回MV社社には、本書面とともに、ボードとG3/300の「見積書」「納品書」「請求書」「領収書」を同封しました。
 私の出費を弁償していただくためのものです。

 しかし、私はYさんから電話をいただいた翌日には、湘南葉山の総合研究大学院大学に行く予定がありました。鎌倉か横浜でならとも思いましたが、とにかく話は4月以降に、ということにしました。

(注:以下は、大阪から東京に職場が変わり、横浜の金沢文庫にある宿舎で生活するようになってからのことです。)

 4月6日にYさんから打診の電話があり、9日に来訪されました。1時間ほどでしたか、私から、いろいろと不具合の説明をしました。Yさんからいただいた名刺には「第2営業部 副部長 (兼)営業課課長」とありました。

 4月14日早朝、Yさんが自家用車で、拙宅の「PPC-8100/80AV」を引き取りに来られました。

 それから1ヶ月ほどした5月13日に、YさんとKさんがお出でになりました。Kさんの名刺には、「研究開発本部開発部テクニカルサポート課マネージャ」とありました。

 いろいろと技術的な問題点の説明を受けました。要するに、このままでは使えないとのこと。そんなカードをよく調べもしないで販売するものだとは思いましたが、とにかく対案を聞きました。その対応策として、現在装着しているAVカードを取り外し、新たにアメリカで販売されているビデオカードを輸入して装着すると、動かない「PPC-8100/80AV」が使えるようになるとのことでした。

 大変なことになったと思いましたが、私の費用負担はないとのことなので、そのような手配による対処を了解しました。
 それにしても、私のような被害にあったユーザーは他にいないのでしょうか。いろいろな話の中で、私が最近購入したMV社の「ばり2バックアップ」は、商品にする前の段階のベータバージョンという代物であり、商品として販売するのは問題だと言うと、おふたりとも少し口ごもっておられました。
 また、MV社の製品もいろいろと試用してほしいとのことだったので、これが迷惑をかけたお詫びの対応なのかと思い、私が被った損害の弁償の代わりとして受けようと思いました。
 さらに、K氏に報告書を求めましたところ、K氏より以下のメールが5月21日に届きました。


大変ご迷惑おかけしております。
ご依頼頂きました内容を簡単ですがご報告させていただきます。
弊社でお預かりいたしましたI様の下記の環境における、確認いたしました現象をご報告いたします。

PowerMac8100/80AV
MAXpowrG3 7100/8100 240/1M/160
モニタ接続は標準搭載のAVカード経由

<現象>

G3カード装着後、MicrosftPowerPoint、PageMaker等のアプリケーションを使用中にフリーズが発生。
同じ操作での再現性は無いが、かなりの頻度で動作不安定となる。
G3カードを外すと、上記問題は発生せず、動作が安定する。
Newer社より、一部のAVカードとの相性に問題がありとの報告があり、G3カードを装着した状態でAVカードを外し、オンボードの内蔵ビデオポート経由でモニタに接続し、動作検証した結果、問題は解消。

<結果>

上記の結果、動作不安定を引き起こす原因は、G3カードとAVカードの組み合わせと判断。

<対処>

AVカードを使用すると問題が発生いたしますので、使用しない方法といたしましては、次の二通りがあります。

1.オンボードの内蔵ビデオポート経由
2.Nubusのビデオカード経由

1.の場合は、モニタモード切替アダプタ(ダイヤテック株式会社製店頭価格1,500円前後)のみあればモニタに接続できますが、ただ、対応しているモニタ解像度が低く、13インチモード(640*480)までの対応です。

2.の場合は、別途Nubus対応のビデオカードをお持ちで無い場合、別途購入しなければいけません。ただ、費用はかかりますが、モニタ解像度は最大1152*870で24bit(フルカラー)までサポートしています。現時点で入手可能なNubus対応のビデオカードは次の商品となります。

商品名:sonnetSonata24Pro(PowerMac7100/8100用ビデオカード)

店頭販売価格(99/5/20現在):28,000円税別
取り扱い店:株式会社イケショップ Tel03-3251-4722
Web上(http://www.ikeshop.co.jp)での通信販売も行っております。

以上ご報告いたします。

 そして、5月24日の早朝、Yさんが自家用車で私の「PPC-8100/80AV」を拙宅に持ってきて下さいました。車から受け取り、自分で自室に運びました。今から考えると、あの時にYさんに私の部屋で動作確認をしてもらえば、以降もややこしくならなかったのではと思います。

 さて、無事に修理が終わったはずの「PPC-8100/80AV」も、数日後に起動しなくなりました。またMV社に電話です。

 6月3日に、今度はKさんが拙宅に自家用車で受け取りに来られました。
 またまた、「PPC-8100/80AV」は旅に出ました。

 6月15日にK氏から以下のメールがあり、OSを8.6にしていいかと確認されました。


ご連絡が遅くなり大変申し訳ございません。
お預かりしております8100ですが、原因と思われる点が見つかりました。
下記内容にて回避ができております。

現象

モニタを2台接続した際に、アイコンパレード時にNewerの機能拡張を読み込む途中にフリーズ。
モニタを1台で接続しているときには、この現象は起こらない。

回避方法

AppleVision機能拡張書類のアップデートにて正常動作。
コントロールパネルのモニタ&サウンドにて起動画面の切り替えを幾度か繰り返し、問題なく動作することを確認。

ここで一点ご相談なのですが、お預かりしておりますマシンのOSを8.6にアップデートすることは可能でしょうか。

OS8.5.1のAppleVisionのバージョンではモニタを2台接続していると、Newerの機能拡張書類読み込み時にコンフリクトを起こしてしまいます。おそらく2台のモニタをマシンが認識し信号を送るタイミングとMaxPowerを認識するタイミングが非常に近い事が問題になっているかと思われますが、AppleVisionのバージョンを1.7.1にあげることにより回避ができております。

いかがでしょうか、ご検討いただきたくお願い申し上げます。 

 これに対して、即座に以下のようなOKのメールを出しました。


連絡をありがとうございます。
8100は初期のボードなしの状態で余生を共にしようかと決め、そろそろ連絡をしようと思っていたところでした。
OSを8.6にアップすることで、また使えるようになるのなら、8100も喜ぶことでしょう。
私も、とにかく安定して動くならば、それで結構です。
最近とみに自宅での仕事量が増え、もう一台ノートタイプでも購入せざるを得ないかと思案していた所でした。とにかくマシンがもう一台手元にあり、一日も早く使える状態を最優先にしたいと思います。
研究活動は自宅が中心となる私の仕事柄と、マシン不足の窮状をご理解の上、ご高配をお願いします。

 6月23日に、Kさんが自家用車で完動する「PPC-8100/80AV」を運んでこられました。そして、今度は私の部屋に設置した後、Kさんは自分で動作確認をされました。
 過日のYさんは、私の部屋に入り込むのを遠慮されたのでしょう。その気持ちは分かります。ただし、このような場合は、目の前で確認することは大切なことのようです。私はK氏の帰り際に、また報告書を送ってほしいことと、ソフトウェアの試用について確認すると、後日メールとカタログを送るとのことでした。

 そして、7月7日に、約束通りK氏より以下のメールでの報告書が届きました。


ご連絡が遅くなりたい変申し訳ございません。
その後マシンの調子はいかがでしょうか。
さて先日納品にお伺いした際にお約束しておりましたレポートを、簡易的ではありますがお送りいたします。
何かご不明な点などございましたらご連絡下さい。

株式会社 MV社  K

障害内容

前回の納品の際に、本体付属のAVボードの替わりにサードパーティー製のグラフィックボードを装着し納品。
はじめは問題なく起動したが、2台接続されているモニタのメイン画面を切り替え、再起動を行うとアイコンパレード時にMaxPowerのアイコンを読み込んだ時点にフリーズが発生。
ご自宅で現象を確認後、社に戻り再度現象を確認。

回避策

Appleのホームページより機能拡張書類でモニタを管理している「AppleVision」がバージョンアップされていることを確認、OSを8.6にすると伴にこの書類も更新する。

結果

2台のモニタを接続することにより、モニタドライバとMaxPowerのドライバがコンフリクトを起こしていた模様。OSのバージョンとAppleVisionのバージョンを新たなバージョンに更新したことにより障害を回避できた。
また、コントロールパネルの「モニタ&サウンド」にてメインモニタの切り替えを数回行いテストしたが障害は再現しないことを確認。

納品後、ご自宅にて動作確認を行い問題なく動作することもか確認。

 さらに、7月7日にMV社社のカタログが2冊送られてきました。

 早速、試用したいソフトウェアをリストアップして、以下のようなメールをK氏に出しました。


御社の総合カタログを受け取りました。
楽しく拝見しながら、手元で眠っているものがいくつかあるのに驚きました。
「Premiere」や「Kai's Power Tools」 は Ver.5 になっていたんですね。
「SpeesDubler8」「RAMDoubler8」はフルに活用していましたが、PowerPCになってからは眠っています。
現在も常時使っているソフトウェアをカタログで見つけると、なんだかうれしいですね。
さて、以下に、私が使用してコメントを付けられそうなものをリストアップしました。
少し多いかな、と思いましたが、興味をもったものです。
遠慮せずにあげましたので、ご寛恕のほどを (=^_^=)
使ってみたい順に列記します。

・Vertual PC Ver.2.1 (日常的に使用するSoftWINDOWSとの比較)
・Dr.SURF V2.0 (NOVAの製品にがっかりしたので)
・Surf Express Ver.1.5 (スピード比べに)
・マジック館OFFICE全集 (宝箱への興味から)
・マジック館クラリス全集 (宝箱への興味から)
・マジック館ファイルメーカーPro全集 (宝箱への興味から)
・TOEFLテスト完全攻略模試 (今夏留学する娘をテスターに)
・TOEICテスト完全攻略模試 (今夏留学する娘をテスターに)
・アイデアストーム Ver.2.0 (よく使うインスピレーションとの比較)
・Adobe Acrobat 4.0 (職場にはWINDOWS版しかないので)

下記二点は、過去にバージョンアップの手続きでゴタゴタしたので、そのままになっているものです。

・Adobe Premiere 5.1
・Kai's Power Tools5

なお、「Adobe FrameMaker+SGML 5.5J」は、職場にあるのでしょうが、それを使うと仕事が増えそうなので、一人で使ってみたいと思っていたものです。ただし、価格が価格なので、そっと紛れ込ませておきます。一応、テスト使用が可能ならば、ということです。
以上、ご高配の程を、よろしくお願いします。

 返信を待つ内に、またまた「PPC-8100/80AV」が不調になりました。夏の暑さのせいでしょうか。起動できないことが時たま発生しだしたのです。とにかくとてつもなく多忙な日々でもあり、「PPC-8100/80AV」が身近にあると、ついつい調子を見ようとして時間を浪費し、それもまたもやテスターとなりかねない日々を避けるために、愛機を別の場所に移動しました。しばらく休憩していた「PPC-7600/200」の出番となりました。これは、いつも元気で快調なパソコンです。

 そしてついに11月になると、愛機はウンともスンとも言わなくなり、またお手上げの状態になりました。
 MV社のソフトウェアの試用に関する返事もあることだしと思い、K氏からの連絡があったらこの不具合を伝えようと思っている内に、どうしようもなく忙しい仕事に振り回され、とうとう今日になった次第です。

 それにしても、MV社からは、7月7日以来、何の連絡も問い合わせもありません。これだけトラブル続きのマシンなのに、修理後、引き渡してすぐの様子伺いだけで、それ以来音沙汰なしなのです。
 ソフトウェア試用の件も、こちらの希望を無視されたままです。一体、どういうつもりなのでしょうか。
 MV社に電話をしても、また場当たり的な対応をされるだけなので、この〈ハイテク問はず語り〉に、これまでの経過を掲載することにしました。
 今日まで引きずったのは、どこかの東芝というメーカーのトラブルではないですが、苦情を言うのを趣味にしていると思われるのも嫌なので、クレームの連絡は自粛していたこともあります。

 トカゲのシッポ切りのような対応をするMV社のことです。手に負えなくなるとバトンタッチがあるようです。Sさん->Yさん->Kさんと来ましたから、今度はどなたが私にコンタクトを取ってこられるのでしょうか。優秀な方々なのでしょうが、ユーザーの立場から言えば、もっと最後まで責任をもって対処してほしいものです。

 それにしても、まだまだ未成熟のコンピュータ業界です。これからのさらなるコンピュータの普及を考えると、MV社のような会社はこの日本に必要なのでしょうか。この程度のサポートしかできないのなら、かえって発展の邪魔ではないでしょうか。
 アメリカのソフトウェアを輸入して日本語化するだけなら、他にいい会社があります。また、自社で開発するソフトウェアが「ばり2バックアップ」のような開発版レベルならば、それを臆面もなく店頭に並べて平気ならば、早々に撤退してほしいものです。

 MV社は、もうこりごりです。
かわいそうな「PPC-8100/80AV」ですが、どこか立派に再生してくれる会社を探すことにします。どなたか、技術力のある人か誠意のある会社をご存じないですか。

 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

2016年3月 9日 (水)

再録(19-3)またまたMV社のこと(1999.03.09)

 この一連の「再録」は、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報群の一部です。

 ここでは、再録(19-1~4)として、MV社に関連する悪戦苦闘の記事を集めています。
 あくまでも記録の掘り起こしなので、適当に読み飛ばしてください。
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 
〔またまたMV社のこと(1999.03.09)〕
 〈8100用G3ボードの顛末に関する覚え書き〉
 
 昨年記した「またMV社のこと〈1998.10.01〉」のその後の顛末をまとめてアップします。


商品名「MAXpower G3 PDS 7100/8100 240/1M/160」
発売元 MV社
購入日 1998.9.24
店名 (株)オー・エー・システムプラザ大阪店
金額  ¥125,790(税込)

問い合わせのためにかけた電話は以下のとおりです。


1998.9.25電話(女性の方)
1998.9.28電話(Sさんへ)
1998.10.1電話(Sさんへ)
1998.10.1ボード返送

 ボード返送にあたっての詳細は、「またMV社のこと〈1998.10.01〉」に記した通りです。

 返送後、いつまで待ってもMV社から何の連絡もないので、98.10.26に電話(Sさんへ)をしました。不在のため、夜に担当者が連絡するということでしたが、その日は何の連絡もありませんでした。

 98.10.28に、こちらから再度電話を入れました(Sさんへ)。
 交換用のボードをアメリカのニューワーテクノロジー社に発注中とのこと。月に一回の生産のため、11月第二週くらいには届くはずであるとのこと。
 連絡はもらえるかと聞くと、特にそのようなことはしない、との返答でした。とにかく、ひたすら待つしかないようです。
 何とも、こちらが購入者であることが欠落したクールな対応でした。

 このボードの修理が完了したものを受け取ったのは、98.11.17でした。というより、何のことはない製品交換でした。ボードの製造番号が、「A522309」から「A528531」に変わっていました。同封の「修理結果報告書」には、受付日として「98/10/7」とあります。

 そして、またもやフリーズの連続です。どのような状況でなるのかは、98.11.25の電話で詳細に報告しました。

 それから一月ほどは、まさにMV社のテスターよろしく、連日フリーズとの格闘をしました。ボードが変わったので、当然動くであろうということを前提にしていたのです。今から思えば、膨大な時間をドブに捨てたことを悔いています。

 十数年前、まだ8ビットマシンで色々なことにチャレンジしていた時を思い出させる日々でした。何とか自分で動かしたい、という使命感もあったかと思います。今にして思えば、愚かなことでした。この時間を、何とか返してもらいたいと熱望しています。

 そして98.12.17or18に、ついにギブアップの電話をしました(Sさんへ)。
 本体ごと返送してくれとのことでしたが、もう年末でニューワーテクノロジー社は休暇に入るので、今送ってもらっても保管するだけとのことでした。
 仕方がないので、年明けの99.01.06に、パソコン本体にボードを装着したままで宅配便で送りました。

 その時に添付した手紙は、以下のものです。


*****G3ボードと本体送付.990106******

 昨年9月以来、「MAXpower G3 PDS 7100/8100 240/1M/160」のボードの不具合について、いろいろと問い合わせをしているIです。
 ボードを本体に装着したままでお送りします。
 よろしくお願いします。

 私がこのボードを設置しようとしている機器は、次のようなものです。

*CPU:PPC-8100/80AV(但しQuadra840AVよりのロジックボードアップグレード版)
*8100/80AV内蔵のビデオカードは、御社製品添付のマニュアル通り、ブラケットが半田付けされている部分から切り離しました。
 ただし、9.25の電話により、添付マニュアルが間違っているとのことなので、ご指示により、絶縁テープでカードを絶縁することによって、起動さえしなかった不具合は解消しています。

 4ヶ月もの長期にわたるテストでした。
 結論としては、2時間以上フリーズを起こさずに使用することは不可能でした。
 試みたテストの詳細は省略します。
 なお、内蔵のハードディスクは、今回のテストのために新たに昨秋購入したものです。それに、OS8.5をインストールしています。
 今回の件は、御社とニューワー社の依頼を受けての実験ではないために、製品に代価を支払ったユーザーに戻ることにして、改めて確認をお願いすることにします。

 ご確認の上、ご処置の程を、よろしくお願いします。

 動作確認を終えたMac8100/80AVが届いたのは、99.01.21でした。ただし、佐川急便で届けられた愛機は、なんと損傷したものだったのです。また、パソコンもうまく動作しません。またまたフリーズの連続です。

 99.01.28に、フロッピーディスクドライブが出し入れできない状態に変形していることに気づき、すぐに佐川急便の千代田店に電話をしました。何とも脳天気な対応で、すぐにそちらの営業所から引き取りに行かせる、とのことでした。そこで、大急ぎで以下の報告書を認めました。

*****8100の損傷返送-990128*******

・1999.1.21 佐川急便で8100到着
・すぐに気づいた本体の損傷

  ●本体背面の前から見て右上のネジが曲がっている。
  ●本体左側面下部が、内側に食い込み、本体内部底面が少し見える状態。
  ●本体前面のフレーム上部が割れている。
  ●フロントパネルの最上段のCD-ROMのベゼルの左側爪が折れているために、蓋がすぐに外れる。

・曲がったネジを含む本体背面のネジをゆるめて、カバーを外す。

  ●本体左側面下部が内側に食い込んでいた箇所では、本体側の爪が折れ、引っかからなくなっている。左側も同じ。
  ●本体内部に、プラスチックのパーツ一点と、割れたプラスチックの破片が、五〜六個見つかる。細かな破片はいくつもあった。

・すぐに行なったこと

  ●内部のプラスチックの破片を拾い集める。
  ●本体前面のフレーム上部が割れている所を、瞬間接着剤(ゼリー状タイプ)で接着する。
  ●CD-ROMのベゼルの左側を、ビニールテープで留める。

・まずは、電源を入れてスタートする。

  1-四回に一回は、ニューワー社のG3ボード用の機能拡張書類を読み込む内に、アイコンに文字が表示されないままでフリーズする。
  2-無事にスタートした場合でも、フォルダを開いて、まだハードディスクにアクセス中にウインドウの右下を摘んで引くと、確実にフリーズする。
  3-上記二点の場合、キーボードからのリスタートはできない。
  4-フロントのリセットボタンでは、確実に上記 1 の状態でフリーズする。
   本体背面のボタンで電源を落としてからスタートすると、起動することが多い。
  5-Excel-98のファイルを7〜8回ほど開け閉めするとフリーズする。
  6-セレクタでイーサー接続中の相手マシンを選択してから、すぐにキャンセルすると、画面が乱れてフリーズする。マウスは動くが、反応はない。

・MV社からの報告書を見てやったこと

  ●MacOS8.5に対応していない「FormatterOnePro」を削除。
  ●インターネットから「Drive7 v4.4.2」を入手して、システムに組み込む。
  ●システムを、Mac OS 8.5.1 にアップデートする。
  ●上記 1〜6 の症状は、多少減ったように思われる。
   ただし、依然としてファインダーのエラーは頻発し、画面にエラーメッセージだけが残る現象がよく見られる。
   また、上記1の状態になることが、十回に一回ほどの割合で発生する。
  ●しばらく実際に使うために、フリーソフトの「CopyPaste」をインストールする。
   このソフトが原因のフリーズはないようである。
  ●ノートンユーティリティを削除する。

・1999.1.28 フロッピーディスクが、きつくて入らないことがわかる。
  前面の蓋を外すと、挿入でき、読み込みが出来る。
  フロッピードライブ自体の左側が持ち上がった状態のために、蓋をするとその蓋に当たって出し入れができないことがわかる。
  このフロッピーを抜き差ししたときに、接着した本体前面のフレーム上部が剥がれた。
・本体が運送中に相当の衝撃を受けたようなので、このままマシンのテストをすることを断念。
・佐川急便千代田店に電話。
 すぐに引き取りに来るとのこと。

 データのバックアップを取り、消去した後に引き渡す。

 荷物を受け取りに来た佐川急便の方は、何かと急き立てるのです。回収を急いでおられました。
 こちらは、大切にあつかってもらえると思っていたのに、佐川急便は梱包材料も何も持ってこず、そちらで早く荷造りをしろというのです。
 大急ぎでやると、まだ一方をテープで止めていないのに、さっとテープを一カ所だけ貼って担いで持って行かれました。上記のメモを印字したプリントも、隙間に入れただけでした。何となく不安になる引き取り方でした。おまけに、「預り書」もくれません。
 佐川急便というのは、こんなにいい加減な宅配業者だったのですね。唖然としました。その時以来、いまだに何のお詫びもありません。ということは、今回のパソコンの損傷の全責任は、MV社にあったということなのでしょう。

 その後、二日経っても荷物を届けた、とか届いたという連絡がないので、私ももうMV社に愛想をつかし、99.01.30の夕刻に新たにパソコンを買いに出かけました。そして、Power Mac G3/300を購入しました。
 私は、パソコンで遊んでいるのではなく、仕事に使用しています。それもデータベース作成に従事しているために、年度末を控え、一台でもパソコンが使えないというのは決定的に痛手です。色々な状況の中で、新機種G3購入を思い切りました。

 さて、またしてもMV社からは音信不通です。99.02.16にMV社へ電話をしました。いつものSさんは不在で、Tさんが対応してくださいました。Tさんは8100の動作検証をした担当者の所に名前があった方なので、電話の内容はすぐに理解してくださいました。アップルに見積・修理・外損交換手続中とのこと。動作点検の後に送り返すとおっしゃいました。
 また、前回の点検済みのパソコンが届いた際、同封のチップは何かを聞くと、マザーボードの二次キャッシュで「L2キャッシュSIMM」というものだったのだそうです。不要のために取り外したとのこと。
 それならそれで、何かメモでも入れてくれたらいいのに、まったく不親切なやり方だと思いました。

 そして、ついに8100が届いたのは、99.02.23だったと思います。私も多忙を極める時期だったので、数日後に梱包を開け、様子を見ました。最初は起動したのですが、ファイルをコピーすると、とたんにウンともスンともいいません。早々とフリーズです。
 リセットボタンが飛び出しており、押しにくいのを我慢しながら、またまたリセットを押す日々が続きました。
 この不細工なリセットボタンは、間に合わせの部品で適当にはめ込まれたもののようです。

 今回の8100では、以下のような症状が頻発します。


・シャーロックで検索後、機能拡張を開くとフリーズ。キーでもボタンでもリセットできず、背面でパワーを切る。
・一度フリーズすると、次からはデスクトップ画面になると、ハードディスクなどのアイコンを表示したところでフリーズを繰り返す。
・「エラータイプ10」のシステムエラーが頻発。
・数日後に無事起動できても、機能拡張マネージャを開いたところでフリーズ。
・機能拡張をはずしての起動も、CD―ROMからの起動もできない。
・外付けのSCSIハードディスクをつけると、そこから起動できるが内蔵ハードディスクを認識しない。
・フロッピーディスクが読めない。マウントできずにフリーズする。

 以上の症状は、どう見てもまじめに「修理完了」したものとは程遠いと思わざるを得ません。とてもプロの仕事ではありません。技術力はあっても、それを真剣に注いではもらえなかったようです。
 そして、これまでの経緯を通覧しても、MV社が私を適当に誤魔化そうとしておられるのが明らかです。私がおかしい点を妥協しないので、このように長引いているのです。適当にあしらっている内に諦めると思っておられたのでしょう。

 今回MV社には、本書面とともに、ボードとG3/300の「見積書」「納品書」「請求書」「領収書」を同封しました。私の出費を弁償していただくためのものです。

 またこれから、長い月日が費やされることでしょう。
 パソコンを購入すると、このようなトラブルがあり得るのです。私は、このようなことに巻き込まれることの多い方だと思います。というより、製品の不備・不満を苦情として明確に言えるので、このような形をとっています。
 大多数の方々は、何がおかしいのかわからないままに、自分の扱い方のせいにして諦めておられるのではないかとも思います。

 パソコン業界は、まだまだ未成熟です。ごまかしが横行しています。一日も早く、健全なパソコンライフが送れるようになってほしいものです。

 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

2016年2月27日 (土)

科研(A)「海外における平安文学」第7回研究会(京都)

 京都駅前のメルパルクで、総合研究大学院大学文化科学研究科の教授会がありました。毎年、秋は東京、春は京都でと、交互に開催されます。

 それが終わってからすぐに、駅前のキャンパスプラザ京都で開催される、伊藤科研(A)の研究会会場に移動しました。

 プログラムは次の通りです。


2015年度 伊藤科研 第7回研究会
 「海外における平安文学」

■内容(発表者の敬称略)
16:30〜16:35
・挨拶(伊藤鉄也)
16:35〜16:40
・2015年度の研究報告
  (淺川槙子)
 科研サイトの運営報告
  (加々良惠子)
16:40〜16:45
・2016年度の研究計画
  (伊藤鉄也)
16:50〜17:05
・「インド報告」
  (伊藤鉄也)
17:05〜17:30
・「ウォッシュバーン訳の問題点」
  (緑川眞知子)
 17:30〜17:45
・「〈国際日本研究〉と日本文学研究
     ―近時の体験と実見から―」
  (荒木浩)
17:45〜18:00
・諸連絡


160226_kaigai


 私は、アラハバード大学図書館で見つけた、ウルドゥ語訳『源氏物語』のことを報告しました。

 緑川先生は、昨年夏に米国で刊行されたウォッシュバーン氏の英語新訳『源氏物語』の特徴を論じてくださいました。

 荒木先生は、ご自身で見聞きしてこられた、最新の海外における平安文学研究の実情を報告してくださいました。

 新鮮な視点から見た平安文学の事例の検討や、なかなか得難い海外研究情報を、研究会のメンバーで共有することができました。
 この研究会報告は、科研のホームページである「海外源氏情報」に後日掲載されます。

 この科研ならではの海外情報満載の討議の中に身をおき、居ながらにして贅沢な時間を持つことができました。

 さらに打ち合わせを経て、無事に終わってからの懇親会も、刺激的な話題で盛り上がりました。特に、今秋行く予定のインドの話は、みんなで楽しく語り合いました。

 この科研のメンバーは、各自が研究分野を異にすることもあって、実に話題が豊富です。すばらしい研究仲間が集まり、自由気ままに語ることのできる研究会を開催できることの幸せを、身にしみて感じました。

 参加してくださった先生方には、あらためてお礼もうしあげます。

 この科研も、あと1年となりました。

 これまで同様に温かいご支援をいただく中で、さらなる研究成果につなげていきたいと思います。
 
 
 

2016年2月19日 (金)

デリーから夜行寝台列車で雨のアラハバードへ

 しばらくデリーを離れます。
 ちょうど宿を出ようとしていたら、WBC(World BudhistCentre)の玄関前を結婚式の行列が通り掛かりました。白馬に跨がった王子様は、いつみても恰好良い晴れ姿です。お披露目の市街パレードです。


160216_hakuba


 鉄道のデリー駅に着くと、夜空に月が顔を覗かせていました。
 これから行くアラハバードでの幸運を、デリーの月が予祝してくれているようです。


160216_eki


 寝台列車の中は、思ったよりも広くて安心しました。
 たくさんのランクがある中で、良い方のA2という車輌です。
 テレビで見た、ギュウギュウ詰めのイメージが強すぎたので、もっと狭苦しい車内を想像していました。
 村上さんが一緒であることも、気持ちに余裕を与えてくれます。
 寝台列車の寝心地も、問題はありませんでした。
 東京から京都への夜行バスに慣れている私にとって、寝台は楽です。

 快調に列車は走り、アラハバード駅には30分遅れの朝7時に着きました。インドにしては驚異的に正確な時刻に到着です。

 駅前からタクシーでホテルに入りました。
 2階建ての、小ぢんまりとしたいいホテルです。


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 街中の近代的なホテルは、私の好みではありません。
 ヨーロッパの、B&Bのスタイルがいいのです。
 村上さんが下見をしてれていたので、なおさら安心です。
 インターネットは、Wi-Fi がすぐにつながりました。
 ただし、速度はそうとう遅いようです。
 早速、メールのチェックと職場の担当部署への連絡をしました。

 予定したスケジュールは午後からとし、まずはホテルの周辺を散策しました。
 ヒンズー教の聖なる牛が、国際都市を目指すデリーからは郊外に追い出されて久しくなります。
 しかし、このアラハバードでは、街のそこここに牛がいます。
 かつてのデリーを思い出す、懐かしい風景となっています。

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 のどかな中にも、活気を感じさせる地方の街です。

 午後はあいにくの雨でした。
 しかし、傘をさす人はほとんどいません。
 インドにおいて、2回目の雨です。2002年1月に初めてインドに来た翌日、デリー大学に行った時に急に雨が降ってきました。少しいいスーツを着て行ったのに、木々から砂ぼこりが雨と一緒に落ちてきて、その服が黄色のシミだらけになりました。早速クリーニングに出したことを思い出しました。

 雨の中での移動などを考えて、予定は大幅に変更することになりました。
 旅先での無理はしないことです。
 現地に入ると、いろいろと変わります。特に短い期間の滞在では、融通無碍の対応が求められます。日本人の厳格厳密さが邪魔をすることはしばしばです。世の中や物事は何でも「あり」で、そんなことも「あるさ」、という気持ちと姿勢が問われます。どうやら、私はこの精神が、インドへ往き来する内に叩き込まれたようです。どのようにでも対処できるようになりました。

 少し休憩して、これまでのことを整理し、またいろいろなところへ連絡をしました。

 停電が頻発します。ネットが不安定です。ホテルの中で工事をしているようで、壁越しに槌音が響き渡ります。いつもよりも余計な神経と手間をかけながらも、どうにかいくつかの仕事をこなしました。いくつかは職場へメールに添付して送り、いくつかは仲間にこれまたメールで送りました。

 旅先でもやるべきことがたくさんあります。というよりも、やることが多すぎて、優先順位が狂いっぱなしです。私からの連絡をお待ちの方には、本当に申し訳ないことです。

 小雨を避けながら、アラハバードの中心街を散策していた時のことです。シビルラインズという通りで、村上さんが「インディラ・ババン」という電気屋さん街を見つけてくれました。大阪の日本橋、東京の秋葉原とはいかないまでも、たくさんの電気や電子機器のパーツ屋が集まっているビルです。かつてあった、大阪の五階百貨店、秋葉原の電気会館にあたります。


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 ただし、並んでいる品物は、ほとんどが携帯電話に関するものです。パソコンなどはほんの少しです。
 時代の流れなのでしょう。もちろん、アップルのマッキントッシュなどは見かけません。

 外に携帯などの修理屋さんが雑多に密集しているところで、昨日来調子の悪いインド携帯を修理してくれるところを探してもらえました。クマール君が不要になった携帯電話を借してくれたので、それを持ってインドを移動しています。その携帯の電源が入らなくなり、困っていたのです。

 狭いお店のお兄ちゃんが、テスターやハンダごてを器用に使って、ものの10分もしないうちに、元通り使えるようにしてくれました。正式に修理に出したら何日もかかるところを、目の前でさっさとやってのけるのです。まさに、秋葉原や日本橋の路地裏の修理屋さんです。


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 最近は、面倒な修理はせずに、製品を交換することで解決するという、安直なサービスに変質しています。私の iPhone も、今使っているのは不良品を渡されることが度重なり、機種交換を繰り返した3台目です。調子が悪くなってもアップルの対面修理では中を開けて見るわけではなく、本体を交換して終わりです。
 手で直す、という発想が忘れ去られた現代において、この修理するということの復権は大事です。製品が高度な精密部品の組み立てとなり、修理も容易ではないためにそっくり入れ替える、という対処がなされています。しかし、そうではない、手で直すという道も残しておくべきです。そこに、人の出番が出てきます。それができる人は、どこにでもいるのです。そして、仕事が発生します。
 そんなたわいもないことを思いながら、この電気屋さん街を歩きました。
 「インドで、また考えました。」

 とある店先に、布切れがワゴンに積まれていました。


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 布地屋さんで切り落とされた端切れです。
 布地を大量に集めては、好きなものを手作りしている妻のために、ここから何点かいただきました。
 インド綿を中心にして、シルクと混ぜて織ったものも2点ほどあります。


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 私の我がまま勝手なリクエストにもかかわらず、わけがわからないままに走ってくれたオートリキシャは、こんな雄姿です。このリキシャのエンジン音は、まさに緩急自在の音を響かせるドラムのようでした。ヒンディ音楽顔負けの音を撒き散らすリキシャと、独特の風貌のおじさんに、ここで感謝の意を伝えます。ありがとう。


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2016年2月17日 (水)

国際交流基金で多国語翻訳と国際集会と論文データベースの相談

 国際交流基金ニューデリー日本文化センターで、田中洋二郎さんにかねてより相談を持ちかけていた案件で、時間をかけて話し合いをしました。


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 あらかじめ過去7回分をまとめた『インド国際日本文学研究集会の記録』(2012年3月刊)のPDF版を送っておいたので、これまでのインドにおける文学研究に関する活動の経緯はお互いに了解しての打ち合わせです。
 菊池智子さんと村上明香さんの2人にも同席してもらいました。

 まず、今秋開催する予定の「第8回 インド国際日本文学研究集会」の内容も、今回の打ち合わせでほぼ以下のようにまとまりました。


日時:11月11日(金)・12日(土)
会場:サヒタヤアカデミー + ネルー大学(または国際交流基金ニューデリー日本文化センター)
主催:サヒタヤアカデミー+〈インド日本文学会(伊藤・アニタ・ウニタが2004年に設立)〉
テーマ:(1)『十帖源氏』を多言語訳するための方法と課題
      (予想される問題点/「蝉」をどう訳すかなど)
    (2)私の研究成果
      (デリー大学とネルー大学で修士・博士の学位取得者の報告6人)
    (3)パネルディスカッション(若者向けのテーマ/未定)
後援︰国際交流基金・国文学研究資料館・デリー大学・ネルー大学・NPO法人〈源氏物語電子資料館〉など

 この研究集会の第1テーマは、次の話題と連動します。

 先日、サヒタヤアカデミーに提出した『十帖源氏』のインド語訳の企画申請書を踏まえて、『十帖源氏』の翻訳をお願いする方々や各言語の編集責任者の名前を確認しました。
 同行の菊池さんがヒンディー語を、村上さんがウルドゥー語を担当、などなどです。

 当初は、サヒタヤアカデミーがかつてやったように、インド語8言語の翻訳を考えていました。しかし、いろいろと検討した結果、ベンガル語とマラティ語を加えた10言語でやろう、ということになりました。つまり、以下のインド語10言語で『十帖源氏』の多国語翻訳に着手することの了解が、田中さんからも得られましたので、これで確定とします。


アッサム語・ウルドゥー語・オリヤー語・タミール語・テルグ 語・パンジャビ語・ヒンディー語・ベンガル語・マラティ語・マラヤラム語

 また、タミール語だけは、編集担当者が決まっていませんでした。これについては、田中さんから新たにお願いできそうな先生のお名前の提案をいただきましたので、打診を含めて確認していただくことになりました。

 リストアップした方々をあらためて見て、フレッシュで魅力的な人材のオンパレードになっていることに高い評価をいただきました。着実に、そして確実に実行したいと思います。

 このプロジェクトの成果としての翻訳本は、どのような読者を想定して編集し、どこの出版社から刊行するか、ということでさまざまな意見がでました。
 結果的には、まずはNPO法人〈源氏物語電子資料館〉のサーバーを活用したデジタルブックスで公開することが1番実現性が高いのではないか、ということで意見が一致しました。出版物に関して、ヒンディー語についてはサヒタヤアカデミーに引き受けてもらえるとして、その他の言語の出版は追々考えていく、ということになりました。

 さらに、視覚障害者が立体コピーを活用して変体仮名が書かれた文字を読むことに関しては、話し合う時間が足りなくなったこともあり、19日(金)に再度の打ち合わせを持つことにしました。

 もう一点、国文学研究資料館がホームページから「日本文学国際共同研究データアーカイブ」として公開している中にある「日本学研究データベース(インド)Bibliography India-Japan Literature」について、さらなるバージョンアップについても、今回相談する予定でした。
 これは、インドの日本文学研究の論文リストを拡充ようというものです。このリストを追補継続する件は、これからインドのみなさま方に協力をお願いしようと思っていることです。現在は、2002年までの情報であり、デリー大学のウニタ・サッチダナンド先生からいただいたデータをもとにして作成したものです。
 しかし、この件についても時間がなくなったので、私がアラハバードから帰ってから、再度面談する19日に話すことになりました。

 新しい所長の宮本薫さんと、少しお話をしました。宮本さんには、以前エジプトのカイロで大変お世話になりました。もう一度この国際交流基金には来るので、その時にお話の続きができることを楽しみにしています。

 相談や打ち合わせすべき案件が多すぎて、多くを積み残したままに後日を約束して一旦帰ることになりました。

 国際交流基金の前からオートリキシャに乗り、村上さんと2人で、オベロイホテルの近くにあるブラインド・レリーフ・アソシエーションを訪問しました。
 これは、デリー日本人会の大野さんから紹介されたナンディ先生がボランティアで日本語を教えておられる盲学校です。


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 今回は、目が見えない生徒さんに対して、持参した立体文字を読む体験をしてもらい、ご教示を得ることになっていたのです。
 
 
 

2016年2月15日 (月)

ネットに依存した社会での珍事とジュース屋のおじさん

 昨日は、ベンガル地方ではサラスバティ(弁天様)を盛大に祝う日でした。
 宿に泊まっておられるコルカタからお出での高校の先生が、奮発して自分で料理を作って振る舞ってくださいました。
 この WBC(World BudhistCentre)は、こうした人と人との交流や情報交換が活発な施設なので、最新情報や地方の様子がよくわかってありがたい宿泊場所です。

 キッチンルームでは、その先生がこの宿の料理人に指示を出して、精力的に料理を作っておられました。そして、おいしい食事ができあがりました。


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 本当にフレンドリーな宿です。

 朝食後すぐに、ネルー大学へ打ち合わせに行きました。
 大学の前では、テレビ中継車をはじめとして、マスコミ関係の車などがたくさん集まっていました。ネルー大学の学生が逮捕されたことに関して、学生が抗議活動をしているとのことでした。
 しかし、この日は無事に正門から入れました。


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 実は、昨日はデリー大学で打ち合わせをする予定を組んでいました。しかし、お目にかかる先生が体調を壊しておられたので、無理をなさらないようにしてご自宅に近いネルー大学のアラベラ・ゲスト・ハウスのコーヒールームでお話しをしました。


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 ここには、当初行く計画をしていたハイデラバード外国語大学のタリク君も来て同席してくれました。タリク君は、ネルー大学からデリー大学へ進み、今回打ち合わせをするウニタ先生のデリー大学での教え子なのです。

 快調に、『十帖源氏』の翻訳をお願いする方々や各言語の編集責任者の名前が決まっていきました。タリク君の同僚や同窓生などが候補にあがりました。
 当初は、サヒタヤアカデミーがかつてやったように、インド語8言語の翻訳を考えていました。しかし、いろいろと検討した結果、ベンガル語とマラティ語を加えた10言語でやろう、ということになりました。
 つまり、以下のインド語10言語で『十帖源氏』の多国語翻訳に着手することになりました。


アッサム語・ウルドゥー語・オリヤー語・タミール語・テルグ 語・パンジャビ語・ヒンディー語・ベンガル語・マラティ語・マラヤラム語

 ただし、タミール語だけは、編集担当者が決まりませんでした。
 これは、今後さらに検討してお願いする方を探したいと思います。

 そして、今秋開催する「第8回 インド国際日本文学研究集会」の内容も固まりました。
 やはり、直接お目にかかってお話をすると、迅速に物事が決まります。やはり、足を運んでの面談は大事です。メールや電話とは違った、人の温もりと感触を確認しながら話をすることは重要なことであることを、今回も痛感しました。物事は、相手と直接会って、顔を見ながら進めていくのが一番確実である、という私の主義主張を実証することにもなりました。

 話をしている最中に、鈴木貞美先生が仕事の合間にお昼ご飯を召し上がりにいらっしゃいました。何と3日間もお昼をご一緒することになりました。こんなこともあるのです。お話を伺えたので、私にとってはラッキーでした。

 打ち合わせが終わってから、タリク君と一緒にウルドゥー語の祭典の会場にタクシーを飛ばしました。
 ここで、珍妙な体験をしました。
 最近、世界各国でインターネットのグーグルのサービスを活用したタクシーの配車システムが広まっています。安心して乗れ、支払いも楽です。乗る時の値段交渉が不要なのですから。

 今回は、タリク君がこのサービスを利用しました。しかし、行った先の「Indira Gandhi National Centre for the Arts」が官庁街にあったため、国会議員や官庁がセキュリティのために妨害電波を出す警備をしていたのです。そのため、タクシーもネットが使えず、インターネットに頼ったシステムでの精算ができないのです。
 会場の周りをぐるぐると回っても、ネットにつながらないので、運転手さんはお手上げです。私の方も、支払いができないままで逃げるわけにもいきません。
 漫画のような本当の話です。
 ウルドゥー語の祭典の会場で村上さんが先に行って待っているので、私だけがタクシーを離れて会場に入りました。やがて、タリク君も精算ができたということでやって来ました。
 IT国家を自認する国で、冗談のようなおもしろい体験をしました。

 会場の中では、今日もサヒタヤアカデミーは何もしていませんでした。何かあったのでしょうか。一昨日置かれていたテーブルも荷物も撤去されていました。


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 別のブースでは、「H」というスペルが抜け落ちていて、それを後で書き足した物に気づきました。発音の関係だそうです。文字を表記するのは、言語によっていろいろな問題を抱えているようです。


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 書店のブースで、気ままに手にしたウルドゥー語の本の挿し絵に、漢字のような図形を見かけました。おもしろいと思ったので、何の本かもわからないままに買いました。


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 宿の前のマーケットに行くと、これまで来るといつも立ち寄っていたジュース屋で、おじさんが今回もその独特の風貌を見せておられました。懐かしさもあって挨拶をすると、私のことをよく覚えておられました。いつも一緒に来ていた中島岳志君のことも。中島君が頼まれていた時計の話もしました。

 インドで生のジュースは自殺行為だと言われます。しかし、このおじさんのジュースは別格です。また、私はこれまでに一度もインドでお腹を壊したことがありません。毎日のようにこのおじさんのジュースを飲んでいたからだ、と思っています。今回も、ミックスを絞っていただきました。後で、いつものように果物をたくさんいただきました。いつもありがとう、と、言葉は通じないので感謝の握手をしました。

 これまでの十数年間に私と一緒にインドへ来た方の多くは、このおじさんのジュースを飲んでもらっています。今も現役でジュースを搾っておられることを思い出していただくためにも、記念写真をごらんください。ジュースの味も変わっていません。


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 また、私が大好きなラム酒の「オールドモンク」も、いつものお店で頼むと、今回はこんないいパッケージになっていました。空港で見かけるデザインのものが、こうしてマーケットにも出回るようになったのです。そして、鉄格子越しに秘めやかな受け渡しをする買い方も、今ではもうなくなりました。クレジットカードが使えるのですから。


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 このマーケットは、少しずつお店も変わっていきます。
 マグドナルドやヘアーサロンができていました。


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 入ることはありません。一応、記録として残しておきます。
 
 
 

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2016年2月13日 (土)

ネルー大学で今回最大の懸案である英文書類を作成する

 今回もお世話になっている WBC(World BudhistCentre,myouhouji)は、何度か紹介したように今も同じ佇まいです。


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 ラウンジの雰囲気も、十年ほど変わっていません。

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 毎朝、このソファでパソコンを使ってメールのチェックやブログを書いていると、お手伝いの子供がチャイを出してくれます。今日も、このチャイを飲みながら書いてアップします。

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 食後すぐに、ネルー大学へタクシーで行きました。
 いつもの正門前に人だかりができていました。学生たち数十人がプラカードを掲げています。その周りを警官隊がとり囲んでいるのです。

 ゲートは警官によって封鎖されています。入れないのです。一緒に来てもらっていた村上さんが、機転を利かせて警察から大学の敷地に入る方法を聞き出してくれました。教職員専用のゲートからです。そこでも止められました。しかし、またもや村上さんの機知により、無事に厳重な関門を突破できました。

 いつものように言語文学科がある建物に行くと、学科長室がいつもと様子が違います。違う科になっていたのです。受付で聞くと、隣の新しい建物に引っ越しをしたとのこと。一年前のことだそうです。うっかりしていました。
 慌ててそちらに行くことにしました。


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 アニタ・カンナ先生はレコーディング中だったため、先生の部屋で待たせていただきました。

 すぐ斜め前にラクシュミ先生の部屋があったので行きました。しかし、閉まっていたので携帯に電話をすると、会議が中止になったとのことで、帰る途中の車の中だったのです。日曜日に会うことになりました。
 現地に入ると、スケジュールはさまざまに刻一刻と変わります。

 カンナ先生が戻ってこられてから、サヒタヤアカデミーに提出する英文の書類の手直しをしました。素案は昨日のサヒタヤアカデミーの所長との面談後に作成してあったので、昨夜はその点検をして確定しました。しかし、いろいろと不具合が見つかったこともあり、今日は最終版の作成をしたのです。努力の甲斐があってか、望み通りの書類が出来上がりました。
 その内容については、後日詳しく紹介することになるかと思います。

 昼食は、私も何度か宿泊したアラバリゲストハウスの隣にあるのラウンジへ行きました。大型テレビには、このネルー大学前での警官と学生の騒動が生中継されていました。私の姿も、この大学に入る前に映ったかもしれません。豆粒みたいな日本人など、誰も気づかないでしょうが。
 まもなく、昨日も昼食をご一緒した鈴木貞美先生も、お泊まりのゲストハウスからお出でになりました。
 先生の翻訳論の自説を、楽しく伺いました。壮大な構想をお持ちなので、非常に参考になります。
 私は、目が見えない方と一緒に古写本『源氏物語』を読むことにチャレンジしていることをお話しました。興味を持って聞いてくださいました。

 午後はアニタ・カンナ先生の録音スタジオを訪問してから一旦宿舎に帰り、それからウルドゥー語の祭典である「 Jashn-e Rekhta」に出かけました。
 
 
 

2016年1月13日 (水)

現在取り組んでいる科研の新年会で確認したこと

 現在取り組んでいる2つの科研では、研究員・補佐員・補助員の3人の方にお手伝いをしていただいています。この3人の英知と努力と根気なくして、あれだけの膨大な情報を集積し、手際よく整理し、迅速に幅広く発信することは叶いません。

 新年を迎え、この仲間4人で、新年会を兼ねて今後の打ち合わせをしました。

 立川駅のレストラン街にある、自然食バイキングのお店が折々に行くところです。これは、外での食事が自由にできない私にとって、非常に使い勝手のいいお店です。食べられる食材の料理を、その時に食べられる分量だけいただけばいいからです。

 今年は、2つの科研が共にラストランとなるので、以下のような課題とその問題点のとりまとめを、みんなで確認しました。
 思いつくままに列記しておきます。


(1)「海外源氏情報」と「古写本の触読研究」は、来年3月に私の定年とともに終了となる。
(2)両科研で収集・構築した情報資源やデータ群は、来年4月以降はNPO法人〈源氏物語電子資料館〉に維持管理してもらう。
(3)公開中の電子ジャーナルやダウンロード可能なデータは、その利活用を積極的に広報する。
(4)今秋、インド・デリーにおいて『源氏物語』の翻訳に関する〈インド国際日本文学研究集会〉を開催する。
(5)『十帖源氏』の多言語翻訳に関して、インド8言語の試行版に着手する。
(6)『源氏物語』の多言語翻訳と翻訳研究史に関する研究成果を、印刷物としてまとめる。
(7)目が不自由な方々の触読環境を整備して、古典文学の領域から情報発信を心がける。
(8)現行の平仮名と変体仮名の触読字典作成のため、文字の説明文を完成させ、公開する中で補訂を加える。
(9)研究者に限らず社会人や学生に、ホームページ及び広報活動を通して、刺激的な情報を発信する。
(10)当面は、『海外平安文学研究ジャーナル第4号』と『触読研究ジャーナル 創刊号』の発行に全力を注ぐ。

 とにかく、これまで通り前を見すえて、ひたすら走っていきます。
 折々に、ご理解とご協力をいただけると幸いです。

 情報発信母体となる科研のホームページは、以下の通り、これまでと変わりません。

「海外源氏情報」(基盤研究A)
 
「古写本『源氏物語』の触読研究」(挑戦的萌芽研究)
 
 多くの方々から、ご意見や情報をお寄せいただけることを、心待ちにしています。
 
 
 

2015年12月27日 (日)

アクセス数が777,777件を超えました

 本ブログのアクセス数が、先ほど777,777件を超えました。
 日付が変わっ直後だったことと、カウンターがリアルタイムで表示されるシステムではないので、その記念すべき数字を見ることはできませんでした。

 30万アクセスを超えたのは、2012年7月15日でした。
 あの時は、ちょうどブログをリニューアルして4年目でした。

「本ブログ30万アクセスに感謝」(2012年07月15日)

 その後の4年間で、40万件以上のアクセスがあったことになります。
 本ブログ「鷺水亭より」は、あまり一般受けしないと思われる、多分にマニアックな記事内容にもかかわらず、毎日300件ものアクセスがあることは、本当にありがたいことです。
 1回のアクセスで複数の記事をお読みいただいているようなので、実際にはもっと多くの記事が読まれていることになります。

 そういえば、アクセス数が「333,333件」の時にも立ち会っています。

「アクセス数が「333,333」になる」(2012年11月01日)

 毎日、この数字をチェックしているわけではありません。
 しかし、偶然とはいえ、こうしたチャンスに巡り合えるのはラッキーです。
 昨日のサンタさんが、「7」並びのプレゼントを置き土産に届けてくださったようです。

 本ブログに、特に方針というものはありません。
 ただ、折々に思うことや勝手気ままな行動の記録を、コツコツとアップしています。
 今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
 
 
 

2015年12月23日 (水)

再録(25)マッキントッシュG4導入〈2000.2.29〉

 今から約16年前の記事です。
 情報の一元化にともなう記事のアーカイブズ化の一環の意味で、ここに再録データとして残しておきます。
 初期不良などのさまざまな不具合と格闘する、私にとっては日常茶飯事となっているパソコンライフの記録です。

 ここで取り上げているG4の次の写真は、「http://www.512pixels.net/blog/2013/07/power-mac-g4」のサイトに掲載されているものをお借りしています。アップルが PR に使った写真のようです。これが、私が使っていたものに一番近いイメージなのです。


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 私は1999年4月に今の職場に移り、大和・平群の里から東京の品川へと、単身赴任者として8年間ほど通っていました。京都から東京へと通うようになったのは、2007年5月からです。

 現在のブログは、この京都へ転居してからスタートしたものです。
 つまり、ここで再録としてアーカイブズしているのは、それまでにパソコンのホームページ〈へぐり通信〉として大和から発信していた情報群になります。

 奈良の自宅と、新幹線の車内と、東京の職場と宿舎で、フルに仕事をしていた頃、平群の自宅で使っていたパソコン談義になります。
 

----------------- 以下、再録掲載 ---------------------

〔マッキントッシュG4導入〈2000.2.29〉〕

 突然ですが、週末にグラファイトカラーのマッキントッシュG4を購入しました。家族みんなに私のマシンを取り上げられ、娘のお古の6100を使っていたからです。

 購入時にメモリの増設をしたところ、購入店のソフマップ大阪8号店で一時間半以上も待たされました。動作確認時に、G4本体が不良品であったためだとのこと。

 以前、マッキントッシュ G3をOAシステムで購入したときも、メモリとハードディスクを付け替えてもらった際、店員さんがハードディスクのコネクタを逆に無理矢理差し込んでいたという経験があります。お店に任すのも、そばで見ていないと信用できません。

 今回は、自分でメモリを増設しようと思っていました。しかし、お店の人が手数料は無料になるからと言うのでお願いしたのです。もし自分が自宅でメモリの増設をやっていたら、このG4本体の初期不良にどう対処したのかを想像すると、思わずゾッとします。

 一難去ってまた一難。
 自宅にG4を設置してから、我が家のルーター(家庭内SOHO)がG4だけを通さないのです。インターネットも、他のパソコンともファイルのやりとりができないのです。その対策に四苦八苦しました。

 原因は、MacOS9のオープントランスポート(Open Transport)というプログラムが初期バージョンで、その不具合(バグ)のせいでした。雑誌記事で、そんなことがあるとは知っていましたが、まさか自分がその罠にはまるとは。

 理由がわかるまでの2日間は、イーサーネットのコネクタをつけたりはずしたりと、大変でした。
 家庭内LANにつなげて、インターネットに接続しようと努力していました。しかし、G4の背面にイーサーネットのコネクタを差し込んだ状態では、起動はしてもディスクトップ画面が表示されるとそこでストップします。はずして起動した場合は、後でイーサーネットに接続すると、数分でパソコンがフリーズします。

 ネットワークにつながっているカラープリンタも、一枚が印刷できたら幸運なのです。
 G4はモデム内蔵なので、その機能をはずしたり、いろいろなことをしました。おまけに、一緒に購入したSCSIカードもイマイチで、外付けの20GBのハードディスクも、つながったりダメだったり。不安定この上ないのです。
 こうなると一日がスッキリせず、仕事も捗りません。

 月曜日になるのを待って、早速アップルのマッキントッシュサポートセンターへ電話をしました。担当者につながってから不具合の説明をすると、すぐにOpen Transportが原因であるとの返答。バージョンを2.5.2から2.6に上げると解消すると言われました。

 そういえば、雑誌やアップルのホームページで、通信上の問題点を指摘していたことに、ようやく気づきました。別のパソコンを使ってインターネットでアップルのホームページへ行き、「Open Transport 2.6」を入手して、無事このトラブルに対処できました。あっけない幕切れです。

 それにしても、G4は驚異のパソコンです。ウインドウズのような電子計算機ではなくて、まさに情報文具です。

----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

2015年12月22日 (火)

急いでテキストをWindows用に保存したために痛恨の文字化け

 年末ということもあり、多くの仕事に追われています。
 今日のお昼までが締め切りだった原稿がありました。
 朝7時には点検と確認を終えました。
 送る相手がWindowsユーザーなので、エンコードをMacintoshからWindowsに変換します。

 私は、ワープロといわれるソフトウェアは使いません。
 文章はすべて、エディタと言われる文字列を入力することに特化したソフトを使っています。Macintoshユーザーである私は、「Jedit」というエディタを愛用しています。

 相手がWindowsユーザーの方の場合には、求めに応じてワードなどにコピーして、ワード文書として送ることが多いのです。私がワードで文章を書くことはほとんどありません。あくまでも、もらったワード文書を読む時と、相手にワード文書で渡す必要がある時だけに使います。
 今回は、より確実にと思って、プレーンテキストで送ることにしたのが躓きの始まりだったのです。

 最近は、Macintosh では手も足もでない一太郎の文書を送ってこられる方は激減しました。しかし、まだ一太郎の文書を送ってこられる方がいらっしゃるので、世の中は全員が Windows ユーザーではないのに、と思うことがあります。異文化間コミュニケーションの溝の深さを痛感する時です。

 コンピュータのことをよく御存知の方には、Mac のファイルでも読んでもらえます。しかし、普通に Windows だけで仕事をしておられる方には、一々Mac から Win の形式にエンコードの変換をしないといけないようです。
 Windows では、Macのファイルは、普通では読んでもらえないからです。文字化けして読めない、という連絡をもらうので、今でもWindows は Mac を排斥しているOSなのでしょう。みんな平等に情報を交換するためにも、違いや多様性を認める寛容性がほしいものです。

 もし、最近はWindows もかつてのような独善的ではなくなっている、ということであれば、思い違いをお詫びします。とにかく、私は Windows の画面を見ることも毛嫌いしているので、Windows がどれだけ進歩しているのかよくわかりませんし、わかろうともしていません。今はWindows も改心している、ということであれば、私の思い過ごしはご寛恕のほどを。

 さて、テキストのエンコードを変換し、メールに添付して送り終えた時に「あれっ」と思いました。添付文書のファイルの容量が小さすぎるのです。

 その、送ったテキストを手元で確認して、まさにのけ反りました。
 文書の中身が「?」のオンパレードなのです。

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 いろいろとエンコードを切り替えて試しても、元の日本語にはもどりません。時間ばかりが過ぎていきます。

 目の前が真っ暗になり、頭の中が真っ白になり、その行きつ戻りつの中で「落ち着け、間に合うから」と自分を鼓舞していました。

 やがてデータの復元は諦めて、昨日の夕方印字していたプリントを取り出し、スキャナで読み取ったPDFファイルから文字列を取り出して、あらためてテキストファイルを作り直しました。
 そして、それに再度手を入れて、ほぼ最終版と同じものに仕上げました。

 一晩かけて練り上げた文章を、また最初から手を加えていくのです。投げ出したくなる思いをぐっと押し留めて、一度仕上げたはずの文章を思い出しながら、言葉をもう一度紡ぐ作業を根気強く続けました。

 そんなこんなで、とにかく、何とか約束のお昼には間に合いました。

 そこで、今後のこともあるので、帰宅後、実際に痛恨の思いに晒されていた朝の出来事を再現しました。すると、実にあざやかに、以下のように追体験できたのです。

 35年ものパソコン体験の中では、いろいろと理不尽な思いをしてきました。しかし、これまでにこの文字をエンコードすることで失敗する、という経験はありませんでした。

 以下、私が思わず知らずにしでかしてしまった失敗事例を、ここに再現してみます。

 まず、わかりやすく、「151222_文字化けのテスト(改行)あいうえお(改行)」という文字列をテキストとして入力します。

151222_aiueo


 これを、普通に保存すると、私はMac OS の環境で作業をしているので、こんな状態になっています。この設定を、普段はわざわざ見ることはありません。今回のために、あえてこの確認をしたものです。

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 次に、この文章をWindowsユーザーに渡すために、エンコードと改行処置を手動でします。
 そのためには、次のようなウィンドウを開いた時に、Windowsユーザー用の項目を選びます。

151222_list


151222_dos


 これで保存した後に再度読み込んでも、特に文字化けはしていません。

 ところが、このWindowsユーザー用に保存する時に、手動での設定ウィンドウで、Mac用の下にある[Windows,Dos]ではなくて、その上にある[Windows,Latin1]を選ぶと、まさに今朝私の身に起こった悪夢が再現されたのです。

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 私が冒した驚愕の文字化けは、こうして起きたのです。

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 この[Windows,Latin1]というエンコーディングを選択すると、保存する時に次の表示が出てきます。

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 しかし、ここに表示されている注意を促す文言を確認しないまま、保存のボタンをつい押してしまったのです。

 これは、「Jedit」というエディタが、痒いところに手がまだ届いていない、ユーザーへの配慮が不親切だったこともあります。
 小窓の表示が[Windows,...]か[Windows,Lat...]という、微妙な違いしかないのですから。

 今までにこの[Windows,Laten1]というモードを選択したことがなかったので、これは魔が差したとしか言いようがありません。
 そして、上下数ミリの位置でのクリック・ミスで、貴重な時間と心労と疲労を全身に浴びることとなったのです。

 結果的には、約束の時間に間に合い、どうにか事無きを得たので安堵しています。
 しかし、急いでいる時にはつい手元が狂うことはあるものです。
 慌てず騒がず、何ごとがあっても平常心で対処する余裕を持つことを、この失敗からあらためて学びました。
 
 
 

2015年12月21日 (月)

再録(24)Windowsマシンで大騒ぎ〈1998.12.24〉

 Macintoshユーザーである私は、今も Windows マシンには顔を背けています。
 実際に、あの画面を見ると露骨に不愉快な反応をするので、私をよく知る人は心して対応してもらえているようです。
 それだけ Windows マシンを極端に忌避する私も、かつてはいろいろな事情で Windows マシンを家に置いていたことがあります。それは、子供たちがゲームをしたい一心で話しかけてくるので、一時的にマイクロソフトを許したことがあったからです。

 そんな頃があったので、その17年前の師走のことを、これも再録データとして残しておきます。

 この元データは、〈大和まほろば発 へぐり通信〉の【ハイテク問はず語り】というコーナーから発信していた情報の内、1998年12月に公開した記事です。この一連の「再録」は、過去に発信した情報を本ブログに取り込み、アーカイブズの一環とするものです。
 
 
----------------- 以下、再録掲載 ---------------------
 
〔再録(21)Windowsマシンで大騒ぎ〈1998.12.24〉〕
 
 
 一台のWindowsマシンが不調になったために、家族が膨大な時間を捨てるはめになりました。
 ことの起こりは、クリスマスプレゼントとして、子供にメモリとソフトを買ったことです。
 ソフトは良かったのですが、メモリがとんでもない物だったのです。

 大阪日本橋のソフマップ7号店で、64メガバイトのメモリを1万円弱で買いました。その際、店員の方には、取り付けるマシンが「日本ゲートウェイ2000」のWindowsマシンであることを告げました。
 このパソコンは、一般のショップで店頭販売されているものではないので、このことを言わないと何かとややこしくなるからです。店員の方はすぐに資料を見て、私が告げた機種が対応しているメモリであることを確認してから、メモリを渡してくださいました。

 ところが、これがトラブルの始まりでした。

 帰宅後、子どもたちと一緒にメモリを取り付けました。
 このパソコンは、二人の息子用に渡したものです。性能は低いながらも、ゲームやインターネットの利用には十分のペンティアム・マシンです。すでに32メガバイトのメモリが一枚入っており、その横に、新たに64メガバイトのメモリを差し込みました。息子の手首に静電気除去のための腕輪をはめさせての作業でした。96メガバイトのメモリを実装したパソコンになる(はず)です。

 しかし、何度起動しても、最初に表示されるメッセージでは、メモリ容量が増えていないのです。それより、メモリ容量が減少しているという英語が表示されます。おまけに、セーフモードでしか起動しないのです。そうこうする内に、起動画面がおかしくなり、ついには電源を入れても、何も表示されなくなりました。

 すぐに、購入したソフマップに電話をしました。いろいろと調べた挙げ句に、接客ミスで間違ったメモリを渡してしまった、との返答でした。店頭に持っていけば、返金するとのこと。おかしくなったパソコンをどうしたらいいのかと聞くと、クリニックセンターへ持って行けば、点検してもらえるように手配するとのことでした。

 しかし、この年末に、大きなタワー型のパソコンを運ぶためには、奈良から大阪まで車で運ぶことになります。何かと忙しくて、このホームページの更新も今月一日以来ひさしぶりという状態なので、とても出かけられません。

 かくなる上は、Windows95のシステムを入れ替えることで対処することにしました。Windows98にしないのは、私のソニーVAIOで懲りているからです。パソコンに添付されていたマニュアルや資料を見たのですが、ちんぷんかんぷんです。思い切って日本ゲートウェイに電話をしたところ、丁寧に手順を教えてもらえました。

 電話での指示をメモしたものをもとにして、中一の息子とシステムの再インストールを始めたのはいいのですが、Windows95のプロダクトIDを入力するところで行き詰まりました。何度入力しても、認証番号が間違っているというメッセージが表示されます。丁度夕方の5時前でした。それからというもの、家族6人が交代交代で、17桁の数字を打ちます。途中で日本ゲートウェイにまた電話をして、助けを求めましたが、何か数字が間違っているのでしょう、との返事しかもらえません。こんな電話は、よくあるそうです。またまた、えんえんと家族が、入れ替わり立ち替わり17桁の数字を入力します。

 2時間半も経過した頃でしょうか。日本ゲートウェイに、また電話をしました。いろいろとやりとりがあった末に、「フォーマット」という言葉が出てきて、ハードディスクの初期化をしたのか、ということでした。夕方の問い合わせでは聞かなかったことなので、それはしていないと答えると、WindowsからMS-DOSモードに降りて、プロンプトに「C:\format /q/n」と入力して初期化をすれば、プロダクトIDを受け付けるはずだ、とのことでした。
 十数年前の、DOSマシンの頃にタイムスリップすることになりました。

 言われたとおりにすると、無事に17桁の数字を受け入れてくれました。夜の8時40分を過ぎていました。約4時間もの長時間にわたって、不正使用防止のキーワードとも言うべき17桁の数字をめぐって、家族が格闘していたのです。

 ところが、まだまだ落とし穴は至る所に仕組まれていました。それは、ドライバというものの組み込みです。手元の冊子や資料通りにやっても、まったく先へ進まないのです。また電話でのサポートにすがるしかありません。夜の10時を過ぎていたでしょうか。息子がサポートの方とのやりとりにお手上げとなり、また父親にお呼びがかかりました。

 結局、冊子の印刷通りではなくて、CD-ROMを使わないといけないとのこと。以下の作業も、そのように読み替えて進めればいいとのことでした。ところが、これも罠だったのです。

 息子は夜を徹して初期化とインストールを繰り返し、結局夜が明けても完了しませんでした。私も、仕事をしながら、時々様子を見ましたが、明け方の4時半までは覚えていますが、それ以降は、息子にまかせてしまいました。

 二日目の朝の段階では、27頁ある「Windows95 インストールガイド」の内の16頁までは終えたようです。しかし、Windows95のアップデートとドライバの組み込みという難関が残っています。
 ところが、クリスマスのために買った「パワフル・プロ野球」というゲームをしたい一心でパソコンの修復を率先してやっていた息子二人も、とにかく遊びたいという誘惑に負けたようで、いつの間にかゲームソフトをインストールして遊んでいたのです。
 もっともシステムの設定が完了していないので、色は不自然で音もない野球ゲームを、楽しそうに二人でやっているのです。

 あまりにもかわいそうなイブイブなので、夕方から何度目かのフォーマットを手伝い、システムのインストールをやりなおしました。しかし、至る所で完了しなかったメッセージが出ます。さらに何回か日本ゲートウェイに電話をし、もうこちらも暗記するほどの操作をえんえんと繰り返しました。

 そして夜の8時をすぎた頃だったでしょうか、パソコンに添付してあるフロッピーを要求されました。昨日までは、CD-ROMでいいと言われていた操作のときでした。
 未開封のビニール袋を破り、取り出した一枚のフロッピーが、ようやく開かずの扉をあけてくれました。ただし、その後の手順は、メモしきれないほどのものであり、訳の分からないことをいろいろとさせられました。

 その後は、また息子にバトンタッチをし、またサポート係に電話をすることもあって、ついに夜中の10時15分に、「Windows95」の再インストールが完了しました。30時間の耐久レースを終えたときの息子の満足げな表情は、これはこれで貴重な収穫であったということにしておきましょう。

 私の「時間を返せ」という憤りより、息子の充足感に目を向けることにします。

 それにしても、ソフマップ7号店の上原さん。あなたが渡してくれたメモリが、こんな家庭内騒動になっていたのですよ。
 そして、日本ゲートウェイの電話サポート担当のたくさんの方々、粘り強い24時間体制の支援に感謝します。後半は、息子が電話で問い合わせたにも関わらず、丁寧に対応してくださり、ありがとうございました。息子が自分で何とかしようという気になったのも、サポートの姿勢に誠意を感じたからでしょう。訳の分からない苦情を言ったことにも、じっくりと聞いてくださり、この種のサポートは大変な仕事だなあと、家族一同、改めて感心しています。

 パソコンがまだまだ未成熟な上に、Windows という不出来なシステムを搭載せざるをえないコンピュータ業界は、このようなサポート体制と要員によって支えられていることを実感として味わえました。

 しなくてもいいこととはいえ、貴重な体験の一つだったように思います。
 
----------------- 以上、再録掲載 ---------------------
 
 
 

2015年12月15日 (火)

車中でスマホ列に挟まれて文庫本を読む

 通勤で私が電車に乗っている時間は、だいたい1時間半ほどです。
 その間は、カバンから取り出しやすい文庫本を読むことにしています。

 ほとんど座れる経路なので、私はシートで本を読みます。
 立ったままの時は、吊革を持ちながら読みます。

 最近は、本を取り出す前に周りを見渡すようにしています。
 スマートフォンや携帯電話を操作する方が多いので、そのスマホ列の間に挟まって本を手にするのが、場違いな雰囲気の時があるからです。
 自分だけが孤立したくないのと、スマホ集団と化した若者たちの中で、目立ちたくないという思いもあります。
 この、車中で本を読むことが目立つようになった、ということ自体が、社会の変化に違いありません。

 今日も、目の前の横長のシートには、スマホを弄る人々が居並んでおられました。中に一人だけ、ノートパソコンを操作しておられる方も。
 たまたま、シートの真ん中に座っていました。偶然なのでしょうか、私の両側はみごとにスマホ列となっていました。

 そんな中で、印刷物としての本を取り出すのは、なんとなく気遅れします。
 しかし、読みかけの本を帰りまでに読み終えたいので、勇気を出してカバンから取り出しました。
 自然に本を取り出して読み出せないのは、周りの方々と違う行動をするからなのでしょう。悪いことをするわけでもないのに、変な心理が働きます。

 電車の中で印刷された本を読むことが珍風景となったのは、東京では3年前あたりからではないでしょうか。

 みなさんが電子本を読んでおられるのではありません。
 ほとんどの方がゲームのようです。
 インターネットで調べ物や、メールの遣り取りをしている方も多そうです。

 公園や喫茶店を通りかかった時、本を読んでいる人を見かけることがよくあります。
 街中の読書スペースが、近年は移り変わったのでしょうか。

 車中でしばらく読んでいて、本のページをめくる時に顔をあげました。すると、いつからか私の前に立っておられた5人の方が、選りによって、みなさんスマホの操作をしておられました。
 思わず、どきっとしました。私に呪いでも掛けようとしておられるのでは、と思ったからです。

 こうした光景は、心臓によくありません。

 もくもくと操作をしておられる方々を眺めるのは遠慮して、自分も本を読むことに集中することにしました。
 隣がガチャガチャと音楽を聴く人でないかぎり、車中でスマホに熱中している方の隙間で本を読むのは、意外と集中できることを実感しました。
 
 
 

2015年12月 4日 (金)

私からの返信メールが多数送信されていませんでした

本日夕刻からのできごとです。
送信したはずなのに、相手方に届いていないと思われるメールが、数百通レベルで判明しました。

アップル純正アプリの「メール」が不調のようで、「送信済み」のフォルダではなくて「送信」というフォルダに、多くの返信メールが取り残されたままになっているのに気づいたのです。

明日と明後日のイベントに関して、関係者と連絡をしていて、私が返信・送信したものが届いていないことから、このトラブルが発生していることがわかったのです。
現在その内の判明している個別の事案に関しては、その対処に奔走しています。

もし私からの返信なり回答があるはずなのに、何も応答していないことがありましたら、私宛に確認していただけると助かります。

なお、受信メールは、すべて届いているようです。

多くの方にご迷惑をおかけしていることと思われます。
連絡をいただければ、早急に対応・対処いたします。
遠慮なく、お知らせください。
 
 

2015年11月22日 (日)

突然の連携プレーとなった国文研フォーラムと国語研シンポジウム

 このところ少し温かかった多摩地区も、今日は少し寒さを感じました。
 国文学研究資料館の前の紅葉も見頃です。


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 昨日と今日の2日間、国文学研究資料館では「学術交流フォーラム 2015」が、国立国語研究所では「シンポジウム 字体と漢字情報」が同時進行で開催されていました。


 隣接する敷地にある2機関のイベントなので、両方のテーマに関係する私は、プログラムの進行を見ながら行ったり来たりと忙しい一日でした。
 国文研から国語研へ行く細道は、落ち葉を踏みながら行きます。

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 国語研の中庭もみごとに彩られています。


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 お昼には、国文学研究資料館の1階展示室で、特別展示「韓国古版画博物館名品展」のギャラリートークが、入口敦志先生の解説で行われました。これは、韓国古版画博物館のご協力を得て実現した、日本初の韓国古版画の優品を展示するもので、今日が特別展示の最終日だったのです。
 その担当者である同僚の入口さんの説明を、私は楽しみにしていました。
 私は、いつでも見られたのに忙しかったこともあり、つい見ないままでした。『高麗大蔵経』と『仏説大目連経』が特に見たかったものでした。

 展示室で『高麗大蔵経』に添えてあったパネルの文章を、記録として引いておきます。


1-2 高麗時代の仏教版画

 高麗時代11世紀初頭に刊行された高麗大蔵経の版木は、13世紀のモンゴルの侵攻により消失してしまいます。しかしその後すぐにすべてが刊行し直されました。約八万枚の版木でできているため、「八万大蔵経」とも呼ばれています。13世紀に再刻された版木は現在も韓国の海印寺に大切に保管されています。そのはんぎから刷り出されたものが、1と2の『大方広仏華厳経』で、韓国における仏教版画の原点と言うべきものです。

 そのギャラリートークが終わるやいなや、大急ぎで今度は国語研に移動し、これまた研究仲間の高田智和さんが主宰する「セッション5 : 文字データベースと連携」に参加しました。

 昨日から何度も行き来する国文研と国語研の敷地の間では、紅葉がきれいに色付いています。


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 国語研の研究発表では、最後の研究発表だった東京大学大学院情報学環の永崎研宣先生の「SAT大蔵経データベースをめぐる漢字情報」に関して、私は専門外ながらも質問をしました。それは、永崎先生の発表で言及のあった『高麗大蔵経』の韓国での刷り物2枚が、今まさに国文学研究資料館の展示室に並んでいることについてでした。
 永崎先生をはじめとして、会場にお集まりの方々はみなさん、すぐ隣の国文研の建物で『高麗大蔵経』が展示されていることをご存知なかったのです。
 司会進行役の高田さんから、「今日は何時まで展示されているのですか?」との確認があったので、「4時までです」とお答えしました。

 国語研のシンポジウムは3時に終わりました。
 国文研の展示を見に行こうとされている方がいらっしゃったので、私はすぐに国文研の展示室に引き返して、展示状況を確認しました。
 残念ながら、展示室は3時半で閉められていたのです。

 事務の方に確認すると、今日は3時半まで入場でき、4時まで見られる予定だったそうです。ただし、30分前の3時半に誰も入場者がいなかったので、展示資料を片付ける準備もあるので閉室した、とのこと。
 そして、今日が展示の最終日であり、明日は展示品の撤収をし、明後日には展示資料のすべてを韓国に送り返すことになっている、とのことでした。

 国語研での事情を事務の方に説明し、予定通り、あと30分の開室をお願いしました。
 関係者に連絡をして手配してくださり、快く再度の開室となりました。
 そうこうするうちに、国語研の参会者の皆さんが国文研にぞろぞろとお出でになりました。しかも、15名もの方がいらっしゃったのです。これについては、事務の方も入場者の増員ということで喜んでくださいました。

 もっとも、こんなに多くては私一人では対応できません。
 大急ぎで2階の大会議室に行き、国文研のイベントである講演会場におられた入口さんに事情を説明しました。お昼に行われたギャラリートークをもう一度していただくことが、幸運にも叶いました。


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 永崎先生をはじめとする若い方々に、こうしてなかなか見られない資料を実際に間近に見ていただくことができました。しかも、展示担当者である入口さんの詳細な説明を聞くことができたことも、若い方々にはいい勉強になったことと思われます。

 入口さんと私は、これまでにも一緒に何度もインドへ行き、旧満州にも行くなど、わがままが言える間柄でした。おまけに、10年以上も同じ宿舎にいた仲間であることなどなど、今回の思いがけない幸運には、こうした背景があってのことだったのです。

 それにしても、無理難題を聞いてもらえた入口さんには感謝します。また、迅速に柔軟な対応をしていただけた事務の方々にも、感謝します。みなさま、ありがとうございました。

 今日11月22日は「いい夫婦の日」でもあります。
 バタバタと走り回った後は、新宿に出て、妻と一緒にいつもの「岐阜屋」で諸々のお祝いをしました。今日は、ほろ酔いでこの記事を書いています。


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 本日の国文研と国語研でのイベントのプログラムは、以下の通りでした。
 記録として残しておきます。
 

学術交流フォーラム 2015
 文学際―「文化科学」を発見する―


会場:大会議室

《口頭発表 第三部》

「東ニカラグア、ミスキート諸島海域のアオウミガメ漁船」
    高木 仁 地域文化学専攻

「明治期音楽療法思想の変遷に関する一考察
  ――神津仙三郎・呉秀三を中心として――」
    光平 有希 国際日本研究専攻

《講演会・パネルディスカッション》
講演「碁盤の上のからくり人形」
    武井 協三 国文学研究資料館 名誉教授

講演「ロボットとからくり─科学と芸能の狭間を生きた田中久重─」
    山田 和人 同志社大学文学部 教授

パネルディスカッション
 
 

シンポジウム 「字体と漢字情報」
―HNG公開10周年記念―


 
開催場所:国立国語研究所2階 講堂
 
《セッション4 : 字体研究2》
司会 : 岡墻 裕剛 (常葉大学)
「画像データベースと漢字字体」
    佐藤 栄作 (愛媛大学)
「初唐の標準字体の再検討」
    斎木 正直 (北海道大学)
「近世から近代日本における異体字使用の変化」
    山下 真里 (東北大学)
 
《セッション5 : 文字データベースと連携》
司会 : 高田 智和 (国立国語研究所)
「平安時代漢字字書総合データベース構築の方法と課題 ―『類聚名義抄』を中心にして―」
    池田 証寿 (北海道大学)
「開成石経と拓本文字データベース」
    安岡 孝一 (京都大学人文科学研究所)
「東京大学史料編纂所と奈良文化財研究所での文字画像データベースの連携について」
    井上 聡 (東京大学史料編纂所)
「SAT大蔵経データベースをめぐる漢字情報」
    永崎 研宣 (人文情報学研究所)

 
 
 

NPO法人〈源氏物語電子資料館〉広報室より

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